【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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2章 世界で一番嫌いな人

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「それで、何があったの?」
「実は……」
 私は昨日の事を話した。ニコラス様がレイチェル嬢を愛人にしたと伝えに来た事や、お父様と書斎で話した事を。
 それから、レイチェル嬢がニコラス様に処女を捧げた事や、これから私が白い結婚をするつもりでいる事まで。話さない方がいいと分かっていながら口をついて出てしまった。

「最悪」
 話を聞き終えたベッキーがつぶやいた。
「本当に、最悪な状況だよ」
「それもそうだけど、私はニコラス殿下の事を言ってるの」
 それは褒められた発言ではないとは分かっている。でも、ベッキーが私の気持ちをストレートに表現してくれたおかげで少しだけ気が楽になった。

「ありがとう。ベッキーがそう言ってくれるからちょっと楽になった」
「ううん……。私には、これくらいしかできないから。力になれなくてごめんね」
 ベッキーはそう言うけれど、私はむしろ、そうして欲しかった。

「ニコラス様はね。私が困ったり悩んだりしても、きっとこんな風に話を聞いてくれないと思うんだ」
「そうだね……。あの人が他人の気持ちに寄り添う所なんて、想像できないもの」
「うん……。私、そんな人と結婚するのは嫌」
「そうだよね」
「私は、ニコラス様が嫌い」
 今までずっと心の奥に秘めていた想いをはっきりと口にした。
「うん。そう思ってて良いと思う」
 ベッキーは私の気持ちを否定しなかった。

「ドルウェルク辺境伯令嬢の事は、相変わらず嫌いになれないでいるの?」
「うーん、どうなんだろう……。自分でも分からない」
 そもそも、レイチェル嬢がどういうつもりでニコラス様の愛人になったのか。そして、二人の関係は、本当の所、どういうものなのか。私には見当もついていない。

「一度、彼女と話し合って確かめてみようかと思ってる」
「何を?」
「彼女がニコラス様を好きなのか、とか。これからどうやっていくつもりなのか、とか」
 それを聞いたベッキーは顔を顰めた。
「……やめときなよ、って言いたい所だけど。エリーは実質的に王太子の正妻にあたるわけだから。その辺の事を知って、彼女を管理しないといけないわね」
 ベッキーは私の手を取った。
「でも、気を付けてね。もう話をするのが嫌だと思ったら、すぐに切り上げちゃってもいいんだから。正妻の特権だよ?」
「うん」
 私は何に気を付けるべきかも分からず頷いた。







 それから私が行動を起こしたのは、3日後の事だった。レイチェル嬢と話をするべきと思いながら、私は彼女に話しかけられなかった。気持ちが整理できていなかったし、本心を知るのが怖かったのだ。

 彼女はニコラス殿下とキスをし、愛人となったにも関わらず、平然と私に接していた。悪意も憐れみも馬鹿にする感情も見せずに、ただ穏やかに笑って言葉を交わしていたのだ。
 後からそれを思うと、彼女が怖くなった。レイチェル嬢はおそらくニコラス様以上に外面の良い人なのだろう。もしかしたら、彼女の腹の中を読める人はいないのかもしれない。
 そう思うようになって、ようやく、ベッキーがレイチェル嬢を警戒している理由が何となく分かった。

 本当はもう、レイチェル嬢とは関わりたくなかった。嘘を吐く人は苦手だし、あの穏やかな笑顔も今では不気味に思えて仕方がない。  
 でも、このまま逃げていては何も変わらない気がして、私は恐怖や嫌悪感をぐっと堪えて、昼休みに彼女へ声をかけた。

「ごきげんよう、レイチェル嬢」
 レイチェル嬢は辛そうな表情で校庭に咲く花を眺めていた。空はどんよりと曇っていて、それはまるで彼女の気分に合わせるかのように思えた。
 しかし、彼女は私を見た途端、打って変わって、例の穏やかな微笑みを浮かべた。
「ごきげんよう、モニャーク公爵令嬢。どうかなさいましたか」
 何食わぬ顔でそう言った彼女に私は言葉にできない気持ち悪さを感じた。
 私は話しかけるのが気まずくて仕方なかったというのに。彼女は私に話しかけられて何も思わなかったのだろうか。
 しかし、完璧な作り笑いで取り繕える彼女からは感情が読めない。

 そんな事を考えてしまったせいだろうか。
 私は彼女をお茶に誘うと決めていたはずだったのに、その言葉が全然出てこなかった。口から出てくるのは関係のない話ばかりで、一向に本題を切り出せずにいたのだ。
 そんな私の話を彼女は相変わらず穏やかな表情で聞いていた。

 ━━このままじゃダメ。

 長い時間をかけて、私はようやく意を決した。
「レイチェル嬢」
「はい」
「今度、うちにいらしてくれませんか。二人で話したい事があるのです」
「かしこまりました。いつになさいますか」
 彼女はにこにこ笑って、あっさりと承諾した。
 内心、断られるのではないかと思っていた私は、誘っておいて失礼なくらい驚いてしまった。
 しかし、彼女はそれを気にする様子もなく、不自然な程、穏やかに笑っていた。
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