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2章 世界で一番嫌いな人
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披露宴が終わると、私はすぐに初夜の準備をさせられた。
身体を洗われて香油を塗られ、ノースリーブで丈の短いネグリジェを着せられた私は、自分の寝室で待つようにと言われた。
白い結婚のために、初夜を何としてでも回避しなければならない。これからの事を思うと嫌な気持ちで溢れ返った。
━━このまま朝までニコラス様が来なければいいのに。
友達と話が弾んで、朝まで飲んでいてくれれば……。そう思っていたけれど、無情にも扉が開かれた。
私は、ベッドの上で身を硬くして、寝たふりを決め込んだ。靴音が近づき、隣りに彼の気配が落ちてくる。
「寝たふりはいいから……」
ニコラス様のつぶやきを無視して、なおも狸寝入りを決め込んでいると、彼はシーツを引き剥がした。そして、ネグリジェの上から胸を揉まれた。
「いやっ!」
私は叫び声をあげて彼の手を振り払った。
「何するんですか!?」
「は?」
ニコラス様は眉間に皺を寄せて私を睨みにつける。
「初夜が何なのか、知らないのか」
「知ってますよ。でも私はニコラス様とそういう事をしたくないんです」
「御託はいい。これは君に課せられた義務だから、さっさと終わらせるぞ」
ネグリジェを脱がせようとする彼の手を叩いた。
「嫌です。絶対に嫌!」
「安心しろ。すぐに終わらせる。痛くもしない」
「そういう問題じゃないんです!」
「うるさいな。いちいち叫ばないでくれ」
彼は面倒臭そうに髪をかきあげる。
「どうして愛する人がいるのに、私とそういう事ができるんですか。私の事なんて少しも好きじゃないくせに」
ニコラス様は鼻で笑った。
「愛なんてなくったって、セックスはできるんだよ。男なんて、そんなものだから」
嘲笑を浮かべた彼は、私の上に覆い被さろうとしてきた。だから、私は衝動的に彼の腹を蹴り上げた。
「っ……!」
そんなに勢いをつけていなかったのだけれど、相当な痛みを与えたらしい。彼は顔を苦痛に歪ませてお腹を押さえた。
逆上され、殴られるかと思った。けれど、彼は、睨みつけるだけで、暴力に訴えかける事はしなかった。
「……もういい」
彼はつぶやくとベッドから降りた。そして、彼の寝室へと続く扉を開けて部屋に入ると、そのまま向こう側から鍵を閉めた。
私はベッドから出ると、こちら側からも鍵を閉めた。体面を重んじる彼が、廊下から回り込んでくることはないはず。これでもう大丈夫だ。
そう思うと、自然と息が漏れた。
※
次の日の朝、朝の支度に訪れた侍女達は、あからさまに困惑の表情を浮かべていた。
ニコラス様が部屋にいない上、シーツにはシミ一つないのだ。初夜が行われなかったのは、誰がどう見ても分かるだろう。
彼女達は、各々の仕事をしつつ、互いに目配せをしていた。
それから、半日も経たないうちに、話が伝わったらしい。血相を変えてやって来た王妃様は、了承もなく部屋に入って来ると、怒鳴り付けて来た。
「どういうつもり!?」
彼女の剣幕に、侍女達は肩を震わせた。
私が何も反応しないでいると、王妃様は対面のソファーに脚を組んで座った。
「弁明の言葉すらないの? 夫に恥を搔かせておいて」
「はい。どうしてもしたくなかったんです」
そう言うと、彼女は酷く顔を歪ませた。
「出来の悪い女だとは思っていたけれど、まさかここまでとはね」
「……」
「あの子の役に立つ行動をできないどころか、穴としての役割すら、満足にできないんですもの」
下品な言葉に顔を歪めると、彼女は嘲笑した。
「あなたには期待していないから、さっさとやる事をやって子供を産んでちょうだい。それも満足に行えないなら、あなたは悲惨な末路を辿るわ」
「……」
「ピンと来てない顔ね。馬鹿だから説明しないと分からない? ニコラスはね、レイチェルに絆されてるの。あの女、見かけによらず、身体を使ってニコラスを支配しているのよ」
「ニコラス様が王妃様よりレイチェル妃を優先する事がそんなに気に入りませんか。それとも、“道具”が思うように扱えなくて不満なのです?」
「今日は随分と生意気なのね。馬鹿の癖に私に噛み付こうだなんて」
「失礼な人に対して尽くす礼節もありませんから。生意気にもなりますよ」
「本当に馬鹿ね。あなたはこのままじゃ、あの女に負ける事が間違いないわ」
「勝つつもりもないので構いません」
王妃様はふんっと鼻で笑った。
「本当に想像力のない子。あの女に負けるという事は、生涯この王宮で幽閉されたも同然の生活を送るという事よ?」
━━その前に何としてでも出て行くわ。
そう思いながら王妃様を見つめると、彼女は甲高い声をあげて笑った。
「ここから逃げられると思ってる? 何か勘違いしていない? 国王陛下が生きている限りあなたとニコラスの離婚を許可しない。陛下が亡くなったとしても、レイチェルはそれを許さないでしょうね」
「レイチェル妃がそんな事をするとは思いません」
国王陛下はともかく、レイチェル妃はそんな事をしないだろうと思った。彼女は無理やり愛人の立場に追いやられた人だから。王太子妃や王妃になれるのなら、家門のためにその身分を手に入れるだろう。けれど、王妃様はそう思わないらしい。
「あの女は生易しくないわ。あなたを王太子妃として可能な限り利用するわよ? あなたを陰で使い倒して、美味しい所だけ持って行って、あなた自身には何の褒美もあげない。あなたが彼女の意向に逆らおうものなら、ニコラスを使って酷い目に合わせようとするでしょうね」
これは、王妃様の妄言だ。私を惑わすためにありもしない事をそれらしく言っているだけ。
そう分かっているのに、心の奥で「そうかもしれない」と思う自分がいた。
身体を洗われて香油を塗られ、ノースリーブで丈の短いネグリジェを着せられた私は、自分の寝室で待つようにと言われた。
白い結婚のために、初夜を何としてでも回避しなければならない。これからの事を思うと嫌な気持ちで溢れ返った。
━━このまま朝までニコラス様が来なければいいのに。
友達と話が弾んで、朝まで飲んでいてくれれば……。そう思っていたけれど、無情にも扉が開かれた。
私は、ベッドの上で身を硬くして、寝たふりを決め込んだ。靴音が近づき、隣りに彼の気配が落ちてくる。
「寝たふりはいいから……」
ニコラス様のつぶやきを無視して、なおも狸寝入りを決め込んでいると、彼はシーツを引き剥がした。そして、ネグリジェの上から胸を揉まれた。
「いやっ!」
私は叫び声をあげて彼の手を振り払った。
「何するんですか!?」
「は?」
ニコラス様は眉間に皺を寄せて私を睨みにつける。
「初夜が何なのか、知らないのか」
「知ってますよ。でも私はニコラス様とそういう事をしたくないんです」
「御託はいい。これは君に課せられた義務だから、さっさと終わらせるぞ」
ネグリジェを脱がせようとする彼の手を叩いた。
「嫌です。絶対に嫌!」
「安心しろ。すぐに終わらせる。痛くもしない」
「そういう問題じゃないんです!」
「うるさいな。いちいち叫ばないでくれ」
彼は面倒臭そうに髪をかきあげる。
「どうして愛する人がいるのに、私とそういう事ができるんですか。私の事なんて少しも好きじゃないくせに」
ニコラス様は鼻で笑った。
「愛なんてなくったって、セックスはできるんだよ。男なんて、そんなものだから」
嘲笑を浮かべた彼は、私の上に覆い被さろうとしてきた。だから、私は衝動的に彼の腹を蹴り上げた。
「っ……!」
