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2章 世界で一番嫌いな人
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沈黙を貫き通す私に、第二王妃様はなおも言葉を続けた。
「ニコラスはね、私と国王陛下が大切に育て上げた“道具”なの。第一王妃を1日でも早くこの王宮から追い出せるよう、あの子が働いてくれる事を陛下は何よりも望んでいらっしゃるわ」
━━実の子に対して道具だなんて。どうしてそんな酷い事が言えるのよ!
悪びれもせずにそう言い放った彼女に、私は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「ニコラスは賢いから、それをちゃんと理解しているの。だから、婚約解消の話をされて、あの子が怒るのは当然なのよ。モニャーク公爵家には、第一王子派の筆頭でいてもらわないと困るから」
第二王妃様はにこりと笑った。それはニコラス殿下の愛想笑いによく似ていて、彼女が私に良い感情を向けていない事がよく分かった。
「だからもう、婚約解消だなんてくだらない事を言わないでちょうだい。そうすれば、あの子が怒る事もないのだから」
彼女はそう言うと優雅にお茶を飲んだ。
私の胸には、何とも表現し難い複雑な気持ちが渦巻いていた。
━━この人は異常だ。
こんな人が母親だったら、どんな人間だって狂ってしまうだろう。
そう思ったら、ニコラス様が気の毒に思えてならなかった。
「もうお茶が冷めたわね」
私が軽蔑の眼差しを送る中、彼女はぽつりとつぶやいた。紅茶はまだ温かく、冷めているはずなどないのに。
彼女は、私に笑顔を向けた。
「楽しい時間だったわ」
その言葉が「帰れ」という意味だと、すぐに理解できた。けれど、そんな言い方をされなくても、これ以上ここにいるつもりはなかった。
挨拶を済ませると、私は礼儀を忘れて席を立った。あの人と、二度とお茶を交わすつもりはないから。私は彼女に二度と礼節を尽くすつもりはなかった。
※
屋敷に戻るとすぐに書斎へ向かい、第二王妃様とのやり取りをお父様に報告した。
「ここまで露骨に本性を見せるとはな」
呆れとも怒りともつかないような低い声でつぶやいた。
「あの女とは、もう二度と関わらなくていい」
「はい。私も、そのつもりでいます」
「そうか」
私達は苦笑いを交わした。
「ニコラス殿下とのこれからについて、答えは出たかい?」
そう問われて、私は小さく首を振った。
「いいえ。けれど、婚約解消については、もう少し様子を見ようかと」
「なぜだい?」
「私達が味方をしなければ、ニコラス様はどうなるのかと思いまして……」
正直に言って、彼の事は転生する前からそんなに好きではなかった。ゲームで見た彼からは、優しさや思いやりという物がほとんど感じられなかったから。
そして、実際にニコラス様と出会って、幼少期をともにしても、その印象は覆らなかった。
彼は人目がある所では、穏やかで優しい笑みを浮かべて気遣う素振りを見せるけれど。人がいなくなった途端、露骨なまでにそれをやめてしまうのだ。彼のそういう態度が、私との関係を「仕方なく築いている」と言われているような気がして、何度傷付けられた事か。
おまけに、この間のパーティーでの彼の言動。ニコラス様の本性を垣間見て、彼とは一生を共にできないと思った。
だから、もし、バッドエンドを迎えない事が保証されていても、私は彼の妻になりたくなかった。彼の事をこれ以上嫌いになる前に、できる事なら別れたい。それが本音だった。
━━でも、あんな母親のもとに、彼を置いておくなんてできないわ。
あれは想像していたよりも、何十倍も酷い母親だった。ニコラス様の性格が歪んでしまったのは、絶対に第二王妃様が関係している。
ニコラス様を少しでも真っ当に生きさせるには、彼を何とかして、母親から引き離さないといけない。
私に何ができるのかは分からないけれど。少なくとも、彼から味方を減らしてはいけないという事だけは分かる。
だから、私はもう、簡単に婚約解消を唱えられなかった。
それを伝えると、お父様は静かに笑った。
「エレノアは、本当に優しいな」
その声に責める色はなく、むしろ誇らしささえ滲んでいた。
「分かった。もう少し様子を見よう。機が熟したとき、然るべき形で縁を切ればいい」
「はい」
「その時が来るまでは、あまり難しい事は考えなくていいから。しばらくは学園生活を楽しみなさい」
「そうさせてもらいます」
私はお父様の優しさに甘える事にした。
━━難しい事ばかり考えるのはやめよう。真面目にコツコツ、明るく楽しくやっていれば、物事はいい方向に向かうんだから。
あの時の私は、そんな風に思っていた。
「ニコラスはね、私と国王陛下が大切に育て上げた“道具”なの。第一王妃を1日でも早くこの王宮から追い出せるよう、あの子が働いてくれる事を陛下は何よりも望んでいらっしゃるわ」
━━実の子に対して道具だなんて。どうしてそんな酷い事が言えるのよ!
悪びれもせずにそう言い放った彼女に、私は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「ニコラスは賢いから、それをちゃんと理解しているの。だから、婚約解消の話をされて、あの子が怒るのは当然なのよ。モニャーク公爵家には、第一王子派の筆頭でいてもらわないと困るから」
第二王妃様はにこりと笑った。それはニコラス殿下の愛想笑いによく似ていて、彼女が私に良い感情を向けていない事がよく分かった。
「だからもう、婚約解消だなんてくだらない事を言わないでちょうだい。そうすれば、あの子が怒る事もないのだから」
彼女はそう言うと優雅にお茶を飲んだ。
私の胸には、何とも表現し難い複雑な気持ちが渦巻いていた。
━━この人は異常だ。
こんな人が母親だったら、どんな人間だって狂ってしまうだろう。
そう思ったら、ニコラス様が気の毒に思えてならなかった。
「もうお茶が冷めたわね」
私が軽蔑の眼差しを送る中、彼女はぽつりとつぶやいた。紅茶はまだ温かく、冷めているはずなどないのに。
彼女は、私に笑顔を向けた。
「楽しい時間だったわ」
その言葉が「帰れ」という意味だと、すぐに理解できた。けれど、そんな言い方をされなくても、これ以上ここにいるつもりはなかった。
挨拶を済ませると、私は礼儀を忘れて席を立った。あの人と、二度とお茶を交わすつもりはないから。私は彼女に二度と礼節を尽くすつもりはなかった。
※
屋敷に戻るとすぐに書斎へ向かい、第二王妃様とのやり取りをお父様に報告した。
「ここまで露骨に本性を見せるとはな」
呆れとも怒りともつかないような低い声でつぶやいた。
「あの女とは、もう二度と関わらなくていい」
「はい。私も、そのつもりでいます」
「そうか」
私達は苦笑いを交わした。
「ニコラス殿下とのこれからについて、答えは出たかい?」
そう問われて、私は小さく首を振った。
「いいえ。けれど、婚約解消については、もう少し様子を見ようかと」
「なぜだい?」
「私達が味方をしなければ、ニコラス様はどうなるのかと思いまして……」
正直に言って、彼の事は転生する前からそんなに好きではなかった。ゲームで見た彼からは、優しさや思いやりという物がほとんど感じられなかったから。
そして、実際にニコラス様と出会って、幼少期をともにしても、その印象は覆らなかった。
彼は人目がある所では、穏やかで優しい笑みを浮かべて気遣う素振りを見せるけれど。人がいなくなった途端、露骨なまでにそれをやめてしまうのだ。彼のそういう態度が、私との関係を「仕方なく築いている」と言われているような気がして、何度傷付けられた事か。
おまけに、この間のパーティーでの彼の言動。ニコラス様の本性を垣間見て、彼とは一生を共にできないと思った。
だから、もし、バッドエンドを迎えない事が保証されていても、私は彼の妻になりたくなかった。彼の事をこれ以上嫌いになる前に、できる事なら別れたい。それが本音だった。
━━でも、あんな母親のもとに、彼を置いておくなんてできないわ。
あれは想像していたよりも、何十倍も酷い母親だった。ニコラス様の性格が歪んでしまったのは、絶対に第二王妃様が関係している。
ニコラス様を少しでも真っ当に生きさせるには、彼を何とかして、母親から引き離さないといけない。
私に何ができるのかは分からないけれど。少なくとも、彼から味方を減らしてはいけないという事だけは分かる。
だから、私はもう、簡単に婚約解消を唱えられなかった。
それを伝えると、お父様は静かに笑った。
「エレノアは、本当に優しいな」
その声に責める色はなく、むしろ誇らしささえ滲んでいた。
「分かった。もう少し様子を見よう。機が熟したとき、然るべき形で縁を切ればいい」
「はい」
「その時が来るまでは、あまり難しい事は考えなくていいから。しばらくは学園生活を楽しみなさい」
「そうさせてもらいます」
私はお父様の優しさに甘える事にした。
━━難しい事ばかり考えるのはやめよう。真面目にコツコツ、明るく楽しくやっていれば、物事はいい方向に向かうんだから。
あの時の私は、そんな風に思っていた。
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