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続ココロの恋人(高校生編)
3.デート
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「佐倉君!佐倉君ってば」
顔のすぐ側で呼ばれて我に返ると、目の前にクラスメートの女子の顔がドアップで迫っている。
驚いたオレは椅子ごとひっくりかえってしまった。
「そんな驚くなんて失礼ね!」
「そういうワケじゃ…」
口の中でしどろもどろの言い訳を言って、態勢を立て直す。
「もう、ずっとぼうとして、私の話、聞いてなかったでしょ?」
「悪りぃ」
放課後の教室にはオレとクラスメートの坂口真奈の二人しかいなくて、あんまり静かなんでつい考え事をしてしまった。
この前学校をサボった日に運悪く謝恩会運営委員会の選考があって、欠席裁判でオレに決まってしまっていた。
しかも名誉ある委員長というおまけつきで。
それでみんなが帰ったあと、副委員長の坂口と打ち合わせをしていたんだけど、卒業式が近いということは熊本に行かなきゃいけない日も近いってことで、そのことをどう紺野に言おうかと、いろいろ考えていた。
「そりゃあ佐倉君はしょっしゅう紺野君と一緒にいて、あの綺麗な顔を見慣れてるから、私の顔なんか間近に見たらビックリするわよね」
冗談口調でそんなふうに言うけど、坂口はなかなかどうして結構可愛い。
クラスの女子の中では一番じゃないかとオレは以前から密かに思っていた。
「なんだよ、それ。坂口も紺野狙いだったのか?」
「まさか。自分より綺麗なオトコなんてコンプレックス逆撫でするだけでイヤよ」
ただし性格は竹を割った、というか実にきっぱりさっぱりしている。
「どっちかと言えば、私、佐倉君狙いだったかな」
「はあ?」
「佐倉君って、紺野君ほど派手じゃないけど、よく見るとすっごく整った顔立ちしてるのよね。肌なんかスベスベで、羨ましいくらいだし」
「なんだよ、それ。坂口だってニキビひとつないじゃん。オレ、おまえのこと可愛いって思ってたよ」
それまで冗談の応酬だとばかり思っていたのに、オレがそう言ったら坂口は途端に顔を真っ赤にした。
その女の子らしい反応が意外だった。
「本当に?」
「うん」
「なんだ。だったら勇気を出して告白すればよかったなあ」
え?えええ?えーと、それってつまり…?
「オ、オレに?」
坂口は頷きながら、オレが驚くようなことを言い出した。
「佐倉君は知らないと思うけど、佐倉君って結構人気あったのよ」
「嘘だろ。オレ、そんなモーションかけられたことない」
「だって、なんか佐倉君って近寄りがたいんだもん」
「オレが、か?」
「うん。いつも紺野君と一緒だしね」
「あ、変な噂ある?もしかして」
よく、女子がふざけてオレと紺野がデキているとか、そんなことを言ってることは知っている。
なんでこうオンナっていうのは下種な話題が好きなんだろう。
「みんな本気で思ってるわけじゃないのよ。でも確かに紺野君と佐倉君は絵になるわね」
「勘弁してくれよ」
そうじゃなくて、と笑いながら、
「なんとなく振り向いてもらえない気がするんだなあ、佐倉君には」
坂口はそんなことを言う。
なんかそれってオレ、損だよなあ。
確かに自分から女の子に声をかけたりはしないけど、付き合ううちに好きになるってことだってあるかもしれないのに、そのチャンスさえなかったってことだろ。
オレが嘆きながらそう言うと、
「ねえ、じゃあ佐倉君、私と付き合ってくれない?」
実にあっけらかんと坂口は言った。
「はあ?」
「あ、ごめん。ただし、卒業式までって期限つき」
「どういう意味よ、それ」
「やっぱり知らなかった?私、大学は札幌なの。佐倉君はこのまま都内でしょ?遠距離恋愛って自信ないんだなあ。だから、高校時代の思い出作りっていうか、まあ、そういう意味で」
札幌かあ。
実はオレは熊本なんだよ、南と北で対極だな、…ってことは黙っていた。
そんなこと坂口に言ってもしょうがない。
「思い出作り、ねえ」
考えてみたら高校生活3年間でガールフレンドの一人もいなかったオレのほうこそ、そういう思い出が必要なんじゃないか?
