137 / 200
【第13部】天を衝く悪役令嬢編 ~空に道がないなら、番人をへし折って「お迎え」にすればよろしいのです~
第137話 空の番人:トカゲだと思ったら、世界の抑止力でした
しおりを挟む
オワリ城下町、アンテナショップ『ダテ茶屋』。
和風モダンな店内は、博覧会の余韻を楽しむ観光客で賑わっていた。
だが、その一番奥の席に、異様なオーラを放つ人物がいた。
「……む。お主らか」
巨大なジョッキに入った鮮やかな緑色の液体――『メガ盛りずんだシェイク(白玉入り)』にストローを突き刺し、一心不乱に吸い上げていたのは、エルフの女王エルウィンだった。
その口元には、立派な緑色の「ずんだヒゲ」ができている。
「……まったく野蛮な飲み物じゃ。豆の野性味を豆の乳が包み込み、脳髄に直接糖分を叩き込んでくる……。恐ろしい……まったくまったく……ズズズッ」
「……陛下。すっかり中毒ね」
わたしは呆れつつも、向かいの席に座った。
ミリアやガンテツたちも、それぞれシェイクや団子を注文し、死んだ魚のような目で糖分を摂取し始める。
「……なんじゃ、死にそうな顔をして。商売が上手くいっておらぬのか?」
「いいえ。……空が遠いのよ」
わたしは懐に手を入れ、アレクセイから託された「筒」の感触を確かめた。
『腹心以外には見せるな』と言われた、帝国の最高機密。
だが、目の前にいるのは人外の女王であり、人間の政治的なしがらみとは無縁の存在だ。何より、1000年を超えて生きたという彼女なら、この古代の遺物について何か知っているかもしれない。
(……背に腹は代えられない、わね)
わたしは覚悟を決め、筒から例の設計図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「飛行機を作ろうとしたのだけれど、技術的に無理だったの。……『空飛ぶ島』でもあれば、話は別なのだけど」
「ん? こりゃまた懐かしい……『天蓋の揺り籠』の関連資料か?」
エルウィンが、ストローをくわえたまま、こともなげに言った。
「……『天蓋の揺り籠』?」
アリスが素っ頓狂な声を上げた。
「知ってるんですか!? っていうか、あるんですか!? その、天空の城的なものが!?」
「あるぞ? というか、わらわが子供の頃……そうじゃな、800年くらい前までは、たまに上空を通過しておったわ」
エルウィンは、空になったカップの氷をガリガリと噛み砕きながら、遠い目をした。
「あれは古代文明の遺産じゃよ。地上が戦争で汚染された時に、一部の特権階級が逃げ込むためのな。……まあ、今はもう誰も住んでおらぬ廃墟じゃろうが、動力だけは生きて浮遊しておるようじゃな。どこぞに墜ちたという話も聞かんし」
「動力だけは生きている……」
その言葉に、わたしはピクリと反応した。
鉄扇で口元を隠し、ミリアに視線を送る。
「……ねえ、ミリア。その島がまだ浮いているということは、そこには『巨大な質量を浮かせ続けるエンジン』が現存している、ってことよね?」
「……! 理論上はそうなります。島を浮遊させるほどの反重力機関……。もしそれを入手し、解析できれば、ヴィータヴェン号への移植も……!」
「決まりね」
わたしはニヤリと笑った。
「作るのが無理なら、『持っている奴』から奪えばいいのよ。……『空飛ぶ島』ごと頂いてしまいましょう」
「いやいやレヴィちゃん! 奪うって言っても、相手は空の上だよ!? どうやって行くのさ!」
「そうじゃな。そこが問題じゃ」
エルウィンは、テーブルの上の設計図を手に取った。
そして、ふむ、と目を細める。
「……ふむ。これは『送迎機』の機体構造図じゃな。これを今の技術で再現するのは無理じゃろう」
「やっぱり……」
「じゃが、こっちの端に書かれておる術式……。これは推進機関ではなく、通信コードじゃな。……『お迎え要請ビーコン』の信号パターンじゃ」
「お迎え?」
「うむ。地上の王族がシェルターへ逃げる際、空の島へ向けて『乗せてくれ』と信号を送るための合言葉じゃよ。……これを使って呼び出せば、島から自動操縦の小型艇か、あるいは転移ゲートが降りてくるはずじゃ」
「……!」
全員が顔を見合わせた。
ミリアが、設計図を食い入るように見つめ、そしてバッと顔を上げた。
「……いけます! 機体そのものを作るのは無理ですが、この『通信術式の波長』を解析して、城の放送設備から増幅して発信することなら可能です!」
「つまり、空に向かって『タクシー配車』の電話をかけるようなものってわけね?」
わたしは立ち上がり、残りのシェイクを一気に飲み干した。
「いいでしょう。……偽のSOS信号でお迎えを呼び出し、やってきた船をハイジャックして、本丸へ殴り込みをかける。……悪役らしくて、ゾクゾクする作戦だわ!」
「うわぁ……。空の古代遺跡相手に『強盗』を働く気だよこの人……」
アリスが頭を抱えるが、その顔は笑っていた。
道は見えた。
空に道がないなら、向こうから迎えに来させればいいのだ。
「総員、オワリ城へ帰還! イリス、ミリア! ただちに『偽造信号』の発信準備を! ……空からの来訪者を、盛大に『おもてなし』してあげるわよ!」
わたしがドレスを翻して店を出ようとすると、エルウィンがふぅ、と満足げな(そして少し冷ややかな)息を吐いて呼び止めた。
「……まあ、やるなら止めはせぬがの。空なんぞに浮かんで何をする気かわからんが、そんないいもんでもないぞ?」
「あら? 経験者は語る、ですの?」
わたしが問い返すと、エルウィンは緑のヒゲをナプキンで拭いながら、どこか遠い目をした。
「ハイエルフは精霊に愛された種族じゃ。風の精霊に頼めば、雲の上まで飛ぶことなど造作もない。……じゃがな、天蓋ほどの高さになれば、世界は死の領域じゃ」
彼女は指を一本立てた。
「まずは寒さじゃ。吐く息どころか、血液まで凍る極寒の世界。さらに、空気も薄い。我々ハイエルフはそのあたりも精霊任せでなんとでもなるが、ヒューマンはそうもいかんであろう?」
「……酸素濃度と気温の低下。ええ、成層圏ならマイナス数十度は当たり前ですわね」
わたしは前世の知識と照らし合わせて頷いた。
「空の旅は高ければ高いほど面倒になるもんじゃ。古代の『天蓋の揺り籠』は、完璧な環境維持機能も持ち合わせておったろうが……1000年以上前の『大戦』でヒューマンどもの文明が後退してからは、当然廃墟じゃ。そんな機能も残されておらんじゃろ」
「つまり、暖房も酸素もない廃墟に殴り込むことになる、と」
「うむ。準備なしに行けば、宝を見つける前に干物になるぞえ」
エルウィンはそこで言葉を切り、琥珀色の瞳を細めてわたしを見据えた。
その瞳の奥には、長命種特有の、底知れぬ深淵が宿っていた。
「……それに、な。わらわは空になど興味をなくして永いが、空には空の『縄張り』があるのじゃ」
「縄張り?」
「そうじゃ。ただ浮いて巡航しているだけの避難シェルターのようなものならともかく……『空を統べる』となれば、話は別じゃ。この世界を如何様にでもできるということでもあるからの」
彼女の声色が、一段低くなった。
「空から石を落とせば、地上の城など簡単に砕ける。愚かしい戦争にでもなれば、超高度の空を制するものは、それこそ一方的に攻撃のしほうだいじゃからな。……均衡が崩れる。世界が終わる」
「……確かに。航空優勢の確保は、戦争の勝敗を決する絶対条件ですわ」
わたしが頷くと、エルウィンは厳かに告げた。
「じゃから、『神』はこの空に縄張りを敷かれたのじゃ」
その単語に、わたしの眉がピクリと動いた。
「……『神』? それは、ラノリアの背後にいたような? トヨノクニを瘴気で滅ぼそうとしたような、あのろくでもない連中のことですの?」
わたしの言葉に、エルウィンはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ほほう。話には聞いておったが、あやつらと相対し、その上でへし折ったのかお主。まこと人の身にしておくには惜しい武勇よのう」
彼女は賞賛するように目を細めたが、すぐに首を振った。
「じゃが、あれらとは全く違うものよ。……創世の神じゃ」
「創世……?」
「海をつくり、大地をつくり、空をつくり、世界樹を植えた、大きな大きな根源の存在じゃ……。数千年を生きたハイエルフでもなかなか辿り着けぬ、根源の果ての果てにおわす偉大な存在じゃよ」
彼女は天井――その向こうにある空を見上げた。
「その神が、空に不可侵の縄張りを敷かれた。……空の覇者として。力の天秤として。そして、愚かな地上の民が領域を侵さぬよう見張る、空の監視者として――それが、『ドラゴン』じゃ」
ドラゴン。
その響きに、わたしは思わず肩透かしを食らった気分になった。
「……ドラゴン? あら、なんだか急に話が小さくなりましたわね」
わたしは鼻で笑った。
「あのトカゲがそんな大層な存在だというの? トヨノクニの山奥にも地竜がいましたけれど、ただの大きな爬虫類でしたわよ?」
わたしの反応を見て、エルウィンは「やれやれ」と首を振った。
「お主がいっておるのは、飛竜やら地竜やら、いっても古代龍のことじゃろ。……よいかレヴィーネ。あれらは、空を統べる真のドラゴンの『眷属』に過ぎんよ」
「眷属……?」
「うむ。アリと、人間ほどの差がある。……真のドラゴンはな、ただの生物ではない。神によって作られた、生きた『災害』であり『システム』そのものじゃ」
エルウィンは真顔で、脅すように言った。
「ブレス一つで国を焼き、その鱗はあらゆる魔法を弾き、その爪は次元すら引き裂く。……もしお主が空へ上がり、ただの移動手段としてではなく、空を『征服』しようとするならば……奴らは必ず現れるぞ。世界の均衡を保つためにな」
店内が静まり返る。
アリスやミリアがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
神の使い。世界の抑止力。絶対的な空の王者。
けれど、それを聞いたわたしの唇は、自然と三日月型に歪んでいた。
「……なるほど。トカゲだと思ったら、世界の『管理システム』でしたの」
わたしは鉄扇をパチンと閉じた。
「上等じゃない。……『空を制する者は世界を制する』。だから神様が蓋をした。……だったら、その蓋をこじ開けてこそ、真の『悪役令嬢』というものですわ!」
「……くくっ。やはりそう来るか」
エルウィンは呆れるどころか、愉快そうに笑った。
「よいよい、行くがよい。……退屈していたわらわへの、何よりの余興じゃ。土産話を楽しみにしておるぞ、命知らずの娘よ」
神の作ったシステムだろうが、最強のドラゴンだろうが関係ない。
邪魔をするなら、へし折るだけ。
最大の障害と、最大の褒美。
ターゲットは定まった。
「さあ、帰りますわよ! ……ドラゴン退治の準備もしなくちゃいけませんからね!」
わたしはドレスの裾を翻し、店を出た。
見上げた秋の空は、どこまでも高く、蒼く澄み渡っていた。
あそこで、最強の敵が待っている。
武者震いが、止まらなかった。
和風モダンな店内は、博覧会の余韻を楽しむ観光客で賑わっていた。
だが、その一番奥の席に、異様なオーラを放つ人物がいた。
「……む。お主らか」
巨大なジョッキに入った鮮やかな緑色の液体――『メガ盛りずんだシェイク(白玉入り)』にストローを突き刺し、一心不乱に吸い上げていたのは、エルフの女王エルウィンだった。
その口元には、立派な緑色の「ずんだヒゲ」ができている。
「……まったく野蛮な飲み物じゃ。豆の野性味を豆の乳が包み込み、脳髄に直接糖分を叩き込んでくる……。恐ろしい……まったくまったく……ズズズッ」
「……陛下。すっかり中毒ね」
わたしは呆れつつも、向かいの席に座った。
ミリアやガンテツたちも、それぞれシェイクや団子を注文し、死んだ魚のような目で糖分を摂取し始める。
「……なんじゃ、死にそうな顔をして。商売が上手くいっておらぬのか?」
「いいえ。……空が遠いのよ」
わたしは懐に手を入れ、アレクセイから託された「筒」の感触を確かめた。
『腹心以外には見せるな』と言われた、帝国の最高機密。
だが、目の前にいるのは人外の女王であり、人間の政治的なしがらみとは無縁の存在だ。何より、1000年を超えて生きたという彼女なら、この古代の遺物について何か知っているかもしれない。
(……背に腹は代えられない、わね)
わたしは覚悟を決め、筒から例の設計図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「飛行機を作ろうとしたのだけれど、技術的に無理だったの。……『空飛ぶ島』でもあれば、話は別なのだけど」
「ん? こりゃまた懐かしい……『天蓋の揺り籠』の関連資料か?」
エルウィンが、ストローをくわえたまま、こともなげに言った。
「……『天蓋の揺り籠』?」
アリスが素っ頓狂な声を上げた。
「知ってるんですか!? っていうか、あるんですか!? その、天空の城的なものが!?」
「あるぞ? というか、わらわが子供の頃……そうじゃな、800年くらい前までは、たまに上空を通過しておったわ」
エルウィンは、空になったカップの氷をガリガリと噛み砕きながら、遠い目をした。
「あれは古代文明の遺産じゃよ。地上が戦争で汚染された時に、一部の特権階級が逃げ込むためのな。……まあ、今はもう誰も住んでおらぬ廃墟じゃろうが、動力だけは生きて浮遊しておるようじゃな。どこぞに墜ちたという話も聞かんし」
「動力だけは生きている……」
その言葉に、わたしはピクリと反応した。
鉄扇で口元を隠し、ミリアに視線を送る。
「……ねえ、ミリア。その島がまだ浮いているということは、そこには『巨大な質量を浮かせ続けるエンジン』が現存している、ってことよね?」
「……! 理論上はそうなります。島を浮遊させるほどの反重力機関……。もしそれを入手し、解析できれば、ヴィータヴェン号への移植も……!」
「決まりね」
わたしはニヤリと笑った。
「作るのが無理なら、『持っている奴』から奪えばいいのよ。……『空飛ぶ島』ごと頂いてしまいましょう」
「いやいやレヴィちゃん! 奪うって言っても、相手は空の上だよ!? どうやって行くのさ!」
「そうじゃな。そこが問題じゃ」
エルウィンは、テーブルの上の設計図を手に取った。
そして、ふむ、と目を細める。
「……ふむ。これは『送迎機』の機体構造図じゃな。これを今の技術で再現するのは無理じゃろう」
「やっぱり……」
「じゃが、こっちの端に書かれておる術式……。これは推進機関ではなく、通信コードじゃな。……『お迎え要請ビーコン』の信号パターンじゃ」
「お迎え?」
「うむ。地上の王族がシェルターへ逃げる際、空の島へ向けて『乗せてくれ』と信号を送るための合言葉じゃよ。……これを使って呼び出せば、島から自動操縦の小型艇か、あるいは転移ゲートが降りてくるはずじゃ」
「……!」
全員が顔を見合わせた。
ミリアが、設計図を食い入るように見つめ、そしてバッと顔を上げた。
「……いけます! 機体そのものを作るのは無理ですが、この『通信術式の波長』を解析して、城の放送設備から増幅して発信することなら可能です!」
「つまり、空に向かって『タクシー配車』の電話をかけるようなものってわけね?」
わたしは立ち上がり、残りのシェイクを一気に飲み干した。
「いいでしょう。……偽のSOS信号でお迎えを呼び出し、やってきた船をハイジャックして、本丸へ殴り込みをかける。……悪役らしくて、ゾクゾクする作戦だわ!」
「うわぁ……。空の古代遺跡相手に『強盗』を働く気だよこの人……」
アリスが頭を抱えるが、その顔は笑っていた。
道は見えた。
空に道がないなら、向こうから迎えに来させればいいのだ。
「総員、オワリ城へ帰還! イリス、ミリア! ただちに『偽造信号』の発信準備を! ……空からの来訪者を、盛大に『おもてなし』してあげるわよ!」
わたしがドレスを翻して店を出ようとすると、エルウィンがふぅ、と満足げな(そして少し冷ややかな)息を吐いて呼び止めた。
「……まあ、やるなら止めはせぬがの。空なんぞに浮かんで何をする気かわからんが、そんないいもんでもないぞ?」
「あら? 経験者は語る、ですの?」
わたしが問い返すと、エルウィンは緑のヒゲをナプキンで拭いながら、どこか遠い目をした。
「ハイエルフは精霊に愛された種族じゃ。風の精霊に頼めば、雲の上まで飛ぶことなど造作もない。……じゃがな、天蓋ほどの高さになれば、世界は死の領域じゃ」
彼女は指を一本立てた。
「まずは寒さじゃ。吐く息どころか、血液まで凍る極寒の世界。さらに、空気も薄い。我々ハイエルフはそのあたりも精霊任せでなんとでもなるが、ヒューマンはそうもいかんであろう?」
「……酸素濃度と気温の低下。ええ、成層圏ならマイナス数十度は当たり前ですわね」
わたしは前世の知識と照らし合わせて頷いた。
「空の旅は高ければ高いほど面倒になるもんじゃ。古代の『天蓋の揺り籠』は、完璧な環境維持機能も持ち合わせておったろうが……1000年以上前の『大戦』でヒューマンどもの文明が後退してからは、当然廃墟じゃ。そんな機能も残されておらんじゃろ」
「つまり、暖房も酸素もない廃墟に殴り込むことになる、と」
「うむ。準備なしに行けば、宝を見つける前に干物になるぞえ」
エルウィンはそこで言葉を切り、琥珀色の瞳を細めてわたしを見据えた。
その瞳の奥には、長命種特有の、底知れぬ深淵が宿っていた。
「……それに、な。わらわは空になど興味をなくして永いが、空には空の『縄張り』があるのじゃ」
「縄張り?」
「そうじゃ。ただ浮いて巡航しているだけの避難シェルターのようなものならともかく……『空を統べる』となれば、話は別じゃ。この世界を如何様にでもできるということでもあるからの」
彼女の声色が、一段低くなった。
「空から石を落とせば、地上の城など簡単に砕ける。愚かしい戦争にでもなれば、超高度の空を制するものは、それこそ一方的に攻撃のしほうだいじゃからな。……均衡が崩れる。世界が終わる」
「……確かに。航空優勢の確保は、戦争の勝敗を決する絶対条件ですわ」
わたしが頷くと、エルウィンは厳かに告げた。
「じゃから、『神』はこの空に縄張りを敷かれたのじゃ」
その単語に、わたしの眉がピクリと動いた。
「……『神』? それは、ラノリアの背後にいたような? トヨノクニを瘴気で滅ぼそうとしたような、あのろくでもない連中のことですの?」
わたしの言葉に、エルウィンはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ほほう。話には聞いておったが、あやつらと相対し、その上でへし折ったのかお主。まこと人の身にしておくには惜しい武勇よのう」
彼女は賞賛するように目を細めたが、すぐに首を振った。
「じゃが、あれらとは全く違うものよ。……創世の神じゃ」
「創世……?」
「海をつくり、大地をつくり、空をつくり、世界樹を植えた、大きな大きな根源の存在じゃ……。数千年を生きたハイエルフでもなかなか辿り着けぬ、根源の果ての果てにおわす偉大な存在じゃよ」
彼女は天井――その向こうにある空を見上げた。
「その神が、空に不可侵の縄張りを敷かれた。……空の覇者として。力の天秤として。そして、愚かな地上の民が領域を侵さぬよう見張る、空の監視者として――それが、『ドラゴン』じゃ」
ドラゴン。
その響きに、わたしは思わず肩透かしを食らった気分になった。
「……ドラゴン? あら、なんだか急に話が小さくなりましたわね」
わたしは鼻で笑った。
「あのトカゲがそんな大層な存在だというの? トヨノクニの山奥にも地竜がいましたけれど、ただの大きな爬虫類でしたわよ?」
わたしの反応を見て、エルウィンは「やれやれ」と首を振った。
「お主がいっておるのは、飛竜やら地竜やら、いっても古代龍のことじゃろ。……よいかレヴィーネ。あれらは、空を統べる真のドラゴンの『眷属』に過ぎんよ」
「眷属……?」
「うむ。アリと、人間ほどの差がある。……真のドラゴンはな、ただの生物ではない。神によって作られた、生きた『災害』であり『システム』そのものじゃ」
エルウィンは真顔で、脅すように言った。
「ブレス一つで国を焼き、その鱗はあらゆる魔法を弾き、その爪は次元すら引き裂く。……もしお主が空へ上がり、ただの移動手段としてではなく、空を『征服』しようとするならば……奴らは必ず現れるぞ。世界の均衡を保つためにな」
店内が静まり返る。
アリスやミリアがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
神の使い。世界の抑止力。絶対的な空の王者。
けれど、それを聞いたわたしの唇は、自然と三日月型に歪んでいた。
「……なるほど。トカゲだと思ったら、世界の『管理システム』でしたの」
わたしは鉄扇をパチンと閉じた。
「上等じゃない。……『空を制する者は世界を制する』。だから神様が蓋をした。……だったら、その蓋をこじ開けてこそ、真の『悪役令嬢』というものですわ!」
「……くくっ。やはりそう来るか」
エルウィンは呆れるどころか、愉快そうに笑った。
「よいよい、行くがよい。……退屈していたわらわへの、何よりの余興じゃ。土産話を楽しみにしておるぞ、命知らずの娘よ」
神の作ったシステムだろうが、最強のドラゴンだろうが関係ない。
邪魔をするなら、へし折るだけ。
最大の障害と、最大の褒美。
ターゲットは定まった。
「さあ、帰りますわよ! ……ドラゴン退治の準備もしなくちゃいけませんからね!」
わたしはドレスの裾を翻し、店を出た。
見上げた秋の空は、どこまでも高く、蒼く澄み渡っていた。
あそこで、最強の敵が待っている。
武者震いが、止まらなかった。
10
あなたにおすすめの小説
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
前世ブラックOLの私が転生したら悪役令嬢でした
タマ マコト
ファンタジー
過労で倒れたブラック企業勤めのOLは、目を覚ますと公爵令嬢アーデルハイトとして転生していた。しかも立場は“断罪予定の悪役令嬢”。だが彼女は恋愛や王子の愛を選ばず、社交界を「市場」と見抜く。王家の財政が危ういことを察知し、家の莫大な資産と金融知識を武器に“期限付き融資”という刃を突きつける。理想主義の王太子と衝突しながらも、彼女は決意する――破滅を回避するためではない。国家の金脈を握り、国そのものを立て直すために。悪役令嬢の経済戦争が、静かに幕を開ける。
【完結】異世界で幽霊やってます!?
かずきりり
ファンタジー
目が覚めたら、豪華絢爛な寝室……に、浮かぶ俺。
死んだ……?
まさかの幽霊……?
誰にも認識されず、悲しみと孤独が襲う中で、繰り広げられそうな修羅場。
せめて幽霊になるなら異世界とか止めてくれ!!
何故か部屋から逃げる事も出来ず……と思えば、悪役令嬢らしき女の子から離れる事が出来ない!?
どうやら前世ハマっていたゲームの世界に転生したようだけど、既にシナリオとは違う事が起きている……。
そして何と!悪役令嬢は転生者!
俺は……転……死?幽霊……?
どうなる!?悪役令嬢!
ってか、どうなるの俺!?
---------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
【完】相手が宜しくないヤツだから、とりあえず婚約破棄したい(切実)
桜 鴬
恋愛
私は公爵家令嬢のエリザベート。弟と妹がおりますわ。嫡男の弟には隣国の姫君。妹には侯爵子息。私には皇太子様の婚約者がおります。勿論、政略結婚です。でもこればかりは仕方が有りません。貴族としての義務ですから。ですから私は私なりに、婚約者様の良い所を見つけようと努力をして参りました。尊敬し寄り添える様にと努力を重ねたのです。でも無理!ムリ!絶対に嫌!あからさまな変態加減。更には引きこもりの妹から明かされる真実?もう開いた口が塞がらない。
ヒロインに隠しキャラ?妹も私も悪役令嬢?ならそちらから婚約破棄して下さい。私だけなら国外追放喜んで!なのに何故か執着されてる。
ヒロイン!死ぬ気で攻略しろ!
勿論、やられたら倍返ししますけど。
(異世界転生者が登場しますが、主人公は異世界転生者では有りません。)
続編として【まだまだ宜しくないヤツだけど、とりあえず婚約破棄しない。】があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる