頬を撫でる唇

咲 カヲル

文字の大きさ
4 / 16

四話

しおりを挟む
その後、あんなに悩んでいた部分が、書けたことに驚いた。
調子づいた私は、夕方まで書き続けた。
気付けば、部屋の中も、真っ暗で、電気を点けなければ、時間さえ、確認出来ない程だった。
急いで、部屋から出ると、良い匂いがしていた。
その匂いに、誘われるようにして、リビングのドアを開けると、キッチンに山崎さんの姿に見惚れた。
そんな私に、気付いた山崎さんは、優しく微笑んだ。

「終わりました?」

「もう少しです。何してるんですか?」

「夕飯を作ってるんですよ」

カウンター越しに、山崎さんの手元を覗くと、冷蔵庫の中にあった物で、煮物や味噌汁を作り、それらを盛っていた。

「金山さん」

「あ。マコトでいいですよ」

料理を差し出しながら、山崎さんは、一瞬、驚いたように、目を見開いてから、優しく微笑んだ。
受け取った料理を並べて、前に座ると、山崎さんも隣に座った。

「いただきます」

「どうぞ」

味噌汁を飲んでから、ご飯と煮物を口に入れる。

「山崎さんって、料理上手なんですね」

「ずっと自炊してましたから。どうですか?」

「美味しいです」

「よかった。それでは私も。いただきます」

こんな風に、誰かと一緒に食事をするのは、何年ぶりだろうか。
どんな食事でも、誰かと一緒なら、美味しく感じる。
そんな事を考えながら、並んで食事をして、食後のコーヒーを飲んでいる時、風が窓を揺らした。

「あ!!洗濯!!」

そう言って、急いで立ち上がると、山崎さんが、クスクスと笑った。

「取り入れておきましたよ」

「すみません」

座り直して、コーヒーを飲むと、山崎さんが、艶やかな微笑みを浮かべた。
その微笑みに、ドキッと、心臓が小さく跳ねた。
だが、起きたばかりの人に、家事をやらせてしまい、申し訳ないと思った。
私ってダメだな。
自分を否定する気持ちが、この人には、ちゃんと話した方がいいと思わせた。
コーヒーを飲みながら、私は、小さく呟くように言った。

「仕事を始めると、何も見えなくなるんです。食事も。お風呂も。洗濯も。寝る事さえ忘れて、書く事を優先してしまう。だから、一人の人だけを相手に出来ない。そうしたら、その人に、かなりの負担を掛けてしまう。誰かに迷惑を掛けるのは、イヤなんです。そんな風に、思ってはいるんですけど…ダメですね。結局、山崎さんに迷惑掛けちゃって。ホント、ダメな人間ですよね。私」

わざと笑った顔を向けると、山崎さんは、優しく微笑んでいた。
肯定も否定もしない。
それが心地好く感じた。

「すみません。変な話して」

頬を撫でるように、触れた山崎さんの手は、冷たいが、優しくて暖かい。
その手から安らぎが生まれ、私の尖った心を溶かす。
その内、その手は、髪に触れて肩を引き寄せた。
山崎さんに寄り掛かるように、肩を抱かれ、その暖かさに、全部、話してしまおうかとも思ったが、全てを話せば、山崎さんの負担になる。
言ってはいけない。
唇を噛んで、今の気持ちを飲み込む事しか出来なかった。

「さて。私は、続きを書きたいので、また籠りますね」

マグカップを持って、立ち上がったると、山崎さんの手が重なった。
山崎さんの方に、顔を向けると、チュと音を発てながら、唇に軽いキスをされた。

「頑張って下さいね」

耳まで赤くなった顔を隠すように、リビングから出て、仕事部屋に篭った。
深呼吸してから、続きを書き始め、暫くは、順調に書き進めたが、また、手が止まり、悩みが生まれた。

「どう書こう」

画面とにらめっこをしながら、何度も文字を書いては、消してを繰り返した。
いっそ、手だけにしてしまおうか。
それじゃ、あまりにもおかしい。
官能的な部分を削るか。
それじゃ、官能小説じゃなくなる。
なら、もう少しねちっこいのにするか。
それはそれで、私には厳しい。
また、ゴチャゴチャと悩んで、大声を上げそうになり、慌てて口を塞いだ。
静かに、椅子を動かし、振り返って、ドアを見ると、開く気配がないことに胸を撫で下ろした。
椅子から立ち上がり、背伸びをして、気分転換に、お風呂にでも入ろうと、浴室に向かった。
頭の中では、小説の文章を考えながら、廊下を歩き、洗面所のドアを開けると、目の前に裸の山崎さんが、現れて、頭の中が真っ白になった。

「ごめっ!!」

ドアを締めようとしたが、手首を掴まれ、洗面所に引き込まれた。
洗面台に、背中を着けるように、立たされ、頭にタオルを被った山崎さんを見上げると、艶やかに微笑んだまま、顔を近付けてきた。

「覗きですか?」

「ちが!!」

息が掛かる程、顔を近付けた山崎さんの言葉に、言い返そうとした。
だが、山崎さんは、私の言葉も聞かず、遮るように言った。

「昼間のじゃ足りませんか?」

その言葉に、私の脳内には、昼間、山崎さんの手で、イッてしまった自分が浮かんできた。

「ち違う!!気分転換にお風呂に入ろうと思っただけで!!」

顔を赤くしながら、早口で言うと、山崎さんの口角が上がり、ニヤリと笑って、頬に優しく触れてきた。

「また行き詰まりましたか。お手伝いしますよ」

「いい!!いらない!!」

その笑顔から逃げようと、背中を反らせると、山崎さんは、頬に触れていた手を洗面台に着いた。

「そんな力いっぱいに拒絶されたら、仕方ないですね」

そう言って、洗面台から手を離して背中を向けた。
無駄肉がなく、必要な筋肉はしっかり付いていて、ゴツゴツに角張ってるわけでも、ガリガリに痩せているわけでもない。
色白で華奢だが、男らしい綺麗な背中に、視線が釘付けになっていると、山崎さんは、頭を拭きながら言った。

「今度は、どこで行き詰まってるんですか?…マコトさん?」

見惚れていて、話を聞いてなかった。

「へ?なに?」

「今度は、何に悩んでるんですか?」

「あ~。よく分かりますね」

頭からタオルを取って、振り返った山崎さんは、優しく微笑んでいた。

「昼間と同じ顔になってますからね」

「それって、死にそうってことですかね?」

そう聞くと、山崎さんは、微笑んだまま頷いた。

「それで?どこですか?」

「あ~んと…本番がちょっと」

私を見ていた山崎さんの顔が、少し考えるように、顎に指を添えてから、真剣な顔になった。

「マコトさんは、自分で自分を癒した事ってありますか?」

首を傾げると、山崎さんは、悪戯っ子のような笑みになって、人差し指を立てて、顔を近付けた。

「要はオナニーです」

「…は!?」

「した事ないんじゃないですか?」

確かに、今まで、一度もしたことはないが、それだけで、どうして書けない理由になるのか、全く分からない。
相手がいるか、いないかの違いだけで、そんなにも、感覚に違いがあるとは思えない。
色々と考えていると、突然、引っ張られて、鏡に向かされた。

「あの人たちが、マコトさんにとってのオナニーだったんですよ」

鏡越しの山崎さんからは、嫉妬心が滲み、その瞳に射抜かれたように、動けなくなった。

「自分の手でしてみましょうか」

そう言って、山崎さんは、洗面台に着いていた私の手を掴んだ。

「ちょ!!」

「大丈夫。私が教えますから」

そんなことを知りたいんじゃない。
そう叫ぼうとしたが、トレーナーの上から胸に、触れさせられて声が詰まった。

「やめ…」

揉ませるように、手を動かされ、乳首が勃起する。

「や…ぁ…」

ブラが乳首に擦れて、ブルっと、寒気を感じたように体が震え、止まることなく、動かされると、呼吸が荒くなっていく。

「ん…」

声を漏らさないように、口を閉じると、もう片方の手を掴まれ、トレーナーの中に侵入してきた。
素肌に触れた手が、脇腹を撫でるように上ってくるのに、背中を伸ばした。

「んん…」

素肌を撫でていた手が、ブラの上から胸を掴んで揉まされる。
体を捩ると、山崎さんがいるのに、自分で自分の体を弄ぶようで、変な気分になる。
トレーナーの上から揉んでいた手も、ブラの上に移動して揉まされる。
乳首がブラで擦れ、ゾクゾクと、淡い痺れで体が震える。
カップが下ろされ、強く掴まされ、勃起した乳首が裏地に擦れた。

「ふ…ぅ…ん…」

わざと、トレーナーに擦り付けるように動かし、膝から力が抜けそうになる。
背中を丸め、逃れようとすると、乳首をシゴかれるように動かされる。
立ってるのが辛い。
膝が震える。
手を離したい。
そう思っても、山崎さんが、掴んだ手を振り払う力がない。

「んん…や…ぁ…め…」

言葉にならない声で、抗議しても、山崎さんの手は止まらない。
乳首に山崎さんの指が、微かに触れて、痺れるような感覚が頭に響く。

「ふっ」

挟んだ乳首を引っ張りながら、先っぽを撫で、片手が、体を這うように移動して下腹部に向かう。

「やぁあ…」

口を開くと、喘ぎ声が漏れた。
ヘソの辺りに手が到達すると、膝が耐えられず、崩れるように座り込んだ。
一緒になって、山崎さんも座ると、寄り掛からせるように、引き寄せられ、バランスを取る為に、足を投げ出した。
ヘソの辺りにあった手が、ジーパンの中に侵入し、自分の手で、陰部を握らせられ、背中を反らした。

「あ…ぁふ…ん…んん…」

小さな喘ぎが漏れ出て、目を開くと、自分の腕に重なる山崎さんの腕が見えた。
山崎さんに視線を向けると、楽しそうに笑って、見下ろしていた。

「や…ぁ…やま…ざ…きふ…ぅ…」

山崎さんの顔を見つめていると、濡れた下着越しに、勃起した蕾に指が触れて膝が震えた。

「やめぇ…やぁ…め…て…」

喘ぎを抑えて言うと、蕾を擦る指の動きが速まった。

「あぁ…やぁあ…ぁ…」

肩に頭を乗せ、天井に向かい、喘ぐ声を響かせた。
蕾を擦る手が速くなり、気付けば、自分の手に、陰部を擦り付けるように、腰を浮かしていた。

「あ…や…や…やああぁーーーー!!っふ…」

息を止めて、自分の手と山崎さんの手を内腿で挟み、背中を丸めた。
絶頂の波が頭から突き抜け、息が出来ない。

「ゆっくり息を吐いて」

頬を寄せた山崎さんの声が、耳元で優しく囁かれ、止めていた息をゆっくり吐き出した。
新しい空気を吸い込んで吐き出すと、ボーッとしながら、寄り掛かった山崎さんを見上げた。
艶やかに微笑みの山崎さんは、静かに言った。

「どうでしたか?」

「ひ…どひぃい!!」

内腿で、挟んだ私の手を握らせられた山崎さんの手に、変な声が出てしまった。

「物足りないですか?」

強く握られた手と、陰部が痛む中、必死に首を振って否定したが、山崎さんの力は、揺るまなかった。

「私の手が欲しいですか?」

激しく首を振ると、山崎さんの力が強くなった。
膝を擦り合わせて、体を捩って、痛みを耐えてみたが、山崎さんは、艶やかな微笑みのまま、乳首を掴ませている手の指を動かした。

