黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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二十三話

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皇牙は、隣に並ぶと、その幹に触れ、大樹を見上げた。

「ありがとう。皆が、羨ましがるような、立派なのを作るから。ね?」

振り返ると、季麗達も、優しく微笑んで頷いた。
その優しさに、子供に戻ったように、皇牙の体に飛び付いた。

「…皇牙さんって、優しいですよね~。本当は、二人だけで、材料探したかったのに、私が怪我したから、皆さんを呼んだんですもんね?」

驚く皇牙を見上げ、悪戯心に火が点いた。

「あ。それ言っちゃ…」

「そうゆう事か」

「皇牙。ちょっと、込み入った話をしましょうか」

「それは、ちょっと遠慮したいな~」

引き攣った笑顔を浮かべ、抱き付く手を優しく取り払い、皇牙は、大樹の裏手に向かって走った。

「逃げんな!!」

その後を羅偉が追い、逆側に、季麗と雪椰が回り込む。

「二人は、行かないんですか?」

「今追わなくても、後で話せますからね」

「それに、今は、この枝をどうするかだ」

「なら、良い手がありますよ?」

現実主義の菜門と影千代が、首を傾げる間に並び、二人を見上げた。

「良い手?」

「はい。私が、これに乗るんです」

二人は、目を大きくして、盛大な溜め息をついた。

「危ないと思いますが…」

「大丈夫ですよ。斑尾で慣れてるので」

ニッコリ笑うと、二人は、呆れたように微笑んだ。

「それで?どうやるんだ」

「まずは、傷まないように、古木の皮を巻き付けて…」

後ろで、正座をした皇牙に、三人が説教してる中、二人と一緒に、森から出る為の準備を始めた。

「…出来た~」

帰りの支度が整うと、説教も終わり、グッタリした様子で、皇牙達も戻ってきた。

「何してんだ?」

「実は…」

「じゃ、影千代さん。よろしくお願いします」

菜門と羅偉が話してるのを無視して、手を振ると、影千代は、溜め息をついて、枝にくくりつけた蔦を持ち、翼を広げた。

「なぁ…これってまさか…」

「そのまさかです」

「んじゃ、行ってみよう」

枝に股がって、掛け声を上げると、古木の皮を巻き付けた枝が動き始めた。

「さ。行きますよ」

「マジかよ」

影千代に引かれ、枝が地面を滑り、来た獣道を進み始めると、季麗達も走り始め、里に向かい、森を抜けて行く。
斑尾の背に乗り、何処までも、遠くに行った。
あの暖かい背中から落ちたことも、森の中を通り抜けたことも、高い空を飛んだこともある。
護人の役目を果たす為、斑尾の背中に乗り、飛び回っている為、森の中を通り抜けるくらい、どうってことない。
落ちる事なく、枝に乗っていると、季麗達は、走りながらも、驚いた顔をしていた。
来た時の半分くらいの時間で、里に戻ると、早速、大樹の枝を加工し、提灯を造り始めた。

「好きな大きさに、出来んだぞ」

羅偉の手元には、大きな骨組みがあった。

「お前、んなに小さくて良いのか?」

本来よりも、二回り小さい骨組みを組み立てていると、羅偉が手元を覗き込むと、季麗や影千代も、視線を上げた。

「本当ですね」

「羅偉が、使い過ぎなんじゃないのか」

「んな事ねぇよ」

「足りないならありますよ?」

首を振り、手の中にある骨組みを見つめた。

「想いは大きさじゃない。だから、私は、私が出来るくらいの大きさで良いんです」

「そうですね」

ニッコリ微笑む菜門も、変わらない程の提灯を造ろうとしていた。

「菜門さんは、それで良いんですか?」

「そんなに大きいのは、造れませんので」

菜門は、ほんのり頬を赤くさせ、苦笑いした。

「てか、菜門さん器用ですね」

菜門の骨組みは、ほとんど出来上がっていた。

「ここ。どうなってんるです?」

「ここは、こうして…」

菜門の隣に座り、手を貸してもらいながら、組み立てを再開すると、羅偉は、自分の手元を見つめた。

「そこは、そうじゃなくて、こう…」

普通の提灯と同じくらいにしていた影千代や雪椰も、ほとんど出来上がっていた為、手を貸し始めた。
それを見ていた羅偉は、骨組みを直し始めた。

「造り直すの?」

「あぁ」

「不器用な小鬼に出来るのか?」

「うっせぇ」

季麗に小馬鹿にされても、羅偉は、真面目に組み立てを始め、その後は、静かに提灯を造った。
朱雀達が、様子を見に来ては、真剣に作業をしてる様子に、クスクスと笑っていた。
あとは、和紙を張り付けるだけで、骨組みを完全に造り上げると、一旦、休憩することになり、炊事所に向かった。
二人の妖かしが、作業をしていたが、顔を出すと、驚いた顔をして、その手を止めた。

「すみません。何か飲み物を頂けますか?」

「えぇ」

茶を淹れる隣から、カタンカタンと、心地良い音が響く。

「何してるんですか?」

「紙を作ってるんですよ」

この時期になると、里の紙が、減少してしまう為、足りない分は、自分達の手で作る。

「へぇ。じゃ、これを提灯に使う事もあるんですか?」

お茶を受け取りながら、視線を向けると、茶を差し出してくれた妖かしは、苦笑いを浮かべた。

「えぇ。今、その為に作ってるんですよ」

お茶を一口飲みながら、紙を作る妖かしの背中を見つめた。

「紙って、何で作るんですか?」

「草や木の皮を使って作ります」

「それなら、あの皮からも作れますよね?」

外の皮を指差すと、妖かしは、不思議そうな顔をして、首を傾げた。

「えぇ…まあ」

「そっか。私も作りたいです」

紙を作っていた妖かしも、驚いて、その手を止めて振り返った。

「今からじゃ、間に合うか分かりませんよ?」

「それに、朱雀様が、和紙を御用意しております」

「でも、あれで、作りたいんですよね」

「何故ですか。折角、篠様が…」

「だって、私達の為に、自分を犠牲にしてくれたんだから、全部、使ってあげたいじゃないですか」

己を犠牲にして、他者を想い、託された物ならば、余すことなく、使い果たすのが、託された者の役目だ。
周囲からすれば、ただの我儘に感じるかもしれないが、託した者の全てを受け入れると、覚悟を決めて、それを手に取ったのだから、その役目は果たさなくてはならない。

「…分かりました。では、一緒に作りましょうか」

視線を向けると、二人は、眉を寄せながらも、笑みを浮かべていた。

「有難うございます」

「それでは、早速、まずは、あの皮を蒸らして…」

二人に教わりながら、紙を作り、乾くまでの間、そっと、屋敷を抜け出し、ブラブラと、里を歩いていた。

「蓮ちゃん!!」

宛もなく歩いていると、雪姫と修螺に出会した。

「久し振り。元気?」

「うん。蓮ちゃんも、月下の日和に参加するの?」

「まぁね。二人も、参加するんでしょ?」

「うん」

二人は、頬を薄桃色に染めて、嬉しそうに笑った

「ところでさ。提灯に書く詩って、どうゆうのが良いの?」

「何でも良いんだよ」

「別に、決まりはないよ?」

「へぇ。二人は、どんなの書いたの?」

「それは、ひみつ~」

「なんでよ。教えてくれてもいいじゃん」

「違うんだよ。提灯の詩は、人に教えちゃいけない。その代わり、見せることは出来るんだよ」

「へぇ。なんで?」

「正確には、口に出しちゃいけないんだって」

「あ。だから、見せるのは良いんだ。でも、なんで?」

言の葉には、霊が宿り、口から出してしまうと、想いが消えてしまう。
亡くなった者に届けるまでは、想いを消してはならない。
それが、死者への礼儀だとされている。

「そっか。そこまで、しっかりしてるんだね」

「でも、最近じゃ、自慢するみたいに、言って回る人もいるんだよね」

「そうなの?」

「うん。実はね?私も、前は、言ってたんだ」

「僕も。お母さんに聞かせてた」

「まぁ、言いたくなるよね」

「でも、もう絶対言わない」

「どうして?」

雪姫は、師範の話を聞き、死者が抱いていた想いが、生きている者にとって、どれだけ大事かを知り、その話を聞いた修螺も、それを大事にしたいと考えたのだ。

「母さんは、ずっと、僕の父さんは、出稼ぎで、遠くにいるんだって言ってたけど、本当は、もう亡くなってるんだって。だから、僕は、父さんに向けて、絶対、届けてあげたいんだ」

