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2章 世界で一番嫌いな人
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「勘違いしないで」
そう前置きして、ニコラス様はレイチェル嬢の隣に立った。
「レイチェルは、同級生の子達に雑用を押し付けられて一人で文化祭の準備をしていたんだ」
ニコラス様が話をする中、レイチェル嬢は暗い顔で俯いていた。その反応が、彼の話が事実なのだと物語っていた。
まさかレイチェル嬢が嫌がらせをされているとは思わなかった。それは友人達も同じだったようで、その表情が変わった。冷ややかだった目が、いつの間にか同情の色を帯びていた。
そんな中、ニコラス様は話を続ける。
「当然、一人では終わらせられる量ではなかったが、レイチェルは責任感が強くて真面目だから。誰の助けも借りずに一人で全部抱え込もうとしていたんだ。それをたまたま俺が見かけたんだけど……。それを放っておけるはずがないよね?」
ニコラス殿下の話に私はしめたと思って大きく頷いた。
「当然、お手伝いをするべきですわ」
これで彼女が責められる事もなく、余計な気苦労を負わされずに済むはず。
━━どうしてそんな顔をするの?
私は悪い事をしたのかしら? そう思っていると、ニコラス様は「エレノアは優しいね」と笑いかけてきた。そして、彼は言葉を続けた。
「作業が一区切り着いたから、休憩に来たんだけど……。まさか、弟とその愛人に出くわすなんて思ってもみなかったよ」
ニコラス様は苦笑すると、レイチェル嬢を見た。その目はやっぱり優しくて、彼女に対する愛情が浮かび上がっていた。
ニコラス様の説明を聞いた友人達は、もう彼女に非難の目を向ける事はなかった。
それに安心したのだろうか。彼はレイチェル嬢に優しく微笑みかけた。
「ここでお茶をしたかったけど、閉店の時間が近づいている。テイクアウトして教室で飲もうか」
優しいけれど、有無を言わさない口調。彼は、もう少しレイチェル嬢と一緒にいる事を望んでいる。
しかし、彼女はそれを許さなかった。
「いえ。……後は一人でやれますので、殿下はモニャーク公爵令嬢とお帰り下さい」
急に火の粉が飛んできて、私は心の中で悲鳴を上げた。
━━ニコラス殿下と一緒に帰るだなんて冗談じゃない!
私がそう思っているとも知らず、レイチェル嬢は別れ際に、ニコラス様に向けてこんな事を言った。
「ありがとうございました。今度、何かお礼の品をお渡ししますね。……そうだ! モニャーク公爵令嬢へのお詫びも兼ねてペアセットの物をプレゼントしてもよろしいですか」
彼女は無邪気に笑ってニコラス様を見つめる。けれど、彼は作り笑いを浮かべるだけでそれ以上の反応をしなかった。
だから、レイチェル嬢は私を見て、返事を促した。
本当は「ニコラス様とのペアセットなんていらない!」と叫びたかったのだけれど。彼に翻弄される彼女の事情を思うと、強く拒む事ができなかった。
私はヤケクソで「ぜひぜひ」と言って笑った。
私の返事を聞いたレイチェル嬢は、にこやかに挨拶をするとカフェテリアから出て行った。
彼女の背中を見送った後、ニコラス様は私に向かって「帰るよ」と言った。
外面の良い彼の事だ。ここで私と帰るのは外聞のためで。本当は私と一緒に帰りたいだなんてこれっぽっちも思っていない。
私もレイチェル嬢のように彼を拒否したい。けれど、そうしてしまったら、また彼とレイチェル嬢との間に変な話が出てくるかもしれない。
そうなってしまっては彼女が気の毒でならないから、私はニコラス様について帰る事にした。
※
カフェでの一件から数日後、学園は大騒ぎとなった。
女子生徒の一部が、いわゆる援助交際を行っていたことが発覚したのだ。
しかも相手は、自分達の父親世代以上の男達。彼らは非合法な手段で得た金を彼女達に渡していたという。
このスキャンダルは学園内を席巻し、新聞部が連日続報を出すほどだった。
この薄汚いスキャンダルのお陰で、ミランダが流そうとしていたカフェテリアでのいざこざの話は搔き消されてしまった。
ミランダはカフェでの一件を曲解し、面白おかしく吹聴していた。彼女はそうしてレイチェル嬢に嫌がらせをしたかったのだろう。
しかし、その話題は援助交際の騒動によって、話題にすらあがらなくなった。
噂の出所は不明だけれど、タイミングからしてニコラス様がそれを流したとしか考えられない。
でも、それを彼は認める事はなかった。
彼を問いただしてみても「偶然の出来事だ」の一点張りだった。しかし、それでもなお、しつこく食い下がると、彼は私の耳元でこう囁いた。
「あまりうるさいと、モニャーク家の親族のスキャンダルも世間を賑わせるかもよ?」
その時の彼の目は、暗い色を帯びていて、私はそれ以上、何も言う事ができなくなった。
そう前置きして、ニコラス様はレイチェル嬢の隣に立った。
「レイチェルは、同級生の子達に雑用を押し付けられて一人で文化祭の準備をしていたんだ」
ニコラス様が話をする中、レイチェル嬢は暗い顔で俯いていた。その反応が、彼の話が事実なのだと物語っていた。
まさかレイチェル嬢が嫌がらせをされているとは思わなかった。それは友人達も同じだったようで、その表情が変わった。冷ややかだった目が、いつの間にか同情の色を帯びていた。
そんな中、ニコラス様は話を続ける。
「当然、一人では終わらせられる量ではなかったが、レイチェルは責任感が強くて真面目だから。誰の助けも借りずに一人で全部抱え込もうとしていたんだ。それをたまたま俺が見かけたんだけど……。それを放っておけるはずがないよね?」
ニコラス殿下の話に私はしめたと思って大きく頷いた。
「当然、お手伝いをするべきですわ」
これで彼女が責められる事もなく、余計な気苦労を負わされずに済むはず。
━━どうしてそんな顔をするの?
私は悪い事をしたのかしら? そう思っていると、ニコラス様は「エレノアは優しいね」と笑いかけてきた。そして、彼は言葉を続けた。
「作業が一区切り着いたから、休憩に来たんだけど……。まさか、弟とその愛人に出くわすなんて思ってもみなかったよ」
ニコラス様は苦笑すると、レイチェル嬢を見た。その目はやっぱり優しくて、彼女に対する愛情が浮かび上がっていた。
ニコラス様の説明を聞いた友人達は、もう彼女に非難の目を向ける事はなかった。
それに安心したのだろうか。彼はレイチェル嬢に優しく微笑みかけた。
「ここでお茶をしたかったけど、閉店の時間が近づいている。テイクアウトして教室で飲もうか」
優しいけれど、有無を言わさない口調。彼は、もう少しレイチェル嬢と一緒にいる事を望んでいる。
しかし、彼女はそれを許さなかった。
「いえ。……後は一人でやれますので、殿下はモニャーク公爵令嬢とお帰り下さい」
急に火の粉が飛んできて、私は心の中で悲鳴を上げた。
━━ニコラス殿下と一緒に帰るだなんて冗談じゃない!
私がそう思っているとも知らず、レイチェル嬢は別れ際に、ニコラス様に向けてこんな事を言った。
「ありがとうございました。今度、何かお礼の品をお渡ししますね。……そうだ! モニャーク公爵令嬢へのお詫びも兼ねてペアセットの物をプレゼントしてもよろしいですか」
彼女は無邪気に笑ってニコラス様を見つめる。けれど、彼は作り笑いを浮かべるだけでそれ以上の反応をしなかった。
だから、レイチェル嬢は私を見て、返事を促した。
本当は「ニコラス様とのペアセットなんていらない!」と叫びたかったのだけれど。彼に翻弄される彼女の事情を思うと、強く拒む事ができなかった。
私はヤケクソで「ぜひぜひ」と言って笑った。
私の返事を聞いたレイチェル嬢は、にこやかに挨拶をするとカフェテリアから出て行った。
彼女の背中を見送った後、ニコラス様は私に向かって「帰るよ」と言った。
外面の良い彼の事だ。ここで私と帰るのは外聞のためで。本当は私と一緒に帰りたいだなんてこれっぽっちも思っていない。
私もレイチェル嬢のように彼を拒否したい。けれど、そうしてしまったら、また彼とレイチェル嬢との間に変な話が出てくるかもしれない。
そうなってしまっては彼女が気の毒でならないから、私はニコラス様について帰る事にした。
※
カフェでの一件から数日後、学園は大騒ぎとなった。
女子生徒の一部が、いわゆる援助交際を行っていたことが発覚したのだ。
しかも相手は、自分達の父親世代以上の男達。彼らは非合法な手段で得た金を彼女達に渡していたという。
このスキャンダルは学園内を席巻し、新聞部が連日続報を出すほどだった。
この薄汚いスキャンダルのお陰で、ミランダが流そうとしていたカフェテリアでのいざこざの話は搔き消されてしまった。
ミランダはカフェでの一件を曲解し、面白おかしく吹聴していた。彼女はそうしてレイチェル嬢に嫌がらせをしたかったのだろう。
しかし、その話題は援助交際の騒動によって、話題にすらあがらなくなった。
噂の出所は不明だけれど、タイミングからしてニコラス様がそれを流したとしか考えられない。
でも、それを彼は認める事はなかった。
彼を問いただしてみても「偶然の出来事だ」の一点張りだった。しかし、それでもなお、しつこく食い下がると、彼は私の耳元でこう囁いた。
「あまりうるさいと、モニャーク家の親族のスキャンダルも世間を賑わせるかもよ?」
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