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二十三話
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皇牙は、隣に並ぶと、その幹に触れ、大樹を見上げた。
「ありがとう。皆が、羨ましがるような、立派なのを作るから。ね?」
振り返ると、季麗達も、優しく微笑んで頷いた。
その優しさに、子供に戻ったように、皇牙の体に飛び付いた。
「…皇牙さんって、優しいですよね~。本当は、二人だけで、材料探したかったのに、私が怪我したから、皆さんを呼んだんですもんね?」
驚く皇牙を見上げ、悪戯心に火が点いた。
「あ。それ言っちゃ…」
「そうゆう事か」
「皇牙。ちょっと、込み入った話をしましょうか」
「それは、ちょっと遠慮したいな~」
引き攣った笑顔を浮かべ、抱き付く手を優しく取り払い、皇牙は、大樹の裏手に向かって走った。
「逃げんな!!」
その後を羅偉が追い、逆側に、季麗と雪椰が回り込む。
「二人は、行かないんですか?」
「今追わなくても、後で話せますからね」
「それに、今は、この枝をどうするかだ」
「なら、良い手がありますよ?」
現実主義の菜門と影千代が、首を傾げる間に並び、二人を見上げた。
「良い手?」
「はい。私が、これに乗るんです」
二人は、目を大きくして、盛大な溜め息をついた。
「危ないと思いますが…」
「大丈夫ですよ。斑尾で慣れてるので」
ニッコリ笑うと、二人は、呆れたように微笑んだ。
「それで?どうやるんだ」
「まずは、傷まないように、古木の皮を巻き付けて…」
後ろで、正座をした皇牙に、三人が説教してる中、二人と一緒に、森から出る為の準備を始めた。
「…出来た~」
帰りの支度が整うと、説教も終わり、グッタリした様子で、皇牙達も戻ってきた。
「何してんだ?」
「実は…」
「じゃ、影千代さん。よろしくお願いします」
菜門と羅偉が話してるのを無視して、手を振ると、影千代は、溜め息をついて、枝にくくりつけた蔦を持ち、翼を広げた。
「なぁ…これってまさか…」
「そのまさかです」
「んじゃ、行ってみよう」
枝に股がって、掛け声を上げると、古木の皮を巻き付けた枝が動き始めた。
「さ。行きますよ」
「マジかよ」
影千代に引かれ、枝が地面を滑り、来た獣道を進み始めると、季麗達も走り始め、里に向かい、森を抜けて行く。
斑尾の背に乗り、何処までも、遠くに行った。
あの暖かい背中から落ちたことも、森の中を通り抜けたことも、高い空を飛んだこともある。
護人の役目を果たす為、斑尾の背中に乗り、飛び回っている為、森の中を通り抜けるくらい、どうってことない。
落ちる事なく、枝に乗っていると、季麗達は、走りながらも、驚いた顔をしていた。
来た時の半分くらいの時間で、里に戻ると、早速、大樹の枝を加工し、提灯を造り始めた。
「好きな大きさに、出来んだぞ」
羅偉の手元には、大きな骨組みがあった。
「お前、んなに小さくて良いのか?」
本来よりも、二回り小さい骨組みを組み立てていると、羅偉が手元を覗き込むと、季麗や影千代も、視線を上げた。
「本当ですね」
「羅偉が、使い過ぎなんじゃないのか」
「んな事ねぇよ」
「足りないならありますよ?」
首を振り、手の中にある骨組みを見つめた。
「想いは大きさじゃない。だから、私は、私が出来るくらいの大きさで良いんです」
「そうですね」
ニッコリ微笑む菜門も、変わらない程の提灯を造ろうとしていた。
「菜門さんは、それで良いんですか?」
「そんなに大きいのは、造れませんので」
菜門は、ほんのり頬を赤くさせ、苦笑いした。
「てか、菜門さん器用ですね」
菜門の骨組みは、ほとんど出来上がっていた。
「ここ。どうなってんるです?」
「ここは、こうして…」
菜門の隣に座り、手を貸してもらいながら、組み立てを再開すると、羅偉は、自分の手元を見つめた。
「そこは、そうじゃなくて、こう…」
普通の提灯と同じくらいにしていた影千代や雪椰も、ほとんど出来上がっていた為、手を貸し始めた。
それを見ていた羅偉は、骨組みを直し始めた。
「造り直すの?」
「あぁ」
「不器用な小鬼に出来るのか?」
「うっせぇ」
季麗に小馬鹿にされても、羅偉は、真面目に組み立てを始め、その後は、静かに提灯を造った。
朱雀達が、様子を見に来ては、真剣に作業をしてる様子に、クスクスと笑っていた。
あとは、和紙を張り付けるだけで、骨組みを完全に造り上げると、一旦、休憩することになり、炊事所に向かった。
二人の妖かしが、作業をしていたが、顔を出すと、驚いた顔をして、その手を止めた。
「すみません。何か飲み物を頂けますか?」
「えぇ」
茶を淹れる隣から、カタンカタンと、心地良い音が響く。
「何してるんですか?」
「紙を作ってるんですよ」
この時期になると、里の紙が、減少してしまう為、足りない分は、自分達の手で作る。
「へぇ。じゃ、これを提灯に使う事もあるんですか?」
お茶を受け取りながら、視線を向けると、茶を差し出してくれた妖かしは、苦笑いを浮かべた。
「えぇ。今、その為に作ってるんですよ」
お茶を一口飲みながら、紙を作る妖かしの背中を見つめた。
「紙って、何で作るんですか?」
「草や木の皮を使って作ります」
「それなら、あの皮からも作れますよね?」
外の皮を指差すと、妖かしは、不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「えぇ…まあ」
「そっか。私も作りたいです」
紙を作っていた妖かしも、驚いて、その手を止めて振り返った。
「今からじゃ、間に合うか分かりませんよ?」
「それに、朱雀様が、和紙を御用意しております」
「でも、あれで、作りたいんですよね」
「何故ですか。折角、篠様が…」
「だって、私達の為に、自分を犠牲にしてくれたんだから、全部、使ってあげたいじゃないですか」
己を犠牲にして、他者を想い、託された物ならば、余すことなく、使い果たすのが、託された者の役目だ。
周囲からすれば、ただの我儘に感じるかもしれないが、託した者の全てを受け入れると、覚悟を決めて、それを手に取ったのだから、その役目は果たさなくてはならない。
「…分かりました。では、一緒に作りましょうか」
視線を向けると、二人は、眉を寄せながらも、笑みを浮かべていた。
「有難うございます」
「それでは、早速、まずは、あの皮を蒸らして…」
二人に教わりながら、紙を作り、乾くまでの間、そっと、屋敷を抜け出し、ブラブラと、里を歩いていた。
「蓮ちゃん!!」
宛もなく歩いていると、雪姫と修螺に出会した。
「久し振り。元気?」
「うん。蓮ちゃんも、月下の日和に参加するの?」
「まぁね。二人も、参加するんでしょ?」
「うん」
二人は、頬を薄桃色に染めて、嬉しそうに笑った
「ところでさ。提灯に書く詩って、どうゆうのが良いの?」
「何でも良いんだよ」
「別に、決まりはないよ?」
「へぇ。二人は、どんなの書いたの?」
「それは、ひみつ~」
「なんでよ。教えてくれてもいいじゃん」
「違うんだよ。提灯の詩は、人に教えちゃいけない。その代わり、見せることは出来るんだよ」
「へぇ。なんで?」
「正確には、口に出しちゃいけないんだって」
「あ。だから、見せるのは良いんだ。でも、なんで?」
言の葉には、霊が宿り、口から出してしまうと、想いが消えてしまう。
亡くなった者に届けるまでは、想いを消してはならない。
それが、死者への礼儀だとされている。
「そっか。そこまで、しっかりしてるんだね」
「でも、最近じゃ、自慢するみたいに、言って回る人もいるんだよね」
「そうなの?」
「うん。実はね?私も、前は、言ってたんだ」
「僕も。お母さんに聞かせてた」
「まぁ、言いたくなるよね」
「でも、もう絶対言わない」
「どうして?」
雪姫は、師範の話を聞き、死者が抱いていた想いが、生きている者にとって、どれだけ大事かを知り、その話を聞いた修螺も、それを大事にしたいと考えたのだ。
「母さんは、ずっと、僕の父さんは、出稼ぎで、遠くにいるんだって言ってたけど、本当は、もう亡くなってるんだって。だから、僕は、父さんに向けて、絶対、届けてあげたいんだ」
「私も。ずっとずっと、昔に亡くなった人に届けてあげたいの」
「そっか。では、参考にも、二人の提灯、見せて下さい」
頭を下げると、二人は、頬を赤く染めて、ニッコリ笑った。
「うん」
「良いよ。こっち」
二人に手を引かれ、古民家の裏手で、誰の目にも触れないような場所に、仲良く並んでいる提灯の前に来た。
「右が私ので、左が修螺のだよ」
雪姫の提灯には、当たり障りのない詩が描かれ、修螺の提灯には、見た事のない父を想い、己の事、これからの事が、短い文章に込められていた。
「二人共、スゴいね。有り難う」
「どういたいまして」
頬を染めて笑う二人に、微笑みを返しながら、周りに視線を走らせた。
「ねぇ。提灯見るのに、断りっているの?」
「私達みたいに、隠すようにしてるのは、聞かなきゃダメだけど、表に吊るしてるのは、見ても大丈夫だよ」
ここに来るまでの間、何個か、堂々と、軒先に吊るしてあった。
「じゃ、僕ら、手伝いがあるから、もう行くね?」
「うん。色々、有り難うね」
手を振り合い、二人と別れてから、軒先に吊るされた提灯を見て回り、日も暮れ始めてから、静かに屋敷に戻った。
「…何処行ってたんだ」
だが、運悪く、葵に見付かってしまった。
「え~と~」
誤魔化しの言葉を考えていると、葵は、大きな溜め息をついた。
「もう少し考えてから行動しろ」
「すみません」
「…まったく…こっちの気も知らないで…」
首を傾げると、葵は、焦った顔をして、視線を反らした。
「…ところで、ちょっと、お願いが…」
「何してんだ」
そこに、朱雀達も集まった。
「お前。何処行ってたんだ」
「ちょっと、その辺をお散歩に」
「阿呆」
「蓮花さんがいなくて、大変だったんですよ?」
「すみません。あ。そうだ。皆さんは、提灯作りましたか?」
「いや。俺らは作らない」
「何故です?」
「んな余裕ないからな。提灯が、どうかしたのか」
「実は、詩を…」
「自分で考えろ」
「ですよね~。参考までに、皇牙さん達の詩が見たいんですけど」
「もう屋敷だ」
季麗達の提灯は、それぞれの屋敷に運ばれてしまい、見ることが出来なかった。
「え~。早くないですか?」
「さぁな。当日を楽しみにしてろ」
「別に、見せてくれても良いじゃないですか」
「それなら、屋敷にいらして下さい。軒先に吊るして置きますから」
哉代が悪戯っ子のような笑みを浮かべると、朱雀達も、意地悪な笑みを浮かべて頷いた。
朱雀達は、自分達の住んでる所にも、来て欲しいのだ。
「…分かりました。じゃ、今夜中には、見せてもらいますからね?」
ニッコリ笑うと、六人は、首を傾げた。
「てか、皆さん、怒ってました?」
「だいぶな」
「…私、もう一回…」
「大丈夫ですよ。誤魔化しときましたから。それよりも、食事になりますから、早く行きますよ」
ホッと胸をなで下ろし、朱雀達と一緒に、和室に向かうと、夕食の準備が整えられ、季麗達が待っていた。
「よく寝れた?」
「はい。ぐっすりと」
ニッコリ笑って、合わせると、六人が、安心したような雰囲気になり、朱雀達が、どんな誤魔化し方をしたか気になるが、さっさと座って、手を合わせた。
「いただきます」
「今日も、いっぱい食べてくださいね?」
哉代の一言に、吹き出してしまいそうになり、無理矢理、飲み込むと、咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
「だい…じょぶ…」
涙目になりながら、朱雀に視線を向けると、一瞬、ニヤリと笑って、ご飯を口に運んだ。
そのままだと、墓穴を掘りそうだった。
「…ごちそうさまでした」
「もう良いの?」
「はい。まだ提灯が出来てないので」
「あ…行っちまった…」
急いで、部屋に逃げ込み、骨組みに作った紙を貼り付け始めたが、隙間なく、球体に貼り付けるのは、意外と難しく、時間が掛かり、終わる頃には、季麗達が、それぞれの屋敷に帰っていた。
「…よし」
背伸びをしてから、屈伸運動をし、生け垣を越え、隣の屋根に飛び乗った。
屋根から屋根に飛び移り、まずは、里の外れの方にある座敷わらし達が、住んでいる一角に向かった。
屋敷の二階、窓の前にある手すりに乗り、障子を優しく叩くと、哉代が、顔を出し、驚いた顔をした。
「こんばんは」
固まっている哉代に微笑んで、部屋の中に吊るされている提灯を指差した。
「約束でしたよね?」
「え?…あぁ。はい」
哉代は、提灯を手にして戻り、詩を向けて見せた。
遠き君へ
この身焦がす
想いなれど
儚き時よ
永久となれ
菜門らしい、優しい詩だ。
だが、その詩には、他の想いも込められている。
「お上手ですね。有り難うございました」
「いえ。これから、どちらに?」
「とりあえず、ここから、近い順に回ってみようと思います」
「そうですか。では、お気を付けて」
「はい。それでは、おやすみなさい」
空に飛び立つように、手すりから、飛び降りると、哉代は、焦ったように下を覗いた。
植えてある木から屋根に移り、そのまま、闇の中に消えた姿は、妖かしのようで、哉代は、苦笑いを浮かべると、静かに障子を締めた。
次に、葵の所に向かった。
天狗族の屋敷は、平屋が、渡り廊下で繋がっているような造りで、とても楽に移動が出来た。
葵の部屋の窓を叩き、葵が顔を出すと、そこには誰も居ない。
不思議そうに、首を傾げる目の前に、屋根からぶら下がって現れると、葵は、引き吊った顔をした。
「こんばんは。約束の物を見に来ました」
逆さまになって、ニッコリ笑うと、葵は、盛大に息をついて、屋敷の中を指差した。
「影千代様のお部屋の前だ。好きに見て行け」
「分かりました。有り難うございます。おやすみなさい」
一旦、地面に降り立ち、再び屋根に飛んで、影千代の気配を辿った。
「…猿か」
呆れた葵の呟きも気にせず、影千代の提灯を探し、見付けると、本人には、知られないように、静かに詩を見た。
優しき人よ
強き想い
永遠なる
時となれ
影千代の詩にも、何か別の想いが感じ取れる。
首を傾げてから、その場を離れ、篠の所に来たが、声を掛ける事なく、皇牙の提灯を見付けた。
「どうしよっかな」
その時、背後に気配を感じ、急いで振り返ると、篠が、近くの木に寄り掛かっていた。
「本当に来たんだな」
「えぇ。自分から言ったので…見ても良いですか?」
「あぁ」
背の高い篠は、提灯を傾け、見やすいようにしてくれる。
明日は
我が身と
想いても
君が遠く
離れゆく
「…皇牙さんらしいですね。有り難うございました。それでは、おやすみなさい」
屋根に飛び乗り、また次を目指した。
「本当に人間なのか」
だが、人狼族の住処から、離れた屋根の上で、腕を組んで胡座で座った
「おい」
下に視線を向けると、羅雪が、ムッと、不機嫌そうな目付きで、見上げていた。
「こんばんは。こんな所で、何してるんですか?」
「散歩がてらの巡回だ。お前こそ、ここで何してる」
「次は、誰のを見に行こうかなと」
「次?」
「今、菜門さん、影千代さん、皇牙さんのを見て来たんですけど、他が同じくらい離れてるので、どうしようかな~と」
羅雪の目が大きくなり、驚きで、口元から力が抜けたが、盛大な溜め息をつき、乱暴に頭を掻いた。
「あまり、無茶な事をするんじゃない。お前に、もしもの事があれば、雪椰様が心配してしまう」
雪椰がと言いながらも、羅雪自身が心配していた。
「はぁ~い」
子供のような返事をすると、羅雪の眉間にシワが寄った。
「ところで、もう帰るんですか?」
そんな羅雪を無視して、首を傾げた。
「いや。まだ」
「あとどれくらいで帰ります?」
「一時間くらいだが…」
「じゃ、雪揶さんの所には、最後に行きますね。それじゃ」
「あ!!おい!!…まったく…」
羅雪の小言が始まる前に、次々に屋根を伝い、その場から離れた。
「さて、次に行こうかな」
飛び出した先へと、そのまま向かうと、城と呼ぶのが相応しい程、大きな屋敷が建てられていた。
「…困ったな」
二、三階くらいの高さまでなら、行けるかもしれないが、お目当ての人がいるのは最上階。
しかも、その側には、他の気配もあり、安易に近付くことが出来ない。
「捕まったら、ヤバいだろうしなぁ。いいや。次にしよっ」
木の枝から、その様子を見ていたが、屋敷に背中を向け、別の所に向かう。
そこも大きかったが、さっきの屋敷よりは、一回り小さい。
屋根と手すりを使い、茉の気配を辿り、廊下に誰も居ないのを確認してから襖を叩いた。
「誰だ」
予想していた通りの反応をした茉に、クスクス笑うと、勢い良く、襖が開けられた。
「お前…どうやって…」
「こんばんは。お約束の物を見せて頂けますか?」
わざとかしこまったような言い方をすると、茉は、溜め息をついた。
「ついて来い」
その背中を追うと、一つ上の階に移動し、茉は、一室の襖を開けた。
そこには、屏風や壺など、多くの物が、所狭しと並んでいた。
「なんか、凄いですね」
「全部、羅偉様の作品だ」
「マジで!?凄いなぁ~」
作品に触らないように、浴衣を押さえながら、奥へと進むと、羅偉の提灯が飾られていた。
「見えるか?」
「大丈夫です」
提灯の前に屈み、一度、目を閉じてから、羅偉の詩を見た。
優しき時
暖かな日々
隣にあるは
儚き想いと
貴き誓い
力強く、優しい響きには、ちゃんと死者への想いが込められ、羅偉らしい詩に、微笑みが漏れた。
「素敵…有り難うございました」
茉は、満足そうに微笑んだ。
入ってきた時と同じように、慎重に部屋から出て、下の階に移動しようとしたが、階段の方から、バタバタと小走りする足音が聞こえた。
「それじゃ、おやすみなさい」
「あ!!…行っちまったか…」
近くの部屋に入り、障子を開け放ち、外に飛び出し、手すりと屋根を使い、庭先の木に移り、屋敷から離れた。
「茉!!今、だ…」
案の定、足音の正体は、羅偉だった。
あのまま、茉と一緒に居たら、確実に捕まっていただろう。
あまり長居すれば、勘のいい羅偉には、見付かってしまう。
さっさと、その場から離れ、さっきの城のような屋敷に戻った。
同じ木から、さっきの部屋を見上げ、誰も居ないのを確認し、気配を探すと、一階の奥の部屋にあった。
木を伝い、その部屋前まで移動し、静かに襖を叩いた。
「こんばんは。朱雀さん」
静かに襖が開き、朱雀は、溜め息を漏らした。
「なんだ」
「季麗の提灯を見に来ました。見せてもらえますか?」
「それなら、季麗様がお持ちだ」
「そうですか。有り難うございました」
頭を下げて、季麗の部屋に行こうとした。
「だが、やめた方がいい」
何度も瞬きをして、首を傾げると、朱雀は、首を振って、困ったような顔をした。
「今、来客中だ」
「そうでしたか。ん~…何時頃なら、大丈夫ですかね?」
「そうだな…さっき、来たばかりだから、短くても、二時間は、帰らんだろうな」
「あ~。分かりました。じゃ、大丈夫になったら、これを鳴らしてもらえますか?」
鈴を渡すと、朱雀は、一振りして、音を鳴らしてみた。
「別にいいが、こんなに、小さくて聞こえるのか?」
「大丈夫です。それでは、お願いします」
暗闇に紛れるように、庭の茂みに入り、羅雪の所に向かって、屋根の上を移動した。
雪人族の住処は、何処よりも寒い。
外にいると、手先が悴み、吐き出される息も白くなる。
「…うぅ…寒っ!!ムリっ!!」
周りに結界を張り、その中だけに熱を集めた。
「…よし…」
手足の感覚が戻り始め、暖かくなってから、羅雪の所に向かった。
真っ白の外壁に、雪人族の肌の白さが重なる。
少し離れた所から、羅雪の気配を探したが、見付からない。
「蓮花さん」
首を傾げていると、下から聞こえた声に、心臓が、ドキッと飛び跳ね、ビクッと肩を揺らしながら、視線を向けた。
「こんばんは。羅雪なら、また出掛けましたよ」
優しく、愛しそうに、目を細めた雪椰がいた。
「こんばんは」
「提灯は、準備してあるので、ご覧になりますか?」
朱雀からの知らせもなく、その誘いを受けようと、ニコニコと笑う雪椰の前に飛び降りた。
「では、お邪魔します」
「どうぞ」
雪椰に連れられ、屋敷に入ると、多くの雪人族が出迎え、広い部屋に通された。
「寒かったでしょう。どうぞ」
雪椰が徳利を持ち、お猪口を差し出した。
「どうも」
お猪口に注がれた酒は生緩い。
熱に弱い雪人族にとっては、これが熱燗なのだ。
「雪椰さん。提灯…」
「護人様」
提灯の事を聞こうとした時、雪人族の長老が現れた。
「この度は、わざわざ、ご足労頂き、誠に有り難うございます」
深々と、下げられる頭を何としよう。
「こちらこそ、夜分遅くに、申し訳ありません」
「いえいえ。どうぞ。ゆっくりして下さい」
長老も雪椰も、帰す気はない。
「でも、あまり長居してしまうと、ご迷惑に…」
「そんな事ないですよ」
雪椰だけでなく、周りにいる雪人達は、嬉しそうに、頬を染めて微笑んでいた。
「じゃ~…ちょっとだけ」
そんな微笑みを見せられては、断りたくても断れなくなるもので、夜遅くから始まった宴会は、朱雀の鈴の音が、聞こえるまで続いた。
「ごめんなさい。そろそろ行かないと」
立ち上がると、雪椰も、一緒に立ち上がり 、自分の部屋へと招いた。
部屋の片隅に、お目当ての提灯が置かれていて、微笑む雪椰に、手で促され、詩を見た。
風吹かれ
藤香り
思い出すは
儚き記憶と
淡き想い
思い出が中心となり、それとなく、死者に宛てたように見える詩には、雪椰だけが、知っていることがあった。
当時の雪椰は、雪姫と同じように、雪が上手く降らせられず、一人で練習していた為、藤の花が咲く中を雪がハラハラと舞っていた。
その光景が不思議で、祖父に黙って、森に入ると、一人で空に向かい、手を伸ばす男の子を発見した。
それが、雪椰との出会いだった。
急に振り返った雪椰は、目を開き、驚いた顔をした
『…あの…ぼく…』
雪椰が逃げようと走り出し、勘違いした。
『待って!!待ってよ!!』
同じように、人には分からないモノが分かり、人には見えないモノが見えると、勝手に思い込んだ。
互いが互いのことを知らぬまま、仲良くなり、途中、人ではないと分かったが、それでも遊んでいた。
「…藤か…」
懐かしさで、呟いてしまい、慌てて口元を押さえたが、雪椰は、目を細めて、冷たい表情になった。
「やっぱり。何故ですか」
「何…がでしょう?」
「知らないフリをしてたでしょう。何故ですか」
「えっと~…家に来た時、なんか、他人です。みたいな顔してたから、触れられたくないのかな~と、思いまして」
言い訳をすると、雪椰は、大きな溜め息をついた。
「それに…嫌な別れ方したから…」
明日には、その地を離れることになっていた為、勿忘草を持って行き、全てを打ち明けた。
『…人…?あなたが…人なんて…嘘…ですよね?冗談ですよね?』
純粋な雪椰が涙を浮かべ、必死に否定する姿が、苦しくなる程、悲しそうだった。
『…ねぇ…』
『なに?なんで、そんな必死になってるの?馬鹿じゃない?今まで騙されててくれてありがとう。楽しかったよ』
持っていた勿忘草を投げ付け、わざと嫌われようと酷いことを言い、逃げるように走り去った。
そうすれば、雪椰は、人を嫌い、二度と哀しむことも、苦しむこともないと、幼いながらに考えた結果、そんな嫌な別れ方を選んだ。
「…分かってましたよ。わざとだって」
雪椰は、困ったように微笑み、哀しそうに眉尻を下げた。
「確かに、最初は、裏切られたと思いました。あの時は、嘘でもいいから、冗談だと言って欲しいとも思いました。でも、投げ付けられた勿忘草で、そんな人じゃない。何か理由があると思ったんです」
次の日。
雪椰は、その理由を聞きに行ったが、目の前を通り過ぎた車に、その横顔が見え、その全てを知った。
「私にわざと嫌われようした。まだ、人を深く知らない私を守ってくれたんだなと」
「…有り難うございます」
その後、ほんの少しだけ、昔に戻ったように、手を振り合って別れ、闇夜に紛れながら、朱雀の所に向かった。
屋敷に着いて、そのまま、季麗の部屋に向かい、障子の隙間から中を覗いた。
中央に布団が敷かれ、その奥に、提灯が置かれているのを確認して、足音を消すように近付いた。
「…季麗…だろか」
そんな時、隣の部屋から漏れる微かな声に聞き耳を立てた。
「仕方ない事だ。季麗様は、これでしか、あの苦しみを忘れられないんだ」
「だが、これでは、あまりにも悲しすぎる」
「そうかもしれんが、どうしようもないことだ」
「だからって、毎晩、女を抱いたところで、何も変わらないのだぞ?」
これ以上は、季麗の過去を知ってしまいそうで、聞かないように耳を塞ぎ、目の前の提灯の詩を見た。
しかし、そこには、何も書かれていなかった。
溜め息と共に部屋から出ようとしたが、何かが足に絡み、引っ張られるような感覚がし、驚いたと同時に畳に倒れた。
「…部屋に忍び込んでおきながら、そのまま帰るなど、無礼にも程があるぞ」
背中に重みが掛かり、すぐ近くに聞こえた声で、体が硬直した。
「知りたくないのか?俺の過去を」
「私には関係ない」
季麗は、構わずに語り始めた。
数十年前。
季麗は、初めての人間界で緊張していた。
一年間、人間界で、バレないように生活することが、学問所の卒業課題だった。
その課題の中で、季麗は、一人の女性と出会った。
家柄や地位などで、近付く女妖と違い、その女性は、純粋に、季麗の事を好いていた。
季麗も、そんな女性に惹かれ、互いに想い合い、一緒にいたいと願った。
そんな二人には、一年という時間は短過ぎた。
『…すまない。だが、必ず帰る。待っていてくれ』
『分かった。待ってるわ』
約束してから、季麗は、一度里に戻ったが、人間と妖かしでは、流れる時間が違い過ぎた。
季麗が一族を説得し、人間界に戻った時には、その女性は、人間の男と結婚し、孫までいた。
「約束したのに、アイツは、裏切って、別の…」
「違う」
ずっと黙っていたが、突然、そう呟くと、季麗の声が止まった。
「その人は、きっと、待っていたかった。でも、出来なかったんだと思う」
妖かしと違い、人は、生きられる時間に限りがある。
更に、人には、そんな短い時間の中には、大切なモノが沢山ある。
だからこそ、それらと共に懸命に生きる。
「限りある命の中で、家族を安心させたいと思う人もいる」
生い先短い両親の為、好きでもない人と結婚することも、相手に、別に好い人が現れることもある。
そんな考えを持ち、必死に自分の想いを隠して、生きている人もいる。
「どれくらいの時を過ごしても、人は、本当に、好きになった人を忘れるなんて出来ない」
時には、相手を想い過ぎて、裏切りたくなくても、裏切る形になってしまうこともある。
「ただ、それだけのことかもしれない。それにね?人は、本気で好きになったら、相手にとって、一番の幸せを願うもんなんだよ?」
相手が幸せなら、それで良い。
だから、自分も幸せになろうと、必死になる人もいる。
「その人は、不幸そうだった?ちゃんと、笑えてなかった?きっと、そんなことないはずだよ?」
その女性も、ずっと季麗を想い、いつか会いに来てくれた時、自分も、幸せになれたのだと、笑って話せるのを願い、待っていたのかもしれない。
「季麗に、少しでも安心して欲しかった。笑って欲しかった」
人は、短い時間の中で、何度も幸福を味わい、何度も涙を流す。
本当に、相手を想うならば、叶わない想いも、叶えてはならない想いも、自分の胸の奥底に押し込めて、生きようとする。
それが人を強くする。
愛し、愛され、想い、想われ、願い合い、いつか、互いに幸福となる。
そして、多くの奇跡が、産まれ、いつか消えて逝く。
その中で、様々な形の幸福が存在する。
どんな形を選ぶかは、他人じゃなくて本人次第。
「その女性が幸せなら、季麗は、それを胸に抱いて、強く生きなきゃ。その女性の幸福は、崩れ去ってしまう。よ?」
顔の横に置かれていた手に拳が握られ、小刻みに震えた。
「…何故…俺は…妖かしなんだ…」
密かに、視線を向けると、季麗は、大粒の涙を流していた。
「そんなこと分かんないよ」
季麗は、背中に額を着け、静かに泣き始めた。
「でもさ。過去を振り返って憎むより、これからを見据えて進む方が、大事だと思うよ?」
頷くように、何度も頭を動かし、静かに流れる時の中で、季麗の止まっていた時間が動き始めた。
「ありがとう。皆が、羨ましがるような、立派なのを作るから。ね?」
振り返ると、季麗達も、優しく微笑んで頷いた。
その優しさに、子供に戻ったように、皇牙の体に飛び付いた。
「…皇牙さんって、優しいですよね~。本当は、二人だけで、材料探したかったのに、私が怪我したから、皆さんを呼んだんですもんね?」
驚く皇牙を見上げ、悪戯心に火が点いた。
「あ。それ言っちゃ…」
「そうゆう事か」
「皇牙。ちょっと、込み入った話をしましょうか」
「それは、ちょっと遠慮したいな~」
引き攣った笑顔を浮かべ、抱き付く手を優しく取り払い、皇牙は、大樹の裏手に向かって走った。
「逃げんな!!」
その後を羅偉が追い、逆側に、季麗と雪椰が回り込む。
「二人は、行かないんですか?」
「今追わなくても、後で話せますからね」
「それに、今は、この枝をどうするかだ」
「なら、良い手がありますよ?」
現実主義の菜門と影千代が、首を傾げる間に並び、二人を見上げた。
「良い手?」
「はい。私が、これに乗るんです」
二人は、目を大きくして、盛大な溜め息をついた。
「危ないと思いますが…」
「大丈夫ですよ。斑尾で慣れてるので」
ニッコリ笑うと、二人は、呆れたように微笑んだ。
「それで?どうやるんだ」
「まずは、傷まないように、古木の皮を巻き付けて…」
後ろで、正座をした皇牙に、三人が説教してる中、二人と一緒に、森から出る為の準備を始めた。
「…出来た~」
帰りの支度が整うと、説教も終わり、グッタリした様子で、皇牙達も戻ってきた。
「何してんだ?」
「実は…」
「じゃ、影千代さん。よろしくお願いします」
菜門と羅偉が話してるのを無視して、手を振ると、影千代は、溜め息をついて、枝にくくりつけた蔦を持ち、翼を広げた。
「なぁ…これってまさか…」
「そのまさかです」
「んじゃ、行ってみよう」
枝に股がって、掛け声を上げると、古木の皮を巻き付けた枝が動き始めた。
「さ。行きますよ」
「マジかよ」
影千代に引かれ、枝が地面を滑り、来た獣道を進み始めると、季麗達も走り始め、里に向かい、森を抜けて行く。
斑尾の背に乗り、何処までも、遠くに行った。
あの暖かい背中から落ちたことも、森の中を通り抜けたことも、高い空を飛んだこともある。
護人の役目を果たす為、斑尾の背中に乗り、飛び回っている為、森の中を通り抜けるくらい、どうってことない。
落ちる事なく、枝に乗っていると、季麗達は、走りながらも、驚いた顔をしていた。
来た時の半分くらいの時間で、里に戻ると、早速、大樹の枝を加工し、提灯を造り始めた。
「好きな大きさに、出来んだぞ」
羅偉の手元には、大きな骨組みがあった。
「お前、んなに小さくて良いのか?」
本来よりも、二回り小さい骨組みを組み立てていると、羅偉が手元を覗き込むと、季麗や影千代も、視線を上げた。
「本当ですね」
「羅偉が、使い過ぎなんじゃないのか」
「んな事ねぇよ」
「足りないならありますよ?」
首を振り、手の中にある骨組みを見つめた。
「想いは大きさじゃない。だから、私は、私が出来るくらいの大きさで良いんです」
「そうですね」
ニッコリ微笑む菜門も、変わらない程の提灯を造ろうとしていた。
「菜門さんは、それで良いんですか?」
「そんなに大きいのは、造れませんので」
菜門は、ほんのり頬を赤くさせ、苦笑いした。
「てか、菜門さん器用ですね」
菜門の骨組みは、ほとんど出来上がっていた。
「ここ。どうなってんるです?」
「ここは、こうして…」
菜門の隣に座り、手を貸してもらいながら、組み立てを再開すると、羅偉は、自分の手元を見つめた。
「そこは、そうじゃなくて、こう…」
普通の提灯と同じくらいにしていた影千代や雪椰も、ほとんど出来上がっていた為、手を貸し始めた。
それを見ていた羅偉は、骨組みを直し始めた。
「造り直すの?」
「あぁ」
「不器用な小鬼に出来るのか?」
「うっせぇ」
季麗に小馬鹿にされても、羅偉は、真面目に組み立てを始め、その後は、静かに提灯を造った。
朱雀達が、様子を見に来ては、真剣に作業をしてる様子に、クスクスと笑っていた。
あとは、和紙を張り付けるだけで、骨組みを完全に造り上げると、一旦、休憩することになり、炊事所に向かった。
二人の妖かしが、作業をしていたが、顔を出すと、驚いた顔をして、その手を止めた。
「すみません。何か飲み物を頂けますか?」
「えぇ」
茶を淹れる隣から、カタンカタンと、心地良い音が響く。
「何してるんですか?」
「紙を作ってるんですよ」
この時期になると、里の紙が、減少してしまう為、足りない分は、自分達の手で作る。
「へぇ。じゃ、これを提灯に使う事もあるんですか?」
お茶を受け取りながら、視線を向けると、茶を差し出してくれた妖かしは、苦笑いを浮かべた。
「えぇ。今、その為に作ってるんですよ」
お茶を一口飲みながら、紙を作る妖かしの背中を見つめた。
「紙って、何で作るんですか?」
「草や木の皮を使って作ります」
「それなら、あの皮からも作れますよね?」
外の皮を指差すと、妖かしは、不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「えぇ…まあ」
「そっか。私も作りたいです」
紙を作っていた妖かしも、驚いて、その手を止めて振り返った。
「今からじゃ、間に合うか分かりませんよ?」
「それに、朱雀様が、和紙を御用意しております」
「でも、あれで、作りたいんですよね」
「何故ですか。折角、篠様が…」
「だって、私達の為に、自分を犠牲にしてくれたんだから、全部、使ってあげたいじゃないですか」
己を犠牲にして、他者を想い、託された物ならば、余すことなく、使い果たすのが、託された者の役目だ。
周囲からすれば、ただの我儘に感じるかもしれないが、託した者の全てを受け入れると、覚悟を決めて、それを手に取ったのだから、その役目は果たさなくてはならない。
「…分かりました。では、一緒に作りましょうか」
視線を向けると、二人は、眉を寄せながらも、笑みを浮かべていた。
「有難うございます」
「それでは、早速、まずは、あの皮を蒸らして…」
二人に教わりながら、紙を作り、乾くまでの間、そっと、屋敷を抜け出し、ブラブラと、里を歩いていた。
「蓮ちゃん!!」
宛もなく歩いていると、雪姫と修螺に出会した。
「久し振り。元気?」
「うん。蓮ちゃんも、月下の日和に参加するの?」
「まぁね。二人も、参加するんでしょ?」
「うん」
二人は、頬を薄桃色に染めて、嬉しそうに笑った
「ところでさ。提灯に書く詩って、どうゆうのが良いの?」
「何でも良いんだよ」
「別に、決まりはないよ?」
「へぇ。二人は、どんなの書いたの?」
「それは、ひみつ~」
「なんでよ。教えてくれてもいいじゃん」
「違うんだよ。提灯の詩は、人に教えちゃいけない。その代わり、見せることは出来るんだよ」
「へぇ。なんで?」
「正確には、口に出しちゃいけないんだって」
「あ。だから、見せるのは良いんだ。でも、なんで?」
言の葉には、霊が宿り、口から出してしまうと、想いが消えてしまう。
亡くなった者に届けるまでは、想いを消してはならない。
それが、死者への礼儀だとされている。
「そっか。そこまで、しっかりしてるんだね」
「でも、最近じゃ、自慢するみたいに、言って回る人もいるんだよね」
「そうなの?」
「うん。実はね?私も、前は、言ってたんだ」
「僕も。お母さんに聞かせてた」
「まぁ、言いたくなるよね」
「でも、もう絶対言わない」
「どうして?」
雪姫は、師範の話を聞き、死者が抱いていた想いが、生きている者にとって、どれだけ大事かを知り、その話を聞いた修螺も、それを大事にしたいと考えたのだ。
「母さんは、ずっと、僕の父さんは、出稼ぎで、遠くにいるんだって言ってたけど、本当は、もう亡くなってるんだって。だから、僕は、父さんに向けて、絶対、届けてあげたいんだ」
「私も。ずっとずっと、昔に亡くなった人に届けてあげたいの」
「そっか。では、参考にも、二人の提灯、見せて下さい」
頭を下げると、二人は、頬を赤く染めて、ニッコリ笑った。
「うん」
「良いよ。こっち」
二人に手を引かれ、古民家の裏手で、誰の目にも触れないような場所に、仲良く並んでいる提灯の前に来た。
「右が私ので、左が修螺のだよ」
雪姫の提灯には、当たり障りのない詩が描かれ、修螺の提灯には、見た事のない父を想い、己の事、これからの事が、短い文章に込められていた。
「二人共、スゴいね。有り難う」
「どういたいまして」
頬を染めて笑う二人に、微笑みを返しながら、周りに視線を走らせた。
「ねぇ。提灯見るのに、断りっているの?」
「私達みたいに、隠すようにしてるのは、聞かなきゃダメだけど、表に吊るしてるのは、見ても大丈夫だよ」
ここに来るまでの間、何個か、堂々と、軒先に吊るしてあった。
「じゃ、僕ら、手伝いがあるから、もう行くね?」
「うん。色々、有り難うね」
手を振り合い、二人と別れてから、軒先に吊るされた提灯を見て回り、日も暮れ始めてから、静かに屋敷に戻った。
「…何処行ってたんだ」
だが、運悪く、葵に見付かってしまった。
「え~と~」
誤魔化しの言葉を考えていると、葵は、大きな溜め息をついた。
「もう少し考えてから行動しろ」
「すみません」
「…まったく…こっちの気も知らないで…」
首を傾げると、葵は、焦った顔をして、視線を反らした。
「…ところで、ちょっと、お願いが…」
「何してんだ」
そこに、朱雀達も集まった。
「お前。何処行ってたんだ」
「ちょっと、その辺をお散歩に」
「阿呆」
「蓮花さんがいなくて、大変だったんですよ?」
「すみません。あ。そうだ。皆さんは、提灯作りましたか?」
「いや。俺らは作らない」
「何故です?」
「んな余裕ないからな。提灯が、どうかしたのか」
「実は、詩を…」
「自分で考えろ」
「ですよね~。参考までに、皇牙さん達の詩が見たいんですけど」
「もう屋敷だ」
季麗達の提灯は、それぞれの屋敷に運ばれてしまい、見ることが出来なかった。
「え~。早くないですか?」
「さぁな。当日を楽しみにしてろ」
「別に、見せてくれても良いじゃないですか」
「それなら、屋敷にいらして下さい。軒先に吊るして置きますから」
哉代が悪戯っ子のような笑みを浮かべると、朱雀達も、意地悪な笑みを浮かべて頷いた。
朱雀達は、自分達の住んでる所にも、来て欲しいのだ。
「…分かりました。じゃ、今夜中には、見せてもらいますからね?」
ニッコリ笑うと、六人は、首を傾げた。
「てか、皆さん、怒ってました?」
「だいぶな」
「…私、もう一回…」
「大丈夫ですよ。誤魔化しときましたから。それよりも、食事になりますから、早く行きますよ」
ホッと胸をなで下ろし、朱雀達と一緒に、和室に向かうと、夕食の準備が整えられ、季麗達が待っていた。
「よく寝れた?」
「はい。ぐっすりと」
ニッコリ笑って、合わせると、六人が、安心したような雰囲気になり、朱雀達が、どんな誤魔化し方をしたか気になるが、さっさと座って、手を合わせた。
「いただきます」
「今日も、いっぱい食べてくださいね?」
哉代の一言に、吹き出してしまいそうになり、無理矢理、飲み込むと、咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
「だい…じょぶ…」
涙目になりながら、朱雀に視線を向けると、一瞬、ニヤリと笑って、ご飯を口に運んだ。
そのままだと、墓穴を掘りそうだった。
「…ごちそうさまでした」
「もう良いの?」
「はい。まだ提灯が出来てないので」
「あ…行っちまった…」
急いで、部屋に逃げ込み、骨組みに作った紙を貼り付け始めたが、隙間なく、球体に貼り付けるのは、意外と難しく、時間が掛かり、終わる頃には、季麗達が、それぞれの屋敷に帰っていた。
「…よし」
背伸びをしてから、屈伸運動をし、生け垣を越え、隣の屋根に飛び乗った。
屋根から屋根に飛び移り、まずは、里の外れの方にある座敷わらし達が、住んでいる一角に向かった。
屋敷の二階、窓の前にある手すりに乗り、障子を優しく叩くと、哉代が、顔を出し、驚いた顔をした。
「こんばんは」
固まっている哉代に微笑んで、部屋の中に吊るされている提灯を指差した。
「約束でしたよね?」
「え?…あぁ。はい」
哉代は、提灯を手にして戻り、詩を向けて見せた。
遠き君へ
この身焦がす
想いなれど
儚き時よ
永久となれ
菜門らしい、優しい詩だ。
だが、その詩には、他の想いも込められている。
「お上手ですね。有り難うございました」
「いえ。これから、どちらに?」
「とりあえず、ここから、近い順に回ってみようと思います」
「そうですか。では、お気を付けて」
「はい。それでは、おやすみなさい」
空に飛び立つように、手すりから、飛び降りると、哉代は、焦ったように下を覗いた。
植えてある木から屋根に移り、そのまま、闇の中に消えた姿は、妖かしのようで、哉代は、苦笑いを浮かべると、静かに障子を締めた。
次に、葵の所に向かった。
天狗族の屋敷は、平屋が、渡り廊下で繋がっているような造りで、とても楽に移動が出来た。
葵の部屋の窓を叩き、葵が顔を出すと、そこには誰も居ない。
不思議そうに、首を傾げる目の前に、屋根からぶら下がって現れると、葵は、引き吊った顔をした。
「こんばんは。約束の物を見に来ました」
逆さまになって、ニッコリ笑うと、葵は、盛大に息をついて、屋敷の中を指差した。
「影千代様のお部屋の前だ。好きに見て行け」
「分かりました。有り難うございます。おやすみなさい」
一旦、地面に降り立ち、再び屋根に飛んで、影千代の気配を辿った。
「…猿か」
呆れた葵の呟きも気にせず、影千代の提灯を探し、見付けると、本人には、知られないように、静かに詩を見た。
優しき人よ
強き想い
永遠なる
時となれ
影千代の詩にも、何か別の想いが感じ取れる。
首を傾げてから、その場を離れ、篠の所に来たが、声を掛ける事なく、皇牙の提灯を見付けた。
「どうしよっかな」
その時、背後に気配を感じ、急いで振り返ると、篠が、近くの木に寄り掛かっていた。
「本当に来たんだな」
「えぇ。自分から言ったので…見ても良いですか?」
「あぁ」
背の高い篠は、提灯を傾け、見やすいようにしてくれる。
明日は
我が身と
想いても
君が遠く
離れゆく
「…皇牙さんらしいですね。有り難うございました。それでは、おやすみなさい」
屋根に飛び乗り、また次を目指した。
「本当に人間なのか」
だが、人狼族の住処から、離れた屋根の上で、腕を組んで胡座で座った
「おい」
下に視線を向けると、羅雪が、ムッと、不機嫌そうな目付きで、見上げていた。
「こんばんは。こんな所で、何してるんですか?」
「散歩がてらの巡回だ。お前こそ、ここで何してる」
「次は、誰のを見に行こうかなと」
「次?」
「今、菜門さん、影千代さん、皇牙さんのを見て来たんですけど、他が同じくらい離れてるので、どうしようかな~と」
羅雪の目が大きくなり、驚きで、口元から力が抜けたが、盛大な溜め息をつき、乱暴に頭を掻いた。
「あまり、無茶な事をするんじゃない。お前に、もしもの事があれば、雪椰様が心配してしまう」
雪椰がと言いながらも、羅雪自身が心配していた。
「はぁ~い」
子供のような返事をすると、羅雪の眉間にシワが寄った。
「ところで、もう帰るんですか?」
そんな羅雪を無視して、首を傾げた。
「いや。まだ」
「あとどれくらいで帰ります?」
「一時間くらいだが…」
「じゃ、雪揶さんの所には、最後に行きますね。それじゃ」
「あ!!おい!!…まったく…」
羅雪の小言が始まる前に、次々に屋根を伝い、その場から離れた。
「さて、次に行こうかな」
飛び出した先へと、そのまま向かうと、城と呼ぶのが相応しい程、大きな屋敷が建てられていた。
「…困ったな」
二、三階くらいの高さまでなら、行けるかもしれないが、お目当ての人がいるのは最上階。
しかも、その側には、他の気配もあり、安易に近付くことが出来ない。
「捕まったら、ヤバいだろうしなぁ。いいや。次にしよっ」
木の枝から、その様子を見ていたが、屋敷に背中を向け、別の所に向かう。
そこも大きかったが、さっきの屋敷よりは、一回り小さい。
屋根と手すりを使い、茉の気配を辿り、廊下に誰も居ないのを確認してから襖を叩いた。
「誰だ」
予想していた通りの反応をした茉に、クスクス笑うと、勢い良く、襖が開けられた。
「お前…どうやって…」
「こんばんは。お約束の物を見せて頂けますか?」
わざとかしこまったような言い方をすると、茉は、溜め息をついた。
「ついて来い」
その背中を追うと、一つ上の階に移動し、茉は、一室の襖を開けた。
そこには、屏風や壺など、多くの物が、所狭しと並んでいた。
「なんか、凄いですね」
「全部、羅偉様の作品だ」
「マジで!?凄いなぁ~」
作品に触らないように、浴衣を押さえながら、奥へと進むと、羅偉の提灯が飾られていた。
「見えるか?」
「大丈夫です」
提灯の前に屈み、一度、目を閉じてから、羅偉の詩を見た。
優しき時
暖かな日々
隣にあるは
儚き想いと
貴き誓い
力強く、優しい響きには、ちゃんと死者への想いが込められ、羅偉らしい詩に、微笑みが漏れた。
「素敵…有り難うございました」
茉は、満足そうに微笑んだ。
入ってきた時と同じように、慎重に部屋から出て、下の階に移動しようとしたが、階段の方から、バタバタと小走りする足音が聞こえた。
「それじゃ、おやすみなさい」
「あ!!…行っちまったか…」
近くの部屋に入り、障子を開け放ち、外に飛び出し、手すりと屋根を使い、庭先の木に移り、屋敷から離れた。
「茉!!今、だ…」
案の定、足音の正体は、羅偉だった。
あのまま、茉と一緒に居たら、確実に捕まっていただろう。
あまり長居すれば、勘のいい羅偉には、見付かってしまう。
さっさと、その場から離れ、さっきの城のような屋敷に戻った。
同じ木から、さっきの部屋を見上げ、誰も居ないのを確認し、気配を探すと、一階の奥の部屋にあった。
木を伝い、その部屋前まで移動し、静かに襖を叩いた。
「こんばんは。朱雀さん」
静かに襖が開き、朱雀は、溜め息を漏らした。
「なんだ」
「季麗の提灯を見に来ました。見せてもらえますか?」
「それなら、季麗様がお持ちだ」
「そうですか。有り難うございました」
頭を下げて、季麗の部屋に行こうとした。
「だが、やめた方がいい」
何度も瞬きをして、首を傾げると、朱雀は、首を振って、困ったような顔をした。
「今、来客中だ」
「そうでしたか。ん~…何時頃なら、大丈夫ですかね?」
「そうだな…さっき、来たばかりだから、短くても、二時間は、帰らんだろうな」
「あ~。分かりました。じゃ、大丈夫になったら、これを鳴らしてもらえますか?」
鈴を渡すと、朱雀は、一振りして、音を鳴らしてみた。
「別にいいが、こんなに、小さくて聞こえるのか?」
「大丈夫です。それでは、お願いします」
暗闇に紛れるように、庭の茂みに入り、羅雪の所に向かって、屋根の上を移動した。
雪人族の住処は、何処よりも寒い。
外にいると、手先が悴み、吐き出される息も白くなる。
「…うぅ…寒っ!!ムリっ!!」
周りに結界を張り、その中だけに熱を集めた。
「…よし…」
手足の感覚が戻り始め、暖かくなってから、羅雪の所に向かった。
真っ白の外壁に、雪人族の肌の白さが重なる。
少し離れた所から、羅雪の気配を探したが、見付からない。
「蓮花さん」
首を傾げていると、下から聞こえた声に、心臓が、ドキッと飛び跳ね、ビクッと肩を揺らしながら、視線を向けた。
「こんばんは。羅雪なら、また出掛けましたよ」
優しく、愛しそうに、目を細めた雪椰がいた。
「こんばんは」
「提灯は、準備してあるので、ご覧になりますか?」
朱雀からの知らせもなく、その誘いを受けようと、ニコニコと笑う雪椰の前に飛び降りた。
「では、お邪魔します」
「どうぞ」
雪椰に連れられ、屋敷に入ると、多くの雪人族が出迎え、広い部屋に通された。
「寒かったでしょう。どうぞ」
雪椰が徳利を持ち、お猪口を差し出した。
「どうも」
お猪口に注がれた酒は生緩い。
熱に弱い雪人族にとっては、これが熱燗なのだ。
「雪椰さん。提灯…」
「護人様」
提灯の事を聞こうとした時、雪人族の長老が現れた。
「この度は、わざわざ、ご足労頂き、誠に有り難うございます」
深々と、下げられる頭を何としよう。
「こちらこそ、夜分遅くに、申し訳ありません」
「いえいえ。どうぞ。ゆっくりして下さい」
長老も雪椰も、帰す気はない。
「でも、あまり長居してしまうと、ご迷惑に…」
「そんな事ないですよ」
雪椰だけでなく、周りにいる雪人達は、嬉しそうに、頬を染めて微笑んでいた。
「じゃ~…ちょっとだけ」
そんな微笑みを見せられては、断りたくても断れなくなるもので、夜遅くから始まった宴会は、朱雀の鈴の音が、聞こえるまで続いた。
「ごめんなさい。そろそろ行かないと」
立ち上がると、雪椰も、一緒に立ち上がり 、自分の部屋へと招いた。
部屋の片隅に、お目当ての提灯が置かれていて、微笑む雪椰に、手で促され、詩を見た。
風吹かれ
藤香り
思い出すは
儚き記憶と
淡き想い
思い出が中心となり、それとなく、死者に宛てたように見える詩には、雪椰だけが、知っていることがあった。
当時の雪椰は、雪姫と同じように、雪が上手く降らせられず、一人で練習していた為、藤の花が咲く中を雪がハラハラと舞っていた。
その光景が不思議で、祖父に黙って、森に入ると、一人で空に向かい、手を伸ばす男の子を発見した。
それが、雪椰との出会いだった。
急に振り返った雪椰は、目を開き、驚いた顔をした
『…あの…ぼく…』
雪椰が逃げようと走り出し、勘違いした。
『待って!!待ってよ!!』
同じように、人には分からないモノが分かり、人には見えないモノが見えると、勝手に思い込んだ。
互いが互いのことを知らぬまま、仲良くなり、途中、人ではないと分かったが、それでも遊んでいた。
「…藤か…」
懐かしさで、呟いてしまい、慌てて口元を押さえたが、雪椰は、目を細めて、冷たい表情になった。