そう思って、それ以上深く考えずにオレはその申し出をOKした。
そんな経緯で、その次の日の日曜、オレは生まれてはじめて女の子とのデートというものを体験した。
ところがこれが、思っていた以上に楽しくない。
どこに行ってなにをするべきかさっぱりわからないオレはすべて坂口任せで、坂口の後をついて歩くだけなんだけど、目的もなくただ街中を歩くだけっていうのはどうも性に合わない。
店に入っては小物を見て、かしこまった洒落た喫茶店でお茶を飲んで、女の子っていうのはなんでこんなことが楽しいんだろう。
と、正直に言うと坂口は「佐倉君は私のことを好きじゃないから、そう思うのよう」と膨れた。
コイビト同士というのは、二人でいれば何をしていても、何もしていなくても楽しいものなの、というのが坂口の持論だった。
「それに佐倉君だって学校の帰りに紺野君とよく商店街フラフラしてるじゃない」
「そう言われればそうだけど」
オレたちはただ帰り道のついでにゲーセン寄ったり、紺野に付き合ってCD屋に寄ったりハンバーガー食べたりってその程度のことで。
「やだ、それってまるで恋人同士のデートよ!」
坂口に言われた。
そうだったのか?
日が暮れて帰り道を歩いている頃には結構気分が浮上していた。
大学落ちて以来滅入っていたけど、坂口との遠慮の要らない会話で久しぶりに気が晴れたみたいだ。
女の子の天性の明るさっていうのは、やっぱり世の中の救いになるんだなあと思う。
かといって坂口との間に恋愛感情の類が芽生えることはないという確信がオレにはあった。
多分、それは坂口もわかったんだと思う。
別れ際、坂口は無理矢理一緒に撮ったプリクラをオレの手の中に握らせて、
「今日はありがとう。高校生活のいい思い出になったわ。札幌で、本物の恋人が出来るまで佐倉君のこと、心の恋人にする」
なんて言った。
オレも坂口のことを…と言ってやれればよかったのに、どうもそれも違う気がして、オレはただ曖昧に笑って別れた。
寮に帰ると、門の前で紺野が待っていた。
この前、ってまだ3日前だけど、喧嘩してから紺野とは会ってなかった。
学校はもう自主登校でオレも紺野も真面目に通ってなかったし、連絡もとってなかった。
謝るなら今だ、とオレは思った。
この前言ったことを謝って、それから。
それから卒業したら熊本に行くことをいい加減、言わなくちゃ。
決心してオレは、紺野に「入れよ」って言った。
顔のすぐ側で呼ばれて我に返ると、目の前にクラスメートの女子の顔がドアップで迫っている。
驚いたオレは椅子ごとひっくりかえってしまった。
「そんな驚くなんて失礼ね!」
「そういうワケじゃ…」
口の中でしどろもどろの言い訳を言って、態勢を立て直す。
「もう、ずっとぼうとして、私の話、聞いてなかったでしょ?」
「悪りぃ」
放課後の教室にはオレとクラスメートの坂口真奈の二人しかいなくて、あんまり静かなんでつい考え事をしてしまった。
この前学校をサボった日に運悪く謝恩会運営委員会の選考があって、欠席裁判でオレに決まってしまっていた。
しかも名誉ある委員長というおまけつきで。
それでみんなが帰ったあと、副委員長の坂口と打ち合わせをしていたんだけど、卒業式が近いということは熊本に行かなきゃいけない日も近いってことで、そのことをどう紺野に言おうかと、いろいろ考えていた。
「そりゃあ佐倉君はしょっしゅう紺野君と一緒にいて、あの綺麗な顔を見慣れてるから、私の顔なんか間近に見たらビックリするわよね」
冗談口調でそんなふうに言うけど、坂口はなかなかどうして結構可愛い。
クラスの女子の中では一番じゃないかとオレは以前から密かに思っていた。
「なんだよ、それ。坂口も紺野狙いだったのか?」
「まさか。自分より綺麗なオトコなんてコンプレックス逆撫でするだけでイヤよ」
ただし性格は竹を割った、というか実にきっぱりさっぱりしている。
「どっちかと言えば、私、佐倉君狙いだったかな」
「はあ?」
「佐倉君って、紺野君ほど派手じゃないけど、よく見るとすっごく整った顔立ちしてるのよね。肌なんかスベスベで、羨ましいくらいだし」
「なんだよ、それ。坂口だってニキビひとつないじゃん。オレ、おまえのこと可愛いって思ってたよ」
それまで冗談の応酬だとばかり思っていたのに、オレがそう言ったら坂口は途端に顔を真っ赤にした。
その女の子らしい反応が意外だった。
「本当に?」
「うん」
「なんだ。だったら勇気を出して告白すればよかったなあ」
え?えええ?えーと、それってつまり…?
「オ、オレに?」
坂口は頷きながら、オレが驚くようなことを言い出した。
「佐倉君は知らないと思うけど、佐倉君って結構人気あったのよ」
「嘘だろ。オレ、そんなモーションかけられたことない」
「だって、なんか佐倉君って近寄りがたいんだもん」
「オレが、か?」
「うん。いつも紺野君と一緒だしね」
「あ、変な噂ある?もしかして」
よく、女子がふざけてオレと紺野がデキているとか、そんなことを言ってることは知っている。
なんでこうオンナっていうのは下種な話題が好きなんだろう。
「みんな本気で思ってるわけじゃないのよ。でも確かに紺野君と佐倉君は絵になるわね」
「勘弁してくれよ」
そうじゃなくて、と笑いながら、
「なんとなく振り向いてもらえない気がするんだなあ、佐倉君には」
坂口はそんなことを言う。
なんかそれってオレ、損だよなあ。
確かに自分から女の子に声をかけたりはしないけど、付き合ううちに好きになるってことだってあるかもしれないのに、そのチャンスさえなかったってことだろ。
オレが嘆きながらそう言うと、
「ねえ、じゃあ佐倉君、私と付き合ってくれない?」
実にあっけらかんと坂口は言った。
「はあ?」
「あ、ごめん。ただし、卒業式までって期限つき」
「どういう意味よ、それ」
「やっぱり知らなかった?私、大学は札幌なの。佐倉君はこのまま都内でしょ?遠距離恋愛って自信ないんだなあ。だから、高校時代の思い出作りっていうか、まあ、そういう意味で」
札幌かあ。
実はオレは熊本なんだよ、南と北で対極だな、…ってことは黙っていた。
そんなこと坂口に言ってもしょうがない。
「思い出作り、ねえ」
考えてみたら高校生活3年間でガールフレンドの一人もいなかったオレのほうこそ、そういう思い出が必要なんじゃないか?
そう思って、それ以上深く考えずにオレはその申し出をOKした。
そんな経緯で、その次の日の日曜、オレは生まれてはじめて女の子とのデートというものを体験した。
ところがこれが、思っていた以上に楽しくない。
どこに行ってなにをするべきかさっぱりわからないオレはすべて坂口任せで、坂口の後をついて歩くだけなんだけど、目的もなくただ街中を歩くだけっていうのはどうも性に合わない。
店に入っては小物を見て、かしこまった洒落た喫茶店でお茶を飲んで、女の子っていうのはなんでこんなことが楽しいんだろう。
と、正直に言うと坂口は「佐倉君は私のことを好きじゃないから、そう思うのよう」と膨れた。
コイビト同士というのは、二人でいれば何をしていても、何もしていなくても楽しいものなの、というのが坂口の持論だった。
「それに佐倉君だって学校の帰りに紺野君とよく商店街フラフラしてるじゃない」
「そう言われればそうだけど」
オレたちはただ帰り道のついでにゲーセン寄ったり、紺野に付き合ってCD屋に寄ったりハンバーガー食べたりってその程度のことで。
「やだ、それってまるで恋人同士のデートよ!」
坂口に言われた。
そうだったのか?
日が暮れて帰り道を歩いている頃には結構気分が浮上していた。
大学落ちて以来滅入っていたけど、坂口との遠慮の要らない会話で久しぶりに気が晴れたみたいだ。
女の子の天性の明るさっていうのは、やっぱり世の中の救いになるんだなあと思う。
かといって坂口との間に恋愛感情の類が芽生えることはないという確信がオレにはあった。
多分、それは坂口もわかったんだと思う。
別れ際、坂口は無理矢理一緒に撮ったプリクラをオレの手の中に握らせて、
「今日はありがとう。高校生活のいい思い出になったわ。札幌で、本物の恋人が出来るまで佐倉君のこと、心の恋人にする」
なんて言った。
オレも坂口のことを…と言ってやれればよかったのに、どうもそれも違う気がして、オレはただ曖昧に笑って別れた。
寮に帰ると、門の前で紺野が待っていた。
この前、ってまだ3日前だけど、喧嘩してから紺野とは会ってなかった。
学校はもう自主登校でオレも紺野も真面目に通ってなかったし、連絡もとってなかった。
謝るなら今だ、とオレは思った。
この前言ったことを謝って、それから。
それから卒業したら熊本に行くことをいい加減、言わなくちゃ。
決心してオレは、紺野に「入れよ」って言った。
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