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【第14部】天空の箱舟・物理ハッキング編 ~古代兵器(野菜)は「ちゃんこ」の具材、セキュリティは「パイプ椅子」でこじ開けます~
第145話 天空の箱舟:ドラゴン・タクシー到着。そこは宝物庫ではなく「カタログギフト」の山でした
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機械龍の背部に開いた輸送用ハッチの中。
本来なら外界から隔絶された暗闇のはずだが、今のわたしたちの視界には、信じられない光景が広がっていた。
「ひぇぇ……! か、壁が……透けてるぅぅ!?」
「ひぃぃぃ! 落ちる! 落ちます! 地面があんなに遠くに!」
アリスが半泣きでわたしのドレスにしがみつき、ミリアが青ざめた顔で床を這いつくばっている。
無理もない。
どういう仕組みなのか、機械龍の装甲を構成する流体金属が、内部からの視界だけを通す『一方通行の透明化』を行い、外の景色を360度のパノラマで映し出しているのだ。
足元の床さえも透けて見える。
おかげで、わたしたちは世界が猛スピードで遠ざかっていく様を、特等席で見せつけられていた。
視界を埋め尽くしていた分厚い雲海が、一瞬で足元へと過ぎ去っていく。
トヨノクニの広大な大地が、箱庭のようなサイズに縮んでいく。
そして、空の色が劇的に変化し始めた。
鮮やかな水色から、吸い込まれるような深い蒼へ。
さらに、星の瞬きが見える群青へ。
成層圏の領域。
そこは、生身の生物が踏み入ってはならない「死の世界」だった。
美しさと引き換えに、環境は過酷を極めた。
ハッチの気密性は完全ではないのか、それとも装甲の冷却が追いつかないのか、壁面から冷気がじわじわと染み込んでくる。
「くっ……! さ、寒い……!」
ミリアがガチガチと歯を鳴らす。
吐く息が白を通り越し、微細な氷の粒となってキラキラと舞う。マイナス数十度の世界だ。ドレス一枚では、数分で凍死するだろう。
さらに恐ろしいのは、空気の欠乏だ。
「はぁ、はぁ……! 意識が……飛びそうです……!」
「息が……吸えないよぉ……」
気圧が急激に下がり、酸素濃度が低下している。
わたしも、身体強化魔法で心肺機能をフル稼働させて耐えているが、それでも視界がチカチカと明滅し始めた。
透けた壁の向こう、深くなっていく空の色に合わせて、わたしたちの意識も遠のいていく。
これはまずい。遺跡にたどり着く前に、わたしたちが「冷凍保存」されてしまう。
「アリス! あれを!」
わたしは、薄れゆく意識の中で叫んだ。
アリスがコクンと頷き、震える手で杖を掲げる。
「うん……! お願い、守って……! 『光の繭』!!」
カッ……!
杖の先端から、暖かな黄金色の光が溢れ出した。
その光は、凍てつく闇を切り裂くように広がり、わたしたち三人(と、わたしが持ち込んだパイプ椅子)を優しく包み込む。
球形の結界が形成された瞬間。
フッ……と、圧迫感が消えた。
押し潰されるようなGも、肌を刺す冷気も、窒息感も。
すべてが嘘のように消え失せ、春の陽だまりのような温もりと、清浄な空気が満ちた。
「……ふぅ。……助かりましたわ」
わたしは深く息を吐き出し、乱れた呼吸を整えた。
肺いっぱいに酸素が満ちる快感。
「すごい……。外部の環境を完全に遮断し、内部の気圧と温度を人間に最適化しています。……アリス様、これ国家機密レベルの結界魔法ですよ。宇宙船の生命維持装置そのものです」
ミリアが眼鏡の曇りを拭いながら、感嘆の声を漏らす。
繭の外――透けた装甲の向こうでは、依然として極寒の暴風が吹き荒れているというのに、こちらの髪の毛一本揺れることはない。
やがて。
上昇のGが消え、内臓が浮き上がるような浮遊感が訪れた。
機械龍が水平飛行に移ったのだ。
「見て、レヴィちゃん! あれ!」
アリスが指差した先。
漆黒に近い宇宙を背景に、その巨大な影が姿を現した。
――『天蓋の揺り籠』。
それは、空に浮かぶひとつの「世界」だった。
直径はおそらく数キロメートル。巨大な円盤状の基部の上に、半透明の強化ガラスドームが被さっている。
太陽の光を反射して白銀に輝くその姿は、神々しいまでの美しさを放っていた。
だが、近づくにつれて、その詳細が見えてくる。
「……壊れている?」
わたしは目を細めた。
以前、イリスを通して観測衛星で確認した通りだ。
ドームの一部には巨大な亀裂が走り、そこから内部の空気が漏れ出している痕跡がある。
内部の街並みも同様だ。
天を突くようにそびえる白亜の塔は折れ、幾何学的なラインを描く道路はひび割れている。
かつては空を埋め尽くしていたであろう「空飛ぶ乗り物」も、今はすべて地上に墜落し、残骸となって沈黙している。
そこにあるのは、輝ける未来都市ではない。
800年の時を経て風化し、誰もいなくなった、美しくも残酷な「墓標」だった。
ズゥゥゥン……。
機械龍が、ドームの亀裂に近い発着ポートへと舞い降りた。
重力制御の独特な浮遊感と共に、巨大な足が金属製のデッキを捉える。
プシュゥ……と背中のハッチが開き、本物の外気が流れ込んでくる。
わたしたちは光の繭に守られたまま、よろよろと地面(金属製のデッキ)に降り立った。
「……つ、着いた……」
「おえぇ……。し、死ぬかと思いました……音より速い速度で垂直上昇なんて、生身の人間の移動手段じゃありませんよ……」
アリスとミリアが、青い顔をしてその場に座り込む。
わたしはドレスの乱れを直し、涼しい顔で振り返った。
「ありがとう、大家さん。スリル満点で、なかなか快適な空の旅でしたわ」
わたしが鉄扇を開き、優雅に挨拶すると、機械龍は無数の赤い複眼を明滅させ、無機質な音声で告げた。
『……搬送完了。これより当機は、定常監視軌道へ戻る。……警告する。この領域は「保存区画」だ。過度な破壊活動は推奨しない。……リピートする。破壊活動は推奨しない』
念を押された。
どうやら、乗車賃代わりに一発殴られたことを根に持っているらしい。
「ええ、分かっていてよ。常識の範囲内で楽しみますわ」
わたしがニッコリと「悪役令嬢の微笑み」を向けると、ドラゴンは「その常識が信用できないのだが」と言いたげに大量の噴気を吐き出し、翼を広げた。
バサァッ! と大気を叩き、再び空の彼方へと飛び去っていく。
「……さて」
わたしは踵を返し、目の前に広がる死んだ都市を見渡した。
光の繭のおかげで活動できているが、一歩外に出れば即死級の寒さと真空が待っている。
完全な無音。
風の音さえしない。鳥の声もない。
ただ、遠くの地下深くで稼働し続ける基幹システムの低い駆動音だけが、地響きのように伝わってくる。
永遠の時を刻む、巨大な時計の中に迷い込んだような感覚だ。
「行きましょう。お宝探しですわ!」
◆◆◆
都市の内部へ進む。
イリスのナビゲートに従い、まずは「中枢管理棟」を目指して大通りを歩く。
足元の舗装材は、踏むとわずかに沈み込む柔らかな素材でできており、わたしたちの足音すら吸い込んでしまう。
かつては多くの人々が行き交っていたであろう大通り。
道の両脇には、透明なチューブのようなものが張り巡らされている。
「これは……『動く歩道』の跡ですね」
ミリアが、チューブの表面を撫でながら言った。
「魔力を動力にして、人を高速で運んでいたのでしょう。ですが、今は完全に魔導力が落ちています」
「すごいね……。昔の人は、歩くこともしなかったのかな」
アリスが不思議そうに首を傾げる。
左右に並ぶ建物の中を覗き込むと、そこにも生活の痕跡は見当たらない。
椅子もテーブルもない。看板もない。
まるで、最初から「人」が住むことを想定していないかのような、無機質な空間。
「ええ。それに見てください、この壁」
ミリアが、建物の壁面にへばりついて興奮した声を上げる。
彼女は懐から片眼鏡のような形状をした魔導具――「賢者アスケンの眼鏡」を取り出し、壁の素材を食い入るように観察し、鑑定を始めた。
「これ、ただのガラスじゃありません! 『生体維持クリスタル』です! 魔力を通すことで内部の時間を極限まで遅延させる、伝説の素材ですよ!? これ一枚剥がして持って帰るだけで、王都の城壁が買える値段がつきます!」
「へぇ。高そうね」
わたしは興味なさげに流し、窓の中を覗き込んだ。
暗い室内。
だが、目が慣れてくると、そこには異様な光景が広がっていた。
部屋を埋め尽くすほどの無数の「カプセル」が、整然と並べられていたのだ。
ここだけは予備電源が生きているのか、淡い青色の光が液体の中で明滅している。
人間大のガラスシリンダーが、数千、数万と並ぶ様は、まるで深海の底に沈んだ神殿のような、幻想的で、どこか恐ろしい美しさを醸し出していた。
「……ちょっと、中を見てみましょう」
わたしは近くの建物の扉に手をかけた。
高度な電子ロックがかかっていたが、800年の劣化には勝てない。わたしが少し力を込めると、蝶番ごとバキリと外れ、悲鳴を上げて開いた。
プシュゥ……と、古びた空気が抜ける音がする。
中に入ると、冷やりとした空気が肌を撫でた。消毒液とオゾンが混じったような、病院に似た無機質な匂い。
わたしは、カプセルの一つに近づいた。
青白い液体の中に、何かの「種子」や「受精卵」のようなものが浮遊している。
その周囲に、ホログラムで詳細なデータが表示されていた。
『検体コード:A-4092。種別:トヨノクニ黒牛(原種)。保存状態:良好』
「……牛?」
隣のカプセルを見る。
『検体コード:P-1103。種別:古代米(寒冷地適応型)。保存状態:良好』
さらに隣。
『検体コード:F-0056。種別:キング・サーモン。保存状態:良好』
わたしは目を見開いた。
この建物だけではない。
窓の外に見える向かいのビルも、その奥の塔も。
この都市にある全ての施設が、人が住むためのものではなく、何らかの生物データを保存するための巨大な「保管庫」だったのだ。
「……なるほど。ここは『避難シェルター』なんて生易しいものじゃありませんでしたのね」
わたしは震える手で、カプセルの冷たいガラスに触れた。
「これは……『箱舟』ね」
「レヴィちゃん、箱舟って、前の世界の、あの箱舟……?」
「ええ。かつて地上で大規模な戦争や環境破壊が起きたとき、絶滅しそうになったあらゆる動植物の遺伝子をここに集め、冷凍保存した。……いつか地上に平和が戻ったとき、再び大地に命を芽吹かせるために」
アリスとミリアが息を呑む。
生命のライブラリ。失われた古代の生態系そのもの。
800年前の人類が、未来へ託した最後の希望の砦。
その壮大な計画と、費やされた執念に、心が震える。
だが。
わたしが震えていた理由は、そんな学術的な感動や人道的な意義のためだけではない。
「……つまり。ここには、今の地上では絶滅して食べられない『幻の食材』や、品種改良される前の『原初の美味』が、選び放題で眠っているということですの!?」
わたしの瞳が、カッ! と肉食獣のように輝いた。
宝の山? いいえ。
ここは、時を超えた「お取り寄せカタログギフト」の倉庫だ!
「すごい! すごいですわミリア! 見て! あそこには『ジャイアント・クラブ』の卵が! 向こうには『虹色ハチミツ』の蜂の幼虫が! さらにあっちには、伝説の『黄金桃』の種まで!」
「レ、レヴィーネ様、落ち着いてください! ヨダレが出てます! 貴重な遺伝資源になんて目を!」
「落ち着いていられますか! ……総員、作戦変更! 目標は家電だけではありません。この『食材データ』を片っ端から回収し、地上で『復活』させますわよ!!」
わたしが鉄扇を振り上げ、高らかに「いただきます」を宣言しようとした、その時だった。
ウゥゥゥゥゥン…………!!
都市全体に、腹の底に響くような低いサイレン音が響き渡った。
建物の影から、天井の隙間から、無数の赤い光が点灯する。
眠っていた都市機能が、侵入者を排除するために覚醒したのだ。
『――警告。保管庫への不法侵入を検知。……これより、防衛システムを起動します』
どこかあどけなさの残る、しかし氷のように冷徹な女性の声が響いた。
空飛ぶ円盤型のドローンや、多脚型の警備ロボットが、わらわらと集まってくる。
「……あら? どうやら、冷蔵庫の番人がお怒りのようですわね」
わたしは鉄扇をパチンと閉じた。
邪魔をするなら、へし折るまで。
食欲に火がついた悪役令嬢を、機械ごときで止められると思って?
本来なら外界から隔絶された暗闇のはずだが、今のわたしたちの視界には、信じられない光景が広がっていた。
「ひぇぇ……! か、壁が……透けてるぅぅ!?」
「ひぃぃぃ! 落ちる! 落ちます! 地面があんなに遠くに!」
アリスが半泣きでわたしのドレスにしがみつき、ミリアが青ざめた顔で床を這いつくばっている。
無理もない。
どういう仕組みなのか、機械龍の装甲を構成する流体金属が、内部からの視界だけを通す『一方通行の透明化』を行い、外の景色を360度のパノラマで映し出しているのだ。
足元の床さえも透けて見える。
おかげで、わたしたちは世界が猛スピードで遠ざかっていく様を、特等席で見せつけられていた。
視界を埋め尽くしていた分厚い雲海が、一瞬で足元へと過ぎ去っていく。
トヨノクニの広大な大地が、箱庭のようなサイズに縮んでいく。
そして、空の色が劇的に変化し始めた。
鮮やかな水色から、吸い込まれるような深い蒼へ。
さらに、星の瞬きが見える群青へ。
成層圏の領域。
そこは、生身の生物が踏み入ってはならない「死の世界」だった。
美しさと引き換えに、環境は過酷を極めた。
ハッチの気密性は完全ではないのか、それとも装甲の冷却が追いつかないのか、壁面から冷気がじわじわと染み込んでくる。
「くっ……! さ、寒い……!」
ミリアがガチガチと歯を鳴らす。
吐く息が白を通り越し、微細な氷の粒となってキラキラと舞う。マイナス数十度の世界だ。ドレス一枚では、数分で凍死するだろう。
さらに恐ろしいのは、空気の欠乏だ。
「はぁ、はぁ……! 意識が……飛びそうです……!」
「息が……吸えないよぉ……」
気圧が急激に下がり、酸素濃度が低下している。
わたしも、身体強化魔法で心肺機能をフル稼働させて耐えているが、それでも視界がチカチカと明滅し始めた。
透けた壁の向こう、深くなっていく空の色に合わせて、わたしたちの意識も遠のいていく。
これはまずい。遺跡にたどり着く前に、わたしたちが「冷凍保存」されてしまう。
「アリス! あれを!」
わたしは、薄れゆく意識の中で叫んだ。
アリスがコクンと頷き、震える手で杖を掲げる。
「うん……! お願い、守って……! 『光の繭』!!」
カッ……!
杖の先端から、暖かな黄金色の光が溢れ出した。
その光は、凍てつく闇を切り裂くように広がり、わたしたち三人(と、わたしが持ち込んだパイプ椅子)を優しく包み込む。
球形の結界が形成された瞬間。
フッ……と、圧迫感が消えた。
押し潰されるようなGも、肌を刺す冷気も、窒息感も。
すべてが嘘のように消え失せ、春の陽だまりのような温もりと、清浄な空気が満ちた。
「……ふぅ。……助かりましたわ」
わたしは深く息を吐き出し、乱れた呼吸を整えた。
肺いっぱいに酸素が満ちる快感。
「すごい……。外部の環境を完全に遮断し、内部の気圧と温度を人間に最適化しています。……アリス様、これ国家機密レベルの結界魔法ですよ。宇宙船の生命維持装置そのものです」
ミリアが眼鏡の曇りを拭いながら、感嘆の声を漏らす。
繭の外――透けた装甲の向こうでは、依然として極寒の暴風が吹き荒れているというのに、こちらの髪の毛一本揺れることはない。
やがて。
上昇のGが消え、内臓が浮き上がるような浮遊感が訪れた。
機械龍が水平飛行に移ったのだ。
「見て、レヴィちゃん! あれ!」
アリスが指差した先。
漆黒に近い宇宙を背景に、その巨大な影が姿を現した。
――『天蓋の揺り籠』。
それは、空に浮かぶひとつの「世界」だった。
直径はおそらく数キロメートル。巨大な円盤状の基部の上に、半透明の強化ガラスドームが被さっている。
太陽の光を反射して白銀に輝くその姿は、神々しいまでの美しさを放っていた。
だが、近づくにつれて、その詳細が見えてくる。
「……壊れている?」
わたしは目を細めた。
以前、イリスを通して観測衛星で確認した通りだ。
ドームの一部には巨大な亀裂が走り、そこから内部の空気が漏れ出している痕跡がある。
内部の街並みも同様だ。
天を突くようにそびえる白亜の塔は折れ、幾何学的なラインを描く道路はひび割れている。
かつては空を埋め尽くしていたであろう「空飛ぶ乗り物」も、今はすべて地上に墜落し、残骸となって沈黙している。
そこにあるのは、輝ける未来都市ではない。
800年の時を経て風化し、誰もいなくなった、美しくも残酷な「墓標」だった。
ズゥゥゥン……。
機械龍が、ドームの亀裂に近い発着ポートへと舞い降りた。
重力制御の独特な浮遊感と共に、巨大な足が金属製のデッキを捉える。
プシュゥ……と背中のハッチが開き、本物の外気が流れ込んでくる。
わたしたちは光の繭に守られたまま、よろよろと地面(金属製のデッキ)に降り立った。
「……つ、着いた……」
「おえぇ……。し、死ぬかと思いました……音より速い速度で垂直上昇なんて、生身の人間の移動手段じゃありませんよ……」
アリスとミリアが、青い顔をしてその場に座り込む。
わたしはドレスの乱れを直し、涼しい顔で振り返った。
「ありがとう、大家さん。スリル満点で、なかなか快適な空の旅でしたわ」
わたしが鉄扇を開き、優雅に挨拶すると、機械龍は無数の赤い複眼を明滅させ、無機質な音声で告げた。
『……搬送完了。これより当機は、定常監視軌道へ戻る。……警告する。この領域は「保存区画」だ。過度な破壊活動は推奨しない。……リピートする。破壊活動は推奨しない』
念を押された。
どうやら、乗車賃代わりに一発殴られたことを根に持っているらしい。
「ええ、分かっていてよ。常識の範囲内で楽しみますわ」
わたしがニッコリと「悪役令嬢の微笑み」を向けると、ドラゴンは「その常識が信用できないのだが」と言いたげに大量の噴気を吐き出し、翼を広げた。
バサァッ! と大気を叩き、再び空の彼方へと飛び去っていく。
「……さて」
わたしは踵を返し、目の前に広がる死んだ都市を見渡した。
光の繭のおかげで活動できているが、一歩外に出れば即死級の寒さと真空が待っている。
完全な無音。
風の音さえしない。鳥の声もない。
ただ、遠くの地下深くで稼働し続ける基幹システムの低い駆動音だけが、地響きのように伝わってくる。
永遠の時を刻む、巨大な時計の中に迷い込んだような感覚だ。
「行きましょう。お宝探しですわ!」
◆◆◆
都市の内部へ進む。
イリスのナビゲートに従い、まずは「中枢管理棟」を目指して大通りを歩く。
足元の舗装材は、踏むとわずかに沈み込む柔らかな素材でできており、わたしたちの足音すら吸い込んでしまう。
かつては多くの人々が行き交っていたであろう大通り。
道の両脇には、透明なチューブのようなものが張り巡らされている。
「これは……『動く歩道』の跡ですね」
ミリアが、チューブの表面を撫でながら言った。
「魔力を動力にして、人を高速で運んでいたのでしょう。ですが、今は完全に魔導力が落ちています」
「すごいね……。昔の人は、歩くこともしなかったのかな」
アリスが不思議そうに首を傾げる。
左右に並ぶ建物の中を覗き込むと、そこにも生活の痕跡は見当たらない。
椅子もテーブルもない。看板もない。
まるで、最初から「人」が住むことを想定していないかのような、無機質な空間。
「ええ。それに見てください、この壁」
ミリアが、建物の壁面にへばりついて興奮した声を上げる。
彼女は懐から片眼鏡のような形状をした魔導具――「賢者アスケンの眼鏡」を取り出し、壁の素材を食い入るように観察し、鑑定を始めた。
「これ、ただのガラスじゃありません! 『生体維持クリスタル』です! 魔力を通すことで内部の時間を極限まで遅延させる、伝説の素材ですよ!? これ一枚剥がして持って帰るだけで、王都の城壁が買える値段がつきます!」
「へぇ。高そうね」
わたしは興味なさげに流し、窓の中を覗き込んだ。
暗い室内。
だが、目が慣れてくると、そこには異様な光景が広がっていた。
部屋を埋め尽くすほどの無数の「カプセル」が、整然と並べられていたのだ。
ここだけは予備電源が生きているのか、淡い青色の光が液体の中で明滅している。
人間大のガラスシリンダーが、数千、数万と並ぶ様は、まるで深海の底に沈んだ神殿のような、幻想的で、どこか恐ろしい美しさを醸し出していた。
「……ちょっと、中を見てみましょう」
わたしは近くの建物の扉に手をかけた。
高度な電子ロックがかかっていたが、800年の劣化には勝てない。わたしが少し力を込めると、蝶番ごとバキリと外れ、悲鳴を上げて開いた。
プシュゥ……と、古びた空気が抜ける音がする。
中に入ると、冷やりとした空気が肌を撫でた。消毒液とオゾンが混じったような、病院に似た無機質な匂い。
わたしは、カプセルの一つに近づいた。
青白い液体の中に、何かの「種子」や「受精卵」のようなものが浮遊している。
その周囲に、ホログラムで詳細なデータが表示されていた。
『検体コード:A-4092。種別:トヨノクニ黒牛(原種)。保存状態:良好』
「……牛?」
隣のカプセルを見る。
『検体コード:P-1103。種別:古代米(寒冷地適応型)。保存状態:良好』
さらに隣。
『検体コード:F-0056。種別:キング・サーモン。保存状態:良好』
わたしは目を見開いた。
この建物だけではない。
窓の外に見える向かいのビルも、その奥の塔も。
この都市にある全ての施設が、人が住むためのものではなく、何らかの生物データを保存するための巨大な「保管庫」だったのだ。
「……なるほど。ここは『避難シェルター』なんて生易しいものじゃありませんでしたのね」
わたしは震える手で、カプセルの冷たいガラスに触れた。
「これは……『箱舟』ね」
「レヴィちゃん、箱舟って、前の世界の、あの箱舟……?」
「ええ。かつて地上で大規模な戦争や環境破壊が起きたとき、絶滅しそうになったあらゆる動植物の遺伝子をここに集め、冷凍保存した。……いつか地上に平和が戻ったとき、再び大地に命を芽吹かせるために」
アリスとミリアが息を呑む。
生命のライブラリ。失われた古代の生態系そのもの。
800年前の人類が、未来へ託した最後の希望の砦。
その壮大な計画と、費やされた執念に、心が震える。
だが。
わたしが震えていた理由は、そんな学術的な感動や人道的な意義のためだけではない。
「……つまり。ここには、今の地上では絶滅して食べられない『幻の食材』や、品種改良される前の『原初の美味』が、選び放題で眠っているということですの!?」
わたしの瞳が、カッ! と肉食獣のように輝いた。
宝の山? いいえ。
ここは、時を超えた「お取り寄せカタログギフト」の倉庫だ!
「すごい! すごいですわミリア! 見て! あそこには『ジャイアント・クラブ』の卵が! 向こうには『虹色ハチミツ』の蜂の幼虫が! さらにあっちには、伝説の『黄金桃』の種まで!」
「レ、レヴィーネ様、落ち着いてください! ヨダレが出てます! 貴重な遺伝資源になんて目を!」
「落ち着いていられますか! ……総員、作戦変更! 目標は家電だけではありません。この『食材データ』を片っ端から回収し、地上で『復活』させますわよ!!」
わたしが鉄扇を振り上げ、高らかに「いただきます」を宣言しようとした、その時だった。
ウゥゥゥゥゥン…………!!
都市全体に、腹の底に響くような低いサイレン音が響き渡った。
建物の影から、天井の隙間から、無数の赤い光が点灯する。
眠っていた都市機能が、侵入者を排除するために覚醒したのだ。
『――警告。保管庫への不法侵入を検知。……これより、防衛システムを起動します』
どこかあどけなさの残る、しかし氷のように冷徹な女性の声が響いた。
空飛ぶ円盤型のドローンや、多脚型の警備ロボットが、わらわらと集まってくる。
「……あら? どうやら、冷蔵庫の番人がお怒りのようですわね」
わたしは鉄扇をパチンと閉じた。
邪魔をするなら、へし折るまで。
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