90 / 103
2章 世界で一番嫌いな人
36
しおりを挟む
「……まさか」
ニコラス様の動きがぴたりと止まった。
「叔父上とそういう関係なのか」
「違います!」
きっぱりと否定した。
「ならどうして、今、叔父上の名を出したんだ?」
私とアーサー様の関係が疑われている。このままでは、彼に迷惑をかけてしまうから━━
「アーサー様とは本当に何もありません。ただ、私が、一方的に好きなんです」
ニコラス様は真偽を見定めているのか、私の顔をじっと見つめる。
「アーサー様は、あなたと違って優しくて、良い人だから。どうしても、あんな人と結婚できたら幸せだったと思ってしまうんです」
酷い事を言っていると自覚はある。でも、これくらいはっきりと言わなければ、ニコラス様にまた身体を触れられてしまいそうだと思った。
私が罪悪感に襲われる中、ニコラス様はふっと笑った。
「そうか。それなら、叔父上とヤッて子供を作って来い」
彼は平然とそう言い放った。
━━何でこんな酷い事が言えるの!?
彼の心ない言葉に、込み上げてくる涙を止める事などできなかった。
「嫌です!」
私は叫んだ。
アーサー様を私とニコラス様の問題に巻き込みたくない。彼との関係を不倫という形に変えたくない。そして何より、彼との子を、ニコラス様の子として育てるなんて、絶対に堪えられないに決まっている。
「それならなぜ俺に話をしたんだ?」
彼の問いに、心の奥が冷えていくのを感じた。
「離婚して下さい」
「は?」
「離婚して下さい!」
私はしゃくりあげながら同じ言葉を繰り返すと、ニコラス様は舌打ちをした。
「俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも? 叔父上は『ロズウェル王国の後継者争いに今後も絶対に関与しない』という条件でエイメル大公となったんだ。それなのに、ロズウェルの王太子の妻を寝取るような真似を彼がすると思っているのか」
アーサー様と結ばれる可能性はないのだと現実を突き付けられて、私は胸が引き裂かれそうになった。
「叔父上との不倫は認めてやる。彼の子を産み、俺の子として育てるのならな。だから、つまらない理由でいちいち離婚だと騒ぎ立てないでくれ」
ニコラス様は面倒くさそうにそう言うと、内扉を使って、隣室へと消えた。
私は一人取り残された部屋で、涙を流し続けた。
※
それから、数日間は、まともに眠れなかった。
ニコラス様にアーサー様の事をしゃべってしまった後悔と、これからアーサー様にかけてしまう迷惑の事を考えると、気が気でなかった。
そして、時折、ニコラス様に言われた言葉が頭の中で木霊する。
“俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも?”
アーサー様と結婚したいだなんて、考えた事もなかった。けれど、あの言葉に胸を刺すような痛みをずっと与えられて━━
私は、自分が思っていた以上に、彼を求めていたのかもしれない。
そんな風に思ったら、心が暗く沈んでいった。
「妃殿下。今日はお天気が良いですよ」
サーシアス男爵夫人はそう言って笑った。
「……そうね」
「王子宮の庭の花々が丁度、見頃の季節ですし、散歩をなさってはいかがでしょう?」
花を見たい気分ではなかったのだけれど、その提案が、彼女なりの気遣いだと分かったから、私は頷いた。
私はサーシアス男爵夫人を含む数人の侍女達とともに庭へと向かった。王子宮の庭は王宮の庭園や王女殿下の温室に比べれば小さいと言われるけれど、それでも広く感じられた。
私達は咲き誇る花々をゆっくりと眺めながら歩いていた。
「綺麗ね」
侍女達に向かって言うと、彼女達は微笑んで頷いた。綺麗な花を見ていると、ほんの少しだけれど、憂鬱な気持ちが晴れたような気がした。
穏やかな春風が頬を撫でるのを心地良いと思いながら、奥へと歩みを進める。風は花を揺らしながら、誰かの話し声を伝えてきた。
━━誰かいるの?
明るく弾んだ男女の声に惹きつけられて、私は声のする方へと向かった。
そして、私は見てしまったのだ。ニコラス様に優しく微笑みかけるレイチェル妃の姿を━━
柔らかな口元。
ほんのりと赤く染まった頬。
慈しみが溢れる瞳。
その全てが、彼女の表情が偽物でないと物語っていた。
━━レイチェル妃は、ニコラス様を愛している。
直感的にそう思うと同時に、めまいを感じた。足元がふらつき、そのはずみで、小枝を踏んでしまった。パキリという音が鳴り響き、二人は私の存在に気が付いた。
「ごきげんよう、妃殿下」
レイチェル妃は私に対して、いつもの作り笑いを向けてきた。
その表情が、さっきの笑顔に込められた愛情を際立たせてしまっていて……。
私は、挨拶もせずに、怒りに身をまかせて踵を返した。
━━何が、「大嫌い」よ。「ハッピーエンドではない」と言っていた癖に……。
レイチェル妃は結局、ニコラス様を愛した。仕方なく、一緒にいる事になったのだと言っていたのに。
彼女は私と違って愛する人と一緒にいられる。それを“幸せな結末”と呼ばずに、何と言うのだろう。
ニコラス様の動きがぴたりと止まった。
「叔父上とそういう関係なのか」
「違います!」
きっぱりと否定した。
「ならどうして、今、叔父上の名を出したんだ?」
私とアーサー様の関係が疑われている。このままでは、彼に迷惑をかけてしまうから━━
「アーサー様とは本当に何もありません。ただ、私が、一方的に好きなんです」
ニコラス様は真偽を見定めているのか、私の顔をじっと見つめる。
「アーサー様は、あなたと違って優しくて、良い人だから。どうしても、あんな人と結婚できたら幸せだったと思ってしまうんです」
酷い事を言っていると自覚はある。でも、これくらいはっきりと言わなければ、ニコラス様にまた身体を触れられてしまいそうだと思った。
私が罪悪感に襲われる中、ニコラス様はふっと笑った。
「そうか。それなら、叔父上とヤッて子供を作って来い」
彼は平然とそう言い放った。
━━何でこんな酷い事が言えるの!?
彼の心ない言葉に、込み上げてくる涙を止める事などできなかった。
「嫌です!」
私は叫んだ。
アーサー様を私とニコラス様の問題に巻き込みたくない。彼との関係を不倫という形に変えたくない。そして何より、彼との子を、ニコラス様の子として育てるなんて、絶対に堪えられないに決まっている。
「それならなぜ俺に話をしたんだ?」
彼の問いに、心の奥が冷えていくのを感じた。
「離婚して下さい」
「は?」
「離婚して下さい!」
私はしゃくりあげながら同じ言葉を繰り返すと、ニコラス様は舌打ちをした。
「俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも? 叔父上は『ロズウェル王国の後継者争いに今後も絶対に関与しない』という条件でエイメル大公となったんだ。それなのに、ロズウェルの王太子の妻を寝取るような真似を彼がすると思っているのか」
アーサー様と結ばれる可能性はないのだと現実を突き付けられて、私は胸が引き裂かれそうになった。
「叔父上との不倫は認めてやる。彼の子を産み、俺の子として育てるのならな。だから、つまらない理由でいちいち離婚だと騒ぎ立てないでくれ」
ニコラス様は面倒くさそうにそう言うと、内扉を使って、隣室へと消えた。
私は一人取り残された部屋で、涙を流し続けた。
※
それから、数日間は、まともに眠れなかった。
ニコラス様にアーサー様の事をしゃべってしまった後悔と、これからアーサー様にかけてしまう迷惑の事を考えると、気が気でなかった。
そして、時折、ニコラス様に言われた言葉が頭の中で木霊する。
“俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも?”
アーサー様と結婚したいだなんて、考えた事もなかった。けれど、あの言葉に胸を刺すような痛みをずっと与えられて━━
私は、自分が思っていた以上に、彼を求めていたのかもしれない。
そんな風に思ったら、心が暗く沈んでいった。
「妃殿下。今日はお天気が良いですよ」
サーシアス男爵夫人はそう言って笑った。
「……そうね」
「王子宮の庭の花々が丁度、見頃の季節ですし、散歩をなさってはいかがでしょう?」
花を見たい気分ではなかったのだけれど、その提案が、彼女なりの気遣いだと分かったから、私は頷いた。
私はサーシアス男爵夫人を含む数人の侍女達とともに庭へと向かった。王子宮の庭は王宮の庭園や王女殿下の温室に比べれば小さいと言われるけれど、それでも広く感じられた。
私達は咲き誇る花々をゆっくりと眺めながら歩いていた。
「綺麗ね」
侍女達に向かって言うと、彼女達は微笑んで頷いた。綺麗な花を見ていると、ほんの少しだけれど、憂鬱な気持ちが晴れたような気がした。
穏やかな春風が頬を撫でるのを心地良いと思いながら、奥へと歩みを進める。風は花を揺らしながら、誰かの話し声を伝えてきた。
━━誰かいるの?
明るく弾んだ男女の声に惹きつけられて、私は声のする方へと向かった。
そして、私は見てしまったのだ。ニコラス様に優しく微笑みかけるレイチェル妃の姿を━━
柔らかな口元。
ほんのりと赤く染まった頬。
慈しみが溢れる瞳。
その全てが、彼女の表情が偽物でないと物語っていた。
━━レイチェル妃は、ニコラス様を愛している。
直感的にそう思うと同時に、めまいを感じた。足元がふらつき、そのはずみで、小枝を踏んでしまった。パキリという音が鳴り響き、二人は私の存在に気が付いた。
「ごきげんよう、妃殿下」
レイチェル妃は私に対して、いつもの作り笑いを向けてきた。
その表情が、さっきの笑顔に込められた愛情を際立たせてしまっていて……。
私は、挨拶もせずに、怒りに身をまかせて踵を返した。
━━何が、「大嫌い」よ。「ハッピーエンドではない」と言っていた癖に……。
レイチェル妃は結局、ニコラス様を愛した。仕方なく、一緒にいる事になったのだと言っていたのに。
彼女は私と違って愛する人と一緒にいられる。それを“幸せな結末”と呼ばずに、何と言うのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜
abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。
シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。
元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。
現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。
"容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。
皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。
そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時……
「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」
突然思い出した自らの未来の展開。
このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。
「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」
全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!?
「リヒト、婚約を解消しましょう。」
「姉様は僕から逃げられない。」
(お願いだから皆もう放っておいて!)
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる