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2章 世界で一番嫌いな人
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「君の望むような解答を俺は持ち合わせていない」
ニコラス様はつぶやいた。
「両親にいいようにされて、ニコラス様は憤りや悲しみの感情が湧いて来ないんですか」
「捨てたよ。そんな物は……」
私は顔をあげて彼を見た。
ニコラス様はさっきとは打って変わって表情が消えていた。
「何を聞いたって、君のような人間に俺を理解する事などできるはずがないよ」
彼はそう言うと再び窓の外を見た。
それから家に着くまで、私達は一言も言葉を交わさなかった。
沈黙は重く、息苦しさに苛まれ続けた。それは、まるで地獄に引きずり込まれるような時間だった。
※
それ以来、私はニコラス様と関わる事をやめた。彼は私に理解できる人ではないし、彼もそれを望んでいなかったから。
第二王妃との関係を断たせるような行動は、お父様がやってくれている。私が何かをする必要はなかった。
彼に困った事が起こったのなら、助ける気ではいたけれど。外面が良くて、要領のいい彼が問題を起こすはずもなく、静かで穏やかな日々が続いた。
だから、私はお父様の言うように、学園生活を満喫する事にした。人生に「巻き戻し」の選択はないのだから。青春という今の時間を楽しむべきだと私は思ったのだ。
学園には色んな人がいたけれど、大抵の人は親切で優しかった。ありがたい事に私と仲良くしてくれる人の方が圧倒的で、学園生活は毎日が楽しくて仕方がなかった。
でも、何の問題もないかと言われれば、そうでもなかった。私は「王子の婚約者」という立場のせいで、レイチェル嬢と比べられてしまうのだ。
だから、レイチェル嬢の話はどうしても私の耳にも入って来た。
レイチェル嬢は学園生活を謳歌する私とは違って、順風満帆とはいかなかったようだ。入学初日からケイン様がミランダにゾッコンな上、レイチェル嬢自身がニコラス様との関係を巡る噂の的になっていたから。
彼女とニコラス様の噂のきっかけは、勿論、あのファーストダンスだった。
レイチェル嬢は「しつこく誘われたから仕方なく踊った」と言い訳していたようだけれど。見目麗しく、女性に興味を示さないニコラス様が、レイチェル嬢をダンスに誘ったという事実自体、話題にならないはずがない。
しかも、しつこく誘ったとなれば、「禁断の恋」として噂が膨らむのは当然だった。
しかし、レイチェル嬢はそれを理解していないみたいだ。
「やだ、見て! また話してる」
「やっぱり噂は本当なのかしら」
クラスメイトがそんな事を言いながら私をチラ見する。こういう時は、大抵、ニコラス様がレイチェル嬢に話しかけている。
窓の外を見てみると、花壇に水やりをするレイチェル嬢にニコラス様が話しかけていた。その顔ははっきりと見えないけれど、彼女はきっと困り顔で応対しているに違いない。
レイチェル嬢は彼の好意を受け入れる気はないようだった。いつ見ても彼女の彼に対する態度は丁寧だけど冷たかったから。早く話を終わらせたいという気持ちが表情に出ていた。
それでも、ニコラス様はめげる事なく彼女に話しかけている。何としてでも彼女と関わりを持ちたいらしい。
それを遠くから見ている分には、健気で優しい恋のようだけれど。実際、彼は腹の中で彼女に対してどんな欲望を向けているものか分かったものじゃない。
「またやってるんだ」
ベッキーは窓の外を見て言った。
「そうだね」
「ドルウェルク辺境伯令嬢もはっきりと断ればいいのに」
「礼儀正しい人だから、できないんだよ」
「……。まあ、相手が王族だし、難しいか」
そう言っている間に、水をやり終えたレイチェル嬢は花壇から離れ、ニコラス様も彼女と別れて立ち去った。
「……ああ。そういえば、今日は文化祭実行委員会の集まりがあるから、一緒に帰れないよ」
私はお昼に急遽決まった予定をベッキーに伝えると、彼女は途端にふくれっ面になった。
「ええ、また集まり?」
「文化祭の日が近いから」
「それは分かってるけど。エリーと放課後に遊べないからつまんないの」
拗ねるベッキーが可愛らしくて、私は笑った。
「もうすぐ大きい作業は終わりそうだから。来週は久しぶりに一緒に帰れるかも」
「ほんと? ヤッタ!」
ベッキーのにっと笑う姿を見たら、頑張って早く作業を終わらせようと思った。
だから、放課後の集まりで私は気合いを入れて作業に臨んだ。みんなの協力もあって、大きな作業は1時間ほどで終わった。後は細かい確認だけ。準備はもうすぐ完了する。
「疲れましたね」
一人の令嬢の言葉を合図に、今日の作業はおしまいになった。
そして、せっかく早く終わったのだからと、みんなでカフェテリアにお茶をしに行くことになったのだけれど━━
そこで、「事件」は起こったのだ。
ニコラス様はつぶやいた。
「両親にいいようにされて、ニコラス様は憤りや悲しみの感情が湧いて来ないんですか」
「捨てたよ。そんな物は……」
私は顔をあげて彼を見た。
ニコラス様はさっきとは打って変わって表情が消えていた。
「何を聞いたって、君のような人間に俺を理解する事などできるはずがないよ」
彼はそう言うと再び窓の外を見た。
それから家に着くまで、私達は一言も言葉を交わさなかった。
沈黙は重く、息苦しさに苛まれ続けた。それは、まるで地獄に引きずり込まれるような時間だった。
※
それ以来、私はニコラス様と関わる事をやめた。彼は私に理解できる人ではないし、彼もそれを望んでいなかったから。
第二王妃との関係を断たせるような行動は、お父様がやってくれている。私が何かをする必要はなかった。
彼に困った事が起こったのなら、助ける気ではいたけれど。外面が良くて、要領のいい彼が問題を起こすはずもなく、静かで穏やかな日々が続いた。
だから、私はお父様の言うように、学園生活を満喫する事にした。人生に「巻き戻し」の選択はないのだから。青春という今の時間を楽しむべきだと私は思ったのだ。
学園には色んな人がいたけれど、大抵の人は親切で優しかった。ありがたい事に私と仲良くしてくれる人の方が圧倒的で、学園生活は毎日が楽しくて仕方がなかった。
でも、何の問題もないかと言われれば、そうでもなかった。私は「王子の婚約者」という立場のせいで、レイチェル嬢と比べられてしまうのだ。
だから、レイチェル嬢の話はどうしても私の耳にも入って来た。
レイチェル嬢は学園生活を謳歌する私とは違って、順風満帆とはいかなかったようだ。入学初日からケイン様がミランダにゾッコンな上、レイチェル嬢自身がニコラス様との関係を巡る噂の的になっていたから。
彼女とニコラス様の噂のきっかけは、勿論、あのファーストダンスだった。
レイチェル嬢は「しつこく誘われたから仕方なく踊った」と言い訳していたようだけれど。見目麗しく、女性に興味を示さないニコラス様が、レイチェル嬢をダンスに誘ったという事実自体、話題にならないはずがない。
しかも、しつこく誘ったとなれば、「禁断の恋」として噂が膨らむのは当然だった。
しかし、レイチェル嬢はそれを理解していないみたいだ。
「やだ、見て! また話してる」
「やっぱり噂は本当なのかしら」
クラスメイトがそんな事を言いながら私をチラ見する。こういう時は、大抵、ニコラス様がレイチェル嬢に話しかけている。
窓の外を見てみると、花壇に水やりをするレイチェル嬢にニコラス様が話しかけていた。その顔ははっきりと見えないけれど、彼女はきっと困り顔で応対しているに違いない。
レイチェル嬢は彼の好意を受け入れる気はないようだった。いつ見ても彼女の彼に対する態度は丁寧だけど冷たかったから。早く話を終わらせたいという気持ちが表情に出ていた。
それでも、ニコラス様はめげる事なく彼女に話しかけている。何としてでも彼女と関わりを持ちたいらしい。
それを遠くから見ている分には、健気で優しい恋のようだけれど。実際、彼は腹の中で彼女に対してどんな欲望を向けているものか分かったものじゃない。
「またやってるんだ」
ベッキーは窓の外を見て言った。
「そうだね」
「ドルウェルク辺境伯令嬢もはっきりと断ればいいのに」
「礼儀正しい人だから、できないんだよ」
「……。まあ、相手が王族だし、難しいか」
そう言っている間に、水をやり終えたレイチェル嬢は花壇から離れ、ニコラス様も彼女と別れて立ち去った。
「……ああ。そういえば、今日は文化祭実行委員会の集まりがあるから、一緒に帰れないよ」
私はお昼に急遽決まった予定をベッキーに伝えると、彼女は途端にふくれっ面になった。
「ええ、また集まり?」
「文化祭の日が近いから」
「それは分かってるけど。エリーと放課後に遊べないからつまんないの」
拗ねるベッキーが可愛らしくて、私は笑った。
「もうすぐ大きい作業は終わりそうだから。来週は久しぶりに一緒に帰れるかも」
「ほんと? ヤッタ!」
ベッキーのにっと笑う姿を見たら、頑張って早く作業を終わらせようと思った。
だから、放課後の集まりで私は気合いを入れて作業に臨んだ。みんなの協力もあって、大きな作業は1時間ほどで終わった。後は細かい確認だけ。準備はもうすぐ完了する。
「疲れましたね」
一人の令嬢の言葉を合図に、今日の作業はおしまいになった。
そして、せっかく早く終わったのだからと、みんなでカフェテリアにお茶をしに行くことになったのだけれど━━
そこで、「事件」は起こったのだ。
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