悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第16部】グランドフィナーレ・物理帝国編 ~神様、残業代(寿命)はいりません。この世界は最高に退屈しませんもの!~

第174話 大陸横断鉄道計画(始動):盗賊? 轢き飛ばせば遅延はありませんわ

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 結婚式から数ヶ月。
 大陸中央に興った新国家「ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国」の中枢では、次なる巨大プロジェクトに向けた準備が着々と進められていた。

 薄暗い会議室の空中に、東の島国トヨノクニとの魔導通信ウィンドウが展開されている。
 映し出されているのは、トヨノクニ執権アシカガ・ムネノリと、天下人オダ・ノブナガだ。

「――タケダ領からの『紅蓮魔石』の供給ルート、およびサツマ領からの特殊木材の搬入スケジュール、共に確認いたしました」

 宰相ミリアが、手元のタブレットと空中のホログラムを照らし合わせながら、テキパキと確認を進めていく。

「概ね問題ありません。……しかし、これほどの物量を一体……」

 画面の向こうで、ムネノリが書類の束を前に眉をひそめた。

「都市の拡張用にしては、資材の質が偏りすぎている。特に耐熱・耐圧に優れた魔石と鋼材の量が尋常ではない。……一体何を造るおつもりですか?」

 ムネノリの疑問はもっともだ。国家予算が吹き飛ぶほどの資源を、一点に集中させようとしているのだから。
 わたしが口を開こうとしたその時、ムネノリの横で酒を煽っていたノブナガが、ニヤリと笑って口を挟んだ。

「別に隠すほどのものでもなかろう。『鉄道』じゃろ?」

 ノブナガは扇子で画面を指した。

「お主らがトヨノクニにおったころから、インフラ整備の案にあったアレじゃろ。しかも……この物量、ただの鉄道ではないな。『大陸横断鉄道』ほどの規模と見た。……カッカッカ! 相変わらずお主らはやることの規模がデカい!」

「……ふふ。お見通しですのね」

 わたしは苦笑しながら、鉄扇を広げた。

「ええ。この大陸を西から東まで貫く、鋼鉄の大動脈を造りますわ。……人や物が、風のように行き交う世界にするために」

「長い付き合い、とは言えんが、短くもない付き合いじゃからな。それくらいはわかるわ」

 ノブナガは満足げに頷いた。

「さて、メインの資材はトヨノクニと帝国、それに西方連邦からということになるわけじゃが、物量はかまわんぞ。なにしろお主らが好き放題に開発したおかげで、トヨノクニのインフラは万全じゃからな」

 トヨノクニでは既に、魔導トラックによる物流網が完成し、経済が爆発的に回っている。

「国内に鉄道を、という構想もあるにはあるが、こちらはこちらで民と歩調を合わせて進めるつもりじゃ。……ここ数年は急激すぎる変化だったからのう。まずは地盤を固める」

 ノブナガの言葉に、為政者としての冷静な判断が見て取れる。

「……だが、一つ条件がある!」

 突然、ノブナガの声色が鋭くなった。
 隣に座っていたアレクセイが、わずかに身を乗り出す。

「なんでしょう、ノブナガ殿? 交易品の拡大あたりでしょうか?」

「カカッ、馬鹿を言え。そんな小事をこれだけ大きな案件にかませるつもりはないわ」

 ノブナガは身を乗り出し、画面越しに私たちを見据えた。

「こちらからも技師を派遣したい。……というか、受け入れてくれ。頼む」

「はい?」

 天下人の口から出たのは、意外な懇願だった。

「戻ってきたヒデヨシはともかく……お主らが国を興してからというもの、『行かせろ行かせろ』とうるさくてかなわんのじゃ」

 ノブナガが心底うんざりしたように頭を抱える。
 その言葉に、わたしとミリアは顔を見合わせた。心当たりは、ありすぎるほどにあった。

「……まさか」

「その『まさか』よ。――ガンテツとドワーフども、それにギエモンらのからくり技師どもよ」

 ノブナガは苦笑しながら告げた。

「あやつら、『レヴィーネの姐さんがまたデカイことを始める匂いがする』と騒ぎ出しおってな。『オワリの仕事は弟子に任せられる、俺たちは最前線で新しいオモチャを作らせろ』と、連日直訴に来よる」

 目に浮かぶようだ。筋肉達磨のドワーフと、偏屈な爺さんが、ノブナガに詰め寄る姿が。

「条件は『開発した技術のフィードバック』じゃ。……あやつらの腕と情熱、引き取ってはくれんか?」

「……ふふっ。望むところですわ!」

 わたしは満面の笑みで答えた。

「彼らがいてくれれば、百人力ですわ。……ええ、最高の『オモチャ』を用意して待っているとお伝えください」

「恩に着る! ……おい、聞いたかお主ら! 許可が出たぞ! さっさと荷物をまとめんか!」

 ノブナガが画面外に怒鳴ると、「うおおおおおッ!」「やっとじゃあああ!」という野太い歓声が聞こえてきた。
 どうやら、扉の向こうで聞き耳を立てていたらしい。

 こうして、かつてトヨノクニで「魔導デコトラ」や「ガラケー」を生み出した伝説の職人集団が、再びわたしの元へと集結することになった。
 彼らの到着を待って、いよいよ大陸横断鉄道計画が本格始動する――はずだった。

 この時はまだ、誰も予想していなかったのだ。
 彼らが持ち込んだ情熱と、わたしの気まぐれが化学反応を起こし、最新鋭のリニア計画を「蒸気と煙の怪物」へと変貌させることになろうとは。

◆◆◆

【皇都アクシス近郊・鉄道試験場】

「――ご覧なさい。あれが、わが国の『血管』を流れる、最初の赤血球ですわ」

 わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンは、扇子を開いて高らかに指し示した。
 目の前のレールの上に鎮座しているのは、黒光りする巨大な鉄の塊。
 いや、それはもはや列車というよりは、線路の上を走る「攻城兵器」に近かった。

 先頭車両の前面には、鋭利なスパイクがついた巨大な「衝角ラム」と、線路上の障害物を跳ね飛ばすための「排障器カウキャッチャー」が装備されている。その形状は、まるで獲物に食らいつこうとする深海魚の顎のようだ。
 ボイラーからは、魔素を燃焼させたどす黒い煙が、威嚇するように噴き上がっている。

「……なるほど。これが『ブラック・ヴィータヴェン号』の貨物型か」

 隣に立つ夫のアレクセイが、呆れたような、しかしどこか感心したような声で呟いた。

「見た目は凶悪そのものだが……確かにこれなら、護衛の兵士を乗せる必要はなさそうだね」

「ええ。物流における最大のコストは『安全確保』と『遅延』ですもの」

 わたしはニヤリと笑った。

「盗賊が出る? 魔獣が線路を塞ぐ? それがどうしましたの? 止まる必要はありませんわ。轢き飛ばして進めば、ダイヤは乱れません」

 その言葉に、整備ドックから煤だらけの二人の男が飛び出してきた。
 トヨノクニから招聘した伝説の職人、ドワーフのガンテツと、からくり師のギエモンだ。

「おうよ! 姐さんの言う通りだぜ!」

 ガンテツが巨大なスパナを担いで吠える。

「この先頭車両の装甲は、戦艦並みの厚さがある! しかも前面のラムには、ドワーフ秘伝の『衝撃吸収術式』と『質量増加エンチャント』を組み込んであるんだ! ドラゴンが寝てても撥ね飛ばせるぜ!」

「フォッフォッフォ。わしの出番も忘れてもらっては困るぞ」

 ギエモンがルーペを覗き込みながら補足する。

「車輪周りのサスペンションには、最新のからくり技術を使ってある。たとえ岩を砕こうが、死体を乗り越えようが、貨物室の荷物は卵ひとつ割れんほどの安定性を保つ! ……まさに『走る要塞』じゃな」

 彼らの自信満々な説明に、控えていた宰相ミリアが眼鏡を光らせた。

「素晴らしいです。護衛費用の削減と、天候や治安に左右されない定時運行……。これにより、物流コストは従来の馬車輸送の十分の一以下に圧縮できます。まさに『革命』です!」

「さあ、論より証拠ですわ。……イリス、試運転開始よ!」

『了解。……障害物、セット完了』

 わたしの号令と共に、線路の遥か前方に、試験用の巨大な岩と、廃棄予定のゴーレムが配置された。

『動力炉、臨界点へ。……ブラック・ヴィータヴェン号、発進』

 ブオォォォォォォォォンッ!!!

 腹の底に響くような、魔獣の咆哮にも似た汽笛。
 巨大な動輪が軋みを上げて回転し、黒い鉄塊が加速を始める。
 ズシン、ズシン、と地面が揺れる。それは優雅な列車の旅立ちではない。破壊の権化の突撃だ。

「いっけぇぇぇぇッ!! 粉砕だァァッ!!」

 ガンテツの絶叫と共に、列車はトップスピードで障害物エリアへ突入した。
 ブレーキなどかけない。減速などしない。

 ドゴォォォォォォォォンッ!!!

 凄まじい衝撃音。
 巨大な岩が粉々に砕け散り、ゴーレムがパーツ単位に分解されて宙を舞う。
 だが、黒い列車は揺らぐことさえなく、黒煙をなびかせてその残骸を突き抜けていった。

「……ッ! ははっ、これは凄いな」

 アレクセイが顔を引きつらせながら笑う。

「『遅延』という概念を、物理的に排除するとはね。……君らしい解決策だ」

「でしょう? 物流は国の血液ですもの。……血管に詰まったゴミ盗賊如きで、血流を止めるわけにはいきませんわ」

 わたしは鉄扇を開き、遠ざかる黒い影を満足げに見送った。

「これが、わたくしが放つ『鉄道三本の矢』の第一……『貨物(物流支配)』ですわ!」

◆◆◆

【皇都アクシス・鉄道開発局 プレゼンルーム】

 破壊的な貨物列車の試運転を終え、場所を室内に移した私たちは、次なる計画の発表に移っていた。

「――続きまして、第二の矢。『急行列車』についてです」

 宰相ミリアが指揮棒を振るうと、空中に新たな車両のホログラムが浮かび上がった。
 先ほどの無骨な「走る要塞」とは打って変わり、多くの窓と座席を備えた、大衆向けの客車だ。

「この車両の目的は、安価で大量の人員輸送……ではありません」

 ミリアが眼鏡をキラリと光らせる。

「真の目的は、『駅弁経済圏』の構築です」

「駅弁経済圏……?」

 聞き慣れない単語に、同席していた各都市の代表者たちが首を傾げる。
 ミリアは地図を展開し、線路沿いに設置予定の「駅」を指し示した。

「人は、移動すれば腹が減ります。そして、旅に出れば『その土地の珍しいもの』を食べたくなるものです。そこで、各駅にその土地の特産品を使った『駅弁』を開発・販売させます」

 ミリアの熱弁が続く。

「例えば、海岸沿いの駅では『海鮮ちらし』。山間部では『キノコおこわ』。あるいは『魔獣カツサンド』。……これらを駅ごとの限定品とすることで、乗客はそれを目当てに下車し、金を落とします。地方の特産品を掘り起こし、消費を促す。鉄道網はそのまま、巨大な『市場』となるのです!」

「なるほど……!」
「ただ人を運ぶだけではない、カネと食欲を循環させる装置か!」

 代表者たちが唸る。隣で聞いていたアリスが、こっそりと私に耳打ちした。

「すごいねミリアちゃん……。『旅の楽しみ』を完璧にシステム化してお金に変えようとしてるよ」

「ええ。頼もしい限りだわ。……でもアリス、あなたも楽しみでしょう?」

「うん! 私、『全駅制覇』目指すから! スタンプラリーも企画しちゃおうかな!」

 アリスの瞳が輝いている。平和な悩みだ。
 だが、私の本命はそこではない。

「……さて。庶民の足と胃袋はミリアに任せるとして」

 私はパン! と鉄扇を鳴らし、職人たちの方を向いた。
 そこには、ドワーフのガンテツと、からくり師のギエモンが腕組みをして待機している。

「第三の矢。……わたくしが最も重要視する『豪華特急』についてですわ」

 ホログラムが切り替わる。
 映し出されたのは、金と漆塗りで装飾された、走る宮殿のような車両だ。

わたくしは言いましたわね? 『移動時間は食事を楽しむための優雅な拘束時間である』と」

 わたしは職人たちを見据え、絶対的な要求を突きつけた。

「この車両は、全席が食堂車仕様。厨房にはダンジョン産の『万能調理器』を完備し、一流のシェフがその場で作ったフルコースを提供します。……そこで、あなたたちに命じたいのはただ一つ」

 わたしはワイングラスを手に取り、テーブルに置いた。

「時速70キロで走行中、このグラスに注いだワインが……一滴たりとも波立たない『乗り心地』を実現なさい」

「「なっ……!?」」

 ガンテツとギエモンが絶句する。

「無茶だぜ姐さん! 鉄の車輪で砂利の上を走るんだぞ!? 揺れないわけがねえ!」

「左様! いくらなんでも物理の法則を無視しすぎじゃ!」

 二人の職人が抗議の声を上げる。
 だが、わたしは冷ややかに言い放った。

「おやおや。……トヨノクニの技術力は、その程度でしたの? スープがこぼれるようなガタガタした荷車で、優雅な食事ができるとでも?」

 わたしの挑発に、二人の職人の目に火がついた。

「……ケッ! 言ってくれるじゃねえか!」

 ガンテツがハンマーを握りしめる。

「上等じゃ! わしの『からくりサスペンション』と、イリス嬢ちゃんの『姿勢制御魔法』を組み合わせれば……!」

 ギエモンが図面をひったくる。

「やってやろうじゃねえか! 『走る貴賓室』、作ってみせらぁ!!」

 職人たちが怒号と共に作業場へ走っていく。
 それを見送りながら、わたしは満足げに微笑んだ。

「……ふふ。やはり男は煽てて使うものね」

「レヴィーネ……君、本当に楽しそうだね」

 アレクセイが呆れたように、しかし愛おしげに笑った。

◆◆◆

 数日後。
 皇都アクシスの中央駅には、完成したばかりの「編成列車」が横たわっていた。
 先頭には、黒い蒸気を吐く巨大な「魔導SL」。それに続くのは、装甲化された貨車、大衆向けの客車、そして最後尾に連結された、煌びやかな豪華車両。
 三つの矢が、一本の形になった瞬間だ。

「……見なさい、アレク」

 出発式。わたしはアレクセイの隣に立ち、動き出した黒い怪物を見送った。

 ボオォォォォォッ!!

 腹の底に響く汽笛と共に、列車がゆっくりと、しかし力強く加速していく。

「あれが、わが国の『血管』よ」

 わたしは遠ざかる列車を指差した。

「盗賊というウィルスは貨車が轢き潰し、経済という栄養は客車が運び、文化という酸素は特急が届ける。……この大陸の隅々まで、血を通わせる鋼の血管ですわ」

 線路の先には、かつて不毛だった荒野が、今は緑豊かな穀倉地帯となって広がっている。
 その中を、黒煙を上げて走る列車。
 それは、私がこの世界に来て、積み上げてきた「物理」と「食」の集大成でもあった。

「ああ。……君が心臓なら、あれは確かに血管だ」

 アレクセイが私の肩を抱き寄せ、眩しそうに列車を見つめた。

「世界はまた、君によって健康マッチョになっていくな」

「あら、嫌ですわ。……『健やか』と言ってくださる?」

 わたしは彼に寄り添い、幸せなため息をついた。

「さあ、わたくしたちも参りましょう。……『一番列車』の食堂車で、フルコースが待っていますわ」

「揺れないワインと、熱々のスープがね」

 わたしたちは手を取り合い、次の列車へと歩き出した。
 汽笛の音が、どこまでも広がる青空に吸い込まれていく。
 その音は、この国が迎える新しい時代の、力強い産声のようだった。
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