13 / 34
十三話
しおりを挟む
縁側に座り、空を見上げる羅偉に、気付かれないように、駆け抜け、部屋で遊んでいる修螺の傍に正座した。
「修螺。あの女に教えてもらった事を教えてくれ」
見栄もプライドも捨て去り、頭を下げる茉を見つめ、驚いている哉代と菜門の隣で、修螺は、嬉しそうに微笑んだ。
「僕が教えてもらったのは、本当に些細な事です。それで良いなら」
「なんでも良い。教えてくれ」
一生懸命な茉に、修螺は、教えられた全てを伝えた。
「なるほど…感情を制御する事が一番なのですね」
茉と一緒になって聞いていた菜門が納得していると、修螺は、子供である自分でも、役に立てたことに、頬が緩みそうになった。
だが、それを表には出さず、茉と向かい合った。
「周りが変わることで、羅偉様自身が、そのことに気付き、少しずつ、力を制御する事が目的だそうです。しかし、それをするには、一族共々、季麗様や朱雀様達の存在も必要不可欠なのです」
「分かった。皆様には、俺から事情を話し、お力添えを願おう」
「それから、放出する力を増やさせる方法と、許容量を増やさせる方法が、ここに書かれているそうです」
何も書かれていない茶封筒を懐から取り出すと、茉が、それを受け取る前に修螺の手から離れた。
皇牙に拐われた茶封筒は、茉よりも先に、季麗や朱雀達が、その内容に目を通し、険しい顔をした。
「修螺」
季麗に呼ばれ、小さな体を更に小さくして、修螺は縮こまった。
「これは、誰から預かったのですか?」
約束を守る為、秘密を守る為、修螺は、何も言わず、視線を下に向けて、黙っていた。
「修螺。答えなさい」
無表情な雪椰から、冷気が流れ、体を冷やしていく。
修螺は、怒られることを覚悟した。
「修螺!!」
「申し訳ございません!!」
雪椰の怒鳴り声で、ビクッと、肩を揺らした修螺の前で、茉は、額を畳に押し付けるように、頭を下げて畳を見つめた。
「自分に代わり、あの女を探し、会って来るよう、無理を申し付けました」
修螺を庇った茉の行動に、その場に居た誰もが驚いた。
「茉。お前、こんな子供に…」
「今!!」
羅雪の声を遮り、勢い良く、顔を上げた茉は、真っ直ぐ、季麗達を見上げた。
「今の自分には、どうする事も出来ないのです。修螺や雪姫の手を借りてでも、なんとかしなければならないのです」
「だからって、何があるか分からない状況で、子供を遣わせるなど、危険極まりない」
「自分も、重々承知しております」
「ならば、何故…」
怒りの矛先が茉に向かい、修螺は、胸が締め付けられるように痛んだ。
「…僕は鬼の子…」
小さな拳を震わせ、修螺は、そう呟くと、顔を上げて、茉の隣に並んで、畳に両手を着いた。
「どうか。茉様だけを責めないで下さい」
「修螺。お前は、下がって…」
「まだ子供かもしれません。でも、僕の半分は、羅偉様や茉様と同じ、鬼なんです」
茉の声を遮り、修螺は、真っ直ぐ季麗達をしっかりと見据えた。
「だから、羅偉様のお役に立ちたくて、何も考えず、茉様のお願いを聞いてしまったんです。申し訳ございません」
見た目は、子供でありながらも、気持ちは、しっかりとした大人の修螺に、季麗達は、視線を合わせて、小さな溜め息を漏らした。
「次からは、ちゃんと相談しろ。分かったな」
「はい」
声を揃えて返事をすると、茉と修螺は、密かに視線を合わせ、誰にも気付かれないように、小さく微笑み合った。
「ところで、茉ちゃんは、本気で、これを羅偉ちゃんに試そうと思ってるの?」
皇牙に差し出された手紙を受け取り、茉と一緒に修螺達も、中身を覗き込んで、二人は驚いた顔になった。
「…修螺…これをあの女が?」
「はい。茉様が決断されたら、渡しなさいって」
「本当か?別の誰かじゃないのか?」
「と言われましても、目の前で書いてた訳では」
「それじゃ、別の誰が書いてるか分からんぞ」
「でも、これは蓮ちゃんの字です」
雪姫の指摘は、季麗達も実感していたが、その内容が、どうも納得出来なかった。
「とりあえず、放出する方は、何とかなりそうですので、手始めに、そちらを…」
「それなら、僕と雪姫ちゃんが、試してみます」
修螺を見て、季麗は、眉間にシワを寄せた。
「修螺。さっきも言ったが…」
「僕らは、まだ子供です。でも、だからこそ、この方法は、僕らの方が良いと思うんです」
「何故ですか?」
「僕らなら、怪しまれないと思います」
「だけど、ちょっと間違ったら、怪我する事もあるって、ここにも書いてあるんだよ?」
「大丈夫です。もしもの時は、僕が、雪姫ちゃんを守りますから」
ちょっと前までは、自分を卑下していた修螺が、今では、男らしい事を言えるようになった。
その変化に、皇牙は、その頭を優しく撫でた。
「強くなったね」
「いえ。僕なんて、酒天さん達に比べたら、まだまだです」
「彼らと比べたら、キリがないよ?」
「そうかもしれません。でも、僕も、酒天さん達のように、もっともっと強くなりたいんです」
「大人になりましたね」
菜門が優しく微笑むと、修螺の頬が赤らんだ。
「そんな事…」
ゴモゴモと口ごもり、モジモジし始めたのを見て、季麗と影千代はニヤニヤと笑い、その他はケタケタと声を出して笑い、修螺は、茹でタコのように、顔を真っ赤にした。
「それでは、修螺。雪姫。羅偉を宜しくお願いします」
一頻り笑い、その場が和んだところで解散となり、二人は、早速、縁側で涼んでいる羅偉の所に向かった。
「羅偉様」
「あぁ?」
修螺と雪姫に挟まれ、羅偉は、視線を下げると、二人は、その腕を掴んだ。
「羅偉様の最大術って、どんな術なんですか?」
「最大術?ん~あ~…手とか、足とか、体の一部みたいに、自分の力を使って、でっけぇ奴と戦ったり、飛んでる奴を捕まえたりするのだな」
「へぇ」
「見てみたい」
無邪気な子供を全面に押し出し、見上げる二人から、視線を反らすと、羅偉は、自分の頭をガシガシ掻いて、申し訳なさそうな顔をした。
「それが、まだ習得してねぇんだ」
そんな羅偉の様子に、修螺は、キラキラと瞳を輝かせた。
「なら、特訓ですね」
「あ?特訓?」
「はい。智呂ちゃんが言ってました。術や技を身に付けるには、特訓あるのみ!って」
「特訓かぁ~…でもなぁ」
羅偉自身も、自分の力が、制御出来ず、暴走しかけていることに気付き、あちこちの古書を読み漁っていたが、方法が見付からずに落ち込んでいた。
「なら、追いかけっこしましょう」
修螺の提案に驚くと、手を引っ張られ、羅偉は、雪姫に視線を向けた。
「私達が逃げるから、羅偉様は、ここから捕まえるんです」
「ここから?どうやって」
「そこが特訓なんですよ。さっきの術で、僕達を捕まえて下さい」
今まで、何度やっても出来なかった術で、二人は、遊ぼうと誘うのに羅偉は戸惑った。
「上手く出来るか分かんねぇぞ?」
「大丈夫ですよ。羅偉様なら、絶対、出来ますから」
悩むような仕草をしたが、修螺の励ましに背中を押され、困ったように笑い、羅偉は背中を伸ばした。
「んじゃ、やってみっか」
喜びながら走り去る二人に、手を向け、羅偉は、全神経を集中し始めた。
暫くすると、羅偉の腕に、青白い光が宿り、次第に手の形になった。
大きな手が伸びて、二人を追う。
予想よりも、大きな手に驚きながらも、二人は、必死に逃げ回り、羅偉が疲れると、その手の動きが鈍くなり、二人も走り疲れ、縁側に、三人で並ぶと、仰向けに寝転んだ。
「こりゃ、戦いには使えねぇ」
「どうしてですか?」
「お前らが、思ってる以上に疲れんだよ」
心底、疲れきった羅偉の様子に、二人は、密かに視線を合わせて、微笑み合った。
「でも、上手く使えるようになれば、逃げる敵や飛んでる影千代様も、捕まえられるんじゃないですか?」
「影千代を捕まえるには、もっと上手くならねぇとなぁ」
「なら、毎日、私達で特訓ですね?」
「お前らは、遊びたいだけだろ」
羅偉は、季麗達に悟られないよう、必死に隠していたが、誰にも、打ち明けられないことで、強烈な孤独感と不安に襲われていた。
「ありゃ。バレちゃいましたか」
そんな中でも、雪姫や修螺と遊んだり、季麗達と話をして、何気ない日々が、羅偉にとって、唯一の安らぎになっていた。
だが、それでも、時折、垣間見る苦痛の表情に、哀しみが募っていた。
「また、明日もやりましょうね?」
無邪気な修螺や雪姫の笑顔が、今まで、羅偉が感じていた不安や孤独感を薄れさせた。
「よしっ!!上手く出来るようになるまで、お前ら付き合えよな?」
「はぁ~い!!」
三人で笑い、その後も、休憩を挟みながら、追いかけっこを続けた。
次の日も。
その次の日も。
そのまた次の日も。
二人と遊んでいる感覚で、毎日、術を使っていると、羅偉の力が、徐々に弱まり始め、物を壊したり、触れただけで、顔を歪める者が減り始めた。
上手く術が、使えるようになり、調子に乗った二人が、季麗達を呼んで、追いかけっこをしていた。
「羅偉様~」
その日も、何事もなく、平和に過ごせると、誰もが思っていた。
「羅偉様~」
「よし」
羅偉の力が、大きな手となり、修螺を追い掛けた。
「捕まえた。うし。次」
修螺と雪姫を捕まえ、次に茉を追い掛けようとした瞬間、穏やかな日常が打ち砕かれた。
「きゃーーー!!!!」
女の悲鳴が響き渡り、季麗達は、追いかけっこを中断して、その悲鳴が聞こえた屋敷の裏手へと向かった。
「ケケケケケ…死ね!!」
雪姫の母親に向かい、長く伸びた爪が振り下ろされようとしていた。
「ママ!!」
「あ!雪姫ちゃん!!」
母親を助けようと、走り出した雪姫を追い掛け、修螺も、悪妖の方に向かった。
「待て!!」
羅偉が叫んだところで、もう遅かった。
「来ちゃダメ!!」
雪姫の声で、悪妖は、動きを止め、横目で、その姿を見ると、不気味に笑った。
「娘か。ケケケケケ。そっちから先に殺してやる!!」
標的を母親から移し、悪妖は、雪姫に、長く伸びた爪を向けた。
「死ねっ!!」
「雪姫ちゃん!!」
突き飛ばされ、雪姫は、間一髪のところで避けたが、突き飛ばした修螺の肩を引き裂いた。
「修螺!!」
肩から血を流しながらも、再び、悪妖から、振り下ろされた爪を避け、雪姫に向かい、叫んだ。
「行け!!」
その声に、雪姫は、母親に駆け寄った。
「ママ!!こっち!!」
恐怖で震える母親の手を引き、雪姫は、屋敷の中に逃げ込んだ。
「修螺!!こっちに来い!!」
季麗が叫んだが、傷付いた肩が痛み、爪を避けるので、精一杯だった。
「ダメだ。肩の痛みで、動きが鈍ってる」
「仕方ない。やるぞ」
皇牙と篠が鉤爪を着け、羅偉と茉が腰の刀を抜き、悪妖に向かい、葵の風が砂煙を巻き上げた。
視界を遮られ、悪妖の動きが鈍った瞬間、修螺は、菜門と哉代の方へ走った。
「逃すか!!」
背中に向けられた爪は、羅偉の刀に防がれ、修螺は、菜門と哉代の間を走り抜けた。
「おのれ!!覚えてろ!!」
悪妖は、大きな黒い翼を広げ、空に飛び立ったが、それを影千代が追った。
「馬鹿め」
悪妖は、懐から爆薬を取り出すと、それを菜門達の方に投げた。
「菜門!!」
影千代が、菜門に視線を移した隙に、悪妖は、空高くへと、翼を羽ばたかせた。
哉代の張った結界に、爆薬が、コツンと当たると、目が眩む程の光を放ち、爆風が辺りを包んだ。
「雪椰!!羅雪!!」
哉代の結界は、然程、大きくなかった為、二人は、爆風の熱を浴びてしまった。
だが、影千代の声にいち早く反応した雪姫と母親が、二人を屋敷に引きずり込んだ。
「くっそ~…!!」
起き上がった羅偉は、絶句して、辺りを見回した。
全身の痛みに寝転がる季麗と朱雀に、防ぎきれなかった菜門と哉代が、修螺を庇うように倒れ、隣にいたはずの皇牙や篠は、離れた所に吹き飛ばされ、空にいたはずの影千代が木にぶら下がり、葵と茉は地面に倒れている。
目の前に広がる光景に、羅偉の感情が、怒りで高ぶってしまい、弱まっていた力が、どんどん増幅された。
「…羅偉様…もう大丈夫ですか?」
隙間から、雪姫が顔を覗かせ、控えめに、声を掛けると、羅偉の怒りが削がれた。
「あぁ。もう大丈夫だ」
救急箱を持って来ると、朱雀達の手当てを始めた雪姫に、羅偉は、屋敷を見つめた。
「雪姫。雪椰と羅雪は?」
「あの…中に…」
顔を出さない母親と、雪姫の様子に、羅偉は、乱暴に戸を開けた。
手足に火傷し、痛みに悶える羅雪と雪椰を母親が、必死に手当てしていた。
その姿に、更なる怒りが、羅偉を支配し、体が小さく揺れた。
そんな羅偉の袂を引っ張り、雪姫は、不安そうな顔をして、見上げていた。
その瞳に、涙の膜が張る。
「…悪ぃ…手伝うから、手当ての続きをしよう」
羅偉は、悔しさと怒りを押し込んで、雪姫と一緒に季麗達の手当てを始めた。
皆の手当てが終わり、羅偉は、縁側に座り込んで、空を見上げ、腕や頭に痛々しく、包帯が巻かれている季麗達が、その背中を見つめていた。
「また、一気に増えてしまいましたね」
「申し訳ありません…私がしっかりしていれば…こんな事に…」
「貴女は悪くない。悪いのは、あの悪妖です」
怪我をしながらも、本当に申し訳なさそうに肩を落とす雪姫の母親の背中を擦り、哉代が、励ましているのを見て、拳を作り、茉は、立ち上がると、羅偉の後ろに正座した。
「羅偉様。どうか、お聞き下さい」
羅偉の返事も待たず、茉は、今までのことを全て話した。
「うるせぇよ。お前らは、口出しすんな」
羅偉の突き放すような言い方に、茉の気持ちは暗く淀んだ。
「ですが、このままでは、羅偉様のお体が、おかしくなってしまいます。どうか、お気持ちを…」
「黙れ!!」
茉の声は、羅偉の怒鳴り声で、かき消されてしまった。
「お前に何が分かる!!お前らに何が出来る!!」
