黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十三話

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縁側に座り、空を見上げる羅偉に、気付かれないように、駆け抜け、部屋で遊んでいる修螺の傍に正座した。

「修螺。あの女に教えてもらった事を教えてくれ」

見栄もプライドも捨て去り、頭を下げる茉を見つめ、驚いている哉代と菜門の隣で、修螺は、嬉しそうに微笑んだ。

「僕が教えてもらったのは、本当に些細な事です。それで良いなら」

「なんでも良い。教えてくれ」

一生懸命な茉に、修螺は、教えられた全てを伝えた。

「なるほど…感情を制御する事が一番なのですね」

茉と一緒になって聞いていた菜門が納得していると、修螺は、子供である自分でも、役に立てたことに、頬が緩みそうになった。
だが、それを表には出さず、茉と向かい合った。

「周りが変わることで、羅偉様自身が、そのことに気付き、少しずつ、力を制御する事が目的だそうです。しかし、それをするには、一族共々、季麗様や朱雀様達の存在も必要不可欠なのです」

「分かった。皆様には、俺から事情を話し、お力添えを願おう」

「それから、放出する力を増やさせる方法と、許容量を増やさせる方法が、ここに書かれているそうです」

何も書かれていない茶封筒を懐から取り出すと、茉が、それを受け取る前に修螺の手から離れた。
皇牙に拐われた茶封筒は、茉よりも先に、季麗や朱雀達が、その内容に目を通し、険しい顔をした。

「修螺」

季麗に呼ばれ、小さな体を更に小さくして、修螺は縮こまった。

「これは、誰から預かったのですか?」

約束を守る為、秘密を守る為、修螺は、何も言わず、視線を下に向けて、黙っていた。

「修螺。答えなさい」

無表情な雪椰から、冷気が流れ、体を冷やしていく。
修螺は、怒られることを覚悟した。

「修螺!!」

「申し訳ございません!!」

雪椰の怒鳴り声で、ビクッと、肩を揺らした修螺の前で、茉は、額を畳に押し付けるように、頭を下げて畳を見つめた。

「自分に代わり、あの女を探し、会って来るよう、無理を申し付けました」

修螺を庇った茉の行動に、その場に居た誰もが驚いた。

「茉。お前、こんな子供に…」

「今!!」

羅雪の声を遮り、勢い良く、顔を上げた茉は、真っ直ぐ、季麗達を見上げた。

「今の自分には、どうする事も出来ないのです。修螺や雪姫の手を借りてでも、なんとかしなければならないのです」

「だからって、何があるか分からない状況で、子供を遣わせるなど、危険極まりない」

「自分も、重々承知しております」

「ならば、何故…」

怒りの矛先が茉に向かい、修螺は、胸が締め付けられるように痛んだ。

「…僕は鬼の子…」

小さな拳を震わせ、修螺は、そう呟くと、顔を上げて、茉の隣に並んで、畳に両手を着いた。

「どうか。茉様だけを責めないで下さい」

「修螺。お前は、下がって…」

「まだ子供かもしれません。でも、僕の半分は、羅偉様や茉様と同じ、鬼なんです」

茉の声を遮り、修螺は、真っ直ぐ季麗達をしっかりと見据えた。

「だから、羅偉様のお役に立ちたくて、何も考えず、茉様のお願いを聞いてしまったんです。申し訳ございません」

見た目は、子供でありながらも、気持ちは、しっかりとした大人の修螺に、季麗達は、視線を合わせて、小さな溜め息を漏らした。

「次からは、ちゃんと相談しろ。分かったな」

「はい」

声を揃えて返事をすると、茉と修螺は、密かに視線を合わせ、誰にも気付かれないように、小さく微笑み合った。

「ところで、茉ちゃんは、本気で、これを羅偉ちゃんに試そうと思ってるの?」

皇牙に差し出された手紙を受け取り、茉と一緒に修螺達も、中身を覗き込んで、二人は驚いた顔になった。

「…修螺…これをあの女が?」

「はい。茉様が決断されたら、渡しなさいって」

「本当か?別の誰かじゃないのか?」

「と言われましても、目の前で書いてた訳では」

「それじゃ、別の誰が書いてるか分からんぞ」

「でも、これは蓮ちゃんの字です」

雪姫の指摘は、季麗達も実感していたが、その内容が、どうも納得出来なかった。

「とりあえず、放出する方は、何とかなりそうですので、手始めに、そちらを…」

「それなら、僕と雪姫ちゃんが、試してみます」

修螺を見て、季麗は、眉間にシワを寄せた。

「修螺。さっきも言ったが…」

「僕らは、まだ子供です。でも、だからこそ、この方法は、僕らの方が良いと思うんです」

「何故ですか?」

「僕らなら、怪しまれないと思います」

「だけど、ちょっと間違ったら、怪我する事もあるって、ここにも書いてあるんだよ?」

「大丈夫です。もしもの時は、僕が、雪姫ちゃんを守りますから」

ちょっと前までは、自分を卑下していた修螺が、今では、男らしい事を言えるようになった。
その変化に、皇牙は、その頭を優しく撫でた。

「強くなったね」

「いえ。僕なんて、酒天さん達に比べたら、まだまだです」

「彼らと比べたら、キリがないよ?」

「そうかもしれません。でも、僕も、酒天さん達のように、もっともっと強くなりたいんです」

「大人になりましたね」

菜門が優しく微笑むと、修螺の頬が赤らんだ。

「そんな事…」

ゴモゴモと口ごもり、モジモジし始めたのを見て、季麗と影千代はニヤニヤと笑い、その他はケタケタと声を出して笑い、修螺は、茹でタコのように、顔を真っ赤にした。

「それでは、修螺。雪姫。羅偉を宜しくお願いします」

一頻り笑い、その場が和んだところで解散となり、二人は、早速、縁側で涼んでいる羅偉の所に向かった。

「羅偉様」

「あぁ?」

修螺と雪姫に挟まれ、羅偉は、視線を下げると、二人は、その腕を掴んだ。

「羅偉様の最大術って、どんな術なんですか?」

「最大術?ん~あ~…手とか、足とか、体の一部みたいに、自分の力を使って、でっけぇ奴と戦ったり、飛んでる奴を捕まえたりするのだな」

「へぇ」

「見てみたい」

無邪気な子供を全面に押し出し、見上げる二人から、視線を反らすと、羅偉は、自分の頭をガシガシ掻いて、申し訳なさそうな顔をした。

「それが、まだ習得してねぇんだ」

そんな羅偉の様子に、修螺は、キラキラと瞳を輝かせた。

「なら、特訓ですね」

「あ?特訓?」

「はい。智呂ちゃんが言ってました。術や技を身に付けるには、特訓あるのみ!って」

「特訓かぁ~…でもなぁ」

羅偉自身も、自分の力が、制御出来ず、暴走しかけていることに気付き、あちこちの古書を読み漁っていたが、方法が見付からずに落ち込んでいた。

「なら、追いかけっこしましょう」

修螺の提案に驚くと、手を引っ張られ、羅偉は、雪姫に視線を向けた。

「私達が逃げるから、羅偉様は、ここから捕まえるんです」

「ここから?どうやって」

「そこが特訓なんですよ。さっきの術で、僕達を捕まえて下さい」

今まで、何度やっても出来なかった術で、二人は、遊ぼうと誘うのに羅偉は戸惑った。

「上手く出来るか分かんねぇぞ?」

「大丈夫ですよ。羅偉様なら、絶対、出来ますから」

悩むような仕草をしたが、修螺の励ましに背中を押され、困ったように笑い、羅偉は背中を伸ばした。

「んじゃ、やってみっか」

喜びながら走り去る二人に、手を向け、羅偉は、全神経を集中し始めた。
暫くすると、羅偉の腕に、青白い光が宿り、次第に手の形になった。
大きな手が伸びて、二人を追う。
予想よりも、大きな手に驚きながらも、二人は、必死に逃げ回り、羅偉が疲れると、その手の動きが鈍くなり、二人も走り疲れ、縁側に、三人で並ぶと、仰向けに寝転んだ。

「こりゃ、戦いには使えねぇ」

「どうしてですか?」

「お前らが、思ってる以上に疲れんだよ」

心底、疲れきった羅偉の様子に、二人は、密かに視線を合わせて、微笑み合った。

「でも、上手く使えるようになれば、逃げる敵や飛んでる影千代様も、捕まえられるんじゃないですか?」

「影千代を捕まえるには、もっと上手くならねぇとなぁ」

「なら、毎日、私達で特訓ですね?」

「お前らは、遊びたいだけだろ」

羅偉は、季麗達に悟られないよう、必死に隠していたが、誰にも、打ち明けられないことで、強烈な孤独感と不安に襲われていた。

「ありゃ。バレちゃいましたか」

そんな中でも、雪姫や修螺と遊んだり、季麗達と話をして、何気ない日々が、羅偉にとって、唯一の安らぎになっていた。
だが、それでも、時折、垣間見る苦痛の表情に、哀しみが募っていた。

「また、明日もやりましょうね?」

無邪気な修螺や雪姫の笑顔が、今まで、羅偉が感じていた不安や孤独感を薄れさせた。

「よしっ!!上手く出来るようになるまで、お前ら付き合えよな?」

「はぁ~い!!」

三人で笑い、その後も、休憩を挟みながら、追いかけっこを続けた。
次の日も。
その次の日も。
そのまた次の日も。
二人と遊んでいる感覚で、毎日、術を使っていると、羅偉の力が、徐々に弱まり始め、物を壊したり、触れただけで、顔を歪める者が減り始めた。
上手く術が、使えるようになり、調子に乗った二人が、季麗達を呼んで、追いかけっこをしていた。

「羅偉様~」

その日も、何事もなく、平和に過ごせると、誰もが思っていた。

「羅偉様~」

「よし」

羅偉の力が、大きな手となり、修螺を追い掛けた。

「捕まえた。うし。次」

修螺と雪姫を捕まえ、次に茉を追い掛けようとした瞬間、穏やかな日常が打ち砕かれた。

「きゃーーー!!!!」

女の悲鳴が響き渡り、季麗達は、追いかけっこを中断して、その悲鳴が聞こえた屋敷の裏手へと向かった。

「ケケケケケ…死ね!!」

雪姫の母親に向かい、長く伸びた爪が振り下ろされようとしていた。

「ママ!!」

「あ!雪姫ちゃん!!」

母親を助けようと、走り出した雪姫を追い掛け、修螺も、悪妖の方に向かった。

「待て!!」

羅偉が叫んだところで、もう遅かった。

「来ちゃダメ!!」

雪姫の声で、悪妖は、動きを止め、横目で、その姿を見ると、不気味に笑った。

「娘か。ケケケケケ。そっちから先に殺してやる!!」

標的を母親から移し、悪妖は、雪姫に、長く伸びた爪を向けた。

「死ねっ!!」

「雪姫ちゃん!!」

突き飛ばされ、雪姫は、間一髪のところで避けたが、突き飛ばした修螺の肩を引き裂いた。

「修螺!!」

肩から血を流しながらも、再び、悪妖から、振り下ろされた爪を避け、雪姫に向かい、叫んだ。

「行け!!」

その声に、雪姫は、母親に駆け寄った。

「ママ!!こっち!!」

恐怖で震える母親の手を引き、雪姫は、屋敷の中に逃げ込んだ。

「修螺!!こっちに来い!!」

季麗が叫んだが、傷付いた肩が痛み、爪を避けるので、精一杯だった。

「ダメだ。肩の痛みで、動きが鈍ってる」

「仕方ない。やるぞ」

皇牙と篠が鉤爪を着け、羅偉と茉が腰の刀を抜き、悪妖に向かい、葵の風が砂煙を巻き上げた。
視界を遮られ、悪妖の動きが鈍った瞬間、修螺は、菜門と哉代の方へ走った。

「逃すか!!」

背中に向けられた爪は、羅偉の刀に防がれ、修螺は、菜門と哉代の間を走り抜けた。

「おのれ!!覚えてろ!!」

悪妖は、大きな黒い翼を広げ、空に飛び立ったが、それを影千代が追った。

「馬鹿め」

悪妖は、懐から爆薬を取り出すと、それを菜門達の方に投げた。

「菜門!!」

影千代が、菜門に視線を移した隙に、悪妖は、空高くへと、翼を羽ばたかせた。
哉代の張った結界に、爆薬が、コツンと当たると、目が眩む程の光を放ち、爆風が辺りを包んだ。

「雪椰!!羅雪!!」

哉代の結界は、然程、大きくなかった為、二人は、爆風の熱を浴びてしまった。
だが、影千代の声にいち早く反応した雪姫と母親が、二人を屋敷に引きずり込んだ。

「くっそ~…!!」

起き上がった羅偉は、絶句して、辺りを見回した。
全身の痛みに寝転がる季麗と朱雀に、防ぎきれなかった菜門と哉代が、修螺を庇うように倒れ、隣にいたはずの皇牙や篠は、離れた所に吹き飛ばされ、空にいたはずの影千代が木にぶら下がり、葵と茉は地面に倒れている。
目の前に広がる光景に、羅偉の感情が、怒りで高ぶってしまい、弱まっていた力が、どんどん増幅された。

「…羅偉様…もう大丈夫ですか?」

隙間から、雪姫が顔を覗かせ、控えめに、声を掛けると、羅偉の怒りが削がれた。

「あぁ。もう大丈夫だ」

救急箱を持って来ると、朱雀達の手当てを始めた雪姫に、羅偉は、屋敷を見つめた。

「雪姫。雪椰と羅雪は?」

「あの…中に…」

顔を出さない母親と、雪姫の様子に、羅偉は、乱暴に戸を開けた。
手足に火傷し、痛みに悶える羅雪と雪椰を母親が、必死に手当てしていた。
その姿に、更なる怒りが、羅偉を支配し、体が小さく揺れた。
そんな羅偉の袂を引っ張り、雪姫は、不安そうな顔をして、見上げていた。
その瞳に、涙の膜が張る。

「…悪ぃ…手伝うから、手当ての続きをしよう」

羅偉は、悔しさと怒りを押し込んで、雪姫と一緒に季麗達の手当てを始めた。
皆の手当てが終わり、羅偉は、縁側に座り込んで、空を見上げ、腕や頭に痛々しく、包帯が巻かれている季麗達が、その背中を見つめていた。

「また、一気に増えてしまいましたね」

「申し訳ありません…私がしっかりしていれば…こんな事に…」

「貴女は悪くない。悪いのは、あの悪妖です」

怪我をしながらも、本当に申し訳なさそうに肩を落とす雪姫の母親の背中を擦り、哉代が、励ましているのを見て、拳を作り、茉は、立ち上がると、羅偉の後ろに正座した。

「羅偉様。どうか、お聞き下さい」

羅偉の返事も待たず、茉は、今までのことを全て話した。

「うるせぇよ。お前らは、口出しすんな」

羅偉の突き放すような言い方に、茉の気持ちは暗く淀んだ。

「ですが、このままでは、羅偉様のお体が、おかしくなってしまいます。どうか、お気持ちを…」

「黙れ!!」

茉の声は、羅偉の怒鳴り声で、かき消されてしまった。

「お前に何が分かる!!お前らに何が出来る!!」

勢い良く立ち上がり、茉を見下ろした羅偉の瞳は、哀しみに染まり、怒りで表情を無くしていた。

「これは俺の問題だ…俺がどうにかするしかねぇんだ!!」

ドンドンと足音を発て、去って行く羅偉の背中を見つめ、修螺と雪姫は、頬に涙の筋を作り、そんな二人に、季麗達は、辛そうに奥歯を噛み締めた。

「すまない…本当にすまない…」

涙を堪え、鼻声になる茉に寄り添い、修螺と雪姫が、そっと作られていた拳を包んだ。
茉は、肩を震わせ、子供である二人に、慰められても、どうすることも出来ない自分を情けなく感じた。

「ど…したら…良いんだ…」

茉の苦しい呟きに、修螺は、涙を乱暴に袖で拭いた。
暗く淀んだ雰囲気のまま、その場は解散となり、修螺は、誰にも気付かれないようにしながら、自宅ではなく、幻想原の桟橋を渡った。

「蓮ちゃん!!」

周りを気にすることなく、大声で呼んでみたが、現れたのは慈雷夜だった。

「何かご用ですか?」

修螺の話を黙って聞き、慈雷夜は顎に指を添えた。

「分かりました。ちょっと待っていて下さい」

慈雷夜が、林の中に姿を消してから、数分も経たずに戻って来ると、蜘蛛の姿になり、修螺の腕に飛び付いた。

「暫しの間、私が、皆様の護衛として、ご一緒いたします」

「本当ですか?」

「えぇ。もしもの時は、私が、皆様をお守りします。ですから、どうか、その様な顔をしないで下さい」

肩に乗り、修螺の頬を小さな足が、撫でるように触れると、暗くなっていた修螺の気持ちが、少しずつ軽くなった。

「ありがとうございます」

「ところで修螺殿。だいぶ、力を付けたようですね?」

「そんな事ないですよ」

「そこは、素直に喜んで良いのですよ?」

「そうですか?」

「そうですとも。しかし、ご自分の体は、大事にした方が良いですよ?」

労る会話に癒されながら、修螺は、慈雷夜を連れて帰宅した。
次の日。
慈雷夜を屋敷に連れて行くと、季麗達は、とても驚いていたが、その物腰の柔らかさに、安心感を得て、誰も文句や不満など言わなかった。

「修螺殿。少し術の練習をしませんかな?」

「うん」

「私にも教えて?」

「えぇ。私で宜しければ、喜んで」

遊び感覚だが、慈雷夜にコツを教わり、術の練習を始めた。

「お二人共、素晴らしいです」

「ホント?」

「えぇ。まだ不安定ではありますが、お上手です。もっと練習すれば、もっとお上手になりますよ」

慈雷夜に褒められ、その後も、二人は必死に練習をした。
その姿に触発され、季麗達や朱雀達も、密かに修行を始め、茉も朱雀や葵と共に、訓練に励むようになり、数日が過ぎた。
族長会議の帰り道。

「もしも、俺が暴走したら、迷わず、封印して欲しい」

唐突の羅偉の発言に、季麗達は、愕然とした。

「何言って…」

「俺だって、色々調べたんだよ。だけど、どんなに古い書物にも、力の暴走の事は書かれてなかった」

屋敷の蔵を漁り、暴れ回っていた鬼を封印したと、記載された古書を見付けた。
それを詳しく調べてみると、力の暴走で、一匹の鬼が封印されたことがあることを知った。

「里の外れに神社があるだろ?あそこで、当時の族長達が、その鬼を封印したらしいんだ」

「それは、今の羅偉と同じなのですか?」

「いや。ちょっと違う」

「特別な力じゃないんでしょ?」

「あぁ。でも、それだけじゃねぇ。ソイツは、まだ子供だったらしい」

「どうゆう事だ」

力の暴走を起こしたのは、修螺や雪姫と同じくらいの子妖だった。
小さな体に、大人達よりも、強い力を持っていた。

「それで、体が、力に耐えられなくて、暴走したらしくて、里の半分以上を破壊した。だから、もしも、俺が暴走したら、迷わずに封印してくれ。頼む」

「…分かった」

羅偉が、深々と頭を下げ、季麗達は、それぞれ、視線を合わせて頷き合う。
顔を上げた羅偉は、淋しそうに笑った。

「ありがとう」

弱々しい羅偉の声が、季麗達の胸に突き刺さり、訓練をしながら、自分達が出来ることを探した。
それからの時の流れは、とても穏やかだったが、羅偉の力は、そんな穏やかさと反比例するように、日々増え続けた。
練習を続け、修螺と雪姫が、完璧に使いこなせるようになり、新たな術の習得に励んでいた

「ねぇ。慈雷夜さん。羅偉様は、大丈夫なのでしょうか?」

屋敷を訪れる羅偉は、少し窶れていた。
二人は、不安そうな顔で、動きを止めてしまった。

「…少し、休憩しましょうか」

縁側に座り、雪姫と修螺は、風に揺れる草花を見つめ、慈雷夜は、蜘蛛の姿から、人の姿に変わり、二人の前に屈んだ。

「お二人は、羅偉殿が、お好きですか?」

静かに頷く二人を見つめ、慈雷夜は、優しく微笑むと、二人の小さな手に手を重ねた。

「私も、蓮花様が大好きです。ですから、私は、蓮花様のお役に立ちたいのです。お二人は、どうですか?」

「僕も、羅偉様の役に立ちたいです」

「私も」

慈雷夜は、満足そうに頷いた。

「ならば、強くなりましょう。お二人が強くなり、羅偉殿の大切なモノを少しでも、守れるようになれば、羅偉殿の苦しみも、哀しみも、少しずつですが、小さくなるはずです。私も、そう信じています。だから、今は、一緒に強くなりましょう」

「慈雷夜さんは、強いですよ」

「いえ。私など、斑尾の足元にも及びません」

「斑尾さんは、そんなに強いの?」

「えぇ。彼は、とても強いです。一つの強い想いを胸に、彼は、今も強くなっています」

「「想い…」」

同時に呟いた二人から、視線を上げ、空を見上げた慈雷夜は、斑尾の姿を思い浮かべた。

「自由を犠牲にしてでも、蓮花様をお守りする。何に代えても、蓮花様を支える。その為に強くなるのだと、彼は、蓮花様を強く想っているんです。だから、彼は、どんな事があろうとも、冷静に、全てを見極め、どんな強敵にも、全力で立ち向かうのです」

二人に視線を戻し、慈雷夜は、真剣な顔をした。

「どんなに、凄い力を持っていても、強い想いには、絶対に勝てないのです。だから、お二人も、羅偉殿への強い想いがあれば、絶対、強くなれます。だから、そんな顔しないで下さい」

二人の頬を優しく撫で下ろし、哀しそうに、目を細めた慈雷夜を見つめ、修螺と雪姫は、膝の上で、拳を作り、ニッコリ笑った。

「よし。頑張るぞ」

「私も。負けないからね?」

やる気が出た二人の様子に、慈雷夜は、一瞬だけ、ニヤリと笑い、すぐに優しい微笑みに戻ると、指を立てた。

「では、少し厳しくしようと思いますが、良いですか?」

「はい!!」

声を揃えて、元気な返事をして、練習を再開した。
笑顔のままの慈雷夜の指導は、厳しくなり、二人は、毎日、ヘトヘトになるまで練習を続けた。

「慈雷夜」

「どうかしましたか?」

慈雷夜は、突然現れた楓雅と何か話をすると、肩で息をする二人に向き直った。

「今日は、ここまでにします。夕方には、戻りますので、それまで、ゆっくりしていて下さい」

慈雷夜は、楓雅と共に出掛けて行き、二人は、畳にうつ伏せに寝転んだ。

「大丈夫か?」

静かに襖が開き、顔を覗かせた季麗達に視線を向け、二人は、寝転んだまま、引き吊った笑みを浮かべた。

「大丈夫です」

「それにしても、良くやってられるな」

篠が、良く冷えたお茶の入った湯呑みを差し出すと、雪姫は、勢い良く、体を起こし、湯呑みを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干した。
足りなかった雪姫は、湯呑みを持って、フラっと部屋を出て行った。

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。智呂ちゃん達は、もっと厳しい指導を受けてるらしいので、この位で弱音なんか吐けません」

「智呂って、あの小鳥の半妖か?」

「はい」

「どうして、それを知ってるのですか?」

「慈雷夜さんに聞きました」

修螺は、頬をポリポリと掻き、茶を一気に飲み干した。

「それで、頑張ってるんだね。偉いぞぉ」

手を押し付けるように頭を撫でられ、修螺の髪が乱れると、それを見て、季麗や影千代だけでなく、雪椰や菜門も、クスクスと笑った。

「もっと飲む?」

修螺が頬を膨らませていると、ヤカンを持って、雪姫が戻って来た。

「うん。ありがとう」

仲良く並んでお茶を飲む二人を見つめ、季麗が、ニヤニヤと笑った。

「そうしてると、夫婦メオトのようだぞ?」

二人の顔が、一気に真っ赤になると、季麗はケタケタと笑った。

「季麗ちゃん。二人を苛めちゃダメだよ」

「俺は、本当の事を言っただけだ」

「そんな事ばかりしていたら、嫌われるぞ」

「俺よりも、お前の方が怖くて、嫌われてるんじゃないのか?影千代」

そんな季麗達を見つめ、苦笑いしていた朱雀と茉の袖を引っ張り、普段の顔色に戻った修螺と雪姫が、ニコニコと笑い、二人を見上げた。

「少しだけで良いので、手合わせを願えませんか?」

朱雀と茉は、顔を見合わせてから、視線を戻し、何度も瞬きをした。

「どうして、俺らなんだ?」

「常に自分よりも強い人と手合わせしなさいって、慈雷夜さんに言われたんです」

雪姫の答えに、影千代が、眉間にシワを寄せた。

「また無茶なことを」

「無茶でも、常にそうして、上を目指して、強くなるんです」

振り返った修螺は、とても真剣な顔をしていた。

「…分かった」

苦笑いしながらも、茉と朱雀が承諾すると、修螺と雪姫は、嬉しそうに微笑んで、二人の手を引いて庭に出た。

「地面に膝を着くか、転んだら、その時点で終了。それで、良いですか?」

「あぁ」

「何でも良いぞ」

雪姫と修螺は、視線を合わせ、頷き合い、それぞれ、体を向き合わせて構えた。

「制限時間は五分で。お願いします」

「それでは。始め!!」

羅雪の掛け声で、修螺が、一気に、二人との距離を縮め、雪姫は、雪を降らせ始めた。
頬を掠める雪と共に、猛スピードの修螺をヒラヒラと避け、茉と朱雀は、ニコニコしていたが、次の瞬間、地面に貼り付いたように動かなくなった。

「な!!」

「しまった!!」

足元に視線を落とすと、雪姫から二人に向かい、真っ直ぐ氷の筋が走り、足首まで凍らせていた。
朱雀の火の玉で、足元の氷を溶かし、二人が飛び退くと、雪の勢いが強くなり、修螺の姿を隠した。
目の前をちらつく雪に紛れ、何度も突き出される修螺の拳を避けていたが、小さな火の玉が放たれ、朱雀の頬を掠めた。
驚きで、二人の動きが止まると、徐々に、雪の勢いが弱まり、修螺と雪姫の姿が、ハッキリと見え始めた。

「…嘘だろ…」

拳に小さな炎を纏わせる修螺。
氷で作られた刃が手を覆う雪姫。
二人の姿に、季麗達も、驚きを隠せなかった。

「どっち?」

「右」

小声で、修螺が答えると、雪姫は、朱雀に向けて、小さな雪の玉を何個も放ったが、朱雀の火の玉が全てを消した。
だが、雪の玉が水蒸気となり、二人の視界を遮ると、小さな火の玉が、二人の頬を掠め、修螺の姿が目の前に現れた。

「止め!!」

誰もが、修螺と雪姫の動きに目を奪われている中で、唯一、冷静に時計を見つめていた哉代が、声を掛けると、茉の腹の前で、修螺の拳が止まり、雪姫の手が、朱雀の首元で止まった。

「ありがとうございました」

声を揃えて、頭を下げた二人を見下ろし、茉と朱雀は、何も言えず、立ち尽くした。
もしも、これが本当の戦いならば、相手は、かなりの痛手を負っていた。
そんな思考が、季麗達の脳裏を過ると、恐怖で、背筋に寒気が走る。

「茉様?」

「朱雀様?」

そんな大人達の考えなど、あまり理解してないようで、首を傾げている修螺と雪姫に呼ばれ、自分を取り戻した二人は、引き吊った笑いを浮かべた。

「ら雷撃は、使わないのか?」

「雷撃は、氷や水との相性が悪いと教えたんですよ」

そこに、出掛けていた慈雷夜が、帰って来た。

「そんな事まで教えたのか」

「えぇ。同士討ちをしては、何の意味も成しませんからね」

朱雀の問いに答えながら、二人に近付くと、その頭に手を乗せ、慈雷夜は、嬉しそうに微笑んだ。

「お二人共、惜しかったですが、とても素晴らしかったです」

「ホント?」

「はい。皆さん、見惚れる程でしたよ?」

褒められ、頬を赤らめ、嬉しそうに笑う二人に、慈雷夜も、優しく微笑んだ。

「もう少し、腕に磨きを掛けたら、次は、勝てるかもしれません」

「よし。頑張ろうね」

「うん」

「しかし。強くなったからと言って、油断してはなりませんよ?」

「はい」

返事をしながら、褒められた嬉しさを抑えられず、二人は、慈雷夜に抱き付いて笑った。

「おやおや」

本来あるべき子供の姿に、雪椰達は、ホッと胸を撫で下ろした。

「えへへ。ねぇ。何処行ってたんですか?」

「秘密です」

「秘密は、良くないんですよ?」

「すみません。ですが、今回は、これで勘弁して下さい」

慈雷夜が、袂から取り出した包みを見て、二人の顔が、更に、明るくなった。

「お菓子ですか?」

「はい。楓雅に無理を言って、村で作ってるのを買って来てもらいました」

「村って、蓮ちゃんがいた村ですか?」

「そうです。そして、これは、蓮花様の好物です」

「蓮ちゃんの好物かぁ。どんなのだろ?」

「蓮ちゃんの好物だから、きっと、不思議な物じゃないかな?」

慈雷夜の話で、好奇心が掻き立てられ、二人は目を輝かせた。

「では、座って食べましょうか」

「はぁ~い」

今まで動き回っていたのに、疲れた様子も見せず、二人は、縁側の方に走り出し、慈雷夜は、ボーッとしている茉と朱雀に視線を移した。

「皆さんも、ご一緒にどうぞ」

「あ…あぁ」

慈雷夜と共に縁側に向かい、皆で、慈雷夜の持って来た筒餅を食べ始めた。

「おいし~い~」

「本当。美味しいね」

「気に入って頂けたみたいで、私も嬉しいです」

二人は、すっかり慈雷夜になついた。
三人は、笹餅を食べながら、他愛ない話をする姿を季麗達は、真剣な顔をしていた。
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