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2章 世界で一番嫌いな人
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「あの人はね。利己的だと私は思う」
「利己的……? そんな自分勝手な人には見えないけど」
「自分勝手とまではいかないわね。ただ、相手の立場になって考える力が弱いというか……。ケイン殿下に王太子としての振る舞いを彼女は求めているでしょ?」
それは傍目に見ていても分かる事だった。
彼女はケイン殿下を愛する素振りはまるでなかった。婚約者として義務的に接し、彼そのものよりも、“第二王子”という彼の立場を見ているようだった。
「ドルウェルク辺境伯令嬢の立場もあるだろうから、そう思って行動するのも分からなくはないよ? でも、そういう彼女の行動がケイン殿下の反発を招いてるって事を、彼女は理解していない。もう少しだけでも、ケイン殿下の気持ちを考えてあげるべきなのに」
「そっか」
「そもそも、何で王太子妃の座に今からあんなに拘ってるんだろう? 国王陛下は元気でいらっしゃるから、急ぐ必要がないと思うのよね」
「それは……」
彼女が“転生者”だから、とは言えなかった。
レイチェル嬢はきっと転生者だ。
彼女は、ゲームのレイチェルとは違って王子の権威を笠に着た傲慢で意地悪な人ではなかったから。ケイン様を誘惑するミランダに対して苦言を呈する事はあっても、理不尽な嫌がらせを絶対にしなかった。
彼女はきっと、彼女なりのやり方でバッドエンドを回避しようとしているに違いない。“レイチェル”もまた、ゲームの中では常に悲惨な結末を迎えていたから。
「レイチェル嬢は、真面目な人だからじゃない?」
私はそう言って誤魔化した。ベッキーは首を捻っていて納得しなかったけれど、この話は終わりにしたかった。
「それより、ベッキーは周りをよく観察してるんだね」
明るく言って笑うと、彼女は苦笑した。
「そんな事はないよ。ただ、ローズ王女殿下にお仕えする前に、王族やその周辺の人達の勉強をしただけ」
「やっぱり、お仕えする事に決めたんだ」
学園に入学する前、ベッキーは教えてくれた。彼女は王女殿下から「専属侍女にならないか」とお誘いがあったのだという。ベッキーとご両親はしばらく悩んだ末に、ようやく決心したらしい。
「いつから働くの?」
「切りよく、2年生になった時。来年の春から」
ベッキーはにっと笑う。
「学生のうちに王女殿下の侍女だなんてかっこいいね」
「正式には『侍女見習い』だけどね。その話は、帰りながらしよっか」
「うん」
私達は軽やかな足取りで歩き始めた。
冗談を交じらせながらベッキーの話を聞いていると、日常が戻って来たような気がして安心した。
その時、私は思った。ニコラス様の婚約者は私には務まりそうにないと。“第一王子”とか、“王太子”とか。そんな窮屈な問題に向き合えるだけの度量が私にはないのだ。
※
それから数ヶ月経った雪の日の夜。お父様は私を書斎に呼び出した。
最近はニコラス様やレイチェル嬢に関わっていない事もあって、平穏な日常が続いていたのに。何かあったのかと思いながら書斎に入ると、お父様は疑問の答えをすぐに話してくれた。
「ドルウェルク辺境伯が第一王妃様に対して、『娘の婚約を解消したい』と申しているそうだ」
「えっと……。レイチェル嬢がケイン様に婚約破棄を突き付けたと?」
「分かりやすく言ってしまえばそうだな」
お父様は苦笑した。
「それで、ケイン様や第一王妃様は何と?」
「第一王妃様は、頑なに拒否しているそうだ。噂によると、婚約解消の交渉は半年以上続いているらしい」
「そうなんですか」
私とニコラス様の婚約解消もそれくらいの時間がかかるのかもしれないと思うと暗い気持ちになる。
沈んでいる間にもお父様の話は続く。
「それで、話の本題はここから何だが」
「はい」
「ケイン殿下の婚約が解消されたなら、モニャーク家も第二王妃に対して動こうと思う」
「それって……」
お父様は頷いた。
「エレノアとニコラス殿下の婚約を解消するように要請を出すよ」
私は大手を振って喜びたくなるのを必死で我慢した。
でも、顔には出ていたらしい。お父様は私を見て苦笑した。
「今まで苦労をかけてすまなかったね」
「いえ……」
しんどい想いを沢山したけど、お父様は何も悪くなかった。謝るべきはニコラス様だ。
「だが、事は内密に進めなければならない。この事は他言無用だぞ?」
「勿論です。私は今まで通り過ごしますね」
お父様は頷いた。
「それから、すぐに進展も望めないだろうから、婚約解消まで時間がかかるものだと思いなさい」
