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【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
第157話 首都崩壊(物理):空から恐怖が降ってくる! 議長、シェルター生活は快適でして?
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西方連邦首都、中央議事堂。
かつて大陸随一の繁栄を謳われたこの白亜の殿堂は今、怒号と悲鳴、そして絶望的な報告の嵐に包まれていた。
円形の巨大なホールに設置されたスクリーンには、無慈悲なまでの速度で塗り替えられていく戦況地図が表示されている。
それはもはや「戦況」ではない。「侵略」ですらない。
巨大な土木事業による「国土の塗り替え工事」の進捗報告だった。
【星暦1028年 西方事変・進軍記録】
●11月5日 西海岸・港湾都市バルバロス陥落
状況:レヴィーネ・ヴィータヴェンによる単独での司令部粉砕。守備隊は武装解除後、即座に黒鉄組へ吸収。
現状:港湾機能が回復。トヨノクニ船籍の輸送船団が入港し、大規模なバザールを開催中。市民の支持率、98%。
●11月8日 西部要衝・城塞都市ガンダルヴァ陥落
状況:空からのレヴィーネ・ヴィータヴェン単独降下により城門破壊。直後に地上部隊『黒鉄組』が突入。
現状:城壁および古代兵器群を粉砕・リサイクルし、バルバロスからの直通ハイウェイが開通。都市は巨大な「道の駅」へと改装中。
●11月12日 商業都市ミレン・ルージュ陥落
状況:戦闘なし。レヴィーネ・ヴィータヴェンによる「全在庫・言い値買い取り」宣言により、商業ギルドが城門を開放。無血開城。
現状:トヨノクニへの特産品輸出拠点として稼働開始。
●11月15日 東部防衛線・第3機甲師団、通信途絶
状況:『鋳潰し三号』および『土木弐型』部隊と接触。
現状:師団長より「道路工事が忙しいため、帰還できません。給料が良いので転職します」との打電あり。
――そして、本日11月18日。
敵の先鋒である「道路」は、既に首都から肉眼で確認できる距離まで迫っていた。
地平線の彼方から、土煙と共に聞こえてくる重機の駆動音。それは、この国の終焉を告げるカウントダウンのようだった。
「……速すぎる。あり得ない……!」
連邦議長ガストン・ベルモンドは、脂汗にまみれた顔を高級な絹のハンカチで拭いながら、演壇にしがみついていた。
彼の胃は、ここ数日のストレスで穴が開きそうだった。
当初の青写真は完璧だったはずだ。
『神の雷』をチラつかせて脅し、経済封鎖でトヨノクニを干上がらせる。弱ったところを、古代兵器で武装した大艦隊で海上封鎖し、降伏を迫る。
商人の国らしい、合理的かつ冷徹な計算に基づく勝利の方程式。
だが、その計算式は、たった一人の「規格外」によって書き換えられた。
レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女は、こちらの想定を遥かに超える速度と質量で、空から降ってきた。
最初のドミノである港湾都市が、物理と経済の両面で「乗っ取られた」時点で、こちらの補給線も作戦も全て瓦解したのだ。
「議長! どうするつもりだ! 敵はもう首都圏ハイウェイの建設を始めているぞ!」
「我が社の資産価値は大暴落だ! どうしてくれるんだ!」
「講和だ! 今すぐ降伏して、商権だけでも守るべきだ!」
議員たちの罵声が飛ぶ。
彼らは商人であり、資本家だ。
勝てる見込みのない戦争よりも、少しでも損害を減らす「手打ち」を望むのは当然の理屈だった。
だが、ガストンには分かっていた。
今さら降伏したところで、自分たち首脳陣の首が繋がる保証はない。あの女は、甘くない。
ならば。
「……静粛に! 静粛に頼む!」
ガストンが木槌を叩き、怒号を遮った。
彼は血走った目で、議場の最前列に座る二人の男――副議長と軍最高司令官を見据えた。
彼らの首には、ガストンと同じ「鍵」がぶら下がっている。
地下サイロに眠る大陸間弾道弾『神の雷』の発射キーだ。
この最終兵器は、一人の狂気による暴走を防ぐため、システム管理者(古代人)によって厳重なロックがかけられている。
発射には、異なる権限を持つ三名の「同時認証」が不可欠なのだ。
「……『神の雷』を使う」
ガストンの掠れた声が、マイクを通して響いた。
一瞬の静寂。
そして、爆発的な拒絶反応が返ってきた。
「なっ!? 正気か!?」
「撃てばトヨノクニは消滅する! だが、その報復はどうなる!?」
「あの女が黙っていると思うか!? この首都が更地になるぞ!」
軍最高司令官が立ち上がり、机を叩いた。
「議長! 軍事的にも得策ではない! トヨノクニを焼いたところで、既に懐に入り込んでいる『黄金の悪魔』は止まらん! むしろ、帰る場所を失った彼女が、この国を道連れに暴走するだけだ!」
副議長も青ざめた顔で首を振る。
「経済的損失も計り知れない! 一ベルの得にもならん心中など、商人のやることではないわ!」
正論だ。
誰もが分かっている。
喉元にナイフを突きつけられている状態で、相手の家に放火しても、ナイフが引かれることはない。むしろ深く突き刺さるだけだ。
だが、ガストンは叫んだ。
「ではどうする! 座して死ねと言うのか! ……道連れだ! 我らが滅ぶなら、あの傲慢な女の故郷も地獄へ引きずり込んでやる!」
それは政治家の判断ではない。追い詰められた獣の、惨めな癇癪だった。
紛糾する議会。
「撃てば終わる(物理的に自分たちも)」という恐怖と、「撃たなければ飲み込まれる」という現実の板挟み。
合議制の悪い癖が出た。誰も責任を取りたくない。誰も「自殺スイッチ」を押したくない。けれど、有効な対案も出せない。
その時。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥン――――!!!!!
不気味な低周波の音が、首都の空気を震わせた。
サイレンではない。
巨大な質量が、空気を押し潰しながら降下してくる音だ。
議事堂の天窓が、急激に暗くなる。
議員たちが一斉に空を見上げ、悲鳴を上げた。
「く、来るぞぉぉぉ! 空から『査定』が来るぞぉぉ!!」
雲を割り、首都の上空を覆い尽くす巨大な影。
古代要塞都市『天蓋の揺り籠』。
いつ降ってくるか分からない。どこに落ちてくるか分からない。
そのプレッシャーだけで、首都の防衛機能は麻痺していた。
ズズズズズ……ッ!!
天蓋都市の影が、議事堂を完全に飲み込む。
日蝕のような闇が、ホールを支配する。
「ひ、ひぃぃぃ! 逃げろ! ここに落ちるぞ!」
「議長! 早く降伏文書を! 白旗を上げろ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う議員たち。
それを見たガストンの中で、何かが切れた。
「ええい、遅い! もう知らん! 撃ってやる! 道連れだ!」
彼は錯乱し、演壇の下にある隠しコンソールを開けた。
そこには、三つの鍵穴が並んでいる。
彼は自分の鍵を差し込み、そして狂気の形相で、逃げようとする副議長と司令官に拳銃を向けた。
「戻れ! 戻って鍵を差し込め! さもなくば今ここで射殺する!」
銃口を向けられた二人が、震えながら戻ってくる。
ガストンの狂気に押され、彼らは震える手で鍵を差し込んだ。
「いいか! 私の合図で回すんだ! ……3、2、1、回せッ!」
ガストンが叫び、鍵を回した。
カチャリ。
彼の鍵は回った。
だが。
「……あ?」
システムは沈黙したままだ。認証ランプが赤く点滅している。
ガストンは目を見開き、両隣を見た。
副議長の手は鍵を握ったまま動かず、司令官に至っては、鍵から手を離してうなだれていた。
「な、なぜだ!? なぜ回さん!?」
「……できん」
司令官が、絞り出すような声で言った。
「トヨノクニを焼けば、私の故郷にいる家族も、報復で殺されるかもしれない……。そんなこと、できるわけがないだろう!」
「損得の問題じゃない……! 死にたくない……私はまだ、死にたくないんだ!」
副議長が泣き崩れる。
ガストンは呆然とした。
彼らは、最後の最後で「連邦の意地」よりも「個人の生」を選んだのだ。
いや、自分だってそうだ。死にたくないから、道連れにしようとしただけだ。
だが、それすらも叶わない。
「……あ、ああ……」
ガストンはその場にへたり込んだ。
目の前には、無情にも沈黙を続ける発射コンソール。
彼は理解した。
自分はもう、勝つことはおろか、負けを認めて死ぬことすら許されないのだと。
完全なる手詰まり。絶対的な無力。
議長としての権威も、国の命運も、すべて指の間から零れ落ちていく。
「……終わった……」
彼が絶望に目を閉じた、その時。
――ごきげんよう(物理)ッ!!