「やっぱり。何故ですか」
「何…がでしょう?」
「知らないフリをしてたでしょう。何故ですか」
「えっと~…家に来た時、なんか、他人です。みたいな顔してたから、触れられたくないのかな~と、思いまして」
言い訳をすると、雪椰は、大きな溜め息をついた。
「それに…嫌な別れ方したから…」
明日には、その地を離れることになっていた為、勿忘草を持って行き、全てを打ち明けた。
『…人…?あなたが…人なんて…嘘…ですよね?冗談ですよね?』
純粋な雪椰が涙を浮かべ、必死に否定する姿が、苦しくなる程、悲しそうだった。
『…ねぇ…』
『なに?なんで、そんな必死になってるの?馬鹿じゃない?今まで騙されててくれてありがとう。楽しかったよ』
持っていた勿忘草を投げ付け、わざと嫌われようと酷いことを言い、逃げるように走り去った。
そうすれば、雪椰は、人を嫌い、二度と哀しむことも、苦しむこともないと、幼いながらに考えた結果、そんな嫌な別れ方を選んだ。
「…分かってましたよ。わざとだって」
雪椰は、困ったように微笑み、哀しそうに眉尻を下げた。
「確かに、最初は、裏切られたと思いました。あの時は、嘘でもいいから、冗談だと言って欲しいとも思いました。でも、投げ付けられた勿忘草で、そんな人じゃない。何か理由があると思ったんです」
次の日。
雪椰は、その理由を聞きに行ったが、目の前を通り過ぎた車に、その横顔が見え、その全てを知った。
「私にわざと嫌われようした。まだ、人を深く知らない私を守ってくれたんだなと」
「…有り難うございます」
その後、ほんの少しだけ、昔に戻ったように、手を振り合って別れ、闇夜に紛れながら、朱雀の所に向かった。
屋敷に着いて、そのまま、季麗の部屋に向かい、障子の隙間から中を覗いた。
中央に布団が敷かれ、その奥に、提灯が置かれているのを確認して、足音を消すように近付いた。
「…季麗…だろか」
そんな時、隣の部屋から漏れる微かな声に聞き耳を立てた。
「仕方ない事だ。季麗様は、これでしか、あの苦しみを忘れられないんだ」
「だが、これでは、あまりにも悲しすぎる」
「そうかもしれんが、どうしようもないことだ」
「だからって、毎晩、女を抱いたところで、何も変わらないのだぞ?」
これ以上は、季麗の過去を知ってしまいそうで、聞かないように耳を塞ぎ、目の前の提灯の詩を見た。
しかし、そこには、何も書かれていなかった。
溜め息と共に部屋から出ようとしたが、何かが足に絡み、引っ張られるような感覚がし、驚いたと同時に畳に倒れた。
「…部屋に忍び込んでおきながら、そのまま帰るなど、無礼にも程があるぞ」
背中に重みが掛かり、すぐ近くに聞こえた声で、体が硬直した。
「知りたくないのか?俺の過去を」
「私には関係ない」
季麗は、構わずに語り始めた。
数十年前。
季麗は、初めての人間界で緊張していた。
一年間、人間界で、バレないように生活することが、学問所の卒業課題だった。
その課題の中で、季麗は、一人の女性と出会った。
家柄や地位などで、近付く女妖と違い、その女性は、純粋に、季麗の事を好いていた。
季麗も、そんな女性に惹かれ、互いに想い合い、一緒にいたいと願った。
そんな二人には、一年という時間は短過ぎた。
『…すまない。だが、必ず帰る。待っていてくれ』
『分かった。待ってるわ』
約束してから、季麗は、一度里に戻ったが、人間と妖かしでは、流れる時間が違い過ぎた。
季麗が一族を説得し、人間界に戻った時には、その女性は、人間の男と結婚し、孫までいた。
「約束したのに、アイツは、裏切って、別の…」
「違う」
ずっと黙っていたが、突然、そう呟くと、季麗の声が止まった。
「その人は、きっと、待っていたかった。でも、出来なかったんだと思う」
妖かしと違い、人は、生きられる時間に限りがある。
更に、人には、そんな短い時間の中には、大切なモノが沢山ある。
だからこそ、それらと共に懸命に生きる。
「限りある命の中で、家族を安心させたいと思う人もいる」
生い先短い両親の為、好きでもない人と結婚することも、相手に、別に好い人が現れることもある。
そんな考えを持ち、必死に自分の想いを隠して、生きている人もいる。
「どれくらいの時を過ごしても、人は、本当に、好きになった人を忘れるなんて出来ない」
時には、相手を想い過ぎて、裏切りたくなくても、裏切る形になってしまうこともある。
「ただ、それだけのことかもしれない。それにね?人は、本気で好きになったら、相手にとって、一番の幸せを願うもんなんだよ?」
相手が幸せなら、それで良い。
だから、自分も幸せになろうと、必死になる人もいる。
「その人は、不幸そうだった?ちゃんと、笑えてなかった?きっと、そんなことないはずだよ?」
その女性も、ずっと季麗を想い、いつか会いに来てくれた時、自分も、幸せになれたのだと、笑って話せるのを願い、待っていたのかもしれない。
「季麗に、少しでも安心して欲しかった。笑って欲しかった」
人は、短い時間の中で、何度も幸福を味わい、何度も涙を流す。
本当に、相手を想うならば、叶わない想いも、叶えてはならない想いも、自分の胸の奥底に押し込めて、生きようとする。
それが人を強くする。
愛し、愛され、想い、想われ、願い合い、いつか、互いに幸福となる。
そして、多くの奇跡が、産まれ、いつか消えて逝く。
その中で、様々な形の幸福が存在する。
どんな形を選ぶかは、他人じゃなくて本人次第。
「その女性が幸せなら、季麗は、それを胸に抱いて、強く生きなきゃ。その女性の幸福は、崩れ去ってしまう。よ?」
顔の横に置かれていた手に拳が握られ、小刻みに震えた。
「…何故…俺は…妖かしなんだ…」
密かに、視線を向けると、季麗は、大粒の涙を流していた。
「そんなこと分かんないよ」
季麗は、背中に額を着け、静かに泣き始めた。
「でもさ。過去を振り返って憎むより、これからを見据えて進む方が、大事だと思うよ?」
頷くように、何度も頭を動かし、静かに流れる時の中で、季麗の止まっていた時間が動き始めた。
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この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
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クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
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友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
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最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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