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2章 世界で一番嫌いな人
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「ごめんなさい」
私は取り乱させた事を謝った。
すると、レイチェル嬢は気怠そうに目を開けた。
「私はてっきり、二人が愛し合っているとばかり……」
「そうですか」
「ニコラス様は、ずっと昔からレイチェル嬢を愛していると言っていました」
彼女は無表情でテーブルを見つめている。
「その話をされた時、私は身を引くと言ったんですけど、彼は頑なに『そんな事はしなくていい』の一点張りで」
「そうでしょうね。今、モニャーク公爵家の支持がなくなるのは困るでしょうから」
ふいに、テーブルを見ていたレイチェル嬢がゆっくりと視線をあげた。そして、冷めた目を私に向ける。それはニコラス様の目付きによく似ていて、不快感が込み上げてきた。
「何かご不満が?」
彼女は冷たい声で静かに尋ねた。私の顔を見て、そういう風に考えていると思われたのかもしれないけれど。
「不満、というか。その……」
━━あなたはそれでいいの?
どうして、そう静かに受け入れられるの? 私には理解できなかった。
「そもそもレイチェル嬢って、私と同じ転生者ですよね?」
「は?」
彼女の苛立ちを無視して、私はこの世界の元になった乙女ゲームの名前を口にした。すると、彼女はそれを知っていると認めてくれた。
「やっぱり! ゲームの“レイチェル”とレイチェル嬢は全然性格が違うから、きっと私と同じ転生者なのだと思っていました」
彼女は無言で私を見つめ返した。
「レイチェル嬢も私と同じ様に、婚約を機に訪れる『バッドエンド』から逃れようとしていたのですよね?」
「そうですね」
彼女は力なく笑った。
「今の状況なら、私達にはゲームのようなバッドエンドを訪れませんわ。……まさか、私がミランダに代わり、モニャーク公爵令嬢を破滅に導くとお思いで?」
「そんな事、思ってません」
レイチェル嬢は、ミランダのような短絡的で嫌な性格をしていない。
それに話の流れから察するに、彼女はこれからもニコラス様を支持する気らしい。私にも、その後ろ楯としての役割を期待しているのだろう。
だから、彼女は私と敵対するつもりはないと思う。
でも、ニコラス様は━━
「それなら、どうしてこんな話を?」
レイチェル嬢の力強い視線が、その考えを霧散させた。
言いたい事があるのなら、はっきりと言え。そんな風に思われているような気がして、私も彼女の目をじっと見据えた。
そして、私は、ずっと感じていた疑問を彼女にぶつけた。
「レイチェル嬢はこのままいけば、『側室』という不名誉な立場になってしまいます。本当にそれでいいんですか。あなたなら、ゲームの知識を使って家門の使命という呪縛から逃れられるのではないかと……。私はそう思うのです。だから、家同士の関係とか、後継者争いとか。そんな物を抜きにして、自分の事をもっと大事になされてはいかがでしょう?」
レイチェル嬢は嘲笑を浮かべたかと思うと、突然、顔を顰めた。
「レイチェル嬢……?」
「少し頭痛がしただけです。気にしないで下さい」
そう言って彼女はお茶を飲み、ゆっくりと息を吐いた。
「ゲームの知識を使って家門の使命という呪縛から逃れる、とおっしゃいましたよね?」
「はい」
「私はそんな事をしません。する必要もないですから」
「どうして……?」
理解できない。このままでは彼女の人生を棒に振る事になるのに。嫌いなニコラス様やドルウェルク辺境伯のために、彼女はなぜそこまでできるのだろう。
そう思っていると、レイチェル嬢はまた、穏やかな作り笑いを浮かべた。
「この世界は今の私達にとっては『現実』です。バーチャルな仮想空間でないのは当然の事ですし、人々には血が通っていて魂が宿り、それぞれが独自の考えで毎日を生きています」
彼女の言う通りだ。この世界にゲームのようなご都合主義はない。善い行いは好かれ、悪ければ嫌われる。「悪役令嬢」だった私でさえ、それは変わらなかった。
この世界で生きる人々は舞台装置の一つではなく、みんな一人の人間だ。
「そうですね。攻略対象も、そうでない名前を付けられていなかった人達も、みんな一人の人間として生きています」
私が同調すると、レイチェル嬢は目を伏せた。
「その『名前を付けられていなかった人達』を……。私の家族を裏切り、破滅させる事など、私にはできないです」
私は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。
「どうして……? ドルウェルク辺境伯はあなたを政治の道具として使っているのに?」
私の問いに、レイチェル嬢は満面の笑みを浮かべた。
「それはモニャーク公爵も同じでしょう?」
━━彼女は何を言っているの?
お父様はいつだって私を一番に考えてくれていた。例え、政治的な意図をもってニコラス様との婚約を決めたのだとしても、決して私を道具のように扱わなかった。お父様は私を蔑ろにした事などない。
「違います。お父様は私の幸せを考えてくれていますから」
「あなたには信じられないでしょうけれど、私のお父様もそうですよ?」
レイチェル嬢はそう言って嘲笑った。
「でも、……もし、私があなたと同じ状況になったとしても、お父様は」
━━私を売って愛人に貶めたりしない。
思わずそう言いそうになったけれど、それを言うのは、あまりにも失礼だった。
慌てて押し黙る私を、レイチェル嬢は冷めた目で見つめた。
「それなら、あなたは現実問題から逃げて、モニャーク公爵家の凋落のきっかけを作るんですか」
「そんな事はないです。そうならないように方法を考えますから」
そう言うと彼女はふんと鼻で笑った。
━━どうして、こんなに馬鹿にされないといけないの?
私がぎゅっとスカートを握りしめて怒りに耐えていると、彼女は首を振った。
私は取り乱させた事を謝った。
すると、レイチェル嬢は気怠そうに目を開けた。
「私はてっきり、二人が愛し合っているとばかり……」
「そうですか」
「ニコラス様は、ずっと昔からレイチェル嬢を愛していると言っていました」
彼女は無表情でテーブルを見つめている。
「その話をされた時、私は身を引くと言ったんですけど、彼は頑なに『そんな事はしなくていい』の一点張りで」
「そうでしょうね。今、モニャーク公爵家の支持がなくなるのは困るでしょうから」
ふいに、テーブルを見ていたレイチェル嬢がゆっくりと視線をあげた。そして、冷めた目を私に向ける。それはニコラス様の目付きによく似ていて、不快感が込み上げてきた。
「何かご不満が?」
彼女は冷たい声で静かに尋ねた。私の顔を見て、そういう風に考えていると思われたのかもしれないけれど。
「不満、というか。その……」
━━あなたはそれでいいの?
どうして、そう静かに受け入れられるの? 私には理解できなかった。
「そもそもレイチェル嬢って、私と同じ転生者ですよね?」
「は?」
彼女の苛立ちを無視して、私はこの世界の元になった乙女ゲームの名前を口にした。すると、彼女はそれを知っていると認めてくれた。
「やっぱり! ゲームの“レイチェル”とレイチェル嬢は全然性格が違うから、きっと私と同じ転生者なのだと思っていました」
彼女は無言で私を見つめ返した。
「レイチェル嬢も私と同じ様に、婚約を機に訪れる『バッドエンド』から逃れようとしていたのですよね?」
「そうですね」
彼女は力なく笑った。
「今の状況なら、私達にはゲームのようなバッドエンドを訪れませんわ。……まさか、私がミランダに代わり、モニャーク公爵令嬢を破滅に導くとお思いで?」
「そんな事、思ってません」
レイチェル嬢は、ミランダのような短絡的で嫌な性格をしていない。
それに話の流れから察するに、彼女はこれからもニコラス様を支持する気らしい。私にも、その後ろ楯としての役割を期待しているのだろう。
だから、彼女は私と敵対するつもりはないと思う。
でも、ニコラス様は━━
「それなら、どうしてこんな話を?」
レイチェル嬢の力強い視線が、その考えを霧散させた。
言いたい事があるのなら、はっきりと言え。そんな風に思われているような気がして、私も彼女の目をじっと見据えた。
そして、私は、ずっと感じていた疑問を彼女にぶつけた。
「レイチェル嬢はこのままいけば、『側室』という不名誉な立場になってしまいます。本当にそれでいいんですか。あなたなら、ゲームの知識を使って家門の使命という呪縛から逃れられるのではないかと……。私はそう思うのです。だから、家同士の関係とか、後継者争いとか。そんな物を抜きにして、自分の事をもっと大事になされてはいかがでしょう?」
レイチェル嬢は嘲笑を浮かべたかと思うと、突然、顔を顰めた。
「レイチェル嬢……?」
「少し頭痛がしただけです。気にしないで下さい」
そう言って彼女はお茶を飲み、ゆっくりと息を吐いた。
「ゲームの知識を使って家門の使命という呪縛から逃れる、とおっしゃいましたよね?」
「はい」
「私はそんな事をしません。する必要もないですから」
「どうして……?」
理解できない。このままでは彼女の人生を棒に振る事になるのに。嫌いなニコラス様やドルウェルク辺境伯のために、彼女はなぜそこまでできるのだろう。
そう思っていると、レイチェル嬢はまた、穏やかな作り笑いを浮かべた。
「この世界は今の私達にとっては『現実』です。バーチャルな仮想空間でないのは当然の事ですし、人々には血が通っていて魂が宿り、それぞれが独自の考えで毎日を生きています」
彼女の言う通りだ。この世界にゲームのようなご都合主義はない。善い行いは好かれ、悪ければ嫌われる。「悪役令嬢」だった私でさえ、それは変わらなかった。
この世界で生きる人々は舞台装置の一つではなく、みんな一人の人間だ。
「そうですね。攻略対象も、そうでない名前を付けられていなかった人達も、みんな一人の人間として生きています」
私が同調すると、レイチェル嬢は目を伏せた。
「その『名前を付けられていなかった人達』を……。私の家族を裏切り、破滅させる事など、私にはできないです」
私は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。
「どうして……? ドルウェルク辺境伯はあなたを政治の道具として使っているのに?」
私の問いに、レイチェル嬢は満面の笑みを浮かべた。
「それはモニャーク公爵も同じでしょう?」
━━彼女は何を言っているの?
お父様はいつだって私を一番に考えてくれていた。例え、政治的な意図をもってニコラス様との婚約を決めたのだとしても、決して私を道具のように扱わなかった。お父様は私を蔑ろにした事などない。
「違います。お父様は私の幸せを考えてくれていますから」
「あなたには信じられないでしょうけれど、私のお父様もそうですよ?」
レイチェル嬢はそう言って嘲笑った。
「でも、……もし、私があなたと同じ状況になったとしても、お父様は」
━━私を売って愛人に貶めたりしない。
思わずそう言いそうになったけれど、それを言うのは、あまりにも失礼だった。
慌てて押し黙る私を、レイチェル嬢は冷めた目で見つめた。
「それなら、あなたは現実問題から逃げて、モニャーク公爵家の凋落のきっかけを作るんですか」
「そんな事はないです。そうならないように方法を考えますから」
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