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【第16部】グランドフィナーレ・物理帝国編 ~神様、残業代(寿命)はいりません。この世界は最高に退屈しませんもの!~
第178話 最終興行:神vs悪役令嬢 ~人生は団体競技ですわ!~
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皇都アクシスを見下ろす、風の吹き抜ける小高い丘。
そこにある四阿の下で、世界を騒がせた「黄金のトライアングル」の三人は、湯気の向こう側にある平和を噛み締めていた。
グツグツと音を立てる土鍋から立ち上るのは、食欲を暴力的に刺激する香り。
けれどそれは、単なる香辛料の刺激ではない。まろやかで、奥深く、そしてどこか懐かしい「大地の香り」だ。
「……ん。絶妙ですわね」
わたしは、熱々のスープをレンゲでひと掬いし、口に運んだ。
舌の上で最初に広がるのは、トヨノクニ特産の「熟成味噌」と、ラノリア名物「ウマ辛味噌」が融合した、濃厚なコクとピリッとした刺激。
直後に、それらを優しく包み込む「豆乳」のまろやかな甘みが追いかけてくる。
あわや「カレー風味」になってしまいそうなほどふんだんに使われた西方連邦のスパイス群を、豆乳と味噌の厚みがしっかりと受け止め、あくまで「鍋料理(ちゃんこ)」としての調和を保っている。
まさに、ギリギリのバランスの上に成り立つ奇跡のスープだ。
「はい、レヴィーネ様。お肉も煮えましたよ」
ミリアが手際よく、わたしの取り皿に具材をよそってくれる。
主役は、薄くスライスされた羊肉だ。
かつては臭みが強いと敬遠されがちだった大陸西部の羊肉だが、これは違う。現地の遊牧民たちが定住を選び、牧畜の規模を拡大する中で品質改良が進んだ上質な肉を、岩塩と特製スパイスで丁寧に揉み込み、下味をつけてあるのだ。
それを、豆乳味噌スープにくぐらせて頬張る。
「……ッ! 素晴らしいですわ」
スパイスの香りを纏った羊肉の野性味が、豆乳の優しさで中和され、噛むほどに赤身の旨味が溢れ出す。
そこへ、大陸中央の開拓地で新しく栽培されるようになった白菜やキャベツの甘み、ネギのシャキシャキとした食感がアクセントを加える。
「ん~っ! この鶏団子もふわふわで最高だよぉ! スープを吸ったお豆腐も熱々でとろけそう!」
隣では、アリスがハフハフと白い息を吐きながら、満面の笑みで鶏団子を頬張っていた。
この豆腐もまた、大陸各地で麦や米の裏作として奨励した「大豆」から作られた、出来たてのものだ。
「物流の勝利ですね」
ミリアが眼鏡を曇らせながら、感慨深げに鍋を覗き込んだ。
「西のスパイス、東の味噌、中央の野菜、そして各地の肉……。鉄道と保冷技術がなければ、これらを一つの鍋で、これほどの鮮度で煮込むことは不可能でした」
そう。この鍋の中には、「世界」が入っている。
わたしたちがレールを敷き、壁を砕き、繋げてきた国々の営みが、この一杯に凝縮されているのだ。
「名付けて、『天下統一・ウマ辛味噌豆乳火鍋風ラム鶏団子ちゃんこ』……といったところかしら」
「長いよレヴィちゃん! でも、味は間違いなく天下統一だね!」
「ええ。……異なる文化、異なる土壌で育った食材たちが、こうして一つのスープの中で喧嘩せずに手を取り合っている。これこそが、わたくしたちが目指した『美味しい世界』の縮図ですわ」
わたしは箸を伸ばし、クミンと唐辛子が効いた羊肉と、出汁の染みたトヨノクニ豆腐を同時に口へ運んだ。
複雑怪奇にして、完全な調和。
これだけの「重み」を持った料理ならば、どんな口うるさい美食家が相手でも――たとえそれが、天上の神様相手であろうとも、唸らせることができるはずだ。
そんなことを考えながら、わたしは空になったお椀を置き、ふと風の吹いてきた方角へ目を向けた。
「……あら?」
美味しい匂いに誘われたのか。
いつの間にか、四阿のすぐそばに、くたびれた鼠色のスーツを着た「誰か」が立っていた。
◆◆◆
風が止まった。
いや、止まったのではない。世界そのものが、一瞬だけ「処理落ち」したような感覚。
「……隣、いいかな?」
声をかけられて初めて、わたしは気づいた。
ベンチの隣に、いつの間にか「男」が座っていることに。
それは、あまりにも風景に溶け込んでいた。
街ですれ違っても絶対に記憶に残らない、サイズが微妙に合っていないヨレヨレの鼠色のスーツ姿。猫背で、酷く顔色が悪く、目の下には何百年も眠っていないかのような濃いクマがある。
どこにでもいる、疲れた中間管理職のおじさん。
――けれど。
(……な、んですの。この感覚は)
わたしの背筋が、警鐘を鳴らしている。
彼は「どこにでもいる」のではない。「どこにでもいられる」のだと。
彼は箸も持たずに、わたしの手元のお椀を覗き込んでいた。その瞳は、濁ったガラス玉のように生気がないのに、わたしがこれまで見てきたどの魔獣よりも、どの王族よりも、圧倒的な「存在の質量」を持っていた。
「……いい匂いだ。昨今の『業務報告』はずっと味がしなかったからね。……一口、もらえるかい?」
彼は力なく笑った。
その笑顔は、残業明けのサラリーマンが、深夜のコンビニ弁当を見た時のそれに酷似していた。
わたしは一瞬、彼が何者かを推し量ろうとしたが、すぐに止めた。
腹を空かせた人間に食事を出す。それは、この国の法以前の、わたしの「流儀」だ。
「……ええ。お口に合うかはわかりませんが」
わたしは新しい器に、たっぷりと具材とスープをよそい、差し出した。
男は震える手でそれを受け取った。
「……いただきます」
彼は、どこかぎこちなく箸を使い、スープを一口、そして具材を口に運んだ。
その瞬間、死んだ魚のようだった目に、生気が宿った。
「……っ」
男は言葉もなく、汁の一滴まで飲み干し、ふう、と深く息を吐いた。
その目には涙が浮かんでいるようにも見える。
「食欲とか空腹感なんて何千年も前に機能を切っているのに、さすがにこれは美味しそう過ぎて、失礼とは思ったけれど、視察名目で来ちゃったよ」
男は空になった器を愛おしそうに撫でた。
「……美味い。ああ、これだよ。私が作りたかったのは、こういう『混ざり合って美味しくなる世界』だったんだ……。どうして私の管理画面からは、この味がしなかったんだろうなぁ」
彼の言葉に、ミリアとアリスが顔を見合わせた。
管理画面。数千年前。視察。
その単語が意味する事実に、二人の表情が凍りつく。
だが、美味しい食事は、神に活力を与えたらしい。
彼は背筋を少し伸ばし(それでも猫背だが)、キラキラとした目でわたしを見つめた。
「レヴィーネさん、きみはやっぱり面白いよ。これまでも私の惑星に刺激をもたらす特異点として他の世界から転生してもらってきたりしたんだけど……」
彼は指折り数えながら、遠い目をした。
「私がこの惑星を管理するようになってからの五万年の間で、君は間違いなく“とびっきり”だよ。……なにせ、紛争解決の手段として東西に割った大陸を、天蓋都市を物理で落として橋にして、道路を作って世界を物理的に繋げちまったんだからね」
「……五万年。それはまた、気の遠くなるような残業時間ですわね」
わたしが皮肉っぽく返すと、彼は身を乗り出し、まるで優秀なエンジニアを引き抜こうとするベンチャー企業の社長のように、熱烈に語りかけてきた。
「ぜひきみをスカウトしたい!」
彼はわたしの手を取った。その手は冷たく、実体がないようにも感じられた。
「君は最高の劇薬だ。この世界に設定されたヒューマンの寿命なんかで使い捨てにするには勿体ない。……どうだい? 私の『副管理者』にならないか?」
「副管理者……?」
「ああ。君なら、モニター越しじゃなく、直接現地で……そうだな、『現場監督』として、君のやりたいように世界をかき回してくれて構わない! 残業代は無限に出すよ?」
現場監督。永遠の命。神の権限。
それは、かつて病室の天井を見上げ、死に怯えていた「鷹乃」であれば、喉から手が出るほど欲しかった条件かもしれない。
だが。
「……好条件ですこと。前の世界の私なら、飛びついていたかもしれませんわ」
わたしはその手をそっと、しかし力強く払い除けた。
そして、空になった鍋を指差した。
「ですが、お断りしますわ。神様」
「……え?」
「ちゃんこが美味しいのは、熱いうちだけ。『いつか冷める』からですわ。……人生も同じ。無限の残業代なんて貰ったら、今日のご飯が不味くなりますもの」
わたしは鉄扇を開き、口元を隠して笑った。
「それに、現場監督ならもうやっていますわ。……この国の『女帝』という名の現場監督をね」
神様は、きょとんとしてわたしを見つめた。
そして、振られたというのに、しょんぼりするどころか、さらに目を輝かせた。
「……ははっ! 言うねえ! やっぱり君は面白い!」
彼はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくり始めた。
そのひょろりとした腕に、神々しい闘気が宿り始める。
「でも、私も五万年ぶりの『当たり』を、はいそうですかと見逃すわけにはいかないんだよなぁ……」
彼は首をコキリと鳴らし、わたしを見据えた。
「意見が食い違うなら……どうするんだっけ? 君たちの流儀では」
その言葉に、わたしは全身の血が沸騰するのを感じた。
神様相手に、言葉での説得など無粋。
彼は、わたしの土俵に降りてきてくれたのだ。
わたしはニヤリと笑い、鉄扇を投げ捨てて立ち上がった。
「……ふふ。ええ、リングの上で白黒つけますわ。……それが一番『建設的』ですもの!」