「分かりました」
私は晴れやかな気持ちで返事をすると、書斎を後にした。
「利己的……? そんな自分勝手な人には見えないけど」
「自分勝手とまではいかないわね。ただ、相手の立場になって考える力が弱いというか……。ケイン殿下に王太子としての振る舞いを彼女は求めているでしょ?」
それは傍目に見ていても分かる事だった。
彼女はケイン殿下を愛する素振りはまるでなかった。婚約者として義務的に接し、彼そのものよりも、“第二王子”という彼の立場を見ているようだった。
「ドルウェルク辺境伯令嬢の立場もあるだろうから、そう思って行動するのも分からなくはないよ? でも、そういう彼女の行動がケイン殿下の反発を招いてるって事を、彼女は理解していない。もう少しだけでも、ケイン殿下の気持ちを考えてあげるべきなのに」
「そっか」
「そもそも、何で王太子妃の座に今からあんなに拘ってるんだろう? 国王陛下は元気でいらっしゃるから、急ぐ必要がないと思うのよね」
「それは……」
彼女が“転生者”だから、とは言えなかった。
レイチェル嬢はきっと転生者だ。
彼女は、ゲームのレイチェルとは違って王子の権威を笠に着た傲慢で意地悪な人ではなかったから。ケイン様を誘惑するミランダに対して苦言を呈する事はあっても、理不尽な嫌がらせを絶対にしなかった。
彼女はきっと、彼女なりのやり方でバッドエンドを回避しようとしているに違いない。“レイチェル”もまた、ゲームの中では常に悲惨な結末を迎えていたから。
「レイチェル嬢は、真面目な人だからじゃない?」
私はそう言って誤魔化した。ベッキーは首を捻っていて納得しなかったけれど、この話は終わりにしたかった。
「それより、ベッキーは周りをよく観察してるんだね」
明るく言って笑うと、彼女は苦笑した。
「そんな事はないよ。ただ、ローズ王女殿下にお仕えする前に、王族やその周辺の人達の勉強をしただけ」
「やっぱり、お仕えする事に決めたんだ」
学園に入学する前、ベッキーは教えてくれた。彼女は王女殿下から「専属侍女にならないか」とお誘いがあったのだという。ベッキーとご両親はしばらく悩んだ末に、ようやく決心したらしい。
「いつから働くの?」
「切りよく、2年生になった時。来年の春から」
ベッキーはにっと笑う。
「学生のうちに王女殿下の侍女だなんてかっこいいね」
「正式には『侍女見習い』だけどね。その話は、帰りながらしよっか」
「うん」
私達は軽やかな足取りで歩き始めた。
冗談を交じらせながらベッキーの話を聞いていると、日常が戻って来たような気がして安心した。
その時、私は思った。ニコラス様の婚約者は私には務まりそうにないと。“第一王子”とか、“王太子”とか。そんな窮屈な問題に向き合えるだけの度量が私にはないのだ。
※
それから数ヶ月経った雪の日の夜。お父様は私を書斎に呼び出した。
最近はニコラス様やレイチェル嬢に関わっていない事もあって、平穏な日常が続いていたのに。何かあったのかと思いながら書斎に入ると、お父様は疑問の答えをすぐに話してくれた。
「ドルウェルク辺境伯が第一王妃様に対して、『娘の婚約を解消したい』と申しているそうだ」
「えっと……。レイチェル嬢がケイン様に婚約破棄を突き付けたと?」
「分かりやすく言ってしまえばそうだな」
お父様は苦笑した。
「それで、ケイン様や第一王妃様は何と?」
「第一王妃様は、頑なに拒否しているそうだ。噂によると、婚約解消の交渉は半年以上続いているらしい」
「そうなんですか」
私とニコラス様の婚約解消もそれくらいの時間がかかるのかもしれないと思うと暗い気持ちになる。
沈んでいる間にもお父様の話は続く。
「それで、話の本題はここから何だが」
「はい」
「ケイン殿下の婚約が解消されたなら、モニャーク家も第二王妃に対して動こうと思う」
「それって……」
お父様は頷いた。
「エレノアとニコラス殿下の婚約を解消するように要請を出すよ」
私は大手を振って喜びたくなるのを必死で我慢した。
でも、顔には出ていたらしい。お父様は私を見て苦笑した。
「今まで苦労をかけてすまなかったね」
「いえ……」
しんどい想いを沢山したけど、お父様は何も悪くなかった。謝るべきはニコラス様だ。
「だが、事は内密に進めなければならない。この事は他言無用だぞ?」
「勿論です。私は今まで通り過ごしますね」
お父様は頷いた。
「それから、すぐに進展も望めないだろうから、婚約解消まで時間がかかるものだと思いなさい」
「分かりました」
私は晴れやかな気持ちで返事をすると、書斎を後にした。
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