「ひぁや…」

動かされる山崎さんの指が、微かに、素肌を撫で、感電したように、ビクビクと体を震わせた。

「欲しいですか?」

首を振って見せたが、唇を寄せて、息を吹き掛けるように、山崎さんは、昼間と同じ事を言った。

「しぶといですね。もういいじゃないですか」

目を閉じて、何度も首を振った。

「強情」

そう呟き、頬を唇で撫でながら、指の隙間から、乳首の先っぽを撫でた。

「ふ…ぅん…」

また呼吸が荒くなる。
山崎さんの肩に頭を乗せて、体を捩ると、頬を撫でる唇が、耳に滑り、舌の先が触れた。

「や…やま…ざ…き…さ…んん…やめ…」

「嫌です。欲して下さい」

耳に掛かる山崎さんの息に、腰が浮く。

「マコト」

背中が震えた時、チャイムの音が家中に響き、山崎さんの手が止まった。
その隙に、山崎さんの腕から抜け出し、急いで、洗面所から逃げ出した。
廊下を歩きながら、身なりを直し、玄関に向かう。
危ない。
あのままだったら、絶対に流されていた。
そう思いながら、廊下を歩いている間も、チャイムが鳴り続ける。
鬱陶しい。
うるさい。

「はい!!今行きます!!」

熱い頬を手で扇ぎながら、乱暴にドアを開けた。
そこには、背が高く、モデルのような女が、茶色の長い髪を揺らしながら、立っていた。

「…どちら様ですか?」

「アナタね?旦那をたぶらかしたのわ」

その一言で、この人が、陽一の妻だと理解した。

「アナタのせいよ!!アナタのせいで!!旦那が!!離婚するなんて言い出したのよ!!どうしてくれるのよ!!」

八つ当たりに近い、怒りをぶつけられても、どうする事も出来ない。

「人の家庭をめちゃめちゃにして!!返しなさいよ!!」

「そう、言わても…」

「どうせ、アナタが、あの人に近付いて、言わせたんでしょ。返して!!」

「違います。あれは、陽一さんが勝手に…」

「嘘おっしゃい!!アナタが言わせたに決まってるのよ!!いいから返して!!旦那を返してちょうだい!!」

怒り狂った相手に、どうしたらいいのか悩んでいると、彼女の後ろに、車のヘッドライトの光が見えた。
見たことないワンボックスカーが、家の前の路上に停まった。

「日奈子!!」

その車から陽一が降りてきて、日奈子と呼ばれた女に近付いた。

「何してんだ」

「見れば分かるでしょ!!」

「彼女は関係ない」

「ふざけないでよ!!この女が悪いんだから関係ないなんて言えないでしょ!!」

そう言った日奈子に、陽一の瞳には、怒りの色が生まれた。

「関係ない!!俺はお前が嫌になったから言ったんだ!!」

「今までそんな事言わなかったじゃない!!この女のせいでしょ!!」

「違う!!自分で決めたんだ!!俺がマコトと一緒にいたいと思たんだ!!」

「結局はこの女が原因じゃない!!関係なくない!!」

「関係ない!!俺が勝手に!!」

玄関前で、言い合いを始めてしまった陽一夫妻に、困っていると、後ろから腕が伸びてきた。

「わあ!!」

その腕に、後ろから抱き寄せられ、驚いて、大きな声を出すと、陽一夫妻と、山崎さんの顔が視界に入った。

「やま…」

「まだですか?早くしたいんですけど」

頬を鼻の頭で撫でられ、その唇が、微かに触れる。
その行動に、言葉が出なくなり、落ち着いた熱で、顔が真っ赤になった。
パクパクと、口を動かすしか出来ずにいると、山崎さんは、日奈子に優しい微笑みを浮かべて言った。

「すみません。彼女がバカな事をしてしまったみたいで」

「そそうよ!!なんてこと…」

「実は、私も、アナタにお話したいことがあるんですよ」

「な…なによ」

顔を赤くした日奈子が聞くと、山崎さんは、無表情になった。

「マコトは、何度も関係を断ち切ろうとしてました。それでも、彼女の優しさに漬け込んで。その人、しつこかったんです。どうにかして下さい」

「な!!」

山崎さんが言ったことに、日奈子は、驚いたようで、声も出さずに口を動かしていた。

「嫌がる彼女に、無理強いをしたのはそちらです。今日も、家まで来て、嫌がる彼女に乱暴しようとしました」

日奈子の瞳が、徐々に大きくなって、苦しそうに目を細めた。

「本当なの?」

とにかく、山崎さんに合わせよう。
それが状況を打破する近道だ。
動物的直感で、力いっぱいに、何度も頷くと、日奈子は、陽一を睨んで言った。

「アナタ。本当なの?」

「ち違う!!俺は、そんな事…」

「断ち切ろうと連絡すると、何度も家に来たじゃないですか」

山崎さんが横から嘘を言うと、パチーンと、肌を打つ音が響いた。
陽一の頬に、平手打ちをしていた日奈子は、振り返って、頭を下げてから言った。

「申し訳ありませんでした。もうここには来させません」

「えぇ。ありがとうございます」

こんな状況でも、ニコニコと、笑っていられる山崎さんが謎だ。
申し訳なさそうな顔をして、日奈子は、陽一の腕を掴んで、車まで引っ張って行くと、こちらに向き直り、頭を下げた。

「お騒がせしました。失礼します」

そう言って、陽一を車に押し込むようにして乗せると、日奈子も、車に乗り込んで走り去った。
嵐が去った後のように、辺りが静かになり、唖然と、立ち尽くしていると、山崎さんが、優しく微笑んで言った。

「入りましょうか」

「あ。はい」

背中を優しく押されるように、家に入ると、山崎さんは、ドアを静かに締めた。
よろけた肩を山崎さんに支えられ、ふらつく自分に驚いた。

「大丈夫ですか?」

「なんとか」

「今日一日で色々ありましたからね。疲れが出たんですよ」

そう言われて、一日の出来事を思い出した。
朝から山崎さんに襲われそうになり、祐介と龍之介に助けられ、陽一が家に来て、山崎さんに助けられ、日奈子が来て、夫婦喧嘩に巻き込まれ、山崎さんに助けられた。
それに、二回も、山崎さんにイカされた。
その瞬間が、鮮明に浮かびそうになり、頭を振って押し込めた。

「それにしても、やっぱり力強いんですね」

「へ?」

山崎さんが見せるように、持ち上げた腕には、ハッキリと、爪の痕が残っていた。
鬼の形相の日奈子を前に、無意識に、山崎さんの腕にしがみついてたのを知った。

「って、なんで裸なの!?」

今更、気付いた。
山崎さんは、腰にタオルを巻いただけで、服を着ていなかった。

「急いでましたから」

「寒くないんですか?」

「そうですね。流石に冷えてきました」

山崎さんの優しい微笑みが、徐々に、悪戯っ子のような笑みに変わるのを見て、イヤな予感がした。

「もっかい、暖まった方が…」

「そうですね」

山崎さんの言いたいことが分かり、それ以上は、言わせないように遮った。

「イヤです」

「まだ、何も言ってませんよ?」

「言わなくてもイヤです」

「仕方ないですね」

お姫様抱っこをされ、急なことで、山崎さんの首に腕を回してしまった。

「…何す…」

「お風呂です」

私を抱えたまま、山崎さんは、廊下を歩き出した。

「あの…降ろし…」

「イヤです。一緒入りますよ」

「無理!!いや!!降ろして!!」

「あんな広いお風呂に一人は寂しいです。だから…」

「イヤです!!一人で入って下さい!!」

暴れても、山崎さんは、降ろしてくれなかった。
開け放たれた洗面所に入ると、やっと降ろされ、床に足を着いて、すぐにドアに向かって走った。
だが、肩を掴まれ、引っ張られると、バランスが崩れた。
後ろに片足を出して、倒れないように踏ん張ると、山崎さんの顔が出て来て、目の前でドアが閉められた。

「諦めて下さい」

「イヤ…」

後退りすると、洗面台に背中が着き、山崎さんの顔が、息が掛かる程に近付いた。

「そんな顔するからですよ?」

「顔って…」

「今にも泣き出しそうな顔で、煽らないで下さい」

「ちが…」

「三回も、お預けを喰らって、そんな顔されたら、加減出来ないかもしれないです」

山崎さんの唇が、頬を撫でられ、引いていた熱が呼び戻された。

「ちょっと…待って…話を…」

「イヤです」

耳に噛み付かれると、小さな痛みが走り、背中に鳥肌が立った。

「い…」

咄嗟に目を閉じると、耳を舐められ、グチュと湿った音に体が震えた。

「や…ま…ふ…ぅ…ん…」

荒い山崎さんの息が、舐められた耳に掛かると、更に体が震える。
チュっと音が聞こえ、顔が熱くなる中、耳から首筋に舌が滑り降りた。
そのまま、鎖骨近くに移動すると、噛み付かれ、チクッと痛みが走った。
ヌルっとした舌の感覚に、体を震わせ、呼吸が荒くなる。

「ぃや…や…ふ…ぅ…」

山崎さんを押し返そうとするが、全く動かない。
逆に、股間を押し付けられた。
喉を一噛みすると、唇で撫でられ、頬を伝うと、噛み付くようなキスをされた。
口内に侵入した舌が絡み付き、互いの鼻息が頬を撫で合う。
恐怖で消えていた熱が、完全に戻ってくると、全身の力が抜けていく。
ヤバいと思っていても、もう抵抗する力がない。
トレーナーの裾から、侵入した手が、素肌に触れ、冷たさに体が震えた。
股に太股が滑り込んで来て、陰部に押し付けられる。
口の中で声が反響し、山崎さんの膝から逃れようと、つま先立ちになるが、逃さないとばかりに追いかけてくる。
肩を掴んでいた手を離し、洗面台に着き、背中を反らすと、やっと唇が離れた。
至近距離で見つめ、山崎さんは、膝を動かした。

