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2章 世界で一番嫌いな人
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あのお茶会をきっかけに、ローズ王女殿下との距離はぐっと縮まった。それ以来、王女殿下は私をたびたび王女宮に招いてくれるようになったのだ。
明るく優しい彼女の人柄に、私はすっかり心を開いてしまった。
「ニコラスとは、どうなの?」
他の誰かに聞かれたら苛立ちを覚えそうな問いかけも、彼女からなら不思議と素直に受け止められた。
「最近は、顔すら合わせていません」
私が苦笑まじりに答えると、王女殿下は「そう……」とつぶやいた。
「ニコラスも困ったものね。お気に入りだけを贔屓するなんて、子供じみているわ」
「いいんです。私には到底手に負えませんから」
心からそう答えると、彼女はふっと笑った。
「そうよね。ニコラスは気難しい子だから、エレノア嬢のような真っすぐな人とは、合わないのかも」
「ええ……」
思わず目を伏せると、彼女は少しだけ真顔になった。
「でも、それでいいの? 結婚後のことを考えたら、レイチェル嬢に譲ってばかりじゃいられないでしょう」
“白い結婚をするつもり”だなんて、本当のことは言えなかった。私はただ、「気持ちが追いつかなくて」とだけ答えた。
ローズ王女殿下はそれ以上何も言わず、代わりに妃教育とでも呼べるようなアドバイスをしてくれた。どうやら本気で、私が王太子妃としてレイチェル嬢に負けないよう願ってくれているらしい。
それはありがたくもあったが、同時に、ニコラス様との結婚が避けられない現実なのだと、改めて突きつけられるようで憂鬱な気分にさせられた。
ローズ王女殿下はひとしきりのアドバイスを終えると、今度は明るい話題を持ち出してきた。
「魔導列車の試乗は、来週ね。どう? 楽しみ?」
「もちろんです。その話ばかりをしていたら、ベッキーに呆れられました」
「まあ」
王女殿下はコロコロと笑った。
「きっと楽しい旅になるわ。次に会った時には、お土産話を聞かせてちょうだい」
「王女殿下は、お乗りにならないのですか」
「急に予定が入ったのよ。その日に、隣国から特使が派遣される事が決まったのだけれど、国王陛下は私に応対するようにと、おっしゃったわ」
「まあ……」
本来は王妃様がするべき仕事をローズ王女に任せるのだから、やはり彼女は国王陛下のお気に入りなのだと実感させられる。
「お兄様から話を聞く限り、快適な小旅行になりそうだから、レベッカと一緒に楽しんで来てね」
「はい」
私はその日が待ち遠しくてたまらなかった。
※
1週間は、思ったより長かった。
学園では友達と楽しく過ごしていたけれど、ニコラス様とレイチェル嬢に対するもやもやは、いつも心の片隅に存在していた。
けれど、列車に乗った瞬間、それは吹き飛んだ。
「速いね!」
窓の外を見つめながら、ベッキーが目を輝かせて言った。
車両はガタンゴトンと音を響かせ、ものすごい勢いで走っていく。
「本当に、そうだね」
移り変わる景色を眺めながら、私は心から同意した。
魔法から派生した魔導は、この世界で誕生して間もない技術で、前世でのいわゆる錬金術のような物だと聞いている。
前世の科学とは違う原理で動いているはずなのに、魔導列車がここまで速く走れるとは思っていなかった。
私達は、窓に手を付き外の景色をじっと眺めた。
「これは、本当に世の中を変える発明なのかも」
「『かも』じゃないよ。変えるの!」
「あははっ。まるでエリーが作ったみたいに誇らしげじゃない?」
私達は顔を見合わせて笑い合った。
「こらこら、騒ぎすぎだぞ?」
隣りに座っていたお父様に注意されて、私達は一旦静かになった。
でも、それはほんの一瞬だけで……。その後も私達は小声で楽しくおしゃべりを続けた。
やがて終点に到着し、列車は点検のため1時間半の休止に入った。
私達はお父様の許可を得て、近場を散歩する事にした。
「結構田舎まで来たんだね」
ベッキーはやや寂れた街並みを見て言った。
「ね。こんな所まで初めて来たよ」
「このままずーっと東まで線路を延ばせば、リュミエール王国まで行けちゃったりするのかな?」
無邪気に言うベッキーに思わず笑ってしまった。
「それは無理なんじゃない? いくつもの山を越えないといけないし」
私が言うと、後ろから「正解!」と声が聞こえた。振り返るとそこには、ニュルンデル伯爵とアーサー大公殿下がいた。
「お二人とも、お久しぶりですね」
ベッキーが挨拶をすると、私も軽く会釈をした。それに呼応するかのように、大公殿下は、帽子を脱いで会釈をした。
「本当、久しぶり」
伯爵は柔和な笑みを浮かべるとベッキーに近付いた。
「どう? 楽しい?」
「ええ。ニュルンデル伯爵のおかげで」
ベッキーはそう言うと満面の笑みを彼に向けると、伯爵は「それは良かった」と言った。
「お二人は点検に参加しないのですか」
私が尋ねると、大公殿下は「俺達は技術者ではないから、現場にいても邪魔になるだけだ」と言った。
「それより、どこか行きたい所があるの?」
伯爵がそう尋ねると、私達は揃って首を振った。
「ただの散歩です」
ベッキーがそう答えると、伯爵は微笑んだ。
「それじゃあ、レベッカ嬢。よかったら、俺とお茶でもどうかな?」
まさかのベッキーだけを誘うその言葉に、私は身構えた。ニュルンデル伯爵がプレイボーイだという噂を、私は忘れていなかったから。
でも、ベッキーは警戒する素振りもなく、その誘いに乗ってしまった。
明るく優しい彼女の人柄に、私はすっかり心を開いてしまった。
「ニコラスとは、どうなの?」
他の誰かに聞かれたら苛立ちを覚えそうな問いかけも、彼女からなら不思議と素直に受け止められた。
「最近は、顔すら合わせていません」
私が苦笑まじりに答えると、王女殿下は「そう……」とつぶやいた。
「ニコラスも困ったものね。お気に入りだけを贔屓するなんて、子供じみているわ」
「いいんです。私には到底手に負えませんから」
心からそう答えると、彼女はふっと笑った。
「そうよね。ニコラスは気難しい子だから、エレノア嬢のような真っすぐな人とは、合わないのかも」
「ええ……」
思わず目を伏せると、彼女は少しだけ真顔になった。
「でも、それでいいの? 結婚後のことを考えたら、レイチェル嬢に譲ってばかりじゃいられないでしょう」
“白い結婚をするつもり”だなんて、本当のことは言えなかった。私はただ、「気持ちが追いつかなくて」とだけ答えた。
ローズ王女殿下はそれ以上何も言わず、代わりに妃教育とでも呼べるようなアドバイスをしてくれた。どうやら本気で、私が王太子妃としてレイチェル嬢に負けないよう願ってくれているらしい。
それはありがたくもあったが、同時に、ニコラス様との結婚が避けられない現実なのだと、改めて突きつけられるようで憂鬱な気分にさせられた。
ローズ王女殿下はひとしきりのアドバイスを終えると、今度は明るい話題を持ち出してきた。
「魔導列車の試乗は、来週ね。どう? 楽しみ?」
「もちろんです。その話ばかりをしていたら、ベッキーに呆れられました」
「まあ」
王女殿下はコロコロと笑った。
「きっと楽しい旅になるわ。次に会った時には、お土産話を聞かせてちょうだい」
「王女殿下は、お乗りにならないのですか」
「急に予定が入ったのよ。その日に、隣国から特使が派遣される事が決まったのだけれど、国王陛下は私に応対するようにと、おっしゃったわ」
「まあ……」
本来は王妃様がするべき仕事をローズ王女に任せるのだから、やはり彼女は国王陛下のお気に入りなのだと実感させられる。
「お兄様から話を聞く限り、快適な小旅行になりそうだから、レベッカと一緒に楽しんで来てね」
「はい」
私はその日が待ち遠しくてたまらなかった。
※
1週間は、思ったより長かった。
学園では友達と楽しく過ごしていたけれど、ニコラス様とレイチェル嬢に対するもやもやは、いつも心の片隅に存在していた。
けれど、列車に乗った瞬間、それは吹き飛んだ。
「速いね!」
窓の外を見つめながら、ベッキーが目を輝かせて言った。
車両はガタンゴトンと音を響かせ、ものすごい勢いで走っていく。
「本当に、そうだね」
移り変わる景色を眺めながら、私は心から同意した。
魔法から派生した魔導は、この世界で誕生して間もない技術で、前世でのいわゆる錬金術のような物だと聞いている。
前世の科学とは違う原理で動いているはずなのに、魔導列車がここまで速く走れるとは思っていなかった。
私達は、窓に手を付き外の景色をじっと眺めた。
「これは、本当に世の中を変える発明なのかも」
「『かも』じゃないよ。変えるの!」
「あははっ。まるでエリーが作ったみたいに誇らしげじゃない?」
私達は顔を見合わせて笑い合った。
「こらこら、騒ぎすぎだぞ?」
隣りに座っていたお父様に注意されて、私達は一旦静かになった。
でも、それはほんの一瞬だけで……。その後も私達は小声で楽しくおしゃべりを続けた。
やがて終点に到着し、列車は点検のため1時間半の休止に入った。
私達はお父様の許可を得て、近場を散歩する事にした。
「結構田舎まで来たんだね」
ベッキーはやや寂れた街並みを見て言った。
「ね。こんな所まで初めて来たよ」
「このままずーっと東まで線路を延ばせば、リュミエール王国まで行けちゃったりするのかな?」
無邪気に言うベッキーに思わず笑ってしまった。
「それは無理なんじゃない? いくつもの山を越えないといけないし」
私が言うと、後ろから「正解!」と声が聞こえた。振り返るとそこには、ニュルンデル伯爵とアーサー大公殿下がいた。
「お二人とも、お久しぶりですね」
ベッキーが挨拶をすると、私も軽く会釈をした。それに呼応するかのように、大公殿下は、帽子を脱いで会釈をした。
「本当、久しぶり」
伯爵は柔和な笑みを浮かべるとベッキーに近付いた。
「どう? 楽しい?」
「ええ。ニュルンデル伯爵のおかげで」
ベッキーはそう言うと満面の笑みを彼に向けると、伯爵は「それは良かった」と言った。
「お二人は点検に参加しないのですか」
私が尋ねると、大公殿下は「俺達は技術者ではないから、現場にいても邪魔になるだけだ」と言った。
「それより、どこか行きたい所があるの?」
伯爵がそう尋ねると、私達は揃って首を振った。
「ただの散歩です」
ベッキーがそう答えると、伯爵は微笑んだ。
「それじゃあ、レベッカ嬢。よかったら、俺とお茶でもどうかな?」
まさかのベッキーだけを誘うその言葉に、私は身構えた。ニュルンデル伯爵がプレイボーイだという噂を、私は忘れていなかったから。
でも、ベッキーは警戒する素振りもなく、その誘いに乗ってしまった。
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