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2章 世界で一番嫌いな人
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休んでいたレイチェル嬢が復帰したと聞いてから2日経った日の放課後。私は花壇に水やりをするレイチェル嬢を見つけた。
「ごきげんよう、レイチェル嬢。頭痛はもう、治りましたか」
声をかけると彼女は、水をやる手を止めた。
「ごきげんよう。大分良くなりましたわ」
彼女はにこりと笑った。
「それは良かったです」
「ええ。これもきっと、モニャーク公爵令嬢とニコラス殿下がくれたお見舞いの品のお陰ですわ」
「……お見舞いの品、ですか」
「ええ。良く眠れるようにと、ラベンダーを下さったでしょう? 名義はニコラス殿下の物でしたが、助言なさったのはモニャーク公爵令嬢ですよね?」
「何の事だか……」
私はそんなアドバイスをニコラス様にしていない。そもそも、彼がそんな贈り物をした事さえ、知らなかったのだ。
ふとレイチェル嬢を見ると、彼女は冷ややかな視線を私に送っていた。けれど、それは一瞬の事で、彼女は目を細めて優しく微笑んだ。
「婚約者の事はきちんと把握しておかないと……」
彼女はぽつりとつぶやいた。私は何と返していいか分からなかった。
「……ごめんなさい、私ったら、差し出がましい事を申し上げましたわ」
「いえ……」
「ところで、ニコラス殿下には、モニャーク公爵令嬢の分もお礼を渡しておいたのですが」
「ごめんなさい。それも知りません」
「そうですよね。殿下は酷い方ですわ。あなたに対する感謝をはっきりと伝えましたのに」
そう言って彼女は再び花に水をやり始めた。
話は終わりだと言わんばかりの行動。私はそれにモヤついてしまった。
「どういう意味でしょうか」
遠回しな表現過ぎて彼女が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
「そのままの意味ですよ。ニコラス殿下に伝えた事がエレノア様に伝わっていない事を残念に思ったまでです。他意はありませんわ」
彼女は不自然な程、穏やかな笑みを浮かべた。
そして、水をやり終えた彼女は、軽く挨拶をして、去って行った。
その背中を見つめていると、背後からベッキーに声をかけられた。
「ひゃっ! びっくりしたぁ」
普通に話しかけられただけなのに、大袈裟な声をあげてしまった。いつもなら、そんな私を彼女はからかうのだけれど。ベッキーは遠ざかるレイチェル嬢を真顔で見つめていた。
「何か言われた?」
すごく真面目なトーンで聞いてきた彼女に、私は明るく笑った。
「ううん。普通に話してただけだよ。話しかけたの、私の方だし」
「そう……」
ベッキーは静かにそう返事をしたけれど。心配そうな顔で私を見ていた。
「本当に大丈夫だよ。……ただ、彼女の言っている事が良く分からなくて、混乱したかも」
「どういう事?」
さっきのやり取りを説明すると、ベッキーは、「多分だけど」と前置きした上で、説明してくれた。
「ニコラス殿下から見舞いの品を贈られて迷惑だと、彼女は言いたかったんじゃない? 彼の行動を把握していないエリーにも問題があると彼女は思ってる」
「え……。でも、そんな事を言われても」
「うん。結構、理不尽よね」
ベッキーは顔を顰めて言った。
「それから、彼女は、ニコラス殿下とはやましい関係じゃないと遠回しにアピールしたかったんじゃないかな? そうじゃないと、わざわざお礼の品を贈ったアピールなんて、しないと思うんだ」
「そっか……。そんな事、言われなくても分かってるのに」
私がそう言うとベッキーは苦笑した。
「エリーは、もっと怒った方がいいよ」
「それは、どっちに?」
「どっちも。あの二人に振り回されてばっかりだもの。だから、ケイン殿下に怒るよりも、まずはあの二人に怒りの感情を持つべきよ」
「……ニコラス様に対しては、あるから」
彼の思いやりの欠片もない態度が嫌いだ。私の気持ちなんて、少しも考えず、いつも当然のように自分を優先する。そして私には、黙って従うのが当然だと思っている。あの冷たい目も━━
全部、全部、大嫌いだ。
「そうだよね。……それでいいんだよ」
ベッキーは優しい声で言った。
「エリーは優しいから、何もかもを許そうとするんじゃないかと心配してたんだ」
「私はそんなに優しくないよ」
「ううん。優しいよ。だって、ドルウェルク辺境伯令嬢の事を怒ってないんでしょ?」
「それは、そうだけど……。怒る必要ってあるの?」
「あるよ」
ベッキーは即答した。
「どうして?」
「エリーが思っている程、彼女は良い人じゃないから」
