頬を撫でる唇

咲 カヲル

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三話

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デスクにマグカップを置き、パソコンの電源を入れると、椅子に座って、悩み始めた。
山崎さんには、あんな風に言ったが、実際は、官能小説だけは書いた事がない。
というか、書く気がなかった。
それが、つい先日、ある雑誌の編集から、書いて欲しいと言われて、書く事になったのだが、何をどう書けばいいか分からない。
他の仕事は片付いたが、これだけは、片付けられず、ここ数日、悩んでいた。
いつも通りに書いてみても、肝心な部分が書けない。
局部を詳細に書けばいいのか。
でも、何をどう表現すればいいんだろ。
担当が読みたいから、書いて欲しいと言われて、書き始めてみたが、もう分からない。
その前に、話題性が出るからって、私に、話題性が必要なのか。
絶頂も知らない私に、これは、拷問に近い気がする。
それより、主人公って、どっちにしたらいいんだろ。
そもそも、主人公なる者は必要なのか。

「あーーもう!!」

そんな事をゴチャゴチャと、考えていると、頭痛が酷くなりそうで、気が狂いそうになる。
椅子の背もたれに、寄っ掛かって、天井を見上げて、一回、リセットしようとした。

「官能ですね」

急に、山崎さんの顔が出てきて、私が、ビクッと、肩を揺らしたのは、これで三度目だ。

「お願いですから、驚かさないで下さいよ。どうかしたんですか?」

「色々と、見て回っていたら、叫び声が聞こえたので、この部屋を覗いたら、死にそうな顔をした金山さんを見付けました」

「死にそうって」

「官能は苦手なんですか?」

書き途中の文章が、表示されているパソコン画面を見つめながら、デスクに頬杖を着いて言った。

「苦手と言うか、初めて書くので、どうしたらいいか分かんないんです」

山崎さんが、黙ってしまい、私は、頬杖をやめて、肘置きに手を置いて、椅子を回転させ、山崎さんに向き直った。

「山崎さん?」

山崎さんを見ていると、あの艶やかな笑みを浮かべていた。

「私が、お手伝いしましょう」

「…はい?」

意味が理解出来ず、聞き返した瞬間、山崎さんの手に、頬が包まれ、唇が重なった。
また山崎さんが、画面いっぱいに写し出される。
さっきと違って、ついばむようなキスをされ、唇が離れる度に、チュッと音がした。
山崎さんの腕を掴んで、押し返そうとしたが、全く動かない。
唇が離れると、至近距離で見つめられ、桃色に染まっていた。
今の私は、どんな顔をしているんだろうか。

「頬が桃色になって、目尻が、下がってます」

私の考えが、山崎さんに見透かされたことに、驚いて、目を見開きながら、頬に熱が帯びるのを感じた。
あの艶やかな微笑みが浮かんで、唇が重なると、今度は、噛み付くようなキスをされた。
口内を舐め回され、舌が絡め取られる。
互いの息遣いが荒くなり、頭が、ボーッとし始め、山崎さんの腕を掴む手から、力が抜けると、手を肘置きに押し付けられた。
キス一つで、こんな風になるのは、初めてで、自分自身に戸惑った。
一旦、自分を落ち着けたくて、山崎さんの唇から逃れようと、顔を反らそうとしたが、離れるどころか、顔の位置を変えられるだけだった。
やっと、唇が離れたと思うと、至近距離で、また見つめられ、見つめ返せず、視線を反らした。

「さっきよりも、目尻が下がって、溶けてしまいそうな顔をしてます」

文句の一つでも、言い返そうと、顔を向けたのが悪かった。
山崎さんが軽くキスをして、その唇が頬を撫でた。
それから逃げるように反らすと、露になった首筋に吸い付かれ、チュっと音がし、ヌルっとした舌の感覚に、背中が、ゾクゾクと震え、忘れていた熱を思い出してしまった。

「ふ…ぅ…」

吐き出す息に混じって声が出る。
首筋を伝い、鎖骨に向かう舌の感覚に、体の震えが止まらない。
舌の感覚が唇に変わり、震えは止まったが、熱が広がっていく。
鎖骨と喉を撫でるように動く唇に、声が漏れそうになり、唇をきつく閉じて、熱と息を鼻から逃す。
もう何をされてるか分からない。
山崎さんの手が、トレーナーの中に入り、ヒヤリとする冷たさに体が震えた。

「ん…」

腕を掴んだつもりが、服を掴んだ。
もうどこに何があるのかも、分かっていない。
山崎さんの手が、素肌を伝い、トレーナーが捲れ上がる。
横に反れた山崎さんの頭に、頬を押し付けると、唇が重ねられた。
山崎さんの手が進み、ブラの上から胸を掴むと揉まれ始めた。
口の中で声が反響し、耳のすぐ近くに聞こえる。
カップが引き下ろされ、乳首が露になると、優しく撫でられた。
下腹部に熱が集まり、無意識の内に、太股を擦り合わせるように、動かしていた。
鼻がぶつかる程、至近距離で見つめられると、吐息の熱を感じた。

「顔が真っ赤です」

「み…ん…ふぅ…っ…」

乳首を摘まれると、言いたい事が言えなくなる。
体が震え、声にならない。

「痛みますか?」

何も返せない。
首を振る事も出来ない程、与えられる刺激に震えていた。
椅子に座った状態の体に、のし掛かるようして、胸元に顎を乗せると、山崎さんは、私の表情を観察するように見上げた。
その視線は、熱っぽく、私の理性を溶かしてしまいそうで、見つめられる事に耐えられなくなる。
山崎さんから、視線を反らして、目を閉じた。
乳首を引っ張ったり、転がされたりしながら、時折、先っぽを撫でられ、目を閉じた事を後悔した。

「ん…んん…」

背もたれに頭を押し付けて、背中を反らすと、胸元に顔が埋められ、唇が胸を撫でた。

「ふぅん…!!」

乳首を転がすように舐められ、私の理性が溶け出していく。

「や…ん…やめ…て…やま…ざき…さ…ふ…ん…」

視線を向けたのが、間違いだった。
山崎さんは、私に視線を向けたまま、谷間を舐めるように、舌を移動させた。
今まで、指で触れていた乳首の先っぽを撫でるように舐め、今まで吸い付いていた乳首を挟んで、擦るように指を動かした。

「ふ…んん…」

それが見てられなくて、また目を閉じると、舐めていた乳首に吸い付き、触れていた手が、脇腹を撫で下ろした。
くすぐったいような、なんとも言えない感覚に腰が浮く。
ベルトに手を掛けられ、焦って腰を落とそうとしたが、乳首から唇が離れ、チュっと音が聞こえた。

「ん…く…ふぅん…」

頬や唇を何度も舐め、唇を吸って、隙間が出来ると、舌が押し込まれた。
ベルトが外れたらしく、カチャンと小さな音がし、ジーパンのボタンが、外されたようで、下腹部に解放感を感じる。
これ以上は、流石にヤバい。
太股を閉じて、それ以上は、触らせないようにした。
唇が離れ、山崎さんの荒くなった息が、頬に触れて、すぐ近くに居るのが分かる。
その吐息から逃れるように、顔を反らした時、耳たぶに淡い痛みが走った。

「ふぅん…」

耳を甘噛みされると、腰が浮いてしまう。
耳元で、クチュと、湿った音がして、閉じていた太股が緩んだ瞬間、陰部を掴まれた。

「はぁあ…」

短い喘ぎが抜け出た。
掴んでは離される陰部の感覚に、あの時の記憶が重なる。
更に、鎖骨に、小さな痛みが走り、記憶が鮮明になる。

「ふ…ん…」

力が上手く入らない手で、山崎さんの手首を掴んだが無意味だった。
その手は、何度も動かされ、胸にあった手が、耳を探るように、動かされ、逆の耳は、また舐められる。

「ふ…ん…は…あ…あ…」

止まらない手に、喘ぎ声を漏らして、体を揺らす度に、椅子が、ガタっと音を発てる。

「も…や…あ…」

喘ぎに混じりながら、発した声は、言葉にならない。
陰部で動かされていた手が、勃起する蕾を捕らえた。
何度も擦られる蕾からの刺激で、耳に触れていた手が、移動していたのに気付かなかった。
ジーパンと腰の間に出来た隙間から、手が侵入すると、耳を舐めていた舌が、下腹部へと移動した。

「あ…ああ…ふ…ん…」

微かに、山崎さんの髪が触れるだけで、背中を反らして、体を震わせた。
ヘソの周りを舐める山崎さんの舌と髪に、腰が浮き上がっていく。
蕾に触れていた手が離れたと思うと、ジーパンが下ろされそうになった。

「あ!!ちょっ!!」

それまで、背中を反らしていたが、椅子に深く座り、お尻まで下ろされたジーパンが、それ以上、下ろされないようにして、山崎さんの肩を掴んだ。

「それ以上はやめて下さい」

私を見つめていた山崎さんは、顔を近付け、耳元に唇を寄せた。

「物欲しそうな顔になってますよ?」

その言葉が、頬に熱が帯びて、耳まで赤くなる。

「そ!!」

「嘘です」

文句を言おうとすると、山崎さんは、耳たぶを甘噛みした。

「私が欲してるだけです」

山崎さんの声は、落ち着いているのに、とても熱っぽい。

「ちょっと、強引、じゃ…」

「強引がいいのでは?」

耳に息を掛けるように喋られ、背中がソワソワと、逆毛立つように震えた。
山崎さんの声は優しいのに、その言葉は意地悪だ。

「ちがぁ…」

耳に息を吹き付けられ、首を曲げると、山崎さんの唇が、優しく頬を撫でた。

「な…んで…」

「さっき言いましたよ?手伝いましょうって」

「ふざ…」

「ってのは口実で、アナタの乱れる姿が見たいだけです」

撫でながら喋る唇が、また、私の唇に重なった。
深いキスに、落ち着き始めた熱が、また戻ってくる。
喉に噛み付きながら舐める山崎さんの舌に、また体が震える。
その舌が首筋に移動すると、舐めながら吸い付き、ジーパンを掴んでいた手が、腰を撫でるように触れた。

「も…や…」

首筋を舐めていた舌が止まり、唇が離れると、撫でていた手を止めて、片手で腰を抱えられ、引き寄せられた。

「ふぁ!!」

お尻の半分まで、椅子から落ち、変な声が出た。
山崎さんの目の前に、顔が現れ、強制的に見つめ合う形になった。

「その理性、いつまで保てるか。楽しみですね」

艶やかに微笑みを浮かべ、余裕の山崎さんに圧倒され、固まってしまった。
腰を抱えていた手が、背中に移動すると、一気に椅子が押された。

「いったぁ!!」

尻餅を着くようにして、床に落ちると、押し倒されて、首筋に噛み付き、また舐め始めた。

「あ…や…」

山崎さんの頭に頬を押し付けるが、全く逃げられない。

「や…ぅ…ん…」

ヘソの下に、股間の堅い物を擦り付けるように動かされた。

「や…やめ…」

肩を掴んで、押し返そうとするが、全く動かない。
腰を抱えていた手が離れ、トレーナーが脇の下まで、捲り上げられ、肩を掴んでいた手が、頭の上に押さえ付けられた。

「やめ…」

露になった体を見下ろし、山崎さんは、口角を上げて、ニヤリと笑った。

「待って!!待って!!」

なんとなくだが、山崎さんの考えが、分かり、手首を掴む手から、逃れようと暴れたが、露になった胸に顔を寄せられ、舌先で、乳首を弾くように微かに舐められた。

「ふぅ!!」

変な声が部屋に響き、体を捩り、逃れようとするが、それも無意味で、山崎さんは、乳首に吸い付き、舐め回した。

「ふ…ぅ…ん…ん…」

どんなに抵抗しても、山崎さんは、逃してくれない。
次第に、頭がボーッとし、乳首から広がる熱と痺れに、腰が浮いてしまう。
時々、チュっと聞こえ、電気が走ったように体が揺れる。
胸だけで、こんな風になる事なんて、一度もなかった。

「ん…ふ…ぅ…んん…ん…」

必死に声を耐えようと、口をきつく閉じているが、それでも荒くなった呼吸と共に漏れる。
頭の上で、押さえ付けられていた手が、腰まで引っ張られ、唇が、体を舐めながら、下腹部に向かって下りていく。

「ん…んん…や…ぅ…う…」

さっきまで堅い物が、押し付けられていた辺りを舐める感覚に、背中を反らし、腰を浮かせた。
手首を掴んでいた手が離され、ジーパンを一気に下ろされた。

「な!!」

起き上がろうとしたが、唇を重ねられ出来なかった。
キスをしながら、押し倒されそうになり、後ろに手を着いて、倒れないように、必死に耐えるが、ガクガクと、腕が震える。
唇を離して、腰を抱き上げて、向かい合うようにして、膝の上に股がらせられると、山崎さんは、艶やかな微笑みを浮かべた。

「も…やめ…」

「ダメです」

開かれた陰部に手を入れ、下着に触れられる。

「お漏らしですか?」

「ちが…あ…」

下着の上から、勃起する蕾を爪で弾かれ、体が震え、山崎さんの肩に爪を立てた。
下着越しに、蕾を擦られる。

「滴り落ちそうですよ」

「も…いわ…なぁ…あ…あ…ふ…ぅ…」

入り口の周りをなぞるように、触られ、背中を反らした。
後ろに倒れないように、抱えられ、どうする事も出来ない。

「どれくらい濡れてるか、分かりますか?」

喘ぐだけで、何の反応も出来ない。
山崎さんは、下着と一緒に指を膣に、浅く入れてかき混ぜ始めた。

「あ…ぁ…ふ…ぅ…」

背中を反らし、体を震わせて、はしたなく喘ぎ、膝の上で暴れると、引き寄せられ、山崎さんの手が止まった。

「続けてもいいですか?」

肩で息をしながら、首を振ると、山崎さんは、微笑んだまま、下着を押し退けて、蕾を直に弾いた。

「ひ…ゃ…」

「しぶといですね?もういいじゃないですか」

「いぃ…や…」

途切れながらも、拒否をしたが、山崎さんの指が、膣に入ってきた。

「あ…あぁ~…」

膣をかき混ぜるように、指を動かされ、体が震える。

「あ…ぁ…ぁあ…や…ぁ…ん…」

「もっとですか?」

「い…ぃ…やぁ…」

山崎さんの上に跨ってるのが、辛くなって、逃げるように、腰を後ろに引く。

「ダメですよ。逃げちゃ」

腰を抱くように腕を回され、深く膣に指が、押し込まれて、背中を伸ばした。

「は…ぁ…あ…い…ん…」

夢の時と同じ所を指先で、触られて、背中を丸め、山崎さんに寄り掛かった。

「ん…ふぁ…だぁ…だ…めぇ…ぁ…」

「ここですか?」

指を曲げられ、ツボを強く押されて、波立つ快楽に体が震えた。
必死に山崎さんの肩を掴む手に、力を込めいたが、全く入らない。

「だ…ぇ…だめぇ…い…ぃや…だ…」

「なんでですか?」

「ひぃ…や…だぁ…ら…」

ツボを強く押したまま、円を描くように、指を動かされて、大きく体を揺らした。

「あ…あぁ~…いぃやぁ…あ…」

背中を反らすと、指が止まり、押し倒された。

「もぅ…や…」

「分かりました」

指を抜いてくれると思っていたが、山崎さんの指は、抜かれるどころか、二本に増えた。

「あ…あぁ…んで…な…でぇ…」 

「終わらせたいんですよね?」

口角を上げて笑った山崎さんに、頷いてみせると、膣に入れた二本の指が、激しく動かされた。

「ああぁーーーや!!やぁ…め…や…らぁ!!」

首を立てて、背中を反らし、喘ぎ声を撒き散らす。
膣をかき回され、涙が零れそうになる。

「イケば終わりですよ」

蕾と膣を擦られる熱さに、追い立てられ、いつの間にか、だらしなく、大きな口を開いて喘ぎ、足を開いて、山崎さんの肩を引き寄せていた。

「も…もぅ…だ…めぇ…ひ…イぃ…ク…」

無意識に、そう呟くと、更に、追い込まれ、蕾を擦り、膣をかき回す山崎さんの指が速さを増した。

「あぁああーーーー!!…っふ」

息を止めて、膣を中心に、全てを引き寄せるように、体を縮めて、山崎さんにしがみついた。
絶頂を迎え、涙を零して、唸ってしまった。
上手く、息が出来ない。
暫くして、膣から指を抜いた山崎さんは、その指が、触れないようにして、私を抱え、胡座になった自分の膝に、座らせると、トレーナーを下げて、自分の肩に顎を置かせた。

「ゆっくり呼吸しましょう」

山崎さんが、濡れていない手で、背中を優しく擦るのに合わせて、ゆっくり、息を吐き出して、新しい空気を肺に送り込んだ。
ボーッとしながらも、やっと呼吸が落ち着き始め、山崎さんは、優しく抱いて、頭に頬を寄せた。

「着物…汚れちゃう…」

「大丈夫ですよ。それより落ち着きましたか?」

小さく頷くと、山崎さんは、安心したように小さく笑った。

「力、意外に強いんですね」

「そんな事…ない」

「結構、痛かったですよ」

腕を伸ばしていた時、さっきまで、握り締めていた肩を思い出した。

「すみません」

「いいですよ。好きな痛みなので」

「Mですか」

「いいえ」

「Sですか」

「いいえ」

「もう。ワケ分からないです」

「分からなくていいですよ」

そのまま、互い何も言わず、黙っていた。

「山崎さんは、いいんですか?」

「何がです?」

「抜かなくて」

「そうですねぇ。入れていいなら」

「無理です」

「だと思いました」

「意地悪ですね」

「可愛らしくて、ついつい」

「山崎さんって、チャラいんですね」

「そうですか?ちゃんとしてるつもりですが」

「見た目じゃなくて中身です」

「それは侵害です」

「事実を言っただけですから」

「そうですか。なら」

また、床に寝かされた。

「しちゃいます」

あの艶やかな、微笑みをしたまま、そう言った山崎さんが、のし掛かってきた。

「え」

床に押し付けるように、肩に体重を掛けると、山崎さんは、腰を上げた。

「ちょうど、濡れてますから、このまま入れますね」

和服の裾から手を入れて、ゴソゴソと動かしているのを見て、焦って言った。

「わ!!わ!!待って!!無理!!やめ!!やめて!!」

山崎さんの腕を掴んで、騒ぎながら、暴れ始めると、着信音が鳴り響いた。
その音に、山崎さんの動きが止まり、ここぞとばかりに暴れた。

「電話!!電話!!仕事かもだから!!よけて!!」

「仕方ないですね」

そう言いながら、溜め息をついて、山崎さんが避けると、急いで、起き上がり、携帯の画面も見ずに、受話ボタンを押した。

「もしもし」

『今、何してた?』

やってしまったと後悔した。
電話の相手が、陽一だと知っていたら、この状況で出たりしなかったのに。

「なんですか」

『いや。今、マコトん家の前にいるんだ』

「…はぁ!?」

驚きのあまり、間抜けな声を出してから、窓に駆け寄り、庭を見た。
その先の玄関前に、動く影が見え、慌てて部屋から出た。
勢い良く戸を開けると、玄関の前で、携帯を耳に当てた陽一が立っていた。

「何してんの」

携帯を切ると、陽一も、携帯を仕舞って言った。

「会えないかと思って」

「先に連絡してよ」

「早く会いたくて」

「家に来られても困る」

腕を組んで、そう言うと、陽一は、下を向いた。

「帰って」

「少しだけでも話を…」

「忙しいの。帰って。また連絡するから」

玄関の戸を締めると、陽一が、外で叫ぶに言った。

「頼む!!少しでいいから話を聞いてくれ!!マコト!!聞いてくれないならここでマコトとの事を叫ぶぞ!!」

溜め息をついて、玄関の戸を開けた。

「少しだけだからね」

陽一を家の中に入れ、リビングに連れて行き、ソファに座らせ、仕事部屋に戻った。
山崎さんが、椅子に座り、肘置きに頬杖を着いて、こちらを見ていた。

「すみませんけど、知り合いが来たので、和室で待っててもらえますか?」

マグカップを持つと、山崎さんは、立ち上がって、私の頬に触れた。

「分かりました」

艶やかに微笑んで、承諾してくれた山崎さんに、嬉しくなって、微笑みを返し、一緒に部屋を出た。
和室の障子に手を掛けたまま、山崎さんに見つめられ、首を傾げた。

「どうしました?」

「ゴミが付いてますよ」

髪に触れると、チュっと音を発てて、すぐに離れた。
頬を押さえた私を見る事なく、山崎さんは、和室に入っていった。
頬を熱くしながら、リビングに戻ると、陽一が、ソファから立ち上がった。
私は、カウンターキッチンに入って、換気扇を回して、タバコを取り出した。

「それで。なに」

タバコに火を点け、白い煙を吐き出すと、陽一は、カウンターキッチンに近付いてきた。

「妻と別れる」

「へぇ」

「だから、ちゃんと付き合って欲しい」

まだ、長いタバコを揉み消し、冷えたコーヒーを飲んでから、カウンターキッチンを出た。

「イヤだ」

「どうして!!」

「誰かに縛られたくないから」

リビングのドアを開けて、陽一に向き直って言った。

「私は、自由に好きな事をしながら、物書きがしたいの。何かに束縛されて、出来なくなるのがイヤなの。奥さんと別れるとか、私には関係ないから。話は終わったでしょ?帰って」

陽一は、下を向いて、拳を握った。

「なんで…あんなに愛し合ったのに」

「ハッキリ言う」

顔を上げた陽一を見据えて言った。

「アナタとの行為で、私は、満たされなかった。そこに愛なんてない」

私の発言が、陽一の抑え込まれた感情を爆発させた。
足音を踏み鳴らして、近付いて来ると、腕を掴んで、叫ぶようにして言った。

「俺は愛してる!!お前を愛してる!!だから全てを捨ててお前と一緒に!!」

掴まれた腕が、ギリギリと痛む。
顔を歪めていると、力任せに引っ張られた。

「何すんの!!」

「抱けば分かる!!俺がどれだけ愛してるか!!」

「ふざけないでよ!!力任せで自分勝手な行為に愛なんか感じない!!」

「なら感じるまでやってやる!!」

そう言って、引き寄せようとする陽一に、腰を落として、後ろに体重を移して踏ん張った。
その時、後ろから肩を抱かれ、陽一の手が叩き落とされた。
うぐいす色の布と、短い髪が見え、それが、山崎さんだと分かった。
陽一が、叩かれた手を擦りながら睨むと、山崎さんは、私を抱き締めて見据えた。

「山崎さん」

「大丈夫ですか?」

抱き締めたまま、優しく微笑む山崎さんを見つめた。

「はい」

返事をして、山崎さんと見つめ合う。

「マコト」

私と山崎さんを睨み付ける陽一に、視線を向けると、その瞳は、怒りの色に染まっていた。

「お前。俺を騙してたのか」

「何言ってんの?」

「俺を愛してたのは、嘘だったんだな」

「だから、愛なんてないって、言ってるじゃん」

私から、山崎さんに視線を移動した陽一は、ニヤリと笑って言った。

「君は知ってるか?マコトは、誰とでも寝るんだぞ?」

「ちょっと!!」

山崎さんの手が、唇に触れられた。
山崎さんは、小さく首を振った。
私が黙ると、陽一は、狂ったように話し始めた。

「誰にでも、股を開いて、自分が満たされないと、他の男を見付けて、何人も、そんな男を引き込んで、いらなくなれば、すぐに捨てる。そのクセ、最中に喘ぎもしない。どこが、いいのかも言わない。キスしようとすれば、鬱陶しそうな顔をする。こっちが、イッても、その余韻に浸りもしない。そんな最低な女なんだよ」

山崎さんを指差して、叫びながら言った。

「そんな女を!!君は!!満たせるのか!!」

山崎さんの表情は、変わらず、陽一をただ見据えていた。
そんな山崎さんをバカにするように、陽一は、鼻で笑った。

「無理だろ。俺でも無理なんだから」

そんな風に言われ、私は、気付けば、山崎さんの腕を強く掴んで、唇を噛み締めていた。
言い返す言葉が、見付からない自分への苛立ち。
怒りの矛先が、向けられた山崎さんへの申し訳なさ。
自分が、どれだけ、バカな事をしていたのか。
自分勝手なのは、私の方なんだと、思い知らされて、段々、惨めな気持ちになる。
それを見て、陽一は、ニヤニヤと笑っていた。
そんな陽一にも苛立つ。
ギリギリと、歯軋りしそうな程、奥歯を噛み締めていると、山崎さんに優しく頬を撫でられた。
今の状況でも、優しい山崎さんに、その腕の中で、泣いてしまいたいと思ったが、胸の奥に、押し込んだ。
頬に触れたまま、山崎さんの唇が、私の頬を撫でた。
山崎さんの行動に、私だけじゃなく、陽一すら驚いた。

「や…」

「満たします」

ずっと、黙っていた山崎さんの声が、すぐ側に聞こえたような、錯覚を起こした。
その声は、部屋に響いていたらしく、陽一の怒りが増した。

「そんなの!!」

「私は、マコトさんを満たしたいです。その為なら、何でもしてあげます。自身の事は、二の次、三の次になっても、マコトさんが満たされたなら、それでいいですよ」

私を見つめる山崎さんの表情が、悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべた。

「さっきのようにね」

「な!!あれは山崎さんが急に!!」

「急じゃなければ、あんな乱れ方はしないんですか?」

「言い方!!やめて下さいよ!!」

その腕から逃れようと、暴れるのを山崎さんは、絶対に逃さないように引き寄せた。
それが、じゃれ合ってるように見えたらしく、陽一は、床を思いっきり踏んで、大きな音を出して、私たちの視線を自分に向かせた。

「帰る!!」

そう言って、私と山崎さんの間に割り込むと、リビングから出て、そのまま、玄関に向かい、大きな音を発ててドアを締めた。
山崎さんと視線を合わせて、どちらともなく笑い出した。

「大丈夫ですか?」

「はい」

「懲りましたか?」

「ちょっと」

「ダメですよ。もう火遊びはやめましょうね?」

「え~」

「また乱れますか?」

「もうしません。ごめんなさい」

手を見せる山崎さんに、頭を下げて謝ると、頭に手が置かれた。
頭を上げても、山崎さんの手は、私の頭から離れなかった。
その手が、私の頬に滑り降りてくると、唇を重ねて、チュッと音を発てて離れた。
頬が赤くなると、頭を撫でて、艶やかに微笑んで言った。

「仕事は、どうするんですか?」

「あ。忘れてた」

「せっかく、お手伝いしたのですから、頑張って下さい」

「手伝いじゃないなくて、あれは邪魔です」

じっと、見つめられた。

「自分の変化に、気付きましたか?」

首を傾げて見せると、私の頬に触れて、静かに言った。

「キスをすると、目尻が垂れ下がり、溶けそうな顔をし、必死に、声を押し殺しても、顔を高揚させ、汗ばんだ背中を反らし、私の指を飲み込…」

「いいです。もういいです。なんとか書きますから」

コーヒーを淹れ直し、マグカップを持って、部屋に戻った。
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