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2章 世界で一番嫌いな人
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※
ニコラス様の夜の誘いは、ある日を境にぱたりとなくなった。
何がきっかけでそうなったのかは分からないけれど、彼に触れられないで済むと思うと、その理由はどうでもよかった。
私達は、昼間は完璧な新婚夫婦を演じ、夜は別室で眠った。そして、それは、最後に訪れたリュミエール王国でも変わらなかった。
リュミエール王太子夫妻にもてなされた私達は、並び立って微笑んだ。
ニコラス様との結婚を祝う言葉は少しも嬉しくなかったけれど、彼らに他意はないのだ。彼らの善意を無碍にしたくなかったから、私は精一杯、喜んだふりをした。
四人での社交的な話が落ち着くと、エドワード様は、ニコラス様と散歩がてら二人で話がしたいと言った。ニコラス様は愛想笑いを浮かべながらそれを受け入れると、私に視線を送った。
「そっちは任せた」
彼は小声でつぶやくと、エドワード様と行ってしまった。
「エレノア様」
イザベラ様は柔らかな微笑みを浮かべて私を呼んだ。
“氷の令嬢”という不名誉なあだ名をつけられた悪役令嬢は、破滅ルートを回避し、王太子妃になった。彼女はゲームの中では見せなかった愛らしい笑顔が浮かんでいる。
「今日はお天気が良いので、庭園を散歩しませんか」
「ええ。いいですね」
私は彼女に案内されて、庭園に向かった。
そこで目に入ったのは、一面に乱れ咲く花々だった。見頃の花から季節外れのものまで、一様に咲いている。
「これは……」
「隣国から大切なお客様がいらっしゃると聞いて、庭師が張り切ってしまったのです」
イザベラ様は苦笑した。
「もしかして、魔法で?」
「そうなんです。魔法で花に適切な栄養を与える事によって、季節外れのものでも咲かせる事ができるんです」
「それを魔法使いではなく、庭師がやったのですか」
「ええ。この程度の事で魔法使いを呼ぶ必要はありませんから」
リュミエール王国の人々は、魔法を当たり前のように使えるとは聞いていたけれど、まさかこれ程までとは思わなかった。
「エレノア様はニコラス様に花を贈られた事はありますか」
「ええ。お誕生日の際には贈っていましたが……」
彼との関係を少しでも良い物に変えたくて贈っていた事もあったけれど。返ってくるのは、侍従に書かせたであろう形式的なお礼のメッセージだけだった。少しも喜んでくれず、お礼の一言すら自分で書かない彼に、私はいつしか、自分で花を選ぶ事をやめてしまった。
私の返事にイザベラ様は目を輝かせた。
「もうすぐ、エドのお誕生日なので、よければアドバイスをいただけませんか」
「アドバイス、ですか」
「恥ずかしながら、家族以外に花を贈る経験をした事がないのです。ですから、恋人や夫に何を贈れば良いのか私には分からなくて……」
しょんぼりとした様子で悩みを打ち明ける彼女は、やっぱり幸せな結婚生活を手に入れられたのだと思わされた。
「エレノア様ならどんな花を贈りますか」
「ニコラス様は秋生まれなので、秋の花を花束にしてもらいましたね。確か、コスモスやダリアの花が中心になっていたと思います」
「そうですか……。もし、季節関係なしに選べるとしたら、どうします?」
「そうですね……」
ニコラス様に贈る花を考えても、一向に答えは出てこなかった。彼は何を贈っても、きっと反応が返ってこないだろうから。
不意に、アーサー様の顔が頭に浮かんだ。彼なら、どんな花を贈っても、喜んでくれるような気がした。彼は真心を汲み取ってくれる優しさを持っているから━━
虚しさが込み上げてきて、私は小さく頭を振った。そして、微笑むと彼女に向かって言った。
「そんなに難しく考えなくていいと思いますよ? 家族の時と同じように相手の事を思って選んだらどうでしょう」
「エドの事……」
ピンと来ていない様子だったから、もう少し具体的にアドバイスをした。
「エドワード様の好きな花や、二人の思い出の花はありませんか」
イザベラ様は唇に手をあてて、目の前の花をじっと見つめた。そして、目を見開いたかと思うと、私を見た。
「初めてのデートで一緒に見た花でも、大丈夫でしょうか」
「ええ。ステキな贈り物になると思いますよ」
「……あ。でも、エドは初デートで見た花の事を覚えているかしら?」
「もし、覚えていなかったとしたら、教えてあげればいいんですよ。初デートで見た花を今でも覚えているくらい、大切な思い出だって」
イザベラ様ははにかんだ。その顔を見て、私はうらやましいと思ってしまった。
ニコラス様の夜の誘いは、ある日を境にぱたりとなくなった。
何がきっかけでそうなったのかは分からないけれど、彼に触れられないで済むと思うと、その理由はどうでもよかった。
私達は、昼間は完璧な新婚夫婦を演じ、夜は別室で眠った。そして、それは、最後に訪れたリュミエール王国でも変わらなかった。
リュミエール王太子夫妻にもてなされた私達は、並び立って微笑んだ。
ニコラス様との結婚を祝う言葉は少しも嬉しくなかったけれど、彼らに他意はないのだ。彼らの善意を無碍にしたくなかったから、私は精一杯、喜んだふりをした。
四人での社交的な話が落ち着くと、エドワード様は、ニコラス様と散歩がてら二人で話がしたいと言った。ニコラス様は愛想笑いを浮かべながらそれを受け入れると、私に視線を送った。
「そっちは任せた」
彼は小声でつぶやくと、エドワード様と行ってしまった。
「エレノア様」
イザベラ様は柔らかな微笑みを浮かべて私を呼んだ。
“氷の令嬢”という不名誉なあだ名をつけられた悪役令嬢は、破滅ルートを回避し、王太子妃になった。彼女はゲームの中では見せなかった愛らしい笑顔が浮かんでいる。
「今日はお天気が良いので、庭園を散歩しませんか」
「ええ。いいですね」
私は彼女に案内されて、庭園に向かった。
そこで目に入ったのは、一面に乱れ咲く花々だった。見頃の花から季節外れのものまで、一様に咲いている。
「これは……」
「隣国から大切なお客様がいらっしゃると聞いて、庭師が張り切ってしまったのです」
イザベラ様は苦笑した。
「もしかして、魔法で?」
「そうなんです。魔法で花に適切な栄養を与える事によって、季節外れのものでも咲かせる事ができるんです」
「それを魔法使いではなく、庭師がやったのですか」
「ええ。この程度の事で魔法使いを呼ぶ必要はありませんから」
リュミエール王国の人々は、魔法を当たり前のように使えるとは聞いていたけれど、まさかこれ程までとは思わなかった。
「エレノア様はニコラス様に花を贈られた事はありますか」
「ええ。お誕生日の際には贈っていましたが……」
彼との関係を少しでも良い物に変えたくて贈っていた事もあったけれど。返ってくるのは、侍従に書かせたであろう形式的なお礼のメッセージだけだった。少しも喜んでくれず、お礼の一言すら自分で書かない彼に、私はいつしか、自分で花を選ぶ事をやめてしまった。
私の返事にイザベラ様は目を輝かせた。
「もうすぐ、エドのお誕生日なので、よければアドバイスをいただけませんか」
「アドバイス、ですか」
「恥ずかしながら、家族以外に花を贈る経験をした事がないのです。ですから、恋人や夫に何を贈れば良いのか私には分からなくて……」
しょんぼりとした様子で悩みを打ち明ける彼女は、やっぱり幸せな結婚生活を手に入れられたのだと思わされた。
「エレノア様ならどんな花を贈りますか」
「ニコラス様は秋生まれなので、秋の花を花束にしてもらいましたね。確か、コスモスやダリアの花が中心になっていたと思います」
「そうですか……。もし、季節関係なしに選べるとしたら、どうします?」
「そうですね……」
ニコラス様に贈る花を考えても、一向に答えは出てこなかった。彼は何を贈っても、きっと反応が返ってこないだろうから。
不意に、アーサー様の顔が頭に浮かんだ。彼なら、どんな花を贈っても、喜んでくれるような気がした。彼は真心を汲み取ってくれる優しさを持っているから━━
虚しさが込み上げてきて、私は小さく頭を振った。そして、微笑むと彼女に向かって言った。
「そんなに難しく考えなくていいと思いますよ? 家族の時と同じように相手の事を思って選んだらどうでしょう」
「エドの事……」
ピンと来ていない様子だったから、もう少し具体的にアドバイスをした。
「エドワード様の好きな花や、二人の思い出の花はありませんか」
イザベラ様は唇に手をあてて、目の前の花をじっと見つめた。そして、目を見開いたかと思うと、私を見た。
「初めてのデートで一緒に見た花でも、大丈夫でしょうか」
「ええ。ステキな贈り物になると思いますよ」
「……あ。でも、エドは初デートで見た花の事を覚えているかしら?」
「もし、覚えていなかったとしたら、教えてあげればいいんですよ。初デートで見た花を今でも覚えているくらい、大切な思い出だって」
イザベラ様ははにかんだ。その顔を見て、私はうらやましいと思ってしまった。
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