勢い良く立ち上がり、茉を見下ろした羅偉の瞳は、哀しみに染まり、怒りで表情を無くしていた。
「これは俺の問題だ…俺がどうにかするしかねぇんだ!!」
ドンドンと足音を発て、去って行く羅偉の背中を見つめ、修螺と雪姫は、頬に涙の筋を作り、そんな二人に、季麗達は、辛そうに奥歯を噛み締めた。
「すまない…本当にすまない…」
涙を堪え、鼻声になる茉に寄り添い、修螺と雪姫が、そっと作られていた拳を包んだ。
茉は、肩を震わせ、子供である二人に、慰められても、どうすることも出来ない自分を情けなく感じた。
「ど…したら…良いんだ…」
茉の苦しい呟きに、修螺は、涙を乱暴に袖で拭いた。
暗く淀んだ雰囲気のまま、その場は解散となり、修螺は、誰にも気付かれないようにしながら、自宅ではなく、幻想原の桟橋を渡った。
「蓮ちゃん!!」
周りを気にすることなく、大声で呼んでみたが、現れたのは慈雷夜だった。
「何かご用ですか?」
修螺の話を黙って聞き、慈雷夜は顎に指を添えた。
「分かりました。ちょっと待っていて下さい」
慈雷夜が、林の中に姿を消してから、数分も経たずに戻って来ると、蜘蛛の姿になり、修螺の腕に飛び付いた。
「暫しの間、私が、皆様の護衛として、ご一緒いたします」
「本当ですか?」
「えぇ。もしもの時は、私が、皆様をお守りします。ですから、どうか、その様な顔をしないで下さい」
肩に乗り、修螺の頬を小さな足が、撫でるように触れると、暗くなっていた修螺の気持ちが、少しずつ軽くなった。
「ありがとうございます」
「ところで修螺殿。だいぶ、力を付けたようですね?」
「そんな事ないですよ」
「そこは、素直に喜んで良いのですよ?」
「そうですか?」
「そうですとも。しかし、ご自分の体は、大事にした方が良いですよ?」
労る会話に癒されながら、修螺は、慈雷夜を連れて帰宅した。
次の日。
慈雷夜を屋敷に連れて行くと、季麗達は、とても驚いていたが、その物腰の柔らかさに、安心感を得て、誰も文句や不満など言わなかった。
「修螺殿。少し術の練習をしませんかな?」
「うん」
「私にも教えて?」
「えぇ。私で宜しければ、喜んで」
遊び感覚だが、慈雷夜にコツを教わり、術の練習を始めた。
「お二人共、素晴らしいです」
「ホント?」
「えぇ。まだ不安定ではありますが、お上手です。もっと練習すれば、もっとお上手になりますよ」
慈雷夜に褒められ、その後も、二人は必死に練習をした。
その姿に触発され、季麗達や朱雀達も、密かに修行を始め、茉も朱雀や葵と共に、訓練に励むようになり、数日が過ぎた。
族長会議の帰り道。
「もしも、俺が暴走したら、迷わず、封印して欲しい」
唐突の羅偉の発言に、季麗達は、愕然とした。
「何言って…」
「俺だって、色々調べたんだよ。だけど、どんなに古い書物にも、力の暴走の事は書かれてなかった」
屋敷の蔵を漁り、暴れ回っていた鬼を封印したと、記載された古書を見付けた。
それを詳しく調べてみると、力の暴走で、一匹の鬼が封印されたことがあることを知った。
「里の外れに神社があるだろ?あそこで、当時の族長達が、その鬼を封印したらしいんだ」
「それは、今の羅偉と同じなのですか?」
「いや。ちょっと違う」
「特別な力じゃないんでしょ?」
「あぁ。でも、それだけじゃねぇ。鬼は、まだ子供だったらしい」
「どうゆう事だ」
力の暴走を起こしたのは、修螺や雪姫と同じくらいの子妖だった。
小さな体に、大人達よりも、強い力を持っていた。
「それで、体が、力に耐えられなくて、暴走したらしくて、里の半分以上を破壊した。だから、もしも、俺が暴走したら、迷わずに封印してくれ。頼む」
「…分かった」
羅偉が、深々と頭を下げ、季麗達は、それぞれ、視線を合わせて頷き合う。
顔を上げた羅偉は、淋しそうに笑った。
「ありがとう」
弱々しい羅偉の声が、季麗達の胸に突き刺さり、訓練をしながら、自分達が出来ることを探した。
それからの時の流れは、とても穏やかだったが、羅偉の力は、そんな穏やかさと反比例するように、日々増え続けた。
練習を続け、修螺と雪姫が、完璧に使いこなせるようになり、新たな術の習得に励んでいた
「ねぇ。慈雷夜さん。羅偉様は、大丈夫なのでしょうか?」
屋敷を訪れる羅偉は、少し窶れていた。
二人は、不安そうな顔で、動きを止めてしまった。
「…少し、休憩しましょうか」
縁側に座り、雪姫と修螺は、風に揺れる草花を見つめ、慈雷夜は、蜘蛛の姿から、人の姿に変わり、二人の前に屈んだ。
「お二人は、羅偉殿が、お好きですか?」
静かに頷く二人を見つめ、慈雷夜は、優しく微笑むと、二人の小さな手に手を重ねた。
「私も、蓮花様が大好きです。ですから、私は、蓮花様のお役に立ちたいのです。お二人は、どうですか?」
「僕も、羅偉様の役に立ちたいです」
「私も」
慈雷夜は、満足そうに頷いた。
「ならば、強くなりましょう。お二人が強くなり、羅偉殿の大切なモノを少しでも、守れるようになれば、羅偉殿の苦しみも、哀しみも、少しずつですが、小さくなるはずです。私も、そう信じています。だから、今は、一緒に強くなりましょう」
「慈雷夜さんは、強いですよ」
「いえ。私など、斑尾の足元にも及びません」
「斑尾さんは、そんなに強いの?」
「えぇ。彼は、とても強いです。一つの強い想いを胸に、彼は、今も強くなっています」
「「想い…」」
同時に呟いた二人から、視線を上げ、空を見上げた慈雷夜は、斑尾の姿を思い浮かべた。
「自由を犠牲にしてでも、蓮花様をお守りする。何に代えても、蓮花様を支える。その為に強くなるのだと、彼は、蓮花様を強く想っているんです。だから、彼は、どんな事があろうとも、冷静に、全てを見極め、どんな強敵にも、全力で立ち向かうのです」
二人に視線を戻し、慈雷夜は、真剣な顔をした。
「どんなに、凄い力を持っていても、強い想いには、絶対に勝てないのです。だから、お二人も、羅偉殿への強い想いがあれば、絶対、強くなれます。だから、そんな顔しないで下さい」
二人の頬を優しく撫で下ろし、哀しそうに、目を細めた慈雷夜を見つめ、修螺と雪姫は、膝の上で、拳を作り、ニッコリ笑った。
「よし。頑張るぞ」
「私も。負けないからね?」
やる気が出た二人の様子に、慈雷夜は、一瞬だけ、ニヤリと笑い、すぐに優しい微笑みに戻ると、指を立てた。
「では、少し厳しくしようと思いますが、良いですか?」
「はい!!」
声を揃えて、元気な返事をして、練習を再開した。
笑顔のままの慈雷夜の指導は、厳しくなり、二人は、毎日、ヘトヘトになるまで練習を続けた。
「慈雷夜」
「どうかしましたか?」
慈雷夜は、突然現れた楓雅と何か話をすると、肩で息をする二人に向き直った。
「今日は、ここまでにします。夕方には、戻りますので、それまで、ゆっくりしていて下さい」
