70 / 103
2章 世界で一番嫌いな人
16
しおりを挟む
━━レイチェル嬢は、ニコラス様の事が好きだった?
そんな事を考えていると、彼は再び部屋の中を歩き始めた。そして、今度は暖炉の前で止まったかと思うと、その上に置かれた飾り壺を鑑賞する。
「ニコラス様」
「ん?」
「お二人が愛し合っているなら、私は身を引きます。あなた達の愛の障害にはなりたくないんです。だから、もう、私達の婚約は終わらせましょう」
訴えかけると、彼は首を振った。
「そんな事、しなくていい」
「でも……」
「エレノアは甘いよ。世の中は愛よりも大切なものがごまんとあるのに」
━━レイチェル嬢にこんなにも執着するあなたがそれをいうの!?
憤りを感じる中で、ニコラス様は話を続ける。
「ドルウェルク辺境伯は、俺とエレノアの関係はこのままである事を望んでいるんだ。それを条件に娘を差し出したくらいにね。だから余計な事はしないでくれ」
彼はそう言うと「話は済んだから」と言って、応接室から出て行った。
私は彼がいなくなった部屋で、一人呆然としていた。すると、扉がノックされて、返事を待たずに開かれた。
「エレノア様、公爵様がお呼びでございます」
侍女はそう言うと、私に書斎に来るようにと伝えてきた。
書斎に入ると、お父様は険しい顔で「座りなさい」と言ってきた。私は黙ってお父様の指示に従った。
「ニコラス殿下から話は聞いたんだろう?」
「はい……」
「お前にとって、より厳しい状況になったな」
「……一刻も早く婚約を破棄して下さい」
お父様は唸り声をあげて目を伏せた。
「お父様……?」
「すまない、エレノア。最早、ニコラス殿下との婚約解消は絶望的な物になった」
「え……?」
お父様は私に説明をしてくれた。
王国法によると、王族に愛人がいるのを理由に婚約を解消する事は不可能だと。
そして、ケイン様の婚約が、ニコラス様がレイチェル嬢を寝取る形で破棄されるのなら、国王陛下は私とニコラス様の婚約解消を絶対に認めないだろうと言った。
「国王陛下はこれ以上、王室の醜聞を広げる事は望まないはずだ。だから、ニコラス殿下に有責が認められない今、婚約解消は不可能と言っていい」
「そんな……」
私は絶望のあまり、ドレスの生地をぐっと掴んだ。
「他に方法は、ないのですか!?」
「お前がドルウェルク辺境伯令嬢と同じ事をするしかない……」
「同じ事って?」
「エレノアが誰かと不貞関係になるのだ。そうすれば、世継ぎの都合上、処女性を重視する王室は婚約破棄を突き付けてくるだろうが……」
「それは絶対に嫌です!」
私は叫んでいた。
━━好きでもない人とそういう事をするのは嫌! まして、その相手が夫婦関係ですらないなんて……。
「そうだろうな」
お父様はそう言うと、額に手を置いて首を振った。
「わずかに可能性があるとすれば、ニコラス殿下との初夜を拒み続ける事だろうか。結婚して数年経ってもそういう状況なら、離婚を突き付けられてもおかしくないだろう。モニャーク家が払うべき代償は婚約解消に比べて大きくなるが。それはエレノアが気にしなくてもいい。全て、私の責任だから……」
お父様はうなだれた。
「お父様のせいじゃないです」
「いや。あんな男と婚約をさせた私のせいだよ」
お父様は力なく笑うと、私の顔をじっと見つめた。
「やれる事は全てやって行くつもりだ。すまないが堪えてくれ」
誠心誠意謝るお父様を前に、私は「はい」と答える事しかできなかった。
書斎を出た後、その日はずっと自室に籠もった。
ニコラス様との婚約がこれからも続くと思うと憂鬱で。そして、レイチェル嬢とどのように向き合えばいいのか、分からなくなった。
私はベッドの上で天井を見つめながら、これから私はどうするべきなのかを考えた。
※
次の日の朝、私はレイチェル嬢の顔をまともに見れなかった。陰鬱な表情で席に座る彼女を見た瞬間、私は衝動的に教室を飛び出した。
廊下を走って、三室隣のベッキー教室に入ってようやく、私は酷い事をしたのだと認識した。
私があんな行動を取ってしまったら、レイチェル嬢はまた、みんなに悪く言われるのに。
勢いよく教室の扉を開けると、クラスの人々が驚いて私の顔を見た。
「エリー?」
ベッキーが心配そうに私の所へ来た。
「ちょっと、場所変えよ?」
彼女はそう言うと、私を空き教室まで引っ張って行った。
「どうしたの? 何かあった?」
私は彼女の胸に飛び込んで、子供みたいにわんわん泣いた。そんな私を彼女は何も言わずに優しく抱きしめてくれた。
朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った時、私はようやく彼女から離れた。
「ごめん……」
私のせいでベッキーが遅刻扱いになった。今からでも教室に戻らないと。
そう思って踵を返そうとした時、ベッキーは私の手を掴んだ。
「そんな顔で教室に戻る気?」
彼女は苦笑いを浮かべて言った。
「でも……」
「いいのよ。私達、優秀じゃない? 少しくらいサボったって、神様は見逃してくれるわ」
そう言うとベッキーは椅子に座った。
「はい、エリーも座って!」
彼女はそう言うと、私の分の椅子を引いた。私は戸惑いながら、結局は腰を掛けた。
そんな事を考えていると、彼は再び部屋の中を歩き始めた。そして、今度は暖炉の前で止まったかと思うと、その上に置かれた飾り壺を鑑賞する。
「ニコラス様」
「ん?」
「お二人が愛し合っているなら、私は身を引きます。あなた達の愛の障害にはなりたくないんです。だから、もう、私達の婚約は終わらせましょう」
訴えかけると、彼は首を振った。
「そんな事、しなくていい」
「でも……」
「エレノアは甘いよ。世の中は愛よりも大切なものがごまんとあるのに」
━━レイチェル嬢にこんなにも執着するあなたがそれをいうの!?
