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2章 世界で一番嫌いな人
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※
それから数日間は、私にとっては平和な一時だった。ニコラス様がレイチェル妃の部屋に籠もっていたからだ。
侍女達はそれを快く思わなかったようで、時折、彼女の悪口をこぼしていた。私は、その度に注意していたのだけれど……。
「妃殿下はこれで本当に良いんですか!?」
侍女の一人であるサーシアス男爵夫人は厳しい顔付きで問いかけてくると、近くにいた年配の侍女は慌てた様子でそれを咎めた。
「サーシアス男爵夫人、妃殿下に対してなんて口を利くの!? 出過ぎたマネはやめなさい」
彼女の言っている事も分かる。
しかし、サーシアス男爵夫人は、私を心配してくれての発言だった。彼女はニコラス様の同級生で、彼がレイチェル妃に入れ込んでいるのを見てきた人だったから。
「謝りなさい」
謝罪を促す年配の侍女を私は宥めた。
「しなくていいわ。私を思っての発言だと思うから」
「ですが……」
「でもね」
私が言葉を続けると、二人の顔に緊張が走った。
「夜の営みは、レイチェル妃に任せるって決めているの。その決め事に口を挟むのはやめてちょうだい」
そう言うと、二人は何とも言えない表情で私を見た。
━━そんなに、いけない事なのかしら?
レイチェル妃は、彼の事を嫌っていながらも、そういう事に耐性はあるみたいだったから。そういう役割は彼女に任せて、私は王太子妃として昼の仕事を全うすればいいのではないかしら。
今回の新婚旅行を経て、そう思うようになった。
サーシアス男爵夫人が口を開こうとした時、年配の侍女は、彼女を制止した。彼女は険しい顔付きで男爵夫人に向かって首を振る。どうやら、私のこの考えは他人には理解し難い物だったようだ。
私はこれ以上、その話をするのが嫌で、二人に下がるように命令した。
サーシアス男爵は、納得がいかなかったのか、悔しそうな顔をしていたけれど、私はそれから目を逸らした。
※
5日後の昼、レイチェル妃の侍女が手紙を渡しに来た。
中身を確認すると、新婚旅行前に送った手紙の返事だった。
予算の使い道は王太子妃である私が決める事だから、これからはレイチェル妃に教える必要はないと書かれていた。
予想していた反応ではあったけれど、ほんの少し寂しい気持ちになった。
私は手紙を処分するようにと、サーシアス男爵夫人に手渡した。彼女はそれを手に部屋を後にした。
それを見届けてから、私は出かける準備を始めた。ニュルンデル伯爵家で開催されるパーティーに参加するのだ。
久しぶりにアーサー様や伯爵に会えると思うと、長らく感じていなかった安心感が胸に満ちてきた。
それに、今日はベッキーもパーティーに来るのだという。私は明るい気分で支度を終えて、ニュルンデル伯爵家に向かった。
私がパーティー会場に到着した時、すでにベッキーは来ていた。
彼女は男の人に囲まれていて、困り顔で対応していたけれど。私を見つけるなり、話を切り上げて駆け寄ってきた。
「久しぶりね」
1週間程前に、王女殿下のもとで会っていたけれど。友人としてこうして会うのは久しぶりだった。
ベッキーは私の挨拶にツッコミを入れてくると思いきや━━
「ああ! 我が救世主よ……!」
そんな事を言って手を握った。
「どうしたの?」
「嫌なモテ期が来ちゃった!」
「え?」
ベッキーは小声で言った。
「私がローズ王女殿下に重用されてるって思われてるみたいで……。野心が見え見えな人達が近づいて来てたから、困ってたのよ」
「ああ……」
私も王太子妃になってからというもの、権力志向の強い人に囲まれる機会は格段に増えたけれど、まさかベッキーまでそうなっているとは思わなかった。
「でも、良い人も中にはいるんじゃない?」
「そうかな? 私の勘では理想の男の人はいないかな」
「ベッキーは理想が高いものね」
私が苦笑交じりに言うと、彼女は「えへへ」と笑った。
「それなりに顔が良くて、学もあって、お金に不自由のない、伯爵以上の爵位を持つ人。そんな人じゃないと、私はわざわざお付き合いしようとは思わないわ」
改めて聞いてみると、中々な条件だ。けれど、ニュルンデル伯爵はそれを満たしているのではないかと思った。
「どうしたの? 何か変な事、考えてない?」
図星を突かれて、私は笑って誤魔化した。
ベッキーが追及をしようとした時、アーサー様が来場するのが見えた。
彼は私達を見つけると、こちらに向かって来た。
「二人とも、久しぶりだね」
気さくに声をかけたアーサー様に、ベッキーは礼儀正しくお辞儀をした。
「ごきげんよう。アーサー殿下」
彼女の挨拶に対して、アーサー様は笑顔を向けた。
「今日はお仕事モードなのかな?」
「そういうわけではありませんが、公の場ですので、王女殿下の侍女として恥じない振る舞いをしようかと」
「それは賢明な判断だけど、ちょっと寂しいかな」
二人の自然な距離感と笑顔が、なぜか心に小さな針を刺したようだった。その胸のざわめきが何なのか、自分でも分からずに戸惑っていた。
それから数日間は、私にとっては平和な一時だった。ニコラス様がレイチェル妃の部屋に籠もっていたからだ。
侍女達はそれを快く思わなかったようで、時折、彼女の悪口をこぼしていた。私は、その度に注意していたのだけれど……。
「妃殿下はこれで本当に良いんですか!?」
侍女の一人であるサーシアス男爵夫人は厳しい顔付きで問いかけてくると、近くにいた年配の侍女は慌てた様子でそれを咎めた。
「サーシアス男爵夫人、妃殿下に対してなんて口を利くの!? 出過ぎたマネはやめなさい」
彼女の言っている事も分かる。
しかし、サーシアス男爵夫人は、私を心配してくれての発言だった。彼女はニコラス様の同級生で、彼がレイチェル妃に入れ込んでいるのを見てきた人だったから。
「謝りなさい」
謝罪を促す年配の侍女を私は宥めた。
「しなくていいわ。私を思っての発言だと思うから」
「ですが……」
「でもね」
私が言葉を続けると、二人の顔に緊張が走った。
「夜の営みは、レイチェル妃に任せるって決めているの。その決め事に口を挟むのはやめてちょうだい」
そう言うと、二人は何とも言えない表情で私を見た。
━━そんなに、いけない事なのかしら?
