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【第16部】グランドフィナーレ・物理帝国編 ~神様、残業代(寿命)はいりません。この世界は最高に退屈しませんもの!~
第175話 旅の終わりと始まり:線路は続くよどこまでも(物理)
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「ひぃぃぃッ! だ、ダメだ! 退避ぃッ! 『ギガント・ボア』のスタンピードだぁ!!」
鉄道敷設現場に、作業員たちの悲鳴が響き渡る。
地平線を埋め尽くす土煙。迫りくるのは、数百頭の巨大な猪の魔獣たち。
重機での対抗も限界かと思われた、その時だった。
『――どきなさい。……そこは「私」の通り道ですわ!』
戦場に似つかわしくない、優雅で、しかし絶対的な命令を含んだ声と共に、爆音が轟いた。
ドパララララララッッ!!!!
土煙を切り裂いて現れたのは、極太のタイヤを履き、車体からマフラーが牙のように突き出した、無骨な鉄の塊。
ガンテツとギエモンが悪ノリで作り上げた、特注魔導トライク『地獄の女帝号』だ。
そのハンドルを握るのは、漆黒の戦闘用ドレスをたなびかせた、わたし。
そして、リアシートに跨り、楽しそうに杖を振り上げているのは、農林水産大臣アリスだ。
「大切な作業員や技術者達を、魔獣の危機にさらすなど、現場監督としてありえませんわ! 私が直接出ます!」
そう言い切って皇都アクシスを飛び出したわたし達は、線路敷設工事現場の最先端の荒野に辿り着いていた。
わたしはアクセルを全開にする。
魔導エンジンが咆哮を上げ、トライクが猛獣のように加速する。
「アリス! しっかり捕まっていなさい! ……轢き潰しますわよ!」
「おっけー! いっくよー!」
わたしは片手運転のまま、空いた右手で背中の影から『漆黒の玉座』を引き抜いた。
ズヌゥ……ッ!
「――どぉりゃあぁぁぁッ!!」
すれ違いざまのフルスイング。
時速100キロを超える速度と、玉座の質量が激突し、先頭のギガント・ボアがボールのように吹き飛ぶ。
「イリス! 次!」
『了解。右舷三〇度、距離二〇〇。中型魔獣の群れを確認』
イヤカフに響くナビゲートに従い、レヴィーネはハンドルを強引に切った。
トライクが砂煙を上げてドリフトし、車体の側面(スパイク付き)で魔獣の群れをなぎ倒して道を開く。
その直後だった。
その後ろからリョウマ配下の「素材回収チーム」と、冷蔵機能完備の「コールドチェーン対応トラック」がピラニアのように群がっていく。
「へいお待ち! 新鮮な肉だぜぇ!」
「血抜き急げ! 内臓はこっちの樽へ!」
「骨は砕いて肥料にするぞ!」
それは戦闘ではない。あまりにも暴力的な「収穫作業」だった。
次々と熟練の職人達が降りては、倒されたギガント・ボアをバラして冷凍車両に積んでいく。
「命をいただくからにはその全てを無駄にしない」
これは『獣の穴』の修業時代から徹底しているわたしの鉄の掟であり、美学であり、矜持だ。
それは場所をトヨノクニに移しても、大陸に移しても、国を興しても変わらない。
ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国で活動している冒険者達にも、騎士団にも徹底させていることだ。
だからこそ、この殺伐とした戦場も、わたしにとってはただの「収穫祭」に過ぎない。
「あはは! すごいすごい! 大漁だよレヴィちゃん!」
リアシートのアリスは、揺れる車上で器用にバランスを取りながら、杖を振るう。
「それっ! こっちも忘れずにね! 『魔晶花』の種まきショット!」
彼女が魔法でばら撒いた種が、倒れた魔獣の血と魔素を吸い上げ、即座に発芽して光り輝く花となる。
肉は食料に、魔素は燃料に。
徹底的に無駄を省いた、循環の輪がここにある。
「……ふふっ。いい調子ね」
わたしはバックミラー越しに、楽しそうなアリスを見て微笑んだ。
「……なんか、レヴィちゃんとこうして旅をしていると、なんか懐かしい気分になるね!」
アリスが、風切り音に負けない大声で叫ぶ。
「そうね。……なんだかんだで、国を出てから、もう九年になるのよね」
わたしはアクセルを緩めず、遠い目をした。
病弱だった前世。そして、家を飛び出し、世界中を暴れ回った今世。
「本当によくついてきてくれているわ。……感謝しているのよ?」
「えへへ。だって、レヴィちゃんのそばが一番楽しくって、一番美味しいからね!」
「違いないわね。……退屈だけはさせない自信があるもの」
二人は顔を見合わせ、戦場の真ん中でクスクスと笑い合った。
「あ、でも……。のんきにこんな会話しているのを、今も皇都で書類仕事と格闘しているミリアには聴かせられないわね……」
「だよねぇ。一番頑張ってくれているのは、間違いなくミリアちゃんかもね……」
レヴィーネが肩をすくめた、その瞬間だった。
『…………きーこーえーてーまーすーよー……?』
二人のイヤカフから、地獄の底から響くような、怨念の篭もった声が聞こえた。
「「ッ!?」」
『楽しそうですねぇ、お二人とも……。私は今、タケダ領からの鉄鋼の請求書と、今回の遠征費用の補正予算と、さらに苦情処理の山に埋もれているというのに……。「一番美味しい」? いいですねぇ、私も現場で暴れてお肉食べたいですぅ……』
「ミ、ミリア!? ち、違うのよ! これはその、現場の士気を高めるための……!」
「そ、そうだよミリアちゃん! お土産! お土産いっぱい持って帰るから!」
『……はぁ。期待していますよ。最高級の霜降り肉と、レアな魔石をお願いしますね。……さもなくば、来年度の予算、削りますからね?』
ブツン。通信が切れる。
レヴィーネとアリスは、冷や汗をかいて顔を見合わせた。
「……急ぎましょう、アリス」
「う、うん。……最高のお肉、確保しなきゃ!」
「総員、アクセル全開よ!! 残業は許しませんわ!!」
ドゴォォォォォン!!
レヴィーネの絶叫と共に、トライクのマフラーから炎が噴き出した。
魔獣たちにとっては、たまったものではない災難であった。
◆◆◆
【皇都アクシス・中枢ビル執務室】
「……はぁ」
窓の外、遥か西の空を見上げながら、宰相ミリア・コーンフィールドは本日何度目かわからない深い溜息をついた。
「レヴィーネ様と最前線で冒険だなんて、本当にアリスさんが羨ましいです……」
広大な執務室には、ミリアと、空中に浮かぶ古代知性体イリスのホログラムだけ。
机の上には、決裁を待つ書類の山が築かれている。
『報告。レヴィーネ様の生体反応は正常。戦闘行動も予測範囲内です。また、現在の執務処理速度は、私の並列演算サポートにより最適化されており、マスターの睡眠時間は十分に確保可能です』
「ええ、わかっていますよイリス。……忙殺されているというほどではないのです。ただ……こればっかりは、ねぇ」
ミリアは眼鏡を外し、眉間を揉んだ。
効率の問題ではない。「そこにいたい」という想いの問題なのだ。
寂しさを紛らわせるように、彼女は再び書類の山に向き合い、もう一度溜息をつこうとした。
その時、手元の魔導通信機が明滅した。
表示された発信元は――『ラノリア国王』。
「……はい、こちらV&C商会本店」
『やあ、姉弟子。……随分と景気の悪い声じゃないか?』
通信機の向こうから、懐かしく、そして頼もしい男の声が響いた。
ラノリア国王、ギルベルトだ。
「ギルベルト陛下……。公務中ですよ。それに『姉弟子』はやめてくださいとあれほど……」
『ハハッ、誰も聞いていないさ。……どうせまた、姐さんの暴れっぷりを聞いて「私も混ざりたかった」と拗ねていたんだろう?』
「……お見通しですか。性格の悪い弟弟子ですね」
ミリアが苦笑すると、ギルベルトの声色が、ふっと真面目なものに変わった。
『……気持ちは痛いほど分かるよ。私だって、筋肉が唸るのを抑えて玉座に座っているんだ』
ギルベルトの背後で、ペンを走らせる音や、部下に指示を出す声が微かに聞こえる。彼もまた、執務の合間を縫って連絡してきたのだろう。
『だが、ミリア殿。……あれから、もう10年近く経つ』
「ええ……」
『かつてラノリアの校舎裏で、ちゃんこ鍋を囲んで筋肉痛に耐えていた頃とは違う。……私たちにもそれぞれ、できることと、果たすべき役割ができた』
ギルベルトの言葉に、ミリアはかつての日々を思い出した。
無力だった第三王子と、ただの取り巻きだった貧乏男爵令嬢。
レヴィーネの背中を追いかけ、懸命にちゃんこ鍋を食べ、スクワットをしていたあの日々。
『私たちはもう、守られるだけの存在ではない。……それぞれの立場から、あの方の背中を守るとしようじゃないか。……それができるのは、世界で私たちだけだ』
「……ふふ。生意気言いますね、国王陛下」
ミリアは眼鏡を掛け直し、口元を緩めた。
胸のつかえが、少しだけ軽くなった気がした。
「……ええ、そうですね。わかりました。私も、私の戦場で戦うことにします」
『うむ。……ああ、それと』
そこからは、他愛のない雑談だった。
お互いに手元の書類を片付けながら、ポツリポツリと近況を報告し合う。
「タケダ領の新作プロテイン、試作品を送りましたよ」
『助かる。こちらからは、例の「聖都まんじゅう」の新作を転送しよう。糖分補給に使ってくれ』
「物流の規制緩和の件ですが……」
『ああ、その書類なら今サインした。……ところで、最近肩こりが……』
作業通話のような、飾らない時間。
こうしたミリアとギルベルトの通信は、決して頻繁にあるわけではなかった。
だが、ミリアはこの時間が、自分の溜息の回数を確実に減らしていることに、まだ気づいていなかった。
『では、また。……無理はするなよ、姉弟子』
「あなたこそ。……ごきげんよう、弟弟子」
通信が切れる。
静寂に戻った執務室で、ミリアはパンと頬を叩いた。
「さあイリス! 残りの書類、片付けますよ! レヴィーネ様がいつ帰ってきてもいいように、完璧に整えておきますから!」
『了解、マスター。……心拍数の安定を確認。作業効率、二〇%向上予測』
◆◆◆
そして、季節は巡った。
あの荒野での「整地」から、約一年。
ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国、皇都アクシス。
かつて大断裂帯の上にあった更地は、今や世界中の建築様式が混在する巨大都市へと変貌を遂げていた。
その中心、「アクシス中央駅」。
『ポーッ!! ガッシュッシュッシュッ……!』
白い蒸気を吐き出しながら、巨大な黒鉄の塊がホームへと滑り込む。
大陸横断鉄道、魔導SL「ブラック・ヴィータヴェン号」の一番列車だ。
そのホームへと続くコンコースは、香ばしい匂いと熱気に包まれていた。
「駅弁グルメ通り」。
世界中の「美味しいもの」が、手軽な弁当となって売られる、レヴィーネ肝入りの商店街だ。
「……壮観ですわね」
その賑わいを見下ろすバルコニーに、三人の人影があった。
一人は、宰相としてこの国の経済を回し続けるミリア。
一人は、政治と外交を一手に引き受け、国を盤石なものとした王配アレクセイ。
そして中央には、この一年、工事現場に魔獣の気配があれば西へ東へと暴れ回り、ついにこの日を迎えた女帝、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
「ええ。……ミリアの実務と、アレクの政治的根回しのおかげで、予定より早く開業できましたわ」
レヴィーネが労うと、アレクセイは愛おしそうに彼女の肩を抱いた。
「君が現場で魔獣を『掃除』し続けてくれたおかげだよ。……おかげで、作業員の怪我はゼロだ」
「それに、この駅弁通りの売上予測……凄まじいことになっています」
ミリアがタブレットを見ながら、嬉しそうに悲鳴を上げる。
「東のコメと西の肉、南のスパイスと北の海産物……。全てがここで交わり、爆発的な経済効果を生んでいます!」
レヴィーネは、眼下で駅弁を買い求め、笑顔で列車に乗り込んでいく人々を見つめた。
獣人、エルフ、ドワーフ、人間。かつては争っていた種族たちが、同じ弁当を片手に旅に出る。
「……いい景色ね」
レヴィーネは鉄扇を開き、満足げに微笑んだ。
「さあ、私たちも参りましょうか。……一番列車の旅は、駅弁の食べ比べから始まりますわよ!」
汽笛が高らかに鳴り響く。
それは、彼女たちが作り上げた「平和」という日常の、新しい幕開けの合図だった。
◆◆◆
「さすがにちゃんこ鍋をそのままお弁当にすることができなかったのが悔しいですわ」
レヴィーネは、車窓を流れる景色――かつて自分たちが開拓した荒野――を眺めながら、少しだけ残念そうに呟いた。
「汁物は、どうしても持ち運びの振動と『こぼれるリスク』が排除できませんでしたからね……」
「でもレヴィちゃん、食堂車両のフルコースとは別に、ちゃんこ鍋定食としゃぶしゃぶも、ちゃんと完備してるよ!」
向かいの席で、アリスがメニュー表を広げて得意げに胸を張った。
「しかも、ガンテツさんとギエモンさんが意地になって開発した『超・免震魔導サスペンション』のおかげで、スープ一滴こぼさずに卓上で煮込めるんだから! 走る鍋パーティーだよ!」
「ええ。それにレヴィーネ様、お弁当の方も諦めたわけではありません」
隣に座るミリアが、ワゴンから一つの駅弁を取り出した。
パッケージには『オワリ名物・赤味噌スタミナ牛鍋弁当』の文字。
「ちゃんこそのものは難しいですが……トヨノクニのからくり技術を応用した『加熱式容器』を導入しました。この紐をシュッと引けば、生石灰と水の化学反応で、いつでも熱々の牛鍋が楽しめます!」
「……ほう? 『冷めたご飯は許さない』という私のポリシーを守ったわけね」
レヴィーネはニヤリと笑い、食堂車のテーブルにセットされた鍋と、ミリアが持つ駅弁を交互に見た。
「いいでしょう。……ならば、ここから次の駅までは『しゃぶしゃぶ』を楽しみ、おやつにその『加熱式駅弁』の性能をテストしますわよ!」
「ええっ!? さっきホームで『塩むすび』食べたばっかりだよ!?」
「アリス、甘いですわ。……旅の恥はかき捨て、旅の胃袋は底なし、ですわ!」
優雅に箸を取る女帝と、呆れつつも笑顔の仲間たち。
黒煙を上げて走る魔導SLの中、平和で騒がしい食卓が囲まれていた。
そんな一行を少し眩しそうに、優しげな表情で見つめるアレクセイも、しゃぶしゃぶ弁当の加熱スイッチ紐を引くのだった。
鉄道敷設現場に、作業員たちの悲鳴が響き渡る。
地平線を埋め尽くす土煙。迫りくるのは、数百頭の巨大な猪の魔獣たち。
重機での対抗も限界かと思われた、その時だった。
『――どきなさい。……そこは「私」の通り道ですわ!』
戦場に似つかわしくない、優雅で、しかし絶対的な命令を含んだ声と共に、爆音が轟いた。
ドパララララララッッ!!!!
土煙を切り裂いて現れたのは、極太のタイヤを履き、車体からマフラーが牙のように突き出した、無骨な鉄の塊。
ガンテツとギエモンが悪ノリで作り上げた、特注魔導トライク『地獄の女帝号』だ。
そのハンドルを握るのは、漆黒の戦闘用ドレスをたなびかせた、わたし。
そして、リアシートに跨り、楽しそうに杖を振り上げているのは、農林水産大臣アリスだ。
「大切な作業員や技術者達を、魔獣の危機にさらすなど、現場監督としてありえませんわ! 私が直接出ます!」
そう言い切って皇都アクシスを飛び出したわたし達は、線路敷設工事現場の最先端の荒野に辿り着いていた。
わたしはアクセルを全開にする。
魔導エンジンが咆哮を上げ、トライクが猛獣のように加速する。
「アリス! しっかり捕まっていなさい! ……轢き潰しますわよ!」
「おっけー! いっくよー!」
わたしは片手運転のまま、空いた右手で背中の影から『漆黒の玉座』を引き抜いた。
ズヌゥ……ッ!
「――どぉりゃあぁぁぁッ!!」
すれ違いざまのフルスイング。
時速100キロを超える速度と、玉座の質量が激突し、先頭のギガント・ボアがボールのように吹き飛ぶ。
「イリス! 次!」
『了解。右舷三〇度、距離二〇〇。中型魔獣の群れを確認』
イヤカフに響くナビゲートに従い、レヴィーネはハンドルを強引に切った。
トライクが砂煙を上げてドリフトし、車体の側面(スパイク付き)で魔獣の群れをなぎ倒して道を開く。
その直後だった。
その後ろからリョウマ配下の「素材回収チーム」と、冷蔵機能完備の「コールドチェーン対応トラック」がピラニアのように群がっていく。
「へいお待ち! 新鮮な肉だぜぇ!」
「血抜き急げ! 内臓はこっちの樽へ!」
「骨は砕いて肥料にするぞ!」
それは戦闘ではない。あまりにも暴力的な「収穫作業」だった。
次々と熟練の職人達が降りては、倒されたギガント・ボアをバラして冷凍車両に積んでいく。
「命をいただくからにはその全てを無駄にしない」
これは『獣の穴』の修業時代から徹底しているわたしの鉄の掟であり、美学であり、矜持だ。
それは場所をトヨノクニに移しても、大陸に移しても、国を興しても変わらない。
ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国で活動している冒険者達にも、騎士団にも徹底させていることだ。
だからこそ、この殺伐とした戦場も、わたしにとってはただの「収穫祭」に過ぎない。
「あはは! すごいすごい! 大漁だよレヴィちゃん!」
リアシートのアリスは、揺れる車上で器用にバランスを取りながら、杖を振るう。
「それっ! こっちも忘れずにね! 『魔晶花』の種まきショット!」
彼女が魔法でばら撒いた種が、倒れた魔獣の血と魔素を吸い上げ、即座に発芽して光り輝く花となる。
肉は食料に、魔素は燃料に。
徹底的に無駄を省いた、循環の輪がここにある。
「……ふふっ。いい調子ね」
わたしはバックミラー越しに、楽しそうなアリスを見て微笑んだ。
「……なんか、レヴィちゃんとこうして旅をしていると、なんか懐かしい気分になるね!」
アリスが、風切り音に負けない大声で叫ぶ。
「そうね。……なんだかんだで、国を出てから、もう九年になるのよね」
わたしはアクセルを緩めず、遠い目をした。
病弱だった前世。そして、家を飛び出し、世界中を暴れ回った今世。
「本当によくついてきてくれているわ。……感謝しているのよ?」
「えへへ。だって、レヴィちゃんのそばが一番楽しくって、一番美味しいからね!」
「違いないわね。……退屈だけはさせない自信があるもの」
二人は顔を見合わせ、戦場の真ん中でクスクスと笑い合った。
「あ、でも……。のんきにこんな会話しているのを、今も皇都で書類仕事と格闘しているミリアには聴かせられないわね……」
「だよねぇ。一番頑張ってくれているのは、間違いなくミリアちゃんかもね……」
レヴィーネが肩をすくめた、その瞬間だった。
『…………きーこーえーてーまーすーよー……?』
二人のイヤカフから、地獄の底から響くような、怨念の篭もった声が聞こえた。
「「ッ!?」」
『楽しそうですねぇ、お二人とも……。私は今、タケダ領からの鉄鋼の請求書と、今回の遠征費用の補正予算と、さらに苦情処理の山に埋もれているというのに……。「一番美味しい」? いいですねぇ、私も現場で暴れてお肉食べたいですぅ……』
「ミ、ミリア!? ち、違うのよ! これはその、現場の士気を高めるための……!」
「そ、そうだよミリアちゃん! お土産! お土産いっぱい持って帰るから!」
『……はぁ。期待していますよ。最高級の霜降り肉と、レアな魔石をお願いしますね。……さもなくば、来年度の予算、削りますからね?』
ブツン。通信が切れる。
レヴィーネとアリスは、冷や汗をかいて顔を見合わせた。
「……急ぎましょう、アリス」
「う、うん。……最高のお肉、確保しなきゃ!」
「総員、アクセル全開よ!! 残業は許しませんわ!!」
ドゴォォォォォン!!