そんなに勢いをつけていなかったのだけれど、相当な痛みを与えたらしい。彼は顔を苦痛に歪ませてお腹を押さえた。
逆上され、殴られるかと思った。けれど、彼は、睨みつけるだけで、暴力に訴えかける事はしなかった。
「……もういい」
彼はつぶやくとベッドから降りた。そして、彼の寝室へと続く扉を開けて部屋に入ると、そのまま向こう側から鍵を閉めた。
私はベッドから出ると、こちら側からも鍵を閉めた。体面を重んじる彼が、廊下から回り込んでくることはないはず。これでもう大丈夫だ。
そう思うと、自然と息が漏れた。
※
次の日の朝、朝の支度に訪れた侍女達は、あからさまに困惑の表情を浮かべていた。
ニコラス様が部屋にいない上、シーツにはシミ一つないのだ。初夜が行われなかったのは、誰がどう見ても分かるだろう。
彼女達は、各々の仕事をしつつ、互いに目配せをしていた。
それから、半日も経たないうちに、話が伝わったらしい。血相を変えてやって来た王妃様は、了承もなく部屋に入って来ると、怒鳴り付けて来た。
「どういうつもり!?」
彼女の剣幕に、侍女達は肩を震わせた。
私が何も反応しないでいると、王妃様は対面のソファーに脚を組んで座った。
「弁明の言葉すらないの? 夫に恥を搔かせておいて」
「はい。どうしてもしたくなかったんです」
そう言うと、彼女は酷く顔を歪ませた。
「出来の悪い女だとは思っていたけれど、まさかここまでとはね」
「……」
「あの子の役に立つ行動をできないどころか、穴としての役割すら、満足にできないんですもの」
下品な言葉に顔を歪めると、彼女は嘲笑した。
「あなたには期待していないから、さっさとやる事をやって子供を産んでちょうだい。それも満足に行えないなら、あなたは悲惨な末路を辿るわ」
「……」
「ピンと来てない顔ね。馬鹿だから説明しないと分からない? ニコラスはね、レイチェルに絆されてるの。あの女、見かけによらず、身体を使ってニコラスを支配しているのよ」
「ニコラス様が王妃様よりレイチェル妃を優先する事がそんなに気に入りませんか。それとも、“道具”が思うように扱えなくて不満なのです?」
「今日は随分と生意気なのね。馬鹿の癖に私に噛み付こうだなんて」
「失礼な人に対して尽くす礼節もありませんから。生意気にもなりますよ」
「本当に馬鹿ね。あなたはこのままじゃ、あの女に負ける事が間違いないわ」
「勝つつもりもないので構いません」
王妃様はふんっと鼻で笑った。
「本当に想像力のない子。あの女に負けるという事は、生涯この王宮で幽閉されたも同然の生活を送るという事よ?」
━━その前に何としてでも出て行くわ。
そう思いながら王妃様を見つめると、彼女は甲高い声をあげて笑った。
「ここから逃げられると思ってる? 何か勘違いしていない? 国王陛下が生きている限りあなたとニコラスの離婚を許可しない。陛下が亡くなったとしても、レイチェルはそれを許さないでしょうね」
「レイチェル妃がそんな事をするとは思いません」
国王陛下はともかく、レイチェル妃はそんな事をしないだろうと思った。彼女は無理やり愛人の立場に追いやられた人だから。王太子妃や王妃になれるのなら、家門のためにその身分を手に入れるだろう。けれど、王妃様はそう思わないらしい。
「あの女は生易しくないわ。あなたを王太子妃として可能な限り利用するわよ? あなたを陰で使い倒して、美味しい所だけ持って行って、あなた自身には何の褒美もあげない。あなたが彼女の意向に逆らおうものなら、ニコラスを使って酷い目に合わせようとするでしょうね」
これは、王妃様の妄言だ。私を惑わすためにありもしない事をそれらしく言っているだけ。
そう分かっているのに、心の奥で「そうかもしれない」と思う自分がいた。
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