「は…ぁ…ん…やめ…」

膝が伸ばされ、山崎さんの太ももに股がり、自分の全体重が掛かって体が痺れた。

「は…ぁ…んん…ぅ…」

洗面台に、お尻を乗せ、その太ももから逃れて、肩を掴むと、強く押し返したが、逆に体を寄せられた。

「もっと?」

「ぃ…やめ…」

頬に唇を寄せられ、優しく撫でるように、触れられると、力が抜けていく。
腰を抱かれ、洗面台から下ろされると、堅い物が太ももの付け根に当たる。

「もっとしたい」

「だ…め…」

「どうして?」

「だめ…だから…」

山崎さんから、視線だけを反らすと、洗面台に向かされた。

「いたっ!!」

鏡に顔が映り、自然と視界に入った。

「やめられないよ」

蕩けたような目で、高揚した頬が赤くなり、熱に浮かされた顔が鏡に映る。
そんな自分自身に、恥ずかしさが込み上げ、更に顔が赤くなる。

「壊したい」

「そんな…」

耳元で囁かれ、視線を外そうとしたが、山崎さんの手が、顎に添えられ、耳を甘噛みされた。

「はぅ!!」

変な声が出て、目を閉じると、耳を舐める山崎さんに、耳を押し付けようとしたが、顎を持つ手が、そうさせなかった。
耳から伝わる全てが、頭に響き、理性を削った。

「ん…」

舌を滑らせるように、うなじを撫で下ろし、チクッと、小さな痛みが走る度に体が震える。

「んん…」

山崎さんの手が、ジーパンに掛けられた感覚に、咄嗟に、目を開けてしまった。

「反らさないで」

肩に顎を乗せた山崎さんに、鏡越しに見つめられ、その瞳が、私の視線を捕らえて、離さなかった。

「ふ…ぅ…」

ジーパンに、掛けられていた手が、トレーナーから中に侵入する。

「ひぁ!!」

互いに熱を帯びてるはずなのに、その手だけは、とても冷たい。
その冷たさに、体が震えると、山崎さんの髪が耳を掠めた。
咄嗟に、首を縮めた時、耳に息を吹き付けられた。

「ん…」

首を振ろうとしても、顎を持つ山崎さんの手が、そうさせてくれない。
冷たい手が体を撫で上げるの感覚に、背中を伸ばすと、手がブラの上から、胸を強く掴んだ。

「ふぅん!!」

カップの中に指が侵入し、乳首の先っぽを指先で、撫でるように触れられると、膝が震える。

「んん…ん…」

唇を堅く閉じても、鼻から声が漏れ出て室内を満たす。

「ん…んん…ふ…ぅ…」

顎を持つ指が唇に触れ、口内に入り、歯茎をなぞる。

「ふ…んん…ん…ぅ…」

歯を食い縛り、その指が、それ以上、口の中に入らないようにした。

「口開けて」

優しく囁かれながら、山崎さんの荒い鼻息が耳に当たる。
それでも、口を開けないでいると、乳首をトレーナーで擦るように動かされた。

「ふ…ぅ…ん…ぅ…」

耐えられず、背中を丸めると、隙間が出来て、指が口の中へと入ってきた。

「ふ…ぅ…ん…ふ…あ…」

口に入れた指に、舌が絡められ、その苦しさに、鏡越しの山崎さんを見つめた。

「ふ…ぁ…ん…」

「ちゃんと見て」

耳に息を掛けながら、囁いた山崎さんは、首筋を舌先で、掠めるように触れ、うなじへと移動させた。

「ふんん!!はあ!!」

そのヌルっとした舌の感覚が、背中を伝い、膝が震えた。

「ふぁ…ふ…ぅ…ん…」

乳首を弄んでいた手が、脇腹を滑り落ち、ジーパンのボタンを外した。

「んん!!」

「暴れないで」

チャックを下ろすと、口から手が離れ、下腹部へと移動した。
両手で、下腹部を抱えるようすると、山崎さんは、自分の腰をお尻に擦り寄せた。

「いい?」

首を振り、山崎さんから逃げようとしたが、ジーパンの隙間に、指を入れて、自分の腰を擦り付けるように動かされ、背中を反らした。

「なんで?」

山崎さんの優しい囁きと共に、熱い吐息が耳に掛かる。

「ふ…ぅ…ん…」

体を捩ると、山崎さんの手が、ジーパンの中に入ってきた。

「マコト」

名前を耳の中に向けて囁き、山崎さんの体が、のし掛かって、ジーパンが下ろされた。

「あ…」

肩越しに見ると、山崎さんは、私の内腿を擦った。
体が震え、背中を丸めると、山崎さんの体が離れた。

「も…や…ぁ…ぃ…」

「やめない」

下着の中に指を入れ、陰部の割れ目を捲ると、勃起する蕾を強く押された。

「あぁ…」

「下着汚れちゃうよ?」

そう言いながらも、蕾を撫で回した。
膣(ナカ)から、大量の体液が、流れ出て下着を濡らす。

「ぃや…あ…あぁ…あ…んん…ふぁ…」

喘ぎながら、体を捩ると、山崎さんは、自分の腰を押し付けた。

「欲しい?」

激しく首を振り、蕾を擦る指が速くなった。

「あ…あぁ…ん…ぅく…ん…ふぁ…も…もぉ…やぁあ!!」

喘ぎながら叫ぶと、蕾を擦る指が止まった。
肩で息をしながら、洗面台に着いた手を突っ張って、震える膝で、必死に立っていた。
自分が重い。
その重みに加えて、山崎さんの重みがのし掛かり、耳元で囁かれた。

「いい?」

「い…や…」

蕾に触れていた指が、二本になり、一気に膣に侵入した。

「はぁ!!」

騒ぐように喘ぎ、背中を反らし、いつの間にか、体が期待していた。
だが、山崎さんは、二本の指を動かさずに、そのままでいた。

「ぬ…い…」

「イヤだ」

そう言って、自分の腰を左右に動かして、股間の堅い物が、お尻に触れてきた。

「いつ…」

「ちゃんと言って」

そうして、腰を動かしていると、山崎さんの腰に、巻いていたタオルが床に落ちた。
タオルがなくなり、山崎さんの肉棒の感触が、より鮮明になって、私は、耳まで赤くなった。

「やま…ざ…き…」

「なに?」

赤くなった耳を隠す為に、床を見るようにして、顔を下げた。

「やめ…」

「イヤだ」

肉棒が、下着越しに、お尻の割れ目に、挟められ、泣き出しそうになった。

「もぉ…や…」

声を震わせて漏れた言葉に、山崎さんは、膣の指を抜いて、下腹部に腕を回した。

「すみません。行き過ぎましたね」

ゆっくり首を振ると、山崎さんは、肩のところに顔を押し入れて、顎を乗せ、耳に頬を寄せ、私の熱を感じていた。

「お願いです。少し、足を貸して下さい」

そう言った山崎さんは、下腹部に回していた手で、私の両膝を掴んで、内側へと押す。

「な…に…する…の?」

不安から震える声で、聞くと、山崎さんは、優しく耳元で囁いた。

「大丈夫。そのまま」

山崎さんの優しい声で、されるがまま、両膝を内側へと移動させ、内腿をくっ付けた。

「我慢しないでね」

内腿の間に、山崎さんの肉棒が、割り込んできた。

「ひぃ!!」

肩を抱えられ、腕を伸ばして、体を起こした。
ゆっくり、腰を前後に動かし、内腿の間に、挟んだ肉棒を擦り始めると、下着越しでも、勃起した蕾が擦れ、全身に、電気が流れたように、体が震えた。

「ぁ…なぁ…に…ぃ…」

「素股」

肉棒が蕾を擦る度に、全身が痺れる。

「あ…ぁ…あ…や…」

「そんな…動かないで」

呟くように、山崎さんが言ったが、喘ぎ声で、私には、聞こえなかった。

「ん!!」

山崎さんが、下腹部を抱くように、腕を回すと、腰の動きが速くなり、蕾を擦る熱が増し、私の体が熱くなった。

「あ…や…や…んん…や…め…ふ…ぁ…」

体を離して、腰を掴むと、山崎さんの肉棒が、私の蕾を強く擦り、何も考えられなくなった。

「あ…ぁ…あぁ…は…ぁ…ん…ん…」

気付けば、私は、自ら腰を振って、刺激を求めていた。

「やぁ…ま…」

「ススム」

蕾を擦る肉棒の動きが、少し遅くなって、鏡越しに見つめた。
山崎さんも、鏡越しに見つめ、下腹部を抱くように、腕を回して、私の頬に唇を寄せた。

「ススムって呼んで」

荒い息遣いと優しい声色に、私の中の理性が崩壊した。

「す…すむ…」

「マコト」

名前を呼ぶと、名前を呼び返してくる。
ちょっと嬉しく感じると、山崎さんの腰の動きが、一気に速まった。
下着は、グチュグチュと音を発てる程に濡れ、山崎さんの肉棒の先っぽからは、少しずつ体液が溢れて太股を汚す。
私の喘ぎ、山崎さんの息遣、濡れた下着、全ての音が、混ざり合って溶け合う。

「あ…ま…ぁ…い…ッ…ちゃ…」

「ごめん」

そう言うと、前後に動く山崎さんの腰が、更に、激しくなった。

「あ!だぁ…め…イ…クぅ…」

「少し我慢」

そう言われても、膣にと太股に、力が入ってしまう。

「ぁあ…むり!!も!!あ…あ…あぁーーーー!!っふ…」

「っく!!」

背中を丸め、絶頂を迎えるのと同時に、腰を強く押し当て、肉棒から、白乳色の液体を吐き出した。
何度も、上下に動きながら、飛ばされる白乳色の液体は、洗面台と床を汚した。
立っているのが、辛くて、洗面台を滑るように、崩れると、山崎さんに引き寄せられ、胡座の上に、横向きに乗せられた。
肩を包むように、抱き締められ、互いの呼吸が戻るまで、一緒に迎えた絶頂の余韻に浸った。

「すみません」

天井を見つめたまま、ボーッとしていると、山崎さんが謝った。
頭が働かず、首を傾げると、山崎さんは、白乳色の体液で、汚した洗面台を指差した。
それを見て、さっきの光景が蘇って、頬を赤くして、洗面台から視線を反らして言った。

「自分で、片付けて下さいね」

山崎さんは、顔を近付けて、静かに言った。

「お互い様なのに。一人でですか?」

「お互い様って…」

「気持ち良かったでしょ?」

「それは…」

本当の事を言われ、何も言い返せない。
自分の体を見つめるように、少しうつ向くと、山崎さんは、艶やかな微笑みを浮かべた。
前髪を持ち上げられ、オデコに唇を着けると、チュっと音がした。
軽くキスされたオデコに触れて、向こうに見える山崎さんは、クスッと、笑って、肩を包むように腕を回し、私の頬を撫でた。

「起きれますか?」

ゆっくり頷くと、山崎さんは、頬を撫でていた手を離して、浴室に促すようにして、静かに言った。

「お先にどうぞ」

起き上がって、膝の上から、立ち上がろうと、前のめりになったが、床に手を着いて、そのまま、山崎さんの前に座り込んでしまった。
腰から下に力が入らない。
立ち膝になるように、私の顔を横から、覗き込んだ山崎さんは、見つめて言った。

「大丈夫ですか?」

「なんで、平気なんですか」

私とは違い、山崎さんは、すぐに動けることが、理解出来なかった。

「人それぞれですからね。私は、だいぶ戻ってきましたよ」

山崎さんは、目と唇で、弧を描いて、笑うのを見つめて、私は、溜め息をつくしか出来なかった。

「なに!?」

トレーナーを掴まれ、驚いて、山崎さんに向き直り、洗面台に背中を付けると、山崎さんは、目を点にして、私を見下ろして言った。

「動けなさそうだったので、お手伝いしようかと…背中汚れますよ?」

山崎さんに言われて、肩越しに視線を向けると、トレーナーに、洗面台に付いていた白乳色の体液が、付いているのが見えた。
それを見て、熱を帯びていくのが分かり、顔を両手で覆い、背中を洗面台に押し付けて、声を籠らせて言った。

「もうイヤ」

山崎さんは、そんな私を見下ろして笑った。

「笑わないでよ!!」

顔を覆っていた手を離して、叫ぶようにして言うと、山崎さんは、優しく微笑んで、私の頭を撫でた。

「昼間言ってたことが、嘘のようです」

「昼間?」

「ここに来た男性の言ってたことです」

それは、陽一が怒り任せに、ぶちまけた事だと分かり、私は、忘れていた顔の熱が蘇ってきた。

「あの人は、この姿を見たかったんでしょうね。自分の腕の中で、必死に、もがきながら、よがって、自分を忘れる程に…」

「言うな!!」

顔を赤くしながら叫ぶと、山崎さんは、また声を出して笑った。
そんな山崎さんを睨み、拗ねたように、背中を向けた。

「もういい!!」

そう言って、トレーナーを脱いだ。

「あ!!」

そんな私の後ろで、山崎さんが、声を上げたのを肩越しに睨んだ。

「なんですか」

「あ~。付いちゃいました」

後頭部の髪に、白乳色の体液が付いていた。
トレーナーを脱いだ時に、髪に付いたのを知って、私は、頬を赤くしながら、立ち上がった。

「洗うからいいんです」

全てを脱ぎ捨てて、浴室に入った。
頭からシャワーを浴び、髪を洗ってから、ドボンと浴槽に入ると、強張っていた体が解れ、息を長く吐き出した。
親父のような自分に、少し鼻で笑って、浴槽の中で、足を伸ばした。
少し上に顔を向けて、目を閉じると、自分が、どれだけ気張っていたのか、分かる気がする。
洗面所から、水を流す音が聞こえ、山崎さんが、汚れたトレーナーを洗ってる光景が、目の前に浮かんだ。
暫くして、水の流れる音が止み、浴室のドアが開いた音がした。
山崎さんが、入って来るのが、視界に入り、私は、急いで、足を縮めて背中を向けた。

「何してんですか」

「寒かったから、お風呂に入ろうと思っただけですよ?」

「今じゃなくてもいいじゃないですか。出てって下さいよ」

浴槽のお湯に顎を付けて、目を閉じた私の耳のすぐ側で、山崎さんの声が聞こえた。

「風邪引いちゃう」

山崎さんの声が、聞こえてから、耳に息を吹き掛けられた。
ビクッと肩を揺らすと、頭に何かを被せられ、視界が真っ白になった。

「巻いて下さい。私も巻いてるので」

頭の物がバスタオルだと分かり、浴槽に引き込んだ。
体にバスタオルを巻き付けている間、山崎さんは、頭からシャワーを浴びた。
山崎さんの背中は、背筋が割れ、シミやシワもない。
さっき見惚れた綺麗な背中に、嫉妬心が沸き上がってきた。
浴槽の中で、膝を抱えて体育座りで、山崎さんに背中を向けた。

「背中のアザは、小さい時のですか?」

シャワーを止め、体を洗う山崎さんに聞かれ、私は、口までお湯に浸かって、何も答えなかった。
それを見て、山崎さんは、泡を流して、浴槽に入ってきた。

「すみません」

視線を向けると、山崎さんは、浴槽の縁に寄り掛かりながら、浴槽の外に、腕を出して、片手で目元を覆っていた。

「昔の話なんかしたくないですよね」

山崎さんから顔を反らして、浴槽の湯を見つめて、静かに言った。

「小学生の時、クラスメイトに、突き飛ばされて、窓ガラスに背中から突っ込んだの」

驚いた山崎さんが、目元を覆ってた手を外しながら、背中を浴槽の縁から離すと、お湯が揺れた。

「偏差値の高い学校に、逆推薦で入ったの。周りは、親からの重圧を受けて、必死に入った子ばかりだった。そこで、私は、先生達の間で、手の掛からない優等生って扱われてたみたい。それだけでも、鬱陶しいのに、成績は優秀、スポーツもそこそこ、飾らない、媚びない、謙虚。英才教育を強いられてきた子達は、テストがある度に、親からの重圧も増す一方。爆発しても仕方ないでしょう?色んなプレッシャーに負けた子が、私の肩を押して、そのまま、窓ガラスを突き破って、コンクリートに頭を打って、病院に運ばれた。脳に異常はなかったけど、背中の傷は、アザとして残って。でもね?私は、気にしてないんだよ?気にするのは周りだけ。周りの人だけが気にする。それが鬱陶しい」

黙って聞いていた山崎さんに、微笑みを向けた。
上手く笑えてるか、分からなかった。
そんな私を見た山崎さんは、浴槽に腕を入れてお湯を見つめた。
そんな山崎さんを見てから、浴槽の縁に寄り掛かり、後頭部を乗せ、天井を見上げた。

「山崎さんって、いくつなんですか?」

「ふぇ?」

暫く、無言のままでいたが、不意に浮かんだ疑問を口に出すと、山崎さんは、間の抜けた声を出した。
それに対して、声を殺すように笑うと、お湯が揺れた。
浴槽の縁に頭を着けたまま、私は、山崎さんに顔を向けて、同じ質問をした。

「山崎さんって、いくつなんですか」

そんな私を見て、山崎さんは、優しく微笑んで、同じように、浴槽の縁に、頭を着けて、天井を見上げた。

「いくつに見えますか?」

「私が、質問してるんですけど」

「まぁいいから。いくつに見えるか、答えてみて下さい」

山崎さんの横顔を見ながら、色々と計算をし、私と同じくらいかと思った。

「二十七、八?」

「あ~やっぱりですか」

「いくつですか?」

「ハタチです」

その答えに驚いて、体を起こし、山崎さんを正面から見るように、体を近付けた。

「…うそでしょ?」

「そんなことに、嘘ついてどうすんですか」

「サバ読んでない?」

「正真正銘のハタチです」

山崎さんは、視線だけを向け、私と同じように、質問してきた。

「いくつですか?」

「今年で二十八」

「おぉ。八才しか違いませんね」

「八才も!!八才も、私の方が上なのに…なんで…私の方が下に見えるのよ」

お湯を叩くと、跳ね上がった滴が、山崎さんの顔に、大量に掛かった。

「ぶっ。そんな事言われても知りませんよ」

「大人っぽすぎなのよ!!もっと年齢相応に見えるようにしてよ!!」

「ちょっ!!そんな叩かないで。顔に掛かる」

何回もお湯を叩いて、山崎さんの顔に、わざと掛けると、浴槽の縁から頭を上げ、顔に掛かったお湯を切るようにして、手で拭いた。
山崎さんから顔を反らして、浴槽の縁に、寄り掛かりながら、腕を外に出した。

「怒ってます?」

同じ格好になった山崎さんに、横顔を見られながら、そう聞かれ、私は、不機嫌な顔をして、横目で視線を向けた。

「ショック」

「ですよね。年下に、あんな風に組し…」

「そこじゃない!!」

「じゃ、何がショックなんですか?」

山崎さんに背中を向けて、お湯に顎を付けて言った。

「年下に、泣きそうになったのが」

お湯が揺れて、山崎さんに、後ろから抱き付かれた。

「いいじゃないですか」

「良くない!!」

山崎さんの体から離れようと、肘で鎖骨辺りを押すと、肩を掴まれ、後ろに引っ張られた。

「わぁ!!」

お尻が滑って、そのまま、後ろに倒れると、山崎さんは、肩を抱いて、耳に頬を擦り寄せた。

「泣いて下さい」

「イヤだ。絶対泣かない」

「そう言われると、余計、泣かせたくなります」

「殴られたい?」

湯の中から、拳を握った手を出して見せると、山崎さんは、その拳を包むように、片手で掴んだ。

「痛いのはイヤです。でも、痛くて、気持ちいいのは大歓迎です」

「ふぅ~ん。そうなんだ」

「はい。最中の爪が、食い込む痛みとかぁーいたたたた!!」

逆の手で、山崎さんの膝を掴んで、骨に、爪を食い込ませるように、指を立てて握った。

「知ってました?手は、二つあるんですよ?」

「っあ゛ーーーー!!すみません!!ごめんなさい!!」

膝を握ったまま、腕の中で、体を起こし、反転させて、顔を歪めて、謝る山崎さんに、向き直った。

「もう言わないでね」

声も出さずに、何度も頷く山崎さんを見て、膝から手を離した。
痛む膝を擦る山崎さんが、ちょっとだけ、可愛らしくて、濡れた頭を撫でた。
大人しく、頭を撫でさせる山崎さんが、頬を赤くするのに、ちょっと愛しさを感じた。

「何か変な気分です」

「なんで?」

「急に、姉が出来たようで、照れくさいような、嬉しいような、そんな気分です」

「年齢的には姉だから」

「姉に、あん…すみません」

お湯から手を出して、ヒラヒラさせると、下を向いて、謝った山崎さんが、おかしくて、声を出して笑った。
少しだけ、顔を上げた山崎さんは、私の手を掴んで、引っ張った。

「ちょっ!!引っ張らないでよ」

「人で遊ぶからですよ」

お湯を跳ね上げながら、手を振り払ったり、掴まれたりを繰り返していると、体が暖まってきて、顔に汗が滲んだ。

「もうあがる」

「では私も」

一緒に立とうとする山崎さんの肩に、手を置いて、浴槽に押し返すように、立ち上がろうとした時、腰に腕を回され、その腕に力が込められた。

「何すんの」

「あがろうと思いまして」

「私が、着替えてからにして」

「逆上せちゃいます」

「もう。じゃ先にあがりなよ」

また、浴槽に入ろうとしたが、山崎さんは、私の体を引き寄せて、くっ付いてきた。
その時、巻いていたバスタオルが、緩むのが分かり、焦りながら、山崎さんの肩に、置いている手で、体を離そうとした。

「離して!!離して!!」

「ん?どうしてですか?」

「タオルが…」

「じゃ、外しちゃいましょうか」

そう言って、胸元に、顔を近付けて、バスタオルの縁を噛んだ。

「だ!!バカ!!やめ!!」

噛んだバスタオルを少しずつ、引っ張るようにして、顔を離すと、体を締め付ける感覚が緩んでいく。
山崎さんの頭を殴り、バスタオルを離させ、痛みに悶える山崎さんを置きっぱなしで、急いで浴室から出た。
違うバスタオルで、体を拭いて、下着を着けると、山崎さんが、頭を擦りながら、浴室から出てきた。

「本当に殴る事ないじゃないですか」

洗面所のチェストから、スウェットを取り出して、山崎さんに投げ付けた。
山崎さんも、驚きながら、受け止めた。

「家で唯一の男物。さっさと着て、さっさと寝な」

山崎さんを見ずに、そう言い、自分のチェストから、ハイネックとジーパンを取り出して、着替えてから、洗面所を出た。

「ま!!」

肩越しに、横目で睨むと、山崎さんは、ブルッと、肩を震わせた。
黙って、ドアを締めた私は、一旦、部屋に行き、マグカップを持って、リビングに向かい、コーヒーを淹れた。
仕事部屋に向かう廊下で、スウェットを着た山崎さんが、目の前に立ったが、横を通り抜けて、部屋に入った。
ドアの前に立って、廊下の音を聞いていると、隣の障子が締まる音が聞こえた。
デスクに向かい、マグカップを置いてから、点けっぱなしのパソコンに向かい、コーヒーを飲みながら、書きかけの文章を少し消して書き直した。
書き進めていると、いつの間にか、コーヒーがなくなり、また、マグカップを持って部屋を出た。
和室の前で、立ち止まり、障子に手を伸ばしたが、やめて、リビングに向かい、コーヒーを淹れて、部屋に戻った。
明け方になって、睡魔に襲われ、私は、寝室に向かい、布団に入ると、すぐに寝息を発てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...