レヴィーネの絶叫と共に、トライクのマフラーから炎が噴き出した。
魔獣たちにとっては、たまったものではない災難であった。
◆◆◆
【皇都アクシス・中枢ビル執務室】
「……はぁ」
窓の外、遥か西の空を見上げながら、宰相ミリア・コーンフィールドは本日何度目かわからない深い溜息をついた。
「レヴィーネ様と最前線で冒険だなんて、本当にアリスさんが羨ましいです……」
広大な執務室には、ミリアと、空中に浮かぶ古代知性体イリスのホログラムだけ。
机の上には、決裁を待つ書類の山が築かれている。
『報告。レヴィーネ様の生体反応は正常。戦闘行動も予測範囲内です。また、現在の執務処理速度は、私の並列演算サポートにより最適化されており、マスターの睡眠時間は十分に確保可能です』
「ええ、わかっていますよイリス。……忙殺されているというほどではないのです。ただ……こればっかりは、ねぇ」
ミリアは眼鏡を外し、眉間を揉んだ。
効率の問題ではない。「そこにいたい」という想いの問題なのだ。
寂しさを紛らわせるように、彼女は再び書類の山に向き合い、もう一度溜息をつこうとした。
その時、手元の魔導通信機が明滅した。
表示された発信元は――『ラノリア国王』。
「……はい、こちらV&C商会本店」
『やあ、姉弟子。……随分と景気の悪い声じゃないか?』
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ラノリア国王、ギルベルトだ。
「ギルベルト陛下……。公務中ですよ。それに『姉弟子』はやめてくださいとあれほど……」
『ハハッ、誰も聞いていないさ。……どうせまた、姐さんの暴れっぷりを聞いて「私も混ざりたかった」と拗ねていたんだろう?』
「……お見通しですか。性格の悪い弟弟子ですね」
ミリアが苦笑すると、ギルベルトの声色が、ふっと真面目なものに変わった。
『……気持ちは痛いほど分かるよ。私だって、筋肉が唸るのを抑えて玉座に座っているんだ』
ギルベルトの背後で、ペンを走らせる音や、部下に指示を出す声が微かに聞こえる。彼もまた、執務の合間を縫って連絡してきたのだろう。
『だが、ミリア殿。……あれから、もう10年近く経つ』
「ええ……」
『かつてラノリアの校舎裏で、ちゃんこ鍋を囲んで筋肉痛に耐えていた頃とは違う。……私たちにもそれぞれ、できることと、果たすべき役割ができた』
ギルベルトの言葉に、ミリアはかつての日々を思い出した。
無力だった第三王子と、ただの取り巻きだった貧乏男爵令嬢。
レヴィーネの背中を追いかけ、懸命にちゃんこ鍋を食べ、スクワットをしていたあの日々。
『私たちはもう、守られるだけの存在ではない。……それぞれの立場から、あの方の背中を守るとしようじゃないか。……それができるのは、世界で私たちだけだ』
「……ふふ。生意気言いますね、国王陛下」
ミリアは眼鏡を掛け直し、口元を緩めた。
胸のつかえが、少しだけ軽くなった気がした。
「……ええ、そうですね。わかりました。私も、私の戦場で戦うことにします」
『うむ。……ああ、それと』
そこからは、他愛のない雑談だった。
お互いに手元の書類を片付けながら、ポツリポツリと近況を報告し合う。
「タケダ領の新作プロテイン、試作品を送りましたよ」
『助かる。こちらからは、例の「聖都まんじゅう」の新作を転送しよう。糖分補給に使ってくれ』
「物流の規制緩和の件ですが……」
『ああ、その書類なら今サインした。……ところで、最近肩こりが……』
作業通話のような、飾らない時間。
こうしたミリアとギルベルトの通信は、決して頻繁にあるわけではなかった。
だが、ミリアはこの時間が、自分の溜息の回数を確実に減らしていることに、まだ気づいていなかった。
『では、また。……無理はするなよ、姉弟子』
「あなたこそ。……ごきげんよう、弟弟子」
通信が切れる。
静寂に戻った執務室で、ミリアはパンと頬を叩いた。
「さあイリス! 残りの書類、片付けますよ! レヴィーネ様がいつ帰ってきてもいいように、完璧に整えておきますから!」
『了解、マスター。……心拍数の安定を確認。作業効率、二〇%向上予測』
◆◆◆
そして、季節は巡った。
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ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国、皇都アクシス。
かつて大断裂帯の上にあった更地は、今や世界中の建築様式が混在する巨大都市へと変貌を遂げていた。
その中心、「アクシス中央駅」。
『ポーッ!! ガッシュッシュッシュッ……!』
白い蒸気を吐き出しながら、巨大な黒鉄の塊がホームへと滑り込む。
大陸横断鉄道、魔導SL「ブラック・ヴィータヴェン号」の一番列車だ。
そのホームへと続くコンコースは、香ばしい匂いと熱気に包まれていた。
「駅弁グルメ通り」。
世界中の「美味しいもの」が、手軽な弁当となって売られる、レヴィーネ肝入りの商店街だ。
「……壮観ですわね」
その賑わいを見下ろすバルコニーに、三人の人影があった。
一人は、宰相としてこの国の経済を回し続けるミリア。
一人は、政治と外交を一手に引き受け、国を盤石なものとした王配アレクセイ。
そして中央には、この一年、工事現場に魔獣の気配があれば西へ東へと暴れ回り、ついにこの日を迎えた女帝、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
「ええ。……ミリアの実務と、アレクの政治的根回しのおかげで、予定より早く開業できましたわ」
レヴィーネが労うと、アレクセイは愛おしそうに彼女の肩を抱いた。
「君が現場で魔獣を『掃除』し続けてくれたおかげだよ。……おかげで、作業員の怪我はゼロだ」
「それに、この駅弁通りの売上予測……凄まじいことになっています」
ミリアがタブレットを見ながら、嬉しそうに悲鳴を上げる。
「東のコメと西の肉、南のスパイスと北の海産物……。全てがここで交わり、爆発的な経済効果を生んでいます!」
レヴィーネは、眼下で駅弁を買い求め、笑顔で列車に乗り込んでいく人々を見つめた。
獣人、エルフ、ドワーフ、人間。かつては争っていた種族たちが、同じ弁当を片手に旅に出る。
「……いい景色ね」
レヴィーネは鉄扇を開き、満足げに微笑んだ。
「さあ、私たちも参りましょうか。……一番列車の旅は、駅弁の食べ比べから始まりますわよ!」
汽笛が高らかに鳴り響く。
それは、彼女たちが作り上げた「平和」という日常の、新しい幕開けの合図だった。
◆◆◆
「さすがにちゃんこ鍋をそのままお弁当にすることができなかったのが悔しいですわ」
レヴィーネは、車窓を流れる景色――かつて自分たちが開拓した荒野――を眺めながら、少しだけ残念そうに呟いた。
「汁物は、どうしても持ち運びの振動と『こぼれるリスク』が排除できませんでしたからね……」
「でもレヴィちゃん、食堂車両のフルコースとは別に、ちゃんこ鍋定食としゃぶしゃぶも、ちゃんと完備してるよ!」
向かいの席で、アリスがメニュー表を広げて得意げに胸を張った。
「しかも、ガンテツさんとギエモンさんが意地になって開発した『超・免震魔導サスペンション』のおかげで、スープ一滴こぼさずに卓上で煮込めるんだから! 走る鍋パーティーだよ!」
「ええ。それにレヴィーネ様、お弁当の方も諦めたわけではありません」
隣に座るミリアが、ワゴンから一つの駅弁を取り出した。
パッケージには『オワリ名物・赤味噌スタミナ牛鍋弁当』の文字。
「ちゃんこそのものは難しいですが……トヨノクニのからくり技術を応用した『加熱式容器』を導入しました。この紐をシュッと引けば、生石灰と水の化学反応で、いつでも熱々の牛鍋が楽しめます!」
「……ほう? 『冷めたご飯は許さない』という私のポリシーを守ったわけね」
レヴィーネはニヤリと笑い、食堂車のテーブルにセットされた鍋と、ミリアが持つ駅弁を交互に見た。
「いいでしょう。……ならば、ここから次の駅までは『しゃぶしゃぶ』を楽しみ、おやつにその『加熱式駅弁』の性能をテストしますわよ!」
「ええっ!? さっきホームで『塩むすび』食べたばっかりだよ!?」
「アリス、甘いですわ。……旅の恥はかき捨て、旅の胃袋は底なし、ですわ!」
優雅に箸を取る女帝と、呆れつつも笑顔の仲間たち。
黒煙を上げて走る魔導SLの中、平和で騒がしい食卓が囲まれていた。
そんな一行を少し眩しそうに、優しげな表情で見つめるアレクセイも、しゃぶしゃぶ弁当の加熱スイッチ紐を引くのだった。
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