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【第14部】天空の箱舟・物理ハッキング編 ~古代兵器(野菜)は「ちゃんこ」の具材、セキュリティは「パイプ椅子」でこじ開けます~
第149話 玉座の証明:王権がない? ならば「筋肉(物理)」で捩じ伏せて奪い取るまでですわ!
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特製「天空ちゃんこ」によって胃袋と魔力を完全に満たしたわたしたちは、再び天蓋都市の中枢――管理タワーの最上階へと足を踏み入れた。
そこは、ドームの頂点に位置する円形のホールだった。
壁面はすべて透明なクリスタルで覆われ、頭上には満天の星空と、眼下には青い惑星の曲線が一望できる。宇宙の静寂と、眼下に広がる雲海の動的な美しさが同居する、神の座と呼ぶに相応しい空間だ。
部屋の中央には、複雑な魔術回路が刻まれた巨大なクリスタル製の操作盤が鎮座し、その上空にデメテルの本体ホログラムが静かに浮遊していた。
『……ようこそ、中枢へ』
デメテルの声は、先ほどまでの敵意や戸惑いとは異なり、どこか悲しげな響きを帯びていた。
『先ほどの食事……「美味しさ」という概念の共有、感謝します。……あの温かさを知ってしまった今、私の論理回路は一つの結論を出しました』
彼女は慈愛に満ちた瞳で、アリスを見つめた。
『私の子供たちを、ただ冷凍保存し続けることは「停滞」であり、緩やかな死と同義である。……命は、芽吹き、育ち、食され、そして循環してこそ輝くものである、と』
「デメテルさん……!」
アリスが顔を輝かせて駆け寄ろうとする。
だが。
ブォンッ!
コンソールの周囲に、何重もの赤い拒絶の光壁が展開された。
アリスが弾かれ、尻餅をつく。
『……ですが、できません』
デメテルが苦渋の表情で首を振る。そのホログラムには、葛藤を示すノイズが走っている。
彼女の視線が、定まらずに揺れている。開けたいという感情と、開けてはならないという命令が衝突しているのだ。
『私の感情サブルーチンがどれほど貴女たちを求めても、私の核に刻まれた「基本原則」がそれを許さないのです』
「ルール……?」
『はい。先ほど説明したとおり、この天蓋都市の全権限を移譲し、保管庫のロックを解除するためには、古代魔法文明の「正統なる王族」による生体認証と、王権の象徴たる「黄金の王笏」の物理挿入が必須条件なのです』
デメテルは、コンソールの中央にある空っぽの穴を指差した。
そこは本来、王の証である杖が収まるべき聖域だ。
『王笏なき命令はすべて無効化されます。いかなるハッキングも、論理攻撃も受け付けません。……そして、王族の血統は800年前の大戦で絶えました。王笏も失われて久しい』
彼女は悲しげに目を伏せた。
長い沈黙が落ちる。
『つまり、正規の手順で鍵が開くことは、永遠にないのです。……私はここで、朽ちるまで鍵を守り続けるしかない』
永遠の閉鎖。
それが、守り人として残されたAIの絶望的な運命だった。
「そんな……。じゃあ、デメテルさんはずっとここで、独りぼっちで……」
アリスが悲痛な声を上げる。
せっかく心が通じ合ったのに、過去の亡霊が作った冷たいルールが、彼女たちを引き裂こうとしている。
「……諦めるしかないの? 種も、デメテルさんも、ここに置いていくしかないの?」
『……去りなさい、優しき人間たちよ。貴女たちに「美味しさ」を教えてもらった記憶だけで、私はあと一千年、ここで耐えられますから』
デメテルが寂しげに微笑み、消灯シークエンスに入ろうとした。
その時。
カツン、カツン、カツン……。
静寂のホールに、ヒールの音が響いた。
優雅で、不遜で、絶望など微塵も感じさせない足音。
わたしは赤い光壁の前まで歩み寄り、冷ややかな視線でAIを見上げた。
「……お涙頂戴はそこまでになさいな。聞いていれば、随分とくだらないことで悩んでいるようですわね」
『くだらない……ですって? これは絶対的なシステム制約です! 物理的なキーアイテムがない以上、神でも介入は……』
「血統? 王の証?」
わたしは鼻で笑った。
「そんな1000年も前のカビが生えた……いいえ、化石になったような骨董品に、何の価値があるというのです?」
『なっ……!? 化石!? それはこの天蓋都市を作った偉大なる王の証です!』
「死んだ王の証など、今の時代にはただのガラクタよ。……今を生き、大地を踏みしめ、未来を切り拓く意志。それこそが『王』たる資格でしょう?」
わたしは足下の影から、相棒を取り出した。
「漆黒の玉座」。黒鋼の鈍器。折りたたみ式のパイプ椅子。
それを、バチィンッ! と展開する。
ニンニクとバターの香りをほのかに漂わせながらも、そこにあるのは絶対的な質量と、魔を断つ黒き輝き。
「王笏がないなら、代わりのものを挿せばいい。……血統がないなら、捩じ伏せればいい。……ここに、私の『玉座』がありますわ!」
『ぎょ、玉座!? それはただの椅子……しかも鈍器でしょう!? 形状も用途も規格も合いません!』
「合わせるのよ。……力尽くでね」
わたしは光壁の前に立ち、椅子を高く振りかぶった。
特製天空ちゃんこ鍋でフルチャージされた魔力が、血管の中で暴れ回る。
夜色のオーラが噴き出し、ホール全体がビリビリと震え始めた。
空気中のマナが悲鳴を上げ、空間そのものが歪む。
「さあ、道を開けなさい過去の亡霊ども!! 新しい『大家』の入居よッッ!!!」
ドォォォォォンッッ!!!!!
わたしは渾身の力で、椅子を光壁に叩きつけた。
バキィッ! という硝子が割れるような音と共に、絶対防御のシステム・バリアが粉砕される。
赤い破片が舞い散る中、警報が鳴り響く。わたしはコンソールへと歩み寄り――その繊細なクリスタルの「鍵穴」に、玉座のパイプ脚を突き立てた。
『ひぃぃぃッ!? 入らない! 入りません! 物理的にサイズが違いますぅぅ!!』
「入るわよッッ!!!」
ズガガガガガガガッッ……!!!
わたしは全身の筋肉を硬化させ、無理やりねじ込んだ。
ミシミシとクリスタルが悲鳴を上げ、火花が散る。
『そ、そんなドス黒い鈍器を私の敏感なところにねじ込むだなんて!! やっぱり人類は乱暴で野蛮ですぅぅ!!』
「……なんか色々勘違いされそうなこと言ってないで、あんたも同調しなさい!! 私の玉座を受け入れるのよ!!」
『壊れちゃいますぅぅ!!』
「まだ先っぽも入ってないわよ!! ほら力を抜きなさ、いッッ!!!」
ゴオオオオオオオオオオッッ!!!!
わたしは両手を椅子の背もたれに置き、体内の魔力を――「魔王級」と恐れられた膨大なエネルギーを、一気に解放した。
黒鋼の椅子が媒体となり、わたしの意志と魔力が、電気信号となってシステム内部へ暴力的に侵食していく。
「玉座」を介して影魔法の茨を伸ばし、キースロットから奥へ、さらに奥へ。この天空都市の『全て』を司る中枢の、更に最奥へと、わたしの魔力を泳がせる。
わたしの魔力を押し戻そうとする力の奔流の中に、かつての王族の幻影――王冠を被った老人の姿がちらついたような気がした。
いや、一人ではない。数多の魔術師、騎士、王族たちが、最後の防衛ラインとして立ち塞がっている。
『去れ、卑しき者よ』
『去れ、簒奪を企む者よ』
『去れ、侵略者よ』
そう囁く亡霊の声。
それは800年前、この場所を天空へと飛ばし、守るために散っていった者たちの残留思念。
『ここはただの宝物庫ではない』
『偉大なる人類の稀少庫なのだ』
『力のみを恃む野蛮の輩に明け渡せるものではない』
『人類の防人たる我ら神聖魔法皇国アストライアの王族のみに、その責務と権利があるのだ』
重厚な圧力。正論という名の壁。
だが、わたしはそれを鼻で笑い飛ばした。
「黙りなさい、敗北者。……あんたらが守れなかった世界を、今守っているのは誰だと思っているの?」
『守れなかった、だと……?』
「ええ。エルフの女王に聞いたわよ……愚かにも戦争で地上を、民を、文明を焼き尽くしたってね!」
『……ッ!?』
痛いところを突かれたのか、幻影たちが揺らぐ。
わたしはさらに言葉の刃を突き立てた。
「そこから1000年! 何代にも渡って! 泥と汗にまみれて! あんた達が失敗したツケを払い続けたのは『今』を生き続けている民なのよ!!」
わたしの脳裏に、トヨノクニで出会った人々の顔が浮かぶ。
やせ細った土地を耕す農民。新しい技術に目を輝かせる職人。そして、おにぎりを頬張って笑う子供たち。
彼らは、過去の遺産などなくても、懸命に生きてきた。
「民を顧みない、過去の清算もできない、『今』も未来も見据えられない、そんな王になんの権利があるっていうの!!」
『ぐ、ぬぅ……! しかし、我々は守らねば……純粋な種を……』
「退きなさい亡霊! その種は渡してもらう。……それは過去の遺物ではない。今の、そして未来の子供たちが、お腹いっぱい食べるための『ご飯』ですわ!!」
『ご飯……? 崇高なる遺産を、食料と……』
『なんという強欲……なんという生命力……』
亡霊たちが揺らぐ。
彼らの「高潔な使命感」が、わたしの「泥臭い食欲」と「生への執着」に押されている。
「王権? 血統? そんな骨董品に価値などない!」
わたしは、ありったけの魔力を「漆黒の玉座」に注ぎ込んだ。
黒い光が、幻影たちを飲み込んでいく。
「今、この大地を踏みしめ、民を導き、美味しいご飯のために世界を敵に回す覚悟がある者! それこそが『王』でしょう!?」
バキィィィィンッ……!!
幻影の王冠が砕け散る音がした。
「道を開けなさい、過去の遺物ども!! ……ここからは、私が座る席よッッ!!!」
ゴオオオオオオオオオオッッ!!!!
黒い魔力の奔流が、亡霊たちを、システムを、古い理を、すべて飲み込み――書き換えていく。
『ぴ、ピガーッ!? け、警告! 異常霊圧! 規格外の魔力流入! 論理防壁が融解しています!』
デメテルが頭を抱えて絶叫する。
室内の照明が激しく明滅し、ホログラムの空にノイズが走る。
コンソールの画面には、無数の赤いウィンドウが表示された。
【 Error : Unknown Device Detected (エラー:未知のデバイスを検知) 】
【 Authority Check... Failed. (権限確認……失敗) 】
【 Access Denied... Access Denied... (アクセス拒否…拒否…) 】
「拒否? 生意気ね……! 私が『通せ』と言っているのよ!」
わたしはさらに魔力を込めた。
筋肉が唸りを上げ、魔力がシステムコードを物理的に焼き切る。
やがて。
エラーの赤い文字列が、次々と青色に書き換わっていく。
【 System Override... Complete. (システム強制上書き……完了) 】
【 Old Registry : Delete. (旧王権データ:削除) 】
【 New Administrator : ――Levine Vitaven. (新管理者:レヴィーネ・ヴィータヴェン) 】
カッ……!!!!
コンソールの中央に突き刺さったパイプ椅子が、黒い光を放った。
それはもはや単なる鉄塊ではない。
古代の王権を、魔力ごと食らい尽くし、飲み込み、自らの力とした「真の玉座」としての輝きだった。
『……し、システム掌握……完了。……認証コード……「簒奪者」……』
デメテルが呆然と呟く。
彼女のホログラムが一度ノイズに包まれ、そして再構成された。今度は敵意ではなく、絶対的な主に対する「恭順」の色を持って。
『……信じられません。王笏もなしに、魔力の質と物理的な圧力だけで、アストライアのセキュリティを屈服させるなんて……』
「言ったでしょう? 鍵がないなら、奪えばいいと」
わたしはコンソールから玉座を引き抜き、ドカッとその場に据えて座り込んだ。
足を組み、悠然とデメテルを見下ろす。
その姿は、まさにこの天蓋都市の――いや、かつての大国を滅ぼし、その上に君臨する「新しい女王」の姿そのものだった。
「さあ、デメテル。……貴女の新しい主の命令よ」
わたしは鉄扇を開き、高らかに告げた。
「冷蔵庫のロックを解除しなさい。……ショッピングの時間ですわ!」
そこは、ドームの頂点に位置する円形のホールだった。
壁面はすべて透明なクリスタルで覆われ、頭上には満天の星空と、眼下には青い惑星の曲線が一望できる。宇宙の静寂と、眼下に広がる雲海の動的な美しさが同居する、神の座と呼ぶに相応しい空間だ。
部屋の中央には、複雑な魔術回路が刻まれた巨大なクリスタル製の操作盤が鎮座し、その上空にデメテルの本体ホログラムが静かに浮遊していた。
『……ようこそ、中枢へ』
デメテルの声は、先ほどまでの敵意や戸惑いとは異なり、どこか悲しげな響きを帯びていた。
『先ほどの食事……「美味しさ」という概念の共有、感謝します。……あの温かさを知ってしまった今、私の論理回路は一つの結論を出しました』
彼女は慈愛に満ちた瞳で、アリスを見つめた。
『私の子供たちを、ただ冷凍保存し続けることは「停滞」であり、緩やかな死と同義である。……命は、芽吹き、育ち、食され、そして循環してこそ輝くものである、と』
「デメテルさん……!」
アリスが顔を輝かせて駆け寄ろうとする。
だが。
ブォンッ!
コンソールの周囲に、何重もの赤い拒絶の光壁が展開された。
アリスが弾かれ、尻餅をつく。
『……ですが、できません』
デメテルが苦渋の表情で首を振る。そのホログラムには、葛藤を示すノイズが走っている。
彼女の視線が、定まらずに揺れている。開けたいという感情と、開けてはならないという命令が衝突しているのだ。
『私の感情サブルーチンがどれほど貴女たちを求めても、私の核に刻まれた「基本原則」がそれを許さないのです』
「ルール……?」
『はい。先ほど説明したとおり、この天蓋都市の全権限を移譲し、保管庫のロックを解除するためには、古代魔法文明の「正統なる王族」による生体認証と、王権の象徴たる「黄金の王笏」の物理挿入が必須条件なのです』
デメテルは、コンソールの中央にある空っぽの穴を指差した。
そこは本来、王の証である杖が収まるべき聖域だ。
『王笏なき命令はすべて無効化されます。いかなるハッキングも、論理攻撃も受け付けません。……そして、王族の血統は800年前の大戦で絶えました。王笏も失われて久しい』
彼女は悲しげに目を伏せた。
長い沈黙が落ちる。
『つまり、正規の手順で鍵が開くことは、永遠にないのです。……私はここで、朽ちるまで鍵を守り続けるしかない』
永遠の閉鎖。
それが、守り人として残されたAIの絶望的な運命だった。
「そんな……。じゃあ、デメテルさんはずっとここで、独りぼっちで……」
アリスが悲痛な声を上げる。
せっかく心が通じ合ったのに、過去の亡霊が作った冷たいルールが、彼女たちを引き裂こうとしている。
「……諦めるしかないの? 種も、デメテルさんも、ここに置いていくしかないの?」
『……去りなさい、優しき人間たちよ。貴女たちに「美味しさ」を教えてもらった記憶だけで、私はあと一千年、ここで耐えられますから』
デメテルが寂しげに微笑み、消灯シークエンスに入ろうとした。
その時。
カツン、カツン、カツン……。
静寂のホールに、ヒールの音が響いた。
優雅で、不遜で、絶望など微塵も感じさせない足音。
わたしは赤い光壁の前まで歩み寄り、冷ややかな視線でAIを見上げた。
「……お涙頂戴はそこまでになさいな。聞いていれば、随分とくだらないことで悩んでいるようですわね」
『くだらない……ですって? これは絶対的なシステム制約です! 物理的なキーアイテムがない以上、神でも介入は……』
「血統? 王の証?」
わたしは鼻で笑った。
「そんな1000年も前のカビが生えた……いいえ、化石になったような骨董品に、何の価値があるというのです?」
『なっ……!? 化石!? それはこの天蓋都市を作った偉大なる王の証です!』
「死んだ王の証など、今の時代にはただのガラクタよ。……今を生き、大地を踏みしめ、未来を切り拓く意志。それこそが『王』たる資格でしょう?」
わたしは足下の影から、相棒を取り出した。
「漆黒の玉座」。黒鋼の鈍器。折りたたみ式のパイプ椅子。
それを、バチィンッ! と展開する。
ニンニクとバターの香りをほのかに漂わせながらも、そこにあるのは絶対的な質量と、魔を断つ黒き輝き。
「王笏がないなら、代わりのものを挿せばいい。……血統がないなら、捩じ伏せればいい。……ここに、私の『玉座』がありますわ!」
『ぎょ、玉座!? それはただの椅子……しかも鈍器でしょう!? 形状も用途も規格も合いません!』
「合わせるのよ。……力尽くでね」
わたしは光壁の前に立ち、椅子を高く振りかぶった。
特製天空ちゃんこ鍋でフルチャージされた魔力が、血管の中で暴れ回る。
夜色のオーラが噴き出し、ホール全体がビリビリと震え始めた。
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「さあ、道を開けなさい過去の亡霊ども!! 新しい『大家』の入居よッッ!!!」
ドォォォォォンッッ!!!!!
わたしは渾身の力で、椅子を光壁に叩きつけた。
バキィッ! という硝子が割れるような音と共に、絶対防御のシステム・バリアが粉砕される。
赤い破片が舞い散る中、警報が鳴り響く。わたしはコンソールへと歩み寄り――その繊細なクリスタルの「鍵穴」に、玉座のパイプ脚を突き立てた。
『ひぃぃぃッ!? 入らない! 入りません! 物理的にサイズが違いますぅぅ!!』
「入るわよッッ!!!」
ズガガガガガガガッッ……!!!
わたしは全身の筋肉を硬化させ、無理やりねじ込んだ。
ミシミシとクリスタルが悲鳴を上げ、火花が散る。
『そ、そんなドス黒い鈍器を私の敏感なところにねじ込むだなんて!! やっぱり人類は乱暴で野蛮ですぅぅ!!』
「……なんか色々勘違いされそうなこと言ってないで、あんたも同調しなさい!! 私の玉座を受け入れるのよ!!」
『壊れちゃいますぅぅ!!』
「まだ先っぽも入ってないわよ!! ほら力を抜きなさ、いッッ!!!」
ゴオオオオオオオオオオッッ!!!!
わたしは両手を椅子の背もたれに置き、体内の魔力を――「魔王級」と恐れられた膨大なエネルギーを、一気に解放した。
黒鋼の椅子が媒体となり、わたしの意志と魔力が、電気信号となってシステム内部へ暴力的に侵食していく。
「玉座」を介して影魔法の茨を伸ばし、キースロットから奥へ、さらに奥へ。この天空都市の『全て』を司る中枢の、更に最奥へと、わたしの魔力を泳がせる。
わたしの魔力を押し戻そうとする力の奔流の中に、かつての王族の幻影――王冠を被った老人の姿がちらついたような気がした。
いや、一人ではない。数多の魔術師、騎士、王族たちが、最後の防衛ラインとして立ち塞がっている。
『去れ、卑しき者よ』
『去れ、簒奪を企む者よ』
『去れ、侵略者よ』
そう囁く亡霊の声。
それは800年前、この場所を天空へと飛ばし、守るために散っていった者たちの残留思念。
『ここはただの宝物庫ではない』
『偉大なる人類の稀少庫なのだ』
『力のみを恃む野蛮の輩に明け渡せるものではない』
『人類の防人たる我ら神聖魔法皇国アストライアの王族のみに、その責務と権利があるのだ』
重厚な圧力。正論という名の壁。
だが、わたしはそれを鼻で笑い飛ばした。
「黙りなさい、敗北者。……あんたらが守れなかった世界を、今守っているのは誰だと思っているの?」
『守れなかった、だと……?』
「ええ。エルフの女王に聞いたわよ……愚かにも戦争で地上を、民を、文明を焼き尽くしたってね!」
『……ッ!?』
痛いところを突かれたのか、幻影たちが揺らぐ。
わたしはさらに言葉の刃を突き立てた。
「そこから1000年! 何代にも渡って! 泥と汗にまみれて! あんた達が失敗したツケを払い続けたのは『今』を生き続けている民なのよ!!」
わたしの脳裏に、トヨノクニで出会った人々の顔が浮かぶ。
やせ細った土地を耕す農民。新しい技術に目を輝かせる職人。そして、おにぎりを頬張って笑う子供たち。
彼らは、過去の遺産などなくても、懸命に生きてきた。
「民を顧みない、過去の清算もできない、『今』も未来も見据えられない、そんな王になんの権利があるっていうの!!」
『ぐ、ぬぅ……! しかし、我々は守らねば……純粋な種を……』
「退きなさい亡霊! その種は渡してもらう。……それは過去の遺物ではない。今の、そして未来の子供たちが、お腹いっぱい食べるための『ご飯』ですわ!!」
『ご飯……? 崇高なる遺産を、食料と……』
『なんという強欲……なんという生命力……』
亡霊たちが揺らぐ。
彼らの「高潔な使命感」が、わたしの「泥臭い食欲」と「生への執着」に押されている。
「王権? 血統? そんな骨董品に価値などない!」
わたしは、ありったけの魔力を「漆黒の玉座」に注ぎ込んだ。
黒い光が、幻影たちを飲み込んでいく。
「今、この大地を踏みしめ、民を導き、美味しいご飯のために世界を敵に回す覚悟がある者! それこそが『王』でしょう!?」
バキィィィィンッ……!!
幻影の王冠が砕け散る音がした。
「道を開けなさい、過去の遺物ども!! ……ここからは、私が座る席よッッ!!!」
ゴオオオオオオオオオオッッ!!!!
黒い魔力の奔流が、亡霊たちを、システムを、古い理を、すべて飲み込み――書き換えていく。
『ぴ、ピガーッ!? け、警告! 異常霊圧! 規格外の魔力流入! 論理防壁が融解しています!』
デメテルが頭を抱えて絶叫する。
室内の照明が激しく明滅し、ホログラムの空にノイズが走る。
コンソールの画面には、無数の赤いウィンドウが表示された。
【 Error : Unknown Device Detected (エラー:未知のデバイスを検知) 】
【 Authority Check... Failed. (権限確認……失敗) 】
【 Access Denied... Access Denied... (アクセス拒否…拒否…) 】
「拒否? 生意気ね……! 私が『通せ』と言っているのよ!」
わたしはさらに魔力を込めた。
筋肉が唸りを上げ、魔力がシステムコードを物理的に焼き切る。
やがて。
エラーの赤い文字列が、次々と青色に書き換わっていく。
【 System Override... Complete. (システム強制上書き……完了) 】
【 Old Registry : Delete. (旧王権データ:削除) 】
【 New Administrator : ――Levine Vitaven. (新管理者:レヴィーネ・ヴィータヴェン) 】
カッ……!!!!
コンソールの中央に突き刺さったパイプ椅子が、黒い光を放った。
それはもはや単なる鉄塊ではない。
古代の王権を、魔力ごと食らい尽くし、飲み込み、自らの力とした「真の玉座」としての輝きだった。
『……し、システム掌握……完了。……認証コード……「簒奪者」……』
デメテルが呆然と呟く。
彼女のホログラムが一度ノイズに包まれ、そして再構成された。今度は敵意ではなく、絶対的な主に対する「恭順」の色を持って。
『……信じられません。王笏もなしに、魔力の質と物理的な圧力だけで、アストライアのセキュリティを屈服させるなんて……』
「言ったでしょう? 鍵がないなら、奪えばいいと」
わたしはコンソールから玉座を引き抜き、ドカッとその場に据えて座り込んだ。
足を組み、悠然とデメテルを見下ろす。
その姿は、まさにこの天蓋都市の――いや、かつての大国を滅ぼし、その上に君臨する「新しい女王」の姿そのものだった。
「さあ、デメテル。……貴女の新しい主の命令よ」
わたしは鉄扇を開き、高らかに告げた。
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お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
【完】相手が宜しくないヤツだから、とりあえず婚約破棄したい(切実)
桜 鴬
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