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そして、それから数日経った日の午後のこと。
ラウルが突然、我が家の屋敷に押しかけてきた。これまた両親不在の日で、やむなく私が対応せざるを得なかった。
「久しぶりだな、ビアンカ」
馴れ馴れしく挨拶をしてくる彼が憎らしい。どの面を下げて会いに来たのだろうか。
「何のご用でしょうか、殿下」
私は怒りを堪えて、嫌味なくらいにっこりと作り笑いをした。
ラウルはそんな私を真剣な表情で見つめてくる。
「俺は、今、婚約破棄したことを後悔している」
ぽつりとつぶやいた彼に、私は不敬にも「は?」と言った。
「お前がいなくなってから、ようやく気づいた。お前は誰よりも聡明で、気高くて……。俺の隣にいるべきなのは、ビアンカだったのだ!」
━━今更!? 馬鹿なんじゃないの?
心の中で思わず叫んだけれど、表面上は冷静に対応する。
「そんな事は言わずにルーナと幸せになって下さいな」
「彼女とはとっくの昔に縁を切った!」
━━厳密には、「縁を切られた」でしょう?
ラウルのプライドの高さに辟易する。
聞く所によると、ルーナは両親からの激しい説得によって、目が覚めたらしい。彼女いわく「何であんな人に夢中になっていたのかしら?」だそうだ。きっとラウルのことだから、私との婚約破棄が成立した慢心からルーナを大事に扱わなくなったのだろう。雑に扱ったら女の子の気持が冷めるのは当然だ。
「そうだったのですね。でも、もう遅いですわ。私達の婚約は、既に殿下の手によって破棄されましたもの」
「しかし、それはもう一度」
「殿下、残念ながらそうもいかないのです。実は、私、隣国のジェラルド公爵に求婚されておりますの。お父様は「彼ならば」と、前向きでしてね」
それは嘘ではなかった。
お父様はジェラルド公爵のことを気に入った上、我が家門に良い影響をもたらすと判断したのだ。
だから、このままいけば私は彼と結婚することとなるだろう。
「なっ……!」
ラウルは青ざめるが、私は気にせず微笑む。
「もう私は、あなたのものではないのです。ですので、ラウル殿下は別の方をお探しになった方がよいかと」
落ち込む彼を私は笑顔で送り返した。
ラウルが屋敷から出ていくと、使用人達はほっと息を吐いた。
「お嬢様はジェラルド公爵と結婚する意志が固まったのですか」
傍らで話を聞いていた侍女が目をキラキラと輝かせながら尋ねてきた。
彼女にとってジェラルド公爵は物語の王子様に等しく、私を救うヒーローだと認識しているようだ。
「そうね。今の状況をみるに、そうするのが一番良いのかなって思って……」
私は静かに暮らしたいのだけど、求婚が一向に止むことはなかった。
いい加減、引きこもり生活にも疲れた私は、この状況から抜け出したいと切に願っている。そうするためには、結婚以外の方法では難しいと薄々思っている。
「ええ、きっとそうに違いありません。ジェラルド公爵は、イケメンで優しくて、知性もあって、理想の紳士ですもの。……あの方が冷酷無比と呼ばれるなんて信じられませんわ」
「そうよね」
彼がそう呼ばれるのには、何か理由があるはずだ。今は猫を被っているだけで、結婚した途端に血を見ることになったらどうしよう。
侍女は私の気も知らず、手を胸の前で合わせて弾けるような笑みを浮かべた。
「ともかく、お嬢様が結婚に前向きになってくれて良かったです」
「私的には一生独身で良かったんだけどね」
「もう、お嬢様ったら! あんなダメ王子のことは忘れて早く次の恋に目覚めて下さいよ」
「ダメ王子って……」
彼女はいけないことを言っているけれど、咎める気力も湧かない。
「あ! 折角なので、公爵閣下からのラブレターに、お返事を書きましょうよ。ペンと便箋を持ってきますね!」
彼女は突然そう言うと返事も聞かずに走り出した。
「ちょっと! 勝手なことをしないでよ!!」
私は慌てて止めるが、彼女は聞く耳を持たない。走り去っていく侍女を他の侍女達が何事かと見ていた。
「どうかなさいましたか」
不安そうに尋ねできたのは、さっきの彼女よりも年長の侍女だった。彼女なら、私の気持が分かってくれるかもしれない。そう思ったから、先程の侍女に対する愚痴を零したのだけれど━━
「お嬢様、どうか彼女を怒らないであげてくださいませ。彼女はお嬢様の幸せを誰よりも考えていたがゆえの暴走ですの」
「そう……?」
納得がいかなったけれど、ここで変に否定するのも違う気がして、私は侍女の意見を受け入れた。
「それよりも、今日はゆっくりなさってくださいね。明日から家庭教師を呼ぶと、奥様が仰っていましたから」
「家庭教師? 何で?」
「隣国で生きていくためには、もっと知識と教養が必要だと奥様はお考えです」
━━ああ。もう! 少しは自由を楽しみたいのに~!
こうして、私の望んだ平穏な独身生活はどこか遠くへと消えていったのだ。
そして、それから数日経った日の午後のこと。
ラウルが突然、我が家の屋敷に押しかけてきた。これまた両親不在の日で、やむなく私が対応せざるを得なかった。
「久しぶりだな、ビアンカ」
馴れ馴れしく挨拶をしてくる彼が憎らしい。どの面を下げて会いに来たのだろうか。
「何のご用でしょうか、殿下」
私は怒りを堪えて、嫌味なくらいにっこりと作り笑いをした。
ラウルはそんな私を真剣な表情で見つめてくる。
「俺は、今、婚約破棄したことを後悔している」
ぽつりとつぶやいた彼に、私は不敬にも「は?」と言った。
「お前がいなくなってから、ようやく気づいた。お前は誰よりも聡明で、気高くて……。俺の隣にいるべきなのは、ビアンカだったのだ!」
━━今更!? 馬鹿なんじゃないの?
心の中で思わず叫んだけれど、表面上は冷静に対応する。
「そんな事は言わずにルーナと幸せになって下さいな」
「彼女とはとっくの昔に縁を切った!」
━━厳密には、「縁を切られた」でしょう?
ラウルのプライドの高さに辟易する。
聞く所によると、ルーナは両親からの激しい説得によって、目が覚めたらしい。彼女いわく「何であんな人に夢中になっていたのかしら?」だそうだ。きっとラウルのことだから、私との婚約破棄が成立した慢心からルーナを大事に扱わなくなったのだろう。雑に扱ったら女の子の気持が冷めるのは当然だ。
「そうだったのですね。でも、もう遅いですわ。私達の婚約は、既に殿下の手によって破棄されましたもの」
「しかし、それはもう一度」
「殿下、残念ながらそうもいかないのです。実は、私、隣国のジェラルド公爵に求婚されておりますの。お父様は「彼ならば」と、前向きでしてね」
それは嘘ではなかった。
お父様はジェラルド公爵のことを気に入った上、我が家門に良い影響をもたらすと判断したのだ。
だから、このままいけば私は彼と結婚することとなるだろう。
「なっ……!」
ラウルは青ざめるが、私は気にせず微笑む。
「もう私は、あなたのものではないのです。ですので、ラウル殿下は別の方をお探しになった方がよいかと」
落ち込む彼を私は笑顔で送り返した。
ラウルが屋敷から出ていくと、使用人達はほっと息を吐いた。
「お嬢様はジェラルド公爵と結婚する意志が固まったのですか」
傍らで話を聞いていた侍女が目をキラキラと輝かせながら尋ねてきた。
彼女にとってジェラルド公爵は物語の王子様に等しく、私を救うヒーローだと認識しているようだ。
「そうね。今の状況をみるに、そうするのが一番良いのかなって思って……」
私は静かに暮らしたいのだけど、求婚が一向に止むことはなかった。
いい加減、引きこもり生活にも疲れた私は、この状況から抜け出したいと切に願っている。そうするためには、結婚以外の方法では難しいと薄々思っている。
「ええ、きっとそうに違いありません。ジェラルド公爵は、イケメンで優しくて、知性もあって、理想の紳士ですもの。……あの方が冷酷無比と呼ばれるなんて信じられませんわ」
「そうよね」
彼がそう呼ばれるのには、何か理由があるはずだ。今は猫を被っているだけで、結婚した途端に血を見ることになったらどうしよう。
侍女は私の気も知らず、手を胸の前で合わせて弾けるような笑みを浮かべた。
「ともかく、お嬢様が結婚に前向きになってくれて良かったです」
「私的には一生独身で良かったんだけどね」
「もう、お嬢様ったら! あんなダメ王子のことは忘れて早く次の恋に目覚めて下さいよ」
「ダメ王子って……」
彼女はいけないことを言っているけれど、咎める気力も湧かない。
「あ! 折角なので、公爵閣下からのラブレターに、お返事を書きましょうよ。ペンと便箋を持ってきますね!」
彼女は突然そう言うと返事も聞かずに走り出した。
「ちょっと! 勝手なことをしないでよ!!」
私は慌てて止めるが、彼女は聞く耳を持たない。走り去っていく侍女を他の侍女達が何事かと見ていた。
「どうかなさいましたか」
不安そうに尋ねできたのは、さっきの彼女よりも年長の侍女だった。彼女なら、私の気持が分かってくれるかもしれない。そう思ったから、先程の侍女に対する愚痴を零したのだけれど━━
「お嬢様、どうか彼女を怒らないであげてくださいませ。彼女はお嬢様の幸せを誰よりも考えていたがゆえの暴走ですの」
「そう……?」
納得がいかなったけれど、ここで変に否定するのも違う気がして、私は侍女の意見を受け入れた。
「それよりも、今日はゆっくりなさってくださいね。明日から家庭教師を呼ぶと、奥様が仰っていましたから」
「家庭教師? 何で?」
「隣国で生きていくためには、もっと知識と教養が必要だと奥様はお考えです」
━━ああ。もう! 少しは自由を楽しみたいのに~!
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