【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

文字の大きさ
85 / 103
2章 世界で一番嫌いな人

31

しおりを挟む
 それからしばらくして、ニコラス様とエドワード様は帰って来た。
「ニコラス様とのお話はいかがでしたか」
 イザベラ様が穏やかに語りかけると、エドワード様は、「とても有意義な時間だったよ」と微笑んだ。それから、彼はちらりとニコラス様を見た。視線の合ったニコラス様は、作り笑いを浮かべる。
「そうですか。楽しい時間を過ごせたようで良かったです」
 純真に喜ぶ彼女に対して、ニコラス様は貼り付いた笑顔を崩す事はなかった。私はそれが意味深だと思いながらも、指摘する気は全く起こらず、黙って見過ごした。







 リュミエール王国での2週間の滞在を終えて、私達は、ロズウェル王国に帰還した。
 ニコラス様は馬車を降りると、私をエスコートする事なく去って行った。彼がどこに行くのかは、考えるまでもなかった。

「あんな女のどこがいいんだか……」
 侍女の一人がつぶやいたのを私はそっと窘めた。
「そんな風に悪く言わないで。彼女もニコラス様の妻なのよ」
 私の言葉に侍女は不服そうにしていたけれど、それ以上、何も言わなかった。
 私は自室に戻ると、侍女達を下がらせて一人になった。
 そうして、私はようやく一息吐けた。

 ━━疲れた。

 ロズウェル王国の王太子妃として、対外的にニコラス様の良き妻を演じる日々がようやく終わった。そう思うと、嬉しさが込み上げてくる。

 私はごろんとソファーに寝転ぶと部屋の中をぼんやりと眺めた。風に揺らめくカーテン、日に照らされたデスク。そして、視線は引き出しへと移った。
 その中にある通信機の魔導具が、最後に会った日のアーサー様を思い浮かばせる。

 レイチェル妃との関係を心配しつつも私の意見を尊重してくれた時の真剣な眼差し。開発した魔導具について説明をして、これからの夢を熱く語っていた無邪気な笑顔。
 目を閉じても、脳裏に焼き付いているかのように、彼の顔が消える事はなかった。

 ━━会いたい。

 きっと、すごく疲れているせいだ。大嫌いな人とずっと一緒にいたから。冷たくて、自分勝手な人と仲の良いふりをしていたから。
 だから、アーサー様の優しさに触れたいと思うんだ━━

 私は、起き上がるとデスクへと向かった。そして、引き出しを開けて、通信機を手に取った。
 そのボタンを押そうとした瞬間、コンコンと扉がノックされた。
「エレノア様、ローズ王女殿下からお茶のお誘いがございました。いかがなさいますか」
 扉越しに侍女がそう言う中で、私は通信機を慌てて引き出しに戻した。
「今行くわ」
 そう言うと、私は足早に扉を開けた。







 ローズ王女殿下の待つ温室に向かうと、彼女は椅子に腰掛けて優雅に読書をしていた。ベッキーが声をかけると、王女殿下は本に栞を挟んだ。
「久しぶりね」
 彼女は笑うと、私に席に着くようにと促した。私が座ると、早速お茶が出される。

「新婚旅行はどうだった?」
 正直に「最悪な旅だった」と答えるわけにもいかず。私は、各国の文化や要人の印象を話した。
 王女殿下は、相槌を打ちながら、笑顔で話を聞いてくれた。私が話を終えると、彼女は言った。
「外交行事としては大成功だったのね」
「はい。新婚旅行の中で、新たな協定の取り決めや、国際交流の兆しも見え始めましたから」
「それは良い事だわ」
 ローズ王女殿下はそう言うとカップのお茶をじっと見つめた。

「……ニコラスとは相変わらずなの?」
 その質問に、顔が強張りそうになった。
「はい」
 喉の奥がつっかえて、短い返事しかできなかった。そのせいで、深くツッコまれるかと思ったけれど。王女殿下は、一瞬、難しい表情をしてこう言った。

「ニコラスとの関係が改善できないのなら、今まで通り、社交活動を頑張らないとね」
 彼女はそう言うと、ベッキーに視線を向けた。ベッキーは頷くと、封筒と資料を王女殿下に手渡した。
「エレノア妃の投資した魔導具の開発事業に進展があったみたいなの。まだ正式には発表されていないけれど、内々に報告があったのよ」
 ローズ王女殿下は資料をめくり、私にそれを見せてくれた。
 新たな技術者を他国から引き抜いた事。機体部分の素材を変更した所、走行スピードに安定性が増した事。そして、これからはエンジンの改良に取り組むと書かれていた。

「すごいですね。たった数ヶ月でこんなに進展があるだなんて」
「ええ、そうね。投資した王太子妃の先見の明も評価されるでしょう」
 ローズ王女殿下はそう言って封筒の中からカードを取り出した。
「今度、ニュルンデル伯爵が新たな魔導技術のお披露目を兼ねたパーティーをするそうなの。アーサーお兄様は、エレノア妃も誘って良いものか悩んでいるそうなのだけれど……。参加するのよね?」
「できれば、そうしたいのですが……」

 久しぶりにアーサー様と会いたいし、魔導具の開発の話だって聞きたい。
 でも、彼が私を呼ぶ事に戸惑いを感じているのなら、行かない方が良いのではないかと躊躇ってしまう。

「何か予定があるの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「それなら、参加すべきよ。変な遠慮はいらないわ」
 ローズ王女殿下は「ライオネルには、参加する意向を伝えておくから」と言ってお茶を飲んだ。それを強引と思いつつも、胸の奥に湧いた小さな喜びを、否定できなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...