彼女はそう言うと、レイチェル嬢が水をやっていた花壇に目を向けた。
休んでいたレイチェル嬢が復帰したと聞いてから2日経った日の放課後。私は花壇に水やりをするレイチェル嬢を見つけた。
「ごきげんよう、レイチェル嬢。頭痛はもう、治りましたか」
声をかけると彼女は、水をやる手を止めた。
「ごきげんよう。大分良くなりましたわ」
彼女はにこりと笑った。
「それは良かったです」
「ええ。これもきっと、モニャーク公爵令嬢とニコラス殿下がくれたお見舞いの品のお陰ですわ」
「……お見舞いの品、ですか」
「ええ。良く眠れるようにと、ラベンダーを下さったでしょう? 名義はニコラス殿下の物でしたが、助言なさったのはモニャーク公爵令嬢ですよね?」
「何の事だか……」
私はそんなアドバイスをニコラス様にしていない。そもそも、彼がそんな贈り物をした事さえ、知らなかったのだ。
ふとレイチェル嬢を見ると、彼女は冷ややかな視線を私に送っていた。けれど、それは一瞬の事で、彼女は目を細めて優しく微笑んだ。
「婚約者の事はきちんと把握しておかないと……」
彼女はぽつりとつぶやいた。私は何と返していいか分からなかった。
「……ごめんなさい、私ったら、差し出がましい事を申し上げましたわ」
「いえ……」
「ところで、ニコラス殿下には、モニャーク公爵令嬢の分もお礼を渡しておいたのですが」
「ごめんなさい。それも知りません」
「そうですよね。殿下は酷い方ですわ。あなたに対する感謝をはっきりと伝えましたのに」
そう言って彼女は再び花に水をやり始めた。
話は終わりだと言わんばかりの行動。私はそれにモヤついてしまった。
「どういう意味でしょうか」
遠回しな表現過ぎて彼女が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
「そのままの意味ですよ。ニコラス殿下に伝えた事がエレノア様に伝わっていない事を残念に思ったまでです。他意はありませんわ」
彼女は不自然な程、穏やかな笑みを浮かべた。
そして、水をやり終えた彼女は、軽く挨拶をして、去って行った。
その背中を見つめていると、背後からベッキーに声をかけられた。
「ひゃっ! びっくりしたぁ」
普通に話しかけられただけなのに、大袈裟な声をあげてしまった。いつもなら、そんな私を彼女はからかうのだけれど。ベッキーは遠ざかるレイチェル嬢を真顔で見つめていた。
「何か言われた?」
すごく真面目なトーンで聞いてきた彼女に、私は明るく笑った。
「ううん。普通に話してただけだよ。話しかけたの、私の方だし」
「そう……」
ベッキーは静かにそう返事をしたけれど。心配そうな顔で私を見ていた。
「本当に大丈夫だよ。……ただ、彼女の言っている事が良く分からなくて、混乱したかも」
「どういう事?」
さっきのやり取りを説明すると、ベッキーは、「多分だけど」と前置きした上で、説明してくれた。
「ニコラス殿下から見舞いの品を贈られて迷惑だと、彼女は言いたかったんじゃない? 彼の行動を把握していないエリーにも問題があると彼女は思ってる」
「え……。でも、そんな事を言われても」
「うん。結構、理不尽よね」
ベッキーは顔を顰めて言った。
「それから、彼女は、ニコラス殿下とはやましい関係じゃないと遠回しにアピールしたかったんじゃないかな? そうじゃないと、わざわざお礼の品を贈ったアピールなんて、しないと思うんだ」
「そっか……。そんな事、言われなくても分かってるのに」
私がそう言うとベッキーは苦笑した。
「エリーは、もっと怒った方がいいよ」
「それは、どっちに?」
「どっちも。あの二人に振り回されてばっかりだもの。だから、ケイン殿下に怒るよりも、まずはあの二人に怒りの感情を持つべきよ」
「……ニコラス様に対しては、あるから」
彼の思いやりの欠片もない態度が嫌いだ。私の気持ちなんて、少しも考えず、いつも当然のように自分を優先する。そして私には、黙って従うのが当然だと思っている。あの冷たい目も━━
全部、全部、大嫌いだ。
「そうだよね。……それでいいんだよ」
ベッキーは優しい声で言った。
「エリーは優しいから、何もかもを許そうとするんじゃないかと心配してたんだ」
「私はそんなに優しくないよ」
「ううん。優しいよ。だって、ドルウェルク辺境伯令嬢の事を怒ってないんでしょ?」
「それは、そうだけど……。怒る必要ってあるの?」
「あるよ」
ベッキーは即答した。
「どうして?」
「エリーが思っている程、彼女は良い人じゃないから」
彼女はそう言うと、レイチェル嬢が水をやっていた花壇に目を向けた。
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