黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十六話

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暗闇に紛れ、慈雷夜を連れて、幻想原に戻り、仁刃達と合流した。

「ただいま」

「おかえりなさい」

「どう?」

流青と白夜の表情から、全く進展がないことを理解し、腕組みをして目を閉じた。

「このままじゃ、破片を集める事すら、難しいよね」

「何か方法はないんですか?」

「あるには、あるんだけど…それは、それで、ちょっと大変なんだよね」

「どんな方法?」

「う~ん…実はね?黄泉の入口があった場所を探し、冥斬刀で、空間を引き裂き、強制的に入口を作り出すの」

「それって、今の状態と変わらない気がするんだけど」

「まぁね。でも、今よりは、ちょっとだけ楽になるかな」

「どうして?」

「もしもの時の為に、理苑、亥鈴、斑尾に頼んで、その場所を調べさせたんだ」

「それで?見付かったの?」

「まだ。でも、あるとすれば家の蔵か、佐久の所だから、そろそろ見付かると思う」

「でも、開いてしまった入口は、どうされるんですか?」

「それなら、黄泉アッチに行けば何とかなるよ」

「またまた、どうして?」

「黄泉の世界は、全てが、一つに繋がっているから、黄泉側から、幻想原に位置する場所に開いた入口を塞げばいいから」

「だったら、こんな面倒な事しないで、黄泉の世界から、入口を探せば良いんじゃない?」

「それは無理かな」

黄泉の世界は、見渡す限り、同じ景色が続き、外に出なければ、その入口が、何処の入口なのかが分からない。
黄泉側から、入口を探すには、一旦外に出て、また入り、次に行き、また外に出るを繰り返す。
更には、同じ景色が続いている為、同じ場所を出入りする可能性もある。

「近くに、目印を付ければ良いんじゃない?」

「それが出来たら、もうやってるでしょ」

「どうゆう事ですか?」

「黄泉は、その世界自体が生きているから、植物も大地も、自分の意思を持っている。だから、目印を付けても、移動されて、結局は、同じことなんだよね」

「何とも、面倒な世界」

「仕方ないのよ。そうじゃなかったら、死者が、簡単に外に出れちゃうもん」

死者が外に出れば、護人を受け継ぐ陰陽師、または、力を共用する式神が黄泉に押し戻す。
だが、一度、外に出た死者は、また、外に出ようとする。
しかし、植物や大地が動き、形を変える事で、その場所が分からなくなる為、死者は外に出れなくなる。

「…だから、私達は、この世の仕事も出来るんだよ?」

「確かに、そうですね」

「やっぱり、外から入って、塞いだ方が早いのね」

「そうゆう事。まぁ、どっちもどっちだけど、もう面倒だし。皆も疲れただろうから、無理矢理、抉じ開けて、集めちゃおうか」

「そうしよう?俺、もうクタクタだよ」

地面に、ベッタリと這いつくばる白夜を見て、鼻で、小さな溜め息をつき、近くの岩に座った。

「とりあえず、斑尾達を待つ間、少し休もう」

白夜も起き上がり、流青と一緒に膝に乗ると、それを見ていた仁刃や楓雅も、周りに集まり、少しの間、互いのぬくもりを感じながら、静かな一時を過ごした。
それからは、斑尾達の連絡を待ちながらも、一応は、入口を探して、歩き回っていた。
前よりも、気持ちに余裕が出て、流青達も、里に出る事が増え、一人になる時間もあった。
しかし、そんな日々は、長く続かず、季麗達と最後に会った日から、一週間が過ぎた夜、場所を突き止めた亥鈴の案内で、昔の入口があった所に向かった。

「この辺りです」

そこは、幻想原の奥の方で、今まで、一度も訪れていなかった場所だった。

「ねぇ。あれってなに?」

流青が足首辺りまで、積み上げられた石を発見した。
それは、大昔の儀式跡で、入口の目印だ。

「ここね。亥鈴。破片は持って来た?」

「えぇ」

亥鈴から破片を受け取り、流青達に視線を向けた。

「周り、お願いね?」

「御意」

暗闇に紛れ、走り去る流青達を見送り、亥鈴に向かい両腕を広げた。
妖かしの姿に戻った亥鈴が、肩に顎を乗せて頬擦りした。

「お気を付けて」

「ありがとう」

飛んで行く亥鈴に手を振り、一人になってから、冥斬刀を取り出し、その柄で、地面に印を施し、中央に破片を置いた。

「邪より産まれし闇よ。一つとなれ」

胸の前に指を立て、呟いてから、冥斬刀で地面を叩くと、印が光を放ち、中央の破片が宙に浮き、黒い靄が辺りに漂い始めた。
魔石に喰われた悪妖達は、破片の力に誘われるがまま、次々に現れ、印に足を踏み入れた。
放たれた光が悪妖を捕らえ、黄泉の世界へと、引きずり込みながら、悪妖の体から、破片を引き離し、中央の破片に取り込ませる。
その間、無害な妖かしや魔石を狙って来る悪妖を亥鈴達に任せ、その場に立ち続け、それを何度も繰り返した。
三日が過ぎ、それまで順調に回収出来た魔石が、拳程度の大きさになると、破片を持つ悪妖達の姿が、パタリと止んでしまった。
それでも、魔石が放つ力を強くし、ひたすら、悪妖が現れるのを待った。

「…憎キ…人ノ子…」

そこに、あの声が聞こえ、現れた巳幸の妹は、強い憎しみで、我を忘れ、怨念に心を喰われ、その姿の大半が、この世に存在しないモノに変わっていた。

「…巳誠ミコトさん…」

「…憎イ…にくい…ニクイ!!」

巳誠の体から、黒い靄が放たれ、発せられた叫び声で、木々が揺れると、近くに集まっていた破片を持つ悪妖が、雄叫びを上げながら周囲を囲んだ。

「もう止めて。こんなこと、巳幸さんは望まない」

その訴えは、もう巳誠の耳に届くことなく、悲鳴のような雄叫びを上げ、周りの悪妖と共に迫り来る。
苦しみと哀しみを抱えたまま、巳誠の姿から、視線を反らすように、目を閉じた。

「我、御霊よ。黄泉より、我、元に集え。我、意志に舞え。邪心に蝕まれし心を捕らえよ」

印の光が増し、光の筋が巳誠や悪妖達を捕らえた。

「深き地に眠りし、黄泉井戸よ。その力、我身を以て、解放せよ」

地面が揺れると、大きな井戸が、漆黒の闇を携えて足元に現れた。

「誘え黄泉井戸。御霊が集いし都へ」

井戸の中から、噴き出すように、白い光が放たれ、巳誠や悪妖達だけじゃなく、そこにいた全てを蝕み込んだ。
途方もなく続く漆黒の闇。
その中を何処までも、何処までも、落ちて行くと、目映い光が、辺りを包んだ。
その眩しさに、目を閉じ、新たな闇に身を委ねる。
フワフワと浮いている感覚が消え、全身に強い衝撃と痛みが走り抜け、目を開けると、赤や黄色など、色とりどりの葉を茂らせ、草木や花が延々と続き、頭上には、青色の代わりに、薄紅色の空が、何処までも続いていた。
絵の具で描いたような景色は、神の領域と呼ばれるに、相応しい程、幻想的な世界だ。

「これが…黄泉の世界…」

そんな世界を目の当たりにし、黄泉井戸に吸い込まれた季麗達は、そう呟き、辺りを見渡した。

『…ねぇ』

その時、木陰から聞こえた声に視線を止めた。

「蓮花さん…」

気まずそうな顔をして、菜門や雪椰は、視線を反らしたが、皇牙だけは、嬉しそうに微笑み、木陰へと、少しずつ歩み寄った。

「蓮花ちゃん。ごめんね?でも、どうしても、心配だったんだ。だから…」

『…フフフ…こっち』

手招きをして、木陰に隠れたのを追うように、皇牙が、木に走り寄ったが、そこには何もなかった。

『こっち。こっち』

「待って!!蓮花ちゃん!!」

「皇牙!!」

走り去る背中を追い、走って行く皇牙を呼びながら、雪椰達も、その後を追って走り出したが、その姿を見失い、気付けば、バラバラになってしまっていた。

『だぁ~れだ』

目元を覆い、すぐ近くに聞こえた声が、雪椰の警戒心を削ぎ落とした。

「蓮花さん」

目を覆う手を優しく取り除き、振り返った先には、優しく微笑む姿があった。

「懐かしいですね。昔を思い出します」

『じゃ、昔に戻ってみようか』

驚きながらも、嬉しそう微笑む雪椰は、誘われるがまま、手を引かれて走り出した。
この時には、雪椰の中にあった警戒心は、完全に姿を消してしまった。

『…何処行くんですか?』

後ろから聞こえた声に、影千代が視線を向けると、不安そうに見つめる瞳があった。

「皆を探す」

『どうしてですか?』

「こんな所で、はぐれたら…」

無表情な鼻先を淡い香りが掠め、胸に抱き付かれ、冷静な影千代も戸惑った。

「何し…」

『…行かないで…』

淋しそうに揺れる瞳に、見つめられ、影千代は、胸の奥がざわついた。

『…やっと…二人っきりになれたのに…淋しいです…』

胸元に頬を擦り寄せる姿が、影千代を動かし、無意識の内に、その肩を抱き締めていた。

『お願いです。一緒に来て下さい』

「…仕方ない」

影千代は、嬉しそうに微笑み、手を引く姿に、愛しさを感じながら、ゆっくりと歩き始めた。

「…蓮花」

辺りを見渡しながら、歩いていると、木に寄り掛かる後ろ姿を見付け、季麗は、静かに近付き、耳元で囁いた。

『きゃ!!もう!!ビックリした~』

「お前が、そこにいるのが悪いのだ」

そっと前髪に触れ、意地の悪い笑みを浮かべると、季麗は、頬を撫で下ろし、顔を近付けた。

「それより良いのか?皆を探さなくて」

『どうして?』

その頬が赤く染まり、見つめ合う瞳は、恥ずかしそうに反らされた。

「俺と二人きりだ。何をするか…」

『良いよ』

返ってきた言葉に、季麗の表情が驚きに変わった。

「本当に良いのか?」

予想に反し、季麗は、ゆっくりと、伸ばされた腕に抱き寄せられた。

『でも、ここはイヤ。もっと、奥に行こう?ね?』

「お前が望むなら、行ってやらなくもない」

頬を染めて手を繋ぎ、隣を歩く姿が、季麗を捕らえて、離さなかった。

『…みっけた』

その腕を掴み、嬉しそうな笑みを浮かべる姿を見て、羅偉は、安心したように、鼻で溜め息をついた。

「急に走るなよ。驚くだろ」

『ごめんなさい』

肩を落として、落ち込む姿に、羅偉は、頬に熱を集めながら、視線を反らした。

『でも、そのおかげで、二人きりになれたでしょ?』

「そうかもしれねぇけど、心配になるだろ」

不安そうに見つめる瞳は、澄んでいて、羅偉は、目が離せなくなった。

『嬉しくない?』

「それは…嬉しい…けど」

嬉しそうな笑みを浮かべ、その胸に頬を着けると、羅偉は、顔を真っ赤にして、焦り始めた。

「おい!!何して…」

『良かった。同じ気持ちで』

その呟きで、言葉を奪われたように、黙ったまま、羅偉は、頬擦りをする肩を抱き寄せ、その髪に鼻を埋めた。

『ねぇ。少し、散歩でもしない?』

「いや。皆を探さな…」

『ダメ?』

至近距離で向けられた視線で、羅偉は、困ったようだったが、嬉しそうに微笑んだ。

「少しだけだかんな」

『うん。あっち行ってみよ?』

羅偉は、手を引かれながら、小さく微笑んで、その背中を見つめていた。

「皇牙ーー!!羅偉ーー!!」

大声で季麗達を呼びながら、歩き回っていると、肩を優しく叩かれ、菜門が振り返ると、小さな微笑みがあった。

「蓮花さん!!無事でしたか…皆は?」

安心して、菜門が、周りを見渡すと、小さな笑みは消え、申し訳なさそうに目を伏せた。

『ごめんなさい。皆さんには、先に帰ってもらいました』

「え?」

『だって!!…二人きりに…なりたくて…』

目を伏せたまま、頬を赤らめる姿が、小さな子供のようで愛らしく、菜門は、困ったような笑みを浮かべた。

「言ってもらえれば、僕、一人で会いに来ましたよ」

『ごめんなさい』

上目遣いで見上げられ、菜門の頬が赤くなり、視線を反らすと、手を繋がれ、驚きで視線を戻した。

『実は、ずっと、こうして歩きたいと思ってたんです』

視線を向けられ、頬を赤らめて、恥ずかしがりながらも、嬉しそうに微笑む姿に、秘めていた想いが、菜門の中に溢れ出た。

「蓮花さん。僕は、ずっと、蓮花さんを…」

想いを告げようとした菜門の唇に、人差し指が当てられ、困ったような笑みが浮かんだ。

『ここでは、入口が近いので、皆さんに、聞こえてしまうかもしれないんです。少し移動しましょう?』

菜門が頷くと、誘われるように連れられ、奥へ、奥へと向かい、歩き出した。
何処まで行っても、同じ景色は続き、どれくらい移動したのか、どのくらい歩いているのかさえも、分からなくなっていた。
それぞれが移動し続け、目の前が拓けると、驚きの光景が広かった。

「これは…」

それぞれの手が繋がれる先に、同じ姿がある。

「なんで、蓮花が、こんなに…っ!!」

その手に痛みが走った瞬間、蔦のようなモノが巻き付き、体を締め付け始めた。

『愚かな妖かしだ』

今まで見ていた微笑みが、不気味な笑みに変わり、吊り上げられた季麗達を見上げていた。

『誘われるまま、ついて来るのが悪いのだ』

『夢や幻に、心酔するなど、本当に愚かだ』

言い返したかったが、蔦で首を絞められ、声が出ず、何も言えない季麗達は、必死に、絡み付く蔦を払い除けようとした。

『無駄だ』

苦しむ季麗達に、不気味な笑みを携えた顔が、鼻先まで近付いたが、それはすぐに消えら体を締め付けていた感覚も消えた。
地面に降り立ち、激しく咳き込むと、目の前に、鉤爪を着けた皇牙の背中が現れた。

「大丈夫?」

「…あぁ」

「助かりました」

「よくもやってくれたな」

「蓮花に化けるなんて、ふざけた事しやがって」

季麗達も立ち上がると、不気味な笑い声が辺りに響き渡った。

「何がおかしい」

影千代が聞いても、笑い声は止まない。

「この!!」

刀を抜きながら、羅偉が、走り出した。

「羅偉!!」

羅偉が斬り掛かろうとすると、笑っていた顔が変わり、目元に涙が浮かび、哀しみと恐怖で、小さく体を震わせた。
その姿に、羅偉の動きが止まると、蔦で弾き飛ばされた。
倒れた羅偉に、菜門が走り寄ると、季麗の火の玉が飛び、影千代が風を吹かせ、雪椰や皇牙も、向かって行くが、その姿に動きが鈍り、何度も、押しては返すを繰り返していた。

「これは厄介ですね」

見た目が見た目である為、季麗達に、迷いが生じてしまっていた。

「どうすんだよ。このままじゃ、蓮花を探す前にくたばっちまう」

「って言われてもな」

季麗達は、身を守るだけで反撃が出来ず、時間と力だけが消費された。

『惑わされないで!!』

そんな時、離れた所から聞こえた声に、季麗達の視線が向いた。

『それは黄泉の生き物が化けた偽物!!私じゃない!!』

驚きながら、視線を前に戻すと、それまでの姿が歪み、下半身だけが草花と変わった。

『今更気付いた所で遅いのだ』

上半身が伸び、季麗達に向かって来たが、体が二つに分かれ、地面に倒れた。

「いい加減に…」

『ひどいよ』

さっきまで、離れた所から聞こえていた声が、足元から聞こえ、季麗達は、視線を下げ、驚きと焦りで動きを止めた。

「そんな…何故…」

『助けてあげたのに…どうして…どうして…コロスの?』

耳元で聞こえた声に、視線を上げると、目の前に、無数の赤い雫が、滴り落ちる無惨な姿が吊るされていた。

『私が振り向かないから?』

「違うよ」

皇牙は、足首を掴まれ、視線を下げた。

『私が手に入らないから?』

「違う!!」

羅偉は、手首を掴まれ、髪の隙間に見える瞳を見つめた。

『私が誰のモノにもならないから?』

「違う」

影千代は、頬を添えられた手を睨んだ。

『私が憎い?』

「そんな事ありません!!」

雪椰は、真っ直ぐ前を見据え、力強く叫んだ。

『思い通りにならないから?』

「そんなのどうでも良い」

季麗は、腕にすがり付く姿を見つめ、奥歯を噛み締めた。

『ずっと、側に居なかったから?』

「違います」

菜門は、肩に掛かる重みに、拳を作り、小さく震わせた。

『嘘つき』

頭の中に響く声に、季麗達は、頭がおかしくなりそうだった。

『嘘つき』

「やめろ…」

『思い通りにならず、誰のモノにもならない』

「うるさい…」

『そんな私が、憎くて、憎くて、仕方なかった』

「黙れ…」

『愛しい程に憎い』

「違う…」

『殺してしまいたい程に愛しい』

「そうじゃない…」

『その愛を受け取らない私が、許せなかった』

「そんな事ない…」

『なら、どうして?』

耳を塞いでも声が響き、季麗達は、精神的に追い詰められた。

『どうして、私を…コロスの?』

限界を越え、悲鳴に近い叫び声を上げながら、羅偉が、刀を振り回した。
空振りすら刀を素手で止め、羅偉の鼻先まで、赤い筋を走らせて、微笑みを携えた顔が近付けられた。

『ねぇ…私の為に…死んで?』

次の瞬間、地面が揺れると、大きな花の化け物が顔を出し、季麗達は、我に返った。
だが、もう遅い。
蔦が、羅偉を吊り上げ、化け物は、大きな口を開けていた。

「羅偉!!」

季麗の火の玉と影千代の風が、化け物に向かったが、蔦で弾き飛ばされ、羅偉は、化け物の口に向かって放り投げられた。

「らーーーーい!!」

雪椰の声と共に、一陣の風が吹き抜け、羅偉の体を抱き止めると、化け物に一筋の光が走った。

「いい加減にしてよ」

二つに割れた化け物の前に、降り立ち、視線を向けると、羅偉は、駆け寄った季麗達と一緒に、疑いの目を向けていた。

「なに?」

「お前…本当に蓮花か?」

「あ~そうだよね。そうなるよね。ここまでやられたら、疑いたくなるよねぇ」

苦笑いしていると、化け物が、蔦を振り回し始めた。
冥斬刀を手にして、次々と、その蔦を切り落とす。

「嘘か真かなんて、自分で決めれば良い」

力を送り込み、青白い光を宿した冥斬刀を振り抜く。
光が強さを増し、季麗達は、その眩しさに、目を閉じたが、その暖かさに自然と頬が綻んだ。

「…いつまで、寝てるつもりなの?」

季麗達は、ゆっくりと目を開け、視線を向けて、嬉しそうに微笑んだ。

「なに」

「何でもねぇよ」

普段は、無表情の影千代の笑顔に、背中に寒気が走り、全身を駆け抜けた。

「やば。鳥肌が」

「お前、酷いんじゃね?」

「だって、皆して、急に笑うから。ヤバっ。マジでやば」

「蓮花ちゃん。酷すぎ」

腕を擦るのを見つめ、季麗達は、ケタケタと、声を上げて笑い始めた。
その姿は、心底、安心したようだった。

「ところで。君達は、どうして、ここにいるのかな?」

笑顔で聞くと、視線を反らし、泳がせ始めた。
季麗達は、亥鈴達の目を掻い潜り、側の茂みに隠れ、様子を伺っていたが、あの光に巻き込まれてしまったのだ。

「君達ってば、本当に。ついておいで。案内するから」

井戸まで連れて行こうとしたが、誰も動かず、その場に立ち尽くし、視線を合わせていた。

「どうしたの?」

「あそこで、何してたんだよ」

「何って…ちょっと一仕事」

「仕事ってなんだ」

「それは…」

「何か集めてたよね?」

「いやぁ~何て言うか、その~…って!!いつから見てたの!?」

「いつって…最初から」

額に手を当てて、息を吐き出し、季麗達に視線を戻した。

「そこまで見てたら、ちゃんと、説明するから。とりあえず歩こうか」

渋々の季麗達を連れ、歩きながら魔石の説明をした。

「そんな事してたの?」

「まぁね」

「それなら、そうと言えば、良かっただろう。何故、黙っていたんだ」

「…なんとなく」

本当の事を言えば、文句を言われ、また面倒になりそうだったから、誤魔化してみたが、それは、あまり意味がなかった。

「言ったら、面倒になるとでも、思ったんじゃないですか?」

季麗達の視線が、背中に突き刺さった。

「どうしてだよ」

「文句を言われるのが、嫌だったんじゃない?」

完全に見透かされ、何も返さずにいると、羅偉が、鼻を鳴らした。

「なんだよ。そのガキみてぇな理由」

「小鬼に言われたくないだろ」

「なに!?」

「性悪狐の季麗にだって、言われたくないと思いますよ?」

「確かにな」

ギャーギャー騒ぎながら、ついて来る季麗達を横目で見つめ、鼻で溜め息をついた。
前と変わらない、その姿に安心していた。

「おい。何処まで…」

「あそこ」

影千代の声を遮り、古い井戸を指差すと、季麗達は、視線を合わせ、ゾロゾロと、それに近付き、中を覗き込んだ。
来た時と同じ、漆黒の闇が井戸の中に広がり、その背中を震わせた。

「なぁ。これって…」

「黄泉井戸と言って、強制的に作った出入口。そこを通れば現世に戻れるよ」

再び、恐る恐る井戸を覗き込んだ背中を見つめ、バレないように、小さく溜め息をつき、季麗の背中を押した。
振り返りながら、驚いた顔をして、井戸に落ちて行く季麗を見つめ、優しく微笑んだ。

「蓮花さん!!なんてこと…」

「今は、ここしか出入口がないの…ごめんね?」

謝るしか出来なかった。
季麗の隣にいた菜門と影千代の肩を押し、黄泉井戸の中に、二人が落ちて行くのを見送り、雪椰達に視線を向けた。

「いくら他になくても、押す事ねぇっ!!」

文句を言おうとする羅偉を押し、その姿が、黄泉井戸の漆黒の闇に消えるのを見送り、雪椰と皇牙を見つめた。

「本当にごめんなさい。でも、お願い。もう巻き込みたくないの」

「…蓮花ちゃん…」

二人の瞳が哀しく揺れるのを見ていられず、視線を反らした。

「…仕方ありませんね」

驚いて視線を向けると、雪椰は、困ったように笑っていた。

「そうだね」

雪椰に同意した皇牙も、困ったように笑っていた。

「それでは皇牙。行きましょうか」

「そうだね。それじゃ、蓮花ちゃん。ちゃんと帰っ…」

皇牙と雪椰の腰に腕を回し、二人の肩に頬を擦り寄せた。

「ありがとう…絶対…帰るから…」

二人の優しさに、触れられることを避けていたが、この時だけは、二人が、頭を撫でるのを許した。

「約束ですよ?」

「うん」

「待ってるね」

「うん」

頬に熱を感じながら、ニッコリ笑うと、二人は、迷う事なく、闇の中へと去って行った。

「…あの二人には敵わんな」

そこに、妖かしの姿で斑尾が現れ、その胸元に抱き付き、溢れ出そうな涙を堪えた。
鼻で小さな溜め息をつき、小さく微笑む斑尾に、優しく抱き寄せられた。

「お前は、本当に泣き虫だな」

斑尾に馬鹿にされても、言い返す事が出来ず、涙を堪えるだけで精一杯だった。

「…落ち着いたか?」

暫く、斑尾のぬくもりに溺れるように、溢れそうになる涙を堪えていたが、いつまでも、立ち止まってはいられない。
小さく頷くと、斑尾は、目を細め、もう一度、抱き寄せて、頭に頬擦りした。

「早く帰ろう。我らの世界に」

「うん」

斑尾と見つめ合い、微笑み合ってから、黄泉井戸に向き直り、手を合わせた。

「黄泉井戸よ。深き地に眠れ」

地面を揺らし、黄泉井戸が、元の場所に戻るのを見送り、斑尾の背に飛び乗った。
巳誠達がいるであろう場所に向かい、黄泉の空を斑尾が飛ぶ。
黄泉ココは、死者達が、あの世に行く為、未練や心残りを落とすことを目的とし、夢や幻で作られた世界。
木々や草花でさえ、生き物のように生があり、蟲にも、意思が宿っている。
斑尾のような妖かしが、堂々と、空を飛んでも、許されてしまう世界だからこそ、未練や心残りの中で、憎しみや妬みなど、負の情念が怨念となり、結晶化して、魔石が生み出される。
そんな負の情念が、集まる場所は、必ず決まっている。
黄泉の奥、地面が円状に割れ下がり、谷のような大きな穴の底で、多くの魔石が日々生み出されていた。
その周りには、黄泉の草木が茂っているが、その中には、魔石しかない。
そこに落ちれば、木々や草花、蟲でさえ、這い上がることが出来ず、怨念に取り込まれ、魔石化してしまう場所。
そこでは、魔石同士が共鳴し、一つになろうと、蠢いている。
巳誠達は、必ず、その場所に向かう為、巻き込んでしまった命を現世へと、還すことを優先し、季麗達が最後だった。

「また増えたな」

「それだけ、負の情念が増えたってことだよ」

死者の怨念が、増えるということは、現世の生き物達が、負の情念を抱えたまま、死者となることが増えた証拠。

「なんとも、哀しい現実だな」

「仕方ないよ。時代は、止まらずに流れてるんだから。…いた」

中央に聳え立つ巨大な魔石に向かう巳誠の姿を見付け、手を合わせ、周りに風を起こした。
斑尾が、魔石に触れないようにしてから、群生する中に向かい、吹き抜ける風のように、巳誠を吹き飛ばした。
穴に背を向け、地面に降り立ち、巳誠と向き合うと、叫びのような雄叫びが上げられた。
その姿を保っているのが、やっとのようで、もう彼女の意志は、存在していない。
周囲にある草木や蟲のように、襲い掛かって来たが、冥斬刀を手にして、それを防ぎ、吹き飛ばすと、巳誠は、地面を転がりながらも睨み付けた。

「黄泉に在りし、我、御霊よ。我が身に集い、信なる力を示せ」

光の筋が空を走り、強い風と強い光が体を包み込む。
周囲の木々や草花は、少しでも遠くへと離れ、蟲達は、我先にと飛び立ち、逃げていく。
放たれていた光が落ち着き、冥斬刀で、周囲の壁を切り、元の姿に戻ると、真っ直ぐ巳誠を見据えた。
一瞬、怯んだような顔をした巳誠だったが、すぐに雄叫びを上げて向かって来た。

「悪き心に蝕まれし、哀しき御霊よ。邪な情を捨て、この地に眠れ」

冥斬刀を振り抜くと、光が辺りを包み、巳誠の体は、溶けるように屑となって散り、そこに残ったのは、魔石の破片が一つだけだった。

「…どうゆう事だ」

砕いた魔石を巳誠が、持っていると予測していたが、違ったようだ。

「予想が外れたのか」

「そうなるね」

破片を拾い、穴の中に放り投げると、落ち行く破片は、魔石に取り込まれ消えた。

「巳誠さんじゃなかったのかもね」

「となれば、残りの魔石は、別の奴が持ってるのか」

「ねぇ。もう一度、秘翠鏡で、調べてみようか」

「だが、あれは、人物しか映し出せんだろ。一体、誰を映すのだ」

「巳誠さん」

「前にも見ただろ」

「あれは、巳誠さんの過去。巳誠さんが、魔石を手に入れた時を見るの」

「だが、長い時間使えん。ある程度、時期を絞らねば」

「それなら、心当たりがあるよ」

「心当りか。いつだ」

「私が刺された前後」

飛んで移動しながら、その時を思い出すように、斑尾は、眉間にシワを寄せた。

「あの時か。確かに、あの時ならば、我らに気付かれず、巳誠に接触出来るな。実はな。我にも、一つ、思い当たる節がある」

「なに?」

「巳誠が、ここを訪れてた時だ」

「どうして?見てたじゃん」

「その後は、お前が感情に流され、見ていない」

「ごめん」

背中に抱き付き、顔を埋め、呟くように謝ると、斑尾は、鼻で溜め息をついた。

「あの後、誰かと接触していたら、我らの行動を監視し、彼らが現れた時、魔石を盗み出せたのも頷けるだろ」

「そっか。なら、その辺りから、刺された後まで見れば、真犯人が、分かるかもしれないね」

「あぁ。このまま、佐久の所に向かう。急ぐぞ」

「了解」

村の近くにある黄泉の入口に向かい、速度を速める斑尾にしがみ付き、風で揺れる毛先が、汚れているのが見えてしまった。

「ねぇ。佐久の所に行ったら、お風呂入ろうよ」

「はぁ!?」

「だって、汚れてるんだもん」

「お前は、何を呑気な」

「良いじゃん。私もお風呂入りたいし」

頬を膨らませると、斑尾は、鼻で笑い、嬉しそうに目を細めた。

「ねぇ~。入ろうよ。お風呂」

「分かった。ゆっくり湯に浸かってからにしよう」

「やったね。ありがとう」

久々に、ゆっくり出来ることで、今までの緊張感は、何処かに吹き飛んでいた。
寺の敷地内に降り立つと、斑尾は、着替えを取りに、自宅に向かって飛んだ。
それを見送り、少し離れた所の小屋を覗くと、智呂を始め、指南所に通う半妖の子供達が、佐久と一緒に座禅をしていた。

ー佐久。秘翠鏡、貸して?ー

子供達にバレないように、雨戸に身を隠し、顔を少しだけ覗かせて、頭の中で話し掛けると、佐久は、視線を上げて、静かに頷いた。

ーありがとー

子供達にバレる前に、急いで、その場から離れた。

「大変な時に来たもんだな」

小屋の裏手で、壁に寄り掛かり、人の姿となった斑尾が、着替えを持って待っていた。
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