悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第16部】グランドフィナーレ・物理帝国編 ~神様、残業代(寿命)はいりません。この世界は最高に退屈しませんもの!~

第177話 わたしの相棒と永遠:世界樹からの贈り物(エラーログ)は鈍器並みの重さでした

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 星暦1035年 8月8日

 ミリアちゃんの婚約が決まった! すっごくうれしい!
 レヴィちゃんやイリスちゃんとは、なんとなーく二人がくっつくんじゃないかって話はしていたんだけど、こんなに上手く行くなんて!

 お式はラノリアで挙げるんだけど、お世話になった人やご実家に招待状を送るお手伝いをすることになったの。
 ミリアちゃんは、ご実家のコーンフィールド子爵領へ。
 レヴィちゃんは、ヴィータヴェン辺境伯領へ。

 ……私は、送る場所がないなぁ、なんて少しだけ思っちゃった。
 おじいちゃんもおばあちゃんも、もういないし。ラノリアの教団は、正直もうあんまり顔を出したくない場所だしね(苦笑)。

 この世界で生まれ変わって、いろんな人に会って、居場所はたくさんできたつもりだったけど。
 ふとした瞬間に、自分がどこから来て、どこへ帰るのか、わからなくなる時がある。

 そうしたら、招待状の宛先リストを見ていたレヴィちゃんが、いきなり言い出したの。
「エルフの里へ行きますわよ。女王エルウィンに直接、招待状を叩きつけにいくわ!」
 って。

 エルフの森の奥地なんて、人間が入っていい場所じゃないって聞くけど……。
 でも、レヴィちゃんが「アリスも来るのよ」って当たり前みたいに言ってくれたから。

 私の「帰る場所」はないけれど、レヴィちゃんの隣にいられるなら、どこへでも行ける気がする。
 これから魔導トライクで出発! 猛スピードで振り落とされないようにしなくちゃ。

◆◆◆

「きゃああああああっ! レヴィちゃぁぁぁん! 速い! 速いよぉぉぉ!」

 私の絶叫は、風切り音にかき消されて後方へと吹っ飛んでいく。
 魔導エンジンの唸りを上げながら街道を爆走するのは、ガンテツさんとギエモンさんが悪ノリで作った特注トライク『地獄の女帝号エンプレス・ロード』。
 ハンドルを握るレヴィちゃんは、風圧でボサボサになる私の髪なんてお構いなしに、楽しそうにアクセルを全開にしている。

「あら、これでも安全運転ですわよ? 舗装された『黒鋼大回廊』ですもの、最高速度を出さなきゃ道路に失礼ですわ!」

「道路への礼儀なんて聞いたことないよぉ!」

 景色が線になって流れていく。
 でも、不思議と怖くはなかった。レヴィちゃんの背中にしがみついていると、どんな猛スピードでも、絶対に大丈夫だっていう安心感がある。
 この背中が、私の道標。
 私が迷子にならないように、いつも前を走ってくれる、最強で最恐の相棒。

 大陸を駆け抜け、未踏の森を突っ切り、私たちがたどり着いたのは、霧に包まれた神秘の森――エルフの里だった。

「よく来たな、騒がしい客人たちよ」

 里の入り口で出迎えてくれたのは、相変わらず若々しくも威厳に満ちた(そして甘い物好きな)エルフの女王、エルウィン様だった。
 そして、その隣には――。

「アリスお姉ちゃん! レヴィーネ様! お待ちしておりました!」

 土に汚れた作業着姿で、元気に手を振る少女がいた。
 かつてトヨノクニで出会った、私の可愛いお弟子さん、スズちゃんだ。

「スズちゃん! 久しぶり! 元気にしてた?」

「はいっ! 毎日エルウィン様にしごかれてます!」

 スズちゃんは『黒鋼大回廊』の工事が終わった後も、トヨノクニには帰らず、さらなる修行のためにこのエルフの里に残っていたのだ。
 再会を喜び合っていると、スズちゃんが得意げに胸を張った。

「見てください、お師匠様! 私、新しい魔法を覚えたんです!」

 スズちゃんが近くの枯れかけた低木に手をかざす。
 彼女の手から放たれたのは、かつて彼女自身が恐れていた「腐敗」の闇魔法。
 けれど、それは植物を殺すためのものではなかった。
 枯れた枝葉だけが一瞬で朽ちて土へと還り、次の瞬間、その養分を吸い上げた幹から、瑞々しい若芽が勢いよく吹き出したのだ。

「――すごい」

「えへへっ。エルフの里では修業の他に、枯れ落ちた葉や植物を上質な肥料にしているんです! ただ枯らすだけじゃなくて、土に還して、次の命に繋げるんです。アリスお姉ちゃんが教えてくれた『光』の力と、私の『闇』の力が合わさって、森の循環をお手伝いしてるんですよ!」

 かつて自分の力を「呪い」だと泣いていた少女はもういない。
 自分の特性を理解し、森に必要なサイクルの一部として誇らしげに語る姿に、私は胸が熱くなった。

(そっか。私の技術は、私の想いは……ちゃんとスズちゃんの中で『新しい形』になって生きてるんだ)

 私がいつかこの場所を去る時が来ても、あるいは人間としての時間を終える時が来ても、彼女たちがこの世界を守り、育てていってくれる。
 そう思ったら、肩の荷がふっと軽くなった気がした。

 そんな私を見て、エルウィン様がニヤリと笑った。

「以前、通信で言ったであろう? 『愛弟子の弟子とあらば孫弟子、ひ孫のように可愛い』とな。この娘の才は本物じゃよ」

「もう、エルウィン様ったら。……ありがとうございます、スズちゃんを導いてくれて」

「礼には及ばん。……さて、積もる話もあるが、まずは仕事の話を片付けるかの」

◆◆◆

 エルウィン様の先導で私たちが案内されたのは、エルフの里の広場だった。
 エルウィン様が扇子をパチンと鳴らすと、エルフたちが集まってきた。
 私はV&C商会の特使モードに切り替える。
 懐から取り出したのは、淡く発光する種子――改良型「魔晶花クリスタル・ブルーム」だ。

「これを使えば、過去の戦争で汚染された大地を浄化しながら、その毒を綺麗な『魔石エネルギー』に変換できるの」

 私が説明すると、レヴィちゃんが横から補足を入れた。

「……改めて思うけれど、とんでもないものを作ったわよね。エネルギーの奪い合いで起きる人間同士の戦争を、この花一つで解消してしまったようなものだわ」

 レヴィちゃんは既にその恩恵を知っているからこその、静かな称賛を送ってくれる。
 しかし、森に引きこもって自給自足をしているエルフたちには、いまいちピンと来ていない様子だ。

「はあ……魔石、ですか」
「我らには、森の恵みがあれば十分ですので……」

 反応が薄い。
 うーん、やっぱりエルフさんは保守的だなぁ。
 でも、ここで引き下がる私じゃない。ミリアちゃん直伝の「交渉術(相手の欲望を刺激せよ)」を見せてあげる!

 私はニッと悪戯っぽく笑い、とっておきのキラーフレーズを投下した。

「みんな、わかってないなぁ。……私たちがここまで来るのに使ったトライクの燃料も、今大陸を走っている汽車も、燃料の大半はこの魔石なの!」

「それが、なにか?」

「つまりね……これがあれば、もっと物流が発達して、このエルフの里にも『ずんだシェイク』や『採れたて野菜』が毎日届くようになるかもしれないよ! ミソやショーユだって、もっと安く手に入るようになるんだよ!」

 その瞬間、エルフたちの目の色が変わった。
 後ろで控えていた女王エルウィン様までもが、扇子をバッと閉じて身を乗り出す。

「な、なんじゃと……!? あの『ずんだ』が、里に居ながらにして……!?」
「おおお……! それは素晴らしい!」
「ならば我らも育てて管理しましょうぞ!」
「土地の浄化とずんだのために!!」

 森の民たちが、一斉に拳を突き上げて熱狂する。
 ……やっぱり、食欲には勝てないよね。

「……現金な人たちね。でもまあ、動機なんてそんなものでいいのかもしれないわ」

 レヴィちゃんが呆れたように、でも楽しそうに笑った。

◆◆◆

「では、客人よ。森の奥へ案内しよう」

 商談(?)成立後、エルウィン様の先導で私たちが案内されたのは、エルフの里のさらに奥。
 そこは、天を衝く巨木――大世界樹の根元にある「禁域」だった。
 一般のエルフさえ立ち入りを禁じられた、聖域中の聖地。

 一歩、足を踏み入れた瞬間だった。
 ザワザワ……。
 風もないのに、木々の枝が揺れた。
 緑色の光の粒子が、蛍のように舞い上がり、私を取り囲む。

「え……?」

 空気が変わった。
 ざわめいていた風が止み、代わりに森全体が「息を吸い込む」ような気配を見せる。

『おかえり』
『待っていたよ』
『大世界樹の愛し子よ』

 声が、聞こえた気がした。
 耳で聞いたんじゃない。心の中に、直接響いてくるような、温かくて、懐かしい波動。
 葉擦れの音が『おかえり』と囁き、足元の苔が『待っていたよ』とくすぐり、木漏れ日が『よくきたね、愛しい娘よ』と頬を撫でる。

 それは言葉というよりも、純粋な感情の奔流だった。
 歓迎。慈愛。そして、絶対的な肯定。

「あ……」

 涙が、勝手に溢れてきた。
 (ああ……。ここは、違う)

 前世の日本の家族とも違う。
 今世で生まれ育ったラノリアの牧場の匂いとも違う。
 一度は根を張ろうとしたトヨノクニの温かさとも、今暮らしているアクシス連邦皇国の賑やかさとも、違う。
 そして何より――いつも隣にいてくれる、大好きな「レヴィちゃんの隣」という場所とも、決定的に違う。

 それらの場所は、私が「人間として」愛し、守りたい場所だった。
 けれど、ここは――。

(ここは……私が「還る」場所だ。私の魂と、作り変えられた肉体が、一番静かに呼吸できる場所。……そっか。ここが私の『実家魂のふるさと』なんだ)

 私は根無し草だと思っていた。
 帰る場所なんてない、異邦人だと思っていた。
 でも、違ったんだ。

「大世界樹様……」

 私は引き寄せられるように、苔むした巨大な幹に手を触れた。
 ドクン。
 鼓動が、重なった。

『見て』
『知って』
『私たちが歩んできた時間を』

 私の意識が、急激に拡張していく。
 流れ込んでくるのは、数千年分の記憶の奔流。
 遥か古代。高度な文明が栄え、人々が空を飛び、星の恵みを享受していた時代。
 そして、愚かな戦争。
 空から降る火の雨。焼き払われる森。汚染されていく大地。

『痛い』
『苦しい』
『助けて』

 星の悲鳴が聞こえる。
 大世界樹は、そのすべてを受け止め、傷ついた大地を癒やすために、自らの根を深く、深く伸ばし続けてきた。
 毒を吸い上げ、浄化し、新たな命の芽吹きを待つ、孤独で長い長い時間。

『寂しかった』
『でも、信じていた』
『いつか、あなたのような子が生まれることを』

 ビジョンの中で、荒れ果てた大地に、小さな緑の芽が顔を出す。
 それを守るように、私は光魔法を注いでいる。
 いいえ、私だけじゃない。
 レヴィちゃんが邪魔な岩をどかし、ミリアちゃんが水を撒き、たくさんの仲間たちが、笑顔で種を蒔いている。

『ありがとう』
『あなたたちが、私の夢』
『あなたたちが、私の希望』

 大世界樹の想いが、私の中を満たしていく。
 私は一人じゃなかった。
 この大きな命のサイクルの一部で、そして、そのサイクルを守り、育てていくための「手」だったんだ。

「……辛かったね。みんながいなくなった後で、ずっと一人で、空気を綺麗にしてくれてたんだね。……ありがとう、『お母さん』」

 私は大世界樹を抱きしめたまま、光と光が重なるように一体となって溶け込み、大世界樹と一つの存在になったような不思議な感覚に包まれた――。

◆◆◆

 サワ、サワワ――。
 頭上で、大世界樹の葉が、喜びでざわめく音がして、私の意識は現実へと着陸した。

「ここは……」

 私はまだ少し意識が明瞭にならず、誰にともなく尋ねる。

「大世界樹がお主を歓迎しておるのじゃ」

 エルウィン様が静かに言った。

「お主の魂は、この星の命そのものと深く繋がっておる。……ここがお主の、魂のふるさとじゃよ」

「ふる、さと……」

 私は膝をつき、地面の苔に頬を寄せた。
 脈動が伝わってくる。この巨大な森全体が、私を受け入れ、抱きしめてくれている。
 寂しかった穴が、温かい光で満たされていくようだった。

「……よかったわね、アリス」

 レヴィちゃんの声がした。
 振り返ると、彼女は少し離れた場所で、優しく微笑んでいた。
 私が家族と再会するのを邪魔しないように、あえて距離を取ってくれているような、そんな優しい立ち位置。

「うん……! 私、帰ってきたんだね……!」

 私は涙を拭い、立ち上がった。
 ここが私の帰る場所。でも、私の旅はまだ終わらない。
 だって、最高の相棒が待ってくれているんだもん。

◆◆◆

「歓迎の宴をひらくが、その前にお主ら、泉で旅の埃をおとすがいい」

 大世界樹との対話を終えた後、エルウィン様の案内で私たちは根元にある泉へと入ることになった。
 そこは、大世界樹の樹液や、葉や樹皮についた水分がこぼれ落ち、長い年月をかけて溜まった場所。
 かつて私が飲んで覚醒した『大世界樹の雫』の源泉であり、エルフにとっても聖地中の聖地らしい。

「ええっ!? そんな凄いお風呂に入っていいの!?」

「構わんよ。お主はもう、この森の『家族』のようなものじゃからな」

 エルウィン様の計らいに感謝しつつ、私たちは服を脱ぎ、その神秘の湯へと足を踏み入れた。

「……んんっ」

 お湯の温度は、熱すぎず温すぎず、人肌よりも少し温かい程度の不思議な温度だった。
 肩まで浸かると、まるで母親の胎内にいるかのような、絶対的な安心感と包容力に包まれる。
 旅の疲れはおろか、魂にこびりついた澱のようなものまでが、溶け出して浄化されていくようだ。

「……ふぅ。極楽ですわね」

 レヴィちゃんは濡れた髪をかき上げ、淵の岩に寄りかかった。
 白い肌が湯気の中で輝いていて、同性の私でもドキッとするほど綺麗だ。

「すごいね……。なんか、体が透き通っていくみたい」

「実際に透けておるかもしれんぞ? 魔力が濃すぎてな」

 エルウィン様が冗談めかして笑い、私たちに果実酒の入った木杯を浮かべてくれた。
 静寂な森の中、湯気と星明かりの下での語らい。
 かつて敵対し、やがて共犯者となり、今はこうして裸の付き合いをする仲になった。
 思えば、遠いところまで来たものだ。

「……ねえ、レヴィちゃん。私、決めたよ」

 私は、ポツリと言った。

「私、ずっと生きることにしたけど……後悔しない。だって、こんなに素敵な場所が『実家』で、レヴィちゃんみたいな友達がいるんだもん」

 レヴィちゃんは目を閉じたまま、口元だけで微笑んだ。

「ええ。……精々長生きなさい。私のひ孫のひ孫のひ孫のその先の代まで、ずーっと面倒を見てもらうつもりですからね」

「もう、人使い荒いなぁ……」

 笑い合う私たちの間に、温かな空気が流れる。
 その時だった。

 ポチャン。

 頭上から、何かが水面に落ちてきた。

「ん? 木の実?」

 それは、透き通ったクリスタルでできたリンゴのような果実だった。
 青白く脈動し、ただならぬ魔力を放っている。

「……ほう。珍しいのう。大世界樹が実を落とすなど、数百年ぶりじゃ」

 エルウィン様が感心したように言う。
 その瞬間、脱衣所に置いてあった私の端末から、デメテルさんのホログラムが緊急起動し、湯気の中にウィンドウを展開した。

『――スキャン完了。……対象物を解析しました』

 デメテルさんの声が、いつになく興奮している。

『アリス様、マスターレヴィーネ様。それはただの果実ではありません。成分的には「完全リザレクション回復薬ポーション」と同等の効果を持つ聖なる実ですが……その内部構造に、膨大なデータ領域を確認しました』

「データ?」

『はい。……解析の結果、その中身は過去数千年に渡る、世界樹による「地上の観測記録業務日報」および、システム管理者に対する膨大な量の「エラー報告ログ」です』

「……は?」

 レヴィちゃんが目を開けた。
 業務日報? エラーログ?

『要約すると、「3000年間メンテナンスが来ていません」「ここが痛い」「あそこが痒い」「人類がまたバカなことをしている」といった、大世界樹からの怨嗟……いえ、切実な「業務改善要求書」の塊です』

「……随分と、世知辛い聖遺物ですわね」

 レヴィちゃんが呆れたように呟く。
 あの大いなる母性を持つ大世界樹も、どうやらワンオペ育児惑星管理にはお疲れのようだ。

「そ、そんな大事なもの、放っておけないよ! 私が預かる!」

 私は使命感に燃え、泉に沈んだ「実」を手に取ろうとした。

「よいしょっ……と、ぐっ!?」

 バシャァッ!
 私の手が、水面に沈んだ。
 顔を真っ赤にして踏ん張るけど、その小さな果実は、まるで岩のように重く、ピクリとも持ち上がらない。

「お、おもっ……!? なにこれ!? 漬物石より重いよ!?」

『警告。……その果実には、数千年分の「情報の質量」が物理的に圧縮されています。通常の筋力では持ち上げ不可能です』

 デメテルさんが無慈悲な解説を加える。
 情報が重い。物理的に。この世界の理不尽な法則が、ここでも発動している。

「くぅぅぅ……! む、無理ぃ……! 腰が抜けるぅ……!」

 私は涙目でギブアップした。
 すると、お湯が波打つ音がした。

「……やれやれ。貸してごらんなさい」

 レヴィちゃんが立ち上がり、私の代わりにその実に手を伸ばした。
 湯気立つ白い肌の下、鍛え上げられた筋肉がしなやかに躍動する。

「ふんっ」

 ガシッ。
 レヴィちゃんは片手でその実を掴み、軽々と――それこそ発泡スチロールでも持つかのように――持ち上げた。

「ええっ!?」

 私が絶句する。

「あら、確かに少しズシリときますわね。……数千年分の愚痴の重み、といったところかしら」

 レヴィちゃんはその「物理的なエラーログ」を手のひらで転がし、ニヤリと笑った。

「いい『弾薬』が手に入りましたわ。……もし、いつかこの世界の『開発者創造神』とやらに出くわすことがあったら、この苦情の山、しっかりと物理的に叩きつけて渡してやりますわ」

 そう言って、彼女はその果実を、足元の影――「暗闇の間」へと無造作に放り込んだ。
 いつ使うとも知れない、とっておきの凶器として。

「……はぁ。聖なる実を鈍器扱いか」

 湯船に浸かっていたエルウィン様が、大きくため息をついた。
 呆れたように、しかしどこか楽しげに口元を緩める。

「まったく、お主はどこまでいっても『筋力』で解決するのぅ……」

「あら、心外ですわ。これは『顧客満足度の改善要求』ですのよ?」

 冗談めかして笑い合う私たちの声が、湯気に混じって森の奥へと消えていく。
 世界樹の枝が、同意するようにザワザワと揺れた気がした。

 こうして、私にとって初めての「魂のふるさと」での夜は、心地よい疲労感と共に更けていく。
 明日からはまた、皇都での忙しい日々が待っている。
 留守番をしているミリアちゃんへのお土産も忘れないようにしなくちゃ。
 ……この物騒な果実(エラーログ)は、お土産にはならないだろうけど。

 まさか、その「いつか」が、割とすぐにやってくるとは露知らず。
 私は夜空を見上げ、のんびりと湯を楽しんだのだった。
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