13 / 13
13話
しおりを挟む
錦を1人で残したまま、さっきまで、不安だった林の中を稲荷と一緒に手を繋いで戻る。
歩き出してから、稲荷は、ずっと、黙ったままだった。
その背中は、怒っているようだが、決して責めない。
ちゃんと、話をしなければならない。
頭では、分かっていても、何から話せばいいか、分からない。
結局、稲荷に何も言えないまま、2人で、アパートまで戻ってくると、稲荷は、自分の部屋の鍵を開けた。
稲荷の部屋に、初めて入った。
手を引かれながら、部屋の中を見渡す。
余計な物は少なくて、必要最低限な物しない部屋に、稲荷らしさを感じる。
初めて入った事と稲荷の匂いがするへやに、ドキドキしていると、稲荷に引っ張られ、その腕の中に、閉じ込められた。
「…ばか…」
その呟きは、安心したような声色だった。
稲荷の背中に腕を回し、しっかりと、ぬくもりを感じる。
「ごめんなさい…」
稲荷の耳元で、囁くように謝ると、稲荷の腕に、少しだけ力が入った。
稲荷は、頬擦りし、頬と頬をくっ付けて、目を閉じて、ただ互いのぬくもりに身を寄せ合った。
しばらく、そのままでいたが、ゆっくりと、体を離した稲荷は、少し怖い顔をした。
「何故、何も言ってくれなかったんだ」
「ごめんなさい…でも、イナリを殺すって言われたら…どうしたらいいのか分からなくて…いっぱい悩んで…いっぱい考えて…私には、あれしか出来ないって思ったから…」
うつ向くと、額に稲荷の額が付けられ、その赤い瞳を見つめた。
「悩んでる時に言って欲しかった」
「でも、私が近付くと、イナリがケガするから…そんなのイヤだったの…心配させてごめんなさい」
稲荷の表情が、柔らかくなった。
「今日は、謝ってばっかだ」
優しい稲荷の声色に、そっと目を細めた。
「ホントだね」
「私も謝らなければな」
稲荷の表情が、少しだけ暗くなった。
「リンカの様子がおかしくなった時、なんか、あるんじゃないかとは思っていた」
驚いて、稲荷から離れようとしたが、大きな手が、それを拒んだ。
「でも、そんなに苦しんでいたとは、思わなかった」
くっ付けていた額が離れ、頬に、稲荷の頬が触れた。
「気付いてやれなくて、すまなかった」
耳元で囁くように、稲荷に謝られると、胸が苦しくなった。
「これからは、そんな苦しみを分けて欲しい」
また涙が、頬を伝い落ちる。
「これからも、喜びを2人で味わいたい」
流れる涙が、稲荷の頬を濡らす。
「リンカ」
頬から離れて、涙を手の甲で拭う稲荷を見つめると、自然と顔が近付き、ゆっくりと目を閉じた。
稲荷の唇と唇が重なり、触れ合うだけのキスをした。
1度離れて、稲荷が、小さく微笑むと、今度は、深くて甘いキスをされた。
初めての深いキスに、全身の力が抜け、その甘さに目眩を起こしそうになる。
それでも、稲荷にしがみつき、その唇を受け止めた。
「…ダメだ…」
唇を離し、そう呟いた稲荷の横顔が、真っ赤になっていた。
「イナリ、顔真っ赤」
「仕方ないだろ…こんなはずじゃ…なかったんだ」
首を傾げると、稲荷は、顔を隠すように、強く抱き締めた。
「嫁に来るまで、こんな事、絶対しないって、決めてたのに…」
残念そうな姿が、なんだか新鮮で、クスクスと笑うと、稲荷は、更に、拗ねたようになった。
「笑うな」
「ごめん…私、愛されてるなぁって思ったら、嬉しくて」
稲荷を見上げ、優しく微笑んだ。
「でも、もっと素直になってくれたら、もっと嬉しいな」
驚いた稲荷の頬に優しく、唇をくっ付けると、体が宙に浮き、次の瞬間には、稲荷のベットに押し倒され、また、深くて甘いキスをされた。
「本当にいいのか?」
「いいよ。イナリなら」
「…どうなっても知らん」
深く深く、甘い甘い口付けに、素肌を這う稲荷の手が、私を熱くする。
ちょっと、苦しいけど、稲荷の優しさは、変わらなかった。
「愛してる…リンカ…」
甘くて優しい稲荷の声色に、何度も名前を呼ばれる度に、愛しさが込み上げてくる。
甘い声を響かせ、体を震わせながら、稲荷との甘い時間を味わった。
「そう言えば、どうして、あの場所が分かったの?」
「ん?」
「いた場所」
「…あぁ」
稲荷の腕の中で、不意に、浮かんだ疑問を口にすると、視線を反らした。
「たまたま、リンカの後ろ姿が見えたから、気付かれないように、後を追ったんだ」
「ストーカー」
「違う。心配だったんだ」
「知ってるよ」
クスクスと笑うと、稲荷は、頭を掻いた。
「それより…」
覆い被さるように見下す稲荷は、意地悪な笑みを浮かべた。
「あのノックは、どうゆう意味なんた?」
「お花のお礼」
負けじと、意地悪な笑みを作ると、稲荷は、顔を近付けた。
「そんな事言っていいのか?」
稲荷は、脇の下に手を入れ、指を動かして擽った。
「や!!やめ!!いやぁ!!」
抵抗したが、負けてしまい、稲荷に擽られ、息苦しくなる程、笑っていた。
「もう…やめて…苦し」
「じゃ、本当の事言いなさい」
擽っていた手を止め、ニコニコと、
笑いながら、見下ろす稲荷に、手を伸ばし、抱き付いて、耳元に頬を寄せた。
「好きって意味」
「知ってる」
「意地悪」
「お互い様だ」
笑い合ってから、優しいキスをして、微笑み合って、頬擦りする。
「イナリ。大好き」
囁きに、稲荷は、嬉しそうに笑う。
初恋が実り、花が開く。
それは、まるで、あの送られてきた花たちのように、それであって、決して、枯れる事のない色鮮やかに咲き誇る花だった。
それから5年後。
ドアに取り付けたベルが鳴り響く。
「いらっしゃいま…」
「よっ」
「ヤッホー」
久々に見る舞子と幸彦は、あの頃から変わらない。
唯一、変わったのは、2人が付き合っていることだ。
「久しぶりだね?2人して、ちょっと太ったでしょ?」
「そんな事ないし」
「嘘つけ」
「うるさい!!」
変わりなく、言い合いを始める2人を見て、笑っていると、賑やかな声に気付いた稲荷が、奥から顔を出した。
「やけに、賑やかだと思ったら、2人だったか」
「あ!お久し振りで~す」
「いらっしゃい」
隣に並んで、稲荷も、ニッコリと笑う。
あれから、しばらく経ってから、稲荷を連れて、母たちに会いに行き、自分の気持ちを伝えた。
最初は、驚いていたが、真剣に話すのを見て、母も、あっさりと快諾した。
稲荷の元に嫁ぎ、専門学校の製菓学科を卒業して、夢だったパティシエとなり、昨年、父たちの店があった土地を買い取り、この場所で、父と同じように、自分の店を開業した。
友姫や紗英、香奈や多くの同級生が来てくれて、噂が噂を呼び、最近では、忙しくなり始め、稲荷は、保健医を辞めて、手伝ってくれていた。
そんな中、度々、錦が来ることもあったが、昔のような雰囲気は、全くなくなり、柔らかな雰囲気になっていた。
そんな錦が、つい先日、彼女を連れてきた。
それは、あの滝田だった。
どうゆう経緯かは、聞かなかったが、幸せそうな2人を見て、心の底から安心し、稲荷と平穏な日々を送っていた。
「それにしても、2人が結婚して、5年も経つんだ。早いねぇ」
「舞子たちは?」
「実はですねぇ…じゃん」
舞子が左手を見せると、その薬指に指輪が光っていた。
「婚約しましたぁ」
「そっか。おめでと」
「ありがとう。いやぁ~。ここまでが、長かったよぉ」
「仕方ねぇだろ。お前の父さん、全然、話聞いてくんねぇし」
「確かに、おじさん厳しいもんね」
「そうなんだよねぇ。話聞け!!って感じだったよ」
そんな話をして、笑っていると、舞子が、ショーケースの脇を見て驚いた。
「陽菜(ヒナ)。挨拶は?」
「…こんにちは」
陽菜は、稲荷の後ろに隠れながら、小さな声で挨拶をした。
その様子に2人は驚き、舞子は陽菜を指差した。
「まさか…?」
稲荷と交互に指差す舞子に、苦笑いした。
「そうだよ?」
「うそ!?」
「マジ!?」
「正真正銘、私とリンカの子だ」
驚いて大声を出した舞子と幸彦に、稲荷と2人で笑った。
その2人は、稲荷に抱っこされる陽菜を見て興奮した。
「そんなん分かるよ!!目元は、凜華に似てるし、金髪なんか、そのまんまだし」
「てか…いくつ?」
「3つ」
「なぬ!?」
「早っ!!」
「そう?」
「さぁ~」
舞子は、ガクッと肩を落とした。
「私なんか、やっと婚約したのに、凜華は、もう子どもいるって…なんか、淋しいんですけど」
「まぁ。2人も、その内出来るから」
「そんな問題じゃないよぉ~」
「仕方ねぇよ。俺らは、その前の段階で、もたついちまったから」
「う~。幸彦のせいだ」
「いやいや。どちらかと言えば、お前の親父のせいだから」
「その通りだから、何とも言えない」
項垂れる2人を見て、稲荷と苦笑いしていると、幸彦が、陽菜を見て優しく微笑んだ。
「抱っことか出来んの?」
「あ!私も抱っこしたい」
「あ~ムリ」
「え~。なんで?」
稲荷に抱っこされる陽菜は、2人に見つめられて、バッと顔を反らした。
「イナリが甘やかしまして…とてつもない人見知りなんだよね」
2人は、また項垂れた時、ベルの音がすると、隆也が入ってきた。
「おっす」
気だるそうな隆也の元に、稲荷の腕から飛び降りた陽菜が、走り寄ると、舞子は、更に項垂れ、幸彦が顔を歪めた。
「あんなオッサンの何処がいいんだよ」
「その理由は、多分アレ」
仲良く話してる稲荷と隆也を指差すと、2人共、納得したように頷いた。
「なるほどね」
「でも、なんか悔しい」
「大人になりきれねぇ、ガキにゃ、子守りなんて、出来ねぇよ」
陽菜を抱き上げ、勝ち誇ったような隆也に文句を言う舞子と幸彦を見ていると、高校生に戻ったようで、嬉しくて、微笑ましい。
更に、ベルが鳴り、多くの同級生たちが、店に入ってきて、店内は、一気に騒がしくなった。
同じ事を考えたらしく、稲荷は、表の看板を下げ、営業を終了すると、小さな同窓会となり、昔と変わらない笑顔に囲まれ、私は、幸せな時間を過ごした。
そして、多くの愛情に包まれながら、稲荷と幸福な家庭を築き、これから来る未来に夢を馳せて、幸せな時間を生きた。
歩き出してから、稲荷は、ずっと、黙ったままだった。
その背中は、怒っているようだが、決して責めない。
ちゃんと、話をしなければならない。
頭では、分かっていても、何から話せばいいか、分からない。
結局、稲荷に何も言えないまま、2人で、アパートまで戻ってくると、稲荷は、自分の部屋の鍵を開けた。
稲荷の部屋に、初めて入った。
手を引かれながら、部屋の中を見渡す。
余計な物は少なくて、必要最低限な物しない部屋に、稲荷らしさを感じる。
初めて入った事と稲荷の匂いがするへやに、ドキドキしていると、稲荷に引っ張られ、その腕の中に、閉じ込められた。
「…ばか…」
その呟きは、安心したような声色だった。
稲荷の背中に腕を回し、しっかりと、ぬくもりを感じる。
「ごめんなさい…」
稲荷の耳元で、囁くように謝ると、稲荷の腕に、少しだけ力が入った。
稲荷は、頬擦りし、頬と頬をくっ付けて、目を閉じて、ただ互いのぬくもりに身を寄せ合った。
しばらく、そのままでいたが、ゆっくりと、体を離した稲荷は、少し怖い顔をした。
「何故、何も言ってくれなかったんだ」
「ごめんなさい…でも、イナリを殺すって言われたら…どうしたらいいのか分からなくて…いっぱい悩んで…いっぱい考えて…私には、あれしか出来ないって思ったから…」
うつ向くと、額に稲荷の額が付けられ、その赤い瞳を見つめた。
「悩んでる時に言って欲しかった」
「でも、私が近付くと、イナリがケガするから…そんなのイヤだったの…心配させてごめんなさい」
稲荷の表情が、柔らかくなった。
「今日は、謝ってばっかだ」
優しい稲荷の声色に、そっと目を細めた。
「ホントだね」
「私も謝らなければな」
稲荷の表情が、少しだけ暗くなった。
「リンカの様子がおかしくなった時、なんか、あるんじゃないかとは思っていた」
驚いて、稲荷から離れようとしたが、大きな手が、それを拒んだ。
「でも、そんなに苦しんでいたとは、思わなかった」
くっ付けていた額が離れ、頬に、稲荷の頬が触れた。
「気付いてやれなくて、すまなかった」
耳元で囁くように、稲荷に謝られると、胸が苦しくなった。
「これからは、そんな苦しみを分けて欲しい」
また涙が、頬を伝い落ちる。
「これからも、喜びを2人で味わいたい」
流れる涙が、稲荷の頬を濡らす。
「リンカ」
頬から離れて、涙を手の甲で拭う稲荷を見つめると、自然と顔が近付き、ゆっくりと目を閉じた。
稲荷の唇と唇が重なり、触れ合うだけのキスをした。
1度離れて、稲荷が、小さく微笑むと、今度は、深くて甘いキスをされた。
初めての深いキスに、全身の力が抜け、その甘さに目眩を起こしそうになる。
それでも、稲荷にしがみつき、その唇を受け止めた。
「…ダメだ…」
唇を離し、そう呟いた稲荷の横顔が、真っ赤になっていた。
「イナリ、顔真っ赤」
「仕方ないだろ…こんなはずじゃ…なかったんだ」
首を傾げると、稲荷は、顔を隠すように、強く抱き締めた。
「嫁に来るまで、こんな事、絶対しないって、決めてたのに…」
残念そうな姿が、なんだか新鮮で、クスクスと笑うと、稲荷は、更に、拗ねたようになった。
「笑うな」
「ごめん…私、愛されてるなぁって思ったら、嬉しくて」
稲荷を見上げ、優しく微笑んだ。
「でも、もっと素直になってくれたら、もっと嬉しいな」
驚いた稲荷の頬に優しく、唇をくっ付けると、体が宙に浮き、次の瞬間には、稲荷のベットに押し倒され、また、深くて甘いキスをされた。
「本当にいいのか?」
「いいよ。イナリなら」
「…どうなっても知らん」
深く深く、甘い甘い口付けに、素肌を這う稲荷の手が、私を熱くする。
ちょっと、苦しいけど、稲荷の優しさは、変わらなかった。
「愛してる…リンカ…」
甘くて優しい稲荷の声色に、何度も名前を呼ばれる度に、愛しさが込み上げてくる。
甘い声を響かせ、体を震わせながら、稲荷との甘い時間を味わった。
「そう言えば、どうして、あの場所が分かったの?」
「ん?」
「いた場所」
「…あぁ」
稲荷の腕の中で、不意に、浮かんだ疑問を口にすると、視線を反らした。
「たまたま、リンカの後ろ姿が見えたから、気付かれないように、後を追ったんだ」
「ストーカー」
「違う。心配だったんだ」
「知ってるよ」
クスクスと笑うと、稲荷は、頭を掻いた。
「それより…」
覆い被さるように見下す稲荷は、意地悪な笑みを浮かべた。
「あのノックは、どうゆう意味なんた?」
「お花のお礼」
負けじと、意地悪な笑みを作ると、稲荷は、顔を近付けた。
「そんな事言っていいのか?」
稲荷は、脇の下に手を入れ、指を動かして擽った。
「や!!やめ!!いやぁ!!」
抵抗したが、負けてしまい、稲荷に擽られ、息苦しくなる程、笑っていた。
「もう…やめて…苦し」
「じゃ、本当の事言いなさい」
擽っていた手を止め、ニコニコと、
笑いながら、見下ろす稲荷に、手を伸ばし、抱き付いて、耳元に頬を寄せた。
「好きって意味」
「知ってる」
「意地悪」
「お互い様だ」
笑い合ってから、優しいキスをして、微笑み合って、頬擦りする。
「イナリ。大好き」
囁きに、稲荷は、嬉しそうに笑う。
初恋が実り、花が開く。
それは、まるで、あの送られてきた花たちのように、それであって、決して、枯れる事のない色鮮やかに咲き誇る花だった。
それから5年後。
ドアに取り付けたベルが鳴り響く。
「いらっしゃいま…」
「よっ」
「ヤッホー」
久々に見る舞子と幸彦は、あの頃から変わらない。
唯一、変わったのは、2人が付き合っていることだ。
「久しぶりだね?2人して、ちょっと太ったでしょ?」
「そんな事ないし」
「嘘つけ」
「うるさい!!」
変わりなく、言い合いを始める2人を見て、笑っていると、賑やかな声に気付いた稲荷が、奥から顔を出した。
「やけに、賑やかだと思ったら、2人だったか」
「あ!お久し振りで~す」
「いらっしゃい」
隣に並んで、稲荷も、ニッコリと笑う。
あれから、しばらく経ってから、稲荷を連れて、母たちに会いに行き、自分の気持ちを伝えた。
最初は、驚いていたが、真剣に話すのを見て、母も、あっさりと快諾した。
稲荷の元に嫁ぎ、専門学校の製菓学科を卒業して、夢だったパティシエとなり、昨年、父たちの店があった土地を買い取り、この場所で、父と同じように、自分の店を開業した。
友姫や紗英、香奈や多くの同級生が来てくれて、噂が噂を呼び、最近では、忙しくなり始め、稲荷は、保健医を辞めて、手伝ってくれていた。
そんな中、度々、錦が来ることもあったが、昔のような雰囲気は、全くなくなり、柔らかな雰囲気になっていた。
そんな錦が、つい先日、彼女を連れてきた。
それは、あの滝田だった。
どうゆう経緯かは、聞かなかったが、幸せそうな2人を見て、心の底から安心し、稲荷と平穏な日々を送っていた。
「それにしても、2人が結婚して、5年も経つんだ。早いねぇ」
「舞子たちは?」
「実はですねぇ…じゃん」
舞子が左手を見せると、その薬指に指輪が光っていた。
「婚約しましたぁ」
「そっか。おめでと」
「ありがとう。いやぁ~。ここまでが、長かったよぉ」
「仕方ねぇだろ。お前の父さん、全然、話聞いてくんねぇし」
「確かに、おじさん厳しいもんね」
「そうなんだよねぇ。話聞け!!って感じだったよ」
そんな話をして、笑っていると、舞子が、ショーケースの脇を見て驚いた。
「陽菜(ヒナ)。挨拶は?」
「…こんにちは」
陽菜は、稲荷の後ろに隠れながら、小さな声で挨拶をした。
その様子に2人は驚き、舞子は陽菜を指差した。
「まさか…?」
稲荷と交互に指差す舞子に、苦笑いした。
「そうだよ?」
「うそ!?」
「マジ!?」
「正真正銘、私とリンカの子だ」
驚いて大声を出した舞子と幸彦に、稲荷と2人で笑った。
その2人は、稲荷に抱っこされる陽菜を見て興奮した。
「そんなん分かるよ!!目元は、凜華に似てるし、金髪なんか、そのまんまだし」
「てか…いくつ?」
「3つ」
「なぬ!?」
「早っ!!」
「そう?」
「さぁ~」
舞子は、ガクッと肩を落とした。
「私なんか、やっと婚約したのに、凜華は、もう子どもいるって…なんか、淋しいんですけど」
「まぁ。2人も、その内出来るから」
「そんな問題じゃないよぉ~」
「仕方ねぇよ。俺らは、その前の段階で、もたついちまったから」
「う~。幸彦のせいだ」
「いやいや。どちらかと言えば、お前の親父のせいだから」
「その通りだから、何とも言えない」
項垂れる2人を見て、稲荷と苦笑いしていると、幸彦が、陽菜を見て優しく微笑んだ。
「抱っことか出来んの?」
「あ!私も抱っこしたい」
「あ~ムリ」
「え~。なんで?」
稲荷に抱っこされる陽菜は、2人に見つめられて、バッと顔を反らした。
「イナリが甘やかしまして…とてつもない人見知りなんだよね」
2人は、また項垂れた時、ベルの音がすると、隆也が入ってきた。
「おっす」
気だるそうな隆也の元に、稲荷の腕から飛び降りた陽菜が、走り寄ると、舞子は、更に項垂れ、幸彦が顔を歪めた。
「あんなオッサンの何処がいいんだよ」
「その理由は、多分アレ」
仲良く話してる稲荷と隆也を指差すと、2人共、納得したように頷いた。
「なるほどね」
「でも、なんか悔しい」
「大人になりきれねぇ、ガキにゃ、子守りなんて、出来ねぇよ」
陽菜を抱き上げ、勝ち誇ったような隆也に文句を言う舞子と幸彦を見ていると、高校生に戻ったようで、嬉しくて、微笑ましい。
更に、ベルが鳴り、多くの同級生たちが、店に入ってきて、店内は、一気に騒がしくなった。
同じ事を考えたらしく、稲荷は、表の看板を下げ、営業を終了すると、小さな同窓会となり、昔と変わらない笑顔に囲まれ、私は、幸せな時間を過ごした。
そして、多くの愛情に包まれながら、稲荷と幸福な家庭を築き、これから来る未来に夢を馳せて、幸せな時間を生きた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました
廻り
恋愛
幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。
王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。
恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。
「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」
幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。
ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。
幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる