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【第16部】グランドフィナーレ・物理帝国編 ~神様、残業代(寿命)はいりません。この世界は最高に退屈しませんもの!~
第173話 リニア廃止!? これからは『魔導SL』と『駅弁』の時代ですわ
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皇都アクシス・中央管理棟「特秘会議室」。
建国記念の狂乱と、それに続く結婚式という名の大宴会から数ヶ月。
季節は巡り、大陸には穏やかな風が吹いている――はずだった。
だが、この会議室の空気だけは、ピリピリとした緊張感(と、それを一方的に放つホログラムの熱気)に包まれていた。
「――以上が、古代アストライア文明の遺産『浮遊式・超高速輸送列車』の復元計画ですわ!」
照明を落とした室内の中央。
アリスのスマートフォンから投影されたデメテルのホログラムが、得意げに胸を張り、空中に浮かぶ流線型の美しい列車の設計図を指し示した。
「設計図は完璧に残っています。動力炉の規格も、現在の魔導技術で再現可能です。これを導入すれば、皇都アクシスから西の港まで、わずか数時間で移動が可能になります。……どうです? 素晴らしいでしょう?」
デメテルの声は明るく、楽観的だ。彼女にとって、かつて人類が到達した技術の頂点を再現することは、管理者としての至上の喜びなのだろう。
しかし。その対面に浮かぶもう一つのホログラム、イリスの表情は、氷のように冷徹だった。
『……却下。非合理的です、姉さん』
イリスが短く切り捨てると、空中に無数の赤い警告ウィンドウが展開された。
「あら、どうしてですのイリス? 理論上は可能なはずですよ?」
『「理論上」は、です。……姉さんは、現在の地上における「運用コスト」と「環境負荷」、そして何より「乗客の生体強度」を軽視しすぎています』
イリスは冷ややかな声で、致命的な問題点を列挙し始めた。
『第一に、「対G(重力加速度)」問題。時速500キロを超える速度での加減速や旋回時、訓練を受けていない一般市民の内臓は耐えられません。吐瀉物にまみれた車内をご希望ですか?』
「そ、それは……車内全域に『慣性制御結界』を張れば……」
『そのコストが第二の問題です。常時展開の結界魔法、および浮遊状態を維持するための魔力消費量は天文学的数字になります。現在の魔石産出量では、運賃が庶民の年収並みになります』
イリスはさらに、地図上の山岳地帯を指差した。
『第三に、「インフラ維持」の困難さ。高山帯などの過酷な環境下で、精密な磁気レールのメンテナンスを誰が行うのです? わずかな歪みで脱線し、大惨事になります。現在の技術者不足では維持不可能です』
イリスの容赦ない指摘に、デメテルがたじろぐ。
だが、イリスは止まらない。最後にして最大の問題点を突きつけた。
『そして第四に……「動力源」の問題です。これほどの出力を安定供給できる魔導エンジンは、現状存在しません。……まさか、またレヴィーネ様を「生体電池」として運転席に座らせるつもりですか?』
「っ……!」
『レヴィーネ様が魔力を注ぎ続けなければ動かない列車など、それは公共交通機関ではありません。ただの「レヴィーネ様専用・超高速台車」です』
会議室に、重苦しい沈黙が落ちた。
同席していたミリアが、頭を抱えて唸る。
「……イリスの言う通りですね。コストパフォーマンスが悪すぎます。実用化にはあと数十年はかかりそうです……」
「そ、そんなぁ……。せっかくの古代技術なのに……」
デメテルがしょんぼりと肩を落とす。
科学と論理の壁。夢の超特急計画は、現実という壁の前に暗礁に乗り上げていた。
わたしは飲み干したティーカップをソーサーに置き、カチャンと音を立てて場の空気を制した。
「……つまり、こういうことですわよね?」
わたしはデメテルとイリス、双方を見比べて告げた。
「『できるかできないか』で言えば『できる』。けれど、それを維持運用するにはコストと労力が釣り合わず、『現実味がない』、そういうことですわね?」
『……肯定。現状のリソースを全て投入すれば建設は可能ですが、国家予算が破綻します』
イリスが淡々と答える。わたしは頷き、冷徹な古代知性体に向かって次のオーダーを出した。
「ならばイリス。あなたの計算なら、どれぐらいの規模で、どのぐらいの速度でなら『今』現実的なのかしら? もちろん技術レベルや敷設にかかる労力も、『今』できる限りの中でよ?」
『……再計算中。要求スペックを下方修正。既存技術の転用を優先……』
イリスの瞳の光が高速で明滅する。数秒後、空中に新たな設計図が投影された。
それは、先ほどの流線型の浮遊列車とは違う、無骨で力強い、車輪を持った鉄の塊だった。
『回答。……現状の資材強度と、ハイブリッド魔導エンジンの出力係数から算出した限界スペックは以下の通りです』
イリスが空中に数値を投影する。
『最高巡航速度、時速85キロメートル。瞬間最大出力で110キロメートルですが、線路への負荷を考慮すると前者が安全圏です』
『牽引能力は、装甲客車を含めて最大一六両編成。食堂車や寝台車を含めた余裕ある構成で、乗客定員は約600名。……これを全車両貨物とした場合、最大積載質量は1200トンとなります』
なるほど。浮くのではなく、走る。魔法だけで動くのではなく、燃焼も使う。
「……リニア新幹線への道は、一朝一夕にはいかないということね」
わたしが納得して頷くと、横からアリスが身を乗り出してきた。
「でもでも! レヴィちゃん、それならそれで最高だよ!」
アリスはホログラムの地図――大陸を横断する『黒鋼大回廊』のルートを指差して、目を輝かせた。
「黒鋼大回廊の横に線路を置いて電車……ううん、汽車を走らせるなら、各駅停車と急行を作る感じにしてさ! それで運賃にも差をつけたりして、各駅でのんびり行く人達は、途中の駅で『駅弁』を買ったりできるよ!」
「えきべん?」
「そう! その土地ごとの美味しいものをお弁当にするの! ご当地グルメもいいなあ。あ! 寝台列車とかもいいかも! 豪華列車! 駅を設置していけば、中継地点のオアシス都市ももっともっと栄えるんじゃない?!」
アリスの妄想が止まらない。彼女の口から次々と飛び出す専門的な(?)用語に、わたしはふと疑問を抱いた。
「……ねえアリス。あなたひょっとして昔、そっちも嗜んでいたの?」
「えっ!? そ、そんなことないよお!!」
アリスが慌てて手を振る。
「りょ、旅行とかが結構好きだっただけ! その……ほら、好きな作品の舞台になった場所に行く『聖地巡礼』とかしていたし!」
「聖地巡礼! さすがは聖女ですね、アリスさん!」
ミリアが感心したように手を打つ。
「……ミリア、多分それ、あなたの想像している宗教的な巡礼とは違うわよ」
わたしは苦笑しつつ、アリスの提案を反芻した。
「……それにしても、『ご当地グルメ』や『駅弁』という発想はなかったわ。……早く着けば着くほどいいというわけでもないものなのね」
わたしは窓の外、発展を続ける皇都の街並みを見下ろした。
前世では病室から動けず、今世では生き急ぐように世界中を駆け回ってきた。
「そう、『旅情』、とでもいえばいいのかしら。……そういうものにはあまり縁のない生活だったから。少し、生き急ぎすぎていたのかしらね」
わたしの独り言に、イリスが再び数値を点滅させた。
『……補足。動力源を「内燃機関ハイブリッド」から、高圧魔導ボイラーを用いた「外燃機関(蒸気機関)」へ再設定した場合、さらに興味深い数値が出ます』
イリスが空中のホログラムを書き換える。
映し出されたのは、巨大なボイラーを搭載し、より重厚感を増した漆黒の巨躯。
『最高巡航速度は時速70キロメートルへ低下しますが、蒸気機関特有の低速トルクにより、最大牽引質量は2000トン以上へ大幅上昇します。客車や貨車を二五両以上繋げても、平然と山越えが可能です』
そのシミュレーション結果を見たわたしは、満足げに鉄扇をパチンと鳴らした。
「……ええ。こっちですわ」
わたしはホログラムの図面――巨大な動輪と、無骨なピストンロッドを指差した。
「速さは二の次です。重要なのは『重み』と『力強さ』。……大地を踏みしめ、蒸気を吹き上げ、圧倒的な質量で進む姿こそ、王者の行進に相応しいですわ」
『……了解。設計プランを「魔導蒸気機関車」へ最終決定。……ドワーフ班へ、耐圧ボイラーの製造を指示します』
これで方向性は決まった。あとは、具体的な運用コストだ。
「……ただ、問題は燃費ですね」
ミリアが計算書を睨みながら眉を寄せる。
「蒸気機関の熱源となる『紅蓮魔石』ですが、これだけの巨体を長距離走らせるとなると、消費量が馬鹿になりません。タケダ領の鉱山からの供給だけでは、コストが嵩みます」
燃料問題。いくらロマンがあっても、赤字垂れ流しでは商売にならない。
わたしは腕を組み、ふと、窓の外――かつて「大断裂帯」と呼ばれ、今は埋め立てられて大陸を繋ぐ橋となった場所を見つめた。
そこにはまだ、薄っすらと魔素の残り香が漂っている場所もある。
「……ねえ、デメテル」
わたしは、アリスのスマホに映る女神のホログラムに問いかけた。
「燃料というか、エネルギー源となる魔石のことなのですけれど……。大気中の魔素を吸収して、魔石に充填することで『リサイクル』はできないのかしら?」
『リサイクル、ですか?』
「ええ。折角この大陸にも、大断裂帯の周囲にも魔素が溜まっている地帯がまだ残っているのですもの。ただ浄化して消してしまうだけではなく、利用はできないの?」
わたしの提案に、会議室の空気が止まる。
魔素といえば「毒」であり「呪い」の源。それを燃料にするなど、常識的な魔導師なら卒倒する発想だ。
だが、デメテルは目を丸くした後、高速で演算を開始した。
『……理論照会。……可能です。かつて大断裂帯を浄化するためにアリス様と共に開発した「ソル・レヴィーネ」……あれをベースに、さらに品種改良することで対応可能かもしれません』
デメテルが興奮気味に続ける。
『植物が光合成でデンプンを溜め込むように、吸収した魔素を高純度のエネルギー結晶として「実」らせるのです。……アリス様と一緒に挑戦してみてもよろしいでしょうか、マスター?』
その言葉に、アリスがバン! とテーブルを叩いて立ち上がった。
「それ、すっごくエコだよ! 最高だよ!」
アリスが目をキラキラさせてわたしを見る。
「やろうやろうデメテルさん! 悪い魔素を吸い取って、綺麗なエネルギーに変えちゃうなんて最高じゃん! レヴィちゃん、いいよね!?」
「ええ、許可しますわ。……ゴミを宝に変える、素晴らしい錬金術ね」
わたしはニヤリと笑った。
これで燃料費の問題は解決どころか、魔素の浄化事業とエネルギー生産事業を兼ねることになり、莫大な利益を生むことになる。
「では、動力源の懸念はなくなりました。……次は『車体』の強度についてです」
イリスが話題を戻し、空中に列車のフレームを表示させる。
『レヴィーネ様のご要望通り、重量とパワーを重視した設計にしますが……装甲厚はどの程度になさいますか? 過剰な装甲は燃費を悪化させますが』
「イリス、甘いわね」
わたしは鉄扇で、地図上の未開拓エリアを指し示した。
「私たちが敷く線路は、安全な場所ばかりではありませんわ。魔境の森、荒野、盗賊の出る峠……。完全に整地されたエリアを走るわけではないのです」
わたしは拳を握りしめ、断言した。
「ですから、たっぷりと装甲を使いなさい。……そうね、進路を塞ぐ中級以下の魔獣や、まあいるとは思えませんが盗賊程度なら、『動力車両だけで弾き飛ばせる』設計にしましょう」
その言葉に、ミリアとイリスの目の色が変わった。
『……了解。設計思想を「輸送車両」から「陸上戦艦」へ修正。……先頭車両に、障害物排除用の「衝角」および、トヨノクニ製の「排障器」を装備します』
イリスが即座に図面を書き換える。そこに現れたのは、もはやSLというよりは、線路の上を走る黒い要塞だった。
「素晴らしいです、レヴィーネ様!」
ミリアも身を乗り出して賛同する。
「護衛の傭兵を雇うコストよりも、列車そのものを凶器にしてしまった方が遥かに安上がりで確実です! これなら『盗賊が出ても定時運行』が売り文句にできます!」
「ひぇぇ……また伝説ができちゃうね……」
アリスが引きつった笑みを浮かべるが、その目は楽しそうだった。
こうして、リニア計画は白紙撤回され、代わりに大陸をのんびりと、しかし力強く走る「魔導SL」と「駅弁」の時代が幕を開けることになった。
それは後に、『大陸横断鉄道』と呼ばれ、世界中の物流と胃袋を支配することになる「黒い怪物」の産声でもあった。
建国記念の狂乱と、それに続く結婚式という名の大宴会から数ヶ月。
季節は巡り、大陸には穏やかな風が吹いている――はずだった。
だが、この会議室の空気だけは、ピリピリとした緊張感(と、それを一方的に放つホログラムの熱気)に包まれていた。
「――以上が、古代アストライア文明の遺産『浮遊式・超高速輸送列車』の復元計画ですわ!」
照明を落とした室内の中央。
アリスのスマートフォンから投影されたデメテルのホログラムが、得意げに胸を張り、空中に浮かぶ流線型の美しい列車の設計図を指し示した。
「設計図は完璧に残っています。動力炉の規格も、現在の魔導技術で再現可能です。これを導入すれば、皇都アクシスから西の港まで、わずか数時間で移動が可能になります。……どうです? 素晴らしいでしょう?」
デメテルの声は明るく、楽観的だ。彼女にとって、かつて人類が到達した技術の頂点を再現することは、管理者としての至上の喜びなのだろう。
しかし。その対面に浮かぶもう一つのホログラム、イリスの表情は、氷のように冷徹だった。
『……却下。非合理的です、姉さん』
イリスが短く切り捨てると、空中に無数の赤い警告ウィンドウが展開された。
「あら、どうしてですのイリス? 理論上は可能なはずですよ?」
『「理論上」は、です。……姉さんは、現在の地上における「運用コスト」と「環境負荷」、そして何より「乗客の生体強度」を軽視しすぎています』
イリスは冷ややかな声で、致命的な問題点を列挙し始めた。
『第一に、「対G(重力加速度)」問題。時速500キロを超える速度での加減速や旋回時、訓練を受けていない一般市民の内臓は耐えられません。吐瀉物にまみれた車内をご希望ですか?』
「そ、それは……車内全域に『慣性制御結界』を張れば……」
『そのコストが第二の問題です。常時展開の結界魔法、および浮遊状態を維持するための魔力消費量は天文学的数字になります。現在の魔石産出量では、運賃が庶民の年収並みになります』
イリスはさらに、地図上の山岳地帯を指差した。
『第三に、「インフラ維持」の困難さ。高山帯などの過酷な環境下で、精密な磁気レールのメンテナンスを誰が行うのです? わずかな歪みで脱線し、大惨事になります。現在の技術者不足では維持不可能です』
イリスの容赦ない指摘に、デメテルがたじろぐ。
だが、イリスは止まらない。最後にして最大の問題点を突きつけた。
『そして第四に……「動力源」の問題です。これほどの出力を安定供給できる魔導エンジンは、現状存在しません。……まさか、またレヴィーネ様を「生体電池」として運転席に座らせるつもりですか?』
「っ……!」
『レヴィーネ様が魔力を注ぎ続けなければ動かない列車など、それは公共交通機関ではありません。ただの「レヴィーネ様専用・超高速台車」です』
会議室に、重苦しい沈黙が落ちた。
同席していたミリアが、頭を抱えて唸る。
「……イリスの言う通りですね。コストパフォーマンスが悪すぎます。実用化にはあと数十年はかかりそうです……」
「そ、そんなぁ……。せっかくの古代技術なのに……」
デメテルがしょんぼりと肩を落とす。
科学と論理の壁。夢の超特急計画は、現実という壁の前に暗礁に乗り上げていた。
わたしは飲み干したティーカップをソーサーに置き、カチャンと音を立てて場の空気を制した。
「……つまり、こういうことですわよね?」
わたしはデメテルとイリス、双方を見比べて告げた。
「『できるかできないか』で言えば『できる』。けれど、それを維持運用するにはコストと労力が釣り合わず、『現実味がない』、そういうことですわね?」
『……肯定。現状のリソースを全て投入すれば建設は可能ですが、国家予算が破綻します』
イリスが淡々と答える。わたしは頷き、冷徹な古代知性体に向かって次のオーダーを出した。
「ならばイリス。あなたの計算なら、どれぐらいの規模で、どのぐらいの速度でなら『今』現実的なのかしら? もちろん技術レベルや敷設にかかる労力も、『今』できる限りの中でよ?」
『……再計算中。要求スペックを下方修正。既存技術の転用を優先……』
イリスの瞳の光が高速で明滅する。数秒後、空中に新たな設計図が投影された。
それは、先ほどの流線型の浮遊列車とは違う、無骨で力強い、車輪を持った鉄の塊だった。
『回答。……現状の資材強度と、ハイブリッド魔導エンジンの出力係数から算出した限界スペックは以下の通りです』
イリスが空中に数値を投影する。
『最高巡航速度、時速85キロメートル。瞬間最大出力で110キロメートルですが、線路への負荷を考慮すると前者が安全圏です』
『牽引能力は、装甲客車を含めて最大一六両編成。食堂車や寝台車を含めた余裕ある構成で、乗客定員は約600名。……これを全車両貨物とした場合、最大積載質量は1200トンとなります』
なるほど。浮くのではなく、走る。魔法だけで動くのではなく、燃焼も使う。
「……リニア新幹線への道は、一朝一夕にはいかないということね」
わたしが納得して頷くと、横からアリスが身を乗り出してきた。
「でもでも! レヴィちゃん、それならそれで最高だよ!」
アリスはホログラムの地図――大陸を横断する『黒鋼大回廊』のルートを指差して、目を輝かせた。
「黒鋼大回廊の横に線路を置いて電車……ううん、汽車を走らせるなら、各駅停車と急行を作る感じにしてさ! それで運賃にも差をつけたりして、各駅でのんびり行く人達は、途中の駅で『駅弁』を買ったりできるよ!」
「えきべん?」
「そう! その土地ごとの美味しいものをお弁当にするの! ご当地グルメもいいなあ。あ! 寝台列車とかもいいかも! 豪華列車! 駅を設置していけば、中継地点のオアシス都市ももっともっと栄えるんじゃない?!」
アリスの妄想が止まらない。彼女の口から次々と飛び出す専門的な(?)用語に、わたしはふと疑問を抱いた。
「……ねえアリス。あなたひょっとして昔、そっちも嗜んでいたの?」
「えっ!? そ、そんなことないよお!!」
アリスが慌てて手を振る。
「りょ、旅行とかが結構好きだっただけ! その……ほら、好きな作品の舞台になった場所に行く『聖地巡礼』とかしていたし!」
「聖地巡礼! さすがは聖女ですね、アリスさん!」
ミリアが感心したように手を打つ。
「……ミリア、多分それ、あなたの想像している宗教的な巡礼とは違うわよ」
わたしは苦笑しつつ、アリスの提案を反芻した。
「……それにしても、『ご当地グルメ』や『駅弁』という発想はなかったわ。……早く着けば着くほどいいというわけでもないものなのね」
わたしは窓の外、発展を続ける皇都の街並みを見下ろした。
前世では病室から動けず、今世では生き急ぐように世界中を駆け回ってきた。
「そう、『旅情』、とでもいえばいいのかしら。……そういうものにはあまり縁のない生活だったから。少し、生き急ぎすぎていたのかしらね」
わたしの独り言に、イリスが再び数値を点滅させた。
『……補足。動力源を「内燃機関ハイブリッド」から、高圧魔導ボイラーを用いた「外燃機関(蒸気機関)」へ再設定した場合、さらに興味深い数値が出ます』
イリスが空中のホログラムを書き換える。
映し出されたのは、巨大なボイラーを搭載し、より重厚感を増した漆黒の巨躯。
『最高巡航速度は時速70キロメートルへ低下しますが、蒸気機関特有の低速トルクにより、最大牽引質量は2000トン以上へ大幅上昇します。客車や貨車を二五両以上繋げても、平然と山越えが可能です』
そのシミュレーション結果を見たわたしは、満足げに鉄扇をパチンと鳴らした。
「……ええ。こっちですわ」
わたしはホログラムの図面――巨大な動輪と、無骨なピストンロッドを指差した。
「速さは二の次です。重要なのは『重み』と『力強さ』。……大地を踏みしめ、蒸気を吹き上げ、圧倒的な質量で進む姿こそ、王者の行進に相応しいですわ」
『……了解。設計プランを「魔導蒸気機関車」へ最終決定。……ドワーフ班へ、耐圧ボイラーの製造を指示します』
これで方向性は決まった。あとは、具体的な運用コストだ。
「……ただ、問題は燃費ですね」
ミリアが計算書を睨みながら眉を寄せる。
「蒸気機関の熱源となる『紅蓮魔石』ですが、これだけの巨体を長距離走らせるとなると、消費量が馬鹿になりません。タケダ領の鉱山からの供給だけでは、コストが嵩みます」
燃料問題。いくらロマンがあっても、赤字垂れ流しでは商売にならない。
わたしは腕を組み、ふと、窓の外――かつて「大断裂帯」と呼ばれ、今は埋め立てられて大陸を繋ぐ橋となった場所を見つめた。
そこにはまだ、薄っすらと魔素の残り香が漂っている場所もある。
「……ねえ、デメテル」
わたしは、アリスのスマホに映る女神のホログラムに問いかけた。
「燃料というか、エネルギー源となる魔石のことなのですけれど……。大気中の魔素を吸収して、魔石に充填することで『リサイクル』はできないのかしら?」
『リサイクル、ですか?』
「ええ。折角この大陸にも、大断裂帯の周囲にも魔素が溜まっている地帯がまだ残っているのですもの。ただ浄化して消してしまうだけではなく、利用はできないの?」
わたしの提案に、会議室の空気が止まる。
魔素といえば「毒」であり「呪い」の源。それを燃料にするなど、常識的な魔導師なら卒倒する発想だ。
だが、デメテルは目を丸くした後、高速で演算を開始した。
『……理論照会。……可能です。かつて大断裂帯を浄化するためにアリス様と共に開発した「ソル・レヴィーネ」……あれをベースに、さらに品種改良することで対応可能かもしれません』
デメテルが興奮気味に続ける。
『植物が光合成でデンプンを溜め込むように、吸収した魔素を高純度のエネルギー結晶として「実」らせるのです。……アリス様と一緒に挑戦してみてもよろしいでしょうか、マスター?』
その言葉に、アリスがバン! とテーブルを叩いて立ち上がった。
「それ、すっごくエコだよ! 最高だよ!」
アリスが目をキラキラさせてわたしを見る。
「やろうやろうデメテルさん! 悪い魔素を吸い取って、綺麗なエネルギーに変えちゃうなんて最高じゃん! レヴィちゃん、いいよね!?」
「ええ、許可しますわ。……ゴミを宝に変える、素晴らしい錬金術ね」
わたしはニヤリと笑った。
これで燃料費の問題は解決どころか、魔素の浄化事業とエネルギー生産事業を兼ねることになり、莫大な利益を生むことになる。
「では、動力源の懸念はなくなりました。……次は『車体』の強度についてです」
イリスが話題を戻し、空中に列車のフレームを表示させる。
『レヴィーネ様のご要望通り、重量とパワーを重視した設計にしますが……装甲厚はどの程度になさいますか? 過剰な装甲は燃費を悪化させますが』
「イリス、甘いわね」
わたしは鉄扇で、地図上の未開拓エリアを指し示した。
「私たちが敷く線路は、安全な場所ばかりではありませんわ。魔境の森、荒野、盗賊の出る峠……。完全に整地されたエリアを走るわけではないのです」
わたしは拳を握りしめ、断言した。
「ですから、たっぷりと装甲を使いなさい。……そうね、進路を塞ぐ中級以下の魔獣や、まあいるとは思えませんが盗賊程度なら、『動力車両だけで弾き飛ばせる』設計にしましょう」
その言葉に、ミリアとイリスの目の色が変わった。
『……了解。設計思想を「輸送車両」から「陸上戦艦」へ修正。……先頭車両に、障害物排除用の「衝角」および、トヨノクニ製の「排障器」を装備します』
イリスが即座に図面を書き換える。そこに現れたのは、もはやSLというよりは、線路の上を走る黒い要塞だった。
「素晴らしいです、レヴィーネ様!」
ミリアも身を乗り出して賛同する。
「護衛の傭兵を雇うコストよりも、列車そのものを凶器にしてしまった方が遥かに安上がりで確実です! これなら『盗賊が出ても定時運行』が売り文句にできます!」
「ひぇぇ……また伝説ができちゃうね……」
アリスが引きつった笑みを浮かべるが、その目は楽しそうだった。
こうして、リニア計画は白紙撤回され、代わりに大陸をのんびりと、しかし力強く走る「魔導SL」と「駅弁」の時代が幕を開けることになった。
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お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
【完】相手が宜しくないヤツだから、とりあえず婚約破棄したい(切実)
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