黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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十八話

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二人を見送り、見えなくなると、周りにいる季麗達のことも忘れ、その場に膝を着き、縁側の下を覗き込んだ。

「蓮花ちゃん?何やって…」

季麗達の姿など、視界に入らない程、焦っていた。
確かに、仕事の方は、落ち着き始めていたが、鎮霊祭に行くには、まだまだ、片付けておかなければならない仕事がある。

「慈雷夜~。仁刃~。八蜘蛛~」

家に住み着いている慈雷夜達を探し、押入れや天井裏など、あちこちを見て回り、最後に、台所の勝手口から家の裏手に出た。

「そんなに慌てて、どうしたんだい?」

藤の木に寄り掛かり、煙管の煙を燻らせる妃乃環に近付きながら、周りを見渡した。

「皆、何処行ったか知ってる?」

「あぁ。それなら、そこだよ」

妃乃環が指差した先、大きく枝を広げた藤の上の方で、ほのぼのと、寝ている慈雷夜達の姿を見付けた。

「なんで、あんな所で寝てんの」

「さぁね~。嫌な予感でもしたんじゃないかい?ところで、何か用かい?」

「それがさ。今、狛が来て、明日からの鎮霊祭で、樹美子が最後らしいの」

飛び上がって、慈雷夜達を起こすと、四人の眠気が吹き飛び、すぐに懐かしそうに目を細めて、優しい微笑みを浮かべた。

「そう。もう、そんな時期なのね」

「小さかった樹美子も、大人になったんですね」

「そうですね」

「それでね?今日中に、残りの仕事終わらせなきゃヤバいのですよ。お願い!!手伝って?」

顔の前で、手を合わせ頭を下げる。

「仕方ありませんね」

妃乃環達は、鼻から溜め息を漏らし、呆れたような顔をしていたが、嬉しそうでもあった。

「ありがと」

「しかし、私達だけで、終わらせられますかね?」

「楓雅達も呼んだから大丈夫」

「なら、さっさと、始めてた方が良いんじゃない?」

「ですね。急ぎましょう」

人の姿になり、バタバタと、足音を鳴らしながら、自室に向かい、パソコンや書類を広げた。
その光景を見ていた季麗達は、唖然としていた。

「おはようございます」

「おはよう。これの処理お願い」

亥鈴や楓雅、普段は、あまり姿を見せない酒天や雷螺までもが、駆け付け、順調に仕事を片付けていた。
だが、些細なことで、その流れが止まってしまった。

「蓮花様。この書類、ちょっとおかしいんじゃない?」

八蜘蛛の持つ書類を確認すると、確かに、所々の数値が、去年に比べて倍以上になっていた。

「ホントだ」

「それ。白夜が入力したやつだ」

「またかぁ~」

「おかしいのは、それだけじゃありません」

仁刃が、畳に広げた書類を確認し、その場にいた誰もが項垂れてしまった。

「誰だい!!こんなの作って!!」

「多分、白夜と流青だと思うよ」

妃乃環と紅夜は、怒りで顔を真っ赤にして、縁側に出ると、叫ぶように怒鳴った。

「出て来な!!白夜!!」

「流青も!!来な!!」

鬼の酒天でも足元に及ばない程、怒った時の二人の形相は、恐ろしく、背筋に冷たいものが走り、小さく肩が震えてしまう。
出るに出られない状況に、白夜と流青は、静かに、その場から逃げようとしたが、落ちていた小枝を踏んでしまった。

「そこかっ!!」

「ごめんなさーーい!!」

物凄い速さで走り去る二人を負けないくらいの速さで、追って行く紅夜達の背中を見送り、頭を掻き、溜め息を零した。

「あの者達は、一体、何がしたいんだか」

「んなのほっといて、ちゃっちゃと、やっちまうぞ」

困った顔をした酒天が、無表情の雷螺の肩を叩き、前年度の書類と入力前の手書きの書類を見比べながら、仕事を再開した。
そんな光景を廊下から、こっそり覗き見していた季麗達は、誰にも気付かれないように、それぞれの部屋に向かい、族長の仕事を始めた。

「…終わった~」

時計の針が、十二時をちょっと過ぎた頃、やっと仕事が終わった。

「あと数時間後には、村に向かわなければなりませんね」

「あ。そうそう。疲れてる所悪いんだけど、亥鈴と慈雷夜に、お願いがあるんだよね」

「何でしょうか?」

「ちょ~っと、里の族長さん達のところに行ってきてよ」

手紙を見せながら、ニヤリと笑うと、慈雷夜の頬が桃色になり、嬉しそうに微笑んだ。

「良い?」

「はい。喜んで」

「じゃ、亥鈴も宜しく」

「御意」

慈雷夜を背中に乗せ、亥鈴が飛び立ったのを見送り、明日の準備を始めた。

「蓮花様。アタシら、そろそろ行くよ」

紅夜、妃乃環、阿華羽が縁側から顔を出した。

「分かった。気を付けてね」

蝶の姿になった紅夜と阿華羽が、葉の姿となった妃乃環をぶら下げ、ヒラヒラと飛んで行く。
三人に手を振りながら見送ると、人の姿の斑尾が、縁側から顔を出した。

「そろそろ寝るか?」

「そうだね。あ。あのさ、佐久のお土産、お願いして良い?」

「分かった」

優しく微笑む斑尾を見上げ、同じように微笑むと、布団を敷いて、狼の姿の斑尾を枕にして、大きなアクビと共に、ゆっくりと目を閉じ、その温もりに溺れるように眠った。
次の日。
起きた時には、斑尾の姿が消えていたが、あまり気にせず、居間に向かった。

「おはよ。蓮花ちゃん」

「おはようございます」

季麗達との賑やかな朝食を食べていると、楓雅が庭に降り立った。

「仁刃いるか?」

「あ~ちょっと待って」

食事中だが、押し入れに登り、天井裏に覗いた。

「仁刃~。お迎えだよ~」

暗闇から現れた白蛇を抱え、押し入れから降り、楓雅に手渡した。

「行くぞ」

「えぇ。それでは蓮花様。お気を付けて」

「うん。二人も気を付けてね」

仁刃を連れて、飛び立った楓雅に手を振り、時間を確認して、急いで朝食を口に突っ込んだ。

「ほひほほはま」

ご馳走さまと言ったつもりだったが、口がいっぱいで、変な言葉になりながらも、食器を片付け、自室に戻って着替えを始めた。
そんな姿に驚きながらも、食事を終え、季麗達が、まったりしていると、庭から強い風が吹き込み、妖かしの姿の亥鈴が降り立った。

「お師匠様!!」

そこに現れた天戒に驚き、影千代の目が大きくなると、母親達の手を引いて、修螺や雪姫も出て来た。
初めて見る景色に、二人の瞳は、キラキラと輝き、そんな子供達と同じように、母親達も、キョロキョロと、辺りを見回して、歓喜の溜め息を零した。
更に、朱雀達も、ゾロゾロと出て来て、季麗達の目が大きくなった。

「哉代。これは、どうゆう事ですか?」

「私が呼んだの」

袴姿で庭に出ると、雪姫と修螺の瞳が、更に輝きを増し、母親達も、頬を桃色に染めながら微笑んだ。
ニッコリ笑い、腕を広げると、飛び込んできた二つの小さな体を抱き止めた。

「久しぶり。元気だった?」

「うん」

「私、あれから強くなったんだよ」

視線を合わせ、二人と笑い合っていると、白い煙を上げながら、白夜が慌てた顔をして現れた。

「蓮花様!!時間!!」

「あ!!続きは後で聞くね?とりあえず、亥鈴に乗って」

「はぁ~い!!」

二人は、再び母親の手を引っ張りながら、亥鈴の後ろの牛車に乗り込んだ。

「君達も」

何が起きてるのか分からない様子の季麗達を指差して、声を掛けたが、互いに顔を見合わせると、視線を落とした。

「何してんの?早く乗って」

「だけどよ…」

「何をグズグズしてるのですか。早くしないと、遅れてしまいます」

「え?ちょ!押すなよ!!」

「篠。これは、どうゆう事?」

「中で、ご説明しますので、早くお乗り下さい」

それぞれ、主の腕を引いたり、背中を押して、朱雀達も、乗り込んだのを確認し、亥鈴の肩に飛び乗った。

「では、参ります」

亥鈴が飛び立ったのと同時に、袂から護符を取り出して、家に向かって投げ捨てて印を結んだ。
ヒラヒラと舞い、護符は、風に溶け込むようにして消えると、家は、朽ちた寺へと姿を変え、まるで、そこには、誰も住んでいなかったような外観になった。

「ずいぶん念入りですな」

「三日間って言っても、状況が状況だからね。用心しておかなきゃ」

「左様で。ところで、斑尾はどちらに?」

「買い出し」

「佐久への手土産で?」

「そ。かなり迷惑掛けたし、たまには。ね?」

「そうですな」

亥鈴と他愛ない話をしてる後ろで、季麗達は、朱雀達の説明を聞いていた。

「…と言う訳でして、蓮花さんのご好意で、我らや皆が、鎮霊祭に招待されたのです」

「そうでしたか。ですが、哉代達まで、里を出て来ても、良かったのですか?」

「それが、長老様が、皆で行け。と」

「あら。良い長老じゃない」

声の聞こえた後ろの方に、視線を向けると、風に髪をなびかせ、八蜘蛛、白夜、流青、慈雷夜が半妖の姿で、話をしている季麗達を見つめ、優しく微笑んでいた。

「ま。蓮花様から招待状を持って、慈雷夜が行ったから、断りきれなかったんだろうけど。な?」

視線を向けると、慈雷夜の笑顔の威圧が向けられ、白夜の耳が項垂れた。

「ところでさ。今年の神酒って、何処だったっけ?」

「カミザケって何?」

神酒と呼ばれる酒が、その年の初めに造られ、鎮霊祭で、無料で振る舞われる。
その年、その年で、酒蔵が変わり、米や気温など、その時々の自然の成り立ちで、同じ酒蔵でも味が変わる。

「その神酒の出来に因って、その年の農作物の状態が分かり、更には、その年、神が、どの様な心情であるかを自然を通して、理解する事が出来るのです」

「神の恵みで造る酒だから神酒。これが美味いんだ」

白夜達の話で、季麗達だけでなく、雪姫と修螺の母親も頬を赤らめた。

「子供には、果実を使った飲み物が振る舞われますよ」

「へぇ」

「楽しみだね」

「うん!!」

雪姫達も、ニコニコと笑みを浮かべて喜び始めると、流青が話を戻した。

「それで、今年って何処だっけ?」

「確か、長谷じゃなかったかしら?」

「あれ?聞いてないのですか?今年は、和多ですよ?」

暫く無音になり、慈雷夜以外の三人が、一斉に前の方に移動した。

「蓮花様!!」

「八蜘蛛!!そんな一気に動いたらっ!!」

その声が聞こえた瞬間、亥鈴が前のめりに傾き、高い空から、重力に導かれるように滑り落ちた。

「蓮花!!」

「蓮ちゃん!!」

「動くな!!」

落ちたのを見ようとしたのか、慈雷夜の声が、辺りに響き渡り、空に浮かぶ雲と亥鈴を見つめた。
風を起こせば、亥鈴が来るまで待てたが必要ない。
遠ざかる亥鈴を見つめたまま、周りの景色が、移り変わるのを眺めていた。
その景色が、足元に広がる森に移った瞬間、腕を捕まれ、両脇には、理苑と仁刃を連れて出た楓雅が羽ばたいていた。

「全く。何をしてるのですか」

二人は、亥鈴の下を飛んでいた。

「別に?落ちただけ」

ニッコリ笑うと、二人は、鼻で溜め息をつき、困ったような、嬉しいような複雑な顔をしていた。

「そんな事をしていたら、体がいくつあっても足りませんよ?」

楓雅の懐から、仁刃が顔を出し、腕を伝い、袂へと移ってきた。

「とりあえず、牛車に乗せましょうか」

「あぁ」

黒と白の翼を羽ばたかせ、牛車に乗せると、二人は、両脇に立ち、袂から白い煙を上げながら、仁刃が姿を現した。

「大丈夫?」

「大丈夫ですよ?」

季麗達が安心している後ろで、白夜と流青は楓雅と仁刃に、八蜘蛛は慈雷夜と理苑の説教を受けていた。
その光景を見つめ、微笑んでいると、季麗が首を傾げた。

「なんで、アイツらがいるんだ?」

「なんでって言われても、昔からだから」

緊急以外で、理苑達と一緒に移動することは、ほとんどない。
小さな紅夜や妃乃環達も、目的地が同じであっても、余裕があれば、必ず先に出るが、途中から近くにいる。
それならば、一緒に家を出ても良いようにも感じるが、理苑達は、それを絶対にしない。

「楓雅と理苑は、斑尾や亥鈴に、遠慮してるようにも、見えるんだよね~」

牛車から飛び立ち、屋根の上で、聞き耳を立てている二人に向けて言ってみても、何も返ってこない。

「どうして、そうなったのか分からないの?」

「…理苑は出会った時から。楓雅は式になった時から?ですかね」

「そんな酷かったの?」

「酷かったっていうか、理苑は、斑尾よりも劣ってるから、遠慮してる?みたいな感じです」

「でも、それとこれは、話が別でしょ?理苑カレが、そうする理由には、ならないんじゃないかな?」

「そうなんですけどね?元々の想いに、出会った時の私達を見て、更に、遠慮させてしまったのかなぁって」

「二人?その時、何があったの?」

「まぁ…色々と…あ!」

視線を泳がせると、知ってる妖かしが、里に向かって飛んでいるのが見えた。

「火車さーーーーーん!!」

大声を上げると、向こうも、気付いて近付いた。

「おう。蓮花。久しいな。元気だったか?」

「それなりにね。帰り?」

「あぁ。お前もか?」

「うん。久々にね。約束もあるし」

「そうか。暫くいるのか?」

「お祭りの間だけだよ」

「なんだ。もっと、ゆっくりすれば良いのに」

「そうも言ってらんないよ。仕事もあるし」

「順調か?」

「順調だよ?」

「苦しくなったら、いつでも、帰って来て良いんだぞ?」

「帰らないよ」

「そう頑固になるな。俺ら、皆、家族なんだから」

火車の優しい声色と言葉が、全身に染み渡って、自然と頬が緩む。

「有難う」

気持ちが緩み、それから、暫くの間、火車と他愛ない話に華を咲かせ、それまでの理苑の話は、何処かに吹き飛んでいた。
話をしていた火車が、不意に、牛車の中を見て、大きな溜め息をついた。

「お前、また式を増やしたのか?いくらなんでも、増やし過ぎだ。それじゃ、お前の体が…」

「増やしてないよ?」

「なら、その後ろの妖かし達は、なんなんだ」

後ろに視線を向けてから、火車に戻し、首を傾げた。

「友達?」

火車は、目を大きく開き、まじまじと、季麗達を見つめながら、パクパクと口を動かした。

「火車さん?」

「蓮花が…客人を…こうしちゃおれん!!知らせねば!!」

「火車さん!?!…どうしたんだろ…」

慌てた様子の火車を見つめ、首を傾げると、八蜘蛛が、クスクスと笑い始めた。

「蓮花様が、誰かを連れて来るなんて、珍しい事だもの」

「知らせに行ったんだよ」

確かに、これまで、誰かを連れて、村に帰ったことは、式神以外に全くなかった。

「だからって、あんなに急がなくても…」

「蓮花さ~~ん!!」

遠くから聞こえた声に、視線を向けると、飛んで来る人影が見えた。

「蓮花さーーーん!!」

紗輝サキじゃない?」

徐々に、近付く影を見つめると、流青の言った通りだった。

「蓮花さん!!」

「何してんの?樹美子は?」

「今、最終確認です…ちょっと良いですか?」

「樹美子の事?」

頷いた紗輝の瞳が揺れ、不安そうに眉を寄せた。
その様子に、屋根を指差した。

「上に行こう。亥鈴。動くね」

乗っていた理苑達が降たのを確認し、屋根に乗り、紗輝と並んで座り話を始めた。

「理苑ちゃん」

皇牙が手招きすると、理苑は、牛車に乗り込んだ。

「何か?」

優しい声色で微笑んでいるが、理苑の纏う空気は、とても冷たく、少し怖い。

「蓮花ちゃんとの出会いを聞きたいんだけど」

「聞いてどうするのですか?」

「別に、どうって訳じゃ…」

「貴方が気にする事じゃありませんし、貴方になんの得もありません。何より、貴方には関係のない事です」

恐ろしい程、冷たい微笑みで、突き放すように、理苑は、牛車から飛び立ち、さっきよりも、更に遠くを飛び始めた。

「なんだよあれ。別に、話してくれたって良いじゃねぇかよ」

「話したくない事を誰が好んで話すんだよ。バッカじゃね?」

挑発的な言い方に、羅偉が、拳を作ったが、茉に止められ、白夜を睨み付けていた。

「何故、話したくないのだ」

「知らないよ。自分で聞けば?」

ピクッと片眉を動かした影千代に、流青は、知らん顔をしていた。

「皆さんは、ご存知なのですか?」

「さぁ。どうでしょうね」

何の感情も読み取れない笑顔の慈雷夜に、雪椰も困り顔になった。

「教えれば、俺が相手をしてやるぞ?」

「坊やが、相手して欲しいんじゃないの?」

妖艶な笑みの八蜘蛛を見て、季麗は、無表情になった。
そんな中、菜門だけは、遠くを飛んでいる理苑を見つめていた。

「…分かった。有難う」

立ち上がった紗輝は、晴れやかな顔をして、翼を羽ばたかせた。

「また相談しても良いかな?」

「もちろん」

「有難う。じゃ、またあとでね」

照れたように頬を赤らめ、飛び去る紗輝を見送り、視線を前に向けると、懐かしい景色が遠くに見えた。
緑の山々に囲まれ、古い造りの家々が建ち並び、良く知った顔の妖かし達が、そこに向かって行く。

「雷螺じゃねぇか。おかえり」

「あぁ。ただいま」

いつの間にか、雷螺や紅夜達も、周りを飛んでいて、村の妖かし達と挨拶を交わし、二言、三言の掛け合いをする。
つい先日も帰って来たが、あの時と違って、今は、多くの者と言葉を交わして手を振り合う。
懐かしき声と懐かしき風景。

「このまま、蓬屋ヨモギヤに向かいますかな?」

「まずは、佐久の所に行こう。今なら智呂達がいるはず」

「御意」

亥鈴が、小高い所に見える佐久の寺に向かうと、下から多くの声が聞こえた。

「れーーーーん!!」

視線を向けると、昔と変わらない村人達の笑顔が見える。
目まぐるしい変化の中で、唯一、何も変わらない村の風景に、安心感が生まれる。

「また爺どもに捕まるぞ」

「まぁ、なんとかなるって」

ニッコリ笑うと、隣に座った斑尾は、鼻で溜め息をつき、呆れたような笑みを浮かべた。
敷地内に降り立つと、朱雀達と一緒になって、季麗達も、辺りを見回していた。

「蓮ちゃーーーん!!」

村の子供達が、嬉しそうに笑い、大声を上げながら、走って来るの。

「おかえり!!」

「ただいま。皆、元気?」

「うん」

「また式増やしたの?」

「違うよ。友達」

「嘘だ~」

「ホントだから」

何度も訂正をしながら、子供達と話をしてると、一足遅れて現れた智呂に、雪姫と修螺が手を振った。

「智呂ちゃん!!」

「修螺!!姫ちゃん!!」

智呂も、嬉しそうに手を振りながら、駆け寄ると、修螺の隣にいる天戒に視線を向けた。

「友達か?」

「うん。天戒君だよ」

修螺が紹介しても、天戒は、真っ直ぐ智呂を見つめていた。

「そうか。宜しくな」

ニッコリ笑い、手を出した智呂を見つめたまま、立ち尽くす天戒に、三人は、視線を合わせて、首を傾げた。

「天戒君?」

修螺に肩を揺らされ、ハッと、我に返った天戒が、慌てて、智呂に向かって頭を下げた。

「初めまして!!天戒です!!宜しくお願いします!!」

天戒の声は、予想以上に大きく、それまで、騒いでいた他の子達も静かになった。

「っ!!…ごめんなさい…」

天戒の顔が、茹で蛸のように真っ赤になると、村の子達は、大声で笑い始め、雪姫と修螺も、恥ずかしそうに苦笑いした。

「ごめんごめん。わっちは、智呂。宜しく」

「俺、蛍」

「俺は、由良ユラ

タツキ。宜しくな?天戒」

目元の涙を拭う智呂の後ろから、蛍達が顔を出し、手を差し出すと、天戒は、恐る恐る、その手を握った。

「蛍。邪魔」

「良いだろ?俺らだって、仲良くなりたいんだから」

「そうだぞ。智呂だけずりぃぞ」

肩を押した樹の力が、思っていた以上に強く、ヨロヨロとよろめいて、智呂は、転びそうになった。

「危ないじゃないか!!」

お返しとばかりに、智呂が樹の肩を押すと、後ろにいた由良にぶつかった。

「痛っ!!何すんだよ!!」

「そっちが先じゃないか!!」

急に始まった智呂と蛍達の口喧嘩に、白夜達は、溜め息をつき、修螺達は、ただ驚いて立ち尽くしていた。

「まただ」

「懲りないね」

「おい。やめろって」

「ふざけんなよ!!」

「そっちこそ!!」

「お前が独り占めすっからだろ!!」

「そんな事してないじゃないか!!」

「全く。何やってんだい」

「ほら。皆、困ってるよ?」

「樹が押したのが悪いんじゃ!!」

「お前だってやったじゃんか!!」

妃乃環や白夜達が、止めに入っても、智呂達は、言い合いをやめない。

「もう~。いい加減にしなよ」

「智呂が独り占めしたのが悪いんだ!!」

「蛍。もうやめろって」

「樹が押したのがじゃ!!」

「おい。智呂」

「智呂が悪いんだろ!!」

「もうやめなよ~」

皆で止めようとしても、四人の大声が響く。

「智呂。もうやめなってば」

「樹が悪いんじゃ!!」

「由良も、もう大丈夫だろ?」

「そうゆう問題じゃねぇよ!!」

「だぁーーー!!もう!!いい加減にしてよ!!」

ギャーギャーと騒いでいると、無表情の佐久が、寺から出て来て、真っ直ぐ、智呂達の所に向かい、四人の頭を殴り付けた。

「何してんだ」

「だって、智呂が…」

「違う!!樹が先じゃ!!」

「お前が悪いんだろ!!」

「うるせぇ!!」

また言い合いを始めようとしたが、佐久の怒鳴り声で黙った。

「ちっせぇ事で、言い合いなんてすんじゃねぇ。罰として、お前ら四人は、これから、俺の手伝いだ」

「え~~~」

「問答無用!!全員こっちに来い!!」

ブツブツと文句を呟きながら、御堂の方に智呂達が向かって行く中、佐久は、天戒達に視線を向けて指差した。

「お前らもだ」

「え…」

雪姫が嫌そうな顔をすると、佐久の眉間にシワが寄った。

「なんだ。何か文句でもあるのか」

「あの。僕達、ココの子じゃ…」

「んな事知ってる。それがどうした。違う所から来たからって、お前らだけ、何もしなくて良い理由には、ならないだろ」

「でも…」

「友達にだけ、責任を持たせるな」

「勝手に喧嘩始めたのは、智呂ちゃん達だもん」

「それを見てただろ。止めずに見てるだけなんて、喧嘩を始めた智呂アイツらと同罪だ」

佐久の言ってる事は、理不尽に感じるだろう。

「大事な友達なら、見てないで、止めてやるのが優しさであり、強さだ」

不満そうな雪姫と天戒に比べ、修螺は、小さな拳を震わせた。

「…何をすれば良いんですか」

修螺が、前に進み出ると、佐久は、顎をしゃくって御堂を指した。

「中にいる奴に聞け」

「分かりました」

「修螺」

母親に呼び止められ、視線を向けると、修螺は、困ったように笑った。

「僕、行って来るから、先に行ってて」

「なら、私も…」

「大丈夫だよ。ママは、ゆっくりしてて」

ニッコリ笑い、母親の声を遮った修螺に視線を向けられた。
不安そうな修螺に、小さく微笑んだ。

「慈雷夜。修螺をお願い。雷螺は、お母さん達を案内して」

「御意」

隣に慈雷夜が立つと、修螺の不安が消え、嬉しそうに笑った。

「あと酒天。アンタも手伝い」

「あぁ!?んで、俺まで…」

「アンタの弟子だから。連帯責任」

「あ~~分かりやした」

ブツブツと文句を呟きながら、御堂に向かう酒天を見て、視線を合わせた修螺と慈雷夜は、クスクスと笑い、手を繋いで御堂に向かった。

「…私も行く!!」

「雪姫!!アンタが行ったんじゃ迷惑に…」

「大丈夫!!行ってきます!!」

「雪姫!!」

修螺とは、反対側の手を繋ぎ、一緒に行こうとするのを見つめる母親達は、不安そうでもあり、迷っているようでもあった。

「大丈夫ですよ。慈雷夜や酒天も一緒ですから、今日は、日頃の疲れを癒して下さい」

目を細め、口元に笑みを浮かべると、母親達は、納得したように、小さく頷いた。

「雷螺」

「はい。まずは、移動で疲れた体を癒しましょう。どうぞこちらへ」

雷螺に連れられて行く母親達を見送り、大きく背伸びをした。

「皆も行って良いよ。あ。亥鈴は、朱雀さん達をお願い」

「御意」

喜びの声を上げながら、それぞれ、バラバラに去って行き、その場に残された季麗達に向き直った。

「それじゃ、皆は、私が案内するね?」

歩き出すと、季麗達も歩き出し、三日間の祭りを楽しむべく、村に向かう石段を下り始めた。
山の斜面に建てられた寺から、青々とした葉を茂らせ、枝を大きく広げた木々がアーチを描く。
その中を真っ直ぐ、下に向かって伸びる石段を降りると、そこには、穏やかな景色が広がる。
古い造りの家々が建ち並び、その中を子供や半妖、人と妖かしが笑い合い、仲良く暮らしている。
季麗達は、その光景をボーッと眺めていた。

「どう?驚いた?」

「うん…まさか、本当に、人と妖かしが、一緒に暮らしてるなんて思わなかったよ」

驚いた顔のまま、辺りを見渡す季麗達の様子に、小さく微笑んだ。

「でも、なんで、こんな所にあるんだ?」

羅偉の疑問に、目を伏せて答えた。

「ここは、斑尾達の作った里まで行き着く事の出来ない者達の為、華月が作った村なの。ここは、斑尾達が、掲げていた理想郷に近い」

斑尾達の描き、築き上げようとした理想が崩れ去り、今では、妖かしだけとなった里。
その姿と村の差が、あまりにも大きく、季麗達の肩に重くのし掛かる。
その光景を見ていられなくなり、目を閉じた。

「そんな顔しないで。君らが悪いんじゃないんだから」

目を細めて、そう言ったところで、彼等の哀しみが、消える程、小さなモノではないのだが、それしか言ってやれない。
季麗達も、そんな気遣いを察し、弱々しく微笑むと、村の景色を目に焼き付けているように、周囲を見渡した。
そんな時、羅偉の腹から、グゥ~と大きな音が鳴り、その頬が真っ赤になった。

「羅偉ちゃ~ん」

「仕方ねぇだろ。腹減ってんだから」

「そうかもしれないけどさ~」

その時、皇牙の腹も鳴いた。

「人の事言えねぇじゃん」

「そうだね。アハハ」

頬を膨らます羅偉と、頭を掻く皇牙を苦笑いを浮かべて見つめた。

「はしたない」

「まったくだ」

呆れ顔の季麗と影千代で、いつもの雰囲気が戻った。

「皇牙。少しくらい抑えられないのですか?」

「羅偉も。それでは、催促してるみたいですよ?」

説教口調の雪椰と菜門は、飽きてしまいそうな程、よく聞いている。
何気ない事でも、普段の姿に戻れる六人に、クスッと笑いを零した。

「歩きながら、何か食べようか」

「じゃ、団子にしようぜ」

「俺は、肉が良いな~」

「甘やかさん方が良いぞ」

「良いじゃん。今くらい」

「調子に乗りますよ?」

「そしたら、君達が、なんとかしてくださいね?」

「仕方ないですね」

「蓮花さんの頼みとあらば、断れませんね」

「頼み事なら、もっと色気を…」

「れーーーーん!!!」

季麗の声を遮り、半妖の姿になった火車の声が、辺りに響いた。

「お。ラッキー」

羅偉と皇牙の手を取り、驚いている二人を引っ張り、火車のところに向かう。
予想外の行動に、季麗達も、驚いた顔のまま、後をついてきた。

「いつもの二つ」

「おうよ!!」

繋いでいた手を離すと、二人は、残念そうに鼻で溜め息をつきながら、自分の手を見つめていた。
そんな中を風に流され、良い香りが辺りに広がる。

「美味そうな香りですね」

「美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ」

「ほい!!お待ちぃ!!」

「ありがと。はい。皆も、何か食べる?」

「…ねぇ…蓮花ちゃん…」

火車に代金を渡しながら、季麗達に視線を向けると、手渡された物を見つめ、羅偉と皇牙は、不思議そうな顔で、首を傾げていた。

「なに?」

「これって、なんて食べ物?」

「団扇焼き。特製のヘラに、お餅を付けて、肉を巻いて、特製のタレを塗って、焼いただけの食べ物。この村では、よくおやつとして食べられてるの」

持っていた団扇焼きを見つめ、同時にかぶり付くと、二人は、満面の笑みを浮かべた。

「うんめぇ~!!」

「ホント。凄く美味しい」

その姿に触発され、季麗達の腹も、大きな音を鳴らし、顔を赤くした。

「アンタらもどうだ?」

「そう…ですね」

照れ笑いしながら、それぞれ、団扇焼きを受け取ると、皆、嬉しそうな顔をして、小腹を満たした。

「んじゃ、次行きますか。ありがとね」

「おう。またな」

火車と手を振り合い、別れてからも、あちこちの店に立ち寄り、飲み食いしながら、村を案内して歩いた。
瞳を輝かせる季麗達の嬉しそうな顔に、幸福感を味わいながら、久々の村を堪能した。

「ここが村で唯一の宿。蓬屋」

見るからに宿だと分かる建物を見上げながら、小さな溜め息をつく季麗達に、小さく笑った。
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