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2章 世界で一番嫌いな人
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「エリーの家にはもう届いた?」
「何が?」
「魔導列車の試運転の招待状!」
「うん。届いてるよ」
魔導列車は、前世でいう所の鉄道のような物だ。それが約10年前から本格的に開発されていて、いよいよ運行の時が近付いている。
モニャーク家は、早い段階から資金援助を行っていたから、来春の試運転に、招待されていたのだ。
「いいなぁ。私も乗ってみたかった」
「うーん、こればっかりは私も何もしてあげられないかな」
苦笑して言うと、ベッキーは頬を膨らませた。
「今回ばかりは、伝統を重んじる頭の固い我が両親を恨んじゃうかも」
「あはは……」
私が笑うとむすっとしていたはずのベッキーも一緒になって笑った。
「まあ、いいや。ローズ王女殿下にお願いしたら、チャンスがあるかもだし」
「え? ローズ王女殿下のチケットを譲ってもらうつもり!?」
「まさか」
ベッキーはケラケラと笑った。
「王女殿下伝手に、ニュルンデル伯爵にお願いしてみるつもり」
「ニュルンデル伯爵はどういった方なの?」
「知らないの? 魔導列車の開発資金を集めたのは彼なんだよ」
「へえ・・・・・・。すごい人なんだ」
「もう! エリーったら。『魔導列車が時代を変えるかも』だなんて、大興奮していたくせに、開発陣の事にはまるで興味がないんだから」
「えへへ……」
笑って誤魔化すとその話は一旦、そこで区切りが付いた。
※
それから、数週間後、私はローズ王女殿下が暮らす王女宮に呼び出された。
王女宮は、廊下からして、王宮や第一王子宮と違った。高価で貴重な調度品が程よい間隔で並べられている。それはまるで美術館のようだと思った。
「国王陛下から最も寵愛を受ける王族だって事を思い知らされるね」
私を案内するベッキーに小声で言うと、「誰が見聞きしてるか分からないから、気を引き締めて!」と叱られた。
長い廊下を歩いて、角の部屋に辿り着くと、ベッキーは扉をノックした。
「王女殿下。モニャーク公爵令嬢がいらっしゃいました」
そう彼女が声をかけると、部屋の中から「どうぞ」と返事が返ってきた。
「失礼します」
ベッキーは扉を開けて、私に入室を促した。
私は部屋に入り、中にいたローズ王女殿下と、アーサー大公殿下、それから、おそらくニュルンデル伯爵と思しき男性に挨拶をする。
「本日はお招きいただき、真にありがとうございます」
でき得る限り、丁寧な動作でお辞儀をする。
「そんなにかしこまらなくてもいいわ。今日は私的な集まりですもの」
そう言ってローズ王女殿下は私とベッキーを彼らが座るソファーまで来るようにと呼んだ。
「今日は来てくれてありがとう。エレノア嬢」
王女殿下はとびきりの笑顔を私に向けた。
彼女とは、数回パーティーで顔を合わせた事があったけれど、こんな風に親しげな笑顔を見せてくれた事はなかった。今日は機嫌が良いのだろうか。
「いえ。こちらこそありがとうございます」
「早速だけど、紹介させてちょうだい。こちら、アーサーお兄様と、ライオネル・ニュルンデル伯爵よ」
大公殿下は王女殿下の叔父にあたる人なのだけれど、数歳しか離れていないから「お兄様」と呼んでいるのだろう。
「はじめまして。エレノア・モニャークです」
「会えて嬉しいよ。モニャーク公爵令嬢」
アーサー大公殿下は穏やかな笑顔でそう言った。
それから私達はお茶を飲みながら軽い雑談を交わした。大公殿下と伯爵はとても気さくな方で、私とベッキーに優しく接してくれた。
しかし、話が弾む中、大公殿下は突然、こんな事を言った。
「ニコラスはこんなに良い人を妻にできて幸せ者だね」
とても爽やかな笑顔を浮かべて言うアーサー大公殿下に、これっぽっちも悪意はないのだろう。彼は私とニコラス様の関係を知らないから、社交辞令でそう言っただけなのは分かっているけれど……。
━━だめ、笑顔でお礼を言わないといけないのに。
そう思っているのに、少しも、笑顔が作れなくて。私は思わず俯いてしまった。
「もう、お兄様ったら……。ニコラスの名前を出すなんて、第一王子妃としてのエレノア嬢をお求めなの?」
「いや、そういうわけでは……。すまない、緊張させてしまったね」
大公殿下は何も悪くないのに、謝ってくれた。
「いえ、急にニコラス様の名前が出てきてびっくりしてしまって……。今まで第一王子妃にしては、ラフな話し方をしていたかと。少し反省してしまいました」
自分でもよく分からない言い訳をすると、大公殿下は慌てた。
「いや、今までの口調で大丈夫だよ。俺もエイメル国大公として君に接していないし、そうしないといけないとなると、疲れてしまうから……」
「おいおい、真面目かよ」
ニュルンデル伯爵が茶々を入れるとベッキーは、「本当に。大公殿下の人柄がダダ漏れですよ!」と言って笑った。
それは、いくらなんでも失礼な物言いなのではと思った。けれど、大公殿下は気にした様子もなく、「ごめん、ごめん」と、頭を搔いて笑った。
そんな彼らのやり取りをローズ王女殿下は笑顔で見守っている。
「何が?」
「魔導列車の試運転の招待状!」
「うん。届いてるよ」
魔導列車は、前世でいう所の鉄道のような物だ。それが約10年前から本格的に開発されていて、いよいよ運行の時が近付いている。
モニャーク家は、早い段階から資金援助を行っていたから、来春の試運転に、招待されていたのだ。
「いいなぁ。私も乗ってみたかった」
「うーん、こればっかりは私も何もしてあげられないかな」
苦笑して言うと、ベッキーは頬を膨らませた。
「今回ばかりは、伝統を重んじる頭の固い我が両親を恨んじゃうかも」
「あはは……」
私が笑うとむすっとしていたはずのベッキーも一緒になって笑った。
「まあ、いいや。ローズ王女殿下にお願いしたら、チャンスがあるかもだし」
「え? ローズ王女殿下のチケットを譲ってもらうつもり!?」
「まさか」
ベッキーはケラケラと笑った。
「王女殿下伝手に、ニュルンデル伯爵にお願いしてみるつもり」
「ニュルンデル伯爵はどういった方なの?」
「知らないの? 魔導列車の開発資金を集めたのは彼なんだよ」
「へえ・・・・・・。すごい人なんだ」
「もう! エリーったら。『魔導列車が時代を変えるかも』だなんて、大興奮していたくせに、開発陣の事にはまるで興味がないんだから」
「えへへ……」
笑って誤魔化すとその話は一旦、そこで区切りが付いた。
※
それから、数週間後、私はローズ王女殿下が暮らす王女宮に呼び出された。
王女宮は、廊下からして、王宮や第一王子宮と違った。高価で貴重な調度品が程よい間隔で並べられている。それはまるで美術館のようだと思った。
「国王陛下から最も寵愛を受ける王族だって事を思い知らされるね」
私を案内するベッキーに小声で言うと、「誰が見聞きしてるか分からないから、気を引き締めて!」と叱られた。
長い廊下を歩いて、角の部屋に辿り着くと、ベッキーは扉をノックした。
「王女殿下。モニャーク公爵令嬢がいらっしゃいました」
そう彼女が声をかけると、部屋の中から「どうぞ」と返事が返ってきた。
「失礼します」
ベッキーは扉を開けて、私に入室を促した。
私は部屋に入り、中にいたローズ王女殿下と、アーサー大公殿下、それから、おそらくニュルンデル伯爵と思しき男性に挨拶をする。
「本日はお招きいただき、真にありがとうございます」
でき得る限り、丁寧な動作でお辞儀をする。
「そんなにかしこまらなくてもいいわ。今日は私的な集まりですもの」
そう言ってローズ王女殿下は私とベッキーを彼らが座るソファーまで来るようにと呼んだ。
「今日は来てくれてありがとう。エレノア嬢」
王女殿下はとびきりの笑顔を私に向けた。
彼女とは、数回パーティーで顔を合わせた事があったけれど、こんな風に親しげな笑顔を見せてくれた事はなかった。今日は機嫌が良いのだろうか。
「いえ。こちらこそありがとうございます」
「早速だけど、紹介させてちょうだい。こちら、アーサーお兄様と、ライオネル・ニュルンデル伯爵よ」
大公殿下は王女殿下の叔父にあたる人なのだけれど、数歳しか離れていないから「お兄様」と呼んでいるのだろう。
「はじめまして。エレノア・モニャークです」
「会えて嬉しいよ。モニャーク公爵令嬢」
アーサー大公殿下は穏やかな笑顔でそう言った。
それから私達はお茶を飲みながら軽い雑談を交わした。大公殿下と伯爵はとても気さくな方で、私とベッキーに優しく接してくれた。
しかし、話が弾む中、大公殿下は突然、こんな事を言った。
「ニコラスはこんなに良い人を妻にできて幸せ者だね」
とても爽やかな笑顔を浮かべて言うアーサー大公殿下に、これっぽっちも悪意はないのだろう。彼は私とニコラス様の関係を知らないから、社交辞令でそう言っただけなのは分かっているけれど……。
━━だめ、笑顔でお礼を言わないといけないのに。
そう思っているのに、少しも、笑顔が作れなくて。私は思わず俯いてしまった。
「もう、お兄様ったら……。ニコラスの名前を出すなんて、第一王子妃としてのエレノア嬢をお求めなの?」
「いや、そういうわけでは……。すまない、緊張させてしまったね」
大公殿下は何も悪くないのに、謝ってくれた。
「いえ、急にニコラス様の名前が出てきてびっくりしてしまって……。今まで第一王子妃にしては、ラフな話し方をしていたかと。少し反省してしまいました」
自分でもよく分からない言い訳をすると、大公殿下は慌てた。
「いや、今までの口調で大丈夫だよ。俺もエイメル国大公として君に接していないし、そうしないといけないとなると、疲れてしまうから……」
「おいおい、真面目かよ」
ニュルンデル伯爵が茶々を入れるとベッキーは、「本当に。大公殿下の人柄がダダ漏れですよ!」と言って笑った。
それは、いくらなんでも失礼な物言いなのではと思った。けれど、大公殿下は気にした様子もなく、「ごめん、ごめん」と、頭を搔いて笑った。
そんな彼らのやり取りをローズ王女殿下は笑顔で見守っている。
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