「かまわないとも! 面白くなりそうだ!」
◆◆◆
三日後。皇都アクシス、国立競技場。
突如として発表された緊急メインイベントに、数万の観衆が詰めかけていた。
――女帝レヴィーネvs謎の挑戦者ミスター・X。
彼らは知らされていない。対戦相手が「創造主」であることを。
だが、そんなことは関係ない。彼らが求めているのは、女帝レヴィーネの「最強の証明」だけだ。
『さあ、お待たせいたしました! 実況は私、宰相ミリア・コーンフィールド! 解説はアリス農水大臣でお送りします!』
『今日はすごいよー! なんたって相手が「創造主」だもんね! 神殺しだよ、神殺し!』
アリスの爆弾発言も、歓声にかき消される。
リングの中央には、派手な南蛮マントを羽織り、軍配を手にした男が仁王立ちしていた。
「カッカッカ! 神と魔王の喧嘩じゃ! 余以外に裁ける者はおらぬわ! レフェリーは、このオダ・ノブナガが務めるぞ!!」
観客席がドッと沸く。
そして、リングの両端には、二人の選手が対峙していた。
赤コーナー、最強の悪役令嬢、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
青コーナー、謎の挑戦者、ミスター・X(神)。
神は、ワイシャツ姿のまま、周囲の熱狂的な観客を見渡し、呆れたように苦笑した。
「……確かに君の流儀に任せるとは言ったけれど。たった数日でここまで馬鹿騒ぎにするもんかなあ?」
「あら、その割には滞在期間中、随分と楽しんでいたようですけど?」
わたしが指摘すると、神は「参ったな」と頭をかいた。
「バレていたかい? ……いやあ、この国はすごいよ! カレー、ちゃんこ、寿司、ラーメン、それだけでもまだまだ全種類食べられていないのに、肉料理、魚料理、野菜料理! デザートに各種スイーツ!! まだまだ全然食べきれていない!」
神は、まるで食いしん坊の少年のような目を輝かせた。
「正直、今日ここで結論を出すなんて、惜しくなってきちゃったよ。仕事なんか放り出して長逗留しちゃいたいくらいだ」
「食の豊かさは人生の豊かさ。そのための『連邦皇国』ですわ。悪役は貪欲ですの」
わたしは『漆黒の玉座』をリング外へ放り投げ、素手で構えた。
「両者準備はよいな……? 始めいッ!!」
ノブナガの軍配が振られ、運命のゴングが鳴った。
ダッ!
わたしが踏み込む。神も踏み込む。
リング中央でのロックアップ。
ドォォォォォンッ!!!
衝撃波がリングのマットをめくり上げ、観客席の帽子を吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
重い。
物理的な体重ではない。
五万年。この星を管理し、エラーログを見続け、文明の興亡を見送ってきた時間の質量。
「君は強いね。……でも、私の『孤独』はもっと重いよ」
神が片手でわたしを押し込む。
その瞬間、わたしの脳内に、神の記憶が流れ込んできた。
8000年前、4000年前、腐敗した古代文明を洪水で洗い流した悲しみ。
1000年前、争いを止めない人類に絶望し、大陸を叩き割った怒り。
何度リセットしても変わらない歴史への「飽き」。
『疲れたんだ……』
『もう、楽になりたい……』
圧倒的な徒労感。ワンオペ管理者の悲鳴。
わたしの膝が、ガクリと折れそうになる。
「……湿っぽい!!」
わたしは歯を食いしばり、神の胸板にチョップを叩き込んだ。
バシンッ!!
「ぐっ!?」
「美味しいご飯の記憶がないじゃない! 五万年も生きてて、何をしていましたの!?」
「管理だよ! 仕事だよ!」
「なら、有給休暇の取り方が下手くそなんですわ!」
バシン! バシン! バシン!
チョップの連打。神も負けじとエルボーを返してくる。
「痛いな! 君こそ、私の苦労も知らないで!」
「知りませんわ! 私の人生の責任者は私ですもの!」
互いの主張を、肉体言語でぶつけ合う。
神の拳は重い。だが、倒れるわけにはいかない。
神が距離を取り、右手に膨大な魔力を収束させた。
「おーいたた……さて、楽しいけれど、そろそろ終わりだ。神という到達点。絶対的な個の強さというヤツを見せてあげよう。しっかり受け止めて、私のスカウトを受けてもらうよ!!」
絶対的な「個」としての力。
それを放たれれば、わたしはひとたまりもない。
だが。
「勘違いしないでちょうだい! ……プロレスは個人競技じゃなくて『団体競技』よ!!」
わたしが叫んだ瞬間。
「させませんよ!!」
実況席から飛び出したミリアが、リング下から大量のパイプ椅子をリング内へ雪崩のように投入した。
「なっ、乱入!?」
神が驚く。
さらに、解説席のアリスが杖を掲げる。
「神様、こっち向いて! はい、チーズ!」
カッッッ!!!
閃光魔法が炸裂し、神の視界を奪う。
当然、反則だ。
だが、レフェリーのノブナガは――。
「ふんふん、今日の空は青いのう」
わざとらしく背を向け、空を見上げていた。
最高の悪徳レフェリーぶりだ。
「き、君たち……! 神相手に卑怯だぞ!」
目を押さえる神。
わたしは、その隙を見逃さない。
足元の影から、とあるものを引っ張り出すと、かしゅっと一口咀嚼する。
舌の上に広がるのは、鉛のように重い苦味。3000年分の、誰にも届かなかった嘆きの味。
わたしは、そのとんでもない量の果汁を、ガラ空きの神の顔面目掛けて吹きかけた。
ブシュウウゥゥウッ!!
緑色の霧(グリーンミスト)が、神の顔面を染め上げる。
「うわああああああ!! 世界樹のエラーログ!? なんでこんなものが!? あああああ!!! 仕事が!! 目が!!! 仕事が!!!!」
閃光魔法の比ではない。大世界樹に溜め込まれていた、3000年分の怨嗟の如き業務日報を目から直接流し込まれたのだ。
この三日間、わたしが手配した皇都アクシスで一番の内風呂付き温泉ホテルに滞在し、ホテルのスペシャルメニューどころか、城下町から皇都郊外の屋台村にまで足を伸ばして、グルメ三昧を過ごしていた神にとって、急遽持ち込まれた苦情案件は猛毒レベルの衝撃だろう。
「卑怯? いいえ、これが私たちの『絆』ですわ!!」
わたしはリングに散らばるパイプ椅子の山の上に、『漆黒の玉座』を突き立てた。
凶悪な剣山のようなオブジェが完成する。
そして、神のバックを取る。
「痛みも、老いも、死も! 全てスパイスにして飲み込んでやる!」
わたしは全身のバネを使い、ブリッジを描く。
五万年の孤独ごと、この世界へ投げ飛ばす――!
「受け取りなさい! これが『人間の重み』ですわッ!!」
ズガシャドォォォォォォォォォンッッ!!!!!
この世のなによりも硬くて重くてドス黒い『漆黒の玉座』に後頭部を強かに打ち付けられ、さらにそのままパイプ椅子の山の上に、神が叩きつけられる。
轟音。振動。そして、熱狂。
ノブナガがマットを叩く。
「ワァーン!! ツゥー!! スリィーッ!!」
カンカンカンカンカンッ!!!
ゴングが鳴り響く。
わたしは荒い息を吐きながら、立ち上がった。
瓦礫と化したリングの上、大の字になった神は、天井を見上げていた。
「……あー、痛い。腰にくるな」
神はボヤきながらも、その表情は憑き物が落ちたように清々しかった。
「そして、腹が減った。……これが『生きている』ってことか」
わたしは手を差し伸べた。
「ええ。そして、試合の後は、宴会と決まっていますわ」
神はその手を取り、立ち上がった。
その手には、もう冷たさはなかった。確かな体温と、汗の湿り気があった。
「……完敗だ。五万年で一番、痛くて楽しい時間だったよ」
神はわたしと、駆け寄ってきたミリア、アリス、そしてノブナガを見渡し、満足げに笑った。
「永遠なんて、君たちには窮屈すぎるんだろうな。だからこその熱さ、か。……この『美味しい世界』の続きを特等席から見させてもらうよ」
神は去ろうとして――ふと足を止め、悪戯っぽく振り返った。
「ああ、そうだ。ファイトマネー代わりと言ってはなんだけど」
「……なんですの?」
神はわたしに近づき、そっとわたしのお腹に手をかざした。
そこには、温かく、淡い光が灯る。
「これだけは受け取ってくれないかな?」
「……これは?」
「おまじないだよ。君の子にも、孫にも、そのまた子孫にも……未来永劫、私を楽しませて欲しいからね」
神は、かつて病室で動けなかったわたしの魂に対し、最も優しい声で告げた。
「『どうか、健やかに』。……それだけさ」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの胸に電流が走った。
前世のわたしが一番欲しかったもの。そして、母として一番願うこと。
わたしはハッとして、自分のお腹に手を当てた。
「……ま、まさか。わたくし、お母さまになりますの?」
わたしが驚いて問いかけると、神は片目を瞑り、口元に人差し指を立てて笑った。
「それを私が言っちゃったら、無粋ってもんだろ?」
言うが早いか、神は光の粒子となって空へ溶け、消えていった。
空には、突き抜けるような青空と、虹がかかっていた。
「……ふふ。粋な神様ですこと」
わたしは愛おしそうにお腹を撫でた。
そこには、確かな熱と、新しい鼓動がある気がした。
「レヴィーネ!」
アレクセイが、血相を変えてリングへ駆け上がってくる。
心配性な、わたしの夫。
わたしは彼の方を向き、最高の笑顔を見せた。
「アレク! 今日の夕飯はご馳走ですわよ! ……お祝いしなくちゃいけませんもの!」
「お祝い? 勝利のかい?」
「いいえ。……もっと、素敵なことですわ!」
歓声の中、わたしたちは新しい未来へと歩き出す。
悪役令嬢の戦いは、まだ終わらない。
次は、「子育て」という名の、世界一ハードなリングが待っているのだから。
そこにある四阿の下で、世界を騒がせた「黄金のトライアングル」の三人は、湯気の向こう側にある平和を噛み締めていた。
グツグツと音を立てる土鍋から立ち上るのは、食欲を暴力的に刺激する香り。
けれどそれは、単なる香辛料の刺激ではない。まろやかで、奥深く、そしてどこか懐かしい「大地の香り」だ。
「……ん。絶妙ですわね」
わたしは、熱々のスープをレンゲでひと掬いし、口に運んだ。
舌の上で最初に広がるのは、トヨノクニ特産の「熟成味噌」と、ラノリア名物「ウマ辛味噌」が融合した、濃厚なコクとピリッとした刺激。
直後に、それらを優しく包み込む「豆乳」のまろやかな甘みが追いかけてくる。
あわや「カレー風味」になってしまいそうなほどふんだんに使われた西方連邦のスパイス群を、豆乳と味噌の厚みがしっかりと受け止め、あくまで「鍋料理(ちゃんこ)」としての調和を保っている。
まさに、ギリギリのバランスの上に成り立つ奇跡のスープだ。
「はい、レヴィーネ様。お肉も煮えましたよ」
ミリアが手際よく、わたしの取り皿に具材をよそってくれる。
主役は、薄くスライスされた羊肉だ。
かつては臭みが強いと敬遠されがちだった大陸西部の羊肉だが、これは違う。現地の遊牧民たちが定住を選び、牧畜の規模を拡大する中で品質改良が進んだ上質な肉を、岩塩と特製スパイスで丁寧に揉み込み、下味をつけてあるのだ。
それを、豆乳味噌スープにくぐらせて頬張る。
「……ッ! 素晴らしいですわ」
スパイスの香りを纏った羊肉の野性味が、豆乳の優しさで中和され、噛むほどに赤身の旨味が溢れ出す。
そこへ、大陸中央の開拓地で新しく栽培されるようになった白菜やキャベツの甘み、ネギのシャキシャキとした食感がアクセントを加える。
「ん~っ! この鶏団子もふわふわで最高だよぉ! スープを吸ったお豆腐も熱々でとろけそう!」
隣では、アリスがハフハフと白い息を吐きながら、満面の笑みで鶏団子を頬張っていた。
この豆腐もまた、大陸各地で麦や米の裏作として奨励した「大豆」から作られた、出来たてのものだ。
「物流の勝利ですね」
ミリアが眼鏡を曇らせながら、感慨深げに鍋を覗き込んだ。
「西のスパイス、東の味噌、中央の野菜、そして各地の肉……。鉄道と保冷技術がなければ、これらを一つの鍋で、これほどの鮮度で煮込むことは不可能でした」
そう。この鍋の中には、「世界」が入っている。
わたしたちがレールを敷き、壁を砕き、繋げてきた国々の営みが、この一杯に凝縮されているのだ。
「名付けて、『天下統一・ウマ辛味噌豆乳火鍋風ラム鶏団子ちゃんこ』……といったところかしら」
「長いよレヴィちゃん! でも、味は間違いなく天下統一だね!」
「ええ。……異なる文化、異なる土壌で育った食材たちが、こうして一つのスープの中で喧嘩せずに手を取り合っている。これこそが、わたくしたちが目指した『美味しい世界』の縮図ですわ」
わたしは箸を伸ばし、クミンと唐辛子が効いた羊肉と、出汁の染みたトヨノクニ豆腐を同時に口へ運んだ。
複雑怪奇にして、完全な調和。
これだけの「重み」を持った料理ならば、どんな口うるさい美食家が相手でも――たとえそれが、天上の神様相手であろうとも、唸らせることができるはずだ。
そんなことを考えながら、わたしは空になったお椀を置き、ふと風の吹いてきた方角へ目を向けた。
「……あら?」
美味しい匂いに誘われたのか。
いつの間にか、四阿のすぐそばに、くたびれた鼠色のスーツを着た「誰か」が立っていた。
◆◆◆
風が止まった。
いや、止まったのではない。世界そのものが、一瞬だけ「処理落ち」したような感覚。
「……隣、いいかな?」
声をかけられて初めて、わたしは気づいた。
ベンチの隣に、いつの間にか「男」が座っていることに。
それは、あまりにも風景に溶け込んでいた。
街ですれ違っても絶対に記憶に残らない、サイズが微妙に合っていないヨレヨレの鼠色のスーツ姿。猫背で、酷く顔色が悪く、目の下には何百年も眠っていないかのような濃いクマがある。
どこにでもいる、疲れた中間管理職のおじさん。
――けれど。
(……な、んですの。この感覚は)
わたしの背筋が、警鐘を鳴らしている。
彼は「どこにでもいる」のではない。「どこにでもいられる」のだと。
彼は箸も持たずに、わたしの手元のお椀を覗き込んでいた。その瞳は、濁ったガラス玉のように生気がないのに、わたしがこれまで見てきたどの魔獣よりも、どの王族よりも、圧倒的な「存在の質量」を持っていた。
「……いい匂いだ。昨今の『業務報告』はずっと味がしなかったからね。……一口、もらえるかい?」
彼は力なく笑った。
その笑顔は、残業明けのサラリーマンが、深夜のコンビニ弁当を見た時のそれに酷似していた。
わたしは一瞬、彼が何者かを推し量ろうとしたが、すぐに止めた。
腹を空かせた人間に食事を出す。それは、この国の法以前の、わたしの「流儀」だ。
「……ええ。お口に合うかはわかりませんが」
わたしは新しい器に、たっぷりと具材とスープをよそい、差し出した。
男は震える手でそれを受け取った。
「……いただきます」
彼は、どこかぎこちなく箸を使い、スープを一口、そして具材を口に運んだ。
その瞬間、死んだ魚のようだった目に、生気が宿った。
「……っ」
男は言葉もなく、汁の一滴まで飲み干し、ふう、と深く息を吐いた。
その目には涙が浮かんでいるようにも見える。
「食欲とか空腹感なんて何千年も前に機能を切っているのに、さすがにこれは美味しそう過ぎて、失礼とは思ったけれど、視察名目で来ちゃったよ」
男は空になった器を愛おしそうに撫でた。
「……美味い。ああ、これだよ。私が作りたかったのは、こういう『混ざり合って美味しくなる世界』だったんだ……。どうして私の管理画面からは、この味がしなかったんだろうなぁ」
彼の言葉に、ミリアとアリスが顔を見合わせた。
管理画面。数千年前。視察。
その単語が意味する事実に、二人の表情が凍りつく。
だが、美味しい食事は、神に活力を与えたらしい。
彼は背筋を少し伸ばし(それでも猫背だが)、キラキラとした目でわたしを見つめた。
「レヴィーネさん、きみはやっぱり面白いよ。これまでも私の惑星に刺激をもたらす特異点として他の世界から転生してもらってきたりしたんだけど……」
彼は指折り数えながら、遠い目をした。
「私がこの惑星を管理するようになってからの五万年の間で、君は間違いなく“とびっきり”だよ。……なにせ、紛争解決の手段として東西に割った大陸を、天蓋都市を物理で落として橋にして、道路を作って世界を物理的に繋げちまったんだからね」
「……五万年。それはまた、気の遠くなるような残業時間ですわね」
わたしが皮肉っぽく返すと、彼は身を乗り出し、まるで優秀なエンジニアを引き抜こうとするベンチャー企業の社長のように、熱烈に語りかけてきた。
「ぜひきみをスカウトしたい!」
彼はわたしの手を取った。その手は冷たく、実体がないようにも感じられた。
「君は最高の劇薬だ。この世界に設定されたヒューマンの寿命なんかで使い捨てにするには勿体ない。……どうだい? 私の『副管理者』にならないか?」
「副管理者……?」
「ああ。君なら、モニター越しじゃなく、直接現地で……そうだな、『現場監督』として、君のやりたいように世界をかき回してくれて構わない! 残業代は無限に出すよ?」
現場監督。永遠の命。神の権限。
それは、かつて病室の天井を見上げ、死に怯えていた「鷹乃」であれば、喉から手が出るほど欲しかった条件かもしれない。
だが。
「……好条件ですこと。前の世界の私なら、飛びついていたかもしれませんわ」
わたしはその手をそっと、しかし力強く払い除けた。
そして、空になった鍋を指差した。
「ですが、お断りしますわ。神様」
「……え?」
「ちゃんこが美味しいのは、熱いうちだけ。『いつか冷める』からですわ。……人生も同じ。無限の残業代なんて貰ったら、今日のご飯が不味くなりますもの」
わたしは鉄扇を開き、口元を隠して笑った。
「それに、現場監督ならもうやっていますわ。……この国の『女帝』という名の現場監督をね」
神様は、きょとんとしてわたしを見つめた。
そして、振られたというのに、しょんぼりするどころか、さらに目を輝かせた。
「……ははっ! 言うねえ! やっぱり君は面白い!」
彼はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくり始めた。
そのひょろりとした腕に、神々しい闘気が宿り始める。
「でも、私も五万年ぶりの『当たり』を、はいそうですかと見逃すわけにはいかないんだよなぁ……」
彼は首をコキリと鳴らし、わたしを見据えた。
「意見が食い違うなら……どうするんだっけ? 君たちの流儀では」
その言葉に、わたしは全身の血が沸騰するのを感じた。
神様相手に、言葉での説得など無粋。
彼は、わたしの土俵に降りてきてくれたのだ。
わたしはニヤリと笑い、鉄扇を投げ捨てて立ち上がった。
「……ふふ。ええ、リングの上で白黒つけますわ。……それが一番『建設的』ですもの!」
「かまわないとも! 面白くなりそうだ!」
◆◆◆
三日後。皇都アクシス、国立競技場。
突如として発表された緊急メインイベントに、数万の観衆が詰めかけていた。
――女帝レヴィーネvs謎の挑戦者ミスター・X。
彼らは知らされていない。対戦相手が「創造主」であることを。
だが、そんなことは関係ない。彼らが求めているのは、女帝レヴィーネの「最強の証明」だけだ。
『さあ、お待たせいたしました! 実況は私、宰相ミリア・コーンフィールド! 解説はアリス農水大臣でお送りします!』
『今日はすごいよー! なんたって相手が「創造主」だもんね! 神殺しだよ、神殺し!』
アリスの爆弾発言も、歓声にかき消される。
リングの中央には、派手な南蛮マントを羽織り、軍配を手にした男が仁王立ちしていた。
「カッカッカ! 神と魔王の喧嘩じゃ! 余以外に裁ける者はおらぬわ! レフェリーは、このオダ・ノブナガが務めるぞ!!」
観客席がドッと沸く。
そして、リングの両端には、二人の選手が対峙していた。
赤コーナー、最強の悪役令嬢、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
青コーナー、謎の挑戦者、ミスター・X(神)。
神は、ワイシャツ姿のまま、周囲の熱狂的な観客を見渡し、呆れたように苦笑した。
「……確かに君の流儀に任せるとは言ったけれど。たった数日でここまで馬鹿騒ぎにするもんかなあ?」
「あら、その割には滞在期間中、随分と楽しんでいたようですけど?」
わたしが指摘すると、神は「参ったな」と頭をかいた。
「バレていたかい? ……いやあ、この国はすごいよ! カレー、ちゃんこ、寿司、ラーメン、それだけでもまだまだ全種類食べられていないのに、肉料理、魚料理、野菜料理! デザートに各種スイーツ!! まだまだ全然食べきれていない!」
神は、まるで食いしん坊の少年のような目を輝かせた。
「正直、今日ここで結論を出すなんて、惜しくなってきちゃったよ。仕事なんか放り出して長逗留しちゃいたいくらいだ」
「食の豊かさは人生の豊かさ。そのための『連邦皇国』ですわ。悪役は貪欲ですの」
わたしは『漆黒の玉座』をリング外へ放り投げ、素手で構えた。
「両者準備はよいな……? 始めいッ!!」
ノブナガの軍配が振られ、運命のゴングが鳴った。
ダッ!
わたしが踏み込む。神も踏み込む。
リング中央でのロックアップ。
ドォォォォォンッ!!!
衝撃波がリングのマットをめくり上げ、観客席の帽子を吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
重い。
物理的な体重ではない。
五万年。この星を管理し、エラーログを見続け、文明の興亡を見送ってきた時間の質量。
「君は強いね。……でも、私の『孤独』はもっと重いよ」
神が片手でわたしを押し込む。
その瞬間、わたしの脳内に、神の記憶が流れ込んできた。
8000年前、4000年前、腐敗した古代文明を洪水で洗い流した悲しみ。
1000年前、争いを止めない人類に絶望し、大陸を叩き割った怒り。
何度リセットしても変わらない歴史への「飽き」。
『疲れたんだ……』
『もう、楽になりたい……』
圧倒的な徒労感。ワンオペ管理者の悲鳴。
わたしの膝が、ガクリと折れそうになる。
「……湿っぽい!!」
わたしは歯を食いしばり、神の胸板にチョップを叩き込んだ。
バシンッ!!
「ぐっ!?」
「美味しいご飯の記憶がないじゃない! 五万年も生きてて、何をしていましたの!?」
「管理だよ! 仕事だよ!」
「なら、有給休暇の取り方が下手くそなんですわ!」
バシン! バシン! バシン!
チョップの連打。神も負けじとエルボーを返してくる。
「痛いな! 君こそ、私の苦労も知らないで!」
「知りませんわ! 私の人生の責任者は私ですもの!」
互いの主張を、肉体言語でぶつけ合う。
神の拳は重い。だが、倒れるわけにはいかない。
神が距離を取り、右手に膨大な魔力を収束させた。
「おーいたた……さて、楽しいけれど、そろそろ終わりだ。神という到達点。絶対的な個の強さというヤツを見せてあげよう。しっかり受け止めて、私のスカウトを受けてもらうよ!!」
絶対的な「個」としての力。
それを放たれれば、わたしはひとたまりもない。
だが。
「勘違いしないでちょうだい! ……プロレスは個人競技じゃなくて『団体競技』よ!!」
わたしが叫んだ瞬間。
「させませんよ!!」
実況席から飛び出したミリアが、リング下から大量のパイプ椅子をリング内へ雪崩のように投入した。
「なっ、乱入!?」
神が驚く。
さらに、解説席のアリスが杖を掲げる。
「神様、こっち向いて! はい、チーズ!」
カッッッ!!!
閃光魔法が炸裂し、神の視界を奪う。
当然、反則だ。
だが、レフェリーのノブナガは――。
「ふんふん、今日の空は青いのう」
わざとらしく背を向け、空を見上げていた。
最高の悪徳レフェリーぶりだ。
「き、君たち……! 神相手に卑怯だぞ!」
目を押さえる神。
わたしは、その隙を見逃さない。
足元の影から、とあるものを引っ張り出すと、かしゅっと一口咀嚼する。
舌の上に広がるのは、鉛のように重い苦味。3000年分の、誰にも届かなかった嘆きの味。
わたしは、そのとんでもない量の果汁を、ガラ空きの神の顔面目掛けて吹きかけた。
ブシュウウゥゥウッ!!
緑色の霧(グリーンミスト)が、神の顔面を染め上げる。
「うわああああああ!! 世界樹のエラーログ!? なんでこんなものが!? あああああ!!! 仕事が!! 目が!!! 仕事が!!!!」
閃光魔法の比ではない。大世界樹に溜め込まれていた、3000年分の怨嗟の如き業務日報を目から直接流し込まれたのだ。
この三日間、わたしが手配した皇都アクシスで一番の内風呂付き温泉ホテルに滞在し、ホテルのスペシャルメニューどころか、城下町から皇都郊外の屋台村にまで足を伸ばして、グルメ三昧を過ごしていた神にとって、急遽持ち込まれた苦情案件は猛毒レベルの衝撃だろう。
「卑怯? いいえ、これが私たちの『絆』ですわ!!」
わたしはリングに散らばるパイプ椅子の山の上に、『漆黒の玉座』を突き立てた。
凶悪な剣山のようなオブジェが完成する。
そして、神のバックを取る。
「痛みも、老いも、死も! 全てスパイスにして飲み込んでやる!」
わたしは全身のバネを使い、ブリッジを描く。
五万年の孤独ごと、この世界へ投げ飛ばす――!
「受け取りなさい! これが『人間の重み』ですわッ!!」
ズガシャドォォォォォォォォォンッッ!!!!!
この世のなによりも硬くて重くてドス黒い『漆黒の玉座』に後頭部を強かに打ち付けられ、さらにそのままパイプ椅子の山の上に、神が叩きつけられる。
轟音。振動。そして、熱狂。
ノブナガがマットを叩く。
「ワァーン!! ツゥー!! スリィーッ!!」
カンカンカンカンカンッ!!!
ゴングが鳴り響く。
わたしは荒い息を吐きながら、立ち上がった。
瓦礫と化したリングの上、大の字になった神は、天井を見上げていた。
「……あー、痛い。腰にくるな」
神はボヤきながらも、その表情は憑き物が落ちたように清々しかった。
「そして、腹が減った。……これが『生きている』ってことか」
わたしは手を差し伸べた。
「ええ。そして、試合の後は、宴会と決まっていますわ」
神はその手を取り、立ち上がった。
その手には、もう冷たさはなかった。確かな体温と、汗の湿り気があった。
「……完敗だ。五万年で一番、痛くて楽しい時間だったよ」
神はわたしと、駆け寄ってきたミリア、アリス、そしてノブナガを見渡し、満足げに笑った。
「永遠なんて、君たちには窮屈すぎるんだろうな。だからこその熱さ、か。……この『美味しい世界』の続きを特等席から見させてもらうよ」
神は去ろうとして――ふと足を止め、悪戯っぽく振り返った。
「ああ、そうだ。ファイトマネー代わりと言ってはなんだけど」
「……なんですの?」
神はわたしに近づき、そっとわたしのお腹に手をかざした。
そこには、温かく、淡い光が灯る。
「これだけは受け取ってくれないかな?」
「……これは?」
「おまじないだよ。君の子にも、孫にも、そのまた子孫にも……未来永劫、私を楽しませて欲しいからね」
神は、かつて病室で動けなかったわたしの魂に対し、最も優しい声で告げた。
「『どうか、健やかに』。……それだけさ」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの胸に電流が走った。
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わたしはハッとして、自分のお腹に手を当てた。
「……ま、まさか。わたくし、お母さまになりますの?」
わたしが驚いて問いかけると、神は片目を瞑り、口元に人差し指を立てて笑った。
「それを私が言っちゃったら、無粋ってもんだろ?」
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空には、突き抜けるような青空と、虹がかかっていた。
「……ふふ。粋な神様ですこと」
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「レヴィーネ!」
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「お祝い? 勝利のかい?」
「いいえ。……もっと、素敵なことですわ!」
歓声の中、わたしたちは新しい未来へと歩き出す。
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次は、「子育て」という名の、世界一ハードなリングが待っているのだから。
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