77 / 103
2章 世界で一番嫌いな人
23
しおりを挟む
あのお茶会をきっかけに、ローズ王女殿下との距離はぐっと縮まった。それ以来、王女殿下は私をたびたび王女宮に招いてくれるようになったのだ。
明るく優しい彼女の人柄に、私はすっかり心を開いてしまった。
「ニコラスとは、どうなの?」
他の誰かに聞かれたら苛立ちを覚えそうな問いかけも、彼女からなら不思議と素直に受け止められた。
「最近は、顔すら合わせていません」
私が苦笑まじりに答えると、王女殿下は「そう……」とつぶやいた。
「ニコラスも困ったものね。お気に入りだけを贔屓するなんて、子供じみているわ」
「いいんです。私には到底手に負えませんから」
心からそう答えると、彼女はふっと笑った。
「そうよね。ニコラスは気難しい子だから、エレノア嬢のような真っすぐな人とは、合わないのかも」
「ええ……」
思わず目を伏せると、彼女は少しだけ真顔になった。
「でも、それでいいの? 結婚後のことを考えたら、レイチェル嬢に譲ってばかりじゃいられないでしょう」
“白い結婚をするつもり”だなんて、本当のことは言えなかった。私はただ、「気持ちが追いつかなくて」とだけ答えた。
ローズ王女殿下はそれ以上何も言わず、代わりに妃教育とでも呼べるようなアドバイスをしてくれた。どうやら本気で、私が王太子妃としてレイチェル嬢に負けないよう願ってくれているらしい。
それはありがたくもあったが、同時に、ニコラス様との結婚が避けられない現実なのだと、改めて突きつけられるようで憂鬱な気分にさせられた。
ローズ王女殿下はひとしきりのアドバイスを終えると、今度は明るい話題を持ち出してきた。
「魔導列車の試乗は、来週ね。どう? 楽しみ?」
「もちろんです。その話ばかりをしていたら、ベッキーに呆れられました」
「まあ」
王女殿下はコロコロと笑った。
「きっと楽しい旅になるわ。次に会った時には、お土産話を聞かせてちょうだい」
「王女殿下は、お乗りにならないのですか」
「急に予定が入ったのよ。その日に、隣国から特使が派遣される事が決まったのだけれど、国王陛下は私に応対するようにと、おっしゃったわ」
「まあ……」
本来は王妃様がするべき仕事をローズ王女に任せるのだから、やはり彼女は国王陛下のお気に入りなのだと実感させられる。
「お兄様から話を聞く限り、快適な小旅行になりそうだから、レベッカと一緒に楽しんで来てね」
「はい」
私はその日が待ち遠しくてたまらなかった。
※
1週間は、思ったより長かった。
学園では友達と楽しく過ごしていたけれど、ニコラス様とレイチェル嬢に対するもやもやは、いつも心の片隅に存在していた。
けれど、列車に乗った瞬間、それは吹き飛んだ。
「速いね!」
窓の外を見つめながら、ベッキーが目を輝かせて言った。
車両はガタンゴトンと音を響かせ、ものすごい勢いで走っていく。
「本当に、そうだね」
移り変わる景色を眺めながら、私は心から同意した。
魔法から派生した魔導は、この世界で誕生して間もない技術で、前世でのいわゆる錬金術のような物だと聞いている。
前世の科学とは違う原理で動いているはずなのに、魔導列車がここまで速く走れるとは思っていなかった。
私達は、窓に手を付き外の景色をじっと眺めた。
「これは、本当に世の中を変える発明なのかも」
「『かも』じゃないよ。変えるの!」
「あははっ。まるでエリーが作ったみたいに誇らしげじゃない?」
私達は顔を見合わせて笑い合った。
「こらこら、騒ぎすぎだぞ?」
隣りに座っていたお父様に注意されて、私達は一旦静かになった。
でも、それはほんの一瞬だけで……。その後も私達は小声で楽しくおしゃべりを続けた。
やがて終点に到着し、列車は点検のため1時間半の休止に入った。
私達はお父様の許可を得て、近場を散歩する事にした。
「結構田舎まで来たんだね」
ベッキーはやや寂れた街並みを見て言った。
「ね。こんな所まで初めて来たよ」
「このままずーっと東まで線路を延ばせば、リュミエール王国まで行けちゃったりするのかな?」
無邪気に言うベッキーに思わず笑ってしまった。
「それは無理なんじゃない? いくつもの山を越えないといけないし」
私が言うと、後ろから「正解!」と声が聞こえた。振り返るとそこには、ニュルンデル伯爵とアーサー大公殿下がいた。
「お二人とも、お久しぶりですね」
ベッキーが挨拶をすると、私も軽く会釈をした。それに呼応するかのように、大公殿下は、帽子を脱いで会釈をした。
「本当、久しぶり」
伯爵は柔和な笑みを浮かべるとベッキーに近付いた。
「どう? 楽しい?」
「ええ。ニュルンデル伯爵のおかげで」
ベッキーはそう言うと満面の笑みを彼に向けると、伯爵は「それは良かった」と言った。
「お二人は点検に参加しないのですか」
私が尋ねると、大公殿下は「俺達は技術者ではないから、現場にいても邪魔になるだけだ」と言った。
「それより、どこか行きたい所があるの?」
伯爵がそう尋ねると、私達は揃って首を振った。
「ただの散歩です」
ベッキーがそう答えると、伯爵は微笑んだ。
「それじゃあ、レベッカ嬢。よかったら、俺とお茶でもどうかな?」
まさかのベッキーだけを誘うその言葉に、私は身構えた。ニュルンデル伯爵がプレイボーイだという噂を、私は忘れていなかったから。
でも、ベッキーは警戒する素振りもなく、その誘いに乗ってしまった。
明るく優しい彼女の人柄に、私はすっかり心を開いてしまった。
「ニコラスとは、どうなの?」
他の誰かに聞かれたら苛立ちを覚えそうな問いかけも、彼女からなら不思議と素直に受け止められた。
「最近は、顔すら合わせていません」
私が苦笑まじりに答えると、王女殿下は「そう……」とつぶやいた。
「ニコラスも困ったものね。お気に入りだけを贔屓するなんて、子供じみているわ」
「いいんです。私には到底手に負えませんから」
心からそう答えると、彼女はふっと笑った。
「そうよね。ニコラスは気難しい子だから、エレノア嬢のような真っすぐな人とは、合わないのかも」
「ええ……」
思わず目を伏せると、彼女は少しだけ真顔になった。
「でも、それでいいの? 結婚後のことを考えたら、レイチェル嬢に譲ってばかりじゃいられないでしょう」
“白い結婚をするつもり”だなんて、本当のことは言えなかった。私はただ、「気持ちが追いつかなくて」とだけ答えた。
ローズ王女殿下はそれ以上何も言わず、代わりに妃教育とでも呼べるようなアドバイスをしてくれた。どうやら本気で、私が王太子妃としてレイチェル嬢に負けないよう願ってくれているらしい。
それはありがたくもあったが、同時に、ニコラス様との結婚が避けられない現実なのだと、改めて突きつけられるようで憂鬱な気分にさせられた。
ローズ王女殿下はひとしきりのアドバイスを終えると、今度は明るい話題を持ち出してきた。
「魔導列車の試乗は、来週ね。どう? 楽しみ?」
「もちろんです。その話ばかりをしていたら、ベッキーに呆れられました」
「まあ」
王女殿下はコロコロと笑った。
「きっと楽しい旅になるわ。次に会った時には、お土産話を聞かせてちょうだい」
「王女殿下は、お乗りにならないのですか」
「急に予定が入ったのよ。その日に、隣国から特使が派遣される事が決まったのだけれど、国王陛下は私に応対するようにと、おっしゃったわ」
「まあ……」
本来は王妃様がするべき仕事をローズ王女に任せるのだから、やはり彼女は国王陛下のお気に入りなのだと実感させられる。
「お兄様から話を聞く限り、快適な小旅行になりそうだから、レベッカと一緒に楽しんで来てね」
「はい」
私はその日が待ち遠しくてたまらなかった。
※
1週間は、思ったより長かった。
学園では友達と楽しく過ごしていたけれど、ニコラス様とレイチェル嬢に対するもやもやは、いつも心の片隅に存在していた。
けれど、列車に乗った瞬間、それは吹き飛んだ。
「速いね!」
窓の外を見つめながら、ベッキーが目を輝かせて言った。
車両はガタンゴトンと音を響かせ、ものすごい勢いで走っていく。
「本当に、そうだね」
移り変わる景色を眺めながら、私は心から同意した。
魔法から派生した魔導は、この世界で誕生して間もない技術で、前世でのいわゆる錬金術のような物だと聞いている。
前世の科学とは違う原理で動いているはずなのに、魔導列車がここまで速く走れるとは思っていなかった。
私達は、窓に手を付き外の景色をじっと眺めた。
「これは、本当に世の中を変える発明なのかも」
「『かも』じゃないよ。変えるの!」
「あははっ。まるでエリーが作ったみたいに誇らしげじゃない?」
私達は顔を見合わせて笑い合った。
「こらこら、騒ぎすぎだぞ?」
隣りに座っていたお父様に注意されて、私達は一旦静かになった。
でも、それはほんの一瞬だけで……。その後も私達は小声で楽しくおしゃべりを続けた。
やがて終点に到着し、列車は点検のため1時間半の休止に入った。
私達はお父様の許可を得て、近場を散歩する事にした。
「結構田舎まで来たんだね」
ベッキーはやや寂れた街並みを見て言った。
「ね。こんな所まで初めて来たよ」
「このままずーっと東まで線路を延ばせば、リュミエール王国まで行けちゃったりするのかな?」
無邪気に言うベッキーに思わず笑ってしまった。
「それは無理なんじゃない? いくつもの山を越えないといけないし」
私が言うと、後ろから「正解!」と声が聞こえた。振り返るとそこには、ニュルンデル伯爵とアーサー大公殿下がいた。
「お二人とも、お久しぶりですね」
ベッキーが挨拶をすると、私も軽く会釈をした。それに呼応するかのように、大公殿下は、帽子を脱いで会釈をした。
「本当、久しぶり」
伯爵は柔和な笑みを浮かべるとベッキーに近付いた。
「どう? 楽しい?」
「ええ。ニュルンデル伯爵のおかげで」
ベッキーはそう言うと満面の笑みを彼に向けると、伯爵は「それは良かった」と言った。
「お二人は点検に参加しないのですか」
私が尋ねると、大公殿下は「俺達は技術者ではないから、現場にいても邪魔になるだけだ」と言った。
「それより、どこか行きたい所があるの?」
伯爵がそう尋ねると、私達は揃って首を振った。
「ただの散歩です」
ベッキーがそう答えると、伯爵は微笑んだ。
「それじゃあ、レベッカ嬢。よかったら、俺とお茶でもどうかな?」
まさかのベッキーだけを誘うその言葉に、私は身構えた。ニュルンデル伯爵がプレイボーイだという噂を、私は忘れていなかったから。
でも、ベッキーは警戒する素振りもなく、その誘いに乗ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる