HEAVENーヘヴンー

フジキフジコ

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【第一章】シャングリラ

6.テレビ局

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タクシーから降りて目の前に聳え立つビルを見上げる。
アサヒテレビの新社屋。
その先には、強い光を放って太陽が輝いている。
それがスポットライトを浴びていた過去の自分を少しだけ思い出させて、真理は目を伏せた。

芸能界を引退した以上、もう真理には関係のない場所だったが、わざわざ出向いたのは珍しく忘れ物をしたという馨からの連絡のせいだった。
『ごめん、どうしても必要なんだ。まだ局にいるから届けてくれる?』
滅多に頼みごとをしない馨のことだから、重い腰をあげてここまでやってきた。
しかしテレビ局の狭い廊下で馨を探す真理の腕を強引に掴んだのは不破だった。

「…不破っ?」
ただ驚いているばかりの真理を、不破はさらうようにして控え室に連れ込んだ。
皮肉な偶然に逆らうことも出来ずに、真理は狭い部屋で抱きしめられた。

「真理!夢かと思った。おまえのことばかり考えてたから、夢を見てるのかと思ったよ」
甘い言葉とともに、不破の匂いが優しく身体中を包んでいく。

「尊…」
吐息とともに零した名前に、禁じられた気持ちがざわざわと音を立てて、真理を飲み込んでいく。
ほんの偶然の出会いが逆らえない運命のように感じて、求める気持ちに拍車がかかる。
せわしなく唇を寄せてくる男に真理は何も考えられずに身を任せた。

重なった唇から流れこんでくる不破の激しさに夢中になった真理の手から、馨に頼まれた書類の入った封筒が落ちる。
床に落ちる細やかな音は、真理のなけなしの理性を呼び戻した。
真理はそっと不破の身体を押し離した。


***



「馨くーん!久し振り~」
廊下の端の方から近寄ってくる大柄な身体に、呼ばれて振り返った馨は微笑を返す。
「大輔」
「なんだ、今日は馨君と一緒だったんだ。ちぇ、馨君、アドリブ利かないからヤダな、オレ」
憎まれ口を叩きながらも嬉しそうに笑って、大輔は馨を局内のカフェに誘った。

湯河大輔ゆかわだいすけも元ROSYのメンバーで、今ではテレビドラマを中心に俳優として活動している。
喋るのも達者なので、バラエティやトーク番組にもよくお呼びがかかる。
ROSYのメンバーでは同じ年だった佐々木歩ささきあゆむとのコンビは今でも健在で、プライベートでも仲の良い二人は仕事でも組むことが多いが、馨とは久しぶりの一緒の仕事だ。

「不破君、帰ってきたね。もう会った?」
お茶を飲みながら、大輔はなんでもないような口調でまるで世間話のように切り出した。
「まだ、会ってないけど」
「で、どうすんの」
「どうするってなにが」
「真理君とさ」
何気なさを装いながら、大輔なりに心配しているということが馨にはわかる。
ROSYで一緒に活動していた頃は、自分より2つ年下の大輔は弟のような存在で、そんな大輔に心配されることに苦笑しつつ、安心させるように言った。
「別に、どうもしないよ」
「だけど、不破君がアメリカ人と結婚したっていうの、間違いだったんでしょう」
大輔は、真理は不破が結婚したと誤解したから馨と一緒にいると、短絡的にそう思っていることは明かだったが、馨にはそれを正そうという気はなかった。
「どうもしないって。オレは真理を不破に渡すつもりはないよ。たとえ…」
そこから先は声には出さなかった。
TV局の中庭、木々の隙間から様々な模様を作る光が地面を照らしているのを眩しそうに眺めて、胸の中で思う。

たとえ真理が今でも不破を愛していても――。

「遅いな…」
時間を気にしたように腕時計を覗きこむ馨に大輔が「あれ、もう時間?」と聞く。
「じゃなくて、真理に届け物を頼んだんだ。タクシーで来るはずだからもうそろそろ着いてもいいのに」
「え…、真理君、来るの?」
普段なら真理に会えることを喜ぶはずの大輔の表情がなぜか曇る。
「なに。大輔、真理に怒られるようなことでもした?歩と喧嘩したとか」
「違うよ。不破君が、いるんだよね、局の中に。オレ、さっき会ったもん。違うスタジオだけど」
「へえ、そうなんだ」
平然を装って答えながら、胸の中は予感にも似たざわめきがよぎる。
嫉妬だろうかと思って、そんなことはないと思い直す。
自分たちが愛し合ってることを、ほんの少しも疑いたくなかった。

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