スリーピングドール

フジキフジコ

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エピローグ

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それから数ヶ月後。

とうとう言葉も失った那智は、外界とのコミュニケイションの手段をなくし、次第に自分の殻の中に籠もってしまった。

そうなってはじめて樫野は、記憶を失うということが、単に「思い出をなくす」というだけではすまないのだと知った。

心がない生きたまま人形のように反応のない那智を前に、ただ無力感に苛まれた。

記憶も言葉も、そして感情さえも手放した那智は、それなのに外見だけ那智のままで目の前に存在する。
だから、返事が返らないことを承知で、樫野は何時間でも那智に話しかけた。

「とうとうさ、オレたちも個人で仕事することになったんだ。悠希はドラマでの演技が評判良くて、今度は映画に出ることになったんだよ。毎日、レッスン場にまで台本持ってきて必死でセリフを覚えてる。圭太にからかわれながら、結構、頑張ってるんだ。芳彦は役者はパスって言ってる。もしかしたら、あいつ、NYに行くかもしれない。だけど、今頃になってダンスの基礎勉強しに行くって、遅せえよな。オレはねえ、今度、ソロでCD出さないかって話がある。まだ迷ってるんだけどさ、那智だったら、絶対やれって言っただろうな」

言いながら、すまさそうに那智を見る。
「正直言って、FakeLipsはもう長くもたないかもしれない。オレたちさ、どうしても4人で踊ると、ギクシャクするんだよ。センターに、おまえがいないことにいつまで立っても慣れない。プロとしては失格だよな。だけど、みんなそれぞれ、自分の足で歩くために、頑張ってるんだ。那智、許してくれる?」

指で、また少し長くなった前髪をすくう。
「あとで、前髪、切ってもらおうな」
指先で触れた額から熱が感じられる。
パジャマの上から胸に手をおけば、確かな鼓動も確認出来る。

「オレも頑張ってる。おまえの分も、頑張ってるよ」
那智の膝の上に頭を乗せて、樫野は瞼を閉じた。

「思い出なんか、くそくらえだ。今、こんなに近くにいる、それで充分だ」
自分に言い聞かせるように、樫野は言った。

「ねえ、那智も夢を見るの?どんな夢なんだろう。ときどきはさ、オレの夢とか見てくれるのかな」

窓から差し込む日差しがずいぶん温かくなった。
もうすぐ春が来る。

誰かにとても悲しいことがあったとしても、季節はちゃんと変わっていく。

「悪い…ちょっと…疲れて…る。那智、少しだけ…眠らせて」
那智の膝の上で、子供のようにあどけない寝顔で樫野は眠る。

その頬の上に、滴が落ちた。
感情を失くしたはずの那智の目に浮かんで頬を伝う涙を、樫野はまだ知らない。

その細くて白い指が自分の髪に触れ、優しく撫でていることも。
那智の中で起こるはずのない変化がはじまっている。
それは人が奇跡と呼ぶもの。

樫野はまだ知らない。



END














読んでくださってありがとうございました。
実はこの話には続編があります。
準備が出来次第、アップしますので、よかったら読んで下さい♪
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