「私も。ずっとずっと、昔に亡くなった人に届けてあげたいの」

「そっか。では、参考にも、二人の提灯、見せて下さい」

頭を下げると、二人は、頬を赤く染めて、ニッコリ笑った。

「うん」

「良いよ。こっち」

二人に手を引かれ、古民家の裏手で、誰の目にも触れないような場所に、仲良く並んでいる提灯の前に来た。

「右が私ので、左が修螺のだよ」

雪姫の提灯には、当たり障りのない詩が描かれ、修螺の提灯には、見た事のない父を想い、己の事、これからの事が、短い文章に込められていた。

「二人共、スゴいね。有り難う」

「どういたいまして」

頬を染めて笑う二人に、微笑みを返しながら、周りに視線を走らせた。

「ねぇ。提灯見るのに、断りっているの?」

「私達みたいに、隠すようにしてるのは、聞かなきゃダメだけど、表に吊るしてるのは、見ても大丈夫だよ」

ここに来るまでの間、何個か、堂々と、軒先に吊るしてあった。

「じゃ、僕ら、手伝いがあるから、もう行くね?」

「うん。色々、有り難うね」

手を振り合い、二人と別れてから、軒先に吊るされた提灯を見て回り、日も暮れ始めてから、静かに屋敷に戻った。

「…何処行ってたんだ」

だが、運悪く、葵に見付かってしまった。

「え~と~」

誤魔化しの言葉を考えていると、葵は、大きな溜め息をついた。

「もう少し考えてから行動しろ」

「すみません」

「…まったく…こっちの気も知らないで…」

首を傾げると、葵は、焦った顔をして、視線を反らした。

「…ところで、ちょっと、お願いが…」

「何してんだ」

そこに、朱雀達も集まった。

「お前。何処行ってたんだ」

「ちょっと、その辺をお散歩に」

「阿呆」

「蓮花さんがいなくて、大変だったんですよ?」

「すみません。あ。そうだ。皆さんは、提灯作りましたか?」

「いや。俺らは作らない」

「何故です?」

「んな余裕ないからな。提灯が、どうかしたのか」

「実は、詩を…」

「自分で考えろ」

「ですよね~。参考までに、皇牙さん達の詩が見たいんですけど」

「もう屋敷だ」

季麗達の提灯は、それぞれの屋敷に運ばれてしまい、見ることが出来なかった。

「え~。早くないですか?」

「さぁな。当日を楽しみにしてろ」

「別に、見せてくれても良いじゃないですか」

「それなら、屋敷にいらして下さい。軒先に吊るして置きますから」

哉代が悪戯っ子のような笑みを浮かべると、朱雀達も、意地悪な笑みを浮かべて頷いた。
朱雀達は、自分達の住んでる所にも、来て欲しいのだ。

「…分かりました。じゃ、今夜中には、見せてもらいますからね?」

ニッコリ笑うと、六人は、首を傾げた。

「てか、皆さん、怒ってました?」

「だいぶな」

「…私、もう一回…」

「大丈夫ですよ。誤魔化しときましたから。それよりも、食事になりますから、早く行きますよ」

ホッと胸をなで下ろし、朱雀達と一緒に、和室に向かうと、夕食の準備が整えられ、季麗達が待っていた。

「よく寝れた?」

「はい。ぐっすりと」

ニッコリ笑って、合わせると、六人が、安心したような雰囲気になり、朱雀達が、どんな誤魔化し方をしたか気になるが、さっさと座って、手を合わせた。

「いただきます」

「今日も、いっぱい食べてくださいね?」

哉代の一言に、吹き出してしまいそうになり、無理矢理、飲み込むと、咳き込んでしまった。

「大丈夫か?」

「だい…じょぶ…」

涙目になりながら、朱雀に視線を向けると、一瞬、ニヤリと笑って、ご飯を口に運んだ。
そのままだと、墓穴を掘りそうだった。

「…ごちそうさまでした」

「もう良いの?」

「はい。まだ提灯が出来てないので」

「あ…行っちまった…」

急いで、部屋に逃げ込み、骨組みに作った紙を貼り付け始めたが、隙間なく、球体に貼り付けるのは、意外と難しく、時間が掛かり、終わる頃には、季麗達が、それぞれの屋敷に帰っていた。

「…よし」

背伸びをしてから、屈伸運動をし、生け垣を越え、隣の屋根に飛び乗った。
屋根から屋根に飛び移り、まずは、里の外れの方にある座敷わらし達が、住んでいる一角に向かった。
屋敷の二階、窓の前にある手すりに乗り、障子を優しく叩くと、哉代が、顔を出し、驚いた顔をした。

「こんばんは」

固まっている哉代に微笑んで、部屋の中に吊るされている提灯を指差した。

「約束でしたよね?」

「え?…あぁ。はい」

哉代は、提灯を手にして戻り、詩を向けて見せた。

遠き君へ
この身焦がす
想いなれど
儚き時よ
永久となれ

菜門らしい、優しい詩だ。
だが、その詩には、他の想いも込められている。

「お上手ですね。有り難うございました」

「いえ。これから、どちらに?」

「とりあえず、ここから、近い順に回ってみようと思います」

「そうですか。では、お気を付けて」

「はい。それでは、おやすみなさい」

空に飛び立つように、手すりから、飛び降りると、哉代は、焦ったように下を覗いた。
植えてある木から屋根に移り、そのまま、闇の中に消えた姿は、妖かしのようで、哉代は、苦笑いを浮かべると、静かに障子を締めた。
次に、葵の所に向かった。
天狗族の屋敷は、平屋が、渡り廊下で繋がっているような造りで、とても楽に移動が出来た。
葵の部屋の窓を叩き、葵が顔を出すと、そこには誰も居ない。
不思議そうに、首を傾げる目の前に、屋根からぶら下がって現れると、葵は、引き吊った顔をした。

「こんばんは。約束の物を見に来ました」

逆さまになって、ニッコリ笑うと、葵は、盛大に息をついて、屋敷の中を指差した。

「影千代様のお部屋の前だ。好きに見て行け」

「分かりました。有り難うございます。おやすみなさい」

一旦、地面に降り立ち、再び屋根に飛んで、影千代の気配を辿った。

「…猿か」

呆れた葵の呟きも気にせず、影千代の提灯を探し、見付けると、本人には、知られないように、静かに詩を見た。

優しき人よ
強き想い
永遠なる
時となれ

影千代の詩にも、何か別の想いが感じ取れる。
首を傾げてから、その場を離れ、篠の所に来たが、声を掛ける事なく、皇牙の提灯を見付けた。

「どうしよっかな」

その時、背後に気配を感じ、急いで振り返ると、篠が、近くの木に寄り掛かっていた。

「本当に来たんだな」

「えぇ。自分から言ったので…見ても良いですか?」

「あぁ」

背の高い篠は、提灯を傾け、見やすいようにしてくれる。

明日は
我が身と
想いても
君が遠く
離れゆく

「…皇牙さんらしいですね。有り難うございました。それでは、おやすみなさい」

屋根に飛び乗り、また次を目指した。

「本当に人間なのか」

だが、人狼族の住処から、離れた屋根の上で、腕を組んで胡座で座った

「おい」

下に視線を向けると、羅雪が、ムッと、不機嫌そうな目付きで、見上げていた。

「こんばんは。こんな所で、何してるんですか?」

「散歩がてらの巡回だ。お前こそ、ここで何してる」

「次は、誰のを見に行こうかなと」

「次?」

「今、菜門さん、影千代さん、皇牙さんのを見て来たんですけど、他が同じくらい離れてるので、どうしようかな~と」

羅雪の目が大きくなり、驚きで、口元から力が抜けたが、盛大な溜め息をつき、乱暴に頭を掻いた。

「あまり、無茶な事をするんじゃない。お前に、もしもの事があれば、雪椰様が心配してしまう」

雪椰がと言いながらも、羅雪自身が心配していた。

「はぁ~い」

子供のような返事をすると、羅雪の眉間にシワが寄った。

「ところで、もう帰るんですか?」

そんな羅雪を無視して、首を傾げた。

「いや。まだ」

「あとどれくらいで帰ります?」

「一時間くらいだが…」

「じゃ、雪揶さんの所には、最後に行きますね。それじゃ」

「あ!!おい!!…まったく…」

羅雪の小言が始まる前に、次々に屋根を伝い、その場から離れた。

「さて、次に行こうかな」

飛び出した先へと、そのまま向かうと、城と呼ぶのが相応しい程、大きな屋敷が建てられていた。

「…困ったな」

二、三階くらいの高さまでなら、行けるかもしれないが、お目当ての人がいるのは最上階。
しかも、その側には、他の気配もあり、安易に近付くことが出来ない。

「捕まったら、ヤバいだろうしなぁ。いいや。次にしよっ」

木の枝から、その様子を見ていたが、屋敷に背中を向け、別の所に向かう。
そこも大きかったが、さっきの屋敷よりは、一回り小さい。
屋根と手すりを使い、茉の気配を辿り、廊下に誰も居ないのを確認してから襖を叩いた。

「誰だ」

予想していた通りの反応をした茉に、クスクス笑うと、勢い良く、襖が開けられた。

「お前…どうやって…」

「こんばんは。お約束の物を見せて頂けますか?」

わざとかしこまったような言い方をすると、茉は、溜め息をついた。

「ついて来い」

その背中を追うと、一つ上の階に移動し、茉は、一室の襖を開けた。
そこには、屏風や壺など、多くの物が、所狭しと並んでいた。

「なんか、凄いですね」

「全部、羅偉様の作品だ」

「マジで!?凄いなぁ~」

作品に触らないように、浴衣を押さえながら、奥へと進むと、羅偉の提灯が飾られていた。

「見えるか?」

「大丈夫です」

提灯の前に屈み、一度、目を閉じてから、羅偉の詩を見た。

優しき時
暖かな日々
隣にあるは
儚き想いと
貴き誓い

力強く、優しい響きには、ちゃんと死者への想いが込められ、羅偉らしい詩に、微笑みが漏れた。

「素敵…有り難うございました」

茉は、満足そうに微笑んだ。
入ってきた時と同じように、慎重に部屋から出て、下の階に移動しようとしたが、階段の方から、バタバタと小走りする足音が聞こえた。

「それじゃ、おやすみなさい」

「あ!!…行っちまったか…」

近くの部屋に入り、障子を開け放ち、外に飛び出し、手すりと屋根を使い、庭先の木に移り、屋敷から離れた。

「茉!!今、だ…」

案の定、足音の正体は、羅偉だった。
あのまま、茉と一緒に居たら、確実に捕まっていただろう。
あまり長居すれば、勘のいい羅偉には、見付かってしまう。
さっさと、その場から離れ、さっきの城のような屋敷に戻った。
同じ木から、さっきの部屋を見上げ、誰も居ないのを確認し、気配を探すと、一階の奥の部屋にあった。
木を伝い、その部屋前まで移動し、静かに襖を叩いた。

「こんばんは。朱雀さん」

静かに襖が開き、朱雀は、溜め息を漏らした。

「なんだ」

「季麗の提灯を見に来ました。見せてもらえますか?」

「それなら、季麗様がお持ちだ」

「そうですか。有り難うございました」

頭を下げて、季麗の部屋に行こうとした。

「だが、やめた方がいい」

何度も瞬きをして、首を傾げると、朱雀は、首を振って、困ったような顔をした。

「今、来客中だ」

「そうでしたか。ん~…何時頃なら、大丈夫ですかね?」

「そうだな…さっき、来たばかりだから、短くても、二時間は、帰らんだろうな」

「あ~。分かりました。じゃ、大丈夫になったら、これを鳴らしてもらえますか?」

鈴を渡すと、朱雀は、一振りして、音を鳴らしてみた。

「別にいいが、こんなに、小さくて聞こえるのか?」

「大丈夫です。それでは、お願いします」

暗闇に紛れるように、庭の茂みに入り、羅雪の所に向かって、屋根の上を移動した。
雪人族の住処は、何処よりも寒い。
外にいると、手先が悴み、吐き出される息も白くなる。

「…うぅ…寒っ!!ムリっ!!」

周りに結界を張り、その中だけに熱を集めた。

「…よし…」

手足の感覚が戻り始め、暖かくなってから、羅雪の所に向かった。
真っ白の外壁に、雪人族の肌の白さが重なる。
少し離れた所から、羅雪の気配を探したが、見付からない。

「蓮花さん」

首を傾げていると、下から聞こえた声に、心臓が、ドキッと飛び跳ね、ビクッと肩を揺らしながら、視線を向けた。

「こんばんは。羅雪なら、また出掛けましたよ」

優しく、愛しそうに、目を細めた雪椰がいた。

「こんばんは」

「提灯は、準備してあるので、ご覧になりますか?」

朱雀からの知らせもなく、その誘いを受けようと、ニコニコと笑う雪椰の前に飛び降りた。

「では、お邪魔します」

「どうぞ」

雪椰に連れられ、屋敷に入ると、多くの雪人族が出迎え、広い部屋に通された。

「寒かったでしょう。どうぞ」

雪椰が徳利を持ち、お猪口を差し出した。

「どうも」

お猪口に注がれた酒は生緩い。
熱に弱い雪人族にとっては、これが熱燗なのだ。

「雪椰さん。提灯…」

「護人様」

提灯の事を聞こうとした時、雪人族の長老が現れた。

「この度は、わざわざ、ご足労頂き、誠に有り難うございます」

深々と、下げられる頭を何としよう。

「こちらこそ、夜分遅くに、申し訳ありません」

「いえいえ。どうぞ。ゆっくりして下さい」

長老も雪椰も、帰す気はない。

「でも、あまり長居してしまうと、ご迷惑に…」

「そんな事ないですよ」

雪椰だけでなく、周りにいる雪人達は、嬉しそうに、頬を染めて微笑んでいた。

「じゃ~…ちょっとだけ」

そんな微笑みを見せられては、断りたくても断れなくなるもので、夜遅くから始まった宴会は、朱雀の鈴の音が、聞こえるまで続いた。

「ごめんなさい。そろそろ行かないと」

立ち上がると、雪椰も、一緒に立ち上がり 、自分の部屋へと招いた。
部屋の片隅に、お目当ての提灯が置かれていて、微笑む雪椰に、手で促され、詩を見た。

風吹かれ
藤香り
思い出すは
儚き記憶と
淡き想い

思い出が中心となり、それとなく、死者に宛てたように見える詩には、雪椰だけが、知っていることがあった。
当時の雪椰は、雪姫と同じように、雪が上手く降らせられず、一人で練習していた為、藤の花が咲く中を雪がハラハラと舞っていた。
その光景が不思議で、祖父に黙って、森に入ると、一人で空に向かい、手を伸ばす男の子を発見した。
それが、雪椰との出会いだった。
急に振り返った雪椰は、目を開き、驚いた顔をした

『…あの…ぼく…』

雪椰が逃げようと走り出し、勘違いした。

『待って!!待ってよ!!』

同じように、人には分からないモノが分かり、人には見えないモノが見えると、勝手に思い込んだ。
互いが互いのことを知らぬまま、仲良くなり、途中、人ではないと分かったが、それでも遊んでいた。

「…藤か…」

懐かしさで、呟いてしまい、慌てて口元を押さえたが、雪椰は、目を細めて、冷たい表情になった。

「やっぱり。何故ですか」

「何…がでしょう?」

「知らないフリをしてたでしょう。何故ですか」

「えっと~…家に来た時、なんか、他人です。みたいな顔してたから、触れられたくないのかな~と、思いまして」

言い訳をすると、雪椰は、大きな溜め息をついた。

「それに…嫌な別れ方したから…」

明日には、その地を離れることになっていた為、勿忘草を持って行き、全てを打ち明けた。

『…人…?あなたが…人なんて…嘘…ですよね?冗談ですよね?』

純粋な雪椰が涙を浮かべ、必死に否定する姿が、苦しくなる程、悲しそうだった。

『…ねぇ…』

『なに?なんで、そんな必死になってるの?馬鹿じゃない?今まで騙されててくれてありがとう。楽しかったよ』

持っていた勿忘草を投げ付け、わざと嫌われようと酷いことを言い、逃げるように走り去った。
そうすれば、雪椰は、人を嫌い、二度と哀しむことも、苦しむこともないと、幼いながらに考えた結果、そんな嫌な別れ方を選んだ。

「…分かってましたよ。わざとだって」

雪椰は、困ったように微笑み、哀しそうに眉尻を下げた。

「確かに、最初は、裏切られたと思いました。あの時は、嘘でもいいから、冗談だと言って欲しいとも思いました。でも、投げ付けられた勿忘草で、そんな人じゃない。何か理由があると思ったんです」

次の日。
雪椰は、その理由を聞きに行ったが、目の前を通り過ぎた車に、その横顔が見え、その全てを知った。

「私にわざと嫌われようした。まだ、人を深く知らない私を守ってくれたんだなと」

「…有り難うございます」

その後、ほんの少しだけ、昔に戻ったように、手を振り合って別れ、闇夜に紛れながら、朱雀の所に向かった。
屋敷に着いて、そのまま、季麗の部屋に向かい、障子の隙間から中を覗いた。
中央に布団が敷かれ、その奥に、提灯が置かれているのを確認して、足音を消すように近付いた。

「…季麗…だろか」

そんな時、隣の部屋から漏れる微かな声に聞き耳を立てた。

「仕方ない事だ。季麗様は、これでしか、あの苦しみを忘れられないんだ」

「だが、これでは、あまりにも悲しすぎる」

「そうかもしれんが、どうしようもないことだ」

「だからって、毎晩、女を抱いたところで、何も変わらないのだぞ?」

これ以上は、季麗の過去を知ってしまいそうで、聞かないように耳を塞ぎ、目の前の提灯の詩を見た。
しかし、そこには、何も書かれていなかった。
溜め息と共に部屋から出ようとしたが、何かが足に絡み、引っ張られるような感覚がし、驚いたと同時に畳に倒れた。

「…部屋に忍び込んでおきながら、そのまま帰るなど、無礼にも程があるぞ」

背中に重みが掛かり、すぐ近くに聞こえた声で、体が硬直した。

「知りたくないのか?俺の過去を」

「私には関係ない」

季麗は、構わずに語り始めた。
数十年前。
季麗は、初めての人間界で緊張していた。
一年間、人間界で、バレないように生活することが、学問所の卒業課題だった。
その課題の中で、季麗は、一人の女性と出会った。
家柄や地位などで、近付く女妖と違い、その女性は、純粋に、季麗の事を好いていた。
季麗も、そんな女性に惹かれ、互いに想い合い、一緒にいたいと願った。
そんな二人には、一年という時間は短過ぎた。

『…すまない。だが、必ず帰る。待っていてくれ』

『分かった。待ってるわ』

約束してから、季麗は、一度里に戻ったが、人間と妖かしでは、流れる時間が違い過ぎた。
季麗が一族を説得し、人間界に戻った時には、その女性は、人間の男と結婚し、孫までいた。

「約束したのに、アイツは、裏切って、別の…」

「違う」

ずっと黙っていたが、突然、そう呟くと、季麗の声が止まった。

「その人は、きっと、待っていたかった。でも、出来なかったんだと思う」

妖かしと違い、人は、生きられる時間に限りがある。
更に、人には、そんな短い時間の中には、大切なモノが沢山ある。
だからこそ、それらと共に懸命に生きる。

「限りある命の中で、家族を安心させたいと思う人もいる」

生い先短い両親の為、好きでもない人と結婚することも、相手に、別に好い人が現れることもある。
そんな考えを持ち、必死に自分の想いを隠して、生きている人もいる。

「どれくらいの時を過ごしても、人は、本当に、好きになった人を忘れるなんて出来ない」

時には、相手を想い過ぎて、裏切りたくなくても、裏切る形になってしまうこともある。

「ただ、それだけのことかもしれない。それにね?人は、本気で好きになったら、相手にとって、一番の幸せを願うもんなんだよ?」

相手が幸せなら、それで良い。
だから、自分も幸せになろうと、必死になる人もいる。

「その人は、不幸そうだった?ちゃんと、笑えてなかった?きっと、そんなことないはずだよ?」

その女性も、ずっと季麗を想い、いつか会いに来てくれた時、自分も、幸せになれたのだと、笑って話せるのを願い、待っていたのかもしれない。

「季麗に、少しでも安心して欲しかった。笑って欲しかった」

人は、短い時間の中で、何度も幸福を味わい、何度も涙を流す。
本当に、相手を想うならば、叶わない想いも、叶えてはならない想いも、自分の胸の奥底に押し込めて、生きようとする。
それが人を強くする。
愛し、愛され、想い、想われ、願い合い、いつか、互いに幸福となる。
そして、多くの奇跡が、産まれ、いつか消えて逝く。
その中で、様々な形の幸福が存在する。
どんな形を選ぶかは、他人じゃなくて本人次第。

「その女性が幸せなら、季麗は、それを胸に抱いて、強く生きなきゃ。その女性の幸福は、崩れ去ってしまう。よ?」

顔の横に置かれていた手に拳が握られ、小刻みに震えた。

「…何故…俺は…妖かしなんだ…」

密かに、視線を向けると、季麗は、大粒の涙を流していた。

「そんなこと分かんないよ」

季麗は、背中に額を着け、静かに泣き始めた。

「でもさ。過去を振り返って憎むより、これからを見据えて進む方が、大事だと思うよ?」

頷くように、何度も頭を動かし、静かに流れる時の中で、季麗の止まっていた時間が動き始めた。
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