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!!
議事堂の堅牢なドーム天井が、爆砕した。
まるで神の鉄槌が下されたかのような、圧倒的な破壊音。
降り注ぐガラスの雨。舞い上がる粉塵。
衝撃波が三人を吹き飛ばし、コンソールから引き剥がす。
「ぐわぁぁぁッ!?」
ガストンが床を転がる。
何が起きた?
『天蓋』が落ちてきたのか?
それとも、あの『黄金の悪魔』が本当に空から……!?
土煙が晴れると、その中心――破壊された議場のど真ん中に、隕石のように着弾した「何か」があった。
それは、黒く輝く『玉座』。
そして、その上に悠然と腰掛け、脚を組んだ黄金の髪の令嬢。
「……あ、あ……」
ガストンは腰を抜かし、パクパクと口を開閉させた。
レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女は、扇子で口元を隠し、まるで舞踏会にでも現れたかのような優雅さで、地獄絵図と化した議場を見渡した。
「……騒がしいですわね。学級崩壊でもしていて?」
その声は、鈴を転がすように美しく、そして絶対零度のように冷たかった。
「き、貴様……! どうやってここへ……! 近衛師団は! 魔導砲台はどうしたというのだ!!」
「ああ、外で右往左往していた皆様のこと?」
彼女は興味なさそうに、親指で背後(天井の大穴)を指した。
「わたくしが降りるのに邪魔でしたから、黒鉄組を先行させて少しどいていただきましたわ。……今頃、回収されて再就職の面接をしている最中じゃなくて?」
ガストンの戦意は、既に折れていた。
だが、もはや反射的に、彼の視線はコンソールへと向いた。
撃てなかったミサイル。役立たずの鉄屑。
それでも、それは彼が縋れる最後の藁だった。
「あら。まだそんな物騒な花火に執着していますの?」
カツン、というヒールの音。
次の瞬間、ガストンの目の前にあった発射コンソールが――消えた。
正確には、レヴィーネが振るった『玉座』の一撃によって、配線ごとひしゃげ、壁にめり込んでいた。
バチバチと火花が散り、三つの鍵ごと、制御基板が粉砕される。
「あっ……ああっ……!」
ガストンの中から、悲鳴すら出なかった。
ただ、乾いた笑いが漏れるだけだ。
撃てなかったのではない。最初から、撃つ意味などなかったのだ。
この圧倒的な暴力の前では、核兵器の発射スイッチさえも、ただの壊れやすい玩具に過ぎなかった。
「交渉材料? いいえ、それは『倒産への近道』ですわ」
レヴィーネは、ガストンの目の前にしゃがみ込み、ニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、女神のように美しく、そして死神のように恐ろしかった。
「そのボタンを押せば、あなた方は『空の番人』に消去されていましたわ。……命拾いしましたわね?」
「……空の……番人……?」
ガストンは呆然と呟いた。
自分たちが頼みの綱にしていた「神の力」が、実は自分たちを消し去るための処刑装置だったとは。
無知とは、これほどまでに滑稽なものか。
「感謝は結構。……さあ、議長さん。これからの話をしましょうか」
彼女は懐から、分厚い書類の束を取り出し、ガストンの顔にペチペチと軽く叩きつけた。
表紙には『事業譲渡契約書』と書かれている。
「軍の解体、インフラ整備権の譲渡、そして関税の撤廃。……サインなさい。今なら、美味しいトヨノクニ米一年分をお付けしますわよ?」
議事堂の外からは、黒鉄組の重機の音と、市民たちの歓声(バザールの熱気)が聞こえてくる。
首都は既に、陥落していた。
軍事的にではなく、経済的に、そして胃袋的に。
「……負け、だ……」
ガストンは震える手でペンを取った。
彼の手には、もう世界を滅ぼす鍵はない。あるのは、新しい支配者への恭順を示すペンだけだ。
こうして、西方連邦による「対トヨノクニ戦争」は、開戦からわずか数週間で、全面的な「吸収合併」という形で幕を閉じたのである。
世界を終わらせるはずだった『神の雷』は、一度も火を噴くことなく、歴史の闇へと葬り去られた。
ただ、悪役令嬢の伝説に、新たな1ページを刻んで。
かつて大陸随一の繁栄を謳われたこの白亜の殿堂は今、怒号と悲鳴、そして絶望的な報告の嵐に包まれていた。
円形の巨大なホールに設置されたスクリーンには、無慈悲なまでの速度で塗り替えられていく戦況地図が表示されている。
それはもはや「戦況」ではない。「侵略」ですらない。
巨大な土木事業による「国土の塗り替え工事」の進捗報告だった。
【星暦1028年 西方事変・進軍記録】
●11月5日 西海岸・港湾都市バルバロス陥落
状況:レヴィーネ・ヴィータヴェンによる単独での司令部粉砕。守備隊は武装解除後、即座に黒鉄組へ吸収。
現状:港湾機能が回復。トヨノクニ船籍の輸送船団が入港し、大規模なバザールを開催中。市民の支持率、98%。
●11月8日 西部要衝・城塞都市ガンダルヴァ陥落
状況:空からのレヴィーネ・ヴィータヴェン単独降下により城門破壊。直後に地上部隊『黒鉄組』が突入。
現状:城壁および古代兵器群を粉砕・リサイクルし、バルバロスからの直通ハイウェイが開通。都市は巨大な「道の駅」へと改装中。
●11月12日 商業都市ミレン・ルージュ陥落
状況:戦闘なし。レヴィーネ・ヴィータヴェンによる「全在庫・言い値買い取り」宣言により、商業ギルドが城門を開放。無血開城。
現状:トヨノクニへの特産品輸出拠点として稼働開始。
●11月15日 東部防衛線・第3機甲師団、通信途絶
状況:『鋳潰し三号』および『土木弐型』部隊と接触。
現状:師団長より「道路工事が忙しいため、帰還できません。給料が良いので転職します」との打電あり。
――そして、本日11月18日。
敵の先鋒である「道路」は、既に首都から肉眼で確認できる距離まで迫っていた。
地平線の彼方から、土煙と共に聞こえてくる重機の駆動音。それは、この国の終焉を告げるカウントダウンのようだった。
「……速すぎる。あり得ない……!」
連邦議長ガストン・ベルモンドは、脂汗にまみれた顔を高級な絹のハンカチで拭いながら、演壇にしがみついていた。
彼の胃は、ここ数日のストレスで穴が開きそうだった。
当初の青写真は完璧だったはずだ。
『神の雷』をチラつかせて脅し、経済封鎖でトヨノクニを干上がらせる。弱ったところを、古代兵器で武装した大艦隊で海上封鎖し、降伏を迫る。
商人の国らしい、合理的かつ冷徹な計算に基づく勝利の方程式。
だが、その計算式は、たった一人の「規格外」によって書き換えられた。
レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女は、こちらの想定を遥かに超える速度と質量で、空から降ってきた。
最初のドミノである港湾都市が、物理と経済の両面で「乗っ取られた」時点で、こちらの補給線も作戦も全て瓦解したのだ。
「議長! どうするつもりだ! 敵はもう首都圏ハイウェイの建設を始めているぞ!」
「我が社の資産価値は大暴落だ! どうしてくれるんだ!」
「講和だ! 今すぐ降伏して、商権だけでも守るべきだ!」
議員たちの罵声が飛ぶ。
彼らは商人であり、資本家だ。
勝てる見込みのない戦争よりも、少しでも損害を減らす「手打ち」を望むのは当然の理屈だった。
だが、ガストンには分かっていた。
今さら降伏したところで、自分たち首脳陣の首が繋がる保証はない。あの女は、甘くない。
ならば。
「……静粛に! 静粛に頼む!」
ガストンが木槌を叩き、怒号を遮った。
彼は血走った目で、議場の最前列に座る二人の男――副議長と軍最高司令官を見据えた。
彼らの首には、ガストンと同じ「鍵」がぶら下がっている。
地下サイロに眠る大陸間弾道弾『神の雷』の発射キーだ。
この最終兵器は、一人の狂気による暴走を防ぐため、システム管理者(古代人)によって厳重なロックがかけられている。
発射には、異なる権限を持つ三名の「同時認証」が不可欠なのだ。
「……『神の雷』を使う」
ガストンの掠れた声が、マイクを通して響いた。
一瞬の静寂。
そして、爆発的な拒絶反応が返ってきた。
「なっ!? 正気か!?」
「撃てばトヨノクニは消滅する! だが、その報復はどうなる!?」
「あの女が黙っていると思うか!? この首都が更地になるぞ!」
軍最高司令官が立ち上がり、机を叩いた。
「議長! 軍事的にも得策ではない! トヨノクニを焼いたところで、既に懐に入り込んでいる『黄金の悪魔』は止まらん! むしろ、帰る場所を失った彼女が、この国を道連れに暴走するだけだ!」
副議長も青ざめた顔で首を振る。
「経済的損失も計り知れない! 一ベルの得にもならん心中など、商人のやることではないわ!」
正論だ。
誰もが分かっている。
喉元にナイフを突きつけられている状態で、相手の家に放火しても、ナイフが引かれることはない。むしろ深く突き刺さるだけだ。
だが、ガストンは叫んだ。
「ではどうする! 座して死ねと言うのか! ……道連れだ! 我らが滅ぶなら、あの傲慢な女の故郷も地獄へ引きずり込んでやる!」
それは政治家の判断ではない。追い詰められた獣の、惨めな癇癪だった。
紛糾する議会。
「撃てば終わる(物理的に自分たちも)」という恐怖と、「撃たなければ飲み込まれる」という現実の板挟み。
合議制の悪い癖が出た。誰も責任を取りたくない。誰も「自殺スイッチ」を押したくない。けれど、有効な対案も出せない。
その時。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥン――――!!!!!
不気味な低周波の音が、首都の空気を震わせた。
サイレンではない。
巨大な質量が、空気を押し潰しながら降下してくる音だ。
議事堂の天窓が、急激に暗くなる。
議員たちが一斉に空を見上げ、悲鳴を上げた。
「く、来るぞぉぉぉ! 空から『査定』が来るぞぉぉ!!」
雲を割り、首都の上空を覆い尽くす巨大な影。
古代要塞都市『天蓋の揺り籠』。
いつ降ってくるか分からない。どこに落ちてくるか分からない。
そのプレッシャーだけで、首都の防衛機能は麻痺していた。
ズズズズズ……ッ!!
天蓋都市の影が、議事堂を完全に飲み込む。
日蝕のような闇が、ホールを支配する。
「ひ、ひぃぃぃ! 逃げろ! ここに落ちるぞ!」
「議長! 早く降伏文書を! 白旗を上げろ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う議員たち。
それを見たガストンの中で、何かが切れた。
「ええい、遅い! もう知らん! 撃ってやる! 道連れだ!」
彼は錯乱し、演壇の下にある隠しコンソールを開けた。
そこには、三つの鍵穴が並んでいる。
彼は自分の鍵を差し込み、そして狂気の形相で、逃げようとする副議長と司令官に拳銃を向けた。
「戻れ! 戻って鍵を差し込め! さもなくば今ここで射殺する!」
銃口を向けられた二人が、震えながら戻ってくる。
ガストンの狂気に押され、彼らは震える手で鍵を差し込んだ。
「いいか! 私の合図で回すんだ! ……3、2、1、回せッ!」
ガストンが叫び、鍵を回した。
カチャリ。
彼の鍵は回った。
だが。
「……あ?」
システムは沈黙したままだ。認証ランプが赤く点滅している。
ガストンは目を見開き、両隣を見た。
副議長の手は鍵を握ったまま動かず、司令官に至っては、鍵から手を離してうなだれていた。
「な、なぜだ!? なぜ回さん!?」
「……できん」
司令官が、絞り出すような声で言った。
「トヨノクニを焼けば、私の故郷にいる家族も、報復で殺されるかもしれない……。そんなこと、できるわけがないだろう!」
「損得の問題じゃない……! 死にたくない……私はまだ、死にたくないんだ!」
副議長が泣き崩れる。
ガストンは呆然とした。
彼らは、最後の最後で「連邦の意地」よりも「個人の生」を選んだのだ。
いや、自分だってそうだ。死にたくないから、道連れにしようとしただけだ。
だが、それすらも叶わない。
「……あ、ああ……」
ガストンはその場にへたり込んだ。
目の前には、無情にも沈黙を続ける発射コンソール。
彼は理解した。
自分はもう、勝つことはおろか、負けを認めて死ぬことすら許されないのだと。
完全なる手詰まり。絶対的な無力。
議長としての権威も、国の命運も、すべて指の間から零れ落ちていく。
「……終わった……」
彼が絶望に目を閉じた、その時。
――ごきげんよう(物理)ッ!!
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!!
議事堂の堅牢なドーム天井が、爆砕した。
まるで神の鉄槌が下されたかのような、圧倒的な破壊音。
降り注ぐガラスの雨。舞い上がる粉塵。
衝撃波が三人を吹き飛ばし、コンソールから引き剥がす。
「ぐわぁぁぁッ!?」
ガストンが床を転がる。
何が起きた?
『天蓋』が落ちてきたのか?
それとも、あの『黄金の悪魔』が本当に空から……!?
土煙が晴れると、その中心――破壊された議場のど真ん中に、隕石のように着弾した「何か」があった。
それは、黒く輝く『玉座』。
そして、その上に悠然と腰掛け、脚を組んだ黄金の髪の令嬢。
「……あ、あ……」
ガストンは腰を抜かし、パクパクと口を開閉させた。
レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女は、扇子で口元を隠し、まるで舞踏会にでも現れたかのような優雅さで、地獄絵図と化した議場を見渡した。
「……騒がしいですわね。学級崩壊でもしていて?」
その声は、鈴を転がすように美しく、そして絶対零度のように冷たかった。
「き、貴様……! どうやってここへ……! 近衛師団は! 魔導砲台はどうしたというのだ!!」
「ああ、外で右往左往していた皆様のこと?」
彼女は興味なさそうに、親指で背後(天井の大穴)を指した。
「わたくしが降りるのに邪魔でしたから、黒鉄組を先行させて少しどいていただきましたわ。……今頃、回収されて再就職の面接をしている最中じゃなくて?」
ガストンの戦意は、既に折れていた。
だが、もはや反射的に、彼の視線はコンソールへと向いた。
撃てなかったミサイル。役立たずの鉄屑。
それでも、それは彼が縋れる最後の藁だった。
「あら。まだそんな物騒な花火に執着していますの?」
カツン、というヒールの音。
次の瞬間、ガストンの目の前にあった発射コンソールが――消えた。
正確には、レヴィーネが振るった『玉座』の一撃によって、配線ごとひしゃげ、壁にめり込んでいた。
バチバチと火花が散り、三つの鍵ごと、制御基板が粉砕される。
「あっ……ああっ……!」
ガストンの中から、悲鳴すら出なかった。
ただ、乾いた笑いが漏れるだけだ。
撃てなかったのではない。最初から、撃つ意味などなかったのだ。
この圧倒的な暴力の前では、核兵器の発射スイッチさえも、ただの壊れやすい玩具に過ぎなかった。
「交渉材料? いいえ、それは『倒産への近道』ですわ」
レヴィーネは、ガストンの目の前にしゃがみ込み、ニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、女神のように美しく、そして死神のように恐ろしかった。
「そのボタンを押せば、あなた方は『空の番人』に消去されていましたわ。……命拾いしましたわね?」
「……空の……番人……?」
ガストンは呆然と呟いた。
自分たちが頼みの綱にしていた「神の力」が、実は自分たちを消し去るための処刑装置だったとは。
無知とは、これほどまでに滑稽なものか。
「感謝は結構。……さあ、議長さん。これからの話をしましょうか」
彼女は懐から、分厚い書類の束を取り出し、ガストンの顔にペチペチと軽く叩きつけた。
表紙には『事業譲渡契約書』と書かれている。
「軍の解体、インフラ整備権の譲渡、そして関税の撤廃。……サインなさい。今なら、美味しいトヨノクニ米一年分をお付けしますわよ?」
議事堂の外からは、黒鉄組の重機の音と、市民たちの歓声(バザールの熱気)が聞こえてくる。
首都は既に、陥落していた。
軍事的にではなく、経済的に、そして胃袋的に。
「……負け、だ……」
ガストンは震える手でペンを取った。
彼の手には、もう世界を滅ぼす鍵はない。あるのは、新しい支配者への恭順を示すペンだけだ。
こうして、西方連邦による「対トヨノクニ戦争」は、開戦からわずか数週間で、全面的な「吸収合併」という形で幕を閉じたのである。
世界を終わらせるはずだった『神の雷』は、一度も火を噴くことなく、歴史の闇へと葬り去られた。
ただ、悪役令嬢の伝説に、新たな1ページを刻んで。
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