黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十二話

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誰も居なくなった庭先は、何事もなかったかのように、静けさが戻っていた。

「…蓮…ちゃん?…蓮ちゃん!!」

その静けさを破ったのは、雪姫だった。
縁側から飛び降り、何度も、何度も、大声で呼びながら、庭先を走り始めた。

「…蓮ちゃん…」

その雪姫の姿で不安が煽られ、普段は、大人しい修螺も、大声を張り上げながら、庭を走り始めた。

「どうした!!」

二人の声を聞いた妖かしから、知らせを聞いた雪椰達も駆け付けた。

「何があったの?」

「悪妖が現れたんだが、蓮花と共に消えた」

「はぁ?消えたって、どうゆう事だよ」

「分からん」

「分からねぇって…お前…」

「とにかく。蓮花さんを探しましょう」

「そうですね」

「里の中も探した方が良い」

「朱雀さん。皆にも伝えて下さい」

「分かりました」

それから、多くの妖かしと一緒に、朱雀達も里の中を走り回った。
その間、雪椰達は、姿の消えた辺りを調べていた。

「本当に、この辺りか?」

「あぁ。間違いない」

「だが、なんの形跡もない」

季麗と影千代が、腕組みをしながら、地面を見つめ、頭を悩ませていた。

「彼女が消えた時の様子は?」

「強風が吹き、眩い光が…」

雪椰と皇牙が、雪姫の母親に、詳しい状況を聞いていた。

「長老様!!」

不安を抱え、今にも泣き出してしまいそうな雪姫と修螺と一緒にいた菜門が、やって来た長老達に気付いた。

「消えたとは、どうゆう事なのだ」

「それが…」

「案ずるな」

砂を巻き上げながら、白い靄が上がり、人の姿となった斑尾が現れた。

「モノノフ様!!」

長老達が、慌てたように、地面に膝を着き、頭を下げると、斑尾の眉間にシワが寄った。

「今の我は、蓮花の式神。その様な呼ばれをされる覚えなどない」

「申し訳ございません。護人様が…」

「おい」

菜門の隣で、ずっと黙っていた羅偉が、ズカズカと、足音を鳴らして斑尾に近付いた。

「これ!!モノノフ様になんて…」

止める長老達も無視し、羅偉は、斑尾の胸元を掴み、睨み付けた。

「羅偉!!」

「なんでそんな事言えんだ!!」

「羅偉ちゃん!!落ち着いて!!」

「なんとか言えよ!!」

何も言わない斑尾に、怒りに任せて襲い掛かりそうになり、雪椰と皇牙が、両脇から、羅偉の腕を掴み引き剥がした。
斑尾が、盛大な溜め息をつくと、その間に、二つの小さな影が滑り込んだ。

「本当?」

それは、今まで菜門と一緒にいた雪姫と修螺だった。

「蓮ちゃんは、本当に、大丈夫なんですか?」

二人を見下ろし、じっと見つめていた斑尾は、ゆっくりと頬を緩ませ、二人と視線を合わせるように屈んだ。

「あぁ。大丈夫だ。アイツは、我らと同じで強い。お前らなら、よく、分かるだろう?」

斑尾の優しい声色は、雪姫と修螺を不安を削ぎ落とし、その優しい微笑みが、安心感を与えた。

「蓮花と仲良くしてくれて、本当に感謝している。有難う」

そっと二人の手を取り、優しく包み込んだ斑尾の手は、とても暖かく、雪姫も修螺も、頬を赤らめて照れ笑いしていた。

「斑尾さん」

和やかな雰囲気の三人に近付き、雪椰は、斑尾を真っ直ぐに見つめた。

「蓮花さんが、何処にいるのか、分かっていらっしゃるのですか?」

「あぁ」

「何処ですか?」

「狭間の世界だ」

それは、誰も予想していなかった答えで、長老達までもが、驚きを隠せなかった。

「彼女は、そんな事まで出来るの?」

「我らと力を共用しているのだ。それくらい容易い事よ」

斑尾の答えに、納得したような顔をしたのは、五人だけで、羅偉は、納得したというよりも、更に、不安が煽られたようで、奥歯を噛み締め、斑尾に背中を向けた。
腰に差していた刀を抜き、羅偉は、何もない所で振り下ろしたが、見えない何かに弾かれた。
その光景に誰もが、驚いていたが、一番驚いていたのが、羅偉本人で、無意識の内に本心を呟いた。

「…なんでだよ…」

刀を持つ手に力を込め、何度も、何度も、刀を振り回したが、同じように弾かれ続ける。

「無駄だ」

「んな事…」

「アイツが、入り口を塞いでいる。お前の力では、何度やっても開かん」

斑尾の言葉も無視し、羅偉は、止まらず、徐々に特別な力も使い始めた。

「…っ!!羅偉!!」

「羅偉!!やめなさい!!」

特別な力を使い始め、その強大さに羅偉の体は、耐えられず、足や腕、頬などの肌に亀裂が走り、血が筋となり、地面に滴り落ちた。

「羅偉!!」

「羅偉ちゃん!!」

季麗達が止めに入るも、羅偉は、その手を振り払い、また刀を振り下ろそうとしたが、斑尾に、手首を掴まれ、阻止された。

「離せ」

「やめるなら離してやる」

斑尾を睨み上げ、季麗達と同様に、その手を振り払おうとしたが、羅偉の手首は離されることがない。
逆に、斑尾の手がキツく締め上げた。

「離せ!!」

「いい加減にしろ!!」

斑尾の怒鳴り声が、辺りに響き渡り、周りの妖かし達の肩が、ビクッと揺れた。

「無闇に力を使うな。それでは、アイツが空間を閉鎖した意味がない」

「どうゆう事だよ」

呟いた声は、普段の羅偉からは、想像も出来ない程低く、まるで、野獣が唸りを上げているような声色だった。

「蓮花は、この里に被害が及ばぬよう、空間を閉鎖したのだ」

「なんで…」

「誰も傷付けたくないからだ」

二人の髪を揺らし、斑尾の言葉は、吹き抜けた風と共に、空高くへと、昇っていった。

「己を犠牲にしても他者を護る。それが、アイツの選んだ未来ミチだ」

周りから見れば、そこまでしなくても、良いんじゃないのかと思うかもしれない。
そんなに、必死になって、馬鹿みたいと思うかもしれない。
だが、人は、何かを心に決めても、それを突き通せる者は少なく、途中で、投げ出してしまう者の方が多い。
だからという訳ではないが、一度、決めた未来ミチが、どんなに過酷であっても、投げ出すことなく突き進む。
太陽が傾き、空がオレンジ色に染まった頃、里は、落ち着きを取り戻し、普段と、変わらない時間が流れていた。
だが、屋敷は、重苦しい雰囲気を抱えたままだった。

「おい」

縁側に胡座で座り、庭を睨むように見つめる羅偉が、沈黙を破り、痺れを切らしたように声を出した。

「蓮花は、いつ戻んだよ」

「知らん」

冷たく突き放すような斑尾の言い方が、羅偉の神経を逆撫でし、その怒りが、今にも爆発しそうだった。

「アイツには、アイツの考えがある。アイツが、戻りたくなれば、必ず戻ってくる」

「ねぇ。おじさん」

「斑尾だ」

「じゃ、斑尾おじさん」

「おじさんは余計だ。斑尾で良い。なんだ」

「蓮ちゃんって、本当に強いの?」

首を傾げる雪姫と、その隣で、不安そうな顔をする修螺を見下ろし、斑尾は、瞬きをしてから、優しく微笑み、その頭に手を乗せた。

「アイツは強い。下級の悪妖などは一捻りだ」

「そんなことを言って。蓮花様は人間ですよ?」

理苑が降り立つと、斑尾は、鼻を鳴らし、獣の姿に変わった。

「亥鈴が、すぐに戻れ阿呆が。だそうです」

「相変わらず口が悪い奴だ。後は頼んだぞ」

斑尾が飛び上がると、空を走るように飛んで行き、その姿は、すぐに見えなくなってしまった。

「あんまり、彼の言う事を真に受けないで下さいね?」

理苑が視線を向け、困ったような笑みを作り、頬をポリポリと掻いた。

「良い奴ではあるのですが、幾分、口が悪いので、真に受けると、自分が空しくなってしまいますので」

「別に。気にしてねぇよ」

心底、困り果てた様子の理苑に、ぶっきらぼうな口調で、そっぽを向くと、皇牙が、ニヤニヤと笑い、羅偉の頬を突っついた。

「そんなこと言ってぇ~。ホントは、ホッとしたんでしょ?」

「んなことねぇし。やめろって」

皇牙の手を叩き落とし、逆に顔を向けると、季麗が、ニヤリと笑っていて、羅偉は、周りの雪揶達を見渡した。

「何笑ってんだよ!!笑うなよ!!笑うな!!笑うなって!!」

「…ずいぶん、にぎやかね」

笑い声と、羅偉の怒鳴り声が響く中、時空に穴を開け、誰も入れないように結界を張りながら、その光を背に置いて、浴衣をひるがえし、ゆっくりと地面に降り立った。

「あまり、苛めたら可哀想だよ?…どったの?」

羅偉の瞳が切なげに揺れ、他の五人は、困ったように眉を寄せた。

「ざけんな!!急に居なくなりやがって!!心配したじゃねぇか!!」

目尻を吊り上げた羅偉に怒鳴られると、二つの小さな体が抱き付いた。

「…ごめんね?心配させちゃって」

「ホントだよ…すごく…すごく…心配…したんだよ?」

涙で頬を濡らし、声を震わせる修螺と雪姫の肩に腕を回し、ぎゅっと抱き締めると、二人は、声を上げて泣き始めた。

「これに懲りたら、もうお止め下さいね?」

「分かってるよ。ごめんなさい」

理苑と話するのを一旦止め、二人が泣き止むまで、そのまま、ずっと抱き締めていた。
泣き疲れたようで、二人は、深い眠りに落ちてしまった。

「ごめんなさい」

屋敷の前で、雪姫を背負う母親に頭を下げると、母親は、優しい笑みを浮かべた。

「もう良いんですよ。帰って来られたのですから」

「ありがうございます」

帰って行く二人に手を振り、篠に頼んで、修螺を家に送り届けてもらった。
理苑を交えて、その日も、にぎやかな食事となった。

「そろそろ、話して頂けませんか?」

「もうちょっと待って」

部屋の前で障子に向かい、印を結ぶと、淡い光が溢れて消える。
今までの部屋と違う部屋になり、理苑が、後ろ手で障子を閉めた。
パチンと、指を鳴らして、部屋の蝋燭に火を灯した。

「それで?どうして狭間へ?」

「これ」

袂から黒光りする小さな破片を取り出すと、理苑は、忌々しげに目を細めて、それを睨み付けた。

「盗まれた物に間違いないけど、これは砕いた破片。もしかしたら、彼女は、魔石をばら蒔いているのかもしれない」

里が化け物に襲われた時、盗まれた魔石に対し、悪化した者が異様に多かった。

「だから、あんな量だったんですね」

それは、式神である斑尾達も感じていた。
この里にいる間を利用し、白夜や酒天達に、周りを調べさせていたが、何も分からなかった。

「この大きさなら、あの時の違和感も、白夜達が、何も見付からないのも納得出来る」

「そうですね…どうしますか?」

このまま、白夜達が探し続けても、この大きさの魔石を見付けるのは、無に等しい。

「魔石の特性を利用した方が、良いかもしれない」

怨念を吸い上げ、結晶化した魔石だからこそ、多くの怨念を吸収しようと、砕けた破片は、一つになろうとする特性がある。

「危険です」

もし、多くの破片が、ばら蒔かれているとしたら、それを手にした悪妖が集まり、あの時よりも、更なる被害が予想される。

「時間は、掛かるかもしれませんが、着実に一つ一つ…」

「今度、この里を襲撃されたら、守りきれる?」

理苑の表情が険しくなり、悔しそうに奥歯を噛み締めた。

「危険を回避するには、その方法が、一番かもしれない。だけど、その間に、また襲撃されたら…私には、守りきる自信がないの」

それが事実であって現実だ。
これからも、里が襲われないとは言い切れない。
最悪の事態を想定して、動かなければならない。

「危険かもしれないけど、今は、一つでも多くの破片を集め、被害を最小限にすることを考えなくちゃ」

「ですが!!」

「大丈夫」

その頬に手を添え、包み込むよう触れると、哀しそうに理苑の瞳が揺れた。

「私は、もう一人じゃない。皆がいる。心強い家族がいるから」

いつもは、大人っぽくしている理苑が、幼い子供のように、歯を食い縛りながら、揺れる瞳から涙を零した。

「もしもの時は、お願いね?」

「…はい…」

手を離してから、ニコッと笑うと、理苑は、乱暴に袖で涙を拭き、歯を見せるように笑った。

「それでね?早速なんだけど、お願い聞いてもらえる?」

「はい。なんでしょう?」

「これを斑尾に届けて。その後…」

その後、理苑は、魔石の破片を持って、静かに飛び去った。

「さてと」

理苑を見送り、指を鳴らして、部屋を戻してから、雪揶達に宛てた手紙を書き、そっと廊下に置いた。
誰にも気付かれないように、屋敷を抜け出し、幻想原に向かう。
一度立ち止まり、辺りを確認してから、暗闇に紛れ、林の中を奥へ奥へと向かった。

「蓮花様」

頭上の枝から、蛇の姿の仁刃が下りて来た。

「御苦労様」

「どうされましたか?」

「うん。ちょっとね。白夜達は?」

「流青と白夜は、その辺を駆け回ってる」

空から現れ、仁刃と並んだ楓雅を見下ろし、静かに片膝を着いた。

「呼んで来てもらって良い?」

「分かりました」

二人が暗闇に消え、白夜と流青を連れて戻って来ると、四人が前に並んだ。

「実は、手伝って欲しい事があるんだ」

「なに?」

「黄泉の入口を探して欲しいの」

「だが、幻想原ココの入口は、だいぶ昔に、閉じた事が確認されてるはず」

「でも、その後は、全く確認していなかったよね?」

四人は、真剣な顔付きになった。

「お願いね?」

「御意」

四人が走り去るのを見送り、幻想原の入口を探していると、木に貼り付けられた護符を見付けた。
菜門達が貼った結界の護符だ。
その上部に、更に強い効力を持つ護符を貼り、結界を強めながら歩き回った。
次の日。
廊下に置かれた手紙は、朱雀から季麗達の手に渡った。

《やらなければならない事が出来ました。暫く、お会いする事は、出来ませんが、どうかお元気で》

それ以来、妖かし達の前に姿を現さずにいたが、雪椰や朱雀達は、頻繁に屋敷を訪れ、雪姫や修螺の相手をしていた。
そんな、穏やかな日々を過ごしていたある日。

「雪椰様…」

この日も、雪椰が雪姫の相手をしていると、羅雪が、神妙な面持ちの茉を連れて来た。

「どうかしましたか?」

「茉が、ご相談したい事があるそうでして」

羅雪と視線を合わせて、頷き合ってから、茉は、雪椰に視線を向けた。

「雪椰様は、力の加減が出来ない事がございますか?」

少し低い声の茉の質問に、雪椰は、少しだけ考えるような仕草をしてから、首を振った。

「いえ。ありませんが。それが、どうかしたんですか?」

「いえ…」

「茉」

羅雪と見つめ合い、茉は、大きく息を吐き出すと、決心したように、真っ直ぐに雪椰を見つめた。

「最近、羅偉様の力が、増幅し続けているようでして」

雪椰は、眉間にシワを寄せた。

「具体的には、どうゆう事ですか?」

「はい。前までは、そんな事なかったのですが、最近、羅偉様に、肩を触れられただけで、倒れてしまったり、箸や茶碗等、物を持つと、砕けてしまったり…」

視線を下げ、悩むような仕草をする雪椰を見上げ、雪姫が、その手を包むように触れた。

「大丈夫でしょうか?」

不安そうな顔の雪姫を見下ろし、優しく微笑んで、雪椰は、その手に、空いていた手を重ねた。

「大丈夫ですよ。元々、羅偉は、優しいので、雪姫や修螺達には…」

「私達の事じゃなくて、羅偉様の事です。弾け飛んでしまったり、おかしくなったり…してしまわないでしょうか?」

自分達の事よりも、羅偉の体を心配する雪姫の姿に、雪椰は、妖かしではなく、人のような優しさを感じ、頬が綻んだ。

「大丈夫です。羅偉は強いですから」

「…本当ですか?」

優しく微笑む雪椰に、雪姫は、真剣な顔で見つめた。

「本当に、大丈夫なのでしょうか?」

「どうしてですか?」

「本当に強くても、そうならない理由には、ならないからです」

雪椰は、目を大きくさせ、雪姫を見つめた。

「…そうですね。すみません。実際、私にも分かりません」

弱々しい雪椰の姿に、茉や羅雪にも不安が芽生え、目を伏せてしまった。

「私達に、何か出来る事はないのですか?」

「こればっかりは、なんとも…」

雪姫は、哀しそうに顔を歪めると、雪椰の手を離し、部屋から飛び出した。

「雪姫!!」

雪椰の呼び止める声が響いたが、雪姫は止まる事なく、廊下を走り去ってしまった。
雪姫のいなくなった部屋には、重苦しい空気が立ち込める。
そんな中、影千代と皇牙が、篠と葵を連れてやって来た。

「あれ?雪姫ちゃん達は?」

「分かりません」

「何があった」

暗い表情と重苦しい雰囲気で、何かあったことを理解した影千代が、目を細めると、茉は、雪椰に説明した時と同じように、羅偉の様子を話した。

「…ちょっと、ヤバイんじゃない?」

「しかし、こればかりは、俺らが、どうにか出来る問題ではない」

人数が増えたところで、何の解決にもならなかった。

「皆さん?どうかしたんですか?」

そこに菜門と季麗が、手土産を持って現れ、今度は、雪椰が説明をした。

「それで、雪姫が飛び出して来たのか」

「何処かで雪姫と会ったのですか?」

「屋敷に入ろうとしたら、飛び出して来たんですよ。声を掛けても、聞こえなかったのか、振り向きもしませんでした」

「とりあえず、探しに行こうか」

皇牙の提案で、雪姫を探しに行こうとしたが、何処に行ったのか、全く予想が出来ず、仕方なく、羅雪が、雪姫の母親に心当たりがないか、聞きに行き、雪椰達は、外に出て、それを待っていた。

「お待たせしました。母親も分からないそうです」

「仕方ない。手分けして探すか」

それぞれ、バラバラに行動し、影千代は、空から雪姫を探していると、建物の影にいる修螺を見付け、その前には、修螺をいじめていた子妖達がいた。
影千代は、溜め息をついて、修螺の所に向かった。
相手の小鬼が、修螺に殴り掛かろうとしたが、それを避け、逆に足を払って転ばせる。
それに、驚きながらも、腹を立てた小鬼達は、次々に、襲い掛かったが、修螺は、その全てを避けて、ケガをさせない程度で反撃した。

「…くしょー!!覚えてろ!!」

涙目になりながら、小鬼達が、逃げて行くのを見つめる修螺は、少し前とは、比べ物にならない程、たくましくなっていた。

「修螺」

影千代が声を掛け、振り返った修螺は、いつもと同じ、はにかんだような笑みを浮かべた。

「影千代様。こんにちは」

「あぁ。お前。強くなったな」

「いえ。僕なんて、まだまだです」

頬を赤らめて、頭を掻く修螺の姿に、影千代は、少しだけ頬を緩めた。

「それよりも、影千代様は、どうして、こんなところに?」

「あぁ。雪姫を探していてな。知らないか?」

「雪姫ちゃん?…いえ。知りませんけど」

雪姫の名前を聞いて、修螺は、視線を泳がせ、影千代は、溜め息をついた。

「そうか。もし、雪姫を見掛けたら教えてくれ」

「分かりました。それでは、失礼します」

ペコッと頭を下げ、修螺は、逃げるように走り出した。
それを影千代は、空から追い掛け、小さな古民家に入って行くのを見届けた。
影千代が、溜め息をつき、飛び去って行くのを家の中から、確認して、修螺は、家を飛び出すと、幻想原の前を流れる川に向かって駆け抜けた。

「雪姫ちゃん!!」

桟橋の手すりに、座っている雪姫を見付け、修螺は走り寄った。

「影千代様達が探してるよ?」

「…どうしても、蓮ちゃんに会いたいの…」

いつも明るく、元気な雪姫が、暗い顔をしている。
修螺は、隣に腰掛け、首を傾げた。

「何かあったの?」

「…羅偉様が…」

雪姫は、哀しそうに眉を寄せ、泣き出してしまいそうな顔をしながら、羅偉の事を話した。
修螺も、不安そうに眉を寄せた。

「…なら、僕が蓮ちゃんに知らせるよ」

「でも…」

「今ここで、蓮ちゃんの事がバレたら、影千代様達が、心配しちゃうし、羅偉様も、今以上に大変になっちゃうから」

真剣な顔の修螺を見つめ、雪姫は唇を噛んだ。

「今は僕に任せて。ね?」

「…うん。分かった」

納得した雪姫に、ホッとして、修螺は、ニコッと笑った。

「羅偉様の事は、誰にも言っちゃダメだよ?あと、僕に話した事もナイショにしてね?」

「分かった」

力強く頷いた雪姫は、手すりから飛び降り、修螺も一緒に飛び降りると、向き合うように立った。

「雪姫ちゃんは、屋敷で待ってて。僕も行くから」

「うん。約束」

小指を絡め、約束を交わし、雪姫は、来た道を走って戻り、修螺は、周りを確認して、桟橋を越えた。

「…蓮ちゃん…蓮ちゃん」

「聞いてたよ」

木の上から、修螺に向かい、小声で返事をした。

「どうしたら良いかな?」

修螺も気付き、視線を上げると、不安そうに眉を寄せて、首を傾げた。

「感情的にならないように、気を付けてもらうしかないかな」

「そっか…」

修螺が視線を落としたのを見つめ、鼻で小さく溜め息をつき、袂からペンと和紙を取り出して、サラサラと文字を綴り、二つ折りにした紙を風に乗せて送る。

「右を茉に、左を雪姫に届けてあげて」

「分かった」

手紙を受け取り、懐に入れ、修螺が、周りを気にしながら、走り去るのを見送り、林の中へと姿を消した。
修螺は、屋敷に着くと、すぐに雪姫の所に向かい、手紙を渡した。
受け取った雪姫は、涙を拭い、手紙を懐に大事そうに仕舞い、修螺と視線を合わせ、頷き合い、茉を探した。

「いた」

一人で廊下を歩いている茉を見付け、二人は、急いで駆け寄り、声を掛けた。

「茉様」

「ん?なんだ」

見た目は、ちょっと怖いが、優しい声色の茉に、修螺は、懐から手紙を取り出した。

「蓮ちゃんからです」

「アイツから?」

差し出された手紙を受け取り、その場で広げ、最初は、驚いていたが、次第に真剣な表情になった。

「どうして、お前達がこれを?」

「僕達、蓮ちゃんに会うことが出来るんです」

修螺の告白に、茉は、驚きで目を大きくさせたが、すぐに細めた。

「どうして」

「最初は、偶然だったんです。でも、僕達が我儘を言って、週に一度、一時間だけって約束で、会うことが出来るようになったんです」

「何処で」

「場所はバラバラです。裏手の用水路だったり、修螺の家の裏だったり、里外れの古い神社だったり」

「どうやってる」

「楓雅さんが、教えに来てくれるんです」

「そうか…次はいつだ」

「来週です」

考えるように顎に指を添え、視線を落としたが、すぐに二人を見つめた。

「その時、俺も、一緒に連れてってくれ」

「え…」

「頼む」

「…誰にも、見付からないで下さいね?」

「あぁ。恩に着る」

最初は、迷っていたが、羅偉を慕い、心配してる茉の姿に、二人は、困ったようでありながらも、優しく微笑んだ。
それから三日後。
修螺と雪姫が、二人だけでいるのを見計らい、楓雅が、鳥の姿で現れた。

「四日後の午後二時、裏の用水路だ。遅れるなよ」

二人は、無言で頷き、飛び去って行く楓雅を見送った。

「茉様に知らせなきゃね」

「そうだね。後で、僕が知らせておくよ」

その日の夕方。
修螺は、茉が屋敷から出て来るのを物陰で待っていた。
だが、茉は、羅雪と朱雀と一緒に出て来てしまい、その時に知らせられなかった。
仕方なく、修螺は、茉が一人になるまで、三人の後を少し離れて歩いた。

「それじゃ」

「あぁ」

それぞれが、バラバラに歩き出し、修螺は、他の二人にバレないように走り出した。

「四日後、午後二時、屋敷の裏手」

茉の横を通り過ぎる時、早口で、それだを伝え、少し走った先で、裏路地に入り、遠回りしながら、家に向かった。
短いようで、長い四日間を過ごし、誰にも気付かれないように、屋敷の裏手にある用水路に向かい、三人は、緊張した顔をしていた。

「珍しい~」

雪姫と修螺は、口を一文字にして、不安な顔のまま見上げた茉は、真剣な顔をしていた。

「何か?」

首を傾げると、一度、目を閉じた茉は、ゆっくり目を開けた。

「聞きたい事があるんだ」

「羅偉の事なら、二人から聞きましたよ?その他に、何か聞きたいことでも?」

「あぁ。特別な力の事だ」

「禁断の実は、望めば、力を与えてくれるが、その大きさは、想いの大きさで変わります」

「想い?」

「羅偉は、この里や皆に対して、大きな想いを持ってますね?その為、日々、多くの力が与えられている状態でしょう。本来、妖かしは、許容量以上の力は、常に放出され、自分の保持する力を無意識に調節しているはずです」

「ならば、羅偉様は、どうして、力を調節出来ない」

「羅偉自身の体質だと思います」

「体質?」

「元々、鬼族の保持する力の許容量は、他の種族に比べて大きく、更に、羅偉の場合は、それを放出するよりも、蓄積する量の方が大きいんじゃないですかね?だがら、日々、特別な力が蓄積され、許容量を超え始めているんだと思います。そうすると、今の羅偉の状況にも、説明がつきます」

小さな二人は、首を傾げていたが、茉は、納得したように小さく頷いた。

「まぁ。滅多に、許容量が超える事がないから、放出する事が上手く出来ないヒトもいるので、羅偉が、あんな風になるのも、おかしくないんですけどね」

「どうすれば良いんだ」

「ん~…例えば、放出する量を増やさせるとか、許容量を増やさせるとか、意識的に、特別な力の吸収率を抑えさせるとかくらいですかね?」

「そんな事が出来るのか?」

「やり方次第です」

「どうやんだ」

その真意を探るように、真剣な茉を見つめた。

「それって、何の為に必要なんですか?」

「何って…そんなの羅偉様の為に…」

「本当に羅偉の為ですか?」

声を遮ると、茉の雰囲気が変わり、二人が、ハラハラし始めた。

「里の為。一族の為。私には、そんな風にしか聞こえない。そんな風にしか思えない。本当に羅偉を心配して、羅偉の為だと言うのなら、修螺や雪姫のように、自分達に出来る事を探そうとするんじゃないですか?」

二人に視線を向けると、茉も、二人を見つめた。

「二人には色々伝えてあります。本当に、羅偉の力になりたいなら、二人に聞いて。今の私には、これしか出来ないですから」

約束の一時間が経ち、用水路を飛び越え、反対側の民家の屋根に立ち、三人を見下ろした。

「気になるなら、書物を読むなり、長老様方に聞いたり、色々試してみたら良いと思いますよ?」

幻想原に向かい、屋根伝いに飛んで移動し、屋敷から離れた所で、立ち止まり、里を見渡した。

「紅夜。阿華羽。八蜘蛛」

名前を呼ぶと、抜け出た式札から、それぞれ虫の姿で現れた三人に、手を伸ばした。

「珍しいねぇ。蓮花様が、私達を呼び出すなんて」

「そうかな?」

「いつもなら、慈雷夜達をお呼びになるでしょう?」

「まぁ良いじゃないか。それで?」

「紅夜と八蜘蛛は、羅偉を見張って。阿華羽は、酒天の所に行って、どの辺りで、封印されそうになったか聞いて来て?」

「御意」

それぞれが飛び去るのを見送り、屋根から屋根に飛び移り、幻想原に向かった。
その後、茉は、普段通りに朱雀達と屋敷を出た。
だが、朱雀達と別れると、大きな背中を丸め、彷徨うように、辺りが暗くなるまで、ウロウロと歩き回っていた。
里の一画、鬼族達が住む場所の中央で、大きな門の前ち立ち、茉は、建物を見上げ、大きな溜め息をつき、背中を伸ばしたが、暗い顔のまま中に入った。

「茉!!」

羅偉の声が響き渡り、茉の気持ちは、更に暗くなった。

「今まで、何処行ってたんだよ」

「里を巡回してました」

本当の事を話してしまいたかっただろう。
だが、茉は、グッと言葉を飲み込み、胸の内を悟られないように、嘘を告げた。
羅偉は、茉をじっと見つめてから、溜め息をついた。

「なら、ちゃんと言ってから行けよ。心配したんだぞ」

「申し訳ございません」

「まったく。次からはちゃんと言えよ」

「はい」

深々と頭を下げてから、茉は、横を通り過ぎ、廊下を進む羅偉の背中を見つめた。
チクリと痛む胸に、顔を歪めてから、足早に自室に戻り、書類を確認していたが、進みが悪かった。
悶々とした気持ちを抱えながらも、茉は、日々の業務を続け、足繁く屋敷に通っていた。
季麗達と笑っている羅偉を見ていると、茉の暗い気持ちは、少しだけだが軽くなる。
だが、時々、羅偉に触れられ、雪姫や修螺、季麗や皇牙が、顔を歪めるのを見ていると、軽くなった気持ちが、また暗くなり、何も出来ない無力感が重くのし掛かった。
そんな日々を過ごし、茉は、羅偉に内緒で長老を訪ねた。

「どうした」

申し訳なさそうに、背中を丸めて、今までのことを説明した。

「そうか」

「…もう…どうしたいのか…どうすれば良いのか…分かりません…」

弱々しく、下を向いている茉を見つめ、鬼族の長老は、溜め息を溢して、腕組みをした。

「お前の想いは、そんなモノなのか」

茉が視線を向けると、長老は、柔らかな笑みを浮かべた。

「羅偉が、族長となった日。お前の誓いが、今の羅偉を支えておるのだ」

「誓い…」

「どんな事があろうとも、羅偉を支えると誓ったであろう。それが、羅偉を強くしておるのだ」

長老は、何処か遠くを見つめてから、真剣な顔をして、茉を見据えるように見つめた。

「あの誓いは、嘘であったのか」

長老の強い口調で、茉は、当時を思い出し、暗く淀んでいた気持ちが、晴れ渡っていくように感じた。

「羅偉にとって、今が一番不安な時。そして、お前にとっては、あの誓いを果たす時だ」

「はい。有り難う御座いました。失礼します」

茉は、長老に頭を下げると、風のように走り出し、羅偉のいる屋敷に向かった。
誰よりも、一番不安を感じているのは、羅偉自身。
ならば、茉がやるべきことは、ただ一つだ。
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