【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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2章 世界で一番嫌いな人

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 私達は、飲み物を片手にテラスへと足を運んだ。
 人気のないテラスは、会場とは違って静かな場所だった。アーサー様はベンチに座ると、深く息を吐いた。
「やっと落ち着ける」
 彼はそう言うと、少し疲れた表情で髪をかきあげた。
「お疲れ様です」
 そう言ってグラスを差し出すと、彼は軽くグラスを合わせた。そして、勢いよくお酒を飲んだ。

「すまないね、俺に付き合わせて。話したい人はもっといただろう?」
 私は首を振った。
「実は私も疲れていたんです」
 今日会った人達は学生時代のような“ただの友達”ではない。みんな良い人達だし、嫌いではないけれど、どうしても利害関係が絡んでくるから、気疲れをしてしまう。

「意外だな」
 アーサー様は笑った。
「社交活動に熱心だし、笑顔の絶えない人だから。人付き合いは全然苦にならないタイプだと思ってた」
「そんな事は……。人とのおしゃべりは楽しいですけど、疲れる時は疲れますから。……それより、アーサー様こそ、こんな風に疲れてしまうなんて、意外ですよ?」
「ああ……」
 彼は目線を下に落とした。

「令嬢達がしつこく言い寄ってくるのが、どうしても堪えてしまうんだよ」
 さっきの情景が頭に浮かぶ。そんなに嫌がっているようには見えなかったけれど。それ程、彼が大人なのだという事だろう。

「……理想の女性は見つかりませんか」
 ぽつりと漏らした言葉に、アーサー様は反応した。
「どうしたの、急に?」
 彼は私の顔をじっと見つめた。
「ニュルンデル伯爵が言っていたんです。アーサー様の理想が高いって」
「俺自身は、そんなに高いとは思わないんだけどね」
 アーサー様は苦笑いをした。

 私は目を伏せて、彼から視線を外した。
「どんな人が、好みなんですか」
 恐る恐る尋ねると、彼は穏やかな口調で答えた。
「優しくて、明るくて、俺の夢に理解のある人かな……」
「何だ……。全然普通の人ですね」
 絶世の美女とか、世紀の天才発明家だとか、そんなものだと思っていたのに。彼の理想の人は、言ってしまえば“どこにでもいそうな人”だった。

「それが意外といないんだよ」
「そうなんですか」
「うん。俺に近付いてくる人は、“大公妃”の地位を意識する人がほとんどだから。それに、魔導列車が開通してからというもの、金銭目当ての人まで現れて……」
 顔をあげて見ると、彼は寂しそうに笑っていた。そして、グラスに残っていたお酒を一気にあおった。

「……それ、強いお酒なんじゃ?」
「たまにはいいじゃないか」
 彼はそういうと空のグラスをテーブルに置いた。

 ━━ヤケになってない?

 彼は下心を見せてくる女性達に、ほとほと疲れさせられているのかもしれない。そう思ったから、私は言った。

「大丈夫ですよ。まだ出会っていないだけで、アーサー様の理想の女性はきっとどこかにいますから」
 慰めの言葉をかけると、彼はふっと笑った。

「もう出会ってるよ……」
「え?」

 ━━どこの、誰と?

 焦燥が私の身体を駆け巡る中、彼は静かに語った。
「ただ、彼女にはすでに伴侶がいて、俺が想いを寄せる事すら憚られる地位にいるから……」
 既婚者であり、身分が高い女性。それに、彼の夢に理解のある人となると━━

 ━━まさか、私の事……?

 そんなおこがましい考えを私自身が否定する前に、アーサー様はつぶやいた。

「今のは忘れてくれ」

 私は何が起こったのか分からなくて、ただ黙ったまま、戸惑う事しかできなかった。







 あの日、私達はギクシャクした空気のまま別れてしまった。
 アーサー様の言った事の真意も分からず、私は胸にモヤモヤを抱えたまま王宮に帰った。けれど、はっきりと分かった事がある。それは、私がアーサー様を好きなのだという事━━

 彼の理想の女性が「私のはずがない」と思う一方で、「そうであればいい」と思う自分がいる事に気付いたのだ。
 思えば、優しくて気遣いのできるアーサー様は、私にとっても理想のパートナーだった。ニコラス様がくれないものを、アーサー様は自然に与えてくれた。

 ━━彼に好きだと言えたらどんなに楽だろう。

 自分の気持ちに気付いてから何度そう思った事か。
 しかし、そうしてしまったら、彼を困らせてしまう事が目に見えているから。私は自分の気持ちに蓋をして、今まで通りの関係でいると決めた。
 自分では自然にやれているつもりだった。彼と会った時に特別な反応をしなかったから。

 でも、私と親しい人の目は誤魔化せなかった。ベッキーは私の気持ちを、私よりも前に気が付いていた。そして、私の彼を慕う気持ちがどんどん大きくなっている事にも。
 彼女にはすごく心配されて「もうアーサー様と会うのはやめたら?」と言われてしまった。

「それは難しいかな。社交活動や投資の話にも影響が出るし」
「でも、変な噂になったらエリーの立場が……」
「大丈夫だよ。この気持ちをアーサー様に伝えるつもりはないから」
 もし伝えるなら、それは、王太子妃の座を降りた時だ。それまでは、絶対に彼には想いを告げない。

 ━━早く、ニコラス様との離婚が成立しますように。

 そんな事を考えている最中、ベッキーは言った。
「でも、多分、ローズ王女殿下も気付いてるよ?  王女殿下は噂にしないと思うけど。他の人にバレたらどうなるか……」
「みんな不敬罪が怖いから言えないと思うよ?」
 少しおどけてみても、ベッキーは笑ってくれなかった。
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