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【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
第154話 神の雷と三本の矢:戦火を招くなら、私が火種ごと買い取りますわ
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『天蓋の揺り籠』ごとの帰還から数日後。
オワリ城の大広間には、かつてないほど重苦しく、それでいてヒリつくような緊張感が漂っていた。
上座には、この国の支配者にして、自ら「第六天魔王」を称する男、オダ・ノブナガ。
その周囲には、トヨノクニの執権であるアシカガ・ムネノリをはじめとする、「胃痛四天王」と呼ばれる重臣たちが並び、険しい顔で卓上の地図を囲んでいる。
普段なら、リョウマが持ち込んだ新しい海産物や、ガンテツたちが開発した新兵器の自慢話で盛り上がるところだが、今日の空気は明らかに違っていた。鉛を飲み込んだような沈黙が、広間を支配している。
議題は、西方連邦による突然の「宣戦布告」と、それに伴う「経済封鎖」についてだ。
「……報告します。本日未明、西方連邦議会より正式な通達が届きました」
ミリアが淡々と、しかしその眼鏡の奥に冷たい怒りを滲ませて報告書を読み上げる。
彼女の声だけが、静寂の中に響く。
「内容は、トヨノクニに対し『古代遺産・天蓋都市の即時明け渡し』および『全技術の無償公開』を要求するもの。……これに応じない場合、彼らは連邦軍の総力を挙げて武力行使も辞さない構えです」
明け渡し? 無償公開?
わたしは、扇子で口元を隠しながら、呆れを通り越して笑い出しそうになるのを堪えた。
人の家の冷蔵庫を勝手に覗こうとするだけでなく、中身を全部寄越せとは。随分と躾のなっていない方々だこと。
原因は明白だ。
トヨノクニへの富の偏在と、空に浮かぶ巨大な古代要塞への恐怖。それらが、西方の既得権益層のプライドと理性を焼き切ったのだ。自分たちの手元から富が流出し、頭上に理解不能な武力が浮いている状況に、彼らの小さな器が耐えきれなくなったのだろう。
「さらに、彼らの強気の背景には『発掘兵器』の存在があります」
ミリアの合図で、イリスが卓上にホログラムを展開する。
青白い光が結んだのは、地下深くから掘り起こされたであろう、無骨で巨大な古代の機動兵器群だった。
『ここ数日の「世界的な魔素濃度の上昇」により、地下に眠っていたアストライア文明の遺産が再起動したようです。……歩兵用強化外骨格「ゴリアテ」、多脚自走砲台「タラスク」。どれも、現代の魔法使いや騎士団では太刀打ちできない代物です』
イリスの冷徹な解説を聞き、ムネノリがこめかみを押さえながら重々しく唸る。
「……数だけでも脅威なのに、そんな古代兵器まで。……まともにぶつかれば、トヨノクニとて無傷では済みませぬぞ」
その懸念に対し、ミリアは眼鏡の位置を直しながら静かに、しかし断定的に返した。
「ええ。ですが、最大の問題はこれではありません」
彼女が視線を送ると、イリスが地図の縮尺を変え、西方連邦の首都、その地下深くにあるサイロを映し出した。
そこに鎮座しているのは、天を突くような巨塔――巨大なミサイルだった。
『大陸間弾道弾。……通称「神の雷」。彼らはこれを、トヨノクニを焦土に変える最強の切り札として、発射準備を進めています』
「大陸間……弾道弾……?」
聞き慣れない言葉に、侍たちが首を傾げる。
イリスは無感情な声で、しかし衝撃的な事実を告げた。
『この兵器は、空の彼方――宇宙空間を経由し、任意の都市を地図から消滅させる威力を持ちます。……ですが、真の脅威は威力ではありません』
ホログラムの中で、シミュレーション映像が再生される。
ミサイルが発射され、空へと昇っていく。だが、大気圏を抜ける直前――空間が歪み、あの『機械龍』が出現する。
機械龍は、害虫を駆除するかのようにミサイルを消滅させると、そのまま発射地点である西方連邦へと降下し、ブレスを一閃させる。
――次の瞬間、地図から西方連邦が消滅した。
「……なっ!?」
『この世界に航空戦力が存在しないのは、空が「管理者の領域」だからです。……ICBMの発射は、管理者への明確な敵対行為と見なされます。発射された瞬間、防衛システムが作動し、西方連邦は国土ごと「消去」されます』
静まり返る会議室。
息を飲む音さえ聞こえない。
彼らは、自分たちが最強の剣だと思って、自国の処刑ボタンに指をかけているのだ。
知らぬこととは言え、これほどの喜劇があるだろうか。
「……馬鹿な連中。自殺志願者ですの?」
わたしは、堪えきれずに溜め息を吐いた。
放置すれば、西方の民が消滅するだけではない。機械龍の制裁の余波は、間違いなくトヨノクニにも降りかかるだろう。
何より。
これからお得意様になってもらい、美味しい食材を輸出してもらう予定の国が、地図から消えてしまっては商売あがったりだ。
わたしの食卓の平和を、下らないプライドと無知で脅かすなど、万死に値する。
重苦しい沈黙の中、わたしは音を立てて鉄扇を閉じた。
パチン、という乾いた音が、皆の視線を集める。
「……ノブナガ。申し訳ありません。わたくしが、少々派手にやりすぎましたわ」
わたしは一歩進み出て、優雅に頭を下げた。
敬称は省く。だが、この国を預かる者としての礼儀は尽くす。
元はと言えば、わたしが持ち帰った技術と力が、彼らを追い詰めたのだ。
だが、上座の第六天魔王は、盃を干し、鼻で笑った。
「謝るな。出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれん。……お主はまだ、中途半端に『出ている』だけよ」
「……!」
その言葉に、わたしの胸の奥で、熱いものが燻り始める。
そうだ。中途半端だから、舐められる。中途半端だから、噛みつかれる。
ならば。
「……承知いたしました。ならば、突き抜けますわ」
わたしは顔を上げ、不敵に微笑んだ。
その瞳に、迷いはない。
「ノブナガ。今回の件、トヨノクニの本隊を動かす必要はありませんわ」
「ほう? どうするつもりじゃ?」
ノブナガが興味深げに身を乗り出す。わたしは宣言した。
「全ては『わたくし』と『天蓋の揺り籠』の問題。トヨノクニの大地を、戦火で汚すわけにはいきませんもの」
わたしは卓上の地図に歩み寄り、西方の領土の上に、三つの駒をドン、ドン、ドンと置いた。
その音は、宣戦布告の号砲のように響いた。
「ちょっとあちらをシメて……教育的指導をしてまいりますわ。……イリス、連中は『神の雷』を今すぐにでも撃ちそうなの?」
ざわめく家臣たちを制し、わたしは扇子で地図をなぞりながら、傍らに控える人工知能に問いかけた。
『否定。発掘済みの兵器が動くことが判明した、という段階です。とはいえ動作確認も安全確認もできないまま運用するほど西方連邦議会も間抜け……失礼、知能指数が低いとは思えず、あくまでも古代文明にある「神の雷」が手元にあるということを交渉材料にしている段階です』
「それにしては初手から随分強気にでましたのね」
イリスの毒舌混じりの報告に苦笑しつつ、わたしはさらに問う。
『西方連邦が持つ既存の軍事力も背景にあります。彼らの見積もりでは、トヨノクニを経済封鎖で干上がらせ、大船団で囲んでしまえばなんとでもなる――そう考えている様子です。随分と不遜である、と判定します』
「さて、そうなると『天蓋の揺り籠』で強襲して『神の雷』とやらを無力化するだけでは足りない、ということね」
『肯定。根本的には、彼らの認識を改めさせる必要があります』
イリスの冷徹な分析に、わたしは深く頷いた。
ただ武器を取り上げるだけでは不十分だ。彼らはまだ、自分たちが強者だと勘違いしている。
その歪んだ認識ごと、物理的にへし折らなければならない。
わたしは地図から顔を上げ、広間を見渡した。
「では、作戦はシンプルかつ迅速に。……『空』『陸』『海』の三方向から、同時に攻め上がります。ヒデヨシ、あなたの直下に組み込んだ『黒鉄組』、動かして良いかしら?」
突然の名指しに、末席に控えていた猿顔の男、普請奉行のハシバ・ヒデヨシが弾かれたように顔を上げた。
「わ、わしか!? ……あー、いや、構わんがよ。……ちゅうか、レヴィーネ殿! そんな面白そうな工事するなら、わしも現場に行きたいんだがねえ!」
ヒデヨシは目を輝かせ、早口の尾張弁でまくしたてた。
技術者としての血が騒いでいるのだろう。
「それはノブナガに許可をもらいなさい。出来る限り指揮系統はシンプルにしたいけれど、あなたの指揮があるなら心強いわ」
わたしが視線を向けると、ノブナガはニヤリと笑い、顎をしゃくった。
「好きにせえ、サル。……ただし、半端な仕事をしたら承知せんぞ」
「ありがたき幸せ! ……へっへっへ、腕が鳴るわい!」
ヒデヨシが子供のように拳を握りしめる。
戦力が整った。
わたしは再び地図に向き直り、扇子の先を突きつけた。
「まず、第一の矢は『空』。……わたくしが天蓋都市で移動し、各都市国家の首脳部へ、単身降下(HALO)突撃を敢行します。指揮系統を物理的に『説得し』ます」
次に、西海岸から内陸へと伸びるラインを引く。
「第二の矢は『陸』。……ヒデヨシ率いる『黒鉄組』を投入します。使い捨てになってしまいますが、『天の掛橋』を使い、現地への転移門を開いて、敵の軍事拠点を『整地』しながら、西方連邦中枢までの大規模産業道路を一気に敷設します。邪魔な要塞や兵器は、すべて道路の舗装材にリサイクルして差し上げますわ」
『天の掛橋』――「天蓋の揺り籠」のデータベースにあった古代文明の転移門設置魔道具を再現したものだ。
イリスとアルゴスによる精密な座標情報と、天蓋の揺り籠からの魔力供給、さらにわたしの膨大な魔力でアンカーを発動させてなお、短時間の一方通行、しかも一度きりの使い捨てにしかできない代物。
国家予算が吹き飛ぶほどのコストと労力がかかるが、興味半分で研究に予算を割いた甲斐があった。
使いどころとしたら、ここをおいて他にないだろう。
そして、海上のルートを示す。
「第三の矢は『海』。……リョウマの『黒船屋』によるピストン輸送です。トヨノクニの余剰食材を運び込み、現地で『大人買い』した物資を持ち帰る。……兵站と経済を同時に回し、民の胃袋を掴みます。リョウマ、頼めるかしら?」
わたしが視線を送ると、海運王サカモト・リョウマは帽子を目深にかぶり直し、ニカっと白い歯を見せた。
「あたぼうじゃき! ……こっちの倉庫もパンク寸前ぜよ。大商いじゃ、派手に行くぜよ!」
頼もしい仲間たちの返事に、わたしは満足げに頷いた。
空からは悪役令嬢。陸からは土木軍団。海からは商人。
これだけの理不尽を叩きつければ、どんな堅牢な国家とて耐えられまい。
わたしの視線は、既にその先――大陸の地図全体を見据えていた。
「さらに、この道を大陸中央の『大断裂帯』まで延ばし、ゆくゆくは東海岸まで繋げますわ。……この『大陸横断大回廊』が出来上がれば、海上封鎖などという小賢しい真似は、二度とできなくなります」
物流こそが血流。経済こそが命脈。
それを握ってしまえば、剣を振るうよりも深く、確実に国を支配できる。
一瞬の静寂が広間を包み――。
「ぶははははははッ!!!」
第六天魔王の豪快な爆笑が、天井を震わせた。
彼は腹を抱え、涙を流して笑っている。
「規格外がすぎるが、面白い! 実に面白いぞ、レヴィーネ!」
彼は膝を叩き、爛々とした瞳でわたしを見つめた。
「電撃戦で軍を麻痺させ解体、食糧供給と公共事業の現地雇用を創出し民心を掌握……最終的には武力ではなく『経済』で支配するということか!! 見事な国家乗っ取りじゃ!」
「まあ、そんなところですわ。……そこまで高度なことは考えていませんでしたけれど」
わたしが肩をすくめておどけて見せると、ノブナガは身を乗り出し、鋭い眼光を放った。
「して、どれくらいを見込んでおる?」
「戦争自体は、すぐにでも終わらせますわ。……ただ、工事はさすがに時間がかかるでしょうから。大陸中央までを3年……大断裂帯を越えて東海岸までは、『神代の岩盤』なんてものもあるそうですから、それ以上かかるかもしれませんわね」
数年単位の大事業。
一人の令嬢が背負うには、あまりにも重く、長い道のりだ。
だが、魔王は満足げに頷いた。
「よくわかった。……国内のインフラは既に盤石、今年の米も倉庫がパンクするほどの豊作じゃ。兵站のことは気にするな」
パトロンは、ニヤリと笑って告げた。
その笑顔は、かつてわたしを拾い上げ、背中を押してくれた時と同じ、不敵で温かいものだった。
「使えるものはなんでも使うがいい。天下人たるわしが許可する。……好きにやってこい!!」
「……ふふ。最高の『餞』ですわね」
わたしはドレスの裾を摘み、膝を折って優雅なカーテシーを行った。
臣下としての礼ではない。
互いに背中を預け、世界を面白く変えてきた「共犯者」としての、最大限の敬意と感謝を込めて。
「そのご厚意……余すところなく、活用させていただきますわ」
わたしが顔を上げると、ノブナガはふと声を和らげ、独り言のように呟いた。
「……なんだったら、トヨノクニから独立して国を持つのもいいかもしれんな」
「え?」
「お主の器は、もはやオダ家の客将という立場で収まるものでもなかろうよ。……一国一城の主となり、世界と対等に渡り合うがいい」
その言葉は、訣別ではない。
雛鳥が巣立ち、大空へと羽ばたくのを見送る、父親のような響きを含んでいた。
胸が熱くなる。
この国は、わたしの第二の故郷だ。そしてこの男は、わたしに翼をくれた恩人だ。
だからこそ、わたしは行かねばならない。
この国を守り、世界を広げ、もっともっと「面白い」未来を掴み取るために。
「……承知いたしました」
わたしは顔を上げ、凛とした声で応えた。
「行ってまいります。……世界を『整地』して、美味しいお土産をたくさん持ち帰りますわ!」
こうして、悪役令嬢レヴィーネ・ヴィータヴェン。
世界を相手取った、最後にして最大の「教育的指導」の旅が、今、幕を開けたのである。
オワリ城の大広間には、かつてないほど重苦しく、それでいてヒリつくような緊張感が漂っていた。
上座には、この国の支配者にして、自ら「第六天魔王」を称する男、オダ・ノブナガ。
その周囲には、トヨノクニの執権であるアシカガ・ムネノリをはじめとする、「胃痛四天王」と呼ばれる重臣たちが並び、険しい顔で卓上の地図を囲んでいる。
普段なら、リョウマが持ち込んだ新しい海産物や、ガンテツたちが開発した新兵器の自慢話で盛り上がるところだが、今日の空気は明らかに違っていた。鉛を飲み込んだような沈黙が、広間を支配している。
議題は、西方連邦による突然の「宣戦布告」と、それに伴う「経済封鎖」についてだ。
「……報告します。本日未明、西方連邦議会より正式な通達が届きました」
ミリアが淡々と、しかしその眼鏡の奥に冷たい怒りを滲ませて報告書を読み上げる。
彼女の声だけが、静寂の中に響く。
「内容は、トヨノクニに対し『古代遺産・天蓋都市の即時明け渡し』および『全技術の無償公開』を要求するもの。……これに応じない場合、彼らは連邦軍の総力を挙げて武力行使も辞さない構えです」
明け渡し? 無償公開?
わたしは、扇子で口元を隠しながら、呆れを通り越して笑い出しそうになるのを堪えた。
人の家の冷蔵庫を勝手に覗こうとするだけでなく、中身を全部寄越せとは。随分と躾のなっていない方々だこと。
原因は明白だ。
トヨノクニへの富の偏在と、空に浮かぶ巨大な古代要塞への恐怖。それらが、西方の既得権益層のプライドと理性を焼き切ったのだ。自分たちの手元から富が流出し、頭上に理解不能な武力が浮いている状況に、彼らの小さな器が耐えきれなくなったのだろう。
「さらに、彼らの強気の背景には『発掘兵器』の存在があります」
ミリアの合図で、イリスが卓上にホログラムを展開する。
青白い光が結んだのは、地下深くから掘り起こされたであろう、無骨で巨大な古代の機動兵器群だった。
『ここ数日の「世界的な魔素濃度の上昇」により、地下に眠っていたアストライア文明の遺産が再起動したようです。……歩兵用強化外骨格「ゴリアテ」、多脚自走砲台「タラスク」。どれも、現代の魔法使いや騎士団では太刀打ちできない代物です』
イリスの冷徹な解説を聞き、ムネノリがこめかみを押さえながら重々しく唸る。
「……数だけでも脅威なのに、そんな古代兵器まで。……まともにぶつかれば、トヨノクニとて無傷では済みませぬぞ」
その懸念に対し、ミリアは眼鏡の位置を直しながら静かに、しかし断定的に返した。
「ええ。ですが、最大の問題はこれではありません」
彼女が視線を送ると、イリスが地図の縮尺を変え、西方連邦の首都、その地下深くにあるサイロを映し出した。
そこに鎮座しているのは、天を突くような巨塔――巨大なミサイルだった。
『大陸間弾道弾。……通称「神の雷」。彼らはこれを、トヨノクニを焦土に変える最強の切り札として、発射準備を進めています』
「大陸間……弾道弾……?」
聞き慣れない言葉に、侍たちが首を傾げる。
イリスは無感情な声で、しかし衝撃的な事実を告げた。
『この兵器は、空の彼方――宇宙空間を経由し、任意の都市を地図から消滅させる威力を持ちます。……ですが、真の脅威は威力ではありません』
ホログラムの中で、シミュレーション映像が再生される。
ミサイルが発射され、空へと昇っていく。だが、大気圏を抜ける直前――空間が歪み、あの『機械龍』が出現する。
機械龍は、害虫を駆除するかのようにミサイルを消滅させると、そのまま発射地点である西方連邦へと降下し、ブレスを一閃させる。
――次の瞬間、地図から西方連邦が消滅した。
「……なっ!?」
『この世界に航空戦力が存在しないのは、空が「管理者の領域」だからです。……ICBMの発射は、管理者への明確な敵対行為と見なされます。発射された瞬間、防衛システムが作動し、西方連邦は国土ごと「消去」されます』
静まり返る会議室。
息を飲む音さえ聞こえない。
彼らは、自分たちが最強の剣だと思って、自国の処刑ボタンに指をかけているのだ。
知らぬこととは言え、これほどの喜劇があるだろうか。
「……馬鹿な連中。自殺志願者ですの?」
わたしは、堪えきれずに溜め息を吐いた。
放置すれば、西方の民が消滅するだけではない。機械龍の制裁の余波は、間違いなくトヨノクニにも降りかかるだろう。
何より。
これからお得意様になってもらい、美味しい食材を輸出してもらう予定の国が、地図から消えてしまっては商売あがったりだ。
わたしの食卓の平和を、下らないプライドと無知で脅かすなど、万死に値する。
重苦しい沈黙の中、わたしは音を立てて鉄扇を閉じた。
パチン、という乾いた音が、皆の視線を集める。
「……ノブナガ。申し訳ありません。わたくしが、少々派手にやりすぎましたわ」
わたしは一歩進み出て、優雅に頭を下げた。
敬称は省く。だが、この国を預かる者としての礼儀は尽くす。
元はと言えば、わたしが持ち帰った技術と力が、彼らを追い詰めたのだ。
だが、上座の第六天魔王は、盃を干し、鼻で笑った。
「謝るな。出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれん。……お主はまだ、中途半端に『出ている』だけよ」
「……!」
その言葉に、わたしの胸の奥で、熱いものが燻り始める。
そうだ。中途半端だから、舐められる。中途半端だから、噛みつかれる。
ならば。
「……承知いたしました。ならば、突き抜けますわ」
わたしは顔を上げ、不敵に微笑んだ。
その瞳に、迷いはない。
「ノブナガ。今回の件、トヨノクニの本隊を動かす必要はありませんわ」
「ほう? どうするつもりじゃ?」
ノブナガが興味深げに身を乗り出す。わたしは宣言した。
「全ては『わたくし』と『天蓋の揺り籠』の問題。トヨノクニの大地を、戦火で汚すわけにはいきませんもの」
わたしは卓上の地図に歩み寄り、西方の領土の上に、三つの駒をドン、ドン、ドンと置いた。
その音は、宣戦布告の号砲のように響いた。
「ちょっとあちらをシメて……教育的指導をしてまいりますわ。……イリス、連中は『神の雷』を今すぐにでも撃ちそうなの?」
ざわめく家臣たちを制し、わたしは扇子で地図をなぞりながら、傍らに控える人工知能に問いかけた。
『否定。発掘済みの兵器が動くことが判明した、という段階です。とはいえ動作確認も安全確認もできないまま運用するほど西方連邦議会も間抜け……失礼、知能指数が低いとは思えず、あくまでも古代文明にある「神の雷」が手元にあるということを交渉材料にしている段階です』
「それにしては初手から随分強気にでましたのね」
イリスの毒舌混じりの報告に苦笑しつつ、わたしはさらに問う。
『西方連邦が持つ既存の軍事力も背景にあります。彼らの見積もりでは、トヨノクニを経済封鎖で干上がらせ、大船団で囲んでしまえばなんとでもなる――そう考えている様子です。随分と不遜である、と判定します』
「さて、そうなると『天蓋の揺り籠』で強襲して『神の雷』とやらを無力化するだけでは足りない、ということね」
『肯定。根本的には、彼らの認識を改めさせる必要があります』
イリスの冷徹な分析に、わたしは深く頷いた。
ただ武器を取り上げるだけでは不十分だ。彼らはまだ、自分たちが強者だと勘違いしている。
その歪んだ認識ごと、物理的にへし折らなければならない。
わたしは地図から顔を上げ、広間を見渡した。
「では、作戦はシンプルかつ迅速に。……『空』『陸』『海』の三方向から、同時に攻め上がります。ヒデヨシ、あなたの直下に組み込んだ『黒鉄組』、動かして良いかしら?」
突然の名指しに、末席に控えていた猿顔の男、普請奉行のハシバ・ヒデヨシが弾かれたように顔を上げた。
「わ、わしか!? ……あー、いや、構わんがよ。……ちゅうか、レヴィーネ殿! そんな面白そうな工事するなら、わしも現場に行きたいんだがねえ!」
ヒデヨシは目を輝かせ、早口の尾張弁でまくしたてた。
技術者としての血が騒いでいるのだろう。
「それはノブナガに許可をもらいなさい。出来る限り指揮系統はシンプルにしたいけれど、あなたの指揮があるなら心強いわ」
わたしが視線を向けると、ノブナガはニヤリと笑い、顎をしゃくった。
「好きにせえ、サル。……ただし、半端な仕事をしたら承知せんぞ」
「ありがたき幸せ! ……へっへっへ、腕が鳴るわい!」
ヒデヨシが子供のように拳を握りしめる。
戦力が整った。
わたしは再び地図に向き直り、扇子の先を突きつけた。
「まず、第一の矢は『空』。……わたくしが天蓋都市で移動し、各都市国家の首脳部へ、単身降下(HALO)突撃を敢行します。指揮系統を物理的に『説得し』ます」
次に、西海岸から内陸へと伸びるラインを引く。
「第二の矢は『陸』。……ヒデヨシ率いる『黒鉄組』を投入します。使い捨てになってしまいますが、『天の掛橋』を使い、現地への転移門を開いて、敵の軍事拠点を『整地』しながら、西方連邦中枢までの大規模産業道路を一気に敷設します。邪魔な要塞や兵器は、すべて道路の舗装材にリサイクルして差し上げますわ」
『天の掛橋』――「天蓋の揺り籠」のデータベースにあった古代文明の転移門設置魔道具を再現したものだ。
イリスとアルゴスによる精密な座標情報と、天蓋の揺り籠からの魔力供給、さらにわたしの膨大な魔力でアンカーを発動させてなお、短時間の一方通行、しかも一度きりの使い捨てにしかできない代物。
国家予算が吹き飛ぶほどのコストと労力がかかるが、興味半分で研究に予算を割いた甲斐があった。
使いどころとしたら、ここをおいて他にないだろう。
そして、海上のルートを示す。
「第三の矢は『海』。……リョウマの『黒船屋』によるピストン輸送です。トヨノクニの余剰食材を運び込み、現地で『大人買い』した物資を持ち帰る。……兵站と経済を同時に回し、民の胃袋を掴みます。リョウマ、頼めるかしら?」
わたしが視線を送ると、海運王サカモト・リョウマは帽子を目深にかぶり直し、ニカっと白い歯を見せた。
「あたぼうじゃき! ……こっちの倉庫もパンク寸前ぜよ。大商いじゃ、派手に行くぜよ!」
頼もしい仲間たちの返事に、わたしは満足げに頷いた。
空からは悪役令嬢。陸からは土木軍団。海からは商人。
これだけの理不尽を叩きつければ、どんな堅牢な国家とて耐えられまい。
わたしの視線は、既にその先――大陸の地図全体を見据えていた。
「さらに、この道を大陸中央の『大断裂帯』まで延ばし、ゆくゆくは東海岸まで繋げますわ。……この『大陸横断大回廊』が出来上がれば、海上封鎖などという小賢しい真似は、二度とできなくなります」
物流こそが血流。経済こそが命脈。
それを握ってしまえば、剣を振るうよりも深く、確実に国を支配できる。
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「ぶははははははッ!!!」
第六天魔王の豪快な爆笑が、天井を震わせた。
彼は腹を抱え、涙を流して笑っている。
「規格外がすぎるが、面白い! 実に面白いぞ、レヴィーネ!」
彼は膝を叩き、爛々とした瞳でわたしを見つめた。
「電撃戦で軍を麻痺させ解体、食糧供給と公共事業の現地雇用を創出し民心を掌握……最終的には武力ではなく『経済』で支配するということか!! 見事な国家乗っ取りじゃ!」
「まあ、そんなところですわ。……そこまで高度なことは考えていませんでしたけれど」
わたしが肩をすくめておどけて見せると、ノブナガは身を乗り出し、鋭い眼光を放った。
「して、どれくらいを見込んでおる?」
「戦争自体は、すぐにでも終わらせますわ。……ただ、工事はさすがに時間がかかるでしょうから。大陸中央までを3年……大断裂帯を越えて東海岸までは、『神代の岩盤』なんてものもあるそうですから、それ以上かかるかもしれませんわね」
数年単位の大事業。
一人の令嬢が背負うには、あまりにも重く、長い道のりだ。
だが、魔王は満足げに頷いた。
「よくわかった。……国内のインフラは既に盤石、今年の米も倉庫がパンクするほどの豊作じゃ。兵站のことは気にするな」
パトロンは、ニヤリと笑って告げた。
その笑顔は、かつてわたしを拾い上げ、背中を押してくれた時と同じ、不敵で温かいものだった。
「使えるものはなんでも使うがいい。天下人たるわしが許可する。……好きにやってこい!!」
「……ふふ。最高の『餞』ですわね」
わたしはドレスの裾を摘み、膝を折って優雅なカーテシーを行った。
臣下としての礼ではない。
互いに背中を預け、世界を面白く変えてきた「共犯者」としての、最大限の敬意と感謝を込めて。
「そのご厚意……余すところなく、活用させていただきますわ」
わたしが顔を上げると、ノブナガはふと声を和らげ、独り言のように呟いた。
「……なんだったら、トヨノクニから独立して国を持つのもいいかもしれんな」
「え?」
「お主の器は、もはやオダ家の客将という立場で収まるものでもなかろうよ。……一国一城の主となり、世界と対等に渡り合うがいい」
その言葉は、訣別ではない。
雛鳥が巣立ち、大空へと羽ばたくのを見送る、父親のような響きを含んでいた。
胸が熱くなる。
この国は、わたしの第二の故郷だ。そしてこの男は、わたしに翼をくれた恩人だ。
だからこそ、わたしは行かねばならない。
この国を守り、世界を広げ、もっともっと「面白い」未来を掴み取るために。
「……承知いたしました」
わたしは顔を上げ、凛とした声で応えた。
「行ってまいります。……世界を『整地』して、美味しいお土産をたくさん持ち帰りますわ!」
こうして、悪役令嬢レヴィーネ・ヴィータヴェン。
世界を相手取った、最後にして最大の「教育的指導」の旅が、今、幕を開けたのである。
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