【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

文字の大きさ
78 / 103
2章 世界で一番嫌いな人

24

しおりを挟む
「ちょっと行ってくるね」
 そう言って、ベッキーはアーサー大公殿下に向かってにっこり笑う。
「エリーの事、お願いします」
「ちょっと、ベッキー!」
 引き止めようとしたけれど、彼女は手を振って、ニュルンデル伯爵と一緒に歩き出してしまった。

「大丈夫かな……」 
「あの感じなら平気だと思うけど」
 大公殿下は困ったように笑う。
「本当ですか」
「ライオネルの目がギラついていなかったから。あいつ、女の子を口説く時は目付きが変わるんだ」
 苦笑混じりに言う彼の様子に、少し安心した。
「伯爵とは仲が良いんですね」
「うん、乳兄弟だからね。長い付き合いなんだ」
 そう言うと、彼は「少し歩く?」と誘ってきた。私は頷いて、その隣に並んだ。

「この間は、すまなかった」
「え?」
「ほら、ニコラスとの事で余計な事を言っただろう?」 
「ああ……」
「後でローズから聞いたんだ。君達の関係があまり良いものではないって。俺はなるべく王族の後継者争いに関与したくないから、ニコラスやケインの事は意図的に詳しく調べないようにしているんだけど……」

 聞いた事がある。国王陛下の兄弟は、アーサー大公殿下を除いて粛正されてしまったと。唯一生き残った彼は、長い不遇の時を過ごし、5年前に大きな功績を立てた。それで今のエイメル公国の主の地位を得たのだ。

「嫌味を言うつもりがなかった事は分かって欲しい」
「勿論ですわ。アーサー大公殿下はそんな人ではありませんから」
 私が笑いかけると、彼はほっと息を吐いた。
「やっぱり君は良い人だね」
「それは、大公殿下の方ですわ」
 彼は寂しそうな顔で笑った。
「それはどうだろう」
 大公殿下はそう言うと、私の顔を見据えた。

「訂正するよ。君はニコラスの妻には相応しくないよ」
 突然の彼の発言に戸惑った。
「それは、どういう意味でしょう?」
「君は優し過ぎるから、きっとニコラスとは合わないと思うんだ」
「……ローズ王女殿下にも似たような事を言われました」
「そうか」
 大公殿下は苦笑いをした。

「ニコラスはね。悪い子ではないんだ」
 今までニコラス様にされた事を思うと、とてもじゃないけれど、共感できなかった。彼は大公殿下の前では良い子を演じているのだろうか。
「彼は小さな頃から大人達に酷い事ばかりされて育ったから。人の親切や優しさを簡単には信じないんだ。それに、彼は人の愛し方を知っているかどうかすら怪しい」
 大公殿下は薄々、気付いているのかもしれない。彼の愛し方はまともではないと。

 ニコラスのエンディングでは、ヒロインミランダは後に軟禁される事が仄めかされていた。彼は彼女を溺愛するあまり、嫉妬心と独占欲が抑えきれなくなってしまったのだ。

 ━━ニコラス様に執着されているレイチェル嬢も、第一王子宮に閉じ込められるのかしら?

 ふと、そんな事を思ってしまった。そして、私はそんな風に愛されたくないとも。

「ああ、ごめん。結婚前に水を差すような事を言ってしまったね」
「いえ……。むしろ、恥ずかしい話ですが、共感できるんです」
「そうか……」
 一瞬、沈黙が訪れた。

 ━━気まずい。

 その空気を断ち切るように、大公殿下が上着のポケットから何かを取り出した。

「これを」
 差し出されたそれを私は躊躇いながらも受け取った。
 それは、トランプ大の金属板だった。中央にボタンのようなものがある。

「これ、なんでしょうか」
「通信の魔導具だよ。ボタンを押せば、対になる魔導具と交信して、話ができるようになるんだ」
 大公殿下が試しにボタンを押すと、私の手元の金属板が淡く光り、音を鳴らした。
「ボタンを押してみて?」
 言われるがまま押すと、光と音は収まった。
「あー、あー……」
 彼が声を発すると、私の手元の魔導具から彼の声が聞こえた。どうやらこの魔導具は、電話のようなものらしい。

「また、ボタンを押せば、通信を終えられるから」
 彼はボタンを押し、ポケットの中に戻した。
「どうして、これを?」
「……困った時に、役に立つかと思って」
「でも、そんな時に連絡をしたら、迷惑になりません?」
「それは気にしなくていい」
「でも……」
「むしろ、連絡をもらっても役に立てるかどうか、怪しいし……。それでも、何かしらの力を貸す事は約束するから」
「とてもありがたいですけど。どうして、そこまでしてくれるんですか」
「それは……」
 言いかけた彼の視線の先に、ベッキー達の姿が見えた。私は慌てて、魔導具をドレスの袖に隠した。

「おかえり」
「ただいま~」
 ベッキーはにこにこ笑いながら、飲み物の入ったボトルを一つくれた。
「ありがと」
「帰りの列車で飲もうね」
「うん」
「それ、ミックスジュースなんだけど、結構美味しいんだ」
「そっか。楽しみにしとく」
「ちょっと早いけど駅に戻る?」
 ベッキーは懐中時計を見ながら言った。
「そうだね」
 私が言うと、ニュルンデル伯爵は「俺達も戻ろうか」と大公殿下に向かって言った。

 私達四人は、駅に戻った。結局、アーサー大公殿下の返答を聞く事はできず、もらった魔導具も袖の中に隠したままになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...