黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十四話

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その後、日が暮れるまで、鬼ごっこや的当てなどをして遊んだ。

「雪姫~帰るわよ~」

雪姫の母親が、縁側に顔を出すと、二人は、慈雷夜の膝枕で、気持ち良さそうに寝ていた。

「あらあら。また寝てしまったんですか」

「えぇ。二人共、毎日、頑張ってますからね」

「そうですね」

二人の寝顔を見て、クスクスと笑い、慈雷夜が、今日の様子を話し、母親は、ニコニコと、微笑みを浮かべていた。

「ありがとうございました。失礼します」

「いえいえ。こちらこそ。お疲れ様でした」

寝ている雪姫を抱え、帰って行く母親を見送り、慈雷夜は、修螺の頬を優しく撫でた。

「おい。何故、子供に戦いのノウハウを教えるんだ」

真剣な顔の季麗に、横目で視線を向け、慈雷夜は、鼻で笑い、空を見上げた。

「子供だから。としか、言い様がありませんね。私達から見れば、何故、この子達に、それらを教えていないのか、とても不思議でなりません」

「当たり前だろ。子供を危険に晒すような真似など、大人であれば、避けなければならないはずだ。それが、大人である俺らの役目だ。それを…」

「それは、大人の自己満足にしか過ぎない」

口調が変わり、慈雷夜の纏っていた優しい雰囲気が一転し、冷たく厳しくなった。

「子供は、いつまでも子供のままで、大人は、いつまでも大人のままか」

横目で、季麗達を見つめる慈雷夜の瞳は、とても冷たかった。

「子供も成長すれば大人になる。大人は死んで逝く。そんな中で、この子達に、多くの事を教えてやるのが、大人である我らの役目なのだ。それを己の自己満足だけで、何も教えぬなど、それこそあってはならん事よ。勘違いするな」

普段の慈雷夜からは、想像も出来ない程、低く野太い声に、羅雪達の背中には、寒気が走り、体が震えた。

「だが、妖かしは、人や他の動物よりも、長く生きられる。今、子供達に多くを教える必要などない」

羅雪達と違い、季麗達は、真っ直ぐ慈雷夜を見つめて反論した。

「確かに、元々の寿命は、長いかもしれんが、死なぬ理由にはならん」

「だけど、すぐに死んだりなんかは…」

「明日には、死ぬかもしれん」

「何故、そうなる」

「形在るもの、生を持つものには、必ず死があるからだ」

慈雷夜の目が細められ、何処か遠く、過ぎ去った日々を思い出しているようだった。

「慈雷夜さん。良かったら、知っていることを教えて頂けませんか?」

慈雷夜は、静かに目を閉じた。

「…だだ、蜘蛛なだけで、嫌がられるのに、我と八蜘蛛は、その妖かしで、人々に恐れられ、嫌われていた」

蜘蛛の姿で、細々と生きていても、人は、それを許さない。
巣を作れば、すぐに取り払われ、発見されれば、すぐに追い払われる。
肩身の狭い暮らしで、我慢の限界を迎えた者が、暴れたりもしたが、結局は、陰陽師や祓い屋に退治されてしまった。
多くの同族が、死んで逝くのを見つめ、残った者は、飛び火を受け、追われる日々を送る。

「そんな中で、蓮花様だけは、我らを優しく、暖かく、迎え入れてくれた。その時、我らは、蓮花様から教わったのだ」

長く生きられることは、それだけ、多くの困難や苦悩を味わい、それを乗り越える知恵と力を身に付けられる。

「だが、それだけなのだ。形在るもの、生を持つものは、必ず消えてしまう。それは、妖かしである我らも、変わらない」

急な病に倒れるかもしれない。
誰かに殺されるかもしれない。
事故で死んでしまうかもしれない。

「予期せぬ出来事など、この世の中には溢れている。だからこそ、明日は、どうなるかなど誰も分からない。今、大人である我らも、いつかは、この世から消えて無くなる。そんな中、子供だからと、何も教えないまま、己が死んでしまったら、その子供達は、どう生きれば良い。長き時間の中を途方もなく迷わせるのか?それが、大人の役目なのか?」

慈雷夜の話は、今を飛び越え、遥か遠くの未来を見据えている。

「蓮花様が、そうしてるように、我も、我が知っている事の全てを教えてやりたい」

「蓮花さんから、どんな事を教えて頂けたのですか?」

「全てだ。生きる為に必要なことの全て」

「だからって、子供に戦いのノウハウは、必要ないんじゃない?」

「子供でも、自分の身を守れる程度の力は、必要なんじゃないのか」

「確かに、そうだが、それでも、今の修螺達には、早いんじゃないのか?」

「学ぶ事に、早いも遅いもないんじゃないか」

「あの。一つ、お聞きしても良いですか?」

険悪な雰囲気の影千代と慈雷夜の間に、ずっと、黙っていた雪椰が割って入った。

「村の子供達は、修螺達よりも、厳しい修行をしてると聞きましたが、それも、蓮花さんの教えですか?」

「そうだ」

「そんな無茶苦茶。一体、どんな教えなんだ」

「どんなに小さくても、強くなる権利がある。子供であっても、その意志は、尊重しなければならない」

「それじゃ、子供も、大人のように扱わなければならないだろう」

「全ての命は皆同じだ。子供でも、大人でも、同じでなければならない」

雪椰の振った話題でさえ、影千代と慈雷夜は、言い合いを始めてしまいそうになる。
そんな険悪な雰囲気の中で、修螺が動き始めた。

「おやおや。起きてしまいましたか」

一瞬にして普段の慈雷夜に戻り、体を起こした修螺を優しく支え、ニッコリ笑った。

「そろそろ、帰りましょうか」

眠そうに瞼を擦り、頷いた修螺と慈雷夜は、手を繋いで歩いて行く。
影千代は、拳を握り、その背中に、憎しみに染まった目を向けていた。

「影千代」

その肩に手を置き、季麗が首を振ると、影千代は、それを見て、大きな溜め息をついた。

「どうかしてる。あんな子供に戦いを教えるなんて。何を考えてるんだ」

「そんなこと誰も分からん」

「そうかな?俺は、なんとなく分かるな」

影千代が、奥歯を噛み締めて、皇牙を睨むと、雪椰が、盛大な溜め息をついた。

「どうして、そんなに、こだわってるのですか?」

「…修螺や雪姫を見て、お前らは、何も思わなかったのか」

「そりゃ、凄いと思ったよ?」

「そうですね」

「この短期間で、二人共、かなりの実力になったじゃないか。それの何が不満なんだ」

影千代は、拳を震わせ、季麗の手を払い除け、勢い良く振り返った。

「あれは、身を守るような戦い方じゃない。実戦向けだ。お前らは、修螺達を実戦に出す気か」

二人の手合わせで、感じた恐怖感を思い出し、季麗達の頬が引き吊った。

「これじゃ、二人に戦えと言ってるのと同じだ。無垢な子供に、そんなこと、あまりにも酷だ」

影千代の言い分にも一理あるが、皇牙だけは、それを納得しきれなかった。

「そんなこと言っても、いつかは、二人だって、戦いに出なきゃならない。そんな時が、あるかもしれないでしょ」

「だからと言って、今じゃなくとも良い」

「いつ習っても一緒でしょ?なら、今でも良いじゃない」

影千代が、皇牙に掴み掛かりそうになり、季麗が、二人の間に入り、影千代の肩を押しやった。

「それより、今は、羅偉の方が先だ。アイツを封印しないで済む方法を探さなければ」

「そうですね。僕も、蔵の古書を漁ってみます」

「俺らも、菜門と同じように、各々の蔵を調べてみるぞ。何か方法があるかもしれん」

「そうですね。では、これで解散にしましょう」

雪椰が一足先に歩き出し、それに続いて、季麗達も、それぞれの場所へと向かい、歩き始めた。
いつもの冷静で、物静かな影千代の雰囲気が、一変してしまい、葵は戸惑っていた。
天狗族の屋敷に戻っても、部屋に籠ってしまい、葵は、溜め息をつきながら、一人で蔵に向かった。

「すみません。荒らしてしまいましたか?」

蔵の近くに植えられた木から、蜘蛛の姿の慈雷夜が現れ、葵の肩に降り立った。

「いえ。こちらこそ、すみませんでした」

暗い顔をして、葵は、蔵の扉を開け、古書を漁り始めた。

「宜しければ、影千代殿の事を教えて頂けませんか?」

「ご両親の英才教育を受け、影千代様は、幼き頃から、族長としての座を約束されておりました」

だが、同年代の妖かし達と遊んだり、話をしたりすることが出来ず、いつも、一人で、必死に両親の期待に応えるべく、学問も、妖術も学び、学問所では、常に上位に入る程だったが、影千代の上には、必ず、皇牙の名前があった。
その為、両親の教育も、更に厳しくなった。
そんなこともあり、影千代は、学生でありながら、大人以上の実力になり、学問所に通いながらも、何かあれば、大人達に交じり、その腕を振るわなければならなくなった。

「影千代様は、それで、とても苦しく、淋しい思いをしました」

「それで、影千代殿は、あんなにも、修螺達の事で、熱くなられたのですか…それは、悪い事をしましたね」

慈雷夜の申し訳なさそうな雰囲気に、葵は、小さく微笑んだ。

「ですが、修螺達の事は、譲れません」

「どうして、あの様に、実戦向けの戦闘方法を教えてるのですか?」

「当たり前ですよ。強くなりたいと願う者に、子供騙しのような事を教えられませんよ」

「しかし、彼らは、自身の身を守れる程度ならば、別に、子供騙しでも良いのでは?」

「葵殿は、襲われた時、いつも護身で戦っているのですか?」

「いえ。もしもの事を考え、里を守る為に戦います」

「何故ですか?」

葵は、肩に乗る慈雷夜を見つめた。

「何故、もしもの事を考えるのですか?何故、里を守るのですか?」

「それは、大事な里を守る為なら、当然ですよ」

「あの子達も、同じ気持ちなんですよ?」

葵の目が、少しずつ大きくなり、慈雷夜は、肩から飛び降りると、蔵の鉄格子の窓に向かい、壁を登り始めた。

「あの子達も、影千代殿や葵殿と同じように、大事なモノを守りたい。そんな気持ちなんですよ?それを踏みにじる様なこと、私には出来ません」

「…っ!!待って!!」

呼び止める声など聞かず、慈雷夜は、さっさと出て行ってしまい、葵は、薄暗い蔵の中で、一人、その場に座り込み、ボーッと鉄格子を見上げていた。
葵が、二人の想いを理解すると、扉を開け放したまま、影千代の元へと走った。

「影千代様!!」

「なんだ。騒々しいぞ」

葵は、影千代の側で、正座をすると、深々と頭を下げ、慈雷夜が来ていたこと、修螺達の想いを伝えた。

「…影千代様。自分は、彼らよりも、天戒の方が、可哀想に感じます」

影千代の眉間に、シワが寄り、強い殺気が漂った。

「お前は、俺の指導が甘いとでも言いたいのか」

「違います。天戒の想いを影千代様に理解してもらえない。それが、とても惨めで、可哀想に思えるのです」

「想いだけで強くなどなれん」

「しかし、短期間で修螺と雪姫は、あれ程、強くなりました」

「それは、アイツが、厳しい修行を…」

「気持ちがなければ、強くなりません」

強い口調で影千代の声を遮り、頭を上げた葵の視線が、驚く程、真っ直ぐに向けられた。

「あの様な厳しい修行、大人であっても、すぐに投げ出してしまいたくなります。しかし、修螺達は、弱音も吐かず、投げ出さないのは、それだけ、強い気持ちがあるからなんです」

影千代を真っ直ぐに見つめ、拳を作る葵の姿は、初めてだった。

「…どうか…天戒の気持ちと向き合ってやって下さい」

その姿に驚き、何も言えずにいると、再び頭を下げ、葵は、そのまま、部屋を出て行ってしまった。
突然のことで、何も考えられず、ただ襖を見つめていたが、暫くして、影千代は、見えない力に動かされたように立ち上がると、天戒の元へと向かった。

「天戒」

庭の片隅、一人で、必死に修行をしている天戒に声を掛けると、手招きをして、影千代は、縁側に片膝を着いた。

「天戒。お前は、どのようになりたい」

「お師匠様のように、強くなりたいです」

改めて、影千代に聞かれ、天戒は、首を傾げた。
影千代は、そんな天戒を真っ直ぐに見つめた。

「本当に強くなれるが、厳しい修行をしなければならなかったら、お前はどうする」

「頑張ります」

「泣き言や弱音を吐くことが、許されないとしてもか?」

「はい」

天戒と見つめ合い、影千代は、フゥ~と息を吐き出してから、腕組をした。

「お師匠様?」

「天戒。明日、一緒に来い」

「何処にですか?」

「行けば分かる。今日は、もう寝ろ」

差し出された手を握り、縁側に上ると、天戒は、訳が分からず、首を傾げていたが、素直に影千代に従い、部屋に戻ることにした。

「分かりました。おやすみなさい」

「あぁ」

天戒の背中を見送り、影千代が、蔵に向かうと、そこには、嬉しそうに微笑む葵が立っていた。
そんな葵に、影千代は、鼻で溜め息をつき、蔵の扉を開けた。

「何かあったか?」

「いえ。まだ何も見付かっておりません」

「そうか。今日は、早めに切り上げるからな」

「はい」

だが、古書を漁るのに夢中になった。
空が明るくなるのも、夜が明け始めていたことさえも、薄暗い蔵の中では分からず、葵が気付いた時には、もう修螺達の修行が始まる時間になっていた。
仮眠もせず、影千代は、天戒を連れ、屋敷に向かうと、よく晴れた空から、ハラハラと舞う雪が、二人の頬を掠めた。

「力み過ぎです!!しっかり集中なさい!!」

「はい!!」

雪を纏った風が、徐々に小さくなり、慈雷夜の糸で作られた的の中心を凍り付かせる。

「今です!!」

舞い上がっていた雪が、小さな氷柱となり、凍った糸を砕いて、風の中に散り、大きな結晶を修螺の雷が粉々に砕いた。

「もっと細くなさい!!」

「はい!!」

修螺の雷が細くなり、結晶を掠めると、慈雷夜の糸が、それらを集め、雪姫に向けて投げた。
雪姫が、それを避けると、拳を炎で包んだ修螺が、殴り飛ばした。
肩で息をしながら、粉々に砕けた結晶が、ハラハラと舞い落ち、二人を包んでいた。

「…すごい…」

朝日を浴び、キラキラと輝く光の中に立つ二人を見つめ、天戒の口から、心底、驚いた呟きが漏れた。

「おや。来てましたか」

その小さな声にも反応し、振り返った慈雷夜が、影千代と天戒の姿に、小さく微笑むと、汗を拭いながら、雪姫と修螺も、二人に視線を向けた。

「おはようございます」

「あぁ」

「そちらは?」

慈雷夜の視線は、天戒に向いていた。
雪姫と修螺も、慈雷夜を挟んで立つと、天戒を見つめていた。

「俺の弟子だ。少し相手をしてやってくれ」

「そうですか。ですが、我らは、実戦向きです。彼に対応出来ますか?」

じっと見下ろす影千代を見上げ、天戒は、不安そうな顔をしていた。

「分からん」

目を閉じた影千代を見つめ、慈雷夜は目を細めた。

「朝の修行は、これくらいにして、朝食まで遊びましょうか」

「良いんですか?」

「はい。皆で遊びましょう」

「やった」

喜びに飛び跳ねて、雪姫と修螺は、天戒に顔を向け、嬉しそうに笑った。

「私、雪姫」

「僕は修螺。君は?」

「天戒と申します」

「天戒君。一緒に遊ぼう?」

天戒に視線を向けられ、影千代は、盛大な溜め息をついて頷いた。
それを見て、天戒も、嬉しそうな顔をすると、三人に視線を戻した。

「では、何からしましょうか?」

「的当て!!」

「追いかけっこだよ」

「修螺、早いから、なかなか終わんないじゃん」

「だからって、的当てばっかじゃつまんないよ。それに、僕、的当て苦手だなぁ」

「苦手だからって、やんないのは、良くないんだよ?」

「それ言ったら、雪姫ちゃんだって、終わらないからって、やんないのは、良くないよ?」

本気で言い合っているのか、冗談で言い合っているのか、分からない二人を見つめ、天戒が、話についていけなくなると、慈雷夜が手を叩いた。

「では、最初に追いかけっこをして、次に的当てをしましょう」

「二つも出来ますか?」

「大丈夫です。私が、捕まえますから」

「それならやる~」

二人に抱き付かれ、笑っている慈雷夜を見つめ、天戒は、不安そうに下を向いた。

「では、やりますよ?」

「はぁ~い!!」

二人が走って離れると、慈雷夜は、天戒に視線を向け、優しく微笑んだ。

「さぁ。天戒殿も逃げて下さい」

「え?あ…えっと…」

「おーい!!天戒く~ん!!」

「早く~!!」

二人に呼ばれ、不安そうにしていた天戒も、元気に走り出し、影千代は縁側に座った。

「では、いきますよ~」

ただの追いかけっこだと、思っていた影千代の期待は、次の瞬間、見事に裏切られた。
慈雷夜が声を掛けると、雪姫と修螺は二手に分かれ、一気に走り出し、天戒も一足遅れて走り出した。
だが、その足に、慈雷夜の糸が絡み付き、転びそうになった。

「天戒君!!飛んでも良いんだよ!!」

木に登った修螺の言葉で、天戒は、足の糸を切って、翼を羽ばたかせたが、慈雷夜の糸が、張られていて、上手く飛べない。
焦った天戒が振り返ると、慈雷夜が糸を放つが、修螺は、それを上手く避けて逃げた。

「おぉ。上手く避けましたね」

「えへへ。捕まりたくないですもん」

「ならば、次にいきましょう」

今度は、雪姫に向かい糸を放つが、パチンと指を鳴らし、糸を凍らせて逃げ出した。

「こちらも、やられましたか」

「私もやですよ~」

「では、次です」

今度は、二人同時に糸を放つと、慈雷夜は、修螺の目の前に現れた。
だが、修螺も、慈雷夜に負けない位の速さで動き、雪姫の方へと走っていた。

「おやおや。また、逃げられましたか」

「だって、今日の慈雷夜さん、ちょっと遅いですから」

「そりゃ、初めて遊ぶ子がいるのですから、当然ですよ」

「それじゃ、いつまで経っても、終わんないですよ?」

「それもそうですね…それでは、いつも通りに行きます」

次の瞬間、慈雷夜の速さが増し、風のように駆け出すと、二人も、同じように速さが増してしまい、天戒は、完全についていけなくなった。

「捕まえました」

修螺を抱えた慈雷夜の姿が見え、雪姫は、ケタケタと笑っていたが、天戒は、驚くしか出来なかった。

「いつまで、笑ってるのですか?」

また走り出した慈雷夜と逃げる雪姫を見つめ、天戒は、その場にボーッと立ち尽くしていた。

「捕まえましたよ?」

天戒は、慈雷夜の腕の中で、ケタケタと笑う雪姫と修螺を見つめた。

「どうしました?逃げないのですか?」

優しく微笑んだ慈雷夜に、視線を向けられ、天戒は、糸の隙間を縫うようにして、やっと動き出したが、その腕に抱き止められていた。

「はい。捕まえました」

何が起きたのか分からず、ボーッとする天戒を見下ろす慈雷夜は、とても優しく微笑んでいた。

「もっと、周りを見た方が良いですよ?」

ニッコリ笑う慈雷夜に、修螺と雪姫が抱き付き、天戒から、その腕のぬくもりが離れた。

「慈雷夜さん。次、的当てですよ?」

「そうですね。では、ちょっと待って下さい」

池の上に、慈雷夜の糸で的が作られると、雪姫が手を挙げた。

「私一番!!」

「じゃ、僕が二番。天戒君は、最後で良い?」

天戒が頷くと、修螺は、ニッコリ笑って、的の方に視線を向けた。

「いっきま~す!!えい!!」

雪姫が、雪の玉を投げると、慈雷夜の糸に引っ掛かった。

「あ~ずれちゃった」

中央から、少し離れただけでも、雪姫は、悔しそうに声を上げ、頬を膨らませた。

「次、僕の番ね?」

修螺が、小石を拾って投げると、雪姫よりも、多少離れているが、ちゃんと糸に引っ掛かった。

「あ~。なんで、雪姫ちゃんは、そんなに上手なの?」

「えへへ~。ナイショ~」

「教えてよ~」

「やぁよ」

修螺が、プクッと頬を膨らませたが、それを気にすることもなく、雪姫は、小石を拾うと、天戒に差し出した。

「天戒君の番」

それを受け取り、投げてみたが、ポチャンと音を発てて、小石は、池に落ちてしまい、天戒は、哀しそうな目をして、うつ向いてしまった。

「ねぇ。天戒君」

視線を向けると、雪姫は、天戒に小石を渡して、真っ直ぐ的を指差した。

「あの真ん中に集中して投げてみて?」

天戒は、雪姫の指差す先に向かって、小石を投げてみたが、また池の中へと沈んでしまった。

「惜しい~。もう一回」

修螺に小石を握らされたが、自棄になり、適当に投げた。
全く検討違いの所に飛んで行ってしまい、二人は、ぶっ垂れる天戒を見つめた。

「…楽しくない?」

雪姫が聞いてみても、天戒は、ぶっ垂れたまま、何も言わなかった。

「…やめようか」

「そうだね。慈雷夜さん。修行の続きしよう」

「おや。良いのですか?」

「だって…」

唇を噛む天戒を見てから、修螺と雪姫に視線を戻し、ニッコリ笑った。

「分かりました。では、先程の続きから」

天戒から離れ、三人は、修行を始めてしまい、天戒は、トボトボと、影千代の所に戻り、静かに縁側に座った。

「お師匠様…僕も…なりたいです…」

天戒は、修行をしている三人を真っ直ぐに見つめた。

「僕も、あの二人みたいになりたいです」

「だが、それには、今までが、比じゃない程の厳しい修行をしなきゃならんぞ?」

「頑張ります」

「遊ぶ時間などなくなるぞ?」

「…大丈夫です」

暫く黙っていると、影千代は、真っ直ぐ三人を指差した。

「あの男は、蓮花の式神と言って、蓮花に全てを捧げた妖かしだ。雪姫は、雪を降らせられないと言って、蓮花に教わり、降らせられるようになった。修螺は、半妖だと言われ、同族達にいじめられていたのを蓮花に助けられ、強くなることが出来た。あの三人の共通点は分かるか?」

「…蓮花様ですか?」

「そうだ。だが、それだけじゃない。分かるか?」

影千代は、真っ直ぐ三人を見つめて、もう一つの共通点を探るような天戒を横目で、見下ろした。

「それが分かるまでは、今までと同じ修行をしろ」

「…はい」

それから、天戒は、日頃の修行に加え、影千代と一緒に屋敷を訪れ、必死に三人を観察して、共通点を探していた。

「あの!!」

影千代の姿が見えない時、天戒は、休憩をしている三人に声を掛けた。

「なに?」

村から取り寄せた菓子を食べている三人に視線を向けられ、一瞬、後退りをしそうになったが、天戒は、フゥ~と息を吐いて、その場に留まった。

「お二人は、どのようになりたいのですか?」

天戒の疑問に、雪姫と修螺は、慈雷夜を見上げた。

「慈雷夜さんみたいに、大好きな人を支えられるようになりたい」

「私も。あと、大好きな人の大切なモノを一緒に守れるようになりたいな」

「僕も。それから、羅偉様や茉様の役に立てる大人になりたいな」

「私も。あとあと…」

目を輝かせながら、二人が、あれこれ言い始め、天戒は、口を半開きにした。

「これこれ。そんな欲張らないで。どれか一つを目指さなければ、駄目ですよ?」

慈雷夜が、困ったように、目尻を下げると、二人は、不満そうな顔をした。

「智呂ちゃんも、同じように言ってましたよ?」

「なんで、一つなんですか?」

「智呂は、一つ一つ、ちゃんと、目標を達成してから、次を目指してるんです」

「あ。そうなんですね。なら、私は、ママを守れるくらい強くなる」

「じゃ、僕は、雪姫ちゃんを守れるようになろうかな」

「私、そんな弱くないもん」

頬を膨らませる雪姫を見て、視線を泳がせる修螺に、慈雷夜は、クスクス笑った。

「でしたら、修螺殿は、雪姫殿を守りながらも、自分が傷付けられないようになるのは、どうですか?」

「はぁ~い。天戒君は、どうなりたいの?」

「僕は…」

二人に出会うまでは、胸を張って、影千代のようになりたいと言っていたが、今の天戒は、それを口にするのに躊躇ってしまった。

「…お師匠様…みたいに…なりたい」

「どうして?」

すぐに返って来た雪姫の疑問に、どうして、そうなりたいのかが、自分でも分からず、天戒は悩んだ。

「…影千代様って、格好いいですよね?」

修螺が、慈雷夜を見上げて、ニッコリ笑った。

「確かに。あの黒髪は、凄く素敵ですね」

「そうかな?私は、雪椰様の方が良いな。とっても優しいもん」

「それなら、僕は、羅偉様が、一番、強くて格好いいと思うな」

「天戒殿」

名前を呼ばれ、視線を向けると、慈雷夜は、優しく微笑んだ。

「影千代殿の何処が、お好きなんですか?」

「えっと。お強くて、お優しくて、飛ぶのがお上手で…」

影千代の事を思い出し、夢中になって、好きな所や凄いと思うところを言う天戒は、とても嬉しそうに頬を緩めた。

「では、改めて。天戒殿は、どのようになりたいですか?」

天戒は、少し考えてから、小さく頷き、視線を上げて胸を張った。

「お師匠様のように、なんでも守れるように、強くなりたいです」

そんな天戒を見て、三人で視線を合わせて、ニッコリ笑うと、雪姫は、天戒に視線を戻した。

「お互い、頑張ろうね」

「はい。ところで、どうしたら、慈雷夜様みたいに、強くなれるんですか?」

「慈雷夜さんも、まだまだ強くなってる途中なんだよ?」

「どうしてですか?とても、お強いじゃないですか」

「それがねぇ…」

慈雷夜の代わりに、雪姫と修螺が、自分の事のように、得意気になっていた。

「…そうか…やっと、分かりました」

「何が?」

修螺に聞かれ、天戒が、影千代に言われたことを話すと、慈雷夜は、嬉しそうに微笑んだ。

「それで?その共通点って何?」

慈雷夜と同じように、修螺も、ニコニコ笑って聞くと、天戒は、胸を張って答えた。

「三人共、大好きな人の為に、必死に、頑張って、強くなってるってことです」

「良く分かったな」

そこに、葵が、お盆を持って現れた。

「葵様…この事は…影千代様には…」

「大丈夫。言ったりしないよ」

「それ、なんですか?」

ワクワクしたように、雪姫が、お盆を指差し、期待に、目を輝かせるのを見て、葵は、ニコッと笑った。

「天戒に、色々教えてくれたから、二人に、お礼を持って来たんだ」

二人の前に置かれたお盆には、色とりどりの金平糖と鮮やかな朱色のお茶が、乗せられていた。

「天戒も。皆と仲良くね?」

「はい」

葵が、二人に湯呑みを渡し、天戒にも、同じように湯呑みを渡すと、三人は、仲良く金平糖を口に入れ、笑いながら、子供らしく遊びの話を始めた。

「ありがとう」

「何がですか?」

別に気にする様子もなく、慈雷夜は、優しく微笑みながら、隣に座った葵に顔を向けた。

「天戒の事だ。影千代様は、ご自身の経験上、天戒の修行を無意識に軽くしていたんだ」

修螺と雪姫に挟まれ、頬を赤らめながら、楽しそうに笑う天戒を見つめ、嬉しそうに、小さく笑っている葵を見て、慈雷夜も、三人に視線を移して、小さく笑った。

「修螺殿。雪姫殿。的当ての続きをしてみては、どうですか?」

「え…でも…」

天戒を見つめ、不安そうな顔をする二人に、慈雷夜は、庭に視線を向けて、見えない位置にある池の方へと手を翳し、水面に着いてしまいそうな程、大きな的を作った。

「この位なら大丈夫でしょう。天戒殿。的当ては、とても大切な修行でもあるのですよ」

「どうしてですか?」

「敵の弱点を正確に狙う為です。ですから、途中で投げ出さず、当たるまで、やってみてみましょうか」

人差し指を立てて、そう説明すると、天戒は、雪姫と修螺を交互に見て、畳に視線を落とした。

「教えてもらえますか?」

「良いよ。じゃ、行こう」

二人に手を引かれ、天戒は、池の方に向かった。
その横顔は、恥ずかしそうに赤らんでいたが、とても嬉しそうに微笑んでいた。
慈雷夜は、優しく微笑みながらも、三人を見送ると、淋しそうに目を細めた。

「蓮花様に出会う前、私は、八蜘蛛と違い、肩身の狭い生活が嫌になり、暴れてしまいそうになった事があるんです」

突然、そう切り出して、慈雷夜は、自分の事を語り始めた。

「偉そうな言い方をしましたが、本当は、あの様な事…言えるような立場じゃないのです…」

ただ蜘蛛というだけで、とても苦しい思いをし、同族達が、次々に人々を襲い、更に、苦しくなると、慈雷夜は、生きることなど、どうでも良くなり、フラフラと村に入り、一件の民家を襲った。

「それが、蓮花様の住んでいた村でした」

だが、民家の住人は、慈雷夜よりも強い妖かしだった。
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クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

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クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

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