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2章 世界で一番嫌いな人
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━━ああ。みんな良い人達だ。
最近は、ニコラス様とレイチェル嬢に悩まされてばかりだったから。目の前の温かみのあるやり取りが、胸の奥に沁みた。
「エリー?」
隣に座っているベッキーに脇腹をつっつかれた。
「ん?」
彼女はほっぺたに人差し指をくっと当てると、口角をあげた。「笑って」とジェスチャーをした。
私がなかなか笑わなかったから、彼女は痺れを切らして、変顔をキメてみせた。
彼女の不意打ちに、私は盛大に吹き出してしまった。
「ちょっとベッキー……」
「えへへ」
笑う彼女を、ニュルンデル伯爵は目を丸くして見つめていた。
「ライネ伯爵令嬢は、普段とは随分違うんだね」
「今はお仕事じゃないので」
ベッキーは伯爵に笑いかけた。
「レベッカは仕事とそうじゃない時のギャップがすごいんだから」
ローズ王女殿下はそう言うとお茶を飲んだ。
━━侍女の時は、結構真面目なのかな?
そう思ってベッキーに視線を送れば、彼女はまた変顔をする。私はまた吹いてしまった。
「おいおい、素敵なレディなのにやんちゃな表情だな」
伯爵は苦笑しながら言うと、大公殿下は「いいじゃないか」と笑い飛ばした。
「二人とも仲良しで。これは一緒に乗りたがるわけだ」
大公殿下が本題を切り出すと、ベッキーはわざとらしく自分の胸に手を押し当てた。
「そうなんです。親友から魔導列車の将来性に対する熱い話を聞かされてしまって……。私はどうしても魔導列車に乗りたいんです」
茶化して言うベッキーに王女殿下は苦笑いを浮かべた。
「チケットが欲しいなら、ここは真面目にお願いする所だと思うわよ?」
王女殿下がそう言うとベッキーは「うーん」と、唸りながら唇を押さえた。
「ニュルンデル伯爵」
「え? 俺?」
呼ばれた伯爵は、きょとんとした顔で自分を指差した。ベッキーはこくりと頷く。
「私、これから伯爵を口説きますので、ほんの少し散歩に付き合ってもらえませんか」
ベッキーの大胆な告白に私と大公殿下は呆気に取られた。王女殿下は静かに見守り、そして、当の伯爵はというと……。
「うん、いいよ」
あっさりと快諾をすると、彼は立ち上がったのだ。
「散歩していい場所は王女宮の庭だけだからね」
ローズ王女殿下の言葉にベッキーは「はーい」と元気よく返事をすると、ニュルンデル伯爵の腕を引いて部屋から出て行った。
「大丈夫なのか」
アーサー大公殿下が不安げにつぶやくと、ローズ王女殿下はふっと笑った。
「レベッカに手を出す程、馬鹿じゃないでしょ?」
「いや、でも、なあ……」
大公殿下は首を傾げた。
「あの、何か問題が……?」
尋ねると彼はバツが悪そうに顔を顰めた。その代わり、王女殿下が教えてくれた。
「ライオネルはプレイボーイな所があるの」
「へ!?」
私は危うくテーブルに置いていたティーカップを倒しそうになった。
「大丈夫よ。あの人は分別のある大人だから。それに、年下にも興味がないし……。もし、私の侍女に不誠実な事をするようなら、この国にいられなくなるって、ライオネルは分かっているわ」
笑顔でそう言ったローズ王女殿下が少し怖く思えた。
「それより、エレノア嬢は魔導列車のどこに惹かれたの?」
「ああ。それを聞きたかったんだ」
大公殿下も同調した。
「大した理由ではありませんよ?」
そう前置きをして、私は、魔導列車が人々の生活を大きく変えるのではないかと説明した。
魔導列車が王国内を幅広く横断する事となれば、人や物の流通が活発になり、ロズウェル王国を繁栄させるだろう。そんな意見を下手なりに一生懸命説明すると、大公殿下は目を輝かせた。
「すごいよ! 既存の利権に囚われて、想像力が死んでいる貴族達が大半だというのに。君は若いのに、物分かりがいい」
これも前世での電車や鉄道の知識があったからこそなのだけれど……。それを説明する訳にもいかず笑って誤魔化した。
「理論上は、優秀な軍馬で3日かかる所を、魔導列車なら1日もかからずに移動できるのよね? 安全性が認められるなら、すぐさま導入した方が良いのは明白だけれど、……みんな利権を守る事に必死で卑しいから」
ローズ王女殿下の言葉に、大公殿下は頷いた。どうやら、鉄道のレールを引いていく上で、相当の苦労があったらしい。
その話も含めて、魔導列車の開発に関する話を教えてもらっていると、ベッキー達が帰ってきた。
「ただいま戻りました」
ベッキーはにこにこ顔で言うと私達にチケットを突き出してきた。
「無事に説得ができました!」
明るく言うと、元いた私の隣に座った。
何かされてはいないかと心配していたけれど、ベッキーはいつも通りの彼女でほっとした。
ベッキーは嬉しそうに微笑んだ。
「これで一緒に乗れるね」
「ライオネル、チケットは易々と譲れないんじゃなかったのか」
不審がる大公殿下に対して、ニュルンデル伯爵は「二人の友情に負けた」と言って苦笑いを浮かべた。
「ベッキー、どういうお願いをしたの?」
私が尋ねてみても、ベッキーはまともに答えてくれなかった。「私達の友情を、伯爵が汲み取ってくれたのよ?」と、笑うだけだった。
最近は、ニコラス様とレイチェル嬢に悩まされてばかりだったから。目の前の温かみのあるやり取りが、胸の奥に沁みた。
「エリー?」
隣に座っているベッキーに脇腹をつっつかれた。
「ん?」
彼女はほっぺたに人差し指をくっと当てると、口角をあげた。「笑って」とジェスチャーをした。
私がなかなか笑わなかったから、彼女は痺れを切らして、変顔をキメてみせた。
彼女の不意打ちに、私は盛大に吹き出してしまった。
「ちょっとベッキー……」
「えへへ」
笑う彼女を、ニュルンデル伯爵は目を丸くして見つめていた。
「ライネ伯爵令嬢は、普段とは随分違うんだね」
「今はお仕事じゃないので」
ベッキーは伯爵に笑いかけた。
「レベッカは仕事とそうじゃない時のギャップがすごいんだから」
ローズ王女殿下はそう言うとお茶を飲んだ。
━━侍女の時は、結構真面目なのかな?
そう思ってベッキーに視線を送れば、彼女はまた変顔をする。私はまた吹いてしまった。
「おいおい、素敵なレディなのにやんちゃな表情だな」
伯爵は苦笑しながら言うと、大公殿下は「いいじゃないか」と笑い飛ばした。
「二人とも仲良しで。これは一緒に乗りたがるわけだ」
大公殿下が本題を切り出すと、ベッキーはわざとらしく自分の胸に手を押し当てた。
「そうなんです。親友から魔導列車の将来性に対する熱い話を聞かされてしまって……。私はどうしても魔導列車に乗りたいんです」
茶化して言うベッキーに王女殿下は苦笑いを浮かべた。
「チケットが欲しいなら、ここは真面目にお願いする所だと思うわよ?」
王女殿下がそう言うとベッキーは「うーん」と、唸りながら唇を押さえた。
「ニュルンデル伯爵」
「え? 俺?」
呼ばれた伯爵は、きょとんとした顔で自分を指差した。ベッキーはこくりと頷く。
「私、これから伯爵を口説きますので、ほんの少し散歩に付き合ってもらえませんか」
ベッキーの大胆な告白に私と大公殿下は呆気に取られた。王女殿下は静かに見守り、そして、当の伯爵はというと……。
「うん、いいよ」
あっさりと快諾をすると、彼は立ち上がったのだ。
「散歩していい場所は王女宮の庭だけだからね」
ローズ王女殿下の言葉にベッキーは「はーい」と元気よく返事をすると、ニュルンデル伯爵の腕を引いて部屋から出て行った。
「大丈夫なのか」
アーサー大公殿下が不安げにつぶやくと、ローズ王女殿下はふっと笑った。
「レベッカに手を出す程、馬鹿じゃないでしょ?」
「いや、でも、なあ……」
大公殿下は首を傾げた。
「あの、何か問題が……?」
尋ねると彼はバツが悪そうに顔を顰めた。その代わり、王女殿下が教えてくれた。
「ライオネルはプレイボーイな所があるの」
「へ!?」
私は危うくテーブルに置いていたティーカップを倒しそうになった。
「大丈夫よ。あの人は分別のある大人だから。それに、年下にも興味がないし……。もし、私の侍女に不誠実な事をするようなら、この国にいられなくなるって、ライオネルは分かっているわ」
笑顔でそう言ったローズ王女殿下が少し怖く思えた。
「それより、エレノア嬢は魔導列車のどこに惹かれたの?」
「ああ。それを聞きたかったんだ」
大公殿下も同調した。
「大した理由ではありませんよ?」
そう前置きをして、私は、魔導列車が人々の生活を大きく変えるのではないかと説明した。
魔導列車が王国内を幅広く横断する事となれば、人や物の流通が活発になり、ロズウェル王国を繁栄させるだろう。そんな意見を下手なりに一生懸命説明すると、大公殿下は目を輝かせた。
「すごいよ! 既存の利権に囚われて、想像力が死んでいる貴族達が大半だというのに。君は若いのに、物分かりがいい」
これも前世での電車や鉄道の知識があったからこそなのだけれど……。それを説明する訳にもいかず笑って誤魔化した。
「理論上は、優秀な軍馬で3日かかる所を、魔導列車なら1日もかからずに移動できるのよね? 安全性が認められるなら、すぐさま導入した方が良いのは明白だけれど、……みんな利権を守る事に必死で卑しいから」
ローズ王女殿下の言葉に、大公殿下は頷いた。どうやら、鉄道のレールを引いていく上で、相当の苦労があったらしい。
その話も含めて、魔導列車の開発に関する話を教えてもらっていると、ベッキー達が帰ってきた。
「ただいま戻りました」
ベッキーはにこにこ顔で言うと私達にチケットを突き出してきた。
「無事に説得ができました!」
明るく言うと、元いた私の隣に座った。
何かされてはいないかと心配していたけれど、ベッキーはいつも通りの彼女でほっとした。
ベッキーは嬉しそうに微笑んだ。
「これで一緒に乗れるね」
「ライオネル、チケットは易々と譲れないんじゃなかったのか」
不審がる大公殿下に対して、ニュルンデル伯爵は「二人の友情に負けた」と言って苦笑いを浮かべた。
「ベッキー、どういうお願いをしたの?」
私が尋ねてみても、ベッキーはまともに答えてくれなかった。「私達の友情を、伯爵が汲み取ってくれたのよ?」と、笑うだけだった。
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