レイチェル妃は、彼の事を嫌っていながらも、そういう事に耐性はあるみたいだったから。そういう役割は彼女に任せて、私は王太子妃として昼の仕事を全うすればいいのではないかしら。
今回の新婚旅行を経て、そう思うようになった。
サーシアス男爵夫人が口を開こうとした時、年配の侍女は、彼女を制止した。彼女は険しい顔付きで男爵夫人に向かって首を振る。どうやら、私のこの考えは他人には理解し難い物だったようだ。
私はこれ以上、その話をするのが嫌で、二人に下がるように命令した。
サーシアス男爵は、納得がいかなかったのか、悔しそうな顔をしていたけれど、私はそれから目を逸らした。
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5日後の昼、レイチェル妃の侍女が手紙を渡しに来た。
中身を確認すると、新婚旅行前に送った手紙の返事だった。
予算の使い道は王太子妃である私が決める事だから、これからはレイチェル妃に教える必要はないと書かれていた。
予想していた反応ではあったけれど、ほんの少し寂しい気持ちになった。
私は手紙を処分するようにと、サーシアス男爵夫人に手渡した。彼女はそれを手に部屋を後にした。
それを見届けてから、私は出かける準備を始めた。ニュルンデル伯爵家で開催されるパーティーに参加するのだ。
久しぶりにアーサー様や伯爵に会えると思うと、長らく感じていなかった安心感が胸に満ちてきた。
それに、今日はベッキーもパーティーに来るのだという。私は明るい気分で支度を終えて、ニュルンデル伯爵家に向かった。
私がパーティー会場に到着した時、すでにベッキーは来ていた。
彼女は男の人に囲まれていて、困り顔で対応していたけれど。私を見つけるなり、話を切り上げて駆け寄ってきた。
「久しぶりね」
1週間程前に、王女殿下のもとで会っていたけれど。友人としてこうして会うのは久しぶりだった。
ベッキーは私の挨拶にツッコミを入れてくると思いきや━━
「ああ! 我が救世主よ……!」
そんな事を言って手を握った。
「どうしたの?」
「嫌なモテ期が来ちゃった!」
「え?」
ベッキーは小声で言った。
「私がローズ王女殿下に重用されてるって思われてるみたいで……。野心が見え見えな人達が近づいて来てたから、困ってたのよ」
「ああ……」
私も王太子妃になってからというもの、権力志向の強い人に囲まれる機会は格段に増えたけれど、まさかベッキーまでそうなっているとは思わなかった。
「でも、良い人も中にはいるんじゃない?」
「そうかな? 私の勘では理想の男の人はいないかな」
「ベッキーは理想が高いものね」
私が苦笑交じりに言うと、彼女は「えへへ」と笑った。
「それなりに顔が良くて、学もあって、お金に不自由のない、伯爵以上の爵位を持つ人。そんな人じゃないと、私はわざわざお付き合いしようとは思わないわ」
改めて聞いてみると、中々な条件だ。けれど、ニュルンデル伯爵はそれを満たしているのではないかと思った。
「どうしたの? 何か変な事、考えてない?」
図星を突かれて、私は笑って誤魔化した。
ベッキーが追及をしようとした時、アーサー様が来場するのが見えた。
彼は私達を見つけると、こちらに向かって来た。
「二人とも、久しぶりだね」
気さくに声をかけたアーサー様に、ベッキーは礼儀正しくお辞儀をした。
「ごきげんよう。アーサー殿下」
彼女の挨拶に対して、アーサー様は笑顔を向けた。
「今日はお仕事モードなのかな?」
「そういうわけではありませんが、公の場ですので、王女殿下の侍女として恥じない振る舞いをしようかと」
「それは賢明な判断だけど、ちょっと寂しいかな」
二人の自然な距離感と笑顔が、なぜか心に小さな針を刺したようだった。その胸のざわめきが何なのか、自分でも分からずに戸惑っていた。
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