黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十話

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哀しみに満ちる雪椰達の姿を見てられなくなり、朱雀は、雷螺に向き直った。

「何故、死ぬのだ」

「二心一体は、術者と、その術を請け負う者が、互いを強く想い合う事で、成り立つ術」

術を請け負った者の体に、術者の精神ココロが移され、その精神を通して、術者の力が、請け負った者の体に流れ込む。
請け負った者の精神は、術者の精神を支え、その体は、流れ込む力を受け止めなければならない。
そうして、力を増幅させ、どんな強者も、相手にする事が出来るが、互いに、力の制御が出来なくなり、二心一体をしている間、術者の力は、止めどなく、請け負った者へと、流れ込み続ける。

「早く倒せれば、何の問題もない。だが、長く続ければ、無意識の内に、己の命を削り始める。そうなれば、術者も請け負った者も…」

「何故だ」

雷螺の説明を黙って、聞いていたが、季麗が呟き、顔を上げると、亥鈴達を睨むように見つめた。

「何故だ!!何故そんな危険な術を使わせる!!主を止めるのも式であるお前らの役目ではないのか!!お前らは!!蓮花を…」

「何が分かる」

亥鈴の声が季麗の声を遮り、流青は、目を伏せた。

「僕らだって、あんな事、やらせたくないよ」

楓雅は、拳を震わせた。

「変われるなら、変わりたい」

仁刃は、困った顔をした。

「置いて逝かれるくらいなら、自分の命を差し出しますよ」

慈雷夜は、視線を反らした。

「でも、蓮花様の哀しむ顔は、見たくありません」

理苑は、ニッコリ笑った。

「我らは、蓮花様に笑っていて欲しいんです」

「だからって…こんな事…」

朱雀が呟くと、妃乃環は、溜め息をついた。

「一番辛いのは、斑尾自身さ」

植物のような化け物の蔦を避け、何度も、冥斬刀を振るう斑尾の背中を見つめ、亥鈴達は目を細めた。

「己を殺し、己を隠し、大切な者の大事なモノを守る為、大切な者の命を燃やす為の器となる。それがどれ程、辛く、苦しく、哀しいか。だが、斑尾は覚悟した。斑尾が、覚悟を決めたのに、我らが、それを受け止めずにどうする」

亥鈴達は、打ち寄せる哀しみの波に耐え、押し寄せる苦しみに身を染め、ただ、その命を削り、冥斬刀を振るう斑尾の背中を黙って見つめた。

「…ませんか?」

同じように黙って、斑尾を見つめていた菜門が、亥鈴を見上げた。

「何か出来ませんか?」

「我らが何も出来んのだ。お前らが、何か出来る訳…」

「ここは…俺らの…里だ…」

地面に手を着いて、黙っていた皇牙は、ゆっくりと立ち上がり、フラフラと歩き出した。

「何かしなくちゃ。蓮花ちゃんが頑張ってるのに。ただ、それを見てるだけなんて、そんな無責任なこと出来ないよ」

ゆっくり近付き、皇牙は、ハンモックの傍で立ち止まった。

「…蓮花ちゃん。君から貰った力、使わせて貰うね?」

そう囁いた皇牙の手が、ゆっくりと伸ばされる。

「やめろ!!」

皇牙の左手が、引き寄せられるが、足を踏ん張り、その体に触れないように耐えた。

「触れなければ…良いんでしょ?」

皇牙は、必死に手を翳し、自分の力を流し込んだ。
そんな皇牙の姿に、暗い顔をしていた雪椰達は、フッと頬を緩めて、ゆっくりとハンモックを囲んだ。

「皇牙ばかり、良い格好させんぞ」

「一人で無謀なことするな」

「そうだぞ。俺らにもやらせろよな」

「お手伝いしますよ。皇牙」

「全く。貴方は、無茶し過ぎですよ?」

皇牙と同じように、手を翳すと、雪椰達も、引き寄せられそうになるが、触れないように、必死に、足を踏ん張って耐えた。
雪椰達の翳す左手から、自分達の力が、流れ出て行くのを感じ、ハンモックの上で淡い光が溢れ始めた。

「…特別な力…」

突然の事に、亥鈴達が唖然としていると、篠の呟きが、淡い期待を持たせた。

「どうゆうことだ」

「彼女が倒れる直前、皆様に、特別な力の結晶を植え付けたんです」

「何故、知っているのですか」

「皇牙様に聞きました」

二心一体をする前、雪椰達が胸を押さえ、膝を着いた時、駆け寄った篠に、皇牙は、事情を説明していた。
その為、篠だけは、皇牙の中にある力の欠片を知っていた。
それを聞いた朱雀達も、淡い期待を抱き、必死に、足を踏ん張って、力を注ぐ、雪椰達の背中を見つめた。
放たれる光が強さを増し、引き寄せられる力が強くなると、静かになり始めていた鼓動が、少しずつ速さを取り戻した。
止めどなく溢れる特別な力は、雪椰達が、願えば願う程、その力を与え、頬に赤みを帯び始めた。
しかし、足元が滑り始め、徐々、に、菜門の手が、その頬へと、引き寄せられた。

「菜門!踏ん張れ!」

ぶっきらぼうながらも、羅偉の声が菜門を励ます。
だが、どんなに踏ん張っても、その手は、引き寄せられ、菜門は、顔を引き吊らせた。

「「「「「菜門!!」」」」」

皇牙達の声が重なる中、覚悟を決めた菜門は、目を閉じた。
その時、暖かな光と共に、その手を握られ、ゆっくりと、目を開けた。

「れん…」

「暖かい」

菜門の手に、頬擦りすると、生命の鼓動が伝わる。
赤みがありながら、冷たい頬には、菜門の手の暖かさが心地好い。
雪椰達の顔を順番に見て、皇牙の手を掴んで、ゆっくりと体を起こした。

「蓮花ちゃん…」

「有難う」

地面に足を着け、立ち上がり、ニッコリ笑い、斑尾の背中を見つめ、胸の前で手を合わせた。
その体を包む光が、強さを増し、横目で視線を向ける斑尾に、ニッコリ微笑んだ。
斑尾の口元が、安心したように、弧を描き、冥斬刀の刃先を地面に向けた。
姿勢を低くし、顔の前に、二本の指を立て、目を閉じると、冥斬刀に光が宿り、刃の中央に、陰陽太極図が浮かび上がった。
化け物の二本の蔦が、斑尾の体に迫り来た瞬間、冥斬刀を振り抜くと、その蔦は、薙ぎ払われ、光の筋が、化け物のに巻き付いた。
化け物の動きを封じ、両手で持った冥斬刀の柄を地面に着けると、大きな五芒星が、化け物の足元に現れた。

「「悪き闇よ。黄泉の世界へ還れ」」

声が重なり、辺りに響き渡ると、光輝く地面から、柱が立ち上がり、化け物を捕らえた。
雄叫びのような唸り声を上げた化け物は、光と共に、五芒星の中へと沈んだ。
その光が消え去り、冥斬刀を地面に刺すと、体を包んでいた光が消えた。
冥斬刀も護符に戻り、それを掴んだ斑尾が駆け寄ってきた。

「大丈夫か」

「なんとかね」

肩で息をしながら、苦笑いすると、斑尾は、安心したように、優しく微笑んだ。

「彼らのおかげだよ」

振り返って、後ろに視線を送ると、斑尾も、一緒に、雪椰達に視線を向けた。

「そうか…我、主を救ってくれたことを感謝する」

斑尾が、深々と頭を下げると、屋敷の中から、長老達が飛び出し、雪椰達の前に立った。

「とんでもございません。我らこそ、里を救って頂き、感謝してもしきれません」

「俺らだって、貢献したんだから労えって。な?」

羅偉が小さな声で呟いたが、長老達には聞こえ、一斉に、バッと雪椰達に向き直った。

「族長ならば、あれくらのこと当然であろうが」

「お前達だけでは、今頃里はお仕舞いじゃ」

「お力を借りたのだぞ」

「大体、あんな無茶が出来たのも、お二人のおかげなのだぞ」

「それを自分の力だと言わんばかりに。もっと謙虚にせい」

「お前達も礼を言わんか」

苦笑いしながら、その光景を眺めていると、意識が遠のき、体が後ろに傾いた。

「蓮花!!」

「大丈夫だ」

それを見た羅偉が、焦ったように叫ぶと、抱き止めた斑尾は、静かに微笑んだ。

「眠っただけだ」

静かな寝息を発てながら、ぐっすりと眠るのを見下ろし、斑尾が、優しく前髪に触れると、亥鈴達も、優しく微笑んでいた。

「全く。ホントに手の掛かる子だよぉ」

「そうは言っても、我らが主。致し方ないことよ」

「まぁ。何処でも寝ちゃうのは、治して欲しいよね」

「治るもんなら、もう治ってら」

「確かに」

亥鈴達が、ケタケタと笑う中、雪椰達は優しく微笑み、朱雀達は困った顔をし、斑尾は、安心したように微笑んでいた。
三日後の昼。
家でも、佐久の寺でもない。
見た事のない天井が広がり、体を起こし、誰も居ない部屋の中を見渡した。

「斑尾?」

呼んでも返事がなく、ボーッとする頭を掻いていると、何処からか、啜り泣く声が聞こえた。
そっと障子を開け、庭園のような庭の片隅で、膝を抱えて泣いている女の子を見付けた。
庭に下り、その子に近付く。
透き通るような白い肌に、白銀の長い髪が、小刻み揺れている。
雪人族の子供だ。

「どうしたの?」

声を掛けると、女の子は、目元に涙を溜めたまま首を傾げた。

「お姉ちゃん、誰?」

「私は…」

好奇心に満ちた瞳を見つめ、少しだけ、悩むような仕草をした。

「ん~…色々かな」

「色々?」

「うん。呼ばれ方が違うんだよねぇ」

「例えば?」

「人とか、人間とか、人の子とか」

女の子は、驚いたような顔をした。

「お姉ちゃん人間なの?」

「そうだよ」

「すご~い。私、初めて本物の人間に会った」

「里の外には、出ないんだ?」

「ママが、危ないから、もっと大きくなってからにしなさいって」

女の子は、哀しそうに肩を落とすと、また鼻を啜り始めた。

「さっきから泣いてるけど、どうしたの?何かあった?」

「雪が、上手く、降らせられないの」

「雪?…分かった。それで、男の子に馬鹿にされたんでしょ?」

女の子の大きな瞳が、更に大きくなり、驚いた顔になった。

「すご~い。なんで分かったの?」

キラキラと、目を輝かせる女の子と向き合うように屈んで、溜め息をついた。

「やっぱり?大体、何処の世界でもいるんだよねぇ。自分が出来て、他の子が出来ないと馬鹿にする男の子。そのくせ、コツとかやり方とか、教えてくれないんだよね」

「うん。何回も、教えてって、言ってるのに、自分で考えなって、教えてくれないの」

「それで?哀しくて泣いてたの?」

女の子は、視線を外し、考えるような仕草をした。

「…違う。悔しくて、泣いちゃったの」

女の子の強い意志を感じ取り、優しく微笑んだ。

「じゃ、その男の子、驚かせちゃおうか?」

「どうやって?」

「あの池を見ててね?」

少し離れた所にあった溜め池を指差し、女の子が視線を向けたのを横目で確認し、パチンと指を鳴らした。
ポコッと、音を発てながら、水面が揺れると、女の子は、驚いて視線を戻した。

「まだだよ?ほら」

二本指を立てて、下から上に動かすと、水面が小さく跳ねた。

「すごい…すご~い!!」

目を輝かせる女の子は、可愛らしく、嬉しそうに笑った。

「ちょっと遊ぼうか」

首を傾げたのに、クスッと笑うと、女の子は、プクッと頬を膨らませた。

「ごめんね?あの池から上がる雫を凍らせるの。的当てみたいに」

「でも…私、そうゆうの下手っぴだから」

「大丈夫。雫を出すのは、私だから。信じて?」

不安そうな顔をしながらも、頷いた女の子と池に近付いた。

「それじゃ、いくよ?水面に集中。集中」

水面を見つめ、集中し始めた女の子を見つめ、少し大きめの雫を上げた。

「えい!!」

上がった雫は、一瞬で凍り、池の中へと返った。

「出来た…出来た!」

「スゴいじゃん。もっとやる?」

「うん!!」

楽しくなった女の子は、雫を次々に凍らせた。
気付かれないように、雫の大きさを徐々に小さくしたが、女の子は、百発百中で、全ての雫を凍らせた。

「じゃ、最後は水柱を出すよ?出来るだけ、凍らせてみよう」

「はぁ~い」

元気に返事をした女の子に、ニッコリ笑って、手を合わせてから、池に向かって翳し、水柱を立ち上げた。

「やぁ~!!」

女の子が、水柱に手を向けると、見事に、天辺まで凍らせてしまった。

「お~。ホント、すんごいねぇ」

「エヘヘ~」

照れたような、得意気な顔をして笑う女の子に、ニッコリ笑ってから、高く聳え立つ氷の柱を見上げた。

「こんなにスゴいんだから、絶対、雪も降らせられるよ」

「ホント?」

「本当。今すぐじゃなくても、絶対、降らせられるようになれる。そしたら、遊びにおいでよ。色んな所連れてってあげるから」

「ホント?ホントにホント?」

「ホント。お約束」

小指を立てて、女の子の前に出すと、女の子も小指を絡めた。

「よし。人間界に来る時は、ちゃんと言ってね?」

「絶対言う!!」

笑いながら、手を繋いで、屋敷の方に戻り、縁側に腰掛けて、氷の柱を見つめた。

「お姉ちゃんのお名前は?」

「蓮花。貴女は?」

雪姫ユキヒメ

「じゃぁ…姫ちゃんって、呼んで良い?私は、蓮ちゃんで良いからね?」

「うん!蓮ちゃんは、なんで、ここに居るの?」

「気付いたら、そこで寝てたんだよね」

寝ていた布団を指差すと、雪姫は、布団が敷いてある部屋を覗き込んだ。

「姫ちゃんは?」

「ママが、ここで働いてるから、待ってるの」

その時、バタバタと慌てたような足音が聞こえ、二人で視線を向けた。
雪人族の女の人と皇牙が、廊下を走って向かって来た。

「蓮花ちゃん!!」

「雪姫!!」

「ママ~」

雪姫が手を振ると、雪姫の母親は、怒ったように眉を吊り上げた。

「ダメでしょ。人様に迷惑掛けちゃ」

「迷惑だなんて、思ってないですよ?」

シュンとなった雪姫の肩を抱くと、雪姫の母親は、驚いたように、口を半開きにした。

「蓮花ちゃん。急に、起きちゃダメだよ。三日も寝てたんだから」

「それなら大丈夫です。前みたいに、怪我した訳じゃないので」

「だからって…」

「それに、起きたら誰も居ないし。ちょっと不安だったし。でも、姫ちゃんがいたから楽しかった」

「私も!蓮ちゃんとの的当て、楽しかった」

二人で、ニコニコと微笑み合うと、雪姫の母親と皇牙は、苦笑いして、それ以上、何も言わなかった。

「そうだ!見て見て!」

雪姫が、氷の柱を指差すと、二人は、驚いたように目を大きくさせた。

「水柱を姫ちゃんが凍らせたんですよ。スゴいですよねぇ~。あれくらい出来るんだから、きっと、雪だって、降らせられますよね?」

ニッコリ笑い、雪姫の母親に、視線を向けると、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに、優しい微笑みを浮かべた。

「そうですね」

そんな母親を見て、雪姫は、頬を赤らめた。

「ねぇ。やってみたら?」

「でも…」

「大丈夫。やれば出来る。ね?」

ウィンクをすると、雪姫は、口をギュッと結んで、庭に降り、少し離れた所に立った。

「姫ちゃん。集中。集中」

手を合わせ、ニコニコと微笑むと、小さく頷いた雪姫は、手を合わせから、空に向かって集中した。
小さな両手を空に翳すと、小さな雪が、ハラハラと舞い、頬を掠めた。

「出来た…出来たぁ!!」

喜んで飛び跳ね、ダイブして来た雪姫を優しく抱き止め、その頭を撫でた。

「やったね?これで、皆、驚くよ」

ケタケタと笑っていると、降る雪を見つめ、雪姫の母親は、唖然として呟いた。

「出来なかったのに…なんで…」

「力の使い方ですよ。姫ちゃんの場合、力があっても、何かに集中するのが、苦手だったんじゃないかな?」

嬉しそうに笑う雪姫を見下ろし、ニッコリ笑った。

「それを覚えちゃえば、簡単だもんね?」

「蓮花ちゃんは、さすがだね」

皇牙を見上げ、力が上手く扱えなかった時の記憶が浮かんだ。

「私だって、最初から上手く出来た訳じゃないですよ」

抱き付いている雪姫を見下ろし、その小さな背中に腕を回した。

「どんなに頑張っても、力が上手く使えなかった。姫ちゃんよりも大きかったけど、いつも失敗してた」

抱き付く雪姫に、優しく微笑んでから、遠くを見つめた。

「水面を揺らしたいだけなのに、水柱が立ったり、少し風を起こしたかっただけなのに、強風になったり…それが嫌で、力を使わなくなった時もあった」

「どうして、使えるようになったの?」

首を傾げながら、優しく微笑む皇牙を見つめ、恩師の顔を思い浮かべた。

「師範のおかげ」

皇牙が、首を傾げるのを見て、ゆっくりと目を閉じ、師範の笑顔を思い浮かべる。

「体術は、心を落ち着け、精神を研ぎ澄まし、集中する事で、相手の動きに対応する。それを完全に身に付けた時、師範に言われて、力を使ってみたら、コツを掴んで、今では、自由に使えるようになった。だから、師範のおかげです」

それを黙って聞いていた雪姫に、キツく抱き締められた。

「人の世界では、他者と違う事をすれば、変人だと言って、避けていく」

雪姫の頭を抱き、静かに目を閉じ、胸の奥に、溜め込んでいたことを吐き出す。

「ただ、ちょっと違うだけで、避けられてしまう。人の世界とは、とても冷たい。そう思うと、妖かしや動物と居る方が、楽しくて、暖かくて、居心地が好かった…唯一、人で仲良くなれた友だちも失い、空しさに押し潰されそうになった。でも…だからこそ、誰も失いたくない。何も失わないように笑って、私に出来る事をしたいの。私の為。死んだ友や師範の為に」

師範が、亡くなっているのを知り、皇牙は、何も言わず、雪姫の母親と一緒に、雪姫の暖かさに浸っているのを見つめた。
布団の敷いてある部屋に隠れ、雪椰達も、その話を聞いていた。
暫くすると、降る雪の量が、多くなり、雪姫の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

目元に沢山の涙を溜め、唇を噛んで、雪姫は首を振った。

「蓮ちゃん…可哀想…」

哀しさに飲み込まれ、雪姫の力が、暴走し初めている。
ゆっくりと微笑みを浮かべ、雪姫を膝の上に乗せる。

「哀しい時は、ぜ~んぶ、まとめて、お空にぶっ飛ばしちゃおう」

二本指で、円を描くと、大量の雪を巻き上げ、空へと舞い上げる。
一度、拳を作り、パチンと指を鳴らすと、辺りに、轟音が響き、晴れ渡る青空でも見える程に、大輪の花が咲き、キラキラと、雪に光を反射させ、幻想的な景色を生み出す。
それを見上げ、声も出さずに拍手をする雪姫に、ニコニコ笑っていると、隠れていたはずの雪椰達も、縁側に出て、花火を見上げていた。

「すっげぇ…」

驚きのあまり、羅偉は、そう呟いた。
その声は、思いの外、大きかった為、雪姫と一緒に視線を向けていた。
影千代が、羅偉の頭を軽く叩いた。

「阿呆」

「悪ぃ」

雪姫と二人で、ケタケタと声を出して笑うと、雪姫の母親に怒られ、雪姫と視線を合わせて、ペロッと舌を出し、クスクスと小さく笑った。

「それじゃ、私達は、これで失礼します」

「え~」

雪姫が不満の声を上げると、雪姫の母親は軽く頭を叩いた。
仲の良い親子の様子は、とても微笑ましく、自然と頬が緩む。

「暫くは、ここにいるから、またおいでよ」

「ホント?」

「雪姫!」

「良いじゃないですか。完治して、自分で戻れるようになるまでは、帰してもらえないでしょうし。話し相手になってもらえたら、凄く嬉しいですし。ね?」

ニッコリ笑い、首を傾げると、雪姫の母親は、一瞬、言葉を詰まらせ、ふぅ~と息を吐き出し、雪姫を見下ろした。

「騒いじゃダメだからね?」

「はぁ~い!!それじゃ。蓮ちゃん、また明日ね」

「明日ね~」

母親に連れられ、手を振る雪姫に、手を振り返し、遠ざかる背中を見送った。

「蓮花さん。夕飯は、どうしますか?」

「食べる」

振り返れば、そこには、優しくて暖かな微笑みがあった。
優しく微笑む雪椰達に、微笑みを返し、囲まれるように並んで歩き、和室に向かった。
襖を開けると、沢山の料理が用意されていた。
そのどれもが美味しく、終始、ニコニコと笑いながら、その料理に舌鼓を打った。

「食後の甘味は、どうする?」

一緒に食事していた皇牙の手には、綺麗な硝子の器に盛られた桃があった。

「食べる!!」

子供のように、目を輝かせると、皇牙は、頬を赤らめながら、ニッコリ笑い、器を差し出した。
それを受け取り、一つ口に入れると、缶詰とは違う食感と風味に、頬が綻んでいく。

「蓮花さん。ビワは、お好きですか?」

菜門は、熟したビワの実が、盛られた器を見せた。

「食べたことないです」

桃を頬張りながら、小さく首を振ると、菜門は、ニッコリ笑い、器を桃の隣に置いた。

「甘くて、美味しいんですよ?」

「へぇ」

「蓮花。饅頭食うか?」

饅頭が乗った皿を持って、ドカッと隣に、羅偉が腰を下ろした。

「食事の後の饅頭は、流石に厳しいのでは?羊羮は、どうですか?」

硝子の皿に乗せられた羊羮を持って、雪椰が菜門の隣で膝を着いた。

「饅頭も羊羮も変わらん。水菓子はどうだ?」

季麗が、菜門の肩を押して、ゼリーを突き出した。

「あのさ。いくら、三日間、寝てたからって、そんなに食べれないんだけど」

桃を完食し、ビワを食べ始めると、影千代が、腕組みをした。

「前回の事があって、こうなったんだ。責任を持って、ちゃんと食え」

「いやいや。あの時は、怪我したから、あれくらい、食べれましたけどね?通常は、こんなもんな訳ですよ。これでも、結構、いっぱいですし。ムリです」

「なら、これも無理か」

影千代は、後ろから、ラベルが貼られていない一升瓶を取り出し、揺らした。

「それは別」

「酒は呑むのかよ」

「もち。地酒大好き」

親指を立てながら、饅頭を口に放り込んだ。

「あれ?あんまり甘くない」

「ビワと桃が甘かったから、そう感じないんじゃない?」

「そっか。でも美味しい」

ワイワイ騒ぎながら、デザートを完食すると、影千代は、何度も瞬きした。

「見事に食い切ったな」

「なんか、結構食べれました」

自分の胃袋に驚き、腹を摩っていると、皇牙が、お猪口を差し出した。

「呑むんでしょ?」

「頂きます」

お猪口を受け取り、徳利から注がれた酒を口に入れると、花のような爽やかな香りと共に、甘さが口いっぱいに広がった。

「美味しい~」

幸せな気持ちになり、目を細めると、皇牙は、得意気な顔をした。

「人狼族特製の地酒だからね」

「へぇ」

「こっちも呑んでみろよ」

空になったお猪口に、羅偉が注いだ酒を口に含むと、舌が、ビリッと痺れた。

「辛い」

鬼酒キシュは、辛口だからね」

「種族で違うんですか?」

「鬼酒、狐酒コシュ天酒テンシュ狼酒ロウシュ雪酒ユキシュ。それぞれの種族で、味も香りも違うよ?因みに、さっき俺が注いだのが狼酒」

何度も頷き、次々に、注がれる酒を呑んだ。

「菜門さんの所は、そうゆうのないんですか?」

「あるにはあるんですけど、かなり強いんですよ」

初めて知る事が多く、何度も頷いていた。

「しかし、俺らと一緒になって、呑んでいるのに、あまり酔ってないな」

顔色一つ変えることなく、一緒になって呑んでいるのに、今更、気付いたらしく、雪椰達は、首を傾げた。

「そういえば、そうですね?」

「あ~。えっと、多分、爺様方に散々付き合わされたから、慣れてるんだと思います」

「それもそれで恐ろしいな」

「捕まったら終わりだよぉ。爺様方が、潰れるまでは、絶対、離さないから」

その時の記憶が、一瞬、浮かんで見え、ブルっと肩を震わせると、羅偉と皇牙は、ケタケタと、大きな声で笑い、雪椰と季麗は、クスクスと小さく笑って、菜門は苦笑いし、影千代は溜め息をついた。
それから、色々な話をして、笑いながら飲み続け、真夜中になると、静かに、襖を叩く音が、部屋の中に響いた。

「皆様。そろそろ、お開きに…」

朱雀が襖を開けると、そのまま、固まってしまった。

「ごめんなさい。もう寝てしまいました」

周りで雑魚寝をしている雪椰達から、視線を移し、苦笑いすると、朱雀達は、溜め息をついた。

「全く。これでは、族長としての威厳が…」

「怒らないで」

気持ち良さそうに、寝ている雪椰達を見下ろし、そっと、皇牙の前髪を整えた。

「きっと、私の為に、色々と動き回ってくれたんだと思います。族長の仕事もあるのに。だから、怒らないであげて下さい」

微笑みながら、静かに目を閉じると、布が擦れる音がして、朱雀達は、それぞれの主の所に、片膝を着いた。

「楽しめましたか?」

哉代を見つめ、ゆっくり頷くと、朱雀達も、嬉しそうに目を細めた。

「夢の中で、宴の続きでもしてるのでしょうか?皆様、ずっと、笑ってらっしゃいますね」

気持ち良さそうに、寝息を発てながら、楽しそうに微笑む雪椰達を見下ろし、朱雀達は、クスっと小さく笑い、微笑んだ。

「しかし、強いんだな?」

茉に向かって、首を傾げると、朱雀が溜め息をついた。

「酒だ」

納得して頷き、苦笑いを浮かべた。

「爺様方に、散々、付き合わせられたので、慣れてるんだと思います」

「じじ様方?貴方のお祖父様方は、もう…」

「村の爺様方ですよ」

イマイチ理解出来ず、朱雀達は、首を傾げた。

「祖母が倒れて、一人になった私を引き取ったのは、父の兄である叔父。その叔父が居たのは、小さな村だったんです」

「あ~。そういえば、そんな話してたな」

「お前を引き取るとは、優しい人なんだな」

「興味があるのでしたら、お聞かせしますよ?おつまみ程度に」

お猪口を傾ける仕草をしながら、ニコッと笑うと、一瞬、雪椰達を見下ろしてから、それぞれに視線を合わせて、フッと鼻で笑った。

「皆様のようにはならないぞ」

「お手柔らかに」

朱雀達が、部屋から出て行くのを見送り、雪椰達の輪から、そっと抜け出し、縁側の近くで、夜空を見上げていると、哉代と篠が、毛布を持って来た。

「手伝いますね」

一人一人に毛布を掛けると、一枚余り、篠に返そうとした。

「それは、アンタのだよ」

首を傾げると、哉代が、顔を寄せてきた。

「夜風で、蓮花さんが、体調を崩されたら、良くないと言って、篠が、一枚余分に持って来たんです」

「哉代!」

ヒソヒソと小声で話していたが、篠には、聞こえていた。
ちょっと怒ったような口調になった篠に、哉代は、意地悪な笑みを浮かべた。

「知られては困りますか?」

「そうじゃないが…言うなら、耳打ちじゃなくて、ハッキリと言え。気分悪い」

「おやおや。ならば、女の体に、夜風は、毒だと言っていたのも、言えば良かったですかね?」

「哉代~」

二人のやり取りが、面白くて、クスクスと、肩を揺らして笑うと、篠は、乱暴に頭を掻いた。

「仲…良いんですね?」

「まぁな」

「長い付き合いですから」

「どれくらいなんですか?」

「妖学問所からだ」

膝に毛布を掛け、縁側の近くに座り、二人と話をしていると、葵が、大量の徳利を持って、戻って来た。

「ヨウガクモンジョ?」

言葉にしてみたが、分からず、首を傾げた。

「妖かしの学舎だ。季麗様達も通われてた」

お猪口を持って来た羅雪の説明で、ほろ酔い気分の雪椰が、その当時の話をしていたのを思い出し、手を叩いた。

「あ。それ聞きました。学生の時からの付き合いなんだって。皆さんもですか?」

「えぇ。似たり寄ったりの主ですから、お互い、苦労しますね?って、声を掛けたら、こんな感じです」

羅雪からお猪口を受け取ると、哉代が、徳利を持って隣に座った。

「そんなに、長く居れるなんて、羨ましいです」

「ただの腐れ縁だ」

自分のお猪口に酒を注ぎ、茉は、一気に呑むと、次の酒を注いだ。

「良いじゃないですか。同じ境遇の者がいるってことは、苦労を分かち合える友がいるってことですから」

酒を口にして、微笑みを浮かべ、苦笑いしながら、酒を口にする朱雀達から、視線を反らし、夜空を見上げた。

「この里は、私がいた村と似ていて、とても懐かしいです」

「似ていてる?」

視線を合わせ、不思議そうな顔をする朱雀達に、ニコッと笑ってから、目を閉じ、村の風景を思い出しながら、村のことを語り始めた。
山間の小さな村は、緑豊かで、石畳が敷かれ、とても風情がある。
そんな村の片隅で、叔父は、小さな旅館の長女だった叔母と結婚をし、共に、その旅館を営んでいる。
叔父夫婦に引き取られることになり、斑尾を連れ、村を訪れると、その緑の多さに、心を癒され、村の人々に驚いた。
悪い事をすれば、親子など関係なく叱られ、辛い事があれば励まされ、良い事をすれば誉められる。
村全体が、家族のようだった。

「親兄弟がいなかった幼い私には、それが、とても嬉しくて、村での生活は、とても幸せでした」

「本当に、良い所なんですね」

「えぇ。だから、村の爺様方や婆様方は、村の子供を自分の孫のように扱い、成人すると、何かと誘われて、倒れるまで、呑ませるんですよ」

「倒れるまで!?」

「えぇ。一度、捕まると、倒れるまで、帰してくれません。おかげで、体が慣れてしまいました」

「無茶苦茶な爺さん達だな」

「そうですね。まぁ慣れてしまうと、大半は、対応出来るんですけど、唯一、絶対に敵わない爺様が一人いるんです」

「人ながら、天晴れだな」

「人じゃないんです」

お猪口を傾けるのを見つめ、朱雀達は首を傾げた。

「人じゃない?」

「妖かしなんです」

驚きで、目を大きく開き、口を半開きにしている朱雀達に、小さく微笑んだ

「村は、多くの妖かしと人間が、仲良く暮らしています。だから、村には、沢山の半妖の子供がいるんです」

「誰も、何も言わないのか?」

「言いません」

「何故だ。種族が違えば、文化も習慣も…」

「文化や習慣が違えば、一緒に暮らしてはいけないのでしょうか?」

篠の言葉を遮り、真っ直ぐ朱雀達を見据えた。

「文化や習慣が違えど、この世に生きる者同士、分かち合えない事はありません。互いが歩み寄り、互いが理解し合えば、それで良いのでは?己の持つ時間を共に過ごしたい。そう願った者同士を他者が、否定する意味があるのですか?大切に想い合う者同士に、他者が口を出す権利が、この世にあるのでしょうか?」

愛し合っている者を種族の違いで、引き裂くような事をすれば、哀しみが生まれ、憎しみが広がる。
ならば、限られた時間の中で、一分一秒でも、愛する者と幸せな時間を過ごさせる。
それが、村の人達の想いであり、考え方だ。
だから、村の人は、何があっても、いつも笑っている。
それが、真の幸福なのだ。

「人であろうが、妖かしであろうが、幸せの形は一つじゃない。だから、どんな形でも、多くの物が互いを想い合い、幸福を感じられるのならば、それで良い。それが、村に住まう者達の考えです」

寝ている皇牙に、ゆっくりと視線を向けると、朱雀達も同じように、雪椰達を見つめた。

「素敵な村ですね」

哉代の呟きに、朱雀達が、ゆっくりと頬を緩めた。
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