慈雷夜は、楓雅と共に出掛けて行き、二人は、畳にうつ伏せに寝転んだ。
「大丈夫か?」
静かに襖が開き、顔を覗かせた季麗達に視線を向け、二人は、寝転んだまま、引き吊った笑みを浮かべた。
「大丈夫です」
「それにしても、良くやってられるな」
篠が、良く冷えたお茶の入った湯呑みを差し出すと、雪姫は、勢い良く、体を起こし、湯呑みを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干した。
足りなかった雪姫は、湯呑みを持って、フラっと部屋を出て行った。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。智呂ちゃん達は、もっと厳しい指導を受けてるらしいので、この位で弱音なんか吐けません」
「智呂って、あの小鳥の半妖か?」
「はい」
「どうして、それを知ってるのですか?」
「慈雷夜さんに聞きました」
修螺は、頬をポリポリと掻き、茶を一気に飲み干した。
「それで、頑張ってるんだね。偉いぞぉ」
手を押し付けるように頭を撫でられ、修螺の髪が乱れると、それを見て、季麗や影千代だけでなく、雪椰や菜門も、クスクスと笑った。
「もっと飲む?」
修螺が頬を膨らませていると、ヤカンを持って、雪姫が戻って来た。
「うん。ありがとう」
仲良く並んでお茶を飲む二人を見つめ、季麗が、ニヤニヤと笑った。
「そうしてると、夫婦のようだぞ?」
二人の顔が、一気に真っ赤になると、季麗はケタケタと笑った。
「季麗ちゃん。二人を苛めちゃダメだよ」
「俺は、本当の事を言っただけだ」
「そんな事ばかりしていたら、嫌われるぞ」
「俺よりも、お前の方が怖くて、嫌われてるんじゃないのか?影千代」
そんな季麗達を見つめ、苦笑いしていた朱雀と茉の袖を引っ張り、普段の顔色に戻った修螺と雪姫が、ニコニコと笑い、二人を見上げた。
「少しだけで良いので、手合わせを願えませんか?」
朱雀と茉は、顔を見合わせてから、視線を戻し、何度も瞬きをした。
「どうして、俺らなんだ?」
「常に自分よりも強い人と手合わせしなさいって、慈雷夜さんに言われたんです」
雪姫の答えに、影千代が、眉間にシワを寄せた。
「また無茶なことを」
「無茶でも、常にそうして、上を目指して、強くなるんです」
振り返った修螺は、とても真剣な顔をしていた。
「…分かった」
苦笑いしながらも、茉と朱雀が承諾すると、修螺と雪姫は、嬉しそうに微笑んで、二人の手を引いて庭に出た。
「地面に膝を着くか、転んだら、その時点で終了。それで、良いですか?」
「あぁ」
「何でも良いぞ」
雪姫と修螺は、視線を合わせ、頷き合い、それぞれ、体を向き合わせて構えた。
「制限時間は五分で。お願いします」
「それでは。始め!!」
羅雪の掛け声で、修螺が、一気に、二人との距離を縮め、雪姫は、雪を降らせ始めた。
頬を掠める雪と共に、猛スピードの修螺をヒラヒラと避け、茉と朱雀は、ニコニコしていたが、次の瞬間、地面に貼り付いたように動かなくなった。
「な!!」
「しまった!!」
足元に視線を落とすと、雪姫から二人に向かい、真っ直ぐ氷の筋が走り、足首まで凍らせていた。
朱雀の火の玉で、足元の氷を溶かし、二人が飛び退くと、雪の勢いが強くなり、修螺の姿を隠した。
目の前をちらつく雪に紛れ、何度も突き出される修螺の拳を避けていたが、小さな火の玉が放たれ、朱雀の頬を掠めた。
驚きで、二人の動きが止まると、徐々に、雪の勢いが弱まり、修螺と雪姫の姿が、ハッキリと見え始めた。
「…嘘だろ…」
拳に小さな炎を纏わせる修螺。
氷で作られた刃が手を覆う雪姫。
二人の姿に、季麗達も、驚きを隠せなかった。
「どっち?」
「右」
小声で、修螺が答えると、雪姫は、朱雀に向けて、小さな雪の玉を何個も放ったが、朱雀の火の玉が全てを消した。
だが、雪の玉が水蒸気となり、二人の視界を遮ると、小さな火の玉が、二人の頬を掠め、修螺の姿が目の前に現れた。
「止め!!」
誰もが、修螺と雪姫の動きに目を奪われている中で、唯一、冷静に時計を見つめていた哉代が、声を掛けると、茉の腹の前で、修螺の拳が止まり、雪姫の手が、朱雀の首元で止まった。
「ありがとうございました」
声を揃えて、頭を下げた二人を見下ろし、茉と朱雀は、何も言えず、立ち尽くした。
もしも、これが本当の戦いならば、相手は、かなりの痛手を負っていた。
そんな思考が、季麗達の脳裏を過ると、恐怖で、背筋に寒気が走る。
「茉様?」
「朱雀様?」
そんな大人達の考えなど、あまり理解してないようで、首を傾げている修螺と雪姫に呼ばれ、自分を取り戻した二人は、引き吊った笑いを浮かべた。
「ら雷撃は、使わないのか?」
「雷撃は、氷や水との相性が悪いと教えたんですよ」
そこに、出掛けていた慈雷夜が、帰って来た。
「そんな事まで教えたのか」
「えぇ。同士討ちをしては、何の意味も成しませんからね」
朱雀の問いに答えながら、二人に近付くと、その頭に手を乗せ、慈雷夜は、嬉しそうに微笑んだ。
「お二人共、惜しかったですが、とても素晴らしかったです」
「ホント?」
「はい。皆さん、見惚れる程でしたよ?」
褒められ、頬を赤らめ、嬉しそうに笑う二人に、慈雷夜も、優しく微笑んだ。
「もう少し、腕に磨きを掛けたら、次は、勝てるかもしれません」
「よし。頑張ろうね」
「うん」
「しかし。強くなったからと言って、油断してはなりませんよ?」
「はい」
返事をしながら、褒められた嬉しさを抑えられず、二人は、慈雷夜に抱き付いて笑った。
「おやおや」
本来あるべき子供の姿に、雪椰達は、ホッと胸を撫で下ろした。
「えへへ。ねぇ。何処行ってたんですか?」
「秘密です」
「秘密は、良くないんですよ?」
「すみません。ですが、今回は、これで勘弁して下さい」
慈雷夜が、袂から取り出した包みを見て、二人の顔が、更に、明るくなった。
「お菓子ですか?」
「はい。楓雅に無理を言って、村で作ってるのを買って来てもらいました」
「村って、蓮ちゃんがいた村ですか?」
「そうです。そして、これは、蓮花様の好物です」
「蓮ちゃんの好物かぁ。どんなのだろ?」
「蓮ちゃんの好物だから、きっと、不思議な物じゃないかな?」
慈雷夜の話で、好奇心が掻き立てられ、二人は目を輝かせた。
「では、座って食べましょうか」
「はぁ~い」
今まで動き回っていたのに、疲れた様子も見せず、二人は、縁側の方に走り出し、慈雷夜は、ボーッとしている茉と朱雀に視線を移した。
「皆さんも、ご一緒にどうぞ」
「あ…あぁ」
慈雷夜と共に縁側に向かい、皆で、慈雷夜の持って来た筒餅を食べ始めた。
「おいし~い~」
「本当。美味しいね」
「気に入って頂けたみたいで、私も嬉しいです」
二人は、すっかり慈雷夜になついた。
三人は、笹餅を食べながら、他愛ない話をする姿を季麗達は、真剣な顔をしていた。
「修螺。あの女に教えてもらった事を教えてくれ」
見栄もプライドも捨て去り、頭を下げる茉を見つめ、驚いている哉代と菜門の隣で、修螺は、嬉しそうに微笑んだ。
「僕が教えてもらったのは、本当に些細な事です。それで良いなら」
「なんでも良い。教えてくれ」
一生懸命な茉に、修螺は、教えられた全てを伝えた。
「なるほど…感情を制御する事が一番なのですね」
茉と一緒になって聞いていた菜門が納得していると、修螺は、子供である自分でも、役に立てたことに、頬が緩みそうになった。
だが、それを表には出さず、茉と向かい合った。
「周りが変わることで、羅偉様自身が、そのことに気付き、少しずつ、力を制御する事が目的だそうです。しかし、それをするには、一族共々、季麗様や朱雀様達の存在も必要不可欠なのです」
「分かった。皆様には、俺から事情を話し、お力添えを願おう」
「それから、放出する力を増やさせる方法と、許容量を増やさせる方法が、ここに書かれているそうです」
何も書かれていない茶封筒を懐から取り出すと、茉が、それを受け取る前に修螺の手から離れた。
皇牙に拐われた茶封筒は、茉よりも先に、季麗や朱雀達が、その内容に目を通し、険しい顔をした。
「修螺」
季麗に呼ばれ、小さな体を更に小さくして、修螺は縮こまった。
「これは、誰から預かったのですか?」
約束を守る為、秘密を守る為、修螺は、何も言わず、視線を下に向けて、黙っていた。
「修螺。答えなさい」
無表情な雪椰から、冷気が流れ、体を冷やしていく。
修螺は、怒られることを覚悟した。
「修螺!!」
「申し訳ございません!!」
雪椰の怒鳴り声で、ビクッと、肩を揺らした修螺の前で、茉は、額を畳に押し付けるように、頭を下げて畳を見つめた。
「自分に代わり、あの女を探し、会って来るよう、無理を申し付けました」
修螺を庇った茉の行動に、その場に居た誰もが驚いた。
「茉。お前、こんな子供に…」
「今!!」
羅雪の声を遮り、勢い良く、顔を上げた茉は、真っ直ぐ、季麗達を見上げた。
「今の自分には、どうする事も出来ないのです。修螺や雪姫の手を借りてでも、なんとかしなければならないのです」
「だからって、何があるか分からない状況で、子供を遣わせるなど、危険極まりない」
「自分も、重々承知しております」
「ならば、何故…」
怒りの矛先が茉に向かい、修螺は、胸が締め付けられるように痛んだ。
「…僕は鬼の子…」
小さな拳を震わせ、修螺は、そう呟くと、顔を上げて、茉の隣に並んで、畳に両手を着いた。
「どうか。茉様だけを責めないで下さい」
「修螺。お前は、下がって…」
「まだ子供かもしれません。でも、僕の半分は、羅偉様や茉様と同じ、鬼なんです」
茉の声を遮り、修螺は、真っ直ぐ季麗達をしっかりと見据えた。
「だから、羅偉様のお役に立ちたくて、何も考えず、茉様のお願いを聞いてしまったんです。申し訳ございません」
見た目は、子供でありながらも、気持ちは、しっかりとした大人の修螺に、季麗達は、視線を合わせて、小さな溜め息を漏らした。
「次からは、ちゃんと相談しろ。分かったな」
「はい」
声を揃えて返事をすると、茉と修螺は、密かに視線を合わせ、誰にも気付かれないように、小さく微笑み合った。
「ところで、茉ちゃんは、本気で、これを羅偉ちゃんに試そうと思ってるの?」
皇牙に差し出された手紙を受け取り、茉と一緒に修螺達も、中身を覗き込んで、二人は驚いた顔になった。
「…修螺…これをあの女が?」
「はい。茉様が決断されたら、渡しなさいって」
「本当か?別の誰かじゃないのか?」
「と言われましても、目の前で書いてた訳では」
「それじゃ、別の誰が書いてるか分からんぞ」
「でも、これは蓮ちゃんの字です」
雪姫の指摘は、季麗達も実感していたが、その内容が、どうも納得出来なかった。
「とりあえず、放出する方は、何とかなりそうですので、手始めに、そちらを…」
「それなら、僕と雪姫ちゃんが、試してみます」
修螺を見て、季麗は、眉間にシワを寄せた。
「修螺。さっきも言ったが…」
「僕らは、まだ子供です。でも、だからこそ、この方法は、僕らの方が良いと思うんです」
「何故ですか?」
「僕らなら、怪しまれないと思います」
「だけど、ちょっと間違ったら、怪我する事もあるって、ここにも書いてあるんだよ?」
「大丈夫です。もしもの時は、僕が、雪姫ちゃんを守りますから」
ちょっと前までは、自分を卑下していた修螺が、今では、男らしい事を言えるようになった。
その変化に、皇牙は、その頭を優しく撫でた。
「強くなったね」
「いえ。僕なんて、酒天さん達に比べたら、まだまだです」
「彼らと比べたら、キリがないよ?」
「そうかもしれません。でも、僕も、酒天さん達のように、もっともっと強くなりたいんです」
「大人になりましたね」
菜門が優しく微笑むと、修螺の頬が赤らんだ。
「そんな事…」
ゴモゴモと口ごもり、モジモジし始めたのを見て、季麗と影千代はニヤニヤと笑い、その他はケタケタと声を出して笑い、修螺は、茹でタコのように、顔を真っ赤にした。
「それでは、修螺。雪姫。羅偉を宜しくお願いします」
一頻り笑い、その場が和んだところで解散となり、二人は、早速、縁側で涼んでいる羅偉の所に向かった。
「羅偉様」
「あぁ?」
修螺と雪姫に挟まれ、羅偉は、視線を下げると、二人は、その腕を掴んだ。
「羅偉様の最大術って、どんな術なんですか?」
「最大術?ん~あ~…手とか、足とか、体の一部みたいに、自分の力を使って、でっけぇ奴と戦ったり、飛んでる奴を捕まえたりするのだな」
「へぇ」
「見てみたい」
無邪気な子供を全面に押し出し、見上げる二人から、視線を反らすと、羅偉は、自分の頭をガシガシ掻いて、申し訳なさそうな顔をした。
「それが、まだ習得してねぇんだ」
そんな羅偉の様子に、修螺は、キラキラと瞳を輝かせた。
「なら、特訓ですね」
「あ?特訓?」
「はい。智呂ちゃんが言ってました。術や技を身に付けるには、特訓あるのみ!って」
「特訓かぁ~…でもなぁ」
羅偉自身も、自分の力が、制御出来ず、暴走しかけていることに気付き、あちこちの古書を読み漁っていたが、方法が見付からずに落ち込んでいた。
「なら、追いかけっこしましょう」
修螺の提案に驚くと、手を引っ張られ、羅偉は、雪姫に視線を向けた。
「私達が逃げるから、羅偉様は、ここから捕まえるんです」
「ここから?どうやって」
「そこが特訓なんですよ。さっきの術で、僕達を捕まえて下さい」
今まで、何度やっても出来なかった術で、二人は、遊ぼうと誘うのに羅偉は戸惑った。
「上手く出来るか分かんねぇぞ?」
「大丈夫ですよ。羅偉様なら、絶対、出来ますから」
悩むような仕草をしたが、修螺の励ましに背中を押され、困ったように笑い、羅偉は背中を伸ばした。
「んじゃ、やってみっか」
喜びながら走り去る二人に、手を向け、羅偉は、全神経を集中し始めた。
暫くすると、羅偉の腕に、青白い光が宿り、次第に手の形になった。
大きな手が伸びて、二人を追う。
予想よりも、大きな手に驚きながらも、二人は、必死に逃げ回り、羅偉が疲れると、その手の動きが鈍くなり、二人も走り疲れ、縁側に、三人で並ぶと、仰向けに寝転んだ。
「こりゃ、戦いには使えねぇ」
「どうしてですか?」
「お前らが、思ってる以上に疲れんだよ」
心底、疲れきった羅偉の様子に、二人は、密かに視線を合わせて、微笑み合った。
「でも、上手く使えるようになれば、逃げる敵や飛んでる影千代様も、捕まえられるんじゃないですか?」
「影千代を捕まえるには、もっと上手くならねぇとなぁ」
「なら、毎日、私達で特訓ですね?」
「お前らは、遊びたいだけだろ」
羅偉は、季麗達に悟られないよう、必死に隠していたが、誰にも、打ち明けられないことで、強烈な孤独感と不安に襲われていた。
「ありゃ。バレちゃいましたか」
そんな中でも、雪姫や修螺と遊んだり、季麗達と話をして、何気ない日々が、羅偉にとって、唯一の安らぎになっていた。
だが、それでも、時折、垣間見る苦痛の表情に、哀しみが募っていた。
「また、明日もやりましょうね?」
無邪気な修螺や雪姫の笑顔が、今まで、羅偉が感じていた不安や孤独感を薄れさせた。
「よしっ!!上手く出来るようになるまで、お前ら付き合えよな?」
「はぁ~い!!」
三人で笑い、その後も、休憩を挟みながら、追いかけっこを続けた。
次の日も。
その次の日も。
そのまた次の日も。
二人と遊んでいる感覚で、毎日、術を使っていると、羅偉の力が、徐々に弱まり始め、物を壊したり、触れただけで、顔を歪める者が減り始めた。
上手く術が、使えるようになり、調子に乗った二人が、季麗達を呼んで、追いかけっこをしていた。
「羅偉様~」
その日も、何事もなく、平和に過ごせると、誰もが思っていた。
「羅偉様~」
「よし」
羅偉の力が、大きな手となり、修螺を追い掛けた。
「捕まえた。うし。次」
修螺と雪姫を捕まえ、次に茉を追い掛けようとした瞬間、穏やかな日常が打ち砕かれた。
「きゃーーー!!!!」
女の悲鳴が響き渡り、季麗達は、追いかけっこを中断して、その悲鳴が聞こえた屋敷の裏手へと向かった。
「ケケケケケ…死ね!!」
雪姫の母親に向かい、長く伸びた爪が振り下ろされようとしていた。
「ママ!!」
「あ!雪姫ちゃん!!」
母親を助けようと、走り出した雪姫を追い掛け、修螺も、悪妖の方に向かった。
「待て!!」
羅偉が叫んだところで、もう遅かった。
「来ちゃダメ!!」
雪姫の声で、悪妖は、動きを止め、横目で、その姿を見ると、不気味に笑った。
「娘か。ケケケケケ。そっちから先に殺してやる!!」
標的を母親から移し、悪妖は、雪姫に、長く伸びた爪を向けた。
「死ねっ!!」
「雪姫ちゃん!!」
突き飛ばされ、雪姫は、間一髪のところで避けたが、突き飛ばした修螺の肩を引き裂いた。
「修螺!!」
肩から血を流しながらも、再び、悪妖から、振り下ろされた爪を避け、雪姫に向かい、叫んだ。
「行け!!」
その声に、雪姫は、母親に駆け寄った。
「ママ!!こっち!!」
恐怖で震える母親の手を引き、雪姫は、屋敷の中に逃げ込んだ。
「修螺!!こっちに来い!!」
季麗が叫んだが、傷付いた肩が痛み、爪を避けるので、精一杯だった。
「ダメだ。肩の痛みで、動きが鈍ってる」
「仕方ない。やるぞ」
皇牙と篠が鉤爪を着け、羅偉と茉が腰の刀を抜き、悪妖に向かい、葵の風が砂煙を巻き上げた。
視界を遮られ、悪妖の動きが鈍った瞬間、修螺は、菜門と哉代の方へ走った。
「逃すか!!」
背中に向けられた爪は、羅偉の刀に防がれ、修螺は、菜門と哉代の間を走り抜けた。
「おのれ!!覚えてろ!!」
悪妖は、大きな黒い翼を広げ、空に飛び立ったが、それを影千代が追った。
「馬鹿め」
悪妖は、懐から爆薬を取り出すと、それを菜門達の方に投げた。
「菜門!!」
影千代が、菜門に視線を移した隙に、悪妖は、空高くへと、翼を羽ばたかせた。
哉代の張った結界に、爆薬が、コツンと当たると、目が眩む程の光を放ち、爆風が辺りを包んだ。
「雪椰!!羅雪!!」
哉代の結界は、然程、大きくなかった為、二人は、爆風の熱を浴びてしまった。
だが、影千代の声にいち早く反応した雪姫と母親が、二人を屋敷に引きずり込んだ。
「くっそ~…!!」
起き上がった羅偉は、絶句して、辺りを見回した。
全身の痛みに寝転がる季麗と朱雀に、防ぎきれなかった菜門と哉代が、修螺を庇うように倒れ、隣にいたはずの皇牙や篠は、離れた所に吹き飛ばされ、空にいたはずの影千代が木にぶら下がり、葵と茉は地面に倒れている。
目の前に広がる光景に、羅偉の感情が、怒りで高ぶってしまい、弱まっていた力が、どんどん増幅された。
「…羅偉様…もう大丈夫ですか?」
隙間から、雪姫が顔を覗かせ、控えめに、声を掛けると、羅偉の怒りが削がれた。
「あぁ。もう大丈夫だ」
救急箱を持って来ると、朱雀達の手当てを始めた雪姫に、羅偉は、屋敷を見つめた。
「雪姫。雪椰と羅雪は?」
「あの…中に…」
顔を出さない母親と、雪姫の様子に、羅偉は、乱暴に戸を開けた。
手足に火傷し、痛みに悶える羅雪と雪椰を母親が、必死に手当てしていた。
その姿に、更なる怒りが、羅偉を支配し、体が小さく揺れた。
そんな羅偉の袂を引っ張り、雪姫は、不安そうな顔をして、見上げていた。
その瞳に、涙の膜が張る。
「…悪ぃ…手伝うから、手当ての続きをしよう」
羅偉は、悔しさと怒りを押し込んで、雪姫と一緒に季麗達の手当てを始めた。
皆の手当てが終わり、羅偉は、縁側に座り込んで、空を見上げ、腕や頭に痛々しく、包帯が巻かれている季麗達が、その背中を見つめていた。
「また、一気に増えてしまいましたね」
「申し訳ありません…私がしっかりしていれば…こんな事に…」
「貴女は悪くない。悪いのは、あの悪妖です」
怪我をしながらも、本当に申し訳なさそうに肩を落とす雪姫の母親の背中を擦り、哉代が、励ましているのを見て、拳を作り、茉は、立ち上がると、羅偉の後ろに正座した。
「羅偉様。どうか、お聞き下さい」
羅偉の返事も待たず、茉は、今までのことを全て話した。
「うるせぇよ。お前らは、口出しすんな」
羅偉の突き放すような言い方に、茉の気持ちは暗く淀んだ。
「ですが、このままでは、羅偉様のお体が、おかしくなってしまいます。どうか、お気持ちを…」
「黙れ!!」
茉の声は、羅偉の怒鳴り声で、かき消されてしまった。
「お前に何が分かる!!お前らに何が出来る!!」
勢い良く立ち上がり、茉を見下ろした羅偉の瞳は、哀しみに染まり、怒りで表情を無くしていた。
「これは俺の問題だ…俺がどうにかするしかねぇんだ!!」
ドンドンと足音を発て、去って行く羅偉の背中を見つめ、修螺と雪姫は、頬に涙の筋を作り、そんな二人に、季麗達は、辛そうに奥歯を噛み締めた。
「すまない…本当にすまない…」
涙を堪え、鼻声になる茉に寄り添い、修螺と雪姫が、そっと作られていた拳を包んだ。
茉は、肩を震わせ、子供である二人に、慰められても、どうすることも出来ない自分を情けなく感じた。
「ど…したら…良いんだ…」
茉の苦しい呟きに、修螺は、涙を乱暴に袖で拭いた。
暗く淀んだ雰囲気のまま、その場は解散となり、修螺は、誰にも気付かれないようにしながら、自宅ではなく、幻想原の桟橋を渡った。
「蓮ちゃん!!」
周りを気にすることなく、大声で呼んでみたが、現れたのは慈雷夜だった。
「何かご用ですか?」
修螺の話を黙って聞き、慈雷夜は顎に指を添えた。
「分かりました。ちょっと待っていて下さい」
慈雷夜が、林の中に姿を消してから、数分も経たずに戻って来ると、蜘蛛の姿になり、修螺の腕に飛び付いた。
「暫しの間、私が、皆様の護衛として、ご一緒いたします」
「本当ですか?」
「えぇ。もしもの時は、私が、皆様をお守りします。ですから、どうか、その様な顔をしないで下さい」
肩に乗り、修螺の頬を小さな足が、撫でるように触れると、暗くなっていた修螺の気持ちが、少しずつ軽くなった。
「ありがとうございます」
「ところで修螺殿。だいぶ、力を付けたようですね?」
「そんな事ないですよ」
「そこは、素直に喜んで良いのですよ?」
「そうですか?」
「そうですとも。しかし、ご自分の体は、大事にした方が良いですよ?」
労る会話に癒されながら、修螺は、慈雷夜を連れて帰宅した。
次の日。
慈雷夜を屋敷に連れて行くと、季麗達は、とても驚いていたが、その物腰の柔らかさに、安心感を得て、誰も文句や不満など言わなかった。
「修螺殿。少し術の練習をしませんかな?」
「うん」
「私にも教えて?」
「えぇ。私で宜しければ、喜んで」
遊び感覚だが、慈雷夜にコツを教わり、術の練習を始めた。
「お二人共、素晴らしいです」
「ホント?」
「えぇ。まだ不安定ではありますが、お上手です。もっと練習すれば、もっとお上手になりますよ」
慈雷夜に褒められ、その後も、二人は必死に練習をした。
その姿に触発され、季麗達や朱雀達も、密かに修行を始め、茉も朱雀や葵と共に、訓練に励むようになり、数日が過ぎた。
族長会議の帰り道。
「もしも、俺が暴走したら、迷わず、封印して欲しい」
唐突の羅偉の発言に、季麗達は、愕然とした。
「何言って…」
「俺だって、色々調べたんだよ。だけど、どんなに古い書物にも、力の暴走の事は書かれてなかった」
屋敷の蔵を漁り、暴れ回っていた鬼を封印したと、記載された古書を見付けた。
それを詳しく調べてみると、力の暴走で、一匹の鬼が封印されたことがあることを知った。
「里の外れに神社があるだろ?あそこで、当時の族長達が、その鬼を封印したらしいんだ」
「それは、今の羅偉と同じなのですか?」
「いや。ちょっと違う」
「特別な力じゃないんでしょ?」
「あぁ。でも、それだけじゃねぇ。鬼は、まだ子供だったらしい」
「どうゆう事だ」
力の暴走を起こしたのは、修螺や雪姫と同じくらいの子妖だった。
小さな体に、大人達よりも、強い力を持っていた。
「それで、体が、力に耐えられなくて、暴走したらしくて、里の半分以上を破壊した。だから、もしも、俺が暴走したら、迷わずに封印してくれ。頼む」
「…分かった」
羅偉が、深々と頭を下げ、季麗達は、それぞれ、視線を合わせて頷き合う。
顔を上げた羅偉は、淋しそうに笑った。
「ありがとう」
弱々しい羅偉の声が、季麗達の胸に突き刺さり、訓練をしながら、自分達が出来ることを探した。
それからの時の流れは、とても穏やかだったが、羅偉の力は、そんな穏やかさと反比例するように、日々増え続けた。
練習を続け、修螺と雪姫が、完璧に使いこなせるようになり、新たな術の習得に励んでいた
「ねぇ。慈雷夜さん。羅偉様は、大丈夫なのでしょうか?」
屋敷を訪れる羅偉は、少し窶れていた。
二人は、不安そうな顔で、動きを止めてしまった。
「…少し、休憩しましょうか」
縁側に座り、雪姫と修螺は、風に揺れる草花を見つめ、慈雷夜は、蜘蛛の姿から、人の姿に変わり、二人の前に屈んだ。
「お二人は、羅偉殿が、お好きですか?」
静かに頷く二人を見つめ、慈雷夜は、優しく微笑むと、二人の小さな手に手を重ねた。
「私も、蓮花様が大好きです。ですから、私は、蓮花様のお役に立ちたいのです。お二人は、どうですか?」
「僕も、羅偉様の役に立ちたいです」
「私も」
慈雷夜は、満足そうに頷いた。
「ならば、強くなりましょう。お二人が強くなり、羅偉殿の大切なモノを少しでも、守れるようになれば、羅偉殿の苦しみも、哀しみも、少しずつですが、小さくなるはずです。私も、そう信じています。だから、今は、一緒に強くなりましょう」
「慈雷夜さんは、強いですよ」
「いえ。私など、斑尾の足元にも及びません」
「斑尾さんは、そんなに強いの?」
「えぇ。彼は、とても強いです。一つの強い想いを胸に、彼は、今も強くなっています」
「「想い…」」
同時に呟いた二人から、視線を上げ、空を見上げた慈雷夜は、斑尾の姿を思い浮かべた。
「自由を犠牲にしてでも、蓮花様をお守りする。何に代えても、蓮花様を支える。その為に強くなるのだと、彼は、蓮花様を強く想っているんです。だから、彼は、どんな事があろうとも、冷静に、全てを見極め、どんな強敵にも、全力で立ち向かうのです」
二人に視線を戻し、慈雷夜は、真剣な顔をした。
「どんなに、凄い力を持っていても、強い想いには、絶対に勝てないのです。だから、お二人も、羅偉殿への強い想いがあれば、絶対、強くなれます。だから、そんな顔しないで下さい」
二人の頬を優しく撫で下ろし、哀しそうに、目を細めた慈雷夜を見つめ、修螺と雪姫は、膝の上で、拳を作り、ニッコリ笑った。
「よし。頑張るぞ」
「私も。負けないからね?」
やる気が出た二人の様子に、慈雷夜は、一瞬だけ、ニヤリと笑い、すぐに優しい微笑みに戻ると、指を立てた。
「では、少し厳しくしようと思いますが、良いですか?」
「はい!!」
声を揃えて、元気な返事をして、練習を再開した。
笑顔のままの慈雷夜の指導は、厳しくなり、二人は、毎日、ヘトヘトになるまで練習を続けた。
「慈雷夜」
「どうかしましたか?」
慈雷夜は、突然現れた楓雅と何か話をすると、肩で息をする二人に向き直った。
「今日は、ここまでにします。夕方には、戻りますので、それまで、ゆっくりしていて下さい」
慈雷夜は、楓雅と共に出掛けて行き、二人は、畳にうつ伏せに寝転んだ。
「大丈夫か?」
静かに襖が開き、顔を覗かせた季麗達に視線を向け、二人は、寝転んだまま、引き吊った笑みを浮かべた。
「大丈夫です」
「それにしても、良くやってられるな」
篠が、良く冷えたお茶の入った湯呑みを差し出すと、雪姫は、勢い良く、体を起こし、湯呑みを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干した。
足りなかった雪姫は、湯呑みを持って、フラっと部屋を出て行った。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。智呂ちゃん達は、もっと厳しい指導を受けてるらしいので、この位で弱音なんか吐けません」
「智呂って、あの小鳥の半妖か?」
「はい」
「どうして、それを知ってるのですか?」
「慈雷夜さんに聞きました」
修螺は、頬をポリポリと掻き、茶を一気に飲み干した。
「それで、頑張ってるんだね。偉いぞぉ」
手を押し付けるように頭を撫でられ、修螺の髪が乱れると、それを見て、季麗や影千代だけでなく、雪椰や菜門も、クスクスと笑った。
「もっと飲む?」
修螺が頬を膨らませていると、ヤカンを持って、雪姫が戻って来た。
「うん。ありがとう」
仲良く並んでお茶を飲む二人を見つめ、季麗が、ニヤニヤと笑った。
「そうしてると、夫婦のようだぞ?」
二人の顔が、一気に真っ赤になると、季麗はケタケタと笑った。
「季麗ちゃん。二人を苛めちゃダメだよ」
「俺は、本当の事を言っただけだ」
「そんな事ばかりしていたら、嫌われるぞ」
「俺よりも、お前の方が怖くて、嫌われてるんじゃないのか?影千代」
そんな季麗達を見つめ、苦笑いしていた朱雀と茉の袖を引っ張り、普段の顔色に戻った修螺と雪姫が、ニコニコと笑い、二人を見上げた。
「少しだけで良いので、手合わせを願えませんか?」
朱雀と茉は、顔を見合わせてから、視線を戻し、何度も瞬きをした。
「どうして、俺らなんだ?」
「常に自分よりも強い人と手合わせしなさいって、慈雷夜さんに言われたんです」
雪姫の答えに、影千代が、眉間にシワを寄せた。
「また無茶なことを」
「無茶でも、常にそうして、上を目指して、強くなるんです」
振り返った修螺は、とても真剣な顔をしていた。
「…分かった」
苦笑いしながらも、茉と朱雀が承諾すると、修螺と雪姫は、嬉しそうに微笑んで、二人の手を引いて庭に出た。
「地面に膝を着くか、転んだら、その時点で終了。それで、良いですか?」
「あぁ」
「何でも良いぞ」
雪姫と修螺は、視線を合わせ、頷き合い、それぞれ、体を向き合わせて構えた。
「制限時間は五分で。お願いします」
「それでは。始め!!」
羅雪の掛け声で、修螺が、一気に、二人との距離を縮め、雪姫は、雪を降らせ始めた。
頬を掠める雪と共に、猛スピードの修螺をヒラヒラと避け、茉と朱雀は、ニコニコしていたが、次の瞬間、地面に貼り付いたように動かなくなった。
「な!!」
「しまった!!」
足元に視線を落とすと、雪姫から二人に向かい、真っ直ぐ氷の筋が走り、足首まで凍らせていた。
朱雀の火の玉で、足元の氷を溶かし、二人が飛び退くと、雪の勢いが強くなり、修螺の姿を隠した。
目の前をちらつく雪に紛れ、何度も突き出される修螺の拳を避けていたが、小さな火の玉が放たれ、朱雀の頬を掠めた。
驚きで、二人の動きが止まると、徐々に、雪の勢いが弱まり、修螺と雪姫の姿が、ハッキリと見え始めた。
「…嘘だろ…」
拳に小さな炎を纏わせる修螺。
氷で作られた刃が手を覆う雪姫。
二人の姿に、季麗達も、驚きを隠せなかった。
「どっち?」
「右」
小声で、修螺が答えると、雪姫は、朱雀に向けて、小さな雪の玉を何個も放ったが、朱雀の火の玉が全てを消した。
だが、雪の玉が水蒸気となり、二人の視界を遮ると、小さな火の玉が、二人の頬を掠め、修螺の姿が目の前に現れた。
「止め!!」
誰もが、修螺と雪姫の動きに目を奪われている中で、唯一、冷静に時計を見つめていた哉代が、声を掛けると、茉の腹の前で、修螺の拳が止まり、雪姫の手が、朱雀の首元で止まった。
「ありがとうございました」
声を揃えて、頭を下げた二人を見下ろし、茉と朱雀は、何も言えず、立ち尽くした。
もしも、これが本当の戦いならば、相手は、かなりの痛手を負っていた。
そんな思考が、季麗達の脳裏を過ると、恐怖で、背筋に寒気が走る。
「茉様?」
「朱雀様?」
そんな大人達の考えなど、あまり理解してないようで、首を傾げている修螺と雪姫に呼ばれ、自分を取り戻した二人は、引き吊った笑いを浮かべた。
「ら雷撃は、使わないのか?」
「雷撃は、氷や水との相性が悪いと教えたんですよ」
そこに、出掛けていた慈雷夜が、帰って来た。
「そんな事まで教えたのか」
「えぇ。同士討ちをしては、何の意味も成しませんからね」
朱雀の問いに答えながら、二人に近付くと、その頭に手を乗せ、慈雷夜は、嬉しそうに微笑んだ。
「お二人共、惜しかったですが、とても素晴らしかったです」
「ホント?」
「はい。皆さん、見惚れる程でしたよ?」
褒められ、頬を赤らめ、嬉しそうに笑う二人に、慈雷夜も、優しく微笑んだ。
「もう少し、腕に磨きを掛けたら、次は、勝てるかもしれません」
「よし。頑張ろうね」
「うん」
「しかし。強くなったからと言って、油断してはなりませんよ?」
「はい」
返事をしながら、褒められた嬉しさを抑えられず、二人は、慈雷夜に抱き付いて笑った。
「おやおや」
本来あるべき子供の姿に、雪椰達は、ホッと胸を撫で下ろした。
「えへへ。ねぇ。何処行ってたんですか?」
「秘密です」
「秘密は、良くないんですよ?」
「すみません。ですが、今回は、これで勘弁して下さい」
慈雷夜が、袂から取り出した包みを見て、二人の顔が、更に、明るくなった。
「お菓子ですか?」
「はい。楓雅に無理を言って、村で作ってるのを買って来てもらいました」
「村って、蓮ちゃんがいた村ですか?」
「そうです。そして、これは、蓮花様の好物です」
「蓮ちゃんの好物かぁ。どんなのだろ?」
「蓮ちゃんの好物だから、きっと、不思議な物じゃないかな?」
慈雷夜の話で、好奇心が掻き立てられ、二人は目を輝かせた。
「では、座って食べましょうか」
「はぁ~い」
今まで動き回っていたのに、疲れた様子も見せず、二人は、縁側の方に走り出し、慈雷夜は、ボーッとしている茉と朱雀に視線を移した。
「皆さんも、ご一緒にどうぞ」
「あ…あぁ」
慈雷夜と共に縁側に向かい、皆で、慈雷夜の持って来た筒餅を食べ始めた。
「おいし~い~」
「本当。美味しいね」
「気に入って頂けたみたいで、私も嬉しいです」
二人は、すっかり慈雷夜になついた。
三人は、笹餅を食べながら、他愛ない話をする姿を季麗達は、真剣な顔をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる