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2章 世界で一番嫌いな人
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それから数日後。第二王妃様から、「パーティーの件について謝罪したい」との申し出があり、王宮でのお茶会に招かれた。
それを聞いたお父様は、「彼女の誘いに応じる必要はない」と言ったけれど。私は、お茶に応じることにした。
ニコラス殿下との婚約が成立してから7年。その間、第二王妃様とまともに話をした記憶はなかった。挨拶を交わす程度の関わりだけ。おそらくお父様が、裏で手を回していたのだろう。
これまではそれでよかった。
でも今は、彼女の事を知らないといけない。
第二王妃という人間が、ニコラス様にどんな影響を与えたのか。 そして、本当に彼を道具としてしか見ていないのか。
彼女という人を通して、ニコラス様を知りたかった。そして、その上で、私は彼とどう向き合っていくべきかを考えたかったのだ。
私がその意志を伝えると、お父様はお茶会を許可してくれた。
そして、お茶の日になると、心配したお父様は私にこんな助言をしてくれた。
「もし、こちらの事を探られていると思ったり、答えたくないような事を聞かれたら、沈黙するか、知らぬ存ぜぬで通しなさい。あまりにもしつこいようなら『詳しい事は、父から説明するように伝えます』と言えばいい」
「はい」
「それから、第二王妃は、国王陛下のお気に入りであるから、向こうがどんなに挑発的な事を言ってきても、言い返してはいけないよ。黙って聞き流しなさい」
「分かりました」
私はお父様の教えを胸に刻んで、第二王妃様とのお茶に臨んだ。
応接室での二人きりのお茶会は、妙な緊張感に満ちていた。
侍女たちは茶を運ぶとすぐに下がり、部屋には私と第二王妃様だけが残された。
「今日は来てくれてありがとう」
ニコラス様にそっくりな顔をした美しい彼女は穏やかな笑顔で言った。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「ファーストダンスの件だけれど」
前置きもなく、彼女はすぐ本題に入った。それは少し礼儀に欠ける気もしたけれど。「すぐに謝りたいのだろう」と、私は前向きに受け取った。
「ニコラスが失礼な事をして申し訳ないわ。あの子にはよく言って聞かせるから」
「はい。お気遣いに痛み入ります」
彼女がカップに口をつけたのを見て、私も一口、紅茶を飲んだ。
淹れられてまだ時間の経っていないそれは熱く、舌を火傷しそうになった。
「ところで、エレノア嬢はレイチェル嬢の事をどう思っているのかしら?」
カップを置きながら、彼女はさらりと尋ねてきた。
「レイチェル嬢ですか」
私は少し言葉を探した。彼女とはほとんど接点がないのだ。
王宮で見る彼女の印象は、分別のある女性だった。会えば、必ず向こうから礼儀正しく挨拶をされるから、身分相応の礼儀と教養がある人だと思っていた。
そして、その印象は今でも変わらない。学園でも、彼女を遠くから見ている分には、礼儀正しい人だと思えた。
だからこそ、なぜ、彼女がファーストダンスに応じたのか、理解できなかった。
━━あの後、彼女はニコラス様の誘いがしつこくて上手く断れなかったという言い訳を吹聴しているようだけれど。彼女は本当の事を言っているのかしら?
そんな事を考えていると、第二王妃様に声をかけられた。
「エレノア嬢?」
第二王妃様は私の返事を待っている。そう思ったから、私は言葉を捻り出した。
「……礼儀正しい人だと思いますね」
それが無難な答えだと思ったのに。第二王妃様は明らかに不満そうに溜め息を吐き、芝居がかった仕草で額に手を当てて言った。
「あれのどこが『礼儀正しい』? ……あなたは人を見る目がないのね」
彼女は笑いながらもピシャリと言い放った。ここにレイチェル嬢がいないとはいえ、彼女の事を「あれ」と呼ぶだなんて、失礼な人だ。
軽蔑を覚られないように、再びお茶を飲んで誤魔化している中、彼女は耳を疑うような事を言ってきた。
「敵の事はもっと知らないと。あなたはこれからあの女の首を真綿で絞めなきゃいけないのよ?」
第二王妃様の言葉に、カップを持つ手が止まった。彼女を見れば、おとぎ話に出てくる悪い魔女のような邪悪な笑みを浮かべていた。
その異様な表情にたじろぐと、彼女は、今度は人を小馬鹿にしたように笑った。
「あなたは本当に駄目ね。……これから先が思いやられるわ」
「……」
彼女が私に何をさせたくてこんな事を言っているのかは分からないけれど。私は彼女の野望に付き合うつもりはこれっぽっちもない。その事をはっきりと言ってやりたかったけれど、ぐっと我慢をした。
ここで物申しては、お父様との約束が果たせないから。私はスカートを握りしめて、何とか堪えた。
そんな私の様子を第二王妃様はじっと見つめた。まるで品定めをするかのように。
「モニャーク公爵は、ニコラスの言動に文句を言って来たけれど。正直に言って、これくらいの事はどうでもいいの。いちいち騒ぎ立てないで欲しいわ」
それまでと、まるで違う低い声は、ラストダンスの時のニコラス様を彷彿とさせた。
「レイチェル嬢と彼がファースト踊ったから何? あの女はケイン王子と一度も踊ってないんでしょ? それなら、“ニコラスは可哀想な異母弟の婚約者を哀れんで踊ってあげた”。ただ、それだけの事で済むわ。醜聞は向こうも大概なんだから、あなたはそれを気にする必要はないの」
「……」
「それから、ニコラスが踊りの最中にあなたを脅したとモニャーク公爵は言っていたけれど……。そもそも、公爵があの子を見誤ったのがいけないのだわ」
そう言うと、第二王妃様は腕を組んで私をじっと睨みつけた。
それを聞いたお父様は、「彼女の誘いに応じる必要はない」と言ったけれど。私は、お茶に応じることにした。
ニコラス殿下との婚約が成立してから7年。その間、第二王妃様とまともに話をした記憶はなかった。挨拶を交わす程度の関わりだけ。おそらくお父様が、裏で手を回していたのだろう。
これまではそれでよかった。
でも今は、彼女の事を知らないといけない。
第二王妃という人間が、ニコラス様にどんな影響を与えたのか。 そして、本当に彼を道具としてしか見ていないのか。
彼女という人を通して、ニコラス様を知りたかった。そして、その上で、私は彼とどう向き合っていくべきかを考えたかったのだ。
私がその意志を伝えると、お父様はお茶会を許可してくれた。
そして、お茶の日になると、心配したお父様は私にこんな助言をしてくれた。
「もし、こちらの事を探られていると思ったり、答えたくないような事を聞かれたら、沈黙するか、知らぬ存ぜぬで通しなさい。あまりにもしつこいようなら『詳しい事は、父から説明するように伝えます』と言えばいい」
「はい」
「それから、第二王妃は、国王陛下のお気に入りであるから、向こうがどんなに挑発的な事を言ってきても、言い返してはいけないよ。黙って聞き流しなさい」
「分かりました」
私はお父様の教えを胸に刻んで、第二王妃様とのお茶に臨んだ。
応接室での二人きりのお茶会は、妙な緊張感に満ちていた。
侍女たちは茶を運ぶとすぐに下がり、部屋には私と第二王妃様だけが残された。
「今日は来てくれてありがとう」
ニコラス様にそっくりな顔をした美しい彼女は穏やかな笑顔で言った。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「ファーストダンスの件だけれど」
前置きもなく、彼女はすぐ本題に入った。それは少し礼儀に欠ける気もしたけれど。「すぐに謝りたいのだろう」と、私は前向きに受け取った。
「ニコラスが失礼な事をして申し訳ないわ。あの子にはよく言って聞かせるから」
「はい。お気遣いに痛み入ります」
彼女がカップに口をつけたのを見て、私も一口、紅茶を飲んだ。
淹れられてまだ時間の経っていないそれは熱く、舌を火傷しそうになった。
「ところで、エレノア嬢はレイチェル嬢の事をどう思っているのかしら?」
カップを置きながら、彼女はさらりと尋ねてきた。
「レイチェル嬢ですか」
私は少し言葉を探した。彼女とはほとんど接点がないのだ。
王宮で見る彼女の印象は、分別のある女性だった。会えば、必ず向こうから礼儀正しく挨拶をされるから、身分相応の礼儀と教養がある人だと思っていた。
そして、その印象は今でも変わらない。学園でも、彼女を遠くから見ている分には、礼儀正しい人だと思えた。
だからこそ、なぜ、彼女がファーストダンスに応じたのか、理解できなかった。
━━あの後、彼女はニコラス様の誘いがしつこくて上手く断れなかったという言い訳を吹聴しているようだけれど。彼女は本当の事を言っているのかしら?
そんな事を考えていると、第二王妃様に声をかけられた。
「エレノア嬢?」
第二王妃様は私の返事を待っている。そう思ったから、私は言葉を捻り出した。
「……礼儀正しい人だと思いますね」
それが無難な答えだと思ったのに。第二王妃様は明らかに不満そうに溜め息を吐き、芝居がかった仕草で額に手を当てて言った。
「あれのどこが『礼儀正しい』? ……あなたは人を見る目がないのね」
彼女は笑いながらもピシャリと言い放った。ここにレイチェル嬢がいないとはいえ、彼女の事を「あれ」と呼ぶだなんて、失礼な人だ。
軽蔑を覚られないように、再びお茶を飲んで誤魔化している中、彼女は耳を疑うような事を言ってきた。
「敵の事はもっと知らないと。あなたはこれからあの女の首を真綿で絞めなきゃいけないのよ?」
第二王妃様の言葉に、カップを持つ手が止まった。彼女を見れば、おとぎ話に出てくる悪い魔女のような邪悪な笑みを浮かべていた。
その異様な表情にたじろぐと、彼女は、今度は人を小馬鹿にしたように笑った。
「あなたは本当に駄目ね。……これから先が思いやられるわ」
「……」
彼女が私に何をさせたくてこんな事を言っているのかは分からないけれど。私は彼女の野望に付き合うつもりはこれっぽっちもない。その事をはっきりと言ってやりたかったけれど、ぐっと我慢をした。
ここで物申しては、お父様との約束が果たせないから。私はスカートを握りしめて、何とか堪えた。
そんな私の様子を第二王妃様はじっと見つめた。まるで品定めをするかのように。
「モニャーク公爵は、ニコラスの言動に文句を言って来たけれど。正直に言って、これくらいの事はどうでもいいの。いちいち騒ぎ立てないで欲しいわ」
それまでと、まるで違う低い声は、ラストダンスの時のニコラス様を彷彿とさせた。
「レイチェル嬢と彼がファースト踊ったから何? あの女はケイン王子と一度も踊ってないんでしょ? それなら、“ニコラスは可哀想な異母弟の婚約者を哀れんで踊ってあげた”。ただ、それだけの事で済むわ。醜聞は向こうも大概なんだから、あなたはそれを気にする必要はないの」
「……」
「それから、ニコラスが踊りの最中にあなたを脅したとモニャーク公爵は言っていたけれど……。そもそも、公爵があの子を見誤ったのがいけないのだわ」
そう言うと、第二王妃様は腕を組んで私をじっと睨みつけた。
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