【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

文字の大きさ
70 / 103
2章 世界で一番嫌いな人

16

しおりを挟む
 ━━レイチェル嬢は、ニコラス様の事が好きだった?

 そんな事を考えていると、彼は再び部屋の中を歩き始めた。そして、今度は暖炉の前で止まったかと思うと、その上に置かれた飾り壺を鑑賞する。

「ニコラス様」
「ん?」
「お二人が愛し合っているなら、私は身を引きます。あなた達の愛の障害にはなりたくないんです。だから、もう、私達の婚約は終わらせましょう」
 訴えかけると、彼は首を振った。
「そんな事、しなくていい」
「でも……」
「エレノアは甘いよ。世の中は愛よりも大切なものがごまんとあるのに」

 ━━レイチェル嬢にこんなにも執着するあなたがそれをいうの!?

 憤りを感じる中で、ニコラス様は話を続ける。
「ドルウェルク辺境伯は、俺とエレノアの関係はこのままである事を望んでいるんだ。それを条件に娘を差し出したくらいにね。だから余計な事はしないでくれ」
 彼はそう言うと「話は済んだから」と言って、応接室から出て行った。

 私は彼がいなくなった部屋で、一人呆然としていた。すると、扉がノックされて、返事を待たずに開かれた。
「エレノア様、公爵様がお呼びでございます」
 侍女はそう言うと、私に書斎に来るようにと伝えてきた。

 書斎に入ると、お父様は険しい顔で「座りなさい」と言ってきた。私は黙ってお父様の指示に従った。
「ニコラス殿下から話は聞いたんだろう?」
「はい……」
「お前にとって、より厳しい状況になったな」
「……一刻も早く婚約を破棄して下さい」
 お父様は唸り声をあげて目を伏せた。

「お父様……?」
「すまない、エレノア。最早、ニコラス殿下との婚約解消は絶望的な物になった」
「え……?」
 お父様は私に説明をしてくれた。
 王国法によると、王族に愛人がいるのを理由に婚約を解消する事は不可能だと。
 そして、ケイン様の婚約が、ニコラス様がレイチェル嬢を寝取る形で破棄されるのなら、国王陛下は私とニコラス様の婚約解消を絶対に認めないだろうと言った。
「国王陛下はこれ以上、王室の醜聞を広げる事は望まないはずだ。だから、ニコラス殿下に有責が認められない今、婚約解消は不可能と言っていい」
「そんな……」

 私は絶望のあまり、ドレスの生地をぐっと掴んだ。
「他に方法は、ないのですか!?」
「お前がドルウェルク辺境伯令嬢と同じ事をするしかない……」
「同じ事って?」
「エレノアが誰かと不貞関係になるのだ。そうすれば、世継ぎの都合上、処女性を重視する王室は婚約破棄を突き付けてくるだろうが……」
「それは絶対に嫌です!」
 私は叫んでいた。

 ━━好きでもない人とそういう事をするのは嫌! まして、その相手が夫婦関係ですらないなんて……。

「そうだろうな」
 お父様はそう言うと、額に手を置いて首を振った。
「わずかに可能性があるとすれば、ニコラス殿下との初夜を拒み続ける事だろうか。結婚して数年経ってもそういう状況なら、離婚を突き付けられてもおかしくないだろう。モニャーク家が払うべき代償は婚約解消に比べて大きくなるが。それはエレノアが気にしなくてもいい。全て、私の責任だから……」
 お父様はうなだれた。
「お父様のせいじゃないです」
「いや。あんな男と婚約をさせた私のせいだよ」
 お父様は力なく笑うと、私の顔をじっと見つめた。

「やれる事は全てやって行くつもりだ。すまないが堪えてくれ」
 誠心誠意謝るお父様を前に、私は「はい」と答える事しかできなかった。

 書斎を出た後、その日はずっと自室に籠もった。
 ニコラス様との婚約がこれからも続くと思うと憂鬱で。そして、レイチェル嬢とどのように向き合えばいいのか、分からなくなった。
 私はベッドの上で天井を見つめながら、これから私はどうするべきなのかを考えた。







 次の日の朝、私はレイチェル嬢の顔をまともに見れなかった。陰鬱な表情で席に座る彼女を見た瞬間、私は衝動的に教室を飛び出した。
 廊下を走って、三室隣のベッキー教室に入ってようやく、私は酷い事をしたのだと認識した。
 私があんな行動を取ってしまったら、レイチェル嬢はまた、みんなに悪く言われるのに。

 勢いよく教室の扉を開けると、クラスの人々が驚いて私の顔を見た。
「エリー?」
 ベッキーが心配そうに私の所へ来た。
「ちょっと、場所変えよ?」
 彼女はそう言うと、私を空き教室まで引っ張って行った。

「どうしたの? 何かあった?」
 私は彼女の胸に飛び込んで、子供みたいにわんわん泣いた。そんな私を彼女は何も言わずに優しく抱きしめてくれた。

 朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った時、私はようやく彼女から離れた。
「ごめん……」
 私のせいでベッキーが遅刻扱いになった。今からでも教室に戻らないと。
 そう思って踵を返そうとした時、ベッキーは私の手を掴んだ。

「そんな顔で教室に戻る気?」
 彼女は苦笑いを浮かべて言った。
「でも……」
「いいのよ。私達、優秀じゃない? 少しくらいサボったって、神様は見逃してくれるわ」
 そう言うとベッキーは椅子に座った。
「はい、エリーも座って!」
 彼女はそう言うと、私の分の椅子を引いた。私は戸惑いながら、結局は腰を掛けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...