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二十四話
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泣いていた季麗が寝てしまい、動けなくなってしまった。
「…ツラっ」
うつ伏せのまま、季麗の重みを支えていると、肺や胃が痛くなり、脱け出そうとしていたが、完全に乗っかっている為、這い出でることも出来ない。
何度か、季麗に声を掛けてみたが、反応がなく、体を揺らしても、起きる気配さえしなかった。
「…誰か助けてよ…」
その呟きすら、季麗の寝息で、消えてしまう。
限界も近付き、無理にでも起こそうと時、袂から、ヒラヒラと一枚の式札が躍り出た。
「妃乃環~」
「何やら、大変そうだねぇ」
「そう思うなら助けてよ」
白い煙を上げながら、目の前に現れた妃乃環に助けられ、やっと季麗から解放され、体を伸ばした。
「有り難う。てか、なんで来たの?」
「斑尾に言われたのさ。それで?これから、どうするんだい?」
「戻って、詩でも考えるよ」
妃乃環と並んで、微笑み合いながら、屋敷に戻り、提灯を置いた机に突っ伏した。
「どうしたんだい?」
「ん~。詩が浮かばない」
「珍しいね?いつもは、すんなり出てくるのに」
「いや。浮かぶんだよ?浮かぶんだけど、どれも、師範に向けたのばかりで」
「良いじゃないか。亡くなってるんだから、間違いじゃないだろ?」
「そうだけど、この里とは、関係ないし」
「死者を労るのに、んなことが重要なのかい?」
死者は、皆、黄泉に向かう。
そこには、生まれも育ちも関係ない。
「そっか。そうだよね。じゃ、そうしよっと」
見守られながら、提灯に、詩を書こうとしたが、手を止め、妃乃環に向き直った。
「ねぇ。書いて」
妃乃環は、目を大きくし、何度も瞬きをして首を傾げた。
「なんでだい?自分で書けば良いじゃないか」
「…私の字じゃ読めないよ。それに、昔の字なんて書けないし」
昔の文字には、意識していなくとも、陰陽師の力が宿る。
力が加わってしまった物は、道具と変わってしまうこともある。
大樹の力が宿っている提灯に、陰陽師の力が加われば、とても強力なものになる。
「…仕方ないねぇ」
溜め息をついた妃乃環を見つめ、小さく微笑んでから、紙に詩を書き、筆と提灯を渡した。
「有り難う」
「いいよぉ。このくらい、なんて事ないさ」
妃乃環も嬉しそうに微笑んで、スラスラと、詩を書き写していく。
「それにしても、楽しみだねぇ」
「そうだね」
「蓮花様の詩が、空を舞うなんて、斑尾に言ったら、慌てて飛んで来るだろうねぇ」
「やめよ。うるさくなるから」
妃乃環とくだらない話で、盛り上がり、夜遅くまで、くだらない時間を過ごし、いつの間にか眠っていた。
瞼を閉じていても、眩しいくらいの太陽の光に包まれ、目を覚ました。
「…妃乃環?」
妃乃環は、神木から生まれた妖かし。
部屋の中にいるよりも、外にいることを好む。
庭の茂みの方に進むと、然程、大きくない木の上で、妃乃環は、煙管から煙を燻らせていた。
「妃乃環」
「おや。もう起きたのかい?」
小さく頷くと、妃乃環は、材料を探した森の方に視線を向けた。
同じ木に飛び乗り、同じ方角を見つめる。
「何かあるの?」
「あそこから、優しい声が聞こえんだよ」
森に視線を向けても、何も聞こえなかった。
「ちっさな声で、何度も、有り難うってさ」
「…昨日、月蝶が仕掛けてきたの」
妃乃環の目が、大きくなり、固まってしまった。
「大事にはならなかったし、追い返せたけどね。でも、傷付けられて、寿念樹から、大樹になった木がいるんだ」
「そうゆう事だったんだね」
また森に視線を戻したのを見つめ、目を細めると、妃乃環は、ニッコリ笑った。
「大丈夫だよ。蓮花様が、悪いんじゃないんだから」
初めて会った時も、妃乃環は、笑っていた。
人のせいで、苦しい思いをしたはずの斑尾達は、誰も、責めようとしない。
それを辛いと感じるのは、誰も、何も正すことの出来ない、この世へ向けた苛立ちからなのかもしれない。
「…有り難う」
そんな斑尾達が、傍にいるのを許してしまうのは、少しでも、人の犯した罪を償いたいからなのかもしれない。
「蓮花!!」
怒鳴り声が響き、視線を下げると、季麗が、怒った顔をしていた。
「なに?」
その様子に、小さな溜め息をつき、木から飛び降りると、季麗は、更に、目尻を吊り上げた。
「あんな所に登って。お前は阿呆か」
怒りを露わにする季麗に、更に、溜め息が出そうになった。
「いくら、お前が普通じゃなくとも、もしもの事があれば、多くの者が泣くんだぞ。あまり無謀な事はするな」
気恥ずかしそうに、頬を染め、季麗は、そっぽを向いてしまった。
「ほれ」
何も書かれていなかった提灯には、ちゃんと詩が書かれていた。
我が身寄せ
遠き君
幸溢れる事を
願い出
かつて、愛した人の幸せを願った詩は、とても優しく暖かい。
「へぇ。季麗でも、こんな詩が書けたんだね」
「…馬鹿にしてるのか」
ニヤリと笑うと、季麗の頬が、更に赤みを増した。
「別に?季麗のお好きにどうぞ?」
「お前は…って!!おい!!」
妃乃環の元に戻り、季麗に、微笑みを向けてから、二人で、外に飛び出した。
「良いのかい?」
「だって、うるさくなりそうだったんだもん」
色鮮やかな、詩の書かれていない提灯が、軒先に吊るされているのを見上げ、里の中を妃乃環と歩いた。
「こりゃ飾りだね」
飛ばすまで、それに火を灯し、飛ばす瞬間には、全ての光が消える。
「結構、大掛かりなんだね?お祭りみたい」
「そうだねぇ。アタシらの時は、静かにする日だったんだけどねぇ」
妖かしの世界でも、時代が大きく動いている。
色々な出店があり、一部の妖かしは、酒も飲んでいた。
「なんか、節度がなくなってるような、気もするねぇ」
死者を労る為の行事が、いつの間にか、自分達の娯楽となっている。
「何も起きなきゃいいけど」
「そうだねぇ」
里を一周し、会場となる泉を見てから、里の周りの森を歩き、月蝶の気配がないことを確認して、屋敷に戻ろうとした時、泉の方に向かう朱雀達を見付け、バレないように後を追った。
「…本当に祭りのようだねぇ」
泉の周りの木々に、提灯を飾り始め、更に、多くの妖かし達が集まり、場所取りをするように、あっちこっちで、敷物を広げ始めた。
「死者の労りなんて、言い訳に過ぎないじゃないか」
「仕方ないよ…時代が、そうさせてしまったんだから」
集まった妖かし達が、提灯を見せ合い、その詩を自慢するように唄う。
これが、現在の月下の日和なのだ。
「…戻ろう」
その光景に背を向け、屋敷に戻ると、すでに季麗達が待っていた。
提灯を持ち、また泉に向かうと、朱雀達が、真っ赤な敷物に促した
「妃乃環~」
離れた所に向かう妃乃環を追い、そこから離れ、一緒に木の上から、その様子を伺った。
季麗達も、追って来ようとしたが、朱雀達に止められ、そこに座ると、多くの妖かしが集まり、一緒になって、酒を飲み始めてしまった。
妃乃環と視線を合わせ、小さく頷き合ってから、茂みに降り立ち、泉に向け、提灯を置き、手を合わせ、日が暮れるまで、静かに黙祷した。
そして、周囲の提灯に、光が灯り始めると、宴会のように騒がしくなった。
「蓮ちゃん?」
そこに、修螺と雪姫が現れた。
「何してるの?」
「お祈り」
不安になり、目尻を下げた二人に、妃乃環は、そっと顔を近付けた。
「死んだ者達の為に、静かに、祈りを捧げてるのさ」
「どうして?」
「これは、死者を労って、詩を贈るんだろ?だったら、その心意気も必要なんだよ」
妃乃環が、優しく微笑むと、二人は、走って行き、提灯を持って戻って来た。
「僕もやる」
「私も」
「じゃ、二人のも、ここに並べな」
二つの提灯も並び、二人も、隣に屈んで、静かに手を合わせた。
夜も深まり、周囲の灯りが、小さくなり始め、二人を連れて、茂みから進み出た。
長老と季麗達が、提灯に火を灯して回り、全ての提灯に火が灯ると、周囲は、完全に暗くなった。
始まりを告げる鐘が鳴り、妖かし達の手から、提灯が放たれたが、空には昇らず、宙で止まった。
「きゃーーー!!」
強い風と共に提灯が、大地や木々にぶつかり、粉々に砕け散り、空には雷鳴が轟いた。
「何しやがる!!」
他の妖かしの提灯が、別の妖かしに向かい、喧嘩が始まった。
「おい!!やめろ!!」
止めに向かおうとした羅偉の腕を掴み、その場に止まらせた。
「もう遅い」
「あぁ!?…っ!!」
周囲を飛び交う提灯が、逃げ惑う妖かしや喧嘩をする妖かしに向かい、飛んで行くのを見つめ、季麗達は、声を詰まらせた。
「これは…どうゆう事だ…」
「怒ってるの」
自分達の為と言いながらも、娯楽として楽しむ者達に、この地を見守り続けていた者達が、怒りを露にしてしまった。
「月下の日和とは、本来、死者を労る為、その想いを込めた提灯を飛ばす。それを自慢するように…人と同じじゃないか」
提灯を持つ妃乃環の手が、小さく震え、その手に手を重ねた。
「あまり、彼らを責めちゃダメだよ?」
ぶっ垂れて、そっぽを向く妃乃環に、微笑むと、提灯が飛んで来た。
慌てたように、手を翳そうとした菜門より先に、その提灯に手を伸ばした。
提灯を包むように、そっと触れると、周囲を飛んでいた提灯も、動きを止めた。
指先に力を集めると、提灯を伝い、光を帯び、少年の姿が浮かび上がり、季麗達にも見えるようになった。
「何を悲しんでいるの?」
ーだって、誰も、僕らを見ようとしないからー
「そんなことない。ちゃんと見ている者もいる」
ー違う。皆、隠してるー
首を傾げると、少年が、提灯から手を離し、泉の方に向かうと、周りの霊も、泉に向かった。
「蓮ちゃん…今のって…」
「ここで亡くなった少年」
ーここには、多くの人がいるんだー
腕を広げる少年の姿に、驚きと怒りが湧き上がる。
「妃乃環。ちょうだい」
提灯を指差すと、妃乃環は、哀しそうに目を細めた。
「良いのかい?」
「大丈夫。いつか会いに逝く。その時に、伝えれば良い」
小さな溜め息と共に妃乃環から、提灯を受け取り、上部の板を外し、火を消してから、泉に進みながら、小さな提灯を胸に抱いた。
「お願い。力を貸して」
畔で立ち止まり、少年達に、それを見せるように差し出し、言の葉に力を込める。
我想い
足りぬ
果たせぬ
夢なれど
その幸願う
君が為
蒼白い光を放ち、文字が提灯から抜け出し、空に向かって消えて逝く。
それを見ていた妖かし達は、壊れた提灯を見下ろした。
「お願い」
「御意」
妃乃環が指を鳴らすと、木々や草花が、小さく揺れ、小さな囁きが、この地の出来事を告げて消えた。
「…有り難う」
提灯の中に、息を吹き込み、火を点けてから、水面に向かい、足を伸ばす。
迷うことなく、進もうとする背中を見つめ、季麗達は慌て始めた。
「おい!!蓮…」
「大丈夫だよ」
「だけど…」
「心配せず、しっかり見ておきな」
小さな波紋を起こし、沈むことなく、真っ直ぐ泉の中央まで歩く。
「どうなってんだよ」
「良いから。黙って見てるんだよ」
泉の真ん中で、片膝を着き、手を翳してある物を探した。
「…あった」
それは、真下にあり、そこに向かい、提灯を泉に沈めた。
消えることのない光が、そこに向かって行き、一歩後ろに下がると、光に誘われ、小さな祠が姿を現した。
その祠を覗き込み、小さなしめ縄を切り、閉じられていた扉を開けると、風の音と共に多くの死者達が、外へと飛び出した。
祠から出られたことで、その地に止まっていた霊達と喜びを味わい、一人の男が見下ろした。
ー有り難うー
「いえ。これが、私の仕事ですから」
死者と言葉を交わし、優しく微笑む姿に、その霊達が、悪霊になっていないことに安心した。
「なるほどねぇ」
妃乃環が、納得したように頷くと、季麗達は首を傾げた。
「アタシらがいた頃、多くの人間もいたんだよ。何処に行ったかと思えば、こんな所に追いやられてたなんてねぇ」
「それだけなら、死んだりしないだろ」
「場所が悪かったんだよ」
地盤が弱く、生活出来るような場所ではなかったが、斑尾達がいなくなり、当時、力の強かった妖かしが、人々をここに追い出した。
人々も仕方なく、生活を始めたが、暫くすると、大きな地震と共に、大地が陥没してしまった。
そして、数日後。
この地に大雨が降り注いだ。
自然は、人々にとって、残酷な現実を与えることもある。
時にして、その変異が、身勝手な考えと本意的な行動によって、他者に影響を与える時もある。
この時も、身勝手で傲慢な妖かしによって、そこに住まい、生きていた人々の運命を変えてしまった。
そこから這い上がる事も出来ず、死を覚悟し、あの祠の周囲に集まり、皆、一緒に亡くなった。
「その時、人と一緒に生活してた妖かしもいた。そして、あの祠が、全ての霊を拾い上げた」
「でも、里の妖かしが、月下の日和を行い、妖かしの霊だけは、外に出ることが出来たが、人間は、今まで閉じ込められてたのさ」
季麗達は、驚きと哀しみで、複雑な顔をしていた。
ー護人様ー
ずっと黙っていた霊が、哀しそうに眉を寄せた。
「還れないのですね?」
霊が頷くのを見つめ、奥の方に、優しい目付きの男を見付けた。
「…分かりました。私が、御送りします」
その目元は、修螺に良く似ている。
修螺の父も、身勝手で傲慢な妖かしによって失われていたことで、胸の辺りが苦しくなる。
「どうすんだい?」
「なにが?」
「こんな沢山、一度に、送れるのかい?」
「大丈夫。だけど、ちょっとだけ、手伝って欲しいな」
「アタシがかい?」
「そう。妃乃環にしか出来ないこと」
考えを汲み取り、妃乃環は、優しく微笑むと、本来の妖かしの姿に変わり、その手には、琵琶が握られていた。
「蓮花様の為ならば」
妃乃環の優しい音色が、辺りに響き渡ると、そこに生きる木々や草花が光を放ち始めた。
手のひらに乗せた数珠が、バラバラに弾けると、四方に広がり、木々や草花と溶け合うように光を放った。
手を合わせ、それぞれの根元に、数珠が消えると、優しい光で満たされる。
「逝きなさい。還るべき場所。黄泉の世界へ」
大きく手を叩くと、花が咲き、緑が輝き、風に乗って、空へと舞い上がった。
ー有り難うー
ーありがとー
空へと昇って逝く姿が、儚くも散り始める。
「…父さん…」
最後の輝きが、修螺に、父の姿を見せ、その頬を涙が流れ落ちる。
修螺の手から、想いを載せた提灯が放たれ、父の元に届けられた。
知らねども
想い一つ
今を生き
全てを護り
強くなる
ー有り難う。愛してるー
その囁く声に、修螺も母親も、空を見上げ、優しく微笑んだ。
「婆ちゃん」
雪姫の手から離れた提灯は、種族の違う妖かしに届けられた。
いつかまた
会えるのならば
貴方にも
笑ってほしい
この想い
当たり障りのない詩でも、雪姫の中では、ちゃんと想いを届けたい者がいた。
ーありがとねー
母親と手を繋ぎ、雪姫は、晴れ晴れした顔で、笑みを浮かべ、静かな涙を流していた。
それをきっかけに、無事だった提灯が、空へと向かい、多くの霊達の手に渡った。
これが、本来の月下の日和。
多くの光が、夜空に消えて逝く光景は、本当に美しく、想われ逝く霊達も、大いに満たされた顔をしていた。
「…妃乃環。帰ろ?」
妃乃環は、淋しそうに眉尻を下げて、小さく微笑んだ。
「じゃ、行こうかね」
「うん」
夜空に輝く光の美しさに、誰もが魅入られてる隙に、その場を静かに離れた。
「…今なら使えるかな?」
「大丈夫じゃないかい?」
袂から、小さな鏡を取り出し、空に浮かぶ月を写す。
「起きて。云外」
ーお呼びかな?護人様ー
蒼白い光と共に目を覚ました鏡から、頭に響く声が聞こえ、苦笑いした。
「その呼び方やめてって」
ーそれより、ご用かな?ー
「用がなかったら、起こさないよ」
祖父から受け継いだ鏡は、九十九神となり、云外と名付けると、力を宿したが、小さな鏡には強大すぎて、月の力が強まる日にしか使えず、普段は、鏡の姿で眠っている。
「帰りたいの。斑尾の所に…今すぐ…」
ー…分かったー
触れている手から想いが伝わり、云外鏡の光が小さく揺れた。
ーでは…言の葉に願いを乗せよー
小さく頷くと、妃乃環は式札となり、袂に仕舞ってから、云外鏡と向き合うように持ち上げた。
「云外鏡よ。我を誘え。意志の先へ」
優しい光に包まれると、鏡の世界に吸い込まれた。
過ぎ行く光の中には、記憶が写し出され、その中を真っ直ぐ飛ぶ。
多くの哀しみを知り、多くの喜びと共に生きた隣には、いつも斑尾の姿がいた。
その優しさと暖かさに包まれ、深い愛情を与えられて生きてきた。
とても不器用な斑尾の愛情は、これからも、与え続けられるだろう。
斑尾と同じように、深く、大きな愛情を多くの生命にも与えたい。
そんな想いが、無意識の内に、力を集め、幼い姿に変わっていた。
記憶の破片が消え、光が強さを増すと、庭先に放り出されたが、腕を広げた斑尾がいた。
その腕に抱き止められ、懐かしい香りに頬擦りをする。
「おかえり」
「ただいま」
「久々の休暇は、どうだった?」
「ん~ちょっと大変だった。あのね?日和の会場でね?」
里での事を話しながら、斑尾に抱えられ、ゆっくりと部屋に戻った。
たった二日の短い時間でも、離れていたことで、どれ程、互いが互いを必要なのかを知り、どれだけ想っているのかを実感し、久々の温もりに安心感が芽生え、二人で、一緒に静かな寝息を発てていた。
それから、数週間後。
季麗達が、沢山の土産を持って現れた。
「あの。妃乃環さんは」
「裏にいると思いますけど。なんでですか?」
「いえ。なんでもありませんよ」
雪椰が台所の裏口から外に出ると、枝を広げ藤の枝に乗り、煙管から煙を燻らせる妃乃環が、目を閉じていた。
「何か用かい?」
静かに近付いたはずが、視線も向けず、妃乃環に声を掛けられ、雪椰は、ピタッと立ち止まった。
「アタシに用なんてないだろ」
「お聞きしたい事があるんです」
「なんだい」
「妃乃環さんは、何故、あの地の事を知っていたんですか?」
「アンタ。アタシが何の妖かしか。分かるかい?」
「神木から産まれたと聞きましたが」
「良いかい?自然の中で産まれた妖かしは、普通の妖かしと違って、他のモノの声が聞こえ、その力が使えるんだよ」
妃乃環は、神木から産まれた為、木々や草花の声が聞こえ、その小さな力を束ね使う事が出来る。
その為、あの地で、何が起こったのかを知ることが出来た。
「それに、アタシは、あの辺で産まれたからね。皆、アタシを知ってたんだよ」
「そうだったんですか。でしたら、あの近くに、神木があるんですね」
「もうないよ」
首を傾げた雪椰に、妃乃環は、藤の葉を撫でながら、自分が産まれた神木のことを思い浮かべた。
斑尾達が里を創るよりも前、あの泉よりも、更に奥に、一本の木が、その地に芽吹き、根を張った。
その木は、長い年月を掛け、大きく成長し、静かに生き続けた。
周囲の木々が病気になり、朽ちて逝くのを見つめ、寿念樹となった時、斑尾達と出会った。
あの地に、里を創ろうとしていた斑尾達は、その寿念樹が神木となるまで、その手で守り続けた。
ー主らは、何をしようとしてるのだー
その甲斐あって、寿念樹は、神木となり、話せるようになると、心優しき斑尾達と多くを語り、その志に感動した。
ー心優しき主らに贈ろうー
その里の繁栄を願い、斑尾達の想いを叶える為、妃乃環を産み落とした。
里の為、斑尾達の為、妃乃環は、神木に代わり、その力を大いに振るった。
ー使ってー
『あの木なら、使っても大丈夫だよ』
ーもう少し待って。こっちなら平気ー
『この実は、まだだね。こっちの実なら大丈夫だよ』
妃乃環は、自らが望み、力となる声を伝え、皆が、笑って暮らせるように、忙しく動き回った。
だが、時が流れ、斑尾達が居なくなると、誰も、妃乃環の声を聞こうとせず、多くの木々や草花が失われた。
それから、妃乃環は、孤独と共に過ごし、そこには、妖かしの姿だけで、人の姿が消えてしまった里の姿だけが残った。
そんな時、妃乃環の体に異変が起きた。
それまで、ハッキリと聞こえていた声が消え、力を束ねられなくなり、妃乃環自身の体も透け始めた。
不安が広がり、妃乃環は、神木の元に向かった。
『おい!!こっちにも切り込み入れろよ!!』
そこで、見たことない人が、神木を切り倒そうとしていた。
力を譲り受けていた妃乃環は、神木が亡くなると、自身も消えてしまう事を知った瞬間、死の恐怖を全身に感じた。
「アタシは…そこから逃げたんだ」
切り倒されるのを見てられなくなり、妃乃環は、最後の力を振り絞り、遠くへと必死に走った。
だが、然程、離れられず、膝を着き、薄れる自分の体を抱き締めるように、背中を丸め、土で、顔が汚れるのも気にせず、大粒の涙を流した。
「そこに、幼い蓮花様が現れ、アタシは、救われたのさ」
その姿を見付けた時、妃乃環は、背中を丸めて震えていた。
『…どうしたの?どこか痛いの?』
『っ!!うるさい!!あっちに行きな!!』
『なんで、泣いてるの?』
『うるさい!!早く行きっ!!』
苦しそうに顔を歪める妃乃環の背中に触れると、そこから光が広がった。
『…お姉さん、妖かしなの?』
『アンタ…妖かしを知ってるのかい?』
『知ってるよ。斑尾も妖かしだもん』
『斑尾…アンタ、一体何者なんだい』
『夜月蓮花だよ?お姉さんは?』
『アタシは…妃乃環だよ』
『妃乃環お姉さん、ごめんね?』
涙や土で汚れた頬に触れると、妃乃環は、哀しそうに目を細めながらも、ニッコリ笑った。
『大丈夫だよ。アンタが、悪いんじゃないんだから』
『…生きたい?』
妃乃環の瞳が切なく揺れ、笑っていながらも、涙を流した。
『当たり前だろ?まだ生きたいさ』
『なら、私が助けるよ』
『何言ってんだい。アンタは…』
『人のせいで、辛い思いをさせたなら、人が助けなきゃいけないんだよ?だからね?私が助けるんだ。だから、私と一緒に生きよう?妃乃環』
そこで、式神契約を交わし、その効力が、妃乃環に力を与えた。
「アンタの事も知ってるよ」
「え…」
式となって日の浅かった妃乃環は、知らない所で、主が、いなくなるのを恐れ、常に近くで、その様子を見ていた。
雪椰と出会った時も、近くの木にいた。
そして、咲き誇る藤の力を使い、周囲に、その香りを充満させた。
「アンタが、蓮花様を妖かしだと思うようにね」
「そうでしたか」
納得する雪椰を横目に見つめ、妃乃環は、クククと、喉を鳴らすように笑った。
「アンタが子供で良かったよ。そのおかげで、簡単に騙せたからねぇ」
「子供って…あれでも、蓮花さんより、かなり大人だったんですが」
「人と妖かしは、流れる時間が違うんだ。蓮花様より大人でも、アタシらにとっちゃ、まだまだ、ケツの青い子供さ」
「そうかもしれませんが、その言い方は…これでも、族長なのですが」
苦笑いする雪椰を見て、妃乃環は、優しく微笑んだ。
戸口の影に隠れ、妃乃環の話を聞き、胸の辺りが暖かくなった。
その場から離れ、廊下に出ると、犬の姿の斑尾がいた。
「散歩行こ」
そよ風に頬を撫でられながら、斑尾と並び、平穏だった日々に戻ったように、石畳を歩く。
「ま~だら」
石段の下で、斑尾に向き直り、手を差し出すと、一瞬、悩むような仕草をしたが、人の姿になり、手を重ねた。
手を繋ぎ、無言で、並んで歩き始め、優しくて、暖かな時間に幸せを感じながらも、不安が大きくなる。
誰にも打ち明けられない不安を抱えながら、手から伝わる斑尾の温もりに溺れるように、ゆっくりと、いつもの散歩道を歩いた。
石段の下に戻ると、重ねていた手を離し、小さく微笑み合ってから、ゆっくり、ゆっくり、小さな幸せを噛み締めるように、石段を登った。
そんな幸福な時間を味わいながら、戸を開けると、玄関先で、菜門を含めた六人が、仁王立ちで待っていた。
「…蓮花さん。分かってますね?」
「え~っと~」
六人の気迫に、一歩、後退りして、頬をポリポリと掻いて、苦笑いを浮かべた。
「出掛ける時は、ちゃんと言ってから行けって、言ってんだろ!!」
「ごめんなさい!!」
羅偉の怒鳴り声を合図に、目尻を吊り上げる六人に、背中を向け、庭の方に向けて逃げ出す。
「待ちなさい!!」
六人も後を追い、斑尾を置き去りにして、必死に逃げ回った。
妃乃環が斑尾の隣に並び、二人は、縁側で、決死の追いかけっこを見つめた。
「何やってんだか」
「阿呆としか言えんな」
「だけど、楽しそうじゃないか」
「そうだな」
二人は、小さな子供達を見つめる父母のように、愛おしそうに微笑んでいた。
止められるまで走り続け、その後、昼も摂らずに寝てしまった。
「阿呆が」
斑尾に抱えられ、自室の長座布団に転がされ、心地良い眠りから、目を覚ました時には、外は暗くなっていた。
「あ!!それ私の!!」
「食った者勝ちだ」
「ちょ!!今のお皿に取ってたじゃん!!」
「なら、名前でも書いとけ」
その日の夕飯は、いつにも増して、騒がしかった。
いつもは、季麗と羅偉がやってる事をされ、まったく食事が進まない。
「あ!菜門さんまで…もう!!」
菜門や雪椰にまで、おかずを取られ、頬を膨らませながら、困った顔をしていると、皇牙が、クスクス笑いながら、茶碗におかずを取り分けた。
「有り難うございます」
「いいえ。これに懲りたら、もう黙ってどっかに行っちゃダメだよ?皆、心配しちゃうから」
「はい。すみませんでした」
その後は、皇牙に守られるように、食事をすることが出来た。
「あ。報告まだでしたね?」
食後のお茶を啜っていると、思い出したように、菜門が、デザートのビワを置いて手を叩いた。
「なんですか?」
あの後、急遽、長老を交えた族長会議を行い、これからは、祭りのような飾りをやめ、静かに過ごし、日が暮れたら、各々で提灯を飛ばすようにと、月下の日和を改正することが決定した。
「そっか。本来の在り方に、戻ったんですね。良かった」
「そこで、斑尾ちゃんに、知ってる事を教えて欲しいんだ」
「何故だ」
「月下の日和だけじゃなくて、他の事でも、色々と見直そうと思ってね」
「それならば、長老から話を聞けば良い」
「長老は、何かと隠したがる」
「それでは、話にならん」
「だから、斑尾さん達に話を聞きたいんです」
雪椰の微笑みを見つめ、斑尾は、人の姿に変わり、視線を向けた。
「亥鈴を呼んでくれ」
「は~い」
ビワを頬張り、縁側に出て、袂から式札を取り出した。
「来たれ。亥鈴」
式札を庭に投げると、白い煙を上げ、本来の姿の亥鈴が現れた。
「お呼びでございますか?」
「ちょっと、手伝ってあげてよ」
指差した先の斑尾を見て、小さな溜め息をつき、人の姿になり、亥鈴が縁側に上がった。
「おい」
亥鈴と入れ替わりに、部屋に向かおうとすると、影千代が、首を傾げた。
「どうして、式札を使ったのか。ってことですかね?」
全てを集める時は、全体に力を向ければ、引き寄せる事が出来るが、個々で呼び出す時は、一つに力を集中しなければならない。
「だから、式札を使って呼び出すんですよ」
「でも、前は、名前を呼んだだけで、出てきたじゃない?」
「あれは、皆、浴衣の袂に入っていたり、すぐ傍にいたからなんですよ。離れた所にいる時は、式札じゃなきゃ、呼び出せないんです。まぁ、名前を呼べば、勝手に式札が出て来てくれるんですけど、皆、勘が良いので、出て来ない時もあるんです」
苦笑いすると、季麗達が、何度も頷き、納得したのを見て、立ち止まっていた亥鈴が、斑尾の隣に座り、六人も真剣な顔付きになった。
ー理苑。二人と一緒に居てー
居間から離れ、天井に顔を向けて、理苑に告げると、返事の代わりに、瓦を叩く音が聞こえた。
「…ツラっ」
うつ伏せのまま、季麗の重みを支えていると、肺や胃が痛くなり、脱け出そうとしていたが、完全に乗っかっている為、這い出でることも出来ない。
何度か、季麗に声を掛けてみたが、反応がなく、体を揺らしても、起きる気配さえしなかった。
「…誰か助けてよ…」
その呟きすら、季麗の寝息で、消えてしまう。
限界も近付き、無理にでも起こそうと時、袂から、ヒラヒラと一枚の式札が躍り出た。
「妃乃環~」
「何やら、大変そうだねぇ」
「そう思うなら助けてよ」
白い煙を上げながら、目の前に現れた妃乃環に助けられ、やっと季麗から解放され、体を伸ばした。
「有り難う。てか、なんで来たの?」
「斑尾に言われたのさ。それで?これから、どうするんだい?」
「戻って、詩でも考えるよ」
妃乃環と並んで、微笑み合いながら、屋敷に戻り、提灯を置いた机に突っ伏した。
「どうしたんだい?」
「ん~。詩が浮かばない」
「珍しいね?いつもは、すんなり出てくるのに」
「いや。浮かぶんだよ?浮かぶんだけど、どれも、師範に向けたのばかりで」
「良いじゃないか。亡くなってるんだから、間違いじゃないだろ?」
「そうだけど、この里とは、関係ないし」
「死者を労るのに、んなことが重要なのかい?」
死者は、皆、黄泉に向かう。
そこには、生まれも育ちも関係ない。
「そっか。そうだよね。じゃ、そうしよっと」
見守られながら、提灯に、詩を書こうとしたが、手を止め、妃乃環に向き直った。
「ねぇ。書いて」
妃乃環は、目を大きくし、何度も瞬きをして首を傾げた。
「なんでだい?自分で書けば良いじゃないか」
「…私の字じゃ読めないよ。それに、昔の字なんて書けないし」
昔の文字には、意識していなくとも、陰陽師の力が宿る。
力が加わってしまった物は、道具と変わってしまうこともある。
大樹の力が宿っている提灯に、陰陽師の力が加われば、とても強力なものになる。
「…仕方ないねぇ」
溜め息をついた妃乃環を見つめ、小さく微笑んでから、紙に詩を書き、筆と提灯を渡した。
「有り難う」
「いいよぉ。このくらい、なんて事ないさ」
妃乃環も嬉しそうに微笑んで、スラスラと、詩を書き写していく。
「それにしても、楽しみだねぇ」
「そうだね」
「蓮花様の詩が、空を舞うなんて、斑尾に言ったら、慌てて飛んで来るだろうねぇ」
「やめよ。うるさくなるから」
妃乃環とくだらない話で、盛り上がり、夜遅くまで、くだらない時間を過ごし、いつの間にか眠っていた。
瞼を閉じていても、眩しいくらいの太陽の光に包まれ、目を覚ました。
「…妃乃環?」
妃乃環は、神木から生まれた妖かし。
部屋の中にいるよりも、外にいることを好む。
庭の茂みの方に進むと、然程、大きくない木の上で、妃乃環は、煙管から煙を燻らせていた。
「妃乃環」
「おや。もう起きたのかい?」
小さく頷くと、妃乃環は、材料を探した森の方に視線を向けた。
同じ木に飛び乗り、同じ方角を見つめる。
「何かあるの?」
「あそこから、優しい声が聞こえんだよ」
森に視線を向けても、何も聞こえなかった。
「ちっさな声で、何度も、有り難うってさ」
「…昨日、月蝶が仕掛けてきたの」
妃乃環の目が、大きくなり、固まってしまった。
「大事にはならなかったし、追い返せたけどね。でも、傷付けられて、寿念樹から、大樹になった木がいるんだ」
「そうゆう事だったんだね」
また森に視線を戻したのを見つめ、目を細めると、妃乃環は、ニッコリ笑った。
「大丈夫だよ。蓮花様が、悪いんじゃないんだから」
初めて会った時も、妃乃環は、笑っていた。
人のせいで、苦しい思いをしたはずの斑尾達は、誰も、責めようとしない。
それを辛いと感じるのは、誰も、何も正すことの出来ない、この世へ向けた苛立ちからなのかもしれない。
「…有り難う」
そんな斑尾達が、傍にいるのを許してしまうのは、少しでも、人の犯した罪を償いたいからなのかもしれない。
「蓮花!!」
怒鳴り声が響き、視線を下げると、季麗が、怒った顔をしていた。
「なに?」
その様子に、小さな溜め息をつき、木から飛び降りると、季麗は、更に、目尻を吊り上げた。
「あんな所に登って。お前は阿呆か」
怒りを露わにする季麗に、更に、溜め息が出そうになった。
「いくら、お前が普通じゃなくとも、もしもの事があれば、多くの者が泣くんだぞ。あまり無謀な事はするな」
気恥ずかしそうに、頬を染め、季麗は、そっぽを向いてしまった。
「ほれ」
何も書かれていなかった提灯には、ちゃんと詩が書かれていた。
我が身寄せ
遠き君
幸溢れる事を
願い出
かつて、愛した人の幸せを願った詩は、とても優しく暖かい。
「へぇ。季麗でも、こんな詩が書けたんだね」
「…馬鹿にしてるのか」
ニヤリと笑うと、季麗の頬が、更に赤みを増した。
「別に?季麗のお好きにどうぞ?」
「お前は…って!!おい!!」
妃乃環の元に戻り、季麗に、微笑みを向けてから、二人で、外に飛び出した。
「良いのかい?」
「だって、うるさくなりそうだったんだもん」
色鮮やかな、詩の書かれていない提灯が、軒先に吊るされているのを見上げ、里の中を妃乃環と歩いた。
「こりゃ飾りだね」
飛ばすまで、それに火を灯し、飛ばす瞬間には、全ての光が消える。
「結構、大掛かりなんだね?お祭りみたい」
「そうだねぇ。アタシらの時は、静かにする日だったんだけどねぇ」
妖かしの世界でも、時代が大きく動いている。
色々な出店があり、一部の妖かしは、酒も飲んでいた。
「なんか、節度がなくなってるような、気もするねぇ」
死者を労る為の行事が、いつの間にか、自分達の娯楽となっている。
「何も起きなきゃいいけど」
「そうだねぇ」
里を一周し、会場となる泉を見てから、里の周りの森を歩き、月蝶の気配がないことを確認して、屋敷に戻ろうとした時、泉の方に向かう朱雀達を見付け、バレないように後を追った。
「…本当に祭りのようだねぇ」
泉の周りの木々に、提灯を飾り始め、更に、多くの妖かし達が集まり、場所取りをするように、あっちこっちで、敷物を広げ始めた。
「死者の労りなんて、言い訳に過ぎないじゃないか」
「仕方ないよ…時代が、そうさせてしまったんだから」
集まった妖かし達が、提灯を見せ合い、その詩を自慢するように唄う。
これが、現在の月下の日和なのだ。
「…戻ろう」
その光景に背を向け、屋敷に戻ると、すでに季麗達が待っていた。
提灯を持ち、また泉に向かうと、朱雀達が、真っ赤な敷物に促した
「妃乃環~」
離れた所に向かう妃乃環を追い、そこから離れ、一緒に木の上から、その様子を伺った。
季麗達も、追って来ようとしたが、朱雀達に止められ、そこに座ると、多くの妖かしが集まり、一緒になって、酒を飲み始めてしまった。
妃乃環と視線を合わせ、小さく頷き合ってから、茂みに降り立ち、泉に向け、提灯を置き、手を合わせ、日が暮れるまで、静かに黙祷した。
そして、周囲の提灯に、光が灯り始めると、宴会のように騒がしくなった。
「蓮ちゃん?」
そこに、修螺と雪姫が現れた。
「何してるの?」
「お祈り」
不安になり、目尻を下げた二人に、妃乃環は、そっと顔を近付けた。
「死んだ者達の為に、静かに、祈りを捧げてるのさ」
「どうして?」
「これは、死者を労って、詩を贈るんだろ?だったら、その心意気も必要なんだよ」
妃乃環が、優しく微笑むと、二人は、走って行き、提灯を持って戻って来た。
「僕もやる」
「私も」
「じゃ、二人のも、ここに並べな」
二つの提灯も並び、二人も、隣に屈んで、静かに手を合わせた。
夜も深まり、周囲の灯りが、小さくなり始め、二人を連れて、茂みから進み出た。
長老と季麗達が、提灯に火を灯して回り、全ての提灯に火が灯ると、周囲は、完全に暗くなった。
始まりを告げる鐘が鳴り、妖かし達の手から、提灯が放たれたが、空には昇らず、宙で止まった。
「きゃーーー!!」
強い風と共に提灯が、大地や木々にぶつかり、粉々に砕け散り、空には雷鳴が轟いた。
「何しやがる!!」
他の妖かしの提灯が、別の妖かしに向かい、喧嘩が始まった。
「おい!!やめろ!!」
止めに向かおうとした羅偉の腕を掴み、その場に止まらせた。
「もう遅い」
「あぁ!?…っ!!」
周囲を飛び交う提灯が、逃げ惑う妖かしや喧嘩をする妖かしに向かい、飛んで行くのを見つめ、季麗達は、声を詰まらせた。
「これは…どうゆう事だ…」
「怒ってるの」
自分達の為と言いながらも、娯楽として楽しむ者達に、この地を見守り続けていた者達が、怒りを露にしてしまった。
「月下の日和とは、本来、死者を労る為、その想いを込めた提灯を飛ばす。それを自慢するように…人と同じじゃないか」
提灯を持つ妃乃環の手が、小さく震え、その手に手を重ねた。
「あまり、彼らを責めちゃダメだよ?」
ぶっ垂れて、そっぽを向く妃乃環に、微笑むと、提灯が飛んで来た。
慌てたように、手を翳そうとした菜門より先に、その提灯に手を伸ばした。
提灯を包むように、そっと触れると、周囲を飛んでいた提灯も、動きを止めた。
指先に力を集めると、提灯を伝い、光を帯び、少年の姿が浮かび上がり、季麗達にも見えるようになった。
「何を悲しんでいるの?」
ーだって、誰も、僕らを見ようとしないからー
「そんなことない。ちゃんと見ている者もいる」
ー違う。皆、隠してるー
首を傾げると、少年が、提灯から手を離し、泉の方に向かうと、周りの霊も、泉に向かった。
「蓮ちゃん…今のって…」
「ここで亡くなった少年」
ーここには、多くの人がいるんだー
腕を広げる少年の姿に、驚きと怒りが湧き上がる。
「妃乃環。ちょうだい」
提灯を指差すと、妃乃環は、哀しそうに目を細めた。
「良いのかい?」
「大丈夫。いつか会いに逝く。その時に、伝えれば良い」
小さな溜め息と共に妃乃環から、提灯を受け取り、上部の板を外し、火を消してから、泉に進みながら、小さな提灯を胸に抱いた。
「お願い。力を貸して」
畔で立ち止まり、少年達に、それを見せるように差し出し、言の葉に力を込める。
我想い
足りぬ
果たせぬ
夢なれど
その幸願う
君が為
蒼白い光を放ち、文字が提灯から抜け出し、空に向かって消えて逝く。
それを見ていた妖かし達は、壊れた提灯を見下ろした。
「お願い」
「御意」
妃乃環が指を鳴らすと、木々や草花が、小さく揺れ、小さな囁きが、この地の出来事を告げて消えた。
「…有り難う」
提灯の中に、息を吹き込み、火を点けてから、水面に向かい、足を伸ばす。
迷うことなく、進もうとする背中を見つめ、季麗達は慌て始めた。
「おい!!蓮…」
「大丈夫だよ」
「だけど…」
「心配せず、しっかり見ておきな」
小さな波紋を起こし、沈むことなく、真っ直ぐ泉の中央まで歩く。
「どうなってんだよ」
「良いから。黙って見てるんだよ」
泉の真ん中で、片膝を着き、手を翳してある物を探した。
「…あった」
それは、真下にあり、そこに向かい、提灯を泉に沈めた。
消えることのない光が、そこに向かって行き、一歩後ろに下がると、光に誘われ、小さな祠が姿を現した。
その祠を覗き込み、小さなしめ縄を切り、閉じられていた扉を開けると、風の音と共に多くの死者達が、外へと飛び出した。
祠から出られたことで、その地に止まっていた霊達と喜びを味わい、一人の男が見下ろした。
ー有り難うー
「いえ。これが、私の仕事ですから」
死者と言葉を交わし、優しく微笑む姿に、その霊達が、悪霊になっていないことに安心した。
「なるほどねぇ」
妃乃環が、納得したように頷くと、季麗達は首を傾げた。
「アタシらがいた頃、多くの人間もいたんだよ。何処に行ったかと思えば、こんな所に追いやられてたなんてねぇ」
「それだけなら、死んだりしないだろ」
「場所が悪かったんだよ」
地盤が弱く、生活出来るような場所ではなかったが、斑尾達がいなくなり、当時、力の強かった妖かしが、人々をここに追い出した。
人々も仕方なく、生活を始めたが、暫くすると、大きな地震と共に、大地が陥没してしまった。
そして、数日後。
この地に大雨が降り注いだ。
自然は、人々にとって、残酷な現実を与えることもある。
時にして、その変異が、身勝手な考えと本意的な行動によって、他者に影響を与える時もある。
この時も、身勝手で傲慢な妖かしによって、そこに住まい、生きていた人々の運命を変えてしまった。
そこから這い上がる事も出来ず、死を覚悟し、あの祠の周囲に集まり、皆、一緒に亡くなった。
「その時、人と一緒に生活してた妖かしもいた。そして、あの祠が、全ての霊を拾い上げた」
「でも、里の妖かしが、月下の日和を行い、妖かしの霊だけは、外に出ることが出来たが、人間は、今まで閉じ込められてたのさ」
季麗達は、驚きと哀しみで、複雑な顔をしていた。
ー護人様ー
ずっと黙っていた霊が、哀しそうに眉を寄せた。
「還れないのですね?」
霊が頷くのを見つめ、奥の方に、優しい目付きの男を見付けた。
「…分かりました。私が、御送りします」
その目元は、修螺に良く似ている。
修螺の父も、身勝手で傲慢な妖かしによって失われていたことで、胸の辺りが苦しくなる。
「どうすんだい?」
「なにが?」
「こんな沢山、一度に、送れるのかい?」
「大丈夫。だけど、ちょっとだけ、手伝って欲しいな」
「アタシがかい?」
「そう。妃乃環にしか出来ないこと」
考えを汲み取り、妃乃環は、優しく微笑むと、本来の妖かしの姿に変わり、その手には、琵琶が握られていた。
「蓮花様の為ならば」
妃乃環の優しい音色が、辺りに響き渡ると、そこに生きる木々や草花が光を放ち始めた。
手のひらに乗せた数珠が、バラバラに弾けると、四方に広がり、木々や草花と溶け合うように光を放った。
手を合わせ、それぞれの根元に、数珠が消えると、優しい光で満たされる。
「逝きなさい。還るべき場所。黄泉の世界へ」
大きく手を叩くと、花が咲き、緑が輝き、風に乗って、空へと舞い上がった。
ー有り難うー
ーありがとー
空へと昇って逝く姿が、儚くも散り始める。
「…父さん…」
最後の輝きが、修螺に、父の姿を見せ、その頬を涙が流れ落ちる。
修螺の手から、想いを載せた提灯が放たれ、父の元に届けられた。
知らねども
想い一つ
今を生き
全てを護り
強くなる
ー有り難う。愛してるー
その囁く声に、修螺も母親も、空を見上げ、優しく微笑んだ。
「婆ちゃん」
雪姫の手から離れた提灯は、種族の違う妖かしに届けられた。
いつかまた
会えるのならば
貴方にも
笑ってほしい
この想い
当たり障りのない詩でも、雪姫の中では、ちゃんと想いを届けたい者がいた。
ーありがとねー
母親と手を繋ぎ、雪姫は、晴れ晴れした顔で、笑みを浮かべ、静かな涙を流していた。
それをきっかけに、無事だった提灯が、空へと向かい、多くの霊達の手に渡った。
これが、本来の月下の日和。
多くの光が、夜空に消えて逝く光景は、本当に美しく、想われ逝く霊達も、大いに満たされた顔をしていた。
「…妃乃環。帰ろ?」
妃乃環は、淋しそうに眉尻を下げて、小さく微笑んだ。
「じゃ、行こうかね」
「うん」
夜空に輝く光の美しさに、誰もが魅入られてる隙に、その場を静かに離れた。
「…今なら使えるかな?」
「大丈夫じゃないかい?」
袂から、小さな鏡を取り出し、空に浮かぶ月を写す。
「起きて。云外」
ーお呼びかな?護人様ー
蒼白い光と共に目を覚ました鏡から、頭に響く声が聞こえ、苦笑いした。
「その呼び方やめてって」
ーそれより、ご用かな?ー
「用がなかったら、起こさないよ」
祖父から受け継いだ鏡は、九十九神となり、云外と名付けると、力を宿したが、小さな鏡には強大すぎて、月の力が強まる日にしか使えず、普段は、鏡の姿で眠っている。
「帰りたいの。斑尾の所に…今すぐ…」
ー…分かったー
触れている手から想いが伝わり、云外鏡の光が小さく揺れた。
ーでは…言の葉に願いを乗せよー
小さく頷くと、妃乃環は式札となり、袂に仕舞ってから、云外鏡と向き合うように持ち上げた。
「云外鏡よ。我を誘え。意志の先へ」
優しい光に包まれると、鏡の世界に吸い込まれた。
過ぎ行く光の中には、記憶が写し出され、その中を真っ直ぐ飛ぶ。
多くの哀しみを知り、多くの喜びと共に生きた隣には、いつも斑尾の姿がいた。
その優しさと暖かさに包まれ、深い愛情を与えられて生きてきた。
とても不器用な斑尾の愛情は、これからも、与え続けられるだろう。
斑尾と同じように、深く、大きな愛情を多くの生命にも与えたい。
そんな想いが、無意識の内に、力を集め、幼い姿に変わっていた。
記憶の破片が消え、光が強さを増すと、庭先に放り出されたが、腕を広げた斑尾がいた。
その腕に抱き止められ、懐かしい香りに頬擦りをする。
「おかえり」
「ただいま」
「久々の休暇は、どうだった?」
「ん~ちょっと大変だった。あのね?日和の会場でね?」
里での事を話しながら、斑尾に抱えられ、ゆっくりと部屋に戻った。
たった二日の短い時間でも、離れていたことで、どれ程、互いが互いを必要なのかを知り、どれだけ想っているのかを実感し、久々の温もりに安心感が芽生え、二人で、一緒に静かな寝息を発てていた。
それから、数週間後。
季麗達が、沢山の土産を持って現れた。
「あの。妃乃環さんは」
「裏にいると思いますけど。なんでですか?」
「いえ。なんでもありませんよ」
雪椰が台所の裏口から外に出ると、枝を広げ藤の枝に乗り、煙管から煙を燻らせる妃乃環が、目を閉じていた。
「何か用かい?」
静かに近付いたはずが、視線も向けず、妃乃環に声を掛けられ、雪椰は、ピタッと立ち止まった。
「アタシに用なんてないだろ」
「お聞きしたい事があるんです」
「なんだい」
「妃乃環さんは、何故、あの地の事を知っていたんですか?」
「アンタ。アタシが何の妖かしか。分かるかい?」
「神木から産まれたと聞きましたが」
「良いかい?自然の中で産まれた妖かしは、普通の妖かしと違って、他のモノの声が聞こえ、その力が使えるんだよ」
妃乃環は、神木から産まれた為、木々や草花の声が聞こえ、その小さな力を束ね使う事が出来る。
その為、あの地で、何が起こったのかを知ることが出来た。
「それに、アタシは、あの辺で産まれたからね。皆、アタシを知ってたんだよ」
「そうだったんですか。でしたら、あの近くに、神木があるんですね」
「もうないよ」
首を傾げた雪椰に、妃乃環は、藤の葉を撫でながら、自分が産まれた神木のことを思い浮かべた。
斑尾達が里を創るよりも前、あの泉よりも、更に奥に、一本の木が、その地に芽吹き、根を張った。
その木は、長い年月を掛け、大きく成長し、静かに生き続けた。
周囲の木々が病気になり、朽ちて逝くのを見つめ、寿念樹となった時、斑尾達と出会った。
あの地に、里を創ろうとしていた斑尾達は、その寿念樹が神木となるまで、その手で守り続けた。
ー主らは、何をしようとしてるのだー
その甲斐あって、寿念樹は、神木となり、話せるようになると、心優しき斑尾達と多くを語り、その志に感動した。
ー心優しき主らに贈ろうー
その里の繁栄を願い、斑尾達の想いを叶える為、妃乃環を産み落とした。
里の為、斑尾達の為、妃乃環は、神木に代わり、その力を大いに振るった。
ー使ってー
『あの木なら、使っても大丈夫だよ』
ーもう少し待って。こっちなら平気ー
『この実は、まだだね。こっちの実なら大丈夫だよ』
妃乃環は、自らが望み、力となる声を伝え、皆が、笑って暮らせるように、忙しく動き回った。
だが、時が流れ、斑尾達が居なくなると、誰も、妃乃環の声を聞こうとせず、多くの木々や草花が失われた。
それから、妃乃環は、孤独と共に過ごし、そこには、妖かしの姿だけで、人の姿が消えてしまった里の姿だけが残った。
そんな時、妃乃環の体に異変が起きた。
それまで、ハッキリと聞こえていた声が消え、力を束ねられなくなり、妃乃環自身の体も透け始めた。
不安が広がり、妃乃環は、神木の元に向かった。
『おい!!こっちにも切り込み入れろよ!!』
そこで、見たことない人が、神木を切り倒そうとしていた。
力を譲り受けていた妃乃環は、神木が亡くなると、自身も消えてしまう事を知った瞬間、死の恐怖を全身に感じた。
「アタシは…そこから逃げたんだ」
切り倒されるのを見てられなくなり、妃乃環は、最後の力を振り絞り、遠くへと必死に走った。
だが、然程、離れられず、膝を着き、薄れる自分の体を抱き締めるように、背中を丸め、土で、顔が汚れるのも気にせず、大粒の涙を流した。
「そこに、幼い蓮花様が現れ、アタシは、救われたのさ」
その姿を見付けた時、妃乃環は、背中を丸めて震えていた。
『…どうしたの?どこか痛いの?』
『っ!!うるさい!!あっちに行きな!!』
『なんで、泣いてるの?』
『うるさい!!早く行きっ!!』
苦しそうに顔を歪める妃乃環の背中に触れると、そこから光が広がった。
『…お姉さん、妖かしなの?』
『アンタ…妖かしを知ってるのかい?』
『知ってるよ。斑尾も妖かしだもん』
『斑尾…アンタ、一体何者なんだい』
『夜月蓮花だよ?お姉さんは?』
『アタシは…妃乃環だよ』
『妃乃環お姉さん、ごめんね?』
涙や土で汚れた頬に触れると、妃乃環は、哀しそうに目を細めながらも、ニッコリ笑った。
『大丈夫だよ。アンタが、悪いんじゃないんだから』
『…生きたい?』
妃乃環の瞳が切なく揺れ、笑っていながらも、涙を流した。
『当たり前だろ?まだ生きたいさ』
『なら、私が助けるよ』
『何言ってんだい。アンタは…』
『人のせいで、辛い思いをさせたなら、人が助けなきゃいけないんだよ?だからね?私が助けるんだ。だから、私と一緒に生きよう?妃乃環』
そこで、式神契約を交わし、その効力が、妃乃環に力を与えた。
「アンタの事も知ってるよ」
「え…」
式となって日の浅かった妃乃環は、知らない所で、主が、いなくなるのを恐れ、常に近くで、その様子を見ていた。
雪椰と出会った時も、近くの木にいた。
そして、咲き誇る藤の力を使い、周囲に、その香りを充満させた。
「アンタが、蓮花様を妖かしだと思うようにね」
「そうでしたか」
納得する雪椰を横目に見つめ、妃乃環は、クククと、喉を鳴らすように笑った。
「アンタが子供で良かったよ。そのおかげで、簡単に騙せたからねぇ」
「子供って…あれでも、蓮花さんより、かなり大人だったんですが」
「人と妖かしは、流れる時間が違うんだ。蓮花様より大人でも、アタシらにとっちゃ、まだまだ、ケツの青い子供さ」
「そうかもしれませんが、その言い方は…これでも、族長なのですが」
苦笑いする雪椰を見て、妃乃環は、優しく微笑んだ。
戸口の影に隠れ、妃乃環の話を聞き、胸の辺りが暖かくなった。
その場から離れ、廊下に出ると、犬の姿の斑尾がいた。
「散歩行こ」
そよ風に頬を撫でられながら、斑尾と並び、平穏だった日々に戻ったように、石畳を歩く。
「ま~だら」
石段の下で、斑尾に向き直り、手を差し出すと、一瞬、悩むような仕草をしたが、人の姿になり、手を重ねた。
手を繋ぎ、無言で、並んで歩き始め、優しくて、暖かな時間に幸せを感じながらも、不安が大きくなる。
誰にも打ち明けられない不安を抱えながら、手から伝わる斑尾の温もりに溺れるように、ゆっくりと、いつもの散歩道を歩いた。
石段の下に戻ると、重ねていた手を離し、小さく微笑み合ってから、ゆっくり、ゆっくり、小さな幸せを噛み締めるように、石段を登った。
そんな幸福な時間を味わいながら、戸を開けると、玄関先で、菜門を含めた六人が、仁王立ちで待っていた。
「…蓮花さん。分かってますね?」
「え~っと~」
六人の気迫に、一歩、後退りして、頬をポリポリと掻いて、苦笑いを浮かべた。
「出掛ける時は、ちゃんと言ってから行けって、言ってんだろ!!」
「ごめんなさい!!」
羅偉の怒鳴り声を合図に、目尻を吊り上げる六人に、背中を向け、庭の方に向けて逃げ出す。
「待ちなさい!!」
六人も後を追い、斑尾を置き去りにして、必死に逃げ回った。
妃乃環が斑尾の隣に並び、二人は、縁側で、決死の追いかけっこを見つめた。
「何やってんだか」
「阿呆としか言えんな」
「だけど、楽しそうじゃないか」
「そうだな」
二人は、小さな子供達を見つめる父母のように、愛おしそうに微笑んでいた。
止められるまで走り続け、その後、昼も摂らずに寝てしまった。
「阿呆が」
斑尾に抱えられ、自室の長座布団に転がされ、心地良い眠りから、目を覚ました時には、外は暗くなっていた。
「あ!!それ私の!!」
「食った者勝ちだ」
「ちょ!!今のお皿に取ってたじゃん!!」
「なら、名前でも書いとけ」
その日の夕飯は、いつにも増して、騒がしかった。
いつもは、季麗と羅偉がやってる事をされ、まったく食事が進まない。
「あ!菜門さんまで…もう!!」
菜門や雪椰にまで、おかずを取られ、頬を膨らませながら、困った顔をしていると、皇牙が、クスクス笑いながら、茶碗におかずを取り分けた。
「有り難うございます」
「いいえ。これに懲りたら、もう黙ってどっかに行っちゃダメだよ?皆、心配しちゃうから」
「はい。すみませんでした」
その後は、皇牙に守られるように、食事をすることが出来た。
「あ。報告まだでしたね?」
食後のお茶を啜っていると、思い出したように、菜門が、デザートのビワを置いて手を叩いた。
「なんですか?」
あの後、急遽、長老を交えた族長会議を行い、これからは、祭りのような飾りをやめ、静かに過ごし、日が暮れたら、各々で提灯を飛ばすようにと、月下の日和を改正することが決定した。
「そっか。本来の在り方に、戻ったんですね。良かった」
「そこで、斑尾ちゃんに、知ってる事を教えて欲しいんだ」
「何故だ」
「月下の日和だけじゃなくて、他の事でも、色々と見直そうと思ってね」
「それならば、長老から話を聞けば良い」
「長老は、何かと隠したがる」
「それでは、話にならん」
「だから、斑尾さん達に話を聞きたいんです」
雪椰の微笑みを見つめ、斑尾は、人の姿に変わり、視線を向けた。
「亥鈴を呼んでくれ」
「は~い」
ビワを頬張り、縁側に出て、袂から式札を取り出した。
「来たれ。亥鈴」
式札を庭に投げると、白い煙を上げ、本来の姿の亥鈴が現れた。
「お呼びでございますか?」
「ちょっと、手伝ってあげてよ」
指差した先の斑尾を見て、小さな溜め息をつき、人の姿になり、亥鈴が縁側に上がった。
「おい」
亥鈴と入れ替わりに、部屋に向かおうとすると、影千代が、首を傾げた。
「どうして、式札を使ったのか。ってことですかね?」
全てを集める時は、全体に力を向ければ、引き寄せる事が出来るが、個々で呼び出す時は、一つに力を集中しなければならない。
「だから、式札を使って呼び出すんですよ」
「でも、前は、名前を呼んだだけで、出てきたじゃない?」
「あれは、皆、浴衣の袂に入っていたり、すぐ傍にいたからなんですよ。離れた所にいる時は、式札じゃなきゃ、呼び出せないんです。まぁ、名前を呼べば、勝手に式札が出て来てくれるんですけど、皆、勘が良いので、出て来ない時もあるんです」
苦笑いすると、季麗達が、何度も頷き、納得したのを見て、立ち止まっていた亥鈴が、斑尾の隣に座り、六人も真剣な顔付きになった。
ー理苑。二人と一緒に居てー
居間から離れ、天井に顔を向けて、理苑に告げると、返事の代わりに、瓦を叩く音が聞こえた。
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