チェリークール

フジキフジコ

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本編

5.【マネージャー】浅倉慎太郎

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一面硝子張りのVIPルームから下を見ると、広いグランドの中で小さなボールを追いかけて男達が走り回っている。
緑の芝を見下ろして「何が楽しいんだか」と晶は退屈なため息を吐いた。

毎日家にいるのに飽きて、頻繁に外出するようになった晶に、覚がスタジアムのVIPルーム使用権を貸してくれた。

大きな競技場を見渡せる個室のVIPルームはたいしたものだが、サッカー観戦などに興味のない晶にとっては、家のリビングでテレビを見ているよりも退屈なだけだった。

「晶君、来てたの」
そのVIPルームのドアが開いて、水野光司みずのこうじが顔を出した。

ユニホームの上にスタジアムコートを羽織った姿はサッカー選手というよりもファッションモデルのように見える。
180センチの身長はスポーツ選手の中では珍しくはないが、スタイル抜群で、小麦色の肌をしたアラブの王子様のような顔立ちの光司には女性ファンが多い。
晶はサングラスを外して、光司を見た。

「試合、いつはじまんだよ。練習ばっかで見飽きた」
「あと30分位かな」
「おまえも出るの」
「勿論。応援してね」

現役Jリーガーの水野光司とは、5年前、光司がJリーグに入ったばかりの頃に、覚の紹介で知り合った。
その頃、司法試験に合格した雅治が司法研修所の寮に入ってしまい、逢えない間の寂しさを、その黒豹のようなしなやかな肉体で随分、慰めてもらった。

「晶君、結婚してからも遊んでるんだって?青山さんに聞いたよ」
余計なことを、とお喋りな覚に舌打ちしながら、晶は少しも悪びれた顔はしない。

「おまえもどう?遊んでやろうか」
「ご冗談。オレは青山さんみたいに怖いもの知らずじゃないよ。それに、小田切さんを怒らせてまで君に遊んでもらわないといけないほど不自由はしてないし」
「雅治は怒ったりしねーよ。仕事仕事って、オレのことなんか関心もねーんだから」
晶が拗ねたように言う。
「そんなことないよ。小田切さんは、ああ見えて怒らせると怖いと思う。晶君には優しいから、ピンと来ないと思うけど」

そう言われても確かにピンと来ない。雅治のどこがコワイというのか。
晶は「よく、わかんねえけど、つまんねーの」と答えて、「まあ、その気になったらいつでも電話しろよ」と笑った。
光司も「そのうちね」と返して、長い睫がバサッと音を立てそうなウインクを返す。
光司とはこんなふうにキワドイ会話の応酬だけでも楽しめる。

二人で冗談を言いあって笑っていると、いきなりドアが開いて「あっ!」という声がした。

「晶さん!やっと見つけた!困りますよ、勝手な行動はっ」

スーツにネクタイという姿がいかにも窮屈そうな大柄な青年が、額に青筋を立ててVIPルームに入って来る。
青年は、雅治がテレビや雑誌の仕事をするときのマネージメントを担当している芸能事務所の社員で、雅治のマネージャーの浅倉慎太郎あさくらしんたろうだった。

「晶君、誰?」
光司が聞くと、晶は顔を顰めながら「雅治のジャーマネだよ」と応える。

「なんで小田切さんのマネージャーが晶君についてるの」
「それがさあ…」
二人が内緒話をするように顔を寄せると、慎太郎が側まで来て割り込むように叫んだ。

「うわっ!水野光司、本物だっ!あの、すいません、よかったらサイン下さい」
そう言って、胸ポケットから手帳とペンを出し、光司に差し出した。

「いいけど…」
スラスラと書き慣れた風にペンを走らせる光司をうっとりと見つめて、
「晶さんとお友達って嘘じゃなかったんですね。てっきりこの人の法螺かと思いました」
と、本当に驚いているように言う。

「君は、何で晶君を追いかけてるの」
「聞いてくださいよ、水野さん。この人、写真週刊誌に激写されちゃったんです」
「え?!とうとう浮気現場スクープされちゃったの?!」
「浮気現場?違いますよ、パチンコ屋に出入りしているところです。見ます?」

言って、慎太郎は背広姿なのに、斜めに肩に下げた布製のショルダーバックの中から、丸めた写真週刊誌を取り出して、ページを捲った。

「これです、これ」
『人気カリスマ弁護士の男妻、パチンコいりびたり気楽な新婚生活』
という容赦のない見出しのついたページには、竜の模様の入った派手なスタジャンに薄い色のサングラス、スウェットにサンダル履きという、Vシネマの登場人物かと見紛うような見事なチンピラファッションに身を包んだ晶が、嬉しそうに紙袋を抱えてパチンコ屋から出てくるところをスーパーアングルで捕らえていた。

「す、すごい格好だね…」
光司は“パチンコいりびたり”云々よりも、そのファッションセンスに驚いた。

「信じられないでしょ?これじゃあ、小田切雅治のイメージダウンですよ。ウチの社長、激怒しちゃいまして。当分、小田切先輩が弁護士の仕事をしている間は、この人の見張りにつくことになったんです」
「先輩っていうことは、君は?」
「僕は、高校のときの、小田切先輩の剣道部の後輩なんです。大学卒業して芸能事務所に入ったんですけど、先輩にテレビの仕事を紹介したの、僕なんですよ、へへへ。あ、痛っ!」

晶が、光司の手から写真週刊誌を取り上げて、それを丸めて慎太郎の後頭部を思い切り殴った。
「もう、なにすんですか!晶さん!」
「得意そうに言うんじゃねえ。てめえのせいで、雅治が忙しくなったんじゃねえか!雅治がいねーから、パチンコくらいしかスルことねえのっ!なにが出入り禁止だぁ!オレはなあ、てめえんとこのタレントじゃねんだよっ」
「人気者と結婚出来たんだから、それくらい我慢してください。晶さんもそれなりに世間から注目されてるんですよ」
「けっ、知るか!」

睨み合う二人を「まあまあ」と諌めて光司は、「そろそろ試合がはじまるから、ゆっくり見ていってよ。マネージャーさんもね。じゃあ、オレはもう行くから。晶君、またね、今度電話する」
そう言って軽やかな足取りで去っていった。

プイと顔を背けあって晶と慎太郎は、同じ列の、少し離れた席に腰を下ろした。

試合がはじまると、慎太郎は身を乗り出して食い入るようにグランドを見ている。
晶はもとからサッカーになど興味はない。
シャンパンを飲みながら、サッカーというよりも、サッカーを夢中で見ている慎太郎を眺めていた。

浅倉慎太郎のことは、高校生の頃から知っている。
慎太郎は自分と雅治が3年のとき1年で、剣道部で、雅治に憧れていた。
そして慎太郎は、雅治に心酔するあまりなのか、雅治の公認の恋人だった晶に恋をした。

晶が、剣道部の部室に雅治を呼びに行くと、そこには慎太郎だけがいて、いきなり、大きな身体に抱きしめられた。
慎太郎の着ていた胴着からは男臭い汗の匂いがした。
「僕…僕、晶さんのことを、好きです。でも晶さんは、小田切先輩の大切な人だから、諦めます。一度だけ、キスしてもいいですか」
抱きしめられ、苦しい恋を告白するようにそう言われて、晶は簡単にほだされた。
汗臭い部室で、一度だけの、熱い熱いディープキスを交わした。

しかし最近の慎太郎からは、二人の間にそんな甘酸っぱい過去があったようには感じられない。
態度が邪険、なのだ。
晶のことなど、大事な雅治の商品価値を下げる邪魔な存在程度にしか思ってないように、思える。

面白くない。
そうだ、慎太郎にもう一度、自分の魅力を再確認させてやろう。
考えつくと途端に楽しくなってきた。

まず晶はさりげなく、慎太郎の横の席に腰掛けた。
慎太郎は今しがた光司のチームが得点を入れたせいで興奮していて、晶が隣に座っても、顔を向けただけで少しも不審には思ってない様子だ。

「敵の10番、動きがいいなあ」
慎太郎の腕を掴んで、浮いている腰を下ろさせる。
「なんだ晶さんも、結構サッカーわかるんですね。あいつはスゴイですよ、あのボールの足捌きはペレの再来と言われてるんです」
慎太郎は興奮して鼻息荒く話しかける。

「ふーん」
言って晶は掴んだ慎太郎の腕に自分の手を巻きつけたまま、ゲームを見ているかのようにグランドに視線を向けた。

慎太郎は、なぜ晶は自分の腕に腕を絡めているのだろうと思ったが、振り払うのは失礼だと思って出来なかった。

別に、いいか。
気にしないことにして、再び、ゲームに集中した。
ところが少し立って、今度は晶の手が太腿の上におかれていることに気づいた。
偶然かな、と思った。
その手がさわさわと内側に滑り込んでくるまでは。

「あ、晶さん…」

咎めるように名前を呼んでも、晶は知らん顔で、別の方向を見ている。
顔を背けた晶の胸元は、ジャケットの下に着ているシャツのボタンが3つも開いていて、艶かしい肌が覗いていた。
浮き出た鎖骨に銀のネックレスが眩しい。
ゴクン、と慎太郎は喉を鳴らした。

もしかして、ユウワクされてる?

誘惑されているかもしれないと思うと、急にそわそわと落ち着かなくなる。
晶の手はどんどん太腿の内側に滑り込んで、小指はすでに膨らみの位置にあった。

「うっ…」

その手が移動してそこに触れたりしたら…そんなことを想像しただけで、慎太郎のそれは少し形を変えた。
それはスーツのズボンの柔らかい生地を押し上げて存在を主張する。
それに気づいた晶が、慎太郎の方を向いてニヤッと笑った。

「なんだ、慎太郎、たまってんの、おまえ」
わざわざ耳元に唇を近付けて、言う。
「かたくなってんじゃん?」

意地の悪さが滲み出ているような大きな瞳は、それでも充分に魅力的だった。
慎太郎は硬直して、晶にされるがままになっている。

「それにしても、おまえ…立派なもの、持ってるなあ」
今や好き勝手に慎太郎の股間を撫でている晶が、言った。

せっかくだから、これを味わってやろう。
ついでに慎太郎を骨抜きにして、これ以上、自分の行動に制限をさせないようにしてやる。
一瞬のうちに晶はそう決めていた。

「よし、行くぞ、慎太郎」
「えっ?!行くってどこに?!」
「駐車場だよ。どうせおまえ、事務所のバンで来たんだろ」

慎太郎の乗ってきた車は関係者専用の地下駐車場にとめられていて、ゲーム中の今は全く人の気配がない。
しかもタレントを乗せることの多いワンボックスカーの窓にはスモークガラスが貼られていて、外から車の中はよほど近づかなければ覗けない。
3万人の観客で賑わうスタジアムの中で、まるでそこだけが切り取られたような密室だった。

晶は、後部座席のスライドドアを開けさせて慎太郎を押し込むと、自分も後部座席に乗って、ドアを閉めた。

「さて…慎の字、気持ちいいことしようか?」


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