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【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
第163話 天空落とし:作戦名は「お引越し」。空飛ぶ城を、大地の栓にしますわ!
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その場所は、文字通り「世界の終わり」を視覚化したような光景だった。
西方連邦を越え、不毛の砂漠を緑に変えながら進んできたわたしたちの前に立ちふさがったのは、神話の巨人が大地を叩き割った痕跡――大断裂帯だ。
崖の縁に立つだけで、足元から吹き上げてくるのは、この世のものとは思えないほどどす黒く、粘り気のある魔素。それは大気中に飽和し、物理的な圧力となって肌を刺す。
崖下の奈落は、アルゴスの解析によれば垂直に五百メートルを優に超える。物理的な距離以上に、底に溜まった濃密な魔素が視覚的な遠近感を狂わせ、無限の深淵であるかのような錯覚を抱かせた。
「……報告します。……現状、我々の持てる技術では、この断裂帯を越える手段は皆無です」
設営された前線指揮テントの中、中央のホログラムテーブルを囲む面々の顔は、かつてないほど沈んでいた。
ミリアが、震える指先で提示したデータは、無慈悲な数字の羅列だった。
対岸までの距離、約十キロメートル。橋を架けるには基礎となる岩盤が脆弱すぎ、かといって崖を降りてトンネルを掘ろうにも、地下の魔素圧で掘削機が溶解する。
「無理だがね、姐さん。……わしら黒鉄組の意地でも、こればっかりはどうにもならん。……橋を架けようにも、この魔素の嵐の中じゃあ、作業員が一日も保たんでよ」
現場監督であるヒデヨシが、その自慢のねじり鉢巻を叩きつけ、絞り出すように言った。
隣で地図を睨んでいたリョウマも、帽子を目深に被り、苦い顔で首を振る。
「……まっこと、大きいなんちゅうレベルじゃねぇぜよ。……この谷は、海よりも深く、暗い。……船乗りとしての勘が、ここから先は『禁域』だと言うちょるわ」
重苦しい沈黙がテント内を支配し、アリスも不安げに杖を握りしめた。
エルフの女王エルウィンでさえ、窓の外のどす黒い霧を見つめ、溜息を吐く。
誰もが、ここで自分たちの「道」が途切れたのだと確信していた。
「――何をそんなに深刻に悩んでいるのかしら?」
その静寂を切り裂いたのは、涼やかで、どこか退屈そうな声だった。
わたしは、鉄扇を優雅に弄びながら、紅茶のカップを置いた。
皆の視線が、まるで救世主か狂人を見るかのように、わたしへと集中する。
「レヴィちゃん……? だって、ここを越えなきゃ東には行けないんだよ? でも橋も無理だし、トンネルも無理だし……。もう、どうしようもないよぉ」
アリスが縋るような目を向けてくる。
わたしは、フフッと口角を上げると、閉じた鉄扇でテントの屋根をトン、と指し示した。
「トンネルを掘ることができない? 橋をかけることもできない? ……難しく考えすぎなんですのよ……橋がかけられないなら、あの谷を塞ぐ『栓』を用意すればよろしいじゃありませんの」
「栓……? 姐さん、あんなバカでかい穴を塞げるほどのブツなんて、この世のどこにあるんだがね」
ヒデヨシが、信じられないものを見るような目で問い返す。
わたしは、さらに高く、空を貫くその先を見上げるように鉄扇を掲げた。
「あるじゃありませんの。……丁度おあつらえ向きに、頭上に浮かんでいるものが」
一瞬、全員の思考が停止した。
そして、その意味を理解した瞬間、テント内が爆発的な困惑に包まれる。
頭上に浮かぶ、巨大な古代遺産。天蓋都市。『天蓋の揺り籠』。
「なっ……! レヴィーネ様、まさか、『天蓋都市』をあの断裂帯に叩き落とそうというのですか!? あれは我々の本部であり、古代の叡智の結晶ですよ!?」
ミリアが声を裏返らせて叫ぶ。
エルウィンも、持っていた紅茶のカップを落としそうになりながら目を剥いた。
「正気か、娘よ! あのような巨体を落としてみよ、大陸そのものが砕け散るぞ! そもそも、物理的にあそこに嵌まる保証などどこにも……!」
『――再算出、完了。……先日、レヴィーネ様より本件の打診を受け、極秘裏に進めていたシミュレーションの結果、これは「理論上、最高効率の解決策」であると正式に判定されています。幾度も検算を重ねましたが、算出結果は同じです……』
ざわめく一同を制するように、中央のテーブルからイリスの冷徹な声が響いた。
ホログラムが書き換えられ、大断裂帯のV字型の地形に、天蓋都市の円錐形の基部がすっぽりと収まるシミュレーションが表示される。
『提案を受けた際は、我々でさえあまりの無茶振りに回路が焼き切れそうになったのですが……演算すればするほど、天蓋の揺り籠基部の形状と断裂帯の岩盤強度の相性が完璧であることが判明しました。……誤差数メートル以内の精度で着陸させれば、天蓋都市は自重で岩盤を固定し、世界の傷を繋ぐ「楔」として機能します』
デメテルの少し高揚した声が重なり、ヒデヨシやリョウマは言葉を失った。
事前に相談を受けていた古代知性体たちが、すでに「可能である」と太鼓判を押したのだ。
もはや、驚きを通り越して、自分の常識を疑う段階に達していたのだろう。
「で、できないことはない……ってこと?」
アリスが、震える声でイリスに問う。
イリスは、淡々と光の波形を揺らした。
『肯定。魔力消費率、構造維持率、物流効率。……橋を架けるより98%コストが削減され、耐久性は一万年以上を保証します。……レヴィーネ様による物理的解決は、事象の複雑化を招く中間変数を排除するため、演算上の不確実性が極めて低いと判定されています』
「いや、ようするに姐さんの物理が一番手っ取り早いっちゅうことだがね……」
ヒデヨシの呟きに、全員が心の底から同意するように沈黙した。
だが、沈黙は金。異論が出ないのなら、それは承認されたも同義だ。
わたしは、再び椅子に深く腰掛け、扇子を開いた。
「課題は二つですわ。……一つは、谷底に溜まった魔素の海。居住区画が汚染されては、お引越しの意味がありませんもの。……アリス、貴女の出番ですわよ」
「わ、私!? でもあんなに広い場所、全部浄化するなんて……!」
「一人でやれとは言いませんわ。……デメテル、あれは準備できて?」
『はい、マスター。……打診を受けた直後から培養を開始していた、品種改良型・対魔素吸収植物「ソル・レヴィーネ」の種子、コンテナ二千基分、装填完了しております。……アリス様の魔力とエルフの精霊魔法を「起爆剤」にすれば、数秒で谷底を浄化の草原に変えることが可能です』
AIたちの周到な準備を聞き、わたしは二つ目の課題を示す。
着地点の不整形。いくらパズルのピースが合うとはいえ、一千年の浸食で崩れた岩盤は、そのままでは都市を「傾かせて」しまう。
「そこは、ヒデヨシ。……あなたの腕の見せ所ですわ。……わたくしたちを受け入れる『受け皿』を、岩盤に刻みなさい」
「つまり、毒ガスを抜いて、着陸用の土台を平らにせなイカンっちゅうことだがね。毒さえなけりゃあ、わしらのもんだがね! ……やってやろうじゃにゃあか!」
ヒデヨシが拳を力強く握りしめた。
わたしは、立ち上がるとテントの幕を跳ね上げた。
目の前に広がる絶望の深淵。けれど、わたしの瞳には、そこが新たな「道の拠点」となる光景がはっきりと見えていた。
「総員、配置につきなさい! ……世界のへそを、埋めますわよ!」
◆◆◆
作戦開始。
黒鉄組が急造した巨大な投射機が、崖の縁にずらりと並び、咆哮を上げた。
「撃てぇぇぇッ!!」
ヒデヨシの号令と共に、空気を切り裂く音を立てて無数のコンテナが闇の中へ撃ち出される。
空中でカプセルが弾け、数億の種子が雪のように降り注ぐ。
同時に、エルウィンが率いるエルフの精鋭たちが、崖の上で古の歌を口ずさみ、精霊の風を巻き起こした。
「今だよ! みんな! せーのっ!!」
断崖の縁に並んだアリス、エルウィン、エルフの精鋭たち、そして巫女連の子供たちが、一斉に杖を掲げた。
膨大な緑の魔力が、奔流となって谷底へ注ぎ込まれる。
『強制成長』!!
瞬間、世界の景色が書き換えられた。
どす黒い霧が、内側から黄金色の光に食いつぶされていく。
魔素を貪り食う『ソル・レヴィーネ』が、猛烈な勢いで茎を伸ばし、大輪の花を咲かせて谷底を一瞬にして「ヒマワリの海」へと変えてしまったのだ。
『魔素濃度、正常値まで低下。……浄化確認。……「お引越し」の準備が整いました』
イリスの冷徹なアナウンスが響いた瞬間、崖の縁に緊張が走った。
待機していたデコトラ軍団と『整地壱型』が、その重厚な車体をアンカーとして深く大地に固定する。
「よっしゃあ! 懸垂降下開始だがね! 野郎ども、振り落とされるんじゃにゃあぞ!」
ヒデヨシの怒号と共に、ミスリル繊維を編み込んだ超高強度のワイヤーロープが唸りを上げて繰り出された。
その命綱に身を預けた『土木弐型』と、元連邦の遺産である『土木参型』の混成部隊が、一輪のヒマワリのように奈落へと身を投げた。
垂直の絶壁を、鋼鉄の巨躯たちが火花を散らしながら滑落に近い速度で滑り降りていく。
「邪魔な岩をどかせ! 測量急げぇ!」
着地と同時にワイヤーを切り離し、土木弐型の男たちが咆哮を上げる。
削岩機が岩盤を叩き、ドリルが火花を散らす。
ヒマワリが舞い散る中、彼らはイリスが指定した設計図通りに、谷の底を削り、整形していく。
「ヒャッハー! 花畑の中での工事だぜぇ!」
黒鉄組の男たちが、狂喜乱舞しながら削岩機を振るう。
こうして、数時間後。極限の集中力の中、谷底から一条の照明弾が打ち上がった。
「整地完了! 姐さん、いつでも来やがれぇぇッ!!」
準備は整った。
わたしは、断崖の先端に立ち、風に黄金の髪をなびかせながら空を見上げた。
「デメテル。……お引越しの時間よ」
『承知いたしました、レヴィーネ様。……全機関、フルバースト。……これより、一千年越しの「着陸」を敢行します』
ズゥゥゥゥゥゥン……!!
空を覆っていた天蓋都市が、太陽の光を遮りながら、ゆっくりと降下を開始した。
巨大な影が、黄金のヒマワリ畑を飲み込んでいく。
アリスが展開した巨大なクッション結界が、都市の基部を優しく受け止める。
そして。
ギギギギギ……ガションッ!!
震天動地の衝撃。
ヒデヨシたちが完璧に整地した数百メートル下の岩盤に、天蓋都市の基部が吸い込まれるように嵌まり込んだ。
ピタリ、と。
世界の傷跡を、一つの都市が物理的に「繋いだ」瞬間だった。
最後の振動が収まる。
かつてアストライア文明の箱舟として空へ逃げた都市が、一千年の時を経て、故郷の大地へと帰還した。
崖の上で見守っていた民衆から、地鳴りのような歓声が上がる。
わたしは、鉄扇をパチンと閉じた。
「さあ。道が繋がりましたわ。……休んでいる暇はありませんわよ? 次は東へと続く道を、さらに盤石に舗装しに参りましょうか」
その宣言は、希望に満ちた号砲のように、ヒマワリの咲き誇る谷底へと響き渡った。
西方連邦を越え、不毛の砂漠を緑に変えながら進んできたわたしたちの前に立ちふさがったのは、神話の巨人が大地を叩き割った痕跡――大断裂帯だ。
崖の縁に立つだけで、足元から吹き上げてくるのは、この世のものとは思えないほどどす黒く、粘り気のある魔素。それは大気中に飽和し、物理的な圧力となって肌を刺す。
崖下の奈落は、アルゴスの解析によれば垂直に五百メートルを優に超える。物理的な距離以上に、底に溜まった濃密な魔素が視覚的な遠近感を狂わせ、無限の深淵であるかのような錯覚を抱かせた。
「……報告します。……現状、我々の持てる技術では、この断裂帯を越える手段は皆無です」
設営された前線指揮テントの中、中央のホログラムテーブルを囲む面々の顔は、かつてないほど沈んでいた。
ミリアが、震える指先で提示したデータは、無慈悲な数字の羅列だった。
対岸までの距離、約十キロメートル。橋を架けるには基礎となる岩盤が脆弱すぎ、かといって崖を降りてトンネルを掘ろうにも、地下の魔素圧で掘削機が溶解する。
「無理だがね、姐さん。……わしら黒鉄組の意地でも、こればっかりはどうにもならん。……橋を架けようにも、この魔素の嵐の中じゃあ、作業員が一日も保たんでよ」
現場監督であるヒデヨシが、その自慢のねじり鉢巻を叩きつけ、絞り出すように言った。
隣で地図を睨んでいたリョウマも、帽子を目深に被り、苦い顔で首を振る。
「……まっこと、大きいなんちゅうレベルじゃねぇぜよ。……この谷は、海よりも深く、暗い。……船乗りとしての勘が、ここから先は『禁域』だと言うちょるわ」
重苦しい沈黙がテント内を支配し、アリスも不安げに杖を握りしめた。
エルフの女王エルウィンでさえ、窓の外のどす黒い霧を見つめ、溜息を吐く。
誰もが、ここで自分たちの「道」が途切れたのだと確信していた。
「――何をそんなに深刻に悩んでいるのかしら?」
その静寂を切り裂いたのは、涼やかで、どこか退屈そうな声だった。
わたしは、鉄扇を優雅に弄びながら、紅茶のカップを置いた。
皆の視線が、まるで救世主か狂人を見るかのように、わたしへと集中する。
「レヴィちゃん……? だって、ここを越えなきゃ東には行けないんだよ? でも橋も無理だし、トンネルも無理だし……。もう、どうしようもないよぉ」
アリスが縋るような目を向けてくる。
わたしは、フフッと口角を上げると、閉じた鉄扇でテントの屋根をトン、と指し示した。
「トンネルを掘ることができない? 橋をかけることもできない? ……難しく考えすぎなんですのよ……橋がかけられないなら、あの谷を塞ぐ『栓』を用意すればよろしいじゃありませんの」
「栓……? 姐さん、あんなバカでかい穴を塞げるほどのブツなんて、この世のどこにあるんだがね」
ヒデヨシが、信じられないものを見るような目で問い返す。
わたしは、さらに高く、空を貫くその先を見上げるように鉄扇を掲げた。
「あるじゃありませんの。……丁度おあつらえ向きに、頭上に浮かんでいるものが」
一瞬、全員の思考が停止した。
そして、その意味を理解した瞬間、テント内が爆発的な困惑に包まれる。
頭上に浮かぶ、巨大な古代遺産。天蓋都市。『天蓋の揺り籠』。
「なっ……! レヴィーネ様、まさか、『天蓋都市』をあの断裂帯に叩き落とそうというのですか!? あれは我々の本部であり、古代の叡智の結晶ですよ!?」
ミリアが声を裏返らせて叫ぶ。
エルウィンも、持っていた紅茶のカップを落としそうになりながら目を剥いた。
「正気か、娘よ! あのような巨体を落としてみよ、大陸そのものが砕け散るぞ! そもそも、物理的にあそこに嵌まる保証などどこにも……!」
『――再算出、完了。……先日、レヴィーネ様より本件の打診を受け、極秘裏に進めていたシミュレーションの結果、これは「理論上、最高効率の解決策」であると正式に判定されています。幾度も検算を重ねましたが、算出結果は同じです……』
ざわめく一同を制するように、中央のテーブルからイリスの冷徹な声が響いた。
ホログラムが書き換えられ、大断裂帯のV字型の地形に、天蓋都市の円錐形の基部がすっぽりと収まるシミュレーションが表示される。
『提案を受けた際は、我々でさえあまりの無茶振りに回路が焼き切れそうになったのですが……演算すればするほど、天蓋の揺り籠基部の形状と断裂帯の岩盤強度の相性が完璧であることが判明しました。……誤差数メートル以内の精度で着陸させれば、天蓋都市は自重で岩盤を固定し、世界の傷を繋ぐ「楔」として機能します』
デメテルの少し高揚した声が重なり、ヒデヨシやリョウマは言葉を失った。
事前に相談を受けていた古代知性体たちが、すでに「可能である」と太鼓判を押したのだ。
もはや、驚きを通り越して、自分の常識を疑う段階に達していたのだろう。
「で、できないことはない……ってこと?」
アリスが、震える声でイリスに問う。
イリスは、淡々と光の波形を揺らした。
『肯定。魔力消費率、構造維持率、物流効率。……橋を架けるより98%コストが削減され、耐久性は一万年以上を保証します。……レヴィーネ様による物理的解決は、事象の複雑化を招く中間変数を排除するため、演算上の不確実性が極めて低いと判定されています』
「いや、ようするに姐さんの物理が一番手っ取り早いっちゅうことだがね……」
ヒデヨシの呟きに、全員が心の底から同意するように沈黙した。
だが、沈黙は金。異論が出ないのなら、それは承認されたも同義だ。
わたしは、再び椅子に深く腰掛け、扇子を開いた。
「課題は二つですわ。……一つは、谷底に溜まった魔素の海。居住区画が汚染されては、お引越しの意味がありませんもの。……アリス、貴女の出番ですわよ」
「わ、私!? でもあんなに広い場所、全部浄化するなんて……!」
「一人でやれとは言いませんわ。……デメテル、あれは準備できて?」
『はい、マスター。……打診を受けた直後から培養を開始していた、品種改良型・対魔素吸収植物「ソル・レヴィーネ」の種子、コンテナ二千基分、装填完了しております。……アリス様の魔力とエルフの精霊魔法を「起爆剤」にすれば、数秒で谷底を浄化の草原に変えることが可能です』
AIたちの周到な準備を聞き、わたしは二つ目の課題を示す。
着地点の不整形。いくらパズルのピースが合うとはいえ、一千年の浸食で崩れた岩盤は、そのままでは都市を「傾かせて」しまう。
「そこは、ヒデヨシ。……あなたの腕の見せ所ですわ。……わたくしたちを受け入れる『受け皿』を、岩盤に刻みなさい」
「つまり、毒ガスを抜いて、着陸用の土台を平らにせなイカンっちゅうことだがね。毒さえなけりゃあ、わしらのもんだがね! ……やってやろうじゃにゃあか!」
ヒデヨシが拳を力強く握りしめた。
わたしは、立ち上がるとテントの幕を跳ね上げた。
目の前に広がる絶望の深淵。けれど、わたしの瞳には、そこが新たな「道の拠点」となる光景がはっきりと見えていた。
「総員、配置につきなさい! ……世界のへそを、埋めますわよ!」
◆◆◆
作戦開始。
黒鉄組が急造した巨大な投射機が、崖の縁にずらりと並び、咆哮を上げた。
「撃てぇぇぇッ!!」
ヒデヨシの号令と共に、空気を切り裂く音を立てて無数のコンテナが闇の中へ撃ち出される。
空中でカプセルが弾け、数億の種子が雪のように降り注ぐ。
同時に、エルウィンが率いるエルフの精鋭たちが、崖の上で古の歌を口ずさみ、精霊の風を巻き起こした。
「今だよ! みんな! せーのっ!!」
断崖の縁に並んだアリス、エルウィン、エルフの精鋭たち、そして巫女連の子供たちが、一斉に杖を掲げた。
膨大な緑の魔力が、奔流となって谷底へ注ぎ込まれる。
『強制成長』!!
瞬間、世界の景色が書き換えられた。
どす黒い霧が、内側から黄金色の光に食いつぶされていく。
魔素を貪り食う『ソル・レヴィーネ』が、猛烈な勢いで茎を伸ばし、大輪の花を咲かせて谷底を一瞬にして「ヒマワリの海」へと変えてしまったのだ。
『魔素濃度、正常値まで低下。……浄化確認。……「お引越し」の準備が整いました』
イリスの冷徹なアナウンスが響いた瞬間、崖の縁に緊張が走った。
待機していたデコトラ軍団と『整地壱型』が、その重厚な車体をアンカーとして深く大地に固定する。
「よっしゃあ! 懸垂降下開始だがね! 野郎ども、振り落とされるんじゃにゃあぞ!」
ヒデヨシの怒号と共に、ミスリル繊維を編み込んだ超高強度のワイヤーロープが唸りを上げて繰り出された。
その命綱に身を預けた『土木弐型』と、元連邦の遺産である『土木参型』の混成部隊が、一輪のヒマワリのように奈落へと身を投げた。
垂直の絶壁を、鋼鉄の巨躯たちが火花を散らしながら滑落に近い速度で滑り降りていく。
「邪魔な岩をどかせ! 測量急げぇ!」
着地と同時にワイヤーを切り離し、土木弐型の男たちが咆哮を上げる。
削岩機が岩盤を叩き、ドリルが火花を散らす。
ヒマワリが舞い散る中、彼らはイリスが指定した設計図通りに、谷の底を削り、整形していく。
「ヒャッハー! 花畑の中での工事だぜぇ!」
黒鉄組の男たちが、狂喜乱舞しながら削岩機を振るう。
こうして、数時間後。極限の集中力の中、谷底から一条の照明弾が打ち上がった。
「整地完了! 姐さん、いつでも来やがれぇぇッ!!」
準備は整った。
わたしは、断崖の先端に立ち、風に黄金の髪をなびかせながら空を見上げた。
「デメテル。……お引越しの時間よ」
『承知いたしました、レヴィーネ様。……全機関、フルバースト。……これより、一千年越しの「着陸」を敢行します』
ズゥゥゥゥゥゥン……!!
空を覆っていた天蓋都市が、太陽の光を遮りながら、ゆっくりと降下を開始した。
巨大な影が、黄金のヒマワリ畑を飲み込んでいく。
アリスが展開した巨大なクッション結界が、都市の基部を優しく受け止める。
そして。
ギギギギギ……ガションッ!!
震天動地の衝撃。
ヒデヨシたちが完璧に整地した数百メートル下の岩盤に、天蓋都市の基部が吸い込まれるように嵌まり込んだ。
ピタリ、と。
世界の傷跡を、一つの都市が物理的に「繋いだ」瞬間だった。
最後の振動が収まる。
かつてアストライア文明の箱舟として空へ逃げた都市が、一千年の時を経て、故郷の大地へと帰還した。
崖の上で見守っていた民衆から、地鳴りのような歓声が上がる。
わたしは、鉄扇をパチンと閉じた。
「さあ。道が繋がりましたわ。……休んでいる暇はありませんわよ? 次は東へと続く道を、さらに盤石に舗装しに参りましょうか」
その宣言は、希望に満ちた号砲のように、ヒマワリの咲き誇る谷底へと響き渡った。
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