黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十五話

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慈雷夜は、大怪我をし、初めて、死を目の前にすると、恐怖のあまり、山の中へと逃げ込んだが、運悪く、祓い屋もどきと出会してしまった。

『もう終わりだ』

その言葉通り、怪我を負った慈雷夜は、動く気力が失せ、祓い屋もどきが、護符を取り出し、呪文を唱えているのを見つめていた。

『…滅!!』

輝きを放ちながら、護符が慈雷夜へと向かっていく。

『っ!!な…ぜ…』

護符を叩き落とし、その頬に触れると、その瞳が大きく揺れた。

『大丈夫?』

『どけ!!そいつは、俺が…』

射抜くように見据え、印を結び、祓い屋もどきを結界に閉じ込めると、その声も聞こえなくなった。

『その程度で、私の式を滅せられると思うなよ』

祓い屋もどきは、顔を真っ赤にして、必死に、結界を破ろうとしていたが、びくともしない。
少し力を保有しているだけで、人とは違うことで、自身が凄いと勘違いしている者ほど、その弱さを知らない。
だが、どんなことでも、上には上がある。
祓い屋もどきを閉じ込めた結界は、妖かしでも、力を上手く使えない女妖や子妖に使うものだ。
最強と謳われようとも、偉いと祭り上げられようとも、弱さを知らない者は、強さを得ることは出来ない。
この祓い屋もどきも、自分が、子妖よりも弱いことを知らずに、力を振り回していただけだった。

『その程度で、妖かしを、陰陽師の式を滅することは出来ぬ』

本来の祓い屋は、人や物に取り憑いた悪しきものを祓い、妖かしを祓うことはほとんどない。
祓い屋の力は、占い師よりは強いが、妖かしに勝てる程ではない。
ましてや、子妖よりも弱い祓い屋もどきでは、傷すら付けられないだろう。
ちゃんと、それらを理解してる祓い屋は、例え、相手が傷を負っていたとしても、妖かしと遭遇すると、陰陽師に連絡を飛ばし、避難を優先するが、どうしても、逃げられない時は、死を覚悟して挑む。
今の現世では、その教えを得ることが難しく、成り立ちさえも、分からないまま、その力を振るおうとする者もいるが、ただ難しいだけで、学ぼうと思えば、ちゃんと教えてくれる場所がある。
それをしないのは、その力を理解していないからだ。
そんな祓い屋もどきは、陰陽師の式神と妖かしの区別も出来ない。

『何故、何も学ばぬ。何故、教えを求めぬ。これは私の式だ。それも分からず、己の力に心酔し、無闇に振り翳すなど、愚かでしかない』

鋭い刃のような視線を向けられ、結界の中に木霊する声の低さに、祓い屋もどきは、カタカタと膝を震わせながらも、必死に結界を叩いた。

『その愚かな行い、その身を持って償え』

手を翳して指を折ると、少しずつ結界が縮んでいく。

『…っ!!待て!!』

祓い屋もどきに背を向け、突き出していた手を握た慈雷夜は、苦しそうに目を細めて顔を寄せた。

『やめろ。そんなことをしたら、お前は…』

『大丈夫だよ。ただの脅しだから』

視線を後ろへ向けると、祓い屋もどきは、結界の中で、仰向けに倒れ、気絶していた。
ポカンと口を開け、立ち尽くす慈雷夜の手を離し、祓い屋もどきに近付いた。

『…これでよし。起き上がる前に、さっさと行こう?』

『行くって、一体どこに』

『どっか。手当て出来そうなとこ。ほら行こう』

結界を解き、祓い屋もどきの腕に印を書き、力を封じてから、慈雷夜の手を引き、その場を離れ、蓮池の近くで手当てをした。

『…はい。終わり。もう大丈夫?』

『えぇ』

傷の消えた腕を見つめ、慈雷夜は、嬉しそうに小さく微笑んだ

『んじゃ、私行くね。もう、あんなのに捕まらないように、気を付けてね~』

声を掛ける暇もなく、走り去る背中をボーッと見つめていたが、我に返り、その姿が消えた方に向かった。
自宅に向かう背中を追い、名乗り出ることもせず、蜘蛛の姿で、ひっそりと暮らし、慌ただしく動き回る姿を見守っていた。
数日後。
慈雷夜は、襲撃した家の住人に見付かってしまった。

『っ!!やめて!!…大丈夫?』

慈雷夜は、その場で、踏み潰されそうになったが、包み込まれるように、小さな体を抱かれた。

『蓮。そいつは…』

『ごめんなさい。私がちゃんと見てれば良かったの。ホントごめんなさい』

『お前、いい加減にしろよ?なんでも、かんでも助けりゃいいってもんじゃねぇだろ』

『分かってます。分かってますけど、何か理由があると思うから…』

『蓮』

とても優しく、その手の暖かさに、包み込まれながら、必死に謝る姿を見て、慈雷夜は、自らも人の姿になり、住人に、深々と頭を下げた。

『同族の過ちによって、肩身が狭く、魔が差してしまい、貴方様の御屋敷を襲撃してしまいました。許されることではないと、分かっています。ですが、どうか…どうか、命だけは、お見逃し下さい。お願いします』

『私からも、お願いします』

二人に頭を下げられ、困った顔で、頭を掻いた住人は、大きな溜め息をつきながら、背中を向けた。

『もう二度と馬鹿な真似するんじゃねぇぞ』

『はい。有難うございます』

許しを得た慈雷夜は、住人の姿が見えなくなると、土下座をした。

『貴方様に、私の全てを捧げます。どうか、式神に…』

『いやよ』

一度は、ハッキリと断った。
だが、どうしても、式神になりたかった慈雷夜は、何処に行くも、何をしてようとも、必ずついて歩いていた。

『蓮花。いい加減、受け入れてやれ』

『いやよ。自分の命も守れない人に、他人の命は守れないもの』

『だが…』

『守る為に死んでしまったら、その後、その人が死んでしまっても、分からないでしょ?』

『そうかもしれないが、これでは、あまりにも…』

『分かってるよ。でも、自分で気付いて欲しいし』

偶然、斑尾との会話を聞きいてしまい、慈雷夜は、何故、式神になれないかを知った。
生きようと思わなければ、式神にはなれないのならと、慈雷夜は、再び、自分の為に生きることにした。

『…なに…これ』

花や木の隙間に、糸が張り巡らされ、軒下や部屋の隅にも、巣が作られていた。

『アイツだろうな。ここで生きると決めたのだろう』

『ここでって…そうゆう意味じゃないんだけどなぁ』

『お前の傍で生きることが、アイツの選んだ生き方なのだろう。このままでは、廃墟のようになりそうだな』

『もう…仕方ないなぁ。ねぇ!!』

『蜘蛛が、ここまでしたら、呼んでも無駄だ。探すしかない』

『んとに…めんどくさい…』

『文句なら、見付けてからにしろ』

糸を取り払いながら、必死に探す姿を見つめ、ほくそ笑んでいると、大きな手に屋根裏から放り出された。

『亥鈴素敵。ちょっとお話よろしい?』

小さな慈雷夜は、暖かい手の中で、後退りした。

『逃げないで。名前は?』

慈雷夜は、首を傾げるのを黙って見上げたままだった。

『名前が分からないんじゃ、契約出来ないんだけど』

『…慈雷夜だ』

『慈雷夜ね。んじゃ…』

足元に陰陽太極図が現れ、青白い光を放つと、光の屑が、二つの人形を作り上げた。

『我は夜月蓮花。慈雷夜よ。そのが名と共に、我が名を持ちて仕えよ』

それぞれの名前が刻まれ、光の筋が繋がる。

『仰せのままに』

互いの体に光が溶け込み、幾重にも繋がる筋が、互いの名を結び付けた。
光が落ち着くと、それぞれの式札が、その手に託され、契約が完了した。

『…これで満足?』

『はい』

『なら良かった。んじゃ、この糸、今すぐ、全部、片付けて。ね?』

笑顔を向けられ、慈雷夜は、急いで糸を片付けた。

「…やっと蓮花様の式神となることができ、嬉しくて、嬉しくて…その嬉しさで、舞い上がってしまった私は、斑尾と腕試しをしました」

だが、斑尾の強さに、慈雷夜は、酷く傷付き、落ち込んでしまった。

『大丈夫。次があるよ。今よりも強くなって、また斑尾に挑めば良い。斑尾に勝てるまで、強くなり続ければ良い。妖かしも、人も、常に上を目指せば、いつか、大切な人が、危険に晒されても、絶対に助けられるからさ』

その想いを力に変えられる者は、どんなに、体が小さくても強くなれる。
慈雷夜は、その時、本当の強さを知り、本当の優しさを教えられた。

「他者を想う優しさがあれば、どんな者も強くなれる。私は、蓮花様の大きな優しさを知り、周りを見ることで、他にも、心優しい人間や妖かしが、沢山、村にいることを知りました」

そんな小さな村は、妖かしや人間、子供や大人の垣根を越え、互いが互いを想い、愛に溢れ、優しさに満たされている。

「妖かしだけの住む、この里も、あの村のようになれると、蓮花様は信じています。だから、私も信じます。雪椰殿や皇牙殿のように、影千代殿も、羅偉殿も、葵殿も、皆が皆、蓮花様のように優しく、村の者のように強さを築ける。と言うのが、私の想いなのですが、如何でしょうか?」

慈雷夜が、真っ直ぐ襖を見つめると、静かに襖が開き、影千代と羅偉が姿を現し、葵は、気まずそうに目を反らした。

「修螺殿と雪姫殿は、私や蓮花様と関わり、それを理解してくれました。どうか、お二人も、ご理解頂けないでしょうか?」

羅偉が庭の方に視線を向けると、慈雷夜は、影千代を真っ直ぐ見つめた。

「どうして、そんなに蓮花アイツを思えるんだ」

「蓮花様が、そうしているからです。蓮花様が、私を想って、強くなろうとしているから、私も、蓮花様を想って、強くなるのです」

「式神は、お前だけじゃねぇのにか?」

視線も向けずに、羅偉が呟くと、慈雷夜は、苦笑いを浮かべた。

「それは皆同じです。それに、蓮花様は、別け隔てなく、とてもお優しく、平等に接して下さいますから」

それが、当たり前のような慈雷夜の様子に、羅偉は、ムッとして視線を向けた。

「そんなに好きなら、一人占めしたいって思うだろ。なんで、そんな答え方出来んだよ。もしかしたら、お前だけを見てくれるかもしんねぇじゃんかよ」

慈雷夜は、クックッと、喉を鳴らすように笑い、羅偉を見つめた。

「ありえません。あの方は、誰か一人に執着する方ではありませんから」

その言い方は、諦めが混じり、とても複雑な声色だった。

「そうかもしれねぇけどさ。でも、もしかしたらって事もあんだろ」

「それがありえないんです」

慈雷夜の瞳が、切なさげに揺れた。

「あの方の目に写れるのは、今も、昔も、これからも、たった一人ですから」

「それって…」

羅偉が、誰なのかと聞こうとした時、ドボンと大きな音が聞こえ、慈雷夜は、苦笑いして、立ち上がろうとした。

「何の音だ」

「的が壊れたんだと思います。どうも、乱暴に扱ったようですね」

「何故、分かるのだ」

「あの糸は、小石程度の衝撃なら、耐えられるんですが、あの音は、小石じゃないですよね?だとしたら…」

慈雷夜が障子で隠れて、見えなかった池の方を見ると、三人も、一緒になって、縁側に身を乗り出し、池に視線を向けた。

「やはり。ダメですよ?乱暴にしては」

大きめの石を投げ、下半分の糸が切れてしまい、ダランと垂れ下がっていた。

「ごめんなさい…なかなか当たらないから…少し石を大きくしたんです…」

縁側に出て、正座をした慈雷夜の前に、天戒を庇うようにして、修螺と雪姫が並んで立った。

「お二人は、それをしたら、壊れると分かっていたでしょう?何故、止めなかったんですか?」

「感覚を覚えるのに良いかなって…修螺もしてたし…」

「あれは、特別な糸で作ってたと、説明しましたよ?何故、呼ばなかったんですか?」

「…お話されてたので…」

「邪魔しちゃ…ダメかなって…思って…」

慈雷夜に問い質され、雪姫と修螺は、次第に項垂れ始め、それを見て、黙っていた天戒が、二人の前に立ち、頭を下げた。

「ごめんなさい。僕が、なかなか上達しなかったから、お二人が、色々考えてくれたんです。だから、怒らないで下さい」

そんな天戒を見下ろし、慈雷夜は、小さく溜め息をついて、困ったような顔をした。

「知りたいから、聞いただけです。お二人が、理由なく、そんな事しないと分かっていますから、怒りませんよ」

ニッコリ笑い、視線を上げた天戒に見つめられながらも、すぐに、真面目な顔をして、後ろの二人に視線を向け、手招きをした。

「優しいのは良い事ですが、優しいだけで、悪い事をしていたら、何もなりません」

シュンと落ち込んだように肩を落とした二人の頭に手を置き、困りながらも、優しい微笑みを浮かべ、慈雷夜は、大事そうに、その小さな頭を撫でた。

「誰かと話をしていても、ちゃんと一声掛けて下さい」

「はぁ~い。すみませんでした」

二人揃って、勢い良く頭を下げてから、修螺と雪姫は、互いに視線を合わせ、ニッコリ笑うと、慈雷夜に飛び付いた。
慈雷夜も、そんな二人を抱き止める。

「おやおや。またですか」

「ダメですか?」

含み笑いをして、見上げる二人を見下ろし、一瞬、困った顔をしたが、次の瞬間、慈雷夜は、嬉しそうに、ニッコリ笑い、頬擦りをした。

「大歓迎です」

そんな三人を見ていると、微笑ましくなり、誰もが優しく見守っていたが、天戒だけは、それを淋しそうに見つめていた。
そんな天戒に気付き、羅偉が、影千代の腕を肘で突っつき、顎でしゃくって見せた。
影千代は、溜め息をつくと、静かに立ち上がり、慈雷夜の隣に移動し、腕を広げたが、天戒は、広げられた腕に飛び込む事もせず、ただうつ向いていた。

「天戒殿。こんな時は、素直になった方が良いんですよ?」

二人を抱え、ニコニコしている慈雷夜を見つめてから、トコトコと、影千代に歩み寄り、その膝にちょこんと座った。

「それだけで良いの?」

「…はい…」

「膝に乗せてもらえるだけでも、天戒にとっては、特別だからな」

体に触れられると、嫌そうな顔をする影千代に、日頃から、遠慮していた天戒は、手を繋ぐこともなかった。

「おぶってる時もあるけど、天戒は寝てるからな」

天戒も、影千代も、頬を赤くして、恥ずかしそうな顔で、互いにそっぽを向くと、羅偉と葵が、クスクスと笑った。
久々に見た笑顔に、二人は、慈雷夜の腕から抜け出し、羅偉に飛び付いて、嬉しそうに、ニコニコと笑った。

「なんだよ。何してんだよ」

「嬉しいんですよ」

三人を見つめ、ニッコリ笑うと、慈雷夜も、嬉しそうに微笑んだ。

「最近の羅偉殿は、笑わなくなり、辛そうな顔をしていました。だから、羅偉殿が、久々に笑ったのが、嬉しくて嬉しくて、抱き付いてしまった。そんな感じです」

羅偉は、二人を見下ろし、目尻を下げると、触るか触らないか位で、二人の頭を撫でた。

「ごめんな?今は、これくらいしか出来なくて」

本当は、二人を抱き締めたい気持ちで、いっぱいだった。
だが、力の加減が出来ない羅偉には、これが精一杯なのだ。

「良いんです」

「僕達は、これだけで十分ですから」

本来の優しい羅偉の姿を見れただけでも、二人は、満足そうに笑い、それを見ている葵や影千代も満足そうだった。

「何やってるの?」

大人が四人と子供が三人で、暫くの間、暖かくて優しい時間を過ごしていると、皇牙達も、やって来て、にぎやかな時間へと変わった。
子供らしい天戒の姿と穏やかな羅偉の姿に、誰もが安心していたが、慈雷夜は、顔では笑っていながらも、嫌な予感がしていた。
それからは、少しずつだが、全てが、良い方向へと向かっていた。
平穏な日々に、羅偉の感情も落ち着き、日々の訓練で、修螺と雪姫は強くなり、そんな二人に触発され、天戒も影千代の元で、前よりも厳しい修行をこなしていた。
それぞれが、忙しい中でも、前よりも屋敷に集まる時間が増え、更には、一緒に夕食を食べる時もあった。
しかし、皆の仲が深まる中、慈雷夜が、出掛ける時間も増えた。
その日も、朝から、慈雷夜は出掛けていた。

「天戒君。影千代様は?」

慈雷夜が外出してる時は、いつもなら、朱雀達や雪椰達の誰かしら、一人は一緒にいたのだが、この日は、天戒、修螺、雪姫の三人だけだった。

「分かりません。葵様も、朝早くから出掛けてらっしゃるようでしたし…」

そんな話をしていると、不安になるもので、三人は嫌な予感がした。

「ねぇ。何処か思い当たる所ないの?」

「そう言われても、起きた時には、お二人共、いらっしゃらなかったですし…」

「もう。もっと早く起きなよね」

「雪姫ちゃん。言い過ぎだよ。天戒君だって、何も分からなかったんだから」

「それは、そうだけど…」

雪姫が言い淀み、誰も何も言わなくなると、何処からか、ヒソヒソと話をする声が聞こえた。
子供の好奇心は、時折、恐ろしい程に強くなる。
子供である三人も、そんな好奇心に勝てず、足音を消して、声の聞こえた方に向かい、聞き耳を立てた。

「…力を抑えるなんて出来るの?」

この屋敷で働いている鬼族の女妖が、一人の人狼族の男妖を問い質している所だった。

「俺に聞かれても、皇牙様が、篠様に、そう言いながら、出てったのしか知らないんだよ」

「もしも、出来なかったら、羅偉様は、どうなるの?皆様は、今、どちらにいるの?」

「だから、分からないってば。長老様なら、何か知ってるかもしれないけどさ。でも…」

三人は、その続きも聞かずに、走り出すと、真っ直ぐ長老の館に向かったが、見るからに怖そうな門番が、二人もいて、周りをウロウロしていた。

「…よし」

館の裏側で、塀を見上げ、修螺は、少しずつ後ろに下がり、キョロキョロと周りを見渡してから、塀をよじ登った。
庭先には誰もいない。
二人を手招きし、雪姫が、修螺と同じように塀をよじ登ると、天戒は、翼を羽ばたかせて塀を越えた。

「そっか。天戒君は、飛べるんだよね。頼めば良かった」

庭の茂みに隠れながら、修螺が小声で呟き、雪姫は、プクッと頬を膨らませた。

「ところで…こんな事して、怒られませんか?」

「すごく怒られると思う」

しれっと言った雪姫を見つめ、天戒は、不安そうに周りを見渡した。

「やめましょうよ。皆さんが、帰って来たら、聞けば良いじゃないですか」

「それじゃ遅いよ」

「でも…」

そんなことをしていると、縁側を多くの妖かしと鬼族の長老が歩いて来たのが見え、三人は、黙って様子を伺った。
長老は、突然立ち止まり、茂みの方に視線を向けた。

「…長老様。聞いておりますか?」

「あぁ。屋敷の修繕の話だろ?」

「違います!!羅偉様のことです!!」

知りたい事が聞けるかもしれないと思うと、知らず知らずの内に、緊張で肩に力が入った。

「あぁ。その話か。心配ない。いざとなれば、菜門と哉代の力で、封印出来る」

「しかし!!あまりにも無謀ではありませんか!!いくら、族長様方が強いとは言え、暴走しかけている羅偉様の力を抑え込むなど…失敗し、もしもの事があれば…」

「だからこそ、皆、里外れの神社を選んだんだ」

場所を知る事が出来ると、今すぐにでも、そこに向かいたかったが、目の前で足を止めて、こちらを見ている長老にバレてしまう為、三人は、動くことが出来なかった。

「案ずるな。彼らを信じなさい」

他の妖かしに言ってるのだろうが、長老の視線は、反らされる事なく、真っ直ぐ茂みに向けられていた。

「それでも、心配ならば、お前達も行ってみれば良い」

「しかし、誰も近付くなと…」

「己の命が惜しければ近付くな。それでも、良いなら行きなさい。それを誰も止めたりせんよ」

周りの妖かし達が、悩むように、視線を泳がせる中、三人は、真っ直ぐ長老を見つめていた。
そんな三人を見つめてから、長老は、頬を緩め、口元に笑みを携えると、茂みから離れるように歩き出し、妖かし達も、静かに後を追った。
その姿が見えなくなると、三人は、来た時と同じように、塀を越え、神社に向かい走り出した。
息を切らしながら、三人が、石段を上ると、羅偉を囲うように立つ季麗達の姿が見えた。
近くの茂みを移動し、様子を見ていると、中央の羅偉に手を翳し、季麗達の体が青白い光を放ち始めた。
そんな時、三人の向かい側の茂みが揺れ、悪妖が季麗に向かい、飛び出して来た。

「シネーーー!!」

修螺と天戒が、茂みから飛び出し、悪妖に向かっていた。

「修螺!?」

天戒の風が、砂を巻き上げると、修螺の拳で、悪妖の体が飛ばされ、空から雪が降り始め、季麗達の姿を隠した。

「天戒に雪姫まで…どうなってんだ」

「季麗様!!」

修螺達が悪妖に向かう中、朱雀達が石段を上り、目の前の状況に息を飲んだ。

「どうゆう事だ。何故、修螺達が…」

「そんな事より、三人に加戦しよう」

「あぁ」

悪妖に向かい、朱雀達が走り出そうとすると、茂みや空から、更に、五体の悪妖が現れてしまい、季麗達を守るように、それぞれで戦闘が始まってしまった。

「くそっ!!」

「羅偉ちゃん!!集中して!!」

羅偉が動こうとし、皇牙の声が辺りに響いた。

「だけどっ!!」

羅偉が、皇牙に視線を向けると、その後ろにいた雪姫が、悪妖に襲われていた。

「雪姫!!」

雪姫の腕を氷が覆い、悪妖の爪を防ぐと、修螺が火の玉を飛ばしたが、悪妖の爪が、その頬を掠めた。

「修螺!!もうやめろ!!」

「羅偉!!」

季麗の声が響いても、羅偉の耳には、聞こえていなかった。
悪妖達の力は、前回よりも、強力になっていて、朱雀達でさえ、苦戦を強いられていた。

「やめろ…」

傷付けられても立ち上がり、朱雀達にも負けない程、修螺達も、必死に戦っていたが、まだ子供の三人には過酷すぎた。

「やめろよ…」

修螺達の小さな体が飛ばされ、膝を着いて、眼前に立つ、二匹の悪妖を睨み上げていた。

「もう…やめろ…」

二匹の悪妖が腕を上げて、三人に、鋭い爪が向かった。

「やめろーーー!!」

辺りに羅偉の声が響き、朱雀達が訪れるであろう残酷な現実を覚悟したが、二匹の悪妖の腕が、空中で、バラバラになり、地面に崩れ落ちた。
その状況に、修螺達は、驚いていたが、悪妖の体に、キラキラと輝く線を見付けると、安心感が芽生え、小さく笑い、見覚えのある小さな光達に身を委ねた。
悪妖の体が、バラバラになり、三人の前に慈雷夜が姿を現すと、傷付いた修螺達を見つめ、優しく微笑んだ。

「良く頑張りましたね」

「えへへ…僕達…少しは…役に立てたかな」

「えぇ。後は、私に任せて、休んでいて下さい」

ニッコリ笑い、意識を手離して、目を閉じた三人の頬を優しく撫でると、慈雷夜の肩が小さく震え始めた。

「よくも…我友を…許さんぞ」

振り返った慈雷夜の目は、獰猛な獣の目となり、地響きが起きそうな程の低い声が、悪妖に向けられた。

「貴様らの過ち。死を持って償え」

慈雷夜の体から、白い靄が上がり、妖かしの姿になると、悪妖に向かい手を翳した。
悲鳴のような叫び声を上げ、悶え始めると、悪妖達は、次々に地面へと倒れた。
本当に一瞬の出来事で、何が起こったのか、理解出来なかった朱雀達は、無数の赤い筋に覆われ、気を失った悪妖達を見下ろしていた。

「どうなってんだ」

「何が起きたんですか」

そんな朱雀達の呟きも、無視したように、慈雷夜は、修螺達に向き直り、その背中は、哀しみが滲んだ。

「慈雷夜さ…」

葵が歩み寄ろうと、動き出した時、雪椰達の体が吹き飛ばされ、羅偉の雄叫びが、辺りに響き渡った。

「くそ。失敗だ」

黒い雲が空を覆い、大地を揺らす程の雷鳴が轟くと、里に、雷が落とされた。

「ちくしょ!!」

「やはり、封印しか…」

立ち尽くす朱雀達の間を縫い、悔しそうに奥歯を噛み締め、座り込んでいた雪椰達の横を風が吹き抜けた。
その胸元に、人影が現れると、羅偉の動きが止まった。

「…蓮…花…?」

「鎮まれ。孤高の鬼よ」

羅偉の胸に手を当て、オレンジ色の光が放ち、その体を包む。
光が消えると、意識を失い、力が抜けて、崩れ落ちる羅偉を抱き止めた。

「…っ!!羅偉様!!」

走り寄った茉に羅偉を預けると、雪椰達も、朱雀達に支えられて歩み寄った。

「何したんだ」

「別に何も。管を何本か塞いだだけ」

慈雷夜に視線を向け、鼻で溜め息をついてから、その弱々しい背中を怒鳴りつけた。

「しっかりしろ!!慈雷夜!!」

ゆっくり視線を上げた慈雷夜の瞳から、小さな雫が流れ落ちる。

「屋敷に紅夜を呼んである。すぐに連れて行きなさい」

奥歯を噛み締め、小さく頭を下げると、修螺達を抱え、慈雷夜は、風のように走り去った。

「管を塞いだって、どうゆう事なの?」

溜め息をつき、背を向けると、皇牙に、視線だけを向けた。

「君達の胸に、力の欠片を埋め込んだ時、君達の体には、力を吸収する為、血管や神経のような管が何本も作られ、欠片と繋がっている。それを四、五本塞いだの」

狛犬がいるはずの柱が壊れ、崩れかけの岩に足を組んで座ると、季麗は、羅偉を見つめた。

「何故、コイツは、気を失ったんだ」

全員が知りたいようで、一斉に見つめられ、溜め息をついた。

「一時的に、大量の力を消費した上に、吸収する管を塞がれた事で、体の釣り合いが崩れた。それで、気を失っただけ」

「どうして、そんな事が…」

「私が陰陽師であり、その力を与えた張本人。それくらい出来なかったら、皆に合わせる顔がないでしょ?」

雪椰の声を遮り、小さく微笑むと、雪椰達は、淋しそうに目を細めた。

「出来れば、こんな事したくなかった。だから、君達にちゃんと教えられる事は、教えたつもりで、その補佐として、慈雷夜を送り込んだんだったけど。ごめんね?特別な力なんて、渡してしまったから」

「そんな事ありません!!」

雪椰の大声が響き、泣き出しそうに、唇を噛んで耐える表情で、師範が亡くなった記憶が蘇った。
生きる事、強くなる意味の全てを教え、村を守る為、自分を犠牲にした師範が死んで逝くのを泣き叫び、大声で呼び掛けるくらいしか出来ず、何も出来なかった。
その悔しさと虚しさを糧にし、大事なモノを全て守ろうと想い、強くなると誓い、師範の志を受け継ぎ、慈雷夜達に、その全てを教えた。

「雪椰様。落ち着いて下さい」

羅雪が声を掛けると、雪椰は、落ち着きを取り戻し、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
あの時、斑尾でさえ、どうする事も出来ず、ただ叫び泣くだけしか出来なかった。
もしも、斑尾が、羅雪のように出来ていたら、何が、変わっていたのかもしれないが、過ぎてしまった時間は、戻せない。

「そんな事より。今、何処にいるんだ」

影千代に聞かれ、真顔で答えた。

「教えられません」

幻想原にいることが知られれば、彼等を巻き込んでしまう。

「なんで?」

「私にも、色々事情があるんですよ」

「俺らには、言えない事なのか」

「そう」

「どうして」

「言えないから」

「だから、どうしてだ」

「言えない事だから、教えられないの」

「どうして、言えないのかくらい、教えられるんじゃない?」

「…君達の未来の為」

「それじゃ、答えに…」

「なってなくても、これくらいしか教えられないの。もう良いでしょ?それじゃ」

必死に居場所を聞き出そうとする季麗達を置き去りにして、屋根を伝い、幻想原に向かったが、途中で、立ち止まり、方向を変え、屋敷の方に向かった。
紅夜の手当てを受け、修螺達が静かに寝ている側で、慈雷夜は、哀しそうに目を細めていた。

「慈雷夜。約束だよ?」

「分かってます。ですが、もう少しだけ、待って下さい」

哀しみが溢れる慈雷夜の背中を見つめ、屋根の上に寝転び、空を見上げた。

「蓮花様」

「なに?」

「この世から、争いを無くすことは、出来ないのでしょうか」

「難しいんじゃないかな」

慈雷夜の背中が、更に、小さくなった。

「でも、減らすことは出来ると、私は思ってる。だから今を守る。絶対、守るから」

気持ちが、少し楽になったようで、慈雷夜は、小さく微笑んだ。
その時、そよ風に乗り、花びらが庭に向かい、ヒラヒラと舞い落ちた。

優羅ユラ様が、亡くなった時、蓮花様が吟っていた詩を思い出しますね」

「そうね」

風薫る
湖畔の花が散り逝けば
会えぬ君に
哀しき想いが走り逝く

「吟わなくて良いの」

慈雷夜の優しい声色が、胸の奥底に、眠らせていた感情を目覚めさせ、師範の笑顔が浮かんで消えた。
それからは、近くに存在していたが、一人の時のように、それぞれで過ごした。
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