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第一部

3.裏社会

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タケシが神と出会ったのは上京して三年が過ぎた頃だった。
やっと東京での暮らしに慣れた頃、突然、勤め先だった印刷会社が倒産した。

社長とその家族は夜逃げをして行方が知れず、債務取立てに押しかけた借金取りは、責任を一人残った従業員のタケシに迫った。

法的にタケシに支払い義務があったのかどうか、そのときのタケシには判断が出来なかった。
要求されるまま、持っていた自分の金を全部を払った。
それでも足りないと言われ、仕事をさせられた。

同じように借金の取立てや、不法占拠、女をアパートから風俗店に送り迎えする仕事。
自分がどういう役割をしているのか理解出来ないまま1年が過ぎた頃には、足のつま先から頭の天辺まで裏社会と関わっていた。

我に返って、もうこんなことは辞めたいと申し出ると、その時、タケシを使っていた男は、最後の仕事を言いつけた。
それは、それほど重くもない荷物を指定の時間に指定の場所へ行って、指定の人間に渡すという簡単な仕事だったが、それが薬物の受け渡しだと知ったのは、現行犯で逮捕されてからだった。
タケシが持っていたのは1キロの覚せい剤だった。
有罪になれば、重い罪になる。

その時、身元引受人に来たのが神征一郎だった。
1年間、その世界にいたタケシは、それまでも何度か神を見たことがあった。

享和会系若松組の若頭の神征一郎は、華やかな夜の街で見かけても目立つ男だった。
長身で精悍な体格で外国製のスーツを着こなし、髪もきちんと後ろに撫でつけ、物腰は上品と言ってもいいくらいだった。

鋭い眼つきをブランド物の眼鏡で隠した姿は、ヤクザというよりも有能な弁護士やエリートサラリーマンのように見えた。
街をうろつく不良や、飲み屋の女たちの多くが神に憧れていた。

「うちの組の若い者が迷惑をかけてすまなかった」
その、神征一郎が自分に頭を下げていた。
助けてもらったのはむしろタケシの方だった。
神が、警察に証言をしてくれなければ、無実の罪で刑務所行きだった。

何故かはわからない。
タケシは警察署の廊下で、泣きながら神の足許に跪いた。
「俺を側に置いてください!」
言葉は勝手に声になっていた。
今更、まっとうな社会に戻れるとは思わなかった。
故郷に帰ることも出来ない。
タケシは、行き場所も生き場所も失っていた。



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