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2章 世界で一番嫌いな人
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「ちょっと行ってくるね」
そう言って、ベッキーはアーサー大公殿下に向かってにっこり笑う。
「エリーの事、お願いします」
「ちょっと、ベッキー!」
引き止めようとしたけれど、彼女は手を振って、ニュルンデル伯爵と一緒に歩き出してしまった。
「大丈夫かな……」
「あの感じなら平気だと思うけど」
大公殿下は困ったように笑う。
「本当ですか」
「ライオネルの目がギラついていなかったから。あいつ、女の子を口説く時は目付きが変わるんだ」
苦笑混じりに言う彼の様子に、少し安心した。
「伯爵とは仲が良いんですね」
「うん、乳兄弟だからね。長い付き合いなんだ」
そう言うと、彼は「少し歩く?」と誘ってきた。私は頷いて、その隣に並んだ。
「この間は、すまなかった」
「え?」
「ほら、ニコラスとの事で余計な事を言っただろう?」
「ああ……」
「後でローズから聞いたんだ。君達の関係があまり良いものではないって。俺はなるべく王族の後継者争いに関与したくないから、ニコラスやケインの事は意図的に詳しく調べないようにしているんだけど……」
聞いた事がある。国王陛下の兄弟は、アーサー大公殿下を除いて粛正されてしまったと。唯一生き残った彼は、長い不遇の時を過ごし、5年前に大きな功績を立てた。それで今のエイメル公国の主の地位を得たのだ。
「嫌味を言うつもりがなかった事は分かって欲しい」
「勿論ですわ。アーサー大公殿下はそんな人ではありませんから」
私が笑いかけると、彼はほっと息を吐いた。
「やっぱり君は良い人だね」
「それは、大公殿下の方ですわ」
彼は寂しそうな顔で笑った。
「それはどうだろう」
大公殿下はそう言うと、私の顔を見据えた。
「訂正するよ。君はニコラスの妻には相応しくないよ」
突然の彼の発言に戸惑った。
「それは、どういう意味でしょう?」
「君は優し過ぎるから、きっとニコラスとは合わないと思うんだ」
「……ローズ王女殿下にも似たような事を言われました」
「そうか」
大公殿下は苦笑いをした。
「ニコラスはね。悪い子ではないんだ」
今までニコラス様にされた事を思うと、とてもじゃないけれど、共感できなかった。彼は大公殿下の前では良い子を演じているのだろうか。
「彼は小さな頃から大人達に酷い事ばかりされて育ったから。人の親切や優しさを簡単には信じないんだ。それに、彼は人の愛し方を知っているかどうかすら怪しい」
大公殿下は薄々、気付いているのかもしれない。彼の愛し方はまともではないと。
ニコラスのエンディングでは、ヒロインは後に軟禁される事が仄めかされていた。彼は彼女を溺愛するあまり、嫉妬心と独占欲が抑えきれなくなってしまったのだ。
━━ニコラス様に執着されているレイチェル嬢も、第一王子宮に閉じ込められるのかしら?
ふと、そんな事を思ってしまった。そして、私はそんな風に愛されたくないとも。
「ああ、ごめん。結婚前に水を差すような事を言ってしまったね」
「いえ……。むしろ、恥ずかしい話ですが、共感できるんです」
「そうか……」
一瞬、沈黙が訪れた。
━━気まずい。
その空気を断ち切るように、大公殿下が上着のポケットから何かを取り出した。
「これを」
差し出されたそれを私は躊躇いながらも受け取った。
それは、トランプ大の金属板だった。中央にボタンのようなものがある。
「これ、なんでしょうか」
「通信の魔導具だよ。ボタンを押せば、対になる魔導具と交信して、話ができるようになるんだ」
大公殿下が試しにボタンを押すと、私の手元の金属板が淡く光り、音を鳴らした。
「ボタンを押してみて?」
言われるがまま押すと、光と音は収まった。
「あー、あー……」
彼が声を発すると、私の手元の魔導具から彼の声が聞こえた。どうやらこの魔導具は、電話のようなものらしい。
「また、ボタンを押せば、通信を終えられるから」
彼はボタンを押し、ポケットの中に戻した。
「どうして、これを?」
「……困った時に、役に立つかと思って」
「でも、そんな時に連絡をしたら、迷惑になりません?」
「それは気にしなくていい」
「でも……」
「むしろ、連絡をもらっても役に立てるかどうか、怪しいし……。それでも、何かしらの力を貸す事は約束するから」
「とてもありがたいですけど。どうして、そこまでしてくれるんですか」
「それは……」
言いかけた彼の視線の先に、ベッキー達の姿が見えた。私は慌てて、魔導具をドレスの袖に隠した。
「おかえり」
「ただいま~」
ベッキーはにこにこ笑いながら、飲み物の入ったボトルを一つくれた。
「ありがと」
「帰りの列車で飲もうね」
「うん」
「それ、ミックスジュースなんだけど、結構美味しいんだ」
「そっか。楽しみにしとく」
「ちょっと早いけど駅に戻る?」
ベッキーは懐中時計を見ながら言った。
「そうだね」
私が言うと、ニュルンデル伯爵は「俺達も戻ろうか」と大公殿下に向かって言った。
私達四人は、駅に戻った。結局、アーサー大公殿下の返答を聞く事はできず、もらった魔導具も袖の中に隠したままになっていた。
そう言って、ベッキーはアーサー大公殿下に向かってにっこり笑う。
「エリーの事、お願いします」
「ちょっと、ベッキー!」
引き止めようとしたけれど、彼女は手を振って、ニュルンデル伯爵と一緒に歩き出してしまった。
「大丈夫かな……」
「あの感じなら平気だと思うけど」
大公殿下は困ったように笑う。
「本当ですか」
「ライオネルの目がギラついていなかったから。あいつ、女の子を口説く時は目付きが変わるんだ」
苦笑混じりに言う彼の様子に、少し安心した。
「伯爵とは仲が良いんですね」
「うん、乳兄弟だからね。長い付き合いなんだ」
そう言うと、彼は「少し歩く?」と誘ってきた。私は頷いて、その隣に並んだ。
「この間は、すまなかった」
「え?」
「ほら、ニコラスとの事で余計な事を言っただろう?」
「ああ……」
「後でローズから聞いたんだ。君達の関係があまり良いものではないって。俺はなるべく王族の後継者争いに関与したくないから、ニコラスやケインの事は意図的に詳しく調べないようにしているんだけど……」
聞いた事がある。国王陛下の兄弟は、アーサー大公殿下を除いて粛正されてしまったと。唯一生き残った彼は、長い不遇の時を過ごし、5年前に大きな功績を立てた。それで今のエイメル公国の主の地位を得たのだ。
「嫌味を言うつもりがなかった事は分かって欲しい」
「勿論ですわ。アーサー大公殿下はそんな人ではありませんから」
私が笑いかけると、彼はほっと息を吐いた。
「やっぱり君は良い人だね」
「それは、大公殿下の方ですわ」
彼は寂しそうな顔で笑った。
「それはどうだろう」
大公殿下はそう言うと、私の顔を見据えた。
「訂正するよ。君はニコラスの妻には相応しくないよ」
突然の彼の発言に戸惑った。
「それは、どういう意味でしょう?」
「君は優し過ぎるから、きっとニコラスとは合わないと思うんだ」
「……ローズ王女殿下にも似たような事を言われました」
「そうか」
大公殿下は苦笑いをした。
「ニコラスはね。悪い子ではないんだ」
今までニコラス様にされた事を思うと、とてもじゃないけれど、共感できなかった。彼は大公殿下の前では良い子を演じているのだろうか。
「彼は小さな頃から大人達に酷い事ばかりされて育ったから。人の親切や優しさを簡単には信じないんだ。それに、彼は人の愛し方を知っているかどうかすら怪しい」
大公殿下は薄々、気付いているのかもしれない。彼の愛し方はまともではないと。
ニコラスのエンディングでは、ヒロインは後に軟禁される事が仄めかされていた。彼は彼女を溺愛するあまり、嫉妬心と独占欲が抑えきれなくなってしまったのだ。
━━ニコラス様に執着されているレイチェル嬢も、第一王子宮に閉じ込められるのかしら?
ふと、そんな事を思ってしまった。そして、私はそんな風に愛されたくないとも。
「ああ、ごめん。結婚前に水を差すような事を言ってしまったね」
「いえ……。むしろ、恥ずかしい話ですが、共感できるんです」
「そうか……」
一瞬、沈黙が訪れた。
━━気まずい。
その空気を断ち切るように、大公殿下が上着のポケットから何かを取り出した。
「これを」
差し出されたそれを私は躊躇いながらも受け取った。
それは、トランプ大の金属板だった。中央にボタンのようなものがある。
「これ、なんでしょうか」
「通信の魔導具だよ。ボタンを押せば、対になる魔導具と交信して、話ができるようになるんだ」
大公殿下が試しにボタンを押すと、私の手元の金属板が淡く光り、音を鳴らした。
「ボタンを押してみて?」
言われるがまま押すと、光と音は収まった。
「あー、あー……」
彼が声を発すると、私の手元の魔導具から彼の声が聞こえた。どうやらこの魔導具は、電話のようなものらしい。
「また、ボタンを押せば、通信を終えられるから」
彼はボタンを押し、ポケットの中に戻した。
「どうして、これを?」
「……困った時に、役に立つかと思って」
「でも、そんな時に連絡をしたら、迷惑になりません?」
「それは気にしなくていい」
「でも……」
「むしろ、連絡をもらっても役に立てるかどうか、怪しいし……。それでも、何かしらの力を貸す事は約束するから」
「とてもありがたいですけど。どうして、そこまでしてくれるんですか」
「それは……」
言いかけた彼の視線の先に、ベッキー達の姿が見えた。私は慌てて、魔導具をドレスの袖に隠した。
「おかえり」
「ただいま~」
ベッキーはにこにこ笑いながら、飲み物の入ったボトルを一つくれた。
「ありがと」
「帰りの列車で飲もうね」
「うん」
「それ、ミックスジュースなんだけど、結構美味しいんだ」
「そっか。楽しみにしとく」
「ちょっと早いけど駅に戻る?」
ベッキーは懐中時計を見ながら言った。
「そうだね」
私が言うと、ニュルンデル伯爵は「俺達も戻ろうか」と大公殿下に向かって言った。
私達四人は、駅に戻った。結局、アーサー大公殿下の返答を聞く事はできず、もらった魔導具も袖の中に隠したままになっていた。
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