66 / 103
2章 世界で一番嫌いな人
12
しおりを挟む
※
休んでいたレイチェル嬢が復帰したと聞いてから2日経った日の放課後。私は花壇に水やりをするレイチェル嬢を見つけた。
「ごきげんよう、レイチェル嬢。頭痛はもう、治りましたか」
声をかけると彼女は、水をやる手を止めた。
「ごきげんよう。大分良くなりましたわ」
彼女はにこりと笑った。
「それは良かったです」
「ええ。これもきっと、モニャーク公爵令嬢とニコラス殿下がくれたお見舞いの品のお陰ですわ」
「……お見舞いの品、ですか」
「ええ。良く眠れるようにと、ラベンダーを下さったでしょう? 名義はニコラス殿下の物でしたが、助言なさったのはモニャーク公爵令嬢ですよね?」
「何の事だか……」
私はそんなアドバイスをニコラス様にしていない。そもそも、彼がそんな贈り物をした事さえ、知らなかったのだ。
ふとレイチェル嬢を見ると、彼女は冷ややかな視線を私に送っていた。けれど、それは一瞬の事で、彼女は目を細めて優しく微笑んだ。
「婚約者の事はきちんと把握しておかないと……」
彼女はぽつりとつぶやいた。私は何と返していいか分からなかった。
「……ごめんなさい、私ったら、差し出がましい事を申し上げましたわ」
「いえ……」
「ところで、ニコラス殿下には、モニャーク公爵令嬢の分もお礼を渡しておいたのですが」
「ごめんなさい。それも知りません」
「そうですよね。殿下は酷い方ですわ。あなたに対する感謝をはっきりと伝えましたのに」
そう言って彼女は再び花に水をやり始めた。
話は終わりだと言わんばかりの行動。私はそれにモヤついてしまった。
「どういう意味でしょうか」
遠回しな表現過ぎて彼女が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
「そのままの意味ですよ。ニコラス殿下に伝えた事がエレノア様に伝わっていない事を残念に思ったまでです。他意はありませんわ」
彼女は不自然な程、穏やかな笑みを浮かべた。
そして、水をやり終えた彼女は、軽く挨拶をして、去って行った。
その背中を見つめていると、背後からベッキーに声をかけられた。
「ひゃっ! びっくりしたぁ」
普通に話しかけられただけなのに、大袈裟な声をあげてしまった。いつもなら、そんな私を彼女はからかうのだけれど。ベッキーは遠ざかるレイチェル嬢を真顔で見つめていた。
「何か言われた?」
すごく真面目なトーンで聞いてきた彼女に、私は明るく笑った。
「ううん。普通に話してただけだよ。話しかけたの、私の方だし」
「そう……」
ベッキーは静かにそう返事をしたけれど。心配そうな顔で私を見ていた。
「本当に大丈夫だよ。……ただ、彼女の言っている事が良く分からなくて、混乱したかも」
「どういう事?」
さっきのやり取りを説明すると、ベッキーは、「多分だけど」と前置きした上で、説明してくれた。
「ニコラス殿下から見舞いの品を贈られて迷惑だと、彼女は言いたかったんじゃない? 彼の行動を把握していないエリーにも問題があると彼女は思ってる」
「え……。でも、そんな事を言われても」
「うん。結構、理不尽よね」
ベッキーは顔を顰めて言った。
「それから、彼女は、ニコラス殿下とはやましい関係じゃないと遠回しにアピールしたかったんじゃないかな? そうじゃないと、わざわざお礼の品を贈ったアピールなんて、しないと思うんだ」
「そっか……。そんな事、言われなくても分かってるのに」
私がそう言うとベッキーは苦笑した。
「エリーは、もっと怒った方がいいよ」
「それは、どっちに?」
「どっちも。あの二人に振り回されてばっかりだもの。だから、ケイン殿下に怒るよりも、まずはあの二人に怒りの感情を持つべきよ」
「……ニコラス様に対しては、あるから」
彼の思いやりの欠片もない態度が嫌いだ。私の気持ちなんて、少しも考えず、いつも当然のように自分を優先する。そして私には、黙って従うのが当然だと思っている。あの冷たい目も━━
全部、全部、大嫌いだ。
「そうだよね。……それでいいんだよ」
ベッキーは優しい声で言った。
「エリーは優しいから、何もかもを許そうとするんじゃないかと心配してたんだ」
「私はそんなに優しくないよ」
「ううん。優しいよ。だって、ドルウェルク辺境伯令嬢の事を怒ってないんでしょ?」
「それは、そうだけど……。怒る必要ってあるの?」
「あるよ」
ベッキーは即答した。
「どうして?」
「エリーが思っている程、彼女は良い人じゃないから」
彼女はそう言うと、レイチェル嬢が水をやっていた花壇に目を向けた。
休んでいたレイチェル嬢が復帰したと聞いてから2日経った日の放課後。私は花壇に水やりをするレイチェル嬢を見つけた。
「ごきげんよう、レイチェル嬢。頭痛はもう、治りましたか」
声をかけると彼女は、水をやる手を止めた。
「ごきげんよう。大分良くなりましたわ」
彼女はにこりと笑った。
「それは良かったです」
「ええ。これもきっと、モニャーク公爵令嬢とニコラス殿下がくれたお見舞いの品のお陰ですわ」
「……お見舞いの品、ですか」
「ええ。良く眠れるようにと、ラベンダーを下さったでしょう? 名義はニコラス殿下の物でしたが、助言なさったのはモニャーク公爵令嬢ですよね?」
「何の事だか……」
私はそんなアドバイスをニコラス様にしていない。そもそも、彼がそんな贈り物をした事さえ、知らなかったのだ。
ふとレイチェル嬢を見ると、彼女は冷ややかな視線を私に送っていた。けれど、それは一瞬の事で、彼女は目を細めて優しく微笑んだ。
「婚約者の事はきちんと把握しておかないと……」
彼女はぽつりとつぶやいた。私は何と返していいか分からなかった。
「……ごめんなさい、私ったら、差し出がましい事を申し上げましたわ」
「いえ……」
「ところで、ニコラス殿下には、モニャーク公爵令嬢の分もお礼を渡しておいたのですが」
「ごめんなさい。それも知りません」
「そうですよね。殿下は酷い方ですわ。あなたに対する感謝をはっきりと伝えましたのに」
そう言って彼女は再び花に水をやり始めた。
話は終わりだと言わんばかりの行動。私はそれにモヤついてしまった。
「どういう意味でしょうか」
遠回しな表現過ぎて彼女が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
「そのままの意味ですよ。ニコラス殿下に伝えた事がエレノア様に伝わっていない事を残念に思ったまでです。他意はありませんわ」
彼女は不自然な程、穏やかな笑みを浮かべた。
そして、水をやり終えた彼女は、軽く挨拶をして、去って行った。
その背中を見つめていると、背後からベッキーに声をかけられた。
「ひゃっ! びっくりしたぁ」
普通に話しかけられただけなのに、大袈裟な声をあげてしまった。いつもなら、そんな私を彼女はからかうのだけれど。ベッキーは遠ざかるレイチェル嬢を真顔で見つめていた。
「何か言われた?」
すごく真面目なトーンで聞いてきた彼女に、私は明るく笑った。
「ううん。普通に話してただけだよ。話しかけたの、私の方だし」
「そう……」
ベッキーは静かにそう返事をしたけれど。心配そうな顔で私を見ていた。
「本当に大丈夫だよ。……ただ、彼女の言っている事が良く分からなくて、混乱したかも」
「どういう事?」
さっきのやり取りを説明すると、ベッキーは、「多分だけど」と前置きした上で、説明してくれた。
「ニコラス殿下から見舞いの品を贈られて迷惑だと、彼女は言いたかったんじゃない? 彼の行動を把握していないエリーにも問題があると彼女は思ってる」
「え……。でも、そんな事を言われても」
「うん。結構、理不尽よね」
ベッキーは顔を顰めて言った。
「それから、彼女は、ニコラス殿下とはやましい関係じゃないと遠回しにアピールしたかったんじゃないかな? そうじゃないと、わざわざお礼の品を贈ったアピールなんて、しないと思うんだ」
「そっか……。そんな事、言われなくても分かってるのに」
私がそう言うとベッキーは苦笑した。
「エリーは、もっと怒った方がいいよ」
「それは、どっちに?」
「どっちも。あの二人に振り回されてばっかりだもの。だから、ケイン殿下に怒るよりも、まずはあの二人に怒りの感情を持つべきよ」
「……ニコラス様に対しては、あるから」
彼の思いやりの欠片もない態度が嫌いだ。私の気持ちなんて、少しも考えず、いつも当然のように自分を優先する。そして私には、黙って従うのが当然だと思っている。あの冷たい目も━━
全部、全部、大嫌いだ。
「そうだよね。……それでいいんだよ」
ベッキーは優しい声で言った。
「エリーは優しいから、何もかもを許そうとするんじゃないかと心配してたんだ」
「私はそんなに優しくないよ」
「ううん。優しいよ。だって、ドルウェルク辺境伯令嬢の事を怒ってないんでしょ?」
「それは、そうだけど……。怒る必要ってあるの?」
「あるよ」
ベッキーは即答した。
「どうして?」
「エリーが思っている程、彼女は良い人じゃないから」
彼女はそう言うと、レイチェル嬢が水をやっていた花壇に目を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる