悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第13部】天を衝く悪役令嬢編 ~空に道がないなら、番人をへし折って「お迎え」にすればよろしいのです~

第137話 空の番人:トカゲだと思ったら、世界の抑止力でした

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 オワリ城下町、アンテナショップ『ダテ茶屋』。
 和風モダンな店内は、博覧会の余韻を楽しむ観光客で賑わっていた。
 だが、その一番奥の席に、異様なオーラを放つ人物がいた。

「……む。お主らか」

 巨大なジョッキに入った鮮やかな緑色の液体――『メガ盛りずんだシェイク(白玉入り)』にストローを突き刺し、一心不乱に吸い上げていたのは、エルフの女王エルウィンだった。
 その口元には、立派な緑色の「ずんだヒゲ」ができている。

「……まったく野蛮な飲み物じゃ。豆の野性味を豆の乳が包み込み、脳髄に直接糖分を叩き込んでくる……。恐ろしい……まったくまったく……ズズズッ」

「……陛下。すっかり中毒ね」

 わたしは呆れつつも、向かいの席に座った。
 ミリアやガンテツたちも、それぞれシェイクや団子を注文し、死んだ魚のような目で糖分を摂取し始める。

「……なんじゃ、死にそうな顔をして。商売が上手くいっておらぬのか?」
「いいえ。……空が遠いのよ」

 わたしは懐に手を入れ、アレクセイから託された「筒」の感触を確かめた。
 『腹心以外には見せるな』と言われた、帝国の最高機密。
 だが、目の前にいるのは人外の女王であり、人間の政治的なしがらみとは無縁の存在だ。何より、1000年を超えて生きたという彼女なら、この古代の遺物について何か知っているかもしれない。

(……背に腹は代えられない、わね)

 わたしは覚悟を決め、筒から例の設計図羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。

「飛行機を作ろうとしたのだけれど、技術的に無理だったの。……『空飛ぶ島』でもあれば、話は別なのだけど」

「ん? こりゃまた懐かしい……『天蓋の揺り籠避難シェルター』の関連資料か?」

 エルウィンが、ストローをくわえたまま、こともなげに言った。

「……『天蓋の揺り籠避難シェルター』?」

 アリスが素っ頓狂な声を上げた。

「知ってるんですか!? っていうか、あるんですか!? その、天空の城的なものが!?」

「あるぞ? というか、わらわが子供の頃……そうじゃな、800年くらい前までは、たまに上空を通過しておったわ」

 エルウィンは、空になったカップの氷をガリガリと噛み砕きながら、遠い目をした。

「あれは古代文明の遺産じゃよ。地上が戦争で汚染された時に、一部の特権階級が逃げ込むためのな。……まあ、今はもう誰も住んでおらぬ廃墟じゃろうが、動力だけは生きて浮遊しておるようじゃな。どこぞに墜ちたという話も聞かんし」

「動力だけは生きている……」

 その言葉に、わたしはピクリと反応した。
 鉄扇で口元を隠し、ミリアに視線を送る。

「……ねえ、ミリア。その島がまだ浮いているということは、そこには『巨大な質量を浮かせ続けるエンジン』が現存している、ってことよね?」

「……! 理論上はそうなります。島を浮遊させるほどの反重力機関……。もしそれを入手し、解析できれば、ヴィータヴェン号への移植も……!」

「決まりね」

 わたしはニヤリと笑った。

「作るのが無理なら、『持っている奴』から奪えばいいのよ。……『空飛ぶ島』ごと頂いてしまいましょう」

「いやいやレヴィちゃん! 奪うって言っても、相手は空の上だよ!? どうやって行くのさ!」

「そうじゃな。そこが問題じゃ」

 エルウィンは、テーブルの上の設計図を手に取った。
 そして、ふむ、と目を細める。

「……ふむ。これは『送迎機』の機体構造図じゃな。これを今の技術で再現するのは無理じゃろう」

「やっぱり……」

「じゃが、こっちの端に書かれておる術式……。これは推進機関ではなく、通信コードじゃな。……『お迎え要請ビーコン』の信号パターンじゃ」

「お迎え?」

「うむ。地上の王族がシェルターへ逃げる際、空の島へ向けて『乗せてくれ』と信号を送るための合言葉じゃよ。……これを使って呼び出せば、島から自動操縦の小型艇か、あるいは転移ゲートが降りてくるはずじゃ」

「……!」

 全員が顔を見合わせた。
 ミリアが、設計図を食い入るように見つめ、そしてバッと顔を上げた。

「……いけます! 機体そのものを作るのは無理ですが、この『通信術式の波長』を解析して、城の放送設備から増幅して発信することなら可能です!」

「つまり、空に向かって『タクシー配車』の電話をかけるようなものってわけね?」

 わたしは立ち上がり、残りのシェイクを一気に飲み干した。

「いいでしょう。……偽のSOS信号でお迎えを呼び出し、やってきた船をハイジャックして、本丸空の島へ殴り込みをかける。……悪役ヒールらしくて、ゾクゾクする作戦だわ!」

「うわぁ……。空の古代遺跡相手に『強盗』を働く気だよこの人……」

 アリスが頭を抱えるが、その顔は笑っていた。
 道は見えた。
 空に道がないなら、向こうから迎えに来させればいいのだ。

「総員、オワリ城へ帰還! イリス、ミリア! ただちに『偽造信号』の発信準備を! ……空からの来訪者を、盛大に『おもてなし』してあげるわよ!」

 わたしがドレスを翻して店を出ようとすると、エルウィンがふぅ、と満足げな(そして少し冷ややかな)息を吐いて呼び止めた。

「……まあ、やるなら止めはせぬがの。空なんぞに浮かんで何をする気かわからんが、そんないいもんでもないぞ?」

「あら? 経験者は語る、ですの?」

 わたしが問い返すと、エルウィンは緑のヒゲをナプキンで拭いながら、どこか遠い目をした。

「ハイエルフは精霊に愛された種族じゃ。風の精霊に頼めば、雲の上まで飛ぶことなど造作もない。……じゃがな、天蓋ほどの高さになれば、世界は死の領域じゃ」

 彼女は指を一本立てた。

「まずは寒さじゃ。吐く息どころか、血液まで凍る極寒の世界。さらに、空気も薄い。我々ハイエルフはそのあたりも精霊任せでなんとでもなるが、ヒューマンはそうもいかんであろう?」

「……酸素濃度と気温の低下。ええ、成層圏ならマイナス数十度は当たり前ですわね」

 わたしは前世の知識と照らし合わせて頷いた。

「空の旅は高ければ高いほど面倒になるもんじゃ。古代の『天蓋の揺り籠』は、完璧な環境維持機能も持ち合わせておったろうが……1000年以上前の『大戦』でヒューマンどもの文明が後退してからは、当然廃墟じゃ。そんな機能も残されておらんじゃろ」

「つまり、暖房も酸素もない廃墟に殴り込むことになる、と」

「うむ。準備なしに行けば、宝を見つける前に干物になるぞえ」

 エルウィンはそこで言葉を切り、琥珀色の瞳を細めてわたしを見据えた。
 その瞳の奥には、長命種特有の、底知れぬ深淵が宿っていた。

「……それに、な。わらわは空になど興味をなくして永いが、空には空の『縄張り』があるのじゃ」

「縄張り?」

「そうじゃ。ただ浮いて巡航しているだけの避難シェルターのようなものならともかく……『空を統べる』となれば、話は別じゃ。この世界を如何様にでもできるということでもあるからの」

 彼女の声色が、一段低くなった。

「空から石を落とせば、地上の城など簡単に砕ける。愚かしい戦争にでもなれば、超高度の空を制するものは、それこそ一方的に攻撃のしほうだいじゃからな。……均衡が崩れる。世界が終わる」

「……確かに。航空優勢制空権の確保は、戦争の勝敗を決する絶対条件ですわ」

 わたしが頷くと、エルウィンは厳かに告げた。

「じゃから、『神』はこの空に縄張りを敷かれたのじゃ」

 その単語に、わたしの眉がピクリと動いた。

「……『神』? それは、ラノリアの背後にいたような? トヨノクニを瘴気で滅ぼそうとしたような、あのろくでもない連中のことですの?」

 わたしの言葉に、エルウィンはくつくつと喉を鳴らして笑った。

「ほほう。話には聞いておったが、あやつらと相対し、その上でへし折ったのかお主。まこと人の身にしておくには惜しい武勇よのう」

 彼女は賞賛するように目を細めたが、すぐに首を振った。

「じゃが、あれらとは全く違うものよ。……創世の神じゃ」

「創世……?」

「海をつくり、大地をつくり、空をつくり、世界樹を植えた、大きな大きな根源の存在じゃ……。数千年を生きたハイエルフでもなかなか辿り着けぬ、根源の果ての果てにおわす偉大な存在じゃよ」

 彼女は天井――その向こうにある空を見上げた。

「その神が、空に不可侵の縄張りを敷かれた。……空の覇者として。力の天秤として。そして、愚かな地上の民が領域を侵さぬよう見張る、空の監視者として――それが、『ドラゴン』じゃ」

 ドラゴン。
 その響きに、わたしは思わず肩透かしを食らった気分になった。

「……ドラゴン? あら、なんだか急に話が小さくなりましたわね」

 わたしは鼻で笑った。

「あのトカゲがそんな大層な存在だというの? トヨノクニの山奥にも地竜がいましたけれど、ただの大きな爬虫類でしたわよ?」

 わたしの反応を見て、エルウィンは「やれやれ」と首を振った。

「お主がいっておるのは、飛竜ワイバーンやら地竜グランドドラゴンやら、いっても古代エンシェントドラゴンのことじゃろ。……よいかレヴィーネ。あれらは、空を統べる真のドラゴンの『眷属』に過ぎんよ」

「眷属……?」

「うむ。アリと、人間ほどの差がある。……真のドラゴンはな、ただの生物ではない。神によって作られた、生きた『災害』であり『システム』そのものじゃ」

 エルウィンは真顔で、脅すように言った。

「ブレス一つで国を焼き、その鱗はあらゆる魔法を弾き、その爪は次元すら引き裂く。……もしお主が空へ上がり、ただの移動手段としてではなく、空を『征服』しようとするならば……奴らは必ず現れるぞ。世界の均衡を保つためにな」

 店内が静まり返る。
 アリスやミリアがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
 神の使い。世界の抑止力。絶対的な空の王者。
 けれど、それを聞いたわたしの唇は、自然と三日月型に歪んでいた。

「……なるほど。トカゲだと思ったら、世界の『管理システム』でしたの」

 わたしは鉄扇をパチンと閉じた。

「上等じゃない。……『空を制する者は世界を制する』。だから神様が蓋をした。……だったら、その蓋をこじ開けてこそ、真の『悪役ヒール令嬢』というものですわ!」

「……くくっ。やはりそう来るか」

 エルウィンは呆れるどころか、愉快そうに笑った。

「よいよい、行くがよい。……退屈していたわらわへの、何よりの余興じゃ。土産話を楽しみにしておるぞ、命知らずの娘よ」

 神の作ったシステムだろうが、最強のドラゴンだろうが関係ない。
 邪魔をするなら、へし折るだけ。
 最大の障害ドラゴンと、最大の褒美空飛ぶ島
 ターゲットは定まった。

「さあ、帰りますわよ! ……ドラゴン退治の準備もしなくちゃいけませんからね!」

 わたしはドレスの裾を翻し、店を出た。
 見上げた秋の空は、どこまでも高く、蒼く澄み渡っていた。
 あそこで、最強の敵が待っている。
 武者震いが、止まらなかった。
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