憤りを感じる中で、ニコラス様は話を続ける。
「ドルウェルク辺境伯は、俺とエレノアの関係はこのままである事を望んでいるんだ。それを条件に娘を差し出したくらいにね。だから余計な事はしないでくれ」
彼はそう言うと「話は済んだから」と言って、応接室から出て行った。
私は彼がいなくなった部屋で、一人呆然としていた。すると、扉がノックされて、返事を待たずに開かれた。
「エレノア様、公爵様がお呼びでございます」
侍女はそう言うと、私に書斎に来るようにと伝えてきた。
書斎に入ると、お父様は険しい顔で「座りなさい」と言ってきた。私は黙ってお父様の指示に従った。
「ニコラス殿下から話は聞いたんだろう?」
「はい……」
「お前にとって、より厳しい状況になったな」
「……一刻も早く婚約を破棄して下さい」
お父様は唸り声をあげて目を伏せた。
「お父様……?」
「すまない、エレノア。最早、ニコラス殿下との婚約解消は絶望的な物になった」
「え……?」
お父様は私に説明をしてくれた。
王国法によると、王族に愛人がいるのを理由に婚約を解消する事は不可能だと。
そして、ケイン様の婚約が、ニコラス様がレイチェル嬢を寝取る形で破棄されるのなら、国王陛下は私とニコラス様の婚約解消を絶対に認めないだろうと言った。
「国王陛下はこれ以上、王室の醜聞を広げる事は望まないはずだ。だから、ニコラス殿下に有責が認められない今、婚約解消は不可能と言っていい」
「そんな……」
私は絶望のあまり、ドレスの生地をぐっと掴んだ。
「他に方法は、ないのですか!?」
「お前がドルウェルク辺境伯令嬢と同じ事をするしかない……」
「同じ事って?」
「エレノアが誰かと不貞関係になるのだ。そうすれば、世継ぎの都合上、処女性を重視する王室は婚約破棄を突き付けてくるだろうが……」
「それは絶対に嫌です!」
私は叫んでいた。
━━好きでもない人とそういう事をするのは嫌! まして、その相手が夫婦関係ですらないなんて……。
「そうだろうな」
お父様はそう言うと、額に手を置いて首を振った。
「わずかに可能性があるとすれば、ニコラス殿下との初夜を拒み続ける事だろうか。結婚して数年経ってもそういう状況なら、離婚を突き付けられてもおかしくないだろう。モニャーク家が払うべき代償は婚約解消に比べて大きくなるが。それはエレノアが気にしなくてもいい。全て、私の責任だから……」
お父様はうなだれた。
「お父様のせいじゃないです」
「いや。あんな男と婚約をさせた私のせいだよ」
お父様は力なく笑うと、私の顔をじっと見つめた。
「やれる事は全てやって行くつもりだ。すまないが堪えてくれ」
誠心誠意謝るお父様を前に、私は「はい」と答える事しかできなかった。
書斎を出た後、その日はずっと自室に籠もった。
ニコラス様との婚約がこれからも続くと思うと憂鬱で。そして、レイチェル嬢とどのように向き合えばいいのか、分からなくなった。
私はベッドの上で天井を見つめながら、これから私はどうするべきなのかを考えた。
※
次の日の朝、私はレイチェル嬢の顔をまともに見れなかった。陰鬱な表情で席に座る彼女を見た瞬間、私は衝動的に教室を飛び出した。
廊下を走って、三室隣のベッキー教室に入ってようやく、私は酷い事をしたのだと認識した。
私があんな行動を取ってしまったら、レイチェル嬢はまた、みんなに悪く言われるのに。
勢いよく教室の扉を開けると、クラスの人々が驚いて私の顔を見た。
「エリー?」
ベッキーが心配そうに私の所へ来た。
「ちょっと、場所変えよ?」
彼女はそう言うと、私を空き教室まで引っ張って行った。
「どうしたの? 何かあった?」
私は彼女の胸に飛び込んで、子供みたいにわんわん泣いた。そんな私を彼女は何も言わずに優しく抱きしめてくれた。
朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った時、私はようやく彼女から離れた。
「ごめん……」
私のせいでベッキーが遅刻扱いになった。今からでも教室に戻らないと。
そう思って踵を返そうとした時、ベッキーは私の手を掴んだ。
「そんな顔で教室に戻る気?」
彼女は苦笑いを浮かべて言った。
「でも……」
「いいのよ。私達、優秀じゃない? 少しくらいサボったって、神様は見逃してくれるわ」
そう言うとベッキーは椅子に座った。
「はい、エリーも座って!」
彼女はそう言うと、私の分の椅子を引いた。私は戸惑いながら、結局は腰を掛けた。
0
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる