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十二話
誰も居なくなった庭先は、何事もなかったかのように、静けさが戻っていた。
「…蓮…ちゃん?…蓮ちゃん!!」
その静けさを破ったのは、雪姫だった。
縁側から飛び降り、何度も、何度も、大声で呼びながら、庭先を走り始めた。
「…蓮ちゃん…」
その雪姫の姿で不安が煽られ、普段は、大人しい修螺も、大声を張り上げながら、庭を走り始めた。
「どうした!!」
二人の声を聞いた妖かしから、知らせを聞いた雪椰達も駆け付けた。
「何があったの?」
「悪妖が現れたんだが、蓮花と共に消えた」
「はぁ?消えたって、どうゆう事だよ」
「分からん」
「分からねぇって…お前…」
「とにかく。蓮花さんを探しましょう」
「そうですね」
「里の中も探した方が良い」
「朱雀さん。皆にも伝えて下さい」
「分かりました」
それから、多くの妖かしと一緒に、朱雀達も里の中を走り回った。
その間、雪椰達は、姿の消えた辺りを調べていた。
「本当に、この辺りか?」
「あぁ。間違いない」
「だが、なんの形跡もない」
季麗と影千代が、腕組みをしながら、地面を見つめ、頭を悩ませていた。
「彼女が消えた時の様子は?」
「強風が吹き、眩い光が…」
雪椰と皇牙が、雪姫の母親に、詳しい状況を聞いていた。
「長老様!!」
不安を抱え、今にも泣き出してしまいそうな雪姫と修螺と一緒にいた菜門が、やって来た長老達に気付いた。
「消えたとは、どうゆう事なのだ」
「それが…」
「案ずるな」
砂を巻き上げながら、白い靄が上がり、人の姿となった斑尾が現れた。
「モノノフ様!!」
長老達が、慌てたように、地面に膝を着き、頭を下げると、斑尾の眉間にシワが寄った。
「今の我は、蓮花の式神。その様な呼ばれをされる覚えなどない」
「申し訳ございません。護人様が…」
「おい」
菜門の隣で、ずっと黙っていた羅偉が、ズカズカと、足音を鳴らして斑尾に近付いた。
「これ!!モノノフ様になんて…」
止める長老達も無視し、羅偉は、斑尾の胸元を掴み、睨み付けた。
「羅偉!!」
「なんでそんな事言えんだ!!」
「羅偉ちゃん!!落ち着いて!!」
「なんとか言えよ!!」
何も言わない斑尾に、怒りに任せて襲い掛かりそうになり、雪椰と皇牙が、両脇から、羅偉の腕を掴み引き剥がした。
斑尾が、盛大な溜め息をつくと、その間に、二つの小さな影が滑り込んだ。
「本当?」
それは、今まで菜門と一緒にいた雪姫と修螺だった。
「蓮ちゃんは、本当に、大丈夫なんですか?」
二人を見下ろし、じっと見つめていた斑尾は、ゆっくりと頬を緩ませ、二人と視線を合わせるように屈んだ。
「あぁ。大丈夫だ。アイツは、我らと同じで強い。お前らなら、よく、分かるだろう?」
斑尾の優しい声色は、雪姫と修螺を不安を削ぎ落とし、その優しい微笑みが、安心感を与えた。
「蓮花と仲良くしてくれて、本当に感謝している。有難う」
そっと二人の手を取り、優しく包み込んだ斑尾の手は、とても暖かく、雪姫も修螺も、頬を赤らめて照れ笑いしていた。
「斑尾さん」
和やかな雰囲気の三人に近付き、雪椰は、斑尾を真っ直ぐに見つめた。
「蓮花さんが、何処にいるのか、分かっていらっしゃるのですか?」
「あぁ」
「何処ですか?」
「狭間の世界だ」
それは、誰も予想していなかった答えで、長老達までもが、驚きを隠せなかった。
「彼女は、そんな事まで出来るの?」
「我らと力を共用しているのだ。それくらい容易い事よ」
斑尾の答えに、納得したような顔をしたのは、五人だけで、羅偉は、納得したというよりも、更に、不安が煽られたようで、奥歯を噛み締め、斑尾に背中を向けた。
腰に差していた刀を抜き、羅偉は、何もない所で振り下ろしたが、見えない何かに弾かれた。
その光景に誰もが、驚いていたが、一番驚いていたのが、羅偉本人で、無意識の内に本心を呟いた。
「…なんでだよ…」
刀を持つ手に力を込め、何度も、何度も、刀を振り回したが、同じように弾かれ続ける。
「無駄だ」
「んな事…」
「アイツが、入り口を塞いでいる。お前の力では、何度やっても開かん」
斑尾の言葉も無視し、羅偉は、止まらず、徐々に特別な力も使い始めた。
「…っ!!羅偉!!」
「羅偉!!やめなさい!!」
特別な力を使い始め、その強大さに羅偉の体は、耐えられず、足や腕、頬などの肌に亀裂が走り、血が筋となり、地面に滴り落ちた。
「羅偉!!」
「羅偉ちゃん!!」
季麗達が止めに入るも、羅偉は、その手を振り払い、また刀を振り下ろそうとしたが、斑尾に、手首を掴まれ、阻止された。
「離せ」
「やめるなら離してやる」
斑尾を睨み上げ、季麗達と同様に、その手を振り払おうとしたが、羅偉の手首は離されることがない。
逆に、斑尾の手がキツく締め上げた。
「離せ!!」
「いい加減にしろ!!」
斑尾の怒鳴り声が、辺りに響き渡り、周りの妖かし達の肩が、ビクッと揺れた。
「無闇に力を使うな。それでは、アイツが空間を閉鎖した意味がない」
「どうゆう事だよ」
呟いた声は、普段の羅偉からは、想像も出来ない程低く、まるで、野獣が唸りを上げているような声色だった。
「蓮花は、この里に被害が及ばぬよう、空間を閉鎖したのだ」
「なんで…」
「誰も傷付けたくないからだ」
二人の髪を揺らし、斑尾の言葉は、吹き抜けた風と共に、空高くへと、昇っていった。
「己を犠牲にしても他者を護る。それが、アイツの選んだ未来だ」
周りから見れば、そこまでしなくても、良いんじゃないのかと思うかもしれない。
そんなに、必死になって、馬鹿みたいと思うかもしれない。
だが、人は、何かを心に決めても、それを突き通せる者は少なく、途中で、投げ出してしまう者の方が多い。
だからという訳ではないが、一度、決めた未来が、どんなに過酷であっても、投げ出すことなく突き進む。
太陽が傾き、空がオレンジ色に染まった頃、里は、落ち着きを取り戻し、普段と、変わらない時間が流れていた。
だが、屋敷は、重苦しい雰囲気を抱えたままだった。
「おい」
縁側に胡座で座り、庭を睨むように見つめる羅偉が、沈黙を破り、痺れを切らしたように声を出した。
「蓮花は、いつ戻んだよ」
「知らん」
冷たく突き放すような斑尾の言い方が、羅偉の神経を逆撫でし、その怒りが、今にも爆発しそうだった。
「アイツには、アイツの考えがある。アイツが、戻りたくなれば、必ず戻ってくる」
「ねぇ。おじさん」
「斑尾だ」
「じゃ、斑尾おじさん」
「おじさんは余計だ。斑尾で良い。なんだ」
「蓮ちゃんって、本当に強いの?」
首を傾げる雪姫と、その隣で、不安そうな顔をする修螺を見下ろし、斑尾は、瞬きをしてから、優しく微笑み、その頭に手を乗せた。
「アイツは強い。下級の悪妖などは一捻りだ」
「そんなことを言って。蓮花様は人間ですよ?」
理苑が降り立つと、斑尾は、鼻を鳴らし、獣の姿に変わった。
「亥鈴が、すぐに戻れ阿呆が。だそうです」
「相変わらず口が悪い奴だ。後は頼んだぞ」
斑尾が飛び上がると、空を走るように飛んで行き、その姿は、すぐに見えなくなってしまった。
「あんまり、彼の言う事を真に受けないで下さいね?」
理苑が視線を向け、困ったような笑みを作り、頬をポリポリと掻いた。
「良い奴ではあるのですが、幾分、口が悪いので、真に受けると、自分が空しくなってしまいますので」
「別に。気にしてねぇよ」
心底、困り果てた様子の理苑に、ぶっきらぼうな口調で、そっぽを向くと、皇牙が、ニヤニヤと笑い、羅偉の頬を突っついた。
「そんなこと言ってぇ~。ホントは、ホッとしたんでしょ?」
「んなことねぇし。やめろって」
皇牙の手を叩き落とし、逆に顔を向けると、季麗が、ニヤリと笑っていて、羅偉は、周りの雪揶達を見渡した。
「何笑ってんだよ!!笑うなよ!!笑うな!!笑うなって!!」
「…ずいぶん、にぎやかね」
笑い声と、羅偉の怒鳴り声が響く中、時空に穴を開け、誰も入れないように結界を張りながら、その光を背に置いて、浴衣をひるがえし、ゆっくりと地面に降り立った。
「あまり、苛めたら可哀想だよ?…どったの?」
羅偉の瞳が切なげに揺れ、他の五人は、困ったように眉を寄せた。
「ざけんな!!急に居なくなりやがって!!心配したじゃねぇか!!」
目尻を吊り上げた羅偉に怒鳴られると、二つの小さな体が抱き付いた。
「…ごめんね?心配させちゃって」
「ホントだよ…すごく…すごく…心配…したんだよ?」
涙で頬を濡らし、声を震わせる修螺と雪姫の肩に腕を回し、ぎゅっと抱き締めると、二人は、声を上げて泣き始めた。
「これに懲りたら、もうお止め下さいね?」
「分かってるよ。ごめんなさい」
理苑と話するのを一旦止め、二人が泣き止むまで、そのまま、ずっと抱き締めていた。
泣き疲れたようで、二人は、深い眠りに落ちてしまった。
「ごめんなさい」
屋敷の前で、雪姫を背負う母親に頭を下げると、母親は、優しい笑みを浮かべた。
「もう良いんですよ。帰って来られたのですから」
「ありがうございます」
帰って行く二人に手を振り、篠に頼んで、修螺を家に送り届けてもらった。
理苑を交えて、その日も、にぎやかな食事となった。
「そろそろ、話して頂けませんか?」
「もうちょっと待って」
部屋の前で障子に向かい、印を結ぶと、淡い光が溢れて消える。
今までの部屋と違う部屋になり、理苑が、後ろ手で障子を閉めた。
パチンと、指を鳴らして、部屋の蝋燭に火を灯した。
「それで?どうして狭間へ?」
「これ」
袂から黒光りする小さな破片を取り出すと、理苑は、忌々しげに目を細めて、それを睨み付けた。
「盗まれた物に間違いないけど、これは砕いた破片。もしかしたら、彼女は、魔石をばら蒔いているのかもしれない」
里が化け物に襲われた時、盗まれた魔石に対し、悪化した者が異様に多かった。
「だから、あんな量だったんですね」
それは、式神である斑尾達も感じていた。
この里にいる間を利用し、白夜や酒天達に、周りを調べさせていたが、何も分からなかった。
「この大きさなら、あの時の違和感も、白夜達が、何も見付からないのも納得出来る」
「そうですね…どうしますか?」
このまま、白夜達が探し続けても、この大きさの魔石を見付けるのは、無に等しい。
「魔石の特性を利用した方が、良いかもしれない」
怨念を吸い上げ、結晶化した魔石だからこそ、多くの怨念を吸収しようと、砕けた破片は、一つになろうとする特性がある。
「危険です」
もし、多くの破片が、ばら蒔かれているとしたら、それを手にした悪妖が集まり、あの時よりも、更なる被害が予想される。
「時間は、掛かるかもしれませんが、着実に一つ一つ…」
「今度、この里を襲撃されたら、守りきれる?」
理苑の表情が険しくなり、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「危険を回避するには、その方法が、一番かもしれない。だけど、その間に、また襲撃されたら…私には、守りきる自信がないの」
それが事実であって現実だ。
これからも、里が襲われないとは言い切れない。
最悪の事態を想定して、動かなければならない。
「危険かもしれないけど、今は、一つでも多くの破片を集め、被害を最小限にすることを考えなくちゃ」
「ですが!!」
「大丈夫」
その頬に手を添え、包み込むよう触れると、哀しそうに理苑の瞳が揺れた。
「私は、もう一人じゃない。皆がいる。心強い家族がいるから」
いつもは、大人っぽくしている理苑が、幼い子供のように、歯を食い縛りながら、揺れる瞳から涙を零した。
「もしもの時は、お願いね?」
「…はい…」
手を離してから、ニコッと笑うと、理苑は、乱暴に袖で涙を拭き、歯を見せるように笑った。
「それでね?早速なんだけど、お願い聞いてもらえる?」
「はい。なんでしょう?」
「これを斑尾に届けて。その後…」
その後、理苑は、魔石の破片を持って、静かに飛び去った。
「さてと」
理苑を見送り、指を鳴らして、部屋を戻してから、雪揶達に宛てた手紙を書き、そっと廊下に置いた。
誰にも気付かれないように、屋敷を抜け出し、幻想原に向かう。
一度立ち止まり、辺りを確認してから、暗闇に紛れ、林の中を奥へ奥へと向かった。
「蓮花様」
頭上の枝から、蛇の姿の仁刃が下りて来た。
「御苦労様」
「どうされましたか?」
「うん。ちょっとね。白夜達は?」
「流青と白夜は、その辺を駆け回ってる」
空から現れ、仁刃と並んだ楓雅を見下ろし、静かに片膝を着いた。
「呼んで来てもらって良い?」
「分かりました」
二人が暗闇に消え、白夜と流青を連れて戻って来ると、四人が前に並んだ。
「実は、手伝って欲しい事があるんだ」
「なに?」
「黄泉の入口を探して欲しいの」
「だが、幻想原の入口は、だいぶ昔に、閉じた事が確認されてるはず」
「でも、その後は、全く確認していなかったよね?」
四人は、真剣な顔付きになった。
「お願いね?」
「御意」
四人が走り去るのを見送り、幻想原の入口を探していると、木に貼り付けられた護符を見付けた。
菜門達が貼った結界の護符だ。
その上部に、更に強い効力を持つ護符を貼り、結界を強めながら歩き回った。
次の日。
廊下に置かれた手紙は、朱雀から季麗達の手に渡った。
《やらなければならない事が出来ました。暫く、お会いする事は、出来ませんが、どうかお元気で》
それ以来、妖かし達の前に姿を現さずにいたが、雪椰や朱雀達は、頻繁に屋敷を訪れ、雪姫や修螺の相手をしていた。
そんな、穏やかな日々を過ごしていたある日。
「雪椰様…」
この日も、雪椰が雪姫の相手をしていると、羅雪が、神妙な面持ちの茉を連れて来た。
「どうかしましたか?」
「茉が、ご相談したい事があるそうでして」
羅雪と視線を合わせて、頷き合ってから、茉は、雪椰に視線を向けた。
「雪椰様は、力の加減が出来ない事がございますか?」
少し低い声の茉の質問に、雪椰は、少しだけ考えるような仕草をしてから、首を振った。
「いえ。ありませんが。それが、どうかしたんですか?」
「いえ…」
「茉」
羅雪と見つめ合い、茉は、大きく息を吐き出すと、決心したように、真っ直ぐに雪椰を見つめた。
「最近、羅偉様の力が、増幅し続けているようでして」
雪椰は、眉間にシワを寄せた。
「具体的には、どうゆう事ですか?」
「はい。前までは、そんな事なかったのですが、最近、羅偉様に、肩を触れられただけで、倒れてしまったり、箸や茶碗等、物を持つと、砕けてしまったり…」
視線を下げ、悩むような仕草をする雪椰を見上げ、雪姫が、その手を包むように触れた。
「大丈夫でしょうか?」
不安そうな顔の雪姫を見下ろし、優しく微笑んで、雪椰は、その手に、空いていた手を重ねた。
「大丈夫ですよ。元々、羅偉は、優しいので、雪姫や修螺達には…」
「私達の事じゃなくて、羅偉様の事です。弾け飛んでしまったり、おかしくなったり…してしまわないでしょうか?」
自分達の事よりも、羅偉の体を心配する雪姫の姿に、雪椰は、妖かしではなく、人のような優しさを感じ、頬が綻んだ。
「大丈夫です。羅偉は強いですから」
「…本当ですか?」
優しく微笑む雪椰に、雪姫は、真剣な顔で見つめた。
「本当に、大丈夫なのでしょうか?」
「どうしてですか?」
「本当に強くても、そうならない理由には、ならないからです」
雪椰は、目を大きくさせ、雪姫を見つめた。
「…そうですね。すみません。実際、私にも分かりません」
弱々しい雪椰の姿に、茉や羅雪にも不安が芽生え、目を伏せてしまった。
「私達に、何か出来る事はないのですか?」
「こればっかりは、なんとも…」
雪姫は、哀しそうに顔を歪めると、雪椰の手を離し、部屋から飛び出した。
「雪姫!!」
雪椰の呼び止める声が響いたが、雪姫は止まる事なく、廊下を走り去ってしまった。
雪姫のいなくなった部屋には、重苦しい空気が立ち込める。
そんな中、影千代と皇牙が、篠と葵を連れてやって来た。
「あれ?雪姫ちゃん達は?」
「分かりません」
「何があった」
暗い表情と重苦しい雰囲気で、何かあったことを理解した影千代が、目を細めると、茉は、雪椰に説明した時と同じように、羅偉の様子を話した。
「…ちょっと、ヤバイんじゃない?」
「しかし、こればかりは、俺らが、どうにか出来る問題ではない」
人数が増えたところで、何の解決にもならなかった。
「皆さん?どうかしたんですか?」
そこに菜門と季麗が、手土産を持って現れ、今度は、雪椰が説明をした。
「それで、雪姫が飛び出して来たのか」
「何処かで雪姫と会ったのですか?」
「屋敷に入ろうとしたら、飛び出して来たんですよ。声を掛けても、聞こえなかったのか、振り向きもしませんでした」
「とりあえず、探しに行こうか」
皇牙の提案で、雪姫を探しに行こうとしたが、何処に行ったのか、全く予想が出来ず、仕方なく、羅雪が、雪姫の母親に心当たりがないか、聞きに行き、雪椰達は、外に出て、それを待っていた。
「お待たせしました。母親も分からないそうです」
「仕方ない。手分けして探すか」
それぞれ、バラバラに行動し、影千代は、空から雪姫を探していると、建物の影にいる修螺を見付け、その前には、修螺をいじめていた子妖達がいた。
影千代は、溜め息をついて、修螺の所に向かった。
相手の小鬼が、修螺に殴り掛かろうとしたが、それを避け、逆に足を払って転ばせる。
それに、驚きながらも、腹を立てた小鬼達は、次々に、襲い掛かったが、修螺は、その全てを避けて、ケガをさせない程度で反撃した。
「…くしょー!!覚えてろ!!」
涙目になりながら、小鬼達が、逃げて行くのを見つめる修螺は、少し前とは、比べ物にならない程、たくましくなっていた。
「修螺」
影千代が声を掛け、振り返った修螺は、いつもと同じ、はにかんだような笑みを浮かべた。
「影千代様。こんにちは」
「あぁ。お前。強くなったな」
「いえ。僕なんて、まだまだです」
頬を赤らめて、頭を掻く修螺の姿に、影千代は、少しだけ頬を緩めた。
「それよりも、影千代様は、どうして、こんなところに?」
「あぁ。雪姫を探していてな。知らないか?」
「雪姫ちゃん?…いえ。知りませんけど」
雪姫の名前を聞いて、修螺は、視線を泳がせ、影千代は、溜め息をついた。
「そうか。もし、雪姫を見掛けたら教えてくれ」
「分かりました。それでは、失礼します」
ペコッと頭を下げ、修螺は、逃げるように走り出した。
それを影千代は、空から追い掛け、小さな古民家に入って行くのを見届けた。
影千代が、溜め息をつき、飛び去って行くのを家の中から、確認して、修螺は、家を飛び出すと、幻想原の前を流れる川に向かって駆け抜けた。
「雪姫ちゃん!!」
桟橋の手すりに、座っている雪姫を見付け、修螺は走り寄った。
「影千代様達が探してるよ?」
「…どうしても、蓮ちゃんに会いたいの…」
いつも明るく、元気な雪姫が、暗い顔をしている。
修螺は、隣に腰掛け、首を傾げた。
「何かあったの?」
「…羅偉様が…」
雪姫は、哀しそうに眉を寄せ、泣き出してしまいそうな顔をしながら、羅偉の事を話した。
修螺も、不安そうに眉を寄せた。
「…なら、僕が蓮ちゃんに知らせるよ」
「でも…」
「今ここで、蓮ちゃんの事がバレたら、影千代様達が、心配しちゃうし、羅偉様も、今以上に大変になっちゃうから」
真剣な顔の修螺を見つめ、雪姫は唇を噛んだ。
「今は僕に任せて。ね?」
「…うん。分かった」
納得した雪姫に、ホッとして、修螺は、ニコッと笑った。
「羅偉様の事は、誰にも言っちゃダメだよ?あと、僕に話した事もナイショにしてね?」
「分かった」
力強く頷いた雪姫は、手すりから飛び降り、修螺も一緒に飛び降りると、向き合うように立った。
「雪姫ちゃんは、屋敷で待ってて。僕も行くから」
「うん。約束」
小指を絡め、約束を交わし、雪姫は、来た道を走って戻り、修螺は、周りを確認して、桟橋を越えた。
「…蓮ちゃん…蓮ちゃん」
「聞いてたよ」
木の上から、修螺に向かい、小声で返事をした。
「どうしたら良いかな?」
修螺も気付き、視線を上げると、不安そうに眉を寄せて、首を傾げた。
「感情的にならないように、気を付けてもらうしかないかな」
「そっか…」
修螺が視線を落としたのを見つめ、鼻で小さく溜め息をつき、袂からペンと和紙を取り出して、サラサラと文字を綴り、二つ折りにした紙を風に乗せて送る。
「右を茉に、左を雪姫に届けてあげて」
「分かった」
手紙を受け取り、懐に入れ、修螺が、周りを気にしながら、走り去るのを見送り、林の中へと姿を消した。
修螺は、屋敷に着くと、すぐに雪姫の所に向かい、手紙を渡した。
受け取った雪姫は、涙を拭い、手紙を懐に大事そうに仕舞い、修螺と視線を合わせ、頷き合い、茉を探した。
「いた」
一人で廊下を歩いている茉を見付け、二人は、急いで駆け寄り、声を掛けた。
「茉様」
「ん?なんだ」
見た目は、ちょっと怖いが、優しい声色の茉に、修螺は、懐から手紙を取り出した。
「蓮ちゃんからです」
「アイツから?」
差し出された手紙を受け取り、その場で広げ、最初は、驚いていたが、次第に真剣な表情になった。
「どうして、お前達がこれを?」
「僕達、蓮ちゃんに会うことが出来るんです」
修螺の告白に、茉は、驚きで目を大きくさせたが、すぐに細めた。
「どうして」
「最初は、偶然だったんです。でも、僕達が我儘を言って、週に一度、一時間だけって約束で、会うことが出来るようになったんです」
「何処で」
「場所はバラバラです。裏手の用水路だったり、修螺の家の裏だったり、里外れの古い神社だったり」
「どうやってる」
「楓雅さんが、教えに来てくれるんです」
「そうか…次はいつだ」
「来週です」
考えるように顎に指を添え、視線を落としたが、すぐに二人を見つめた。
「その時、俺も、一緒に連れてってくれ」
「え…」
「頼む」
「…誰にも、見付からないで下さいね?」
「あぁ。恩に着る」
最初は、迷っていたが、羅偉を慕い、心配してる茉の姿に、二人は、困ったようでありながらも、優しく微笑んだ。
それから三日後。
修螺と雪姫が、二人だけでいるのを見計らい、楓雅が、鳥の姿で現れた。
「四日後の午後二時、裏の用水路だ。遅れるなよ」
二人は、無言で頷き、飛び去って行く楓雅を見送った。
「茉様に知らせなきゃね」
「そうだね。後で、僕が知らせておくよ」
その日の夕方。
修螺は、茉が屋敷から出て来るのを物陰で待っていた。
だが、茉は、羅雪と朱雀と一緒に出て来てしまい、その時に知らせられなかった。
仕方なく、修螺は、茉が一人になるまで、三人の後を少し離れて歩いた。
「それじゃ」
「あぁ」
それぞれが、バラバラに歩き出し、修螺は、他の二人にバレないように走り出した。
「四日後、午後二時、屋敷の裏手」
茉の横を通り過ぎる時、早口で、それだを伝え、少し走った先で、裏路地に入り、遠回りしながら、家に向かった。
短いようで、長い四日間を過ごし、誰にも気付かれないように、屋敷の裏手にある用水路に向かい、三人は、緊張した顔をしていた。
「珍しい~」
雪姫と修螺は、口を一文字にして、不安な顔のまま見上げた茉は、真剣な顔をしていた。
「何か?」
首を傾げると、一度、目を閉じた茉は、ゆっくり目を開けた。
「聞きたい事があるんだ」
「羅偉の事なら、二人から聞きましたよ?その他に、何か聞きたいことでも?」
「あぁ。特別な力の事だ」
「禁断の実は、望めば、力を与えてくれるが、その大きさは、想いの大きさで変わります」
「想い?」
「羅偉は、この里や皆に対して、大きな想いを持ってますね?その為、日々、多くの力が与えられている状態でしょう。本来、妖かしは、許容量以上の力は、常に放出され、自分の保持する力を無意識に調節しているはずです」
「ならば、羅偉様は、どうして、力を調節出来ない」
「羅偉自身の体質だと思います」
「体質?」
「元々、鬼族の保持する力の許容量は、他の種族に比べて大きく、更に、羅偉の場合は、それを放出するよりも、蓄積する量の方が大きいんじゃないですかね?だがら、日々、特別な力が蓄積され、許容量を超え始めているんだと思います。そうすると、今の羅偉の状況にも、説明がつきます」
小さな二人は、首を傾げていたが、茉は、納得したように小さく頷いた。
「まぁ。滅多に、許容量が超える事がないから、放出する事が上手く出来ない鬼もいるので、羅偉が、あんな風になるのも、おかしくないんですけどね」
「どうすれば良いんだ」
「ん~…例えば、放出する量を増やさせるとか、許容量を増やさせるとか、意識的に、特別な力の吸収率を抑えさせるとかくらいですかね?」
「そんな事が出来るのか?」
「やり方次第です」
「どうやんだ」
その真意を探るように、真剣な茉を見つめた。
「それって、何の為に必要なんですか?」
「何って…そんなの羅偉様の為に…」
「本当に羅偉の為ですか?」
声を遮ると、茉の雰囲気が変わり、二人が、ハラハラし始めた。
「里の為。一族の為。私には、そんな風にしか聞こえない。そんな風にしか思えない。本当に羅偉を心配して、羅偉の為だと言うのなら、修螺や雪姫のように、自分達に出来る事を探そうとするんじゃないですか?」
二人に視線を向けると、茉も、二人を見つめた。
「二人には色々伝えてあります。本当に、羅偉の力になりたいなら、二人に聞いて。今の私には、これしか出来ないですから」
約束の一時間が経ち、用水路を飛び越え、反対側の民家の屋根に立ち、三人を見下ろした。
「気になるなら、書物を読むなり、長老様方に聞いたり、色々試してみたら良いと思いますよ?」
幻想原に向かい、屋根伝いに飛んで移動し、屋敷から離れた所で、立ち止まり、里を見渡した。
「紅夜。阿華羽。八蜘蛛」
名前を呼ぶと、抜け出た式札から、それぞれ虫の姿で現れた三人に、手を伸ばした。
「珍しいねぇ。蓮花様が、私達を呼び出すなんて」
「そうかな?」
「いつもなら、慈雷夜達をお呼びになるでしょう?」
「まぁ良いじゃないか。それで?」
「紅夜と八蜘蛛は、羅偉を見張って。阿華羽は、酒天の所に行って、どの辺りで、封印されそうになったか聞いて来て?」
「御意」
それぞれが飛び去るのを見送り、屋根から屋根に飛び移り、幻想原に向かった。
その後、茉は、普段通りに朱雀達と屋敷を出た。
だが、朱雀達と別れると、大きな背中を丸め、彷徨うように、辺りが暗くなるまで、ウロウロと歩き回っていた。
里の一画、鬼族達が住む場所の中央で、大きな門の前ち立ち、茉は、建物を見上げ、大きな溜め息をつき、背中を伸ばしたが、暗い顔のまま中に入った。
「茉!!」
羅偉の声が響き渡り、茉の気持ちは、更に暗くなった。
「今まで、何処行ってたんだよ」
「里を巡回してました」
本当の事を話してしまいたかっただろう。
だが、茉は、グッと言葉を飲み込み、胸の内を悟られないように、嘘を告げた。
羅偉は、茉をじっと見つめてから、溜め息をついた。
「なら、ちゃんと言ってから行けよ。心配したんだぞ」
「申し訳ございません」
「まったく。次からはちゃんと言えよ」
「はい」
深々と頭を下げてから、茉は、横を通り過ぎ、廊下を進む羅偉の背中を見つめた。
チクリと痛む胸に、顔を歪めてから、足早に自室に戻り、書類を確認していたが、進みが悪かった。
悶々とした気持ちを抱えながらも、茉は、日々の業務を続け、足繁く屋敷に通っていた。
季麗達と笑っている羅偉を見ていると、茉の暗い気持ちは、少しだけだが軽くなる。
だが、時々、羅偉に触れられ、雪姫や修螺、季麗や皇牙が、顔を歪めるのを見ていると、軽くなった気持ちが、また暗くなり、何も出来ない無力感が重くのし掛かった。
そんな日々を過ごし、茉は、羅偉に内緒で長老を訪ねた。
「どうした」
申し訳なさそうに、背中を丸めて、今までのことを説明した。
「そうか」
「…もう…どうしたいのか…どうすれば良いのか…分かりません…」
弱々しく、下を向いている茉を見つめ、鬼族の長老は、溜め息を溢して、腕組みをした。
「お前の想いは、そんなモノなのか」
茉が視線を向けると、長老は、柔らかな笑みを浮かべた。
「羅偉が、族長となった日。お前の誓いが、今の羅偉を支えておるのだ」
「誓い…」
「どんな事があろうとも、羅偉を支えると誓ったであろう。それが、羅偉を強くしておるのだ」
長老は、何処か遠くを見つめてから、真剣な顔をして、茉を見据えるように見つめた。
「あの誓いは、嘘であったのか」
長老の強い口調で、茉は、当時を思い出し、暗く淀んでいた気持ちが、晴れ渡っていくように感じた。
「羅偉にとって、今が一番不安な時。そして、お前にとっては、あの誓いを果たす時だ」
「はい。有り難う御座いました。失礼します」
茉は、長老に頭を下げると、風のように走り出し、羅偉のいる屋敷に向かった。
誰よりも、一番不安を感じているのは、羅偉自身。
ならば、茉がやるべきことは、ただ一つだ。
「…蓮…ちゃん?…蓮ちゃん!!」
その静けさを破ったのは、雪姫だった。
縁側から飛び降り、何度も、何度も、大声で呼びながら、庭先を走り始めた。
「…蓮ちゃん…」
その雪姫の姿で不安が煽られ、普段は、大人しい修螺も、大声を張り上げながら、庭を走り始めた。
「どうした!!」
二人の声を聞いた妖かしから、知らせを聞いた雪椰達も駆け付けた。
「何があったの?」
「悪妖が現れたんだが、蓮花と共に消えた」
「はぁ?消えたって、どうゆう事だよ」
「分からん」
「分からねぇって…お前…」
「とにかく。蓮花さんを探しましょう」
「そうですね」
「里の中も探した方が良い」
「朱雀さん。皆にも伝えて下さい」
「分かりました」
それから、多くの妖かしと一緒に、朱雀達も里の中を走り回った。
その間、雪椰達は、姿の消えた辺りを調べていた。
「本当に、この辺りか?」
「あぁ。間違いない」
「だが、なんの形跡もない」
季麗と影千代が、腕組みをしながら、地面を見つめ、頭を悩ませていた。
「彼女が消えた時の様子は?」
「強風が吹き、眩い光が…」
雪椰と皇牙が、雪姫の母親に、詳しい状況を聞いていた。
「長老様!!」
不安を抱え、今にも泣き出してしまいそうな雪姫と修螺と一緒にいた菜門が、やって来た長老達に気付いた。
「消えたとは、どうゆう事なのだ」
「それが…」
「案ずるな」
砂を巻き上げながら、白い靄が上がり、人の姿となった斑尾が現れた。
「モノノフ様!!」
長老達が、慌てたように、地面に膝を着き、頭を下げると、斑尾の眉間にシワが寄った。
「今の我は、蓮花の式神。その様な呼ばれをされる覚えなどない」
「申し訳ございません。護人様が…」
「おい」
菜門の隣で、ずっと黙っていた羅偉が、ズカズカと、足音を鳴らして斑尾に近付いた。
「これ!!モノノフ様になんて…」
止める長老達も無視し、羅偉は、斑尾の胸元を掴み、睨み付けた。
「羅偉!!」
「なんでそんな事言えんだ!!」
「羅偉ちゃん!!落ち着いて!!」
「なんとか言えよ!!」
何も言わない斑尾に、怒りに任せて襲い掛かりそうになり、雪椰と皇牙が、両脇から、羅偉の腕を掴み引き剥がした。
斑尾が、盛大な溜め息をつくと、その間に、二つの小さな影が滑り込んだ。
「本当?」
それは、今まで菜門と一緒にいた雪姫と修螺だった。
「蓮ちゃんは、本当に、大丈夫なんですか?」
二人を見下ろし、じっと見つめていた斑尾は、ゆっくりと頬を緩ませ、二人と視線を合わせるように屈んだ。
「あぁ。大丈夫だ。アイツは、我らと同じで強い。お前らなら、よく、分かるだろう?」
斑尾の優しい声色は、雪姫と修螺を不安を削ぎ落とし、その優しい微笑みが、安心感を与えた。
「蓮花と仲良くしてくれて、本当に感謝している。有難う」
そっと二人の手を取り、優しく包み込んだ斑尾の手は、とても暖かく、雪姫も修螺も、頬を赤らめて照れ笑いしていた。
「斑尾さん」
和やかな雰囲気の三人に近付き、雪椰は、斑尾を真っ直ぐに見つめた。
「蓮花さんが、何処にいるのか、分かっていらっしゃるのですか?」
「あぁ」
「何処ですか?」
「狭間の世界だ」
それは、誰も予想していなかった答えで、長老達までもが、驚きを隠せなかった。
「彼女は、そんな事まで出来るの?」
「我らと力を共用しているのだ。それくらい容易い事よ」
斑尾の答えに、納得したような顔をしたのは、五人だけで、羅偉は、納得したというよりも、更に、不安が煽られたようで、奥歯を噛み締め、斑尾に背中を向けた。
腰に差していた刀を抜き、羅偉は、何もない所で振り下ろしたが、見えない何かに弾かれた。
その光景に誰もが、驚いていたが、一番驚いていたのが、羅偉本人で、無意識の内に本心を呟いた。
「…なんでだよ…」
刀を持つ手に力を込め、何度も、何度も、刀を振り回したが、同じように弾かれ続ける。
「無駄だ」
「んな事…」
「アイツが、入り口を塞いでいる。お前の力では、何度やっても開かん」
斑尾の言葉も無視し、羅偉は、止まらず、徐々に特別な力も使い始めた。
「…っ!!羅偉!!」
「羅偉!!やめなさい!!」
特別な力を使い始め、その強大さに羅偉の体は、耐えられず、足や腕、頬などの肌に亀裂が走り、血が筋となり、地面に滴り落ちた。
「羅偉!!」
「羅偉ちゃん!!」
季麗達が止めに入るも、羅偉は、その手を振り払い、また刀を振り下ろそうとしたが、斑尾に、手首を掴まれ、阻止された。
「離せ」
「やめるなら離してやる」
斑尾を睨み上げ、季麗達と同様に、その手を振り払おうとしたが、羅偉の手首は離されることがない。
逆に、斑尾の手がキツく締め上げた。
「離せ!!」
「いい加減にしろ!!」
斑尾の怒鳴り声が、辺りに響き渡り、周りの妖かし達の肩が、ビクッと揺れた。
「無闇に力を使うな。それでは、アイツが空間を閉鎖した意味がない」
「どうゆう事だよ」
呟いた声は、普段の羅偉からは、想像も出来ない程低く、まるで、野獣が唸りを上げているような声色だった。
「蓮花は、この里に被害が及ばぬよう、空間を閉鎖したのだ」
「なんで…」
「誰も傷付けたくないからだ」
二人の髪を揺らし、斑尾の言葉は、吹き抜けた風と共に、空高くへと、昇っていった。
「己を犠牲にしても他者を護る。それが、アイツの選んだ未来だ」
周りから見れば、そこまでしなくても、良いんじゃないのかと思うかもしれない。
そんなに、必死になって、馬鹿みたいと思うかもしれない。
だが、人は、何かを心に決めても、それを突き通せる者は少なく、途中で、投げ出してしまう者の方が多い。
だからという訳ではないが、一度、決めた未来が、どんなに過酷であっても、投げ出すことなく突き進む。
太陽が傾き、空がオレンジ色に染まった頃、里は、落ち着きを取り戻し、普段と、変わらない時間が流れていた。
だが、屋敷は、重苦しい雰囲気を抱えたままだった。
「おい」
縁側に胡座で座り、庭を睨むように見つめる羅偉が、沈黙を破り、痺れを切らしたように声を出した。
「蓮花は、いつ戻んだよ」
「知らん」
冷たく突き放すような斑尾の言い方が、羅偉の神経を逆撫でし、その怒りが、今にも爆発しそうだった。
「アイツには、アイツの考えがある。アイツが、戻りたくなれば、必ず戻ってくる」
「ねぇ。おじさん」
「斑尾だ」
「じゃ、斑尾おじさん」
「おじさんは余計だ。斑尾で良い。なんだ」
「蓮ちゃんって、本当に強いの?」
首を傾げる雪姫と、その隣で、不安そうな顔をする修螺を見下ろし、斑尾は、瞬きをしてから、優しく微笑み、その頭に手を乗せた。
「アイツは強い。下級の悪妖などは一捻りだ」
「そんなことを言って。蓮花様は人間ですよ?」
理苑が降り立つと、斑尾は、鼻を鳴らし、獣の姿に変わった。
「亥鈴が、すぐに戻れ阿呆が。だそうです」
「相変わらず口が悪い奴だ。後は頼んだぞ」
斑尾が飛び上がると、空を走るように飛んで行き、その姿は、すぐに見えなくなってしまった。
「あんまり、彼の言う事を真に受けないで下さいね?」
理苑が視線を向け、困ったような笑みを作り、頬をポリポリと掻いた。
「良い奴ではあるのですが、幾分、口が悪いので、真に受けると、自分が空しくなってしまいますので」
「別に。気にしてねぇよ」
心底、困り果てた様子の理苑に、ぶっきらぼうな口調で、そっぽを向くと、皇牙が、ニヤニヤと笑い、羅偉の頬を突っついた。
「そんなこと言ってぇ~。ホントは、ホッとしたんでしょ?」
「んなことねぇし。やめろって」
皇牙の手を叩き落とし、逆に顔を向けると、季麗が、ニヤリと笑っていて、羅偉は、周りの雪揶達を見渡した。
「何笑ってんだよ!!笑うなよ!!笑うな!!笑うなって!!」
「…ずいぶん、にぎやかね」
笑い声と、羅偉の怒鳴り声が響く中、時空に穴を開け、誰も入れないように結界を張りながら、その光を背に置いて、浴衣をひるがえし、ゆっくりと地面に降り立った。
「あまり、苛めたら可哀想だよ?…どったの?」
羅偉の瞳が切なげに揺れ、他の五人は、困ったように眉を寄せた。
「ざけんな!!急に居なくなりやがって!!心配したじゃねぇか!!」
目尻を吊り上げた羅偉に怒鳴られると、二つの小さな体が抱き付いた。
「…ごめんね?心配させちゃって」
「ホントだよ…すごく…すごく…心配…したんだよ?」
涙で頬を濡らし、声を震わせる修螺と雪姫の肩に腕を回し、ぎゅっと抱き締めると、二人は、声を上げて泣き始めた。
「これに懲りたら、もうお止め下さいね?」
「分かってるよ。ごめんなさい」
理苑と話するのを一旦止め、二人が泣き止むまで、そのまま、ずっと抱き締めていた。
泣き疲れたようで、二人は、深い眠りに落ちてしまった。
「ごめんなさい」
屋敷の前で、雪姫を背負う母親に頭を下げると、母親は、優しい笑みを浮かべた。
「もう良いんですよ。帰って来られたのですから」
「ありがうございます」
帰って行く二人に手を振り、篠に頼んで、修螺を家に送り届けてもらった。
理苑を交えて、その日も、にぎやかな食事となった。
「そろそろ、話して頂けませんか?」
「もうちょっと待って」
部屋の前で障子に向かい、印を結ぶと、淡い光が溢れて消える。
今までの部屋と違う部屋になり、理苑が、後ろ手で障子を閉めた。
パチンと、指を鳴らして、部屋の蝋燭に火を灯した。
「それで?どうして狭間へ?」
「これ」
袂から黒光りする小さな破片を取り出すと、理苑は、忌々しげに目を細めて、それを睨み付けた。
「盗まれた物に間違いないけど、これは砕いた破片。もしかしたら、彼女は、魔石をばら蒔いているのかもしれない」
里が化け物に襲われた時、盗まれた魔石に対し、悪化した者が異様に多かった。
「だから、あんな量だったんですね」
それは、式神である斑尾達も感じていた。
この里にいる間を利用し、白夜や酒天達に、周りを調べさせていたが、何も分からなかった。
「この大きさなら、あの時の違和感も、白夜達が、何も見付からないのも納得出来る」
「そうですね…どうしますか?」
このまま、白夜達が探し続けても、この大きさの魔石を見付けるのは、無に等しい。
「魔石の特性を利用した方が、良いかもしれない」
怨念を吸い上げ、結晶化した魔石だからこそ、多くの怨念を吸収しようと、砕けた破片は、一つになろうとする特性がある。
「危険です」
もし、多くの破片が、ばら蒔かれているとしたら、それを手にした悪妖が集まり、あの時よりも、更なる被害が予想される。
「時間は、掛かるかもしれませんが、着実に一つ一つ…」
「今度、この里を襲撃されたら、守りきれる?」
理苑の表情が険しくなり、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「危険を回避するには、その方法が、一番かもしれない。だけど、その間に、また襲撃されたら…私には、守りきる自信がないの」
それが事実であって現実だ。
これからも、里が襲われないとは言い切れない。
最悪の事態を想定して、動かなければならない。
「危険かもしれないけど、今は、一つでも多くの破片を集め、被害を最小限にすることを考えなくちゃ」
「ですが!!」
「大丈夫」
その頬に手を添え、包み込むよう触れると、哀しそうに理苑の瞳が揺れた。
「私は、もう一人じゃない。皆がいる。心強い家族がいるから」
いつもは、大人っぽくしている理苑が、幼い子供のように、歯を食い縛りながら、揺れる瞳から涙を零した。
「もしもの時は、お願いね?」
「…はい…」
手を離してから、ニコッと笑うと、理苑は、乱暴に袖で涙を拭き、歯を見せるように笑った。
「それでね?早速なんだけど、お願い聞いてもらえる?」
「はい。なんでしょう?」
「これを斑尾に届けて。その後…」
その後、理苑は、魔石の破片を持って、静かに飛び去った。
「さてと」
理苑を見送り、指を鳴らして、部屋を戻してから、雪揶達に宛てた手紙を書き、そっと廊下に置いた。
誰にも気付かれないように、屋敷を抜け出し、幻想原に向かう。
一度立ち止まり、辺りを確認してから、暗闇に紛れ、林の中を奥へ奥へと向かった。
「蓮花様」
頭上の枝から、蛇の姿の仁刃が下りて来た。
「御苦労様」
「どうされましたか?」
「うん。ちょっとね。白夜達は?」
「流青と白夜は、その辺を駆け回ってる」
空から現れ、仁刃と並んだ楓雅を見下ろし、静かに片膝を着いた。
「呼んで来てもらって良い?」
「分かりました」
二人が暗闇に消え、白夜と流青を連れて戻って来ると、四人が前に並んだ。
「実は、手伝って欲しい事があるんだ」
「なに?」
「黄泉の入口を探して欲しいの」
「だが、幻想原の入口は、だいぶ昔に、閉じた事が確認されてるはず」
「でも、その後は、全く確認していなかったよね?」
四人は、真剣な顔付きになった。
「お願いね?」
「御意」
四人が走り去るのを見送り、幻想原の入口を探していると、木に貼り付けられた護符を見付けた。
菜門達が貼った結界の護符だ。
その上部に、更に強い効力を持つ護符を貼り、結界を強めながら歩き回った。
次の日。
廊下に置かれた手紙は、朱雀から季麗達の手に渡った。
《やらなければならない事が出来ました。暫く、お会いする事は、出来ませんが、どうかお元気で》
それ以来、妖かし達の前に姿を現さずにいたが、雪椰や朱雀達は、頻繁に屋敷を訪れ、雪姫や修螺の相手をしていた。
そんな、穏やかな日々を過ごしていたある日。
「雪椰様…」
この日も、雪椰が雪姫の相手をしていると、羅雪が、神妙な面持ちの茉を連れて来た。
「どうかしましたか?」
「茉が、ご相談したい事があるそうでして」
羅雪と視線を合わせて、頷き合ってから、茉は、雪椰に視線を向けた。
「雪椰様は、力の加減が出来ない事がございますか?」
少し低い声の茉の質問に、雪椰は、少しだけ考えるような仕草をしてから、首を振った。
「いえ。ありませんが。それが、どうかしたんですか?」
「いえ…」
「茉」
羅雪と見つめ合い、茉は、大きく息を吐き出すと、決心したように、真っ直ぐに雪椰を見つめた。
「最近、羅偉様の力が、増幅し続けているようでして」
雪椰は、眉間にシワを寄せた。
「具体的には、どうゆう事ですか?」
「はい。前までは、そんな事なかったのですが、最近、羅偉様に、肩を触れられただけで、倒れてしまったり、箸や茶碗等、物を持つと、砕けてしまったり…」
視線を下げ、悩むような仕草をする雪椰を見上げ、雪姫が、その手を包むように触れた。
「大丈夫でしょうか?」
不安そうな顔の雪姫を見下ろし、優しく微笑んで、雪椰は、その手に、空いていた手を重ねた。
「大丈夫ですよ。元々、羅偉は、優しいので、雪姫や修螺達には…」
「私達の事じゃなくて、羅偉様の事です。弾け飛んでしまったり、おかしくなったり…してしまわないでしょうか?」
自分達の事よりも、羅偉の体を心配する雪姫の姿に、雪椰は、妖かしではなく、人のような優しさを感じ、頬が綻んだ。
「大丈夫です。羅偉は強いですから」
「…本当ですか?」
優しく微笑む雪椰に、雪姫は、真剣な顔で見つめた。
「本当に、大丈夫なのでしょうか?」
「どうしてですか?」
「本当に強くても、そうならない理由には、ならないからです」
雪椰は、目を大きくさせ、雪姫を見つめた。
「…そうですね。すみません。実際、私にも分かりません」
弱々しい雪椰の姿に、茉や羅雪にも不安が芽生え、目を伏せてしまった。
「私達に、何か出来る事はないのですか?」
「こればっかりは、なんとも…」
雪姫は、哀しそうに顔を歪めると、雪椰の手を離し、部屋から飛び出した。
「雪姫!!」
雪椰の呼び止める声が響いたが、雪姫は止まる事なく、廊下を走り去ってしまった。
雪姫のいなくなった部屋には、重苦しい空気が立ち込める。
そんな中、影千代と皇牙が、篠と葵を連れてやって来た。
「あれ?雪姫ちゃん達は?」
「分かりません」
「何があった」
暗い表情と重苦しい雰囲気で、何かあったことを理解した影千代が、目を細めると、茉は、雪椰に説明した時と同じように、羅偉の様子を話した。
「…ちょっと、ヤバイんじゃない?」
「しかし、こればかりは、俺らが、どうにか出来る問題ではない」
人数が増えたところで、何の解決にもならなかった。
「皆さん?どうかしたんですか?」
そこに菜門と季麗が、手土産を持って現れ、今度は、雪椰が説明をした。
「それで、雪姫が飛び出して来たのか」
「何処かで雪姫と会ったのですか?」
「屋敷に入ろうとしたら、飛び出して来たんですよ。声を掛けても、聞こえなかったのか、振り向きもしませんでした」
「とりあえず、探しに行こうか」
皇牙の提案で、雪姫を探しに行こうとしたが、何処に行ったのか、全く予想が出来ず、仕方なく、羅雪が、雪姫の母親に心当たりがないか、聞きに行き、雪椰達は、外に出て、それを待っていた。
「お待たせしました。母親も分からないそうです」
「仕方ない。手分けして探すか」
それぞれ、バラバラに行動し、影千代は、空から雪姫を探していると、建物の影にいる修螺を見付け、その前には、修螺をいじめていた子妖達がいた。
影千代は、溜め息をついて、修螺の所に向かった。
相手の小鬼が、修螺に殴り掛かろうとしたが、それを避け、逆に足を払って転ばせる。
それに、驚きながらも、腹を立てた小鬼達は、次々に、襲い掛かったが、修螺は、その全てを避けて、ケガをさせない程度で反撃した。
「…くしょー!!覚えてろ!!」
涙目になりながら、小鬼達が、逃げて行くのを見つめる修螺は、少し前とは、比べ物にならない程、たくましくなっていた。
「修螺」
影千代が声を掛け、振り返った修螺は、いつもと同じ、はにかんだような笑みを浮かべた。
「影千代様。こんにちは」
「あぁ。お前。強くなったな」
「いえ。僕なんて、まだまだです」
頬を赤らめて、頭を掻く修螺の姿に、影千代は、少しだけ頬を緩めた。
「それよりも、影千代様は、どうして、こんなところに?」
「あぁ。雪姫を探していてな。知らないか?」
「雪姫ちゃん?…いえ。知りませんけど」
雪姫の名前を聞いて、修螺は、視線を泳がせ、影千代は、溜め息をついた。
「そうか。もし、雪姫を見掛けたら教えてくれ」
「分かりました。それでは、失礼します」
ペコッと頭を下げ、修螺は、逃げるように走り出した。
それを影千代は、空から追い掛け、小さな古民家に入って行くのを見届けた。
影千代が、溜め息をつき、飛び去って行くのを家の中から、確認して、修螺は、家を飛び出すと、幻想原の前を流れる川に向かって駆け抜けた。
「雪姫ちゃん!!」
桟橋の手すりに、座っている雪姫を見付け、修螺は走り寄った。
「影千代様達が探してるよ?」
「…どうしても、蓮ちゃんに会いたいの…」
いつも明るく、元気な雪姫が、暗い顔をしている。
修螺は、隣に腰掛け、首を傾げた。
「何かあったの?」
「…羅偉様が…」
雪姫は、哀しそうに眉を寄せ、泣き出してしまいそうな顔をしながら、羅偉の事を話した。
修螺も、不安そうに眉を寄せた。
「…なら、僕が蓮ちゃんに知らせるよ」
「でも…」
「今ここで、蓮ちゃんの事がバレたら、影千代様達が、心配しちゃうし、羅偉様も、今以上に大変になっちゃうから」
真剣な顔の修螺を見つめ、雪姫は唇を噛んだ。
「今は僕に任せて。ね?」
「…うん。分かった」
納得した雪姫に、ホッとして、修螺は、ニコッと笑った。
「羅偉様の事は、誰にも言っちゃダメだよ?あと、僕に話した事もナイショにしてね?」
「分かった」
力強く頷いた雪姫は、手すりから飛び降り、修螺も一緒に飛び降りると、向き合うように立った。
「雪姫ちゃんは、屋敷で待ってて。僕も行くから」
「うん。約束」
小指を絡め、約束を交わし、雪姫は、来た道を走って戻り、修螺は、周りを確認して、桟橋を越えた。
「…蓮ちゃん…蓮ちゃん」
「聞いてたよ」
木の上から、修螺に向かい、小声で返事をした。
「どうしたら良いかな?」
修螺も気付き、視線を上げると、不安そうに眉を寄せて、首を傾げた。
「感情的にならないように、気を付けてもらうしかないかな」
「そっか…」
修螺が視線を落としたのを見つめ、鼻で小さく溜め息をつき、袂からペンと和紙を取り出して、サラサラと文字を綴り、二つ折りにした紙を風に乗せて送る。
「右を茉に、左を雪姫に届けてあげて」
「分かった」
手紙を受け取り、懐に入れ、修螺が、周りを気にしながら、走り去るのを見送り、林の中へと姿を消した。
修螺は、屋敷に着くと、すぐに雪姫の所に向かい、手紙を渡した。
受け取った雪姫は、涙を拭い、手紙を懐に大事そうに仕舞い、修螺と視線を合わせ、頷き合い、茉を探した。
「いた」
一人で廊下を歩いている茉を見付け、二人は、急いで駆け寄り、声を掛けた。
「茉様」
「ん?なんだ」
見た目は、ちょっと怖いが、優しい声色の茉に、修螺は、懐から手紙を取り出した。
「蓮ちゃんからです」
「アイツから?」
差し出された手紙を受け取り、その場で広げ、最初は、驚いていたが、次第に真剣な表情になった。
「どうして、お前達がこれを?」
「僕達、蓮ちゃんに会うことが出来るんです」
修螺の告白に、茉は、驚きで目を大きくさせたが、すぐに細めた。
「どうして」
「最初は、偶然だったんです。でも、僕達が我儘を言って、週に一度、一時間だけって約束で、会うことが出来るようになったんです」
「何処で」
「場所はバラバラです。裏手の用水路だったり、修螺の家の裏だったり、里外れの古い神社だったり」
「どうやってる」
「楓雅さんが、教えに来てくれるんです」
「そうか…次はいつだ」
「来週です」
考えるように顎に指を添え、視線を落としたが、すぐに二人を見つめた。
「その時、俺も、一緒に連れてってくれ」
「え…」
「頼む」
「…誰にも、見付からないで下さいね?」
「あぁ。恩に着る」
最初は、迷っていたが、羅偉を慕い、心配してる茉の姿に、二人は、困ったようでありながらも、優しく微笑んだ。
それから三日後。
修螺と雪姫が、二人だけでいるのを見計らい、楓雅が、鳥の姿で現れた。
「四日後の午後二時、裏の用水路だ。遅れるなよ」
二人は、無言で頷き、飛び去って行く楓雅を見送った。
「茉様に知らせなきゃね」
「そうだね。後で、僕が知らせておくよ」
その日の夕方。
修螺は、茉が屋敷から出て来るのを物陰で待っていた。
だが、茉は、羅雪と朱雀と一緒に出て来てしまい、その時に知らせられなかった。
仕方なく、修螺は、茉が一人になるまで、三人の後を少し離れて歩いた。
「それじゃ」
「あぁ」
それぞれが、バラバラに歩き出し、修螺は、他の二人にバレないように走り出した。
「四日後、午後二時、屋敷の裏手」
茉の横を通り過ぎる時、早口で、それだを伝え、少し走った先で、裏路地に入り、遠回りしながら、家に向かった。
短いようで、長い四日間を過ごし、誰にも気付かれないように、屋敷の裏手にある用水路に向かい、三人は、緊張した顔をしていた。
「珍しい~」
雪姫と修螺は、口を一文字にして、不安な顔のまま見上げた茉は、真剣な顔をしていた。
「何か?」
首を傾げると、一度、目を閉じた茉は、ゆっくり目を開けた。
「聞きたい事があるんだ」
「羅偉の事なら、二人から聞きましたよ?その他に、何か聞きたいことでも?」
「あぁ。特別な力の事だ」
「禁断の実は、望めば、力を与えてくれるが、その大きさは、想いの大きさで変わります」
「想い?」
「羅偉は、この里や皆に対して、大きな想いを持ってますね?その為、日々、多くの力が与えられている状態でしょう。本来、妖かしは、許容量以上の力は、常に放出され、自分の保持する力を無意識に調節しているはずです」
「ならば、羅偉様は、どうして、力を調節出来ない」
「羅偉自身の体質だと思います」
「体質?」
「元々、鬼族の保持する力の許容量は、他の種族に比べて大きく、更に、羅偉の場合は、それを放出するよりも、蓄積する量の方が大きいんじゃないですかね?だがら、日々、特別な力が蓄積され、許容量を超え始めているんだと思います。そうすると、今の羅偉の状況にも、説明がつきます」
小さな二人は、首を傾げていたが、茉は、納得したように小さく頷いた。
「まぁ。滅多に、許容量が超える事がないから、放出する事が上手く出来ない鬼もいるので、羅偉が、あんな風になるのも、おかしくないんですけどね」
「どうすれば良いんだ」
「ん~…例えば、放出する量を増やさせるとか、許容量を増やさせるとか、意識的に、特別な力の吸収率を抑えさせるとかくらいですかね?」
「そんな事が出来るのか?」
「やり方次第です」
「どうやんだ」
その真意を探るように、真剣な茉を見つめた。
「それって、何の為に必要なんですか?」
「何って…そんなの羅偉様の為に…」
「本当に羅偉の為ですか?」
声を遮ると、茉の雰囲気が変わり、二人が、ハラハラし始めた。
「里の為。一族の為。私には、そんな風にしか聞こえない。そんな風にしか思えない。本当に羅偉を心配して、羅偉の為だと言うのなら、修螺や雪姫のように、自分達に出来る事を探そうとするんじゃないですか?」
二人に視線を向けると、茉も、二人を見つめた。
「二人には色々伝えてあります。本当に、羅偉の力になりたいなら、二人に聞いて。今の私には、これしか出来ないですから」
約束の一時間が経ち、用水路を飛び越え、反対側の民家の屋根に立ち、三人を見下ろした。
「気になるなら、書物を読むなり、長老様方に聞いたり、色々試してみたら良いと思いますよ?」
幻想原に向かい、屋根伝いに飛んで移動し、屋敷から離れた所で、立ち止まり、里を見渡した。
「紅夜。阿華羽。八蜘蛛」
名前を呼ぶと、抜け出た式札から、それぞれ虫の姿で現れた三人に、手を伸ばした。
「珍しいねぇ。蓮花様が、私達を呼び出すなんて」
「そうかな?」
「いつもなら、慈雷夜達をお呼びになるでしょう?」
「まぁ良いじゃないか。それで?」
「紅夜と八蜘蛛は、羅偉を見張って。阿華羽は、酒天の所に行って、どの辺りで、封印されそうになったか聞いて来て?」
「御意」
それぞれが飛び去るのを見送り、屋根から屋根に飛び移り、幻想原に向かった。
その後、茉は、普段通りに朱雀達と屋敷を出た。
だが、朱雀達と別れると、大きな背中を丸め、彷徨うように、辺りが暗くなるまで、ウロウロと歩き回っていた。
里の一画、鬼族達が住む場所の中央で、大きな門の前ち立ち、茉は、建物を見上げ、大きな溜め息をつき、背中を伸ばしたが、暗い顔のまま中に入った。
「茉!!」
羅偉の声が響き渡り、茉の気持ちは、更に暗くなった。
「今まで、何処行ってたんだよ」
「里を巡回してました」
本当の事を話してしまいたかっただろう。
だが、茉は、グッと言葉を飲み込み、胸の内を悟られないように、嘘を告げた。
羅偉は、茉をじっと見つめてから、溜め息をついた。
「なら、ちゃんと言ってから行けよ。心配したんだぞ」
「申し訳ございません」
「まったく。次からはちゃんと言えよ」
「はい」
深々と頭を下げてから、茉は、横を通り過ぎ、廊下を進む羅偉の背中を見つめた。
チクリと痛む胸に、顔を歪めてから、足早に自室に戻り、書類を確認していたが、進みが悪かった。
悶々とした気持ちを抱えながらも、茉は、日々の業務を続け、足繁く屋敷に通っていた。
季麗達と笑っている羅偉を見ていると、茉の暗い気持ちは、少しだけだが軽くなる。
だが、時々、羅偉に触れられ、雪姫や修螺、季麗や皇牙が、顔を歪めるのを見ていると、軽くなった気持ちが、また暗くなり、何も出来ない無力感が重くのし掛かった。
そんな日々を過ごし、茉は、羅偉に内緒で長老を訪ねた。
「どうした」
申し訳なさそうに、背中を丸めて、今までのことを説明した。
「そうか」
「…もう…どうしたいのか…どうすれば良いのか…分かりません…」
弱々しく、下を向いている茉を見つめ、鬼族の長老は、溜め息を溢して、腕組みをした。
「お前の想いは、そんなモノなのか」
茉が視線を向けると、長老は、柔らかな笑みを浮かべた。
「羅偉が、族長となった日。お前の誓いが、今の羅偉を支えておるのだ」
「誓い…」
「どんな事があろうとも、羅偉を支えると誓ったであろう。それが、羅偉を強くしておるのだ」
長老は、何処か遠くを見つめてから、真剣な顔をして、茉を見据えるように見つめた。
「あの誓いは、嘘であったのか」
長老の強い口調で、茉は、当時を思い出し、暗く淀んでいた気持ちが、晴れ渡っていくように感じた。
「羅偉にとって、今が一番不安な時。そして、お前にとっては、あの誓いを果たす時だ」
「はい。有り難う御座いました。失礼します」
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