スリーピングドール

フジキフジコ

文字の大きさ
21 / 23

20.風景

しおりを挟む
「那智くん、もう僕のことも圭太のことも覚えてなかったよ。自分のこともほとんどわからないみたいだった。でも、樫野くんのことはわかるんだね。不思議だね」

療養所を出たところで、坂道を上ってくる樫野と会った。
一緒に駐車場まで歩きながら悠希はさっきの那智との面会のことを話した。

「オレは我が儘言って仕事減らして毎日通ってるからだよ。最近はほとんど泊まっていたし。完全看護なのにって、看護士さんに睨まれてるけどね」
笑ってそう言う樫野を、悠希は泣き腫らした目で見つめる。

「樫野くん、那智くんの側にいて辛くないの?」
ほんの少しの面会だけで、こんなに打ちのめされている自分に比べて、毎日、那智の側で、変わっていく那智を見続けている樫野の気持ちを思った。

樫野は首を振った。
辛くないと言えば嘘になる。
だけど、どんなに辛くても側にいたい気持ちの方がなによりも超える。

「悠希、オレ、カウントダウンするのはやめたんだ」
それだけ言って「じゃあな」と悠希を残し、那智に会うために背中を向けた。



◆◆◆



風景に溶けてしまいそうな後ろ姿だと思った。
海と空の境界線に沈む太陽を真ん中にして、グラデーションのように濃い赤から薄い赤が滲んで、そのまま那智を飲み込んでしまいそうだ。

昔、撮影で、ハワイに行ったとき、やっぱりこんな綺麗な夕陽を那智と一緒に見た。
多分、どんな風景の中にも、自分は過去に那智といた風景を思い描くことが出来る。

思い出の破片をかき集めて、那智の目の前に見せてあげられたらと思う。
形にしたらそれはきっと宝石のようにキラキラ光るもののような気がする。

名前を呼ぶと、那智は肩越しに振り返って、微笑んだ。
「樫野」
と唇がそう動いたことを確認して、今日もまだ大丈夫だと安堵する。

もう那智の中にある記憶は数えるほどしかない。
樫野は何も言わないで、那智の後ろに立ち、風に飛ばされそうな身体を背中からそっと抱いた。

近頃はもう言葉はあまり必要ない。
寄り添うことだけに意味があった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

処理中です...