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2章 世界で一番嫌いな人
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「……まさか」
ニコラス様の動きがぴたりと止まった。
「叔父上とそういう関係なのか」
「違います!」
きっぱりと否定した。
「ならどうして、今、叔父上の名を出したんだ?」
私とアーサー様の関係が疑われている。このままでは、彼に迷惑をかけてしまうから━━
「アーサー様とは本当に何もありません。ただ、私が、一方的に好きなんです」
ニコラス様は真偽を見定めているのか、私の顔をじっと見つめる。
「アーサー様は、あなたと違って優しくて、良い人だから。どうしても、あんな人と結婚できたら幸せだったと思ってしまうんです」
酷い事を言っていると自覚はある。でも、これくらいはっきりと言わなければ、ニコラス様にまた身体を触れられてしまいそうだと思った。
私が罪悪感に襲われる中、ニコラス様はふっと笑った。
「そうか。それなら、叔父上とヤッて子供を作って来い」
彼は平然とそう言い放った。
━━何でこんな酷い事が言えるの!?
彼の心ない言葉に、込み上げてくる涙を止める事などできなかった。
「嫌です!」
私は叫んだ。
アーサー様を私とニコラス様の問題に巻き込みたくない。彼との関係を不倫という形に変えたくない。そして何より、彼との子を、ニコラス様の子として育てるなんて、絶対に堪えられないに決まっている。
「それならなぜ俺に話をしたんだ?」
彼の問いに、心の奥が冷えていくのを感じた。
「離婚して下さい」
「は?」
「離婚して下さい!」
私はしゃくりあげながら同じ言葉を繰り返すと、ニコラス様は舌打ちをした。
「俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも? 叔父上は『ロズウェル王国の後継者争いに今後も絶対に関与しない』という条件でエイメル大公となったんだ。それなのに、ロズウェルの王太子の妻を寝取るような真似を彼がすると思っているのか」
アーサー様と結ばれる可能性はないのだと現実を突き付けられて、私は胸が引き裂かれそうになった。
「叔父上との不倫は認めてやる。彼の子を産み、俺の子として育てるのならな。だから、つまらない理由でいちいち離婚だと騒ぎ立てないでくれ」
ニコラス様は面倒くさそうにそう言うと、内扉を使って、隣室へと消えた。
私は一人取り残された部屋で、涙を流し続けた。
※
それから、数日間は、まともに眠れなかった。
ニコラス様にアーサー様の事をしゃべってしまった後悔と、これからアーサー様にかけてしまう迷惑の事を考えると、気が気でなかった。
そして、時折、ニコラス様に言われた言葉が頭の中で木霊する。
“俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも?”
アーサー様と結婚したいだなんて、考えた事もなかった。けれど、あの言葉に胸を刺すような痛みをずっと与えられて━━
私は、自分が思っていた以上に、彼を求めていたのかもしれない。
そんな風に思ったら、心が暗く沈んでいった。
「妃殿下。今日はお天気が良いですよ」
サーシアス男爵夫人はそう言って笑った。
「……そうね」
「王子宮の庭の花々が丁度、見頃の季節ですし、散歩をなさってはいかがでしょう?」
花を見たい気分ではなかったのだけれど、その提案が、彼女なりの気遣いだと分かったから、私は頷いた。
私はサーシアス男爵夫人を含む数人の侍女達とともに庭へと向かった。王子宮の庭は王宮の庭園や王女殿下の温室に比べれば小さいと言われるけれど、それでも広く感じられた。
私達は咲き誇る花々をゆっくりと眺めながら歩いていた。
「綺麗ね」
侍女達に向かって言うと、彼女達は微笑んで頷いた。綺麗な花を見ていると、ほんの少しだけれど、憂鬱な気持ちが晴れたような気がした。
穏やかな春風が頬を撫でるのを心地良いと思いながら、奥へと歩みを進める。風は花を揺らしながら、誰かの話し声を伝えてきた。
━━誰かいるの?
明るく弾んだ男女の声に惹きつけられて、私は声のする方へと向かった。
そして、私は見てしまったのだ。ニコラス様に優しく微笑みかけるレイチェル妃の姿を━━
柔らかな口元。
ほんのりと赤く染まった頬。
慈しみが溢れる瞳。
その全てが、彼女の表情が偽物でないと物語っていた。
━━レイチェル妃は、ニコラス様を愛している。
直感的にそう思うと同時に、めまいを感じた。足元がふらつき、そのはずみで、小枝を踏んでしまった。パキリという音が鳴り響き、二人は私の存在に気が付いた。
「ごきげんよう、妃殿下」
レイチェル妃は私に対して、いつもの作り笑いを向けてきた。
その表情が、さっきの笑顔に込められた愛情を際立たせてしまっていて……。
私は、挨拶もせずに、怒りに身をまかせて踵を返した。
━━何が、「大嫌い」よ。「ハッピーエンドではない」と言っていた癖に……。
レイチェル妃は結局、ニコラス様を愛した。仕方なく、一緒にいる事になったのだと言っていたのに。
彼女は私と違って愛する人と一緒にいられる。それを“幸せな結末”と呼ばずに、何と言うのだろう。
ニコラス様の動きがぴたりと止まった。
「叔父上とそういう関係なのか」
「違います!」
きっぱりと否定した。
「ならどうして、今、叔父上の名を出したんだ?」
私とアーサー様の関係が疑われている。このままでは、彼に迷惑をかけてしまうから━━
「アーサー様とは本当に何もありません。ただ、私が、一方的に好きなんです」
ニコラス様は真偽を見定めているのか、私の顔をじっと見つめる。
「アーサー様は、あなたと違って優しくて、良い人だから。どうしても、あんな人と結婚できたら幸せだったと思ってしまうんです」
酷い事を言っていると自覚はある。でも、これくらいはっきりと言わなければ、ニコラス様にまた身体を触れられてしまいそうだと思った。
私が罪悪感に襲われる中、ニコラス様はふっと笑った。
「そうか。それなら、叔父上とヤッて子供を作って来い」
彼は平然とそう言い放った。
━━何でこんな酷い事が言えるの!?
彼の心ない言葉に、込み上げてくる涙を止める事などできなかった。
「嫌です!」
私は叫んだ。
アーサー様を私とニコラス様の問題に巻き込みたくない。彼との関係を不倫という形に変えたくない。そして何より、彼との子を、ニコラス様の子として育てるなんて、絶対に堪えられないに決まっている。
「それならなぜ俺に話をしたんだ?」
彼の問いに、心の奥が冷えていくのを感じた。
「離婚して下さい」
「は?」
「離婚して下さい!」
私はしゃくりあげながら同じ言葉を繰り返すと、ニコラス様は舌打ちをした。
「俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも? 叔父上は『ロズウェル王国の後継者争いに今後も絶対に関与しない』という条件でエイメル大公となったんだ。それなのに、ロズウェルの王太子の妻を寝取るような真似を彼がすると思っているのか」
アーサー様と結ばれる可能性はないのだと現実を突き付けられて、私は胸が引き裂かれそうになった。
「叔父上との不倫は認めてやる。彼の子を産み、俺の子として育てるのならな。だから、つまらない理由でいちいち離婚だと騒ぎ立てないでくれ」
ニコラス様は面倒くさそうにそう言うと、内扉を使って、隣室へと消えた。
私は一人取り残された部屋で、涙を流し続けた。
※
それから、数日間は、まともに眠れなかった。
ニコラス様にアーサー様の事をしゃべってしまった後悔と、これからアーサー様にかけてしまう迷惑の事を考えると、気が気でなかった。
そして、時折、ニコラス様に言われた言葉が頭の中で木霊する。
“俺と離婚できたとして、叔父上が君と再婚するとでも?”
アーサー様と結婚したいだなんて、考えた事もなかった。けれど、あの言葉に胸を刺すような痛みをずっと与えられて━━
私は、自分が思っていた以上に、彼を求めていたのかもしれない。
そんな風に思ったら、心が暗く沈んでいった。
「妃殿下。今日はお天気が良いですよ」
サーシアス男爵夫人はそう言って笑った。
「……そうね」
「王子宮の庭の花々が丁度、見頃の季節ですし、散歩をなさってはいかがでしょう?」
花を見たい気分ではなかったのだけれど、その提案が、彼女なりの気遣いだと分かったから、私は頷いた。
私はサーシアス男爵夫人を含む数人の侍女達とともに庭へと向かった。王子宮の庭は王宮の庭園や王女殿下の温室に比べれば小さいと言われるけれど、それでも広く感じられた。
私達は咲き誇る花々をゆっくりと眺めながら歩いていた。
「綺麗ね」
侍女達に向かって言うと、彼女達は微笑んで頷いた。綺麗な花を見ていると、ほんの少しだけれど、憂鬱な気持ちが晴れたような気がした。
穏やかな春風が頬を撫でるのを心地良いと思いながら、奥へと歩みを進める。風は花を揺らしながら、誰かの話し声を伝えてきた。
━━誰かいるの?
明るく弾んだ男女の声に惹きつけられて、私は声のする方へと向かった。
そして、私は見てしまったのだ。ニコラス様に優しく微笑みかけるレイチェル妃の姿を━━
柔らかな口元。
ほんのりと赤く染まった頬。
慈しみが溢れる瞳。
その全てが、彼女の表情が偽物でないと物語っていた。
━━レイチェル妃は、ニコラス様を愛している。
直感的にそう思うと同時に、めまいを感じた。足元がふらつき、そのはずみで、小枝を踏んでしまった。パキリという音が鳴り響き、二人は私の存在に気が付いた。
「ごきげんよう、妃殿下」
レイチェル妃は私に対して、いつもの作り笑いを向けてきた。
その表情が、さっきの笑顔に込められた愛情を際立たせてしまっていて……。
私は、挨拶もせずに、怒りに身をまかせて踵を返した。
━━何が、「大嫌い」よ。「ハッピーエンドではない」と言っていた癖に……。
レイチェル妃は結局、ニコラス様を愛した。仕方なく、一緒にいる事になったのだと言っていたのに。
彼女は私と違って愛する人と一緒にいられる。それを“幸せな結末”と呼ばずに、何と言うのだろう。
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