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2章 世界で一番嫌いな人
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第二王妃様とお茶をした翌日の放課後。私はニコラス様に声をかけられた。
「少し話がしたい。俺の馬車に乗ってくれ」
返事も待たずに歩き出す彼を、自分勝手な人だと思いつつ、私は黙って追いかけた。
馬車に乗ると、ニコラス様はすぐに本題を口にした。
「第二王妃と、お茶をしたそうだね」
自分の母親の事を“第二王妃”と呼ぶなんて。彼らの親子関係は、やっぱり狂っている。
「はい。何か問題でも?」
「いや。むしろ、実に上手くやってくれたと思う」
あれだけ酷いことを言われて、ただ黙っていただけなのに。それが“上手くやれた”という評価になると素直に思えなかった。
「どうしてですか」
私が尋ねると、ニコラス様は不敵に笑った。
「君は第二王妃に見くびられただろう?」
彼の言う通りだ。あの人は終始、私を小馬鹿にしていた。
でも、それを“良い事”だとされるのは、やっぱり納得がいかない。
「不服かい?」
「ええ、まあ……」
「君は、大切に育てられたんだね」
ニコラス様は窓の外を見て言った。その横顔からは感情が読めない。彼はどういう意図でそれを言ったのだろう。
考えている間にも彼は話を続ける。
「時には能力を過小評価された方がいい」
「なぜですか」
「面倒な人間に目を付けられたら厄介だから」
確かに第二王妃様のような人に目を付けられるような事は避けたい。でも━━
「過小評価をされる事によって、不要な批判をされる事もありますよね? 私はそっちの方が嫌です」
「馬鹿だね。批判なんて真に受けず聞き流せばいいんだよ」
「でも……、ある事ない事を言われれば、悔しくて惨めな気持ちになりませんか」
外を見ていたニコラス様が、私を見た。
「君って案外、他人からの評価を重んじるタイプ?」
質問の意図はよく分からなくて首を傾げた。
「そんな事はないと思いますけど」
「それなら、プライドが高いだけか」
吐き捨てるように言われてカチンときた。大事な話があるのかと思ったのに、こんな悪口を聞かされるくらいなら断ればよかった。
「こうやって私に嫌味を言うために、わざわざ馬車に呼んだんですか?」
窓の外を見ていた彼が、ようやく向き直った。
「第二王妃の言っていた事で気になった事はある?」
「気になった事?」
「あの人は、舐めた相手には饒舌になるから。良からぬ企みを喋っているのじゃないかと思ってね」
彼女との会話を思い出してみる。出てくるのは、不愉快な言葉ばかりだった。
「私はこれからレイチェル嬢の首を真綿で絞めないといけないとか」
「うん」
「ニコラス様は第二王妃様と国王陛下の道具とか」
「うん」
「モニャーク公爵家は第一王子派の筆頭でないと困るからニコラス様に婚約解消の話をするなとか」
「うん」
淡々とする彼の相槌を不気味に思った。
「それだけ?」
「大体話した内容はこんな物かと」
「そう。大した事は言ってなかったんだ」
そう言われて私は呆気に取られてしまった。
「第二王妃様はレイチェル嬢が苦しむ事を望んでいるのですよ?」
「それはそうだろう。レイチェルはケインの婚約者の上、第二王妃の嫌味を嫌味で返す程の口達者なのだから。目障りに思うのも無理はないだろう」
「愛する人が苦しめられるかもしれないのに、どうしてそんなに平然としていられるのですか」
「愛する人? 何の話をしているんだ?」
ニコラス様は冷たく言い放った。
「だって、ニコラス様は……」
「エレノア」
彼は静かな声で制止をする。
「レイチェルはケインの婚約者で俺達の敵だ。そんな人間を俺が愛しているだなんて。軽々しく言ってくれるな」
彼の鋭く刺すような視線に、私は喉を締められるような息苦しさを覚えた。暗い色を宿したその瞳には、敵意が込められているのを感じた。
━━これ以上は、言ってはいけない。
そう本能が警告を鳴らす。私は唇を噛みしめて、必死に怒りと恐怖を押し込めた。
━━どうして、認めないんだろう。
ニコラス様は、いつでも、レイチェル嬢を優しい目で見ているのに。
そして、レイチェル嬢を愛しているから、嫌いなダンスを踊った癖に。
好きなら好きと言えばいい。優しくはっきりと好意を伝えられて嬉しくない人なんていないんだから。
それなのに、どうしてニコラス様は、言い訳ばかりで気持ちを伝えようとしないのだろう。
私は睨みつけてくる彼の目が怖くて俯いた。
でも、黙ったままでいるつもりもなかった。私も彼に話しておきたい事があったから。
「両親に道具だと思われている事をニコラス様はどう思っているんですか」
足元をじっと見つめたまま尋ねる。
すると、ふっと鼻で笑う音が聞こえた。
「少し話がしたい。俺の馬車に乗ってくれ」
返事も待たずに歩き出す彼を、自分勝手な人だと思いつつ、私は黙って追いかけた。
馬車に乗ると、ニコラス様はすぐに本題を口にした。
「第二王妃と、お茶をしたそうだね」
自分の母親の事を“第二王妃”と呼ぶなんて。彼らの親子関係は、やっぱり狂っている。
「はい。何か問題でも?」
「いや。むしろ、実に上手くやってくれたと思う」
あれだけ酷いことを言われて、ただ黙っていただけなのに。それが“上手くやれた”という評価になると素直に思えなかった。
「どうしてですか」
私が尋ねると、ニコラス様は不敵に笑った。
「君は第二王妃に見くびられただろう?」
彼の言う通りだ。あの人は終始、私を小馬鹿にしていた。
でも、それを“良い事”だとされるのは、やっぱり納得がいかない。
「不服かい?」
「ええ、まあ……」
「君は、大切に育てられたんだね」
ニコラス様は窓の外を見て言った。その横顔からは感情が読めない。彼はどういう意図でそれを言ったのだろう。
考えている間にも彼は話を続ける。
「時には能力を過小評価された方がいい」
「なぜですか」
「面倒な人間に目を付けられたら厄介だから」
確かに第二王妃様のような人に目を付けられるような事は避けたい。でも━━
「過小評価をされる事によって、不要な批判をされる事もありますよね? 私はそっちの方が嫌です」
「馬鹿だね。批判なんて真に受けず聞き流せばいいんだよ」
「でも……、ある事ない事を言われれば、悔しくて惨めな気持ちになりませんか」
外を見ていたニコラス様が、私を見た。
「君って案外、他人からの評価を重んじるタイプ?」
質問の意図はよく分からなくて首を傾げた。
「そんな事はないと思いますけど」
「それなら、プライドが高いだけか」
吐き捨てるように言われてカチンときた。大事な話があるのかと思ったのに、こんな悪口を聞かされるくらいなら断ればよかった。
「こうやって私に嫌味を言うために、わざわざ馬車に呼んだんですか?」
窓の外を見ていた彼が、ようやく向き直った。
「第二王妃の言っていた事で気になった事はある?」
「気になった事?」
「あの人は、舐めた相手には饒舌になるから。良からぬ企みを喋っているのじゃないかと思ってね」
彼女との会話を思い出してみる。出てくるのは、不愉快な言葉ばかりだった。
「私はこれからレイチェル嬢の首を真綿で絞めないといけないとか」
「うん」
「ニコラス様は第二王妃様と国王陛下の道具とか」
「うん」
「モニャーク公爵家は第一王子派の筆頭でないと困るからニコラス様に婚約解消の話をするなとか」
「うん」
淡々とする彼の相槌を不気味に思った。
「それだけ?」
「大体話した内容はこんな物かと」
「そう。大した事は言ってなかったんだ」
そう言われて私は呆気に取られてしまった。
「第二王妃様はレイチェル嬢が苦しむ事を望んでいるのですよ?」
「それはそうだろう。レイチェルはケインの婚約者の上、第二王妃の嫌味を嫌味で返す程の口達者なのだから。目障りに思うのも無理はないだろう」
「愛する人が苦しめられるかもしれないのに、どうしてそんなに平然としていられるのですか」
「愛する人? 何の話をしているんだ?」
ニコラス様は冷たく言い放った。
「だって、ニコラス様は……」
「エレノア」
彼は静かな声で制止をする。
「レイチェルはケインの婚約者で俺達の敵だ。そんな人間を俺が愛しているだなんて。軽々しく言ってくれるな」
彼の鋭く刺すような視線に、私は喉を締められるような息苦しさを覚えた。暗い色を宿したその瞳には、敵意が込められているのを感じた。
━━これ以上は、言ってはいけない。
そう本能が警告を鳴らす。私は唇を噛みしめて、必死に怒りと恐怖を押し込めた。
━━どうして、認めないんだろう。
ニコラス様は、いつでも、レイチェル嬢を優しい目で見ているのに。
そして、レイチェル嬢を愛しているから、嫌いなダンスを踊った癖に。
好きなら好きと言えばいい。優しくはっきりと好意を伝えられて嬉しくない人なんていないんだから。
それなのに、どうしてニコラス様は、言い訳ばかりで気持ちを伝えようとしないのだろう。
私は睨みつけてくる彼の目が怖くて俯いた。
でも、黙ったままでいるつもりもなかった。私も彼に話しておきたい事があったから。
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すると、ふっと鼻で笑